転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
一同が進む山の中は小動物や虫たちが夏をこれでもかと謳歌している。その証拠にさきほどから木々の隙間より動物の影がちらほら、蝉の声がうるさいほど鳴り続けており、止む気配はない。
ジメジメとした空気の中、鋭い日差しが降り注ぎ本来ならばそれらによって体力が奪われていくのだが、現在一同が歩いている山道は山の中に造られた石畳の道がそのまま風の通り道となり、時折さわやかな涼風が吹き抜けていく。それが体中の体温をさらっていき、思いのほか快適であった。
目に見える強い日の光は青々とした木々の葉を透過し、緑色の光に満たされているようにも感じる。
「はぇ~~すっごい……」
さながら緑のトンネルといった風な参道をゆっくりと歩くナートはその見たこともない景色に魅了され、あんぐりと口を開けたまま呆けている。教育映像で植物の映像を見ることは容易くとも、まるで木々に包まれているかのような、本来その場にいなければ体験することが出来ないような光景はナートのみならず、FSのメンバー全員の心を揺り動かすのに十分すぎるものだった。
「もうちょっと~~……あそこっ!」
ナートの手を引きながら元気に石畳を歩く狐稲利はしばらくしてこれまた元気に声を上げる。
狐稲利が指さすところは石畳の参道の終着点であり、そして一同が目指していた場所だ。
「あれ?……これって、石の……看板?"犬守神社"?」
「おかーさ、がね、いつまでも名前がないとふべん~っていってたから、名前つけたっ!」
犬守山の麓、森を切り開き造られた空間には立派な神社が建てられていた。木製の鳥居をくぐり、境内に入ると足元の玉砂利が静かに音を立て、まるでこちらの来訪を歓迎しているかのようだった。それほど広くないはずだが、綺麗に整えられた土地と、玉砂利の整然と敷き詰められた光景が心なしかその場所をより広大に見せていた。
「おかーさ!おかーさ!みんなつれてきた~~!」
履物を脱ぎ捨て、神社に上がると狐稲利は社殿の奥へと大きな声でわんこーろを呼ぶ。母親の登場を待ちわびる狐稲利はぶんぶんと両手を動かし落ち着きがない。
しばらくするとぱたぱたという小さな足音と共に件の人物が顔を覗かせた。
「はいはい~狐稲利さんありがとね~」
「ん!」
軽く腰を曲げてわんこーろの前に頭を差し出した狐稲利。わんこーろはその頭をなでなでと労わりの気持ちも込めて撫でた後、FSメンバー、そして視聴者へと向き直る。
FSメンバーの誰と比べても小さいわんこーろの体は、白を基調とし、色とりどりの花が咲き誇る浴衣に包まれている。この日の為にわんこーろが新調した浴衣だ。
白色は真新しさを感じさせ、写る花々は鮮やかさをもたらしている。
……本来は狐稲利の和服も新調するつもりだったのだが、今の恰好が気に入っているようで遠慮されてしまった。
とにかく、わんこーろは真新しいその姿で現れ、耳をぴくぴくと動かし嬉しそうに尻尾をふりふり。そしてお決まりの言葉を口にする。
「みなさ~ん、犬守村へおかえりなさ~い」
「ただいま~」
「わんこーろさんただいまです!」
「ただいま。お世話になるよ」
「ただいまぁ……」
『ただいま!』『わんころママただいまー!』『ついに始まった!』『※ここからコラボ配信開始です』『チュートリアル終了』『ああ……わんころちゃんかわいい……』『新しい衣装!!これは清楚!』『可愛さと美しさを兼ね備えている。無敵かな?』『相変わらず耳と尻尾がふさふさしておられる』『朗報:配信開始からまだ30分』
「では奥の部屋に案内しますね~」
「ねぇ、なんだかいい匂いしない?」
「あ?そういえば……なんだろな、甘い?じゃねえな。こうばしい……か?」
神社の奥に続く廊下を通り、生活スペースへと歩いて行くFS一同。まだ朝ということもあって屋内は少し肌寒さを覚えるくらいに涼やかではあるけれど、足元や壁に用いられている木材はほんのりと暖かさを感じる。そのうえ年月を経た木材の香りが不快にならない程度に鼻孔をくすぐってくる。だが、その中に何やら別種の良い匂いが漂っていることにナートは気づく。
「んふふ~それは部屋で荷物を下ろしてからにしましょうか~」
疑問に思うナートにわんこーろは微笑みながらそう言った。
いつもわんこーろと狐稲利が配信を行っている部屋を通り過ぎ、その奥の一室に一同は通される。
それなりの広さである部屋の真ん中に、通常より二回りほど大きいちゃぶ台が置かれ壁にはカレンダーや振り子の壁掛け時計が吊られている。さらに縁側も存在しているので解放感があり、それほど窮屈には感じなかった。
「ですけどこの人数ではさすがに狭いですね~そこのふすまを取っちゃって隣の部屋とくっつけちゃいましょうか~。なこそさん~○一さん~手伝って下さいますか~?」
「了解です!」
「おう。どうすりゃいい?」
「この溝に沿ってふすまが動くようになっているので持ち上げて溝から外してもらって~~」
「ん?こうか?なかなかはずれねーな……」
『あれ外れんのか』『もともと襖は外れるようにできてるぞ』『"部屋の区切りとして用いられるが、その家で行われる行事や儀礼の際に取っ払って一部屋を大きくする必要があるため、外れるようにできている"らしい』『でも外れるようには見えないが』『なこちゃん違う、上に持ち上げながら手前にズラすんだよ』
わんこーろの指示のもとなこそと○一がふすまと格闘している間、わちると寝子は持ってきた荷物の整理をしていく。わんこーろ側から絶対に持ってきて欲しいものというのは指定されなかったのだが、とりあえず着替えなどのお泊まりセットは一日分用意してきた。
後はもろもろ個人が必要かと思ったものを持ってきただけなので、整理するといってもそれほど時間はかからないだろう。
余談だが、ナートは荷物の整理をする前に疲労困憊で魂の抜けたような状態になっていたので放置されている。
「大体終わったね、じゃあ寝子ちゃんわんこーろさんにこれ、渡してきてもらえますか?」
「わ、私がですか?」
「はい。寝子ちゃん、わんこーろさんとお話したいのになかなかタイミングがつかめないんでしょ?これをきっかけに…ね?」
「……分かりました」
『それ何~?』『木材かな?』『木材は草、入れ物だろ』『わちるんナイスアシスト!』『寝子ちゃん意外にもわんころファン?』『自分じゃできないことをやっている配信者は全員尊敬の対象だって言ってたっけ』『実はわんころちゃんにネット内で会えることに一番テンション高かった説ある』『にも関わらず寝子ちゃん人見知り気味だからなぁ』『今回は勇気出したな』『初配信ほどの人見知りは発動してないし、改善されてきた感ある』
寝子は荷物入れから取り出された木箱をわちるより手渡される。寝子の両手になんとか収まるほどの大きさの木箱は上面にスライドする蓋が付いており、中身は伺い知れない。
「あの……わんこーろさん」
「ん~おーけーです~そのまま残りのふすまも全部外してください~。っと、どうかされましたか寝子さん~?」
「あの、ですね、これを……お土産としてわんこーろさんにお渡ししようと思いまして……」
差し出された木箱を見つめ、わんこーろは驚きのあまり視線が木箱と寝子とを何度も行き来する。
「ええ!?お土産ですか~!本当に!?ありがとうございます~~!今開けてもいいですか~?」
「はい、大丈夫です」
「んふふ~ワクワクしますね~どれどれ~」
木箱を受け取ったわんこーろはちゃぶ台の上に木箱を置き、蓋を取る。中の緩衝材を取り除き、その中にあるものを丁寧に取り出していく。
「……うわぁ~~~!!これって!」
「風鈴、です。サルベージされたデータをもとに灯おねえちゃんとなこそおねえちゃんが3Dモデル制作を、私と○一おねえちゃんとナートおねえちゃんで絵を描いたんです」
その風鈴は丸い本体より凧糸が伸び、本体と触れ合う部分に涙型のガラス棒がぶら下がっている。さらにその下に風を受ける紙片が括り付けられており、風鈴本体は夏らしい鮮やかな青色と深緑を思わせる緑色に色付けされている。ところどころ白い色が青いガラスに浮かんでいて、それはまるで真夏の空に浮かぶ入道雲と、どこまでも続く野の山々を彷彿とさせた。
「……え~と、これは……?」
そこまでは良かった。そう、そこまでは。問題は端に括り付けられている紙片に描かれているものだ。
なんというか、どうにも表現しづらい。棒人間が何やらわちゃわちゃしている様子がカラフルに描かれているのだが、どのような場面なのか全くわからない。なにかを手に持っている棒人間や、手を繋いでいるようなものもいるが基本的に顔が書かれていない上に背景などもカラフルな色で埋め尽くされているのでよく分からない。
『????』『草』『あ』『あっ(察し)』『単純に下手』『何この……何?』『おい実行犯出てこいや!』『画伯呼ばれてますよ』『いったい何ートの仕業なんだ』『せめて何描いたのか説明が欲しいのですが』『紙片部分は交換可能となっております』『これは寝子ちゃんの必死のコミュニケーションを潰そうとする卑劣なナートの策略』
「……おいナート」
「違うわ!!寝子ちゃんにそんな事するわけないだろっ!!てか、そこまで言うほど酷くないだろ!?」
「え?あ、うんそうだね」
「ユニークです」
「まあ~独創的でいいのでは~」
なこそは軽く流し、寝子は面倒くさいモードになったナートをあしらうように一言で、わんこーろも空気を読みナートを落ち着かせようとする、そのおかげか濁った眼に光が戻りかけたナートだったが。
「あはははーーへたっぴー!」
狐稲利の無邪気な一言で見事畳に沈んだ。
「あはは~~……」
ごまかすようにわんこーろが風鈴を指先にぶら下げ軽く揺らしてやると、ちりん、ちりんと優しく穏やかな音色が響き渡る。ガラスとガラスが触れ合うその音は心なしか周囲にさわやかな雰囲気をもたらし、うるさく鳴き続ける蝉の声よりも印象的に鳴り続けた。
「……凄い…すごい!すごい~~!」
ただガラスとガラスが触れ合った瞬間に音が鳴る、という単純なものではない。ガラスが接触する角度や力加減によって鳴る音が微妙に変化し、音の長さや反響時間も一定ではない。
そしておそらく周囲の環境も影響するように作られているのだろう。風の有る無しは当然として、気温や湿度、天気の良し悪しなどによってこの風鈴は様々な音色をもたらしてくれると予想できる。
「その風鈴の音も灯さんの自信作なんですよ。わんこーろさんから頂いたデータを見てたら創作意欲というか対抗心が燃え上がったらしくて、秘密のプレゼントだ、って最近はずっとこれの制作に掛かり切りでした」
「それは、申し訳ない~……いえ、謝るのはちょっと違いますよね。灯さん~この風鈴本当にすごいです~!風鈴らしいこの涼やかな音色が何とも言えない素晴らしい作品です~!こんな立派なものを頂けるなんて、ホントにホントに嬉しいです~!ありがとうございます~!もちろん見た目もとっても綺麗で、一目で気に入っちゃいました~!FSの皆さんもありがとうございます~!」
わんこーろは嬉しさのあまり風鈴を両手の指先で文字通り壊れ物を扱うように丁寧に支えながらも、体を左右にゆらゆらと無意識に揺らしている。黒い犬耳は時折ぴこぴこと可愛く動き、しっぽも嬉しそうに激しく振られている。
「そう言ってもらえると嬉しいねえ」
「ワタシたちもちっとだけだが手伝った甲斐があるってもんだ」
「喜んでもらえてよかったです!ね、寝子ちゃん!」
「は、はい!安心しました」
『可愛いいいいい』『あんな尻尾パタパタしてんの久しぶりに見たわw』『わんころちゃんうきうきで草』『最高のサプライズになったな』『あのわんころちゃんに褒められるとか灯ママの技術力スゲェ……』『白愛灯@FS運営:あぁ~~承認欲求が満たされるぅ~~』『草』『コメント草』『草。灯ママもよう見とる、ってか運営なんだから見てて当然か』『運営アカでそのコメントはさすがに草』
「ねえ!?わたしの絵は!?これってわたしの描いた絵も褒められてる!?ねえ視聴者!?」
『草』『それはない』『#うるさいぞナート』『既に狐稲利ちゃんの判定済みだろが』『ナートだけ別の世界線にいるのかな?』『今いいところだからナートは黙ってて』『いやーナートってオチ要員に最適だな』『オチたすかる』
「こ、ここらへんでいいでしょうか?」
「はい~そこなら障子戸に触れませんし、縁側からの風で気持ちよく鳴ってくれるはずです~」
わんこーろが用意した踏み台に上り、寝子は部屋と縁側を区切っていた障子戸、そのすぐ上の長押と呼ばれる部位に風鈴がぶら下がるように固定する。
落ちないようにしっかりと括り付けられたことを確認した寝子は一息つき、踏み台により一段高くなった視線で部屋を何と無しに見渡す。
朝の陽ざしが畳に落ち、くっきりとした影を創りだす。畳と木の匂い、あるいはこの空間そのものの雰囲気が初めて来た場所とは思えないほどの安心感をもたらしていた。
「……?わんこーろさん、あれってなんですか?」
視線が高くなった寝子はその視線の先、ふすまを外した向こうの部屋の天井近くの空間に何やら見たことのないものが設置されているのを見つけた。もちろんこのコラボを開始してから見るものすべてが見たこともないものであるのだが、それの存在は殊更不思議に見えた。まるで家の中に小さな家が設置されているようなそれを。
「あっ!これって神棚ですよね!私のひいおばあちゃんの家にもありました!」
「神棚、ですか……?」
寝子の疑問に答えたのはわんこーろではなくわちるだった。わちるが知っていることが意外だったのか寝子は驚いた様子のまま首をかしげる。
「たしか、神様をお祀りするためのもの、でしたよね?おばあちゃんもよく手を合わせてました」
「はい~わちるさんの言う通りです~お盆の時期ということで~綺麗にお掃除してぴかぴかにしてあります~。ですけど~まだ神饌の用意が出来ていないので~そこを皆さんに手伝っていただこうかと~」
「神饌?」
「まあ、それは朝ごはんを食べてからにしましょ~。皆さんお腹は空いてますか~?」
「えっと……」
わんこーろの問いかけに一同は微妙な顔をする。お腹がいっぱいということは無い。というよりも、お腹がいっぱいという感覚を味わったことのないメンバーがほとんどで、食べようと思えば食べられなくはない。
だが、既に一日食事をとらなくとも問題ないように効率食を摂取してこのコラボに臨んでいる。朝食など取らなくても問題ないのでは……?という思いが一同の頭をよぎる。
「あの、わんこーろさん。私たち既に食べてきたので――」
わんこーろが微妙な雰囲気になっていることに首をかしげる中、わちるがその理由を説明する。するとわんこーろはなるほどといった具合に手を叩く。
「そういうことなら問題ありませんよ~。室長さんにもおーけーしてもらってますから~それにこっちで食べ物を食べても実際に食べたわけでは無いので食べ過ぎにはなりませんし~。どうです~?一口だけでも体験してみませんか~?」
「ですけど、私たちのアバターは食事をする機能なんて」
「それも問題ありませんよ~。今回のコラボの為に皆さんのアバターは私と灯さんとで更新した最新バージョンに刷新されておりまして~食事も可能なのですよ~」
まさかその裏で風鈴まで作っているなんて思いませんでしたけど、とわんこーろは言いながら、寝子の手をそっと引っ張る。
「どうです寝子さん~今ではレシピも失われていた日本の食事、食べてみませんか~?」
「あ、うう……は、はい」
上目遣いでそう問うわんこーろの姿に不覚にもドキッとした寝子はその期待に満ちた翡翠色の瞳に誘われるまま、好奇心に抗うことなく頷いた。