転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「うわぁ!」
「おいしそうですね……!」
一同の前に運ばれてきたのはこの世界では珍しい料理の数々。とはいえかつては珍しくもなんともないただの朝食であり、味だって特別驚くような要素はない。けれども彼女たちが常食していた効率食には、漂うような匂いもなく見た目も味気ない。美味なだけのそれと比べればそれは確かにご馳走と言えた。
わんこーろと狐稲利がちゃぶ台の上に並べる料理は、真ん中奥に大きく鮮やかな焼き鮭、手前にふっくら真っ白なご飯とネギのお味噌汁。それときゅうりとナスの漬物が添えられている。
シンプルであり、最も"らしい"朝食を並べていく。
『うまそう!!』『見た目からして美味しいのが伝わるヤツ~』『匂いがこっちまで漂ってくるような』『これをおかずに効率食を一口』『←う~ん。俺はちょっと無理だわ』『俺も。こんな絵面見たら効率食じゃ満足出来そうにない』『食べてみたいなぁ』
コメントも並べられた料理に様々な反応を示している。それまで効率食一辺倒であっただろう視聴者でさえ、そのそそられる食卓の風景には思わずコメントを書き込まずにはいられないようだ。
「料理の説明をさせていただきますね~。メインになるのは焼き鮭です~これはわんこーろと狐稲利さんがわたつみ平原の海で一本釣りした物です~脂がのって塩味が食を進ませます~お味噌汁は先日発酵に成功したお味噌を使ってみました~具のネギやお漬物のキュウリやナスは畑でとれたものを使っています~。そしてこの白ご飯はですね~時間を進めた場合の育成テストで刈り取った稲を精米したものを使っています~」
わんこーろは一通りのお皿が並び終わったのを確認し、それぞれの料理について説明を始める。
今、ちゃぶ台の上に並んでいる料理はそのすべてがこの犬守村で手に入れられるもので作られており、その中にはこのコラボの為にわんこーろが苦労して手に入れた食材も存在している。
例えばメインのおかずである焼き鮭などは先日奇跡的に降った雨の後に急いでわたつみ平原へと急行し、丸一日海の真ん中で釣りざおを持ち続けていたり、白米などは刈り取って稲穂の状態のまま保管、もとい放置していた米の精米方法をデータの海に急いで探しに出かけたり、それはもうなかなかの忙しさだったのだ。
だが、その甲斐あって今日は親しい人たちの笑顔が見れてわんこーろは苦労が報われたと、自然と笑顔になってしまうのだった。もちろん、その尻尾もぶんぶん振り回されている。
「へぇ、さっきの良い匂いはこれか」
「ううぅ~目の前にあるとお腹が空いて……効率食の効果切れてね?」
「ん~効率食の効果を貫通するぐらい食欲をそそられる、って事かな」
「ここがネット内で空腹を感じる胃が無いってのもあるかもな」
効率食はその中に一日に必要な栄養素やエネルギーの全てが含まれており、そのためこの効率食を規定以上口にするのはかえって体に悪影響を与えてしまう可能性がある。それを防ぐ為に効率食には摂食中枢に働きかけ、空腹感の抑制や食欲の減衰を行う成分が含まれている。
もちろん安全性は一応、保証されている。
だが、食欲の抑制は結局のところ脳に働きかけるだけであり、悪い言い方をするならば脳を騙しているようなものだ。
NDSを用いて精神と脳が離れたことで、それらの"騙し"の効果が薄れている可能性はあった。だが、一同が空腹を感じたのはそれ以上に目の前に並ぶ料理が魅力的に見えたからなのは言うまでもない。
効率食はその味に関しては間違いなく美味であり、そこに文句の付け様は無い。だが、料理とは決して味だけがすべてではない。
それは全体のかぐわしい匂いであったり、焼きたての鮭の切り身から聞こえるじゅうっという音であったり、味噌汁を味わう時にほうっと一息つくような温かさであったり、あるいはその食事の風景そのものであったり。
食事とはそれらの雰囲気全てを楽しむ"娯楽"であり、決して効率化すべき作業ではないのだ。
「ではでは~皆さま~手を合わせてくださ~い。いいですか~? では、いただきます~」
わんこーろの声でFS一同も、コメントまでもが一斉に頂きますと口にして、食事を始める。
最初に箸を手にしたのはナートだった。一番大きなお皿に載っている焼き鮭の切り身にすっと箸を通すと、それほど力を入れることなく身がほぐれる。
ひとかけらを箸でとり、ゆっくりと口に運ぶ。
「うぅ~~おいしいぃ~おいしいよぉ~美味しすぎて涙出てくるぅ~」
「うわっ! ちょっとナートちゃんしっかりお箸持ちなさい! 効率食ばかりで持ち方忘れたわけじゃないでしょうね」
「白いご飯って、こんなに美味しいんですね。合成のものとは比べ物になりません!」
「ワタシはこの漬物が気に入った。効率食じゃあこのポリポリっとした食感は味わえないな」
「ふう~お味噌汁って久しぶりに飲みました~あったかくて優しいお味ですね~」
それぞれが箸を持ち、これが美味しい、あれが好きだと言い合い、それを聞いた他のメンバーがそれを口に運び、おいしさを共有する。
そんな光景に朝食はおおむね満足してもらえたようで、よかったとわんこーろは胸をなで下ろした。
今回のコラボ中の食事に関して、わんこーろは室長と長時間の話し合いを繰り返していた。
効率食というものをあまりよく思っていない室長が今回の配信を26時間ぶっ続けで行い、その為に一日食事をとらなくともよい効率食の摂取を容認したのにはもちろん理由があった。
現状どれほど効率食の摂取を咎めたとしても恐らくFSのメンバーは効率食の摂取をやめることは無いだろう。
かつての料理レシピがサルベージされ始めたとはいえ、彼女達の生まれた時にはすでに効率食というものが当たり前に在りその存在に違和感を覚えていない。その上栄養面でも優秀であり、味も悪くはない。
彼女達からすれば、なぜ非難されるのか疑問に思うことだろう。
室長はかつて存在していた"食事の風景"というものをサルベージしたいと考えていた。だが、FSメンバーでさえ効率食を是と考えているのならば娯楽としての料理を今の若者に周知させるのは至難の業だと苦悩していた。
そんな時、わんこーろより今回のコラボの話がもちかけられたのだ。
そして室長はコラボの話を承認するとともにわんこーろに一つお願いをした。それがFSの一同に食事を提供してほしい、ということ。
かつての食事風景を体験すれば、娯楽としての食事というものに多少の興味を抱いてくれるのではないだろうか。さらにそれを配信することでFSの主な視聴層である若者にも興味を抱かせることが出来るのではないかと考えたのだ。
結果は室長の予想を良い意味で大きく裏切ることとなった。配信内で美味しそうに朝食を口にしているFSメンバーはもちろん、それを視聴している若者たちも料理、食事というものに強い興味を示し始めたのだ。
このコラボ配信の同時視聴者は十数万人を記録し、視聴者によってメイクなどのSNSへ食事風景の切り抜き動画が続々と作られ拡散されていく。それに触発され同じ料理を作ってみようとするもの、かつて親やそのまた親が作っていた料理を記憶を頼りに作ろうとするもの、奇跡的に残っていた料理のレシピをネットに公開するもの。様々な人間が自分のできる範囲で行動し、その波は大きなものとなっていく。
今まで停滞気味であった日本の食に関する復興が、やおら動き出そうとしていた。
「う~~ん! お腹いっぱい~ごはんってこんなにおいしかったんだね~」
「ナートおねえちゃん食べてすぐに横にならないで下さい、みっともないです」
「あはは~相変わらず寝子ちゃんは固いなぁ~お母さんみたい~」
「誰がお母さんですか!」
『俺たちも見てることを忘れるなよ』『……太るぞ?』『そのまま牛になるといいよ』『ヴァーチャルの姿なら太ってても大丈夫とか思ってそう』『まあ、リラックスできてるのは良い事よ』『睡眠時間を差し引いてもこのコラボ20時間程度はありそうだし、緊張しっぱなしではね』『文字通り実家のような安心感』『お、俺が離席中に食べ終わったのか。米買ってきたし、俺も食うか』『←アクティブすぎて草』『ちゃんと炊けよ』『お米……ネット通販で購入しようと思ったら売り切れで草……』『高いのにようやるわ』『あんなの見せられたら我慢できんて!』『主要な通販サイトはほぼ品切れ全滅か』『十万人一斉に注文したらまあそうなるわな』
「そういえばわんころちゃん、お酒とかって無いの?」
「バッ、おま、何言ってんだ!?」
「炎上不可避だよナートちゃん」
「アホなんですか? ……アホなんでした」
体を横にしながらお酒を要求したナートに他メンバーから何とも冷たい視線が突き刺さる。ナートはFS最年長ではあるが、それでもお酒を飲める年齢ではない。本人としては此処は現実世界ではないし、飲んでも問題ないんじゃね?程度の台詞だったのだろうが、普通に炎上案件である。
「んふふ~ナートさんもお酒に興味が出始めるお年頃なのですね~でも、残念ながら~二十歳になるまで我慢してくださ~い。わんこーろまで室長さんに怒られちゃいます~」
「えっ」
「これ見てくださ~い」
そう言ってわんこーろは配信画面をちょちょいと操作し、流れていく投稿コメントを表示させる。
『白愛灯@FS運営:ナートちゃん、室長がお話があるそうなので配信が終わったら室長の部屋まで来てくださいね^^』
「…………あっ」
『あっ』『あーあ』『次回、ナート死す!(二回目』『ナート死にすぎ問題』『自分の入る墓穴掘るとかレベル高杉』『まーたここ切り抜かれて炎上ネタにされるぞ』『灯ママ通して発言するとか室長さんマジ切れしてんね』
「マジすんませんしたぁ!! ちょっとした興味だったんだよぅ! 本当に飲むつもりはなかったんだよぅ!! ほ、ほら未遂なわけだし! も、問題ない……よね……? 無いっていってぇええええ!!!」
暫く唖然としてコメントを見ていたナートは現状を理解した後、配信画面へと勢いよく土下座をかます。畳に広がるナートの金髪が綺麗だな~などと思いながら、わんこーろは狐稲利と共に朝食の食器を片づけていく。
「……ところでわんこーろさん」
「ん~? なんですかわちるさん」
「先ほどわんこーろさんはナートお姉ちゃんに二十歳になるまで我慢って言いましたけど、お酒が無いとは言ってませんでしたよね? ……お酒、造ってるんですか?」
「……んふふ」
「えっ、なんですかその意味深な笑みは!?」