転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「ふぁああああああ~~~~!??!!?」
わんこーろは絶賛混乱の最中にあった。寝起きでボケボケな頭をぶんぶん振り回してなんとか思考を働かせようとするが、どうも今日のわんこーろは立ち上がりが遅かった。
「な、ななんああ!?、にゃんなああああ!!?!」
目の前に浮かぶ半透明なディスプレイに囲まれながらいまだに意味不明な言葉を口走っているが、それも仕方がない事だった。それもこれもすべては影のような姿をしたこの空間の防衛AIであるヨイヤミさんからの一通の連絡が発端だった。
時は少し遡り、わちるがわんこーろの管理空間、つまり犬守村の河で影と呼ばれていたヨイヤミさんと初遭遇した直後。わんこーろは既に狐稲利と共に布団の中。人間のように身体機能のほとんどを休眠させ、まるで本当に睡眠をとっているような状態となっていた。
これも狐稲利との人らしい生活を営むための習慣の一つだったが、決して無駄な事ではない。人が睡眠中に記憶の整理をしているようにわんこーろと狐稲利も睡眠中のほとんどの機能を停止した状態を利用して身体のメンテナンスを行っている。
この睡眠のおかげなのか、わんこーろは起床時がとてもスッキリした気持ちになっている……ような気がしていた。
とにかく、そんな睡眠中にわんこーろへ緊急に用いられる内線通信からコールが飛んできたのだ。
発信元はヨイヤミさんからであり、わんこーろは眠い眼をこすりながらその連絡内容に目を通し、
「……ん?んん?……んあっ!?」
そして目を見開き、小さく飛び上がった。連絡内容は犬守村に何らかの侵入者が居るということ。そしてその侵入者に対する対処方法を巡りヨイヤミさん同士で齟齬が生じているとのことだった。
先日説明したように、ヨイヤミさんは本来この空間とは一線を画す隔離空間である"幽世"を管理、運営するためにわんこーろが実装したAIであり、その核には"魂"であったデータ群が利用されている。
魂は生物の行動を決定する情報の集合体に過ぎないが、肉体に宿り成長する過程でその生物の記憶や特性なども同時に内包していく。幽世ではそれらの集積されたデータが保存され、魂は真っ白に初期化されるのだが、ヨイヤミさんの核になるような破損の激しい魂はそれらのデータの抜き出し、初期化する過程を省略しそのままヨイヤミさんに構成し直すのがほとんどだ。
そのため元々の魂が持っていた所謂"個性"のようなものをヨイヤミさんは保持しており、それによってヨイヤミさんは攻撃的だったり、慎重だったり、活発だったりおとなしかったりと様々な個性を持つこととなった。
これはわんこーろも想定外な事象であったが、これによって創造主である自身の命令を無視するようなことは無いようなので、わんこーろは修正することなくそのままにしている。
不安要素が無いわけではないが、この個々のヨイヤミさんの持つ個性によって異常発生時に多角的な対処が可能となるとわんこーろは考えていた。
犬守村に侵入者が現れた時、もしもすべてのヨイヤミさんが全く同じ対抗手段しか持ち合わせていなかったら、もしくは全く同じプロセスを経て行動していた場合、その対抗手段やプロセスを侵入者によって解析されれば最悪すべてのヨイヤミさんが無効化されてしまう恐れがある。
ヨイヤミさんが個々に個性を持っているということはこの共有化によって規格化された対抗手段を複雑化させ、容易に防衛機構を突破されない事にも繋がっているのだ。
例えば、この空間に侵入者が現れた場合、攻撃的なヨイヤミさんはすぐさま侵入者の侵攻を防ぎ、慎重なヨイヤミさんは逆探を仕掛け、活発なヨイヤミさんは周囲のヨイヤミさんへ状況の共有を優先し、おとなしいヨイヤミさんは上位者である創造主、つまりわんこーろへと指示を仰ぎに連絡を行う。という具合だ。
そしてそんな例えと同じく、わんこーろに指示を仰いだのはおとなしいヨイヤミさんだった。
そのヨイヤミさんの言う、同個体による齟齬の発生は一体のヨイヤミさんがその侵入者に接触し、情報を取得した時より始まったという。
あるヨイヤミさんは侵入者を「外部からやってきたのだから、完全な侵入者である」と断定。この空間から追い出そうとした。
本来ならばこの時点でヨイヤミさんによってその侵入はブロックされ、完全に侵入することなく、それ以降も侵入することは出来なくなるはずであった。室長がNDSを用いない侵入を何度も試み、結局成功しなかったのもそれが理由だ。
だが、それとは別個体のヨイヤミさんはその侵入者が保有しているとある"もの"を理由に「侵入者は元々この空間で生まれた仲間である」と考え、この空間への
また別のヨイヤミさんは「侵入者の保有している"もの"はこの空間由来のものだが、保有しているだけで侵入者は侵入者である。不可解な点が多いので積極的に接触するべきではない」と考えた。
全てのヨイヤミさんが異なる答えを出し、その答えを正しいものと決定し、行動に移したのだ。
その結果発生したのが、わちるを遠くから見つめているだけだったり、接触しようとしたり、足首を掴んだり、もしくはNDSを乗っ取ったり、映像と音声は繋げたままだったりと一貫しないヨイヤミさんの行動の数々であった。
唯一共通していたのは侵入者が人型をしていたため、追い払うにも保護するにも同じく人型の方がいいだろうという考えくらいだった。
本来ならばこれらのバラバラな思考を統合し正すために上位者であり、創造主であるわんこーろがいるのだが、今現在ヨイヤミさんと繋がっているはずのリンクはそのほとんどが切断されている状態であるため、ヨイヤミさんは個々に判断し、行動する所謂スタンドアローンの状態となっていた。
幸いなのはそのわずかにリンクが繋がっていたヨイヤミさんが上位者への連絡を積極的に行う個体であったことだろうか。
「な、なんでこんなことになってるの~~!?」
飛び起きたわんこーろはすぐさまヨイヤミさんの管理ウィンドウを展開し、現在異常対応を行っているヨイヤミさんを確認する。
「んぐ……ヨイヤミさん全体のおよそ四割が幽世から下りてきてる……!」
さらに続々とヨイヤミさんは幽世から現世へと下りてきており、それらが個々の考えで侵入者に対応しようとしている。
「管理データの検索、情報の共有化を有効!識別コードを頼りにリンクを繋ぎ直さないと……!」
管理ウィンドウに表示されているヨイヤミさんにはそのすべてに識別コードが振られており、リンクを復活させるにはこの識別コードへ接続要求を送り、コード側から接続確認が送り返されなければならない。
識別コードが判明しているためリンクを復活させるのは簡単だが、問題はリンクが繋がっていない現状、識別コードだけではどのヨイヤミさんが侵入者に対して攻撃的な行動に出ているのかが分からないことにある。
「あーもう!!気づいたときにすぐ繋ぎ直しとけばよかった!」
とは言っても後の祭り。さらに先ほど指示を仰いでいたヨイヤミさんとの情報の共有化によって、ヨイヤミさんの一部は犬守村の外部、侵入者と繋がっている空間へ逆侵入を行っていることが判明した。
「なんでそんな事までしてるの!?……あっ私のせい!?」
創造主であるわんこーろの指示がない場合"てきと~~に追い出しといて~~"というわんこーろの事前指示が出されており、リンクが切断され実質指示のない状態となった各ヨイヤミさんはその指示を拡大解釈して行動している節がある。
逆侵入も、侵入者の大本をネット空間から"追い出そう"としているようだった。
「こ、これはさすがの電子生命体でも~~!!」
結果としてわんこーろは管理ウィンドウの上から順に各ヨイヤミさんのリンク復旧作業と共に攻撃的なヨイヤミさんを見つけ次第、緊急停止コードを打ち込み機能を停止させ、さらに外部侵攻している数えきれないほどのヨイヤミさんの動きに対抗する。それらをほぼ同時に処理していた。
ヨイヤミさんはただのAIであり、わんこーろや狐稲利以下の情報処理能力しか有していないとはいえ、その数と多方面への同時多発的アクションはわんこーろを手間取らせるのに十分だった。
それでもわんこーろが状況の収束に動き出したことで既に二割のヨイヤミさんのリンクを復旧し、三十分程度で陥落するはずであった推進室の管理中枢はいまだ健在だった。
これらの問題以上にわんこーろを焦らせたのが当の侵入者に関してだ。
ヨイヤミさんの行動が複雑化している要因である、侵入者が本当に侵入者であるか否かという問題。一部のヨイヤミさんがその侵入者の保有するある"もの"を理由にこの空間由来の存在ではないかと考えていると知ったわんこーろはすべての作業と並行しながらその"もの"の情報を復旧したヨイヤミさんのリンクを経由して閲覧していた。
そしてその"もの"は確かにこの空間由来のもので、わんこーろも見覚えがあった。
いや、ありすぎた。
「無事でいてください……わちるさん……!」
その構成された情報群は、紛れもなくわんこーろがわちるに渡した狐の人形のものだった。
このままわんこーろが事態の収拾に全力を注げば、一時間もしない内に解決へと向かうだろう。だが、それ迄わちるが半ば暴走しているヨイヤミさんに危害を加えられないとは言い切れない。
「おかーさっ!!」
わんこーろが四苦八苦している最中、突然後ろから声がかかる。先ほどまでわんこーろと一緒に寝ていた狐稲利だ。
「狐稲利さんっ」
「おかーさっ、わたし、いく!!」
「ええっ!?」
「わたし、おかーさの、リンクはずした!わたしの、せきにん!わたし、わちる助けたい!」
狐稲利はわんこーろの展開する情報、および全体に共有されている情報からある程度の状況を把握していた。そして侵入者としてヨイヤミさんに襲われているのがわちるであることも理解していた。
「……狐稲利さん、あなたのせいなんかじゃありません。それは断言します。あなたは何も悪くありません。……ですけど、私はヨイヤミさん全体を抑えるので精一杯で、ここから動けそうにありません。……狐稲利さん、行ってくれますか?」
「っうん!!」
「ではこれを持って行ってください!」
わんこーろは急いで家を出ていこうとする狐稲利に"写し火提灯"と"裁ち取り鋏"、そしてわんこーろとの"リンク"を渡す。
「写し火提灯があれば目の前にいる危険なヨイヤミさんの識別コードを読み取ることが出来ます。それをリンクから私に教えてください。……鋏は、保険です。使うかどうかは狐稲利さんに任せます」
「……わかった!ありがと、おかーさ!」
「植物や無生物の3Dモデルともリンクが切れてるから正確な位置が特定できてません!そのせいで座標に瞬間移動させることが出来ないので大まかな位置を示します、あとは足で探してください!!」
「りょーかいー!!」
そしてそのしばらくした後、狐稲利は間一髪のところわちるとヨイヤミさんの間に滑り込むことに成功したのだった。
「狐稲利……さん…?」
悠然と立つ少女の後ろ姿に、わちるは口を開く。ヨイヤミさんに対峙し鋏の刃を向ける狐稲利は見せたことのないような厳しい目をヨイヤミさんに向ける。
「わちるー……だい、じょうぶ?」
「狐稲利さん、声が……!」
「もう、あんしんーだから、ね?」
「――はいっ……」
唐突に発せられた狐稲利の声にわちるは唖然としていたが、不思議と違和感はなかった。
大人しく、落ち着いた声質でありながら元気いっぱいに発せられるその声音が狐稲利らしいと思えた。もし、狐稲利がしゃべったならこんな声だろうという想像していた通りの声が聞こえてきたことに、わちるは嬉しささえ覚えていた。
拙くともこちらを労わり安心させる声は先ほどまで不安に押しつぶされそうになっていたわちるの心を溶かし、安堵に思わず涙が溢れてしまう。
「わちる!?、い、いたいー?いたいのー?」
「いえ、あの、大丈夫ですっ、大丈夫ですから」
突然の涙に狐稲利は驚き声をかけるが、わちるは慌てて涙を拭う。かつて自身が流した涙の意味さえ分かりかねている今の狐稲利では、まだ涙というものが悲しい時に流すものという認識しかなく、だからこそわちるの安堵による涙をまだ理解することが出来なかった。
【狐稲利さん無事ですか!?】
「おかーさー!」
「この、声……って」
そんな二人の間にどこからともなく誰かの声が聞こえてくる。二人にとってなじみ深いその声は狐稲利がいつの間にか展開したウィンドウより聞こえていた。
「みつけたーあんしんー!」
【そうですか……よかった】
「わ、わんこーろさん」
【!その声、やっぱりわちるさんだったんですね……すみません。詳しいことは直接お会いした時に。今は狐稲利さんのそばにいてください。狐稲利さん、お願いします】
「うんー!じゃあーいこっ、わちる!」
狐稲利はわちるへと自身の手を差し出す。手を繋ごう、というのだろう。
『わちる』
室長はわちるに一言声をかける。ただ名前を呼んだだけだが、その中には狐稲利の差し出された手を取ることをわちるが躊躇うのではないかという思いがあった。
先ほどのヨイヤミさんが差し出した手に恐怖していたわちるが狐稲利の手も拒否するのではないかと思えたのだ。
だが、室長の杞憂をよそにわちるはためらうことなく狐稲利が差し出した手をしっかりと握った。
「室長、私いきますね」
『……分かった。どちらにしろこちらからは手出しできん。後のことはお前と、その子に任せる』
「わちるっ、はしって!」
「はいっ!」
「わちる!じゃんぷ!」
「はいっ」
狐稲利と手を繋いでわちるは夜の犬守村を疾走する。犬守村を熟知している狐稲利は暗闇に覆われていたとしても迷うことなく家までの最短ルートを通っていく。だが、最短ルートを通るということは途中に待ち構えるヨイヤミさんと必然的に遭遇する頻度も増える。
『わちるちゃん、さっきのが!』
灯の声にわちるは立ち止まる。目の前にはまたしてもヨイヤミさんが道を塞ぎ、こちらへとその腕を伸ばす。
「ま、また影が……!」
「んむ……識別こーど、……B2283-1IS4211idle87-4409Er……おかーさー!」
【ええ!識別コード検索完了、緊急停止コードの打ち込み完了です】
突然物陰から現れるヨイヤミさんを狐稲利は余裕をもって回避し、提灯の灯をかざしてその識別コードを瞬時に読み取る。
リンクを利用してわんこーろへと伝えられたコードを元にわんこーろは管理ウィンドウ内を検索し対象のヨイヤミさんを特定。リンク復旧後すぐさま緊急停止コードが打ち込まれ、狐稲利とわちるの目の前にいる攻撃的なヨイヤミさんはその行動を停止させ、動かなくなる。
『す、すごい……!』
「わちるっ!がんばって!もうすぐ!」
「はいっ大丈夫です!」
舗装されていない道を慣れないながらも狐稲利に引っ張られる形で前に進むわちる。
「んむむ~しつこいっ!A6582-1KS9026hmqp99-1552Oa、F7629-0RI0027wzfx41-6298Lg」
狐稲利は邪魔をするヨイヤミさんの腕を綺麗に回避しながら提灯の光でもってその正体を露わにしていく。
一秒も経たないうちにその識別データはわんこーろによって停止され、狐稲利とわちるは動かなくなったヨイヤミさんを飛び越え、先へと急ぐ。
「!こ、これは……!」
「んおー!おっきい!」
だが、そんな二人の前に巨大な影が立ちはだかる。ゆうに数メートルはあろうか巨大な人の影は悠然と二人を見下ろしている。まるで山のように、あまりにも大きすぎてその巨体によって月の光が遮られてしまうほどだった。
その大きな体から延ばされた腕は明確にわちるをとらえようと動くが、それよりも狐稲利の方が速かった。
わちるの手を引いて安全圏まで後退しながらその腕に提灯の灯をかざし、わんこーろに情報を伝える。
直後、その巨体から延ばされた腕"のみ"がその動きを止める。
どうやらこの巨大なヨイヤミさんはいくつものヨイヤミさんが統合されて形作られているようだ。どれだけのヨイヤミさんによって構成されているのか分からないが、少なくとも腕を構成するヨイヤミさんを止めただけではその動きを制限することは出来ないようだ。
「わちる!先にいってー!」
「えっ!?でも、狐稲利さん!」
「このまま行けばー家にいけるー、から!おかーさに、はやくあってー!」
「っわかりました!」
ヨイヤミさんは先に邪魔な狐稲利の動きを封じようと新たに腕を生やし、拘束しようとしてくる。だが、狐稲利はその腕を楽々回避し、懐に易々と入り込む。腕の全てを提灯で照らし、動きを封じても新たに腕が生えてくる。それを回避しながらもう一度距離を取る。
「うーん。あなたはーわたしと、おなじー。だから、いたいことしたくない、のー」
片手に持つ裁ち取り鋏を用いればすぐさま目の前のヨイヤミさんを消し去ることは出来るだろうが、狐稲利はそれはやりたくなかった。
狐稲利にとって目の前のヨイヤミさんも自身と同じわんこーろによって生み出された存在であり、勉強した知識や移住者の言葉を借りるなら、まるで"家族"のようだと感じていた。
そんなヨイヤミさんを消し去ることを狐稲利はためらわずにはいられなかった。
「でもー、もうだいじょうぶー」
周囲にいるヨイヤミさんはこの一つの大きなヨイヤミさんへと統合されていく。つまりここで狐稲利が足止めしていればわちるを追うヨイヤミさんは減り、わちるがわんこーろの元にたどり着ける確率は上がる。既に犬守山の麓近くまでやってきているため、あとはわちるが早くわんこーろの元へたどり着いてくれるのを祈るばかりだ。
「はぁ……!はぁ……!」
わちるは犬守山の麓、暗い森の中を走る。石畳で多少舗装されているとはいえ塔の街のような完全な状態に整えられているわけでは無い。わちるは躓きながらなんとか進んでいく。
「あうう……!」
周囲の森からガサガサという物音が聞こえるたび、わちるは両手で頭を守るようにして抱え、それを見ないようにしながら走る。
(わんこーろさん……!わんこーろさん!)
狐稲利と離れたことでわちるに焦りと恐怖が再来する。わんこーろの配信アーカイブによればこの石畳を辿っていくとじきにわんこーろの家へと辿り着くことが出来るはずだ。
だが、周囲の木々のざわめきが、まるで先ほどのヨイヤミさんのようにこちらをうかがっているように感じられてしまう。
「……あ、あっ!」
そんな時、わちるは道の先に明かりを見つけた。ほのかに光るその明かりは今のわちるが探し求めていた光。
ついにわちるはわんこーろの待つ家までやってきたのだ。
「わんこーろさんっ!!」
思わずわちるはその家の明かりへとわんこーろの名前を叫ぶ。届くかどうかも分からず、それでもわちるは口に出さずにはいられなかった。
わんこーろに対する様々な思いが駆け巡る。それは悲しさや後悔、あるいは嬉しさ。それを一刻も早くわんこーろに伝えたかった。
だが、そのわちるの叫びは別の存在を呼び寄せた。
「っ!」
わちるの後方の木々がひときわざわざわと激しく揺れ、そこから数えきれないほどのヨイヤミさんが現れる。ほとんどは足が遅く、こちらをじっと見ているだけのものも多いが、それでも素早い動きでわちるへと接近する個体もいる。
ほとんどの攻撃的な個体は狐稲利と対峙している複合体に統合されているが、例外も存在する。この例外こそヨイヤミさんの持つ個性によるものなのだろう。
だが、わちるはその動きを無視するように、もしくは考えないようにし、ただひたすら前だけを見た。
わんこーろが居るはずの、明かりがぼんやりと透けて見える障子戸のその先へ。
わちるは懸命に走る。今まで出したことが無いほどの全力をもって。だがそれでもヨイヤミさんの方が速い。わちるとヨイヤミさんの距離はみるみる内に縮まり、ついにヨイヤミさんの腕がわちるの体をとらえようとしたとき。
「わちるさんっ!!」
わちるが目指していた明かりが見える障子戸が、勢いよく開け放たれた。
突然の明かりに目が眩むわちるはそれでも明かりの先へと必死に目を向ける。そして、その先に居る人物をうっすら視界にとらえることが出来た。
「わちるさん!早く、手を!」
目の前に延ばされた手。その手は小さく、とても幼かった。FSで最年少な白臼寝子よりも小さく可愛らしい手だと、こんな状況にも関わらずわちるは呑気な事を考えていた。
後ろに迫るヨイヤミさん。瞬きするほどの僅かな瞬間でとらえられてしまうだろう。
だが、それよりも早く、わちるは目の前に差し出された、わんこーろの手をしっかりと掴んだ。
「"九炉輪菜わちる"への犬守村管理者権限の開放を!管理者わんこーろが認めます!」
その手は決して離れることなく、二人の確かな絆として繋がれた。
予告なく一か月ほど更新を停止してしまい申し訳ありませんでした。
不定期ではありますが、今後も更新を続けさせて頂きたいと考えております。