転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
「とうちゃくー!これがやたの滝だよー」
「……でっけぇ……」
「すご…前よりでっかくなってない……?」
「ほぇ……紹介配信見てたけど、近づくとこんな迫力が……」
「映像資料で見た物より数段規模が違います……」
『大きすぎww』『こりゃすげえ、なんていうか、凄すぎてヤバい』『いやホント言葉にしづらい、とにかくデカくてリアルでヤバい』『むき出しの岩が水で濡れてるのとかリアルでヤバい』『近くの植物が水滴に当たって動いてるの見ると、飛沫一滴一滴にあたり判定あるのが分かって鳥肌ヤバいっす』
釣りポイントとして滝つぼが良いんじゃないかと聞いたなこそとナート、やたの滝の裏に存在する保管庫である時忘れの岩戸が目的の○一と寝子、その四名は現在狐稲利の案内でやたの滝までやってきていた。
犬守神社よりさらに山を登った先にある巨大な滝、わんこーろがやたの滝と命名したそれはごうごうとうなり声を上げるようにわななき、まるでそれが一つの巨大な生物のようにさえ感じてしまう。
配信外で幾度ものデータの更新が行われ、かつて配信でわんこーろが紹介した時よりも飛んでくる水しぶきや、降り注ぐ莫大な流水の音は極限までリアルに再現されていた。
降下する流水はその途中に存在するむき出しの岩肌にぶつかり、その名の通り八又に分かれ霧散していく。キラキラと日の光にきらめく煙のような水しぶきが体温を奪い、肌寒ささえ覚えるほどだ。
そんなリアル過ぎる光景に、ここにやってきた面々はもちろん視聴者さえ唖然とし語彙を消失している始末。
とはいえ、その面々は滝という自然物自体、初めて見るという者も多いので驚異の再現度よりもただただその巨大さに圧倒されているだけのようだ。
「たきつぼのお魚さんはねらい目だよー、はいつりざおー。頑張ってねなこそ!なーと!」
「うん、任せて!これでも待つのは得意なんだから!」
「あぁ……若干舌っ足らずな"なーと"呼びたすかるぅ……任せてよ!人数分の魚は絶対確保するからさ!」
「まかせたっ!……ねーねーしちょうしゃーこれって"ふらぐ"というやつー?」
元気よく返事した狐稲利はその後少し考えるように首を傾げ、配信画面に向き直り視聴者へこしょこしょと内緒話を始めた。だが、どうにも恰好だけで声量もそのままなので内緒にもなにもなっていないのだが。
『そうだよ』『yes』『はい』『さすが狐稲利ちゃん!学習スピードが段違いだぜ!』『誰もナートを信用しないの草なのよ』『今までの実績があるからな』『釣りは実力とか関係ないから、運勝負だから……(震え声』『その運が壊滅的なんだよなぁ……いや、ある意味運は良いのか?』『撮れ高はいい』『さすが(笑いの)神に見初められた女』
「ナー党は黙っててね、釣りは集中力が必要なんだから。あーあ、ナー党が騒いだせいで魚逃がしちゃうかもなーナー党の責任になっちゃうなー」
『卑怯だぞコラァ!!』『その時はナー党を抑えられなかったナートのせいということで…』『視聴者に責任を求める配信者がいるらしい』『さすがにナートの運の悪さまで責任もてませんわ』『草』
「それじゃーまるいちとねこはこっちー!滝のうらー」
なこそとナートが釣りを始めたあたりで狐稲利は滝の裏の岩戸へと○一、寝子を案内する。
岩戸へと続く道は滝の裏とはいえ、木の板で通路が作られており、入り口も大きく開けているので進むのにそれほど苦労はなさそうだった。それでも滝の飛沫で濡れている足元を注意するよう狐稲利は言いながら、二人を岩戸の奥へと案内する。
「それじゃあ、あの滝はちゃんとモデルになった場所があるんですね」
「うんー。おかーさは名前もそこからもらったーって言ってたー!」
「へぇー他にも同じような場所があんの?」
「だいたいはモデルになったばしょがあるんだってー」
狐稲利の持つ提灯によって照らされた洞窟内を三人は進んでいく。洞窟は思っていたよりも綺麗なもので、天井と壁は木材と石材で舗装されている。時々遠くからぴちょん、ぴちょんという水滴の垂れる音が響いてくるが、不思議と空気の湿り気は感じなかった。
「……あらかじめ映像資料を見たせいでしょうか、なんだか懐かしく感じてしまいます」
「懐かしい、ねぇ……寝子くらい映像資料を見まくってるヤツなんてあんまいねーだろーし、そーかもな。……でも、ワタシも何となく懐かしく感じるんだよな」
「もっと昔の記憶……それがなんだか懐かしさを感じる原因なのかも、しれません……でも、私が覚えていないなんて……」
寝子は犬守村の光景、あるいはそこから感じた郷愁の出所を自身の心の中で探し出そうとするが、そのようなものに心当たりはなかった。
地下の都市で生まれ育った寝子は同じく地下で育った者が抱く、地上への憧れを持っていた。だが、生まれる前より病弱であった寝子が汚染度の高い地上へ上がるチャンスは本来訪れることは無いはずだった。
だが、病弱な体と引き換えに寝子が獲得していたとある体質と、とある事件により、寝子は推進室の一員として引き取られ、憧れであった地上へやってくることができた。
しかし、地上は言ってしまえば地下住みの人間とは異なる富裕層のみが生活できる空間で、ある種平均的で突出したもののない存在が受け入れられ、それ以外の異端と思われる存在は非常に目立った。
自身の体質とそれによって変質した白い髪は寝子に奇異の目を向けさせる要因となった。
だが当時、聡くとも人の無意識の悪意を知らなかった寝子はその視線を自身の未熟さゆえの失望の眼差しだと考えてしまった。
そこから今の寝子の性格が形成された。周りの期待に応えたい、失望されたくない。その想いが寝子の根幹にあった。
「もっとしっかり調べないといけませんね……もっと頑張らないと……」
寝子もわちると同様に室長から配信者にならないかと声をかけられ、配信者になった一人だ。彼女もまた、配信者という役目を十二分に全うすることで恩ある室長への恩返しとなるのなら、と考えていた。
だが、わちると寝子の配信に対する姿勢は今ではかなり違う。わちるはわんこーろとの一件で、かつての室長だけの為という考えから半ば脱却し、自身の為に配信を行うようになった。
対して寝子は今でも室長、あるいは自分以外のメンバーの為に配信を行うという考えを根底に据え、配信を行っている。今回わんこーろに興味を持ったのもその配信の参考になればという部分が大きい。
もちろん彼女が配信中に見せる姿が視聴者を喜ばせるための演技などということではない。かつてはそうだったかもしれないが、長い間ヴァーチャル配信者として活動していく中で視聴者に自身の弱い部分を晒したこともある。そのたびに視聴者は寝子のそんなありのままの姿を受け入れ、認めてくれた。
その積み重ねによって寝子の中で視聴者の存在は室長やFSメンバーと同じ大切なもので、期待に応えたい、失望されたくない存在へと変化していった。
「もっと……もっと頑張って……っきゃ!」
「ねこっ!?」
だが、それはありのままの自分をさらけ出せる理解者が増えたと共に、寝子にプレッシャーとしてのしかかっていた。それによる無意識な焦りは、この前代未聞ともいえるコラボで何かしら得なければならないという重圧を抱かせていた。
そして、そんな考えに耽っていた寝子は地面のちょっとしたでっぱりに足を取られ、バランスを崩してしまう。
「はいはいこれで何回目だっての」
危うく転ぶところだった寝子だが、それを予測していたかのように○一が寝子の手を掴み支える。
「○一、おねえちゃん……」
「んー周りが暗いからちょい暗い事考えちまったか?」
「な、そんなこと……」
「おいおい、ワタシや他の奴らがどれだけお前を気にしてたか知ってっだろ?お前はうっとうしいと思ってたかもしれねーけど、みんなお前を心配してたんだよ。だから、そんぐらいのこと、簡単に分かっちまうのさ」
「……うっとうしいなんて、思ってません……」
「……寝子、焦らなくていいんだって。寝子はワタシたちの中じゃなかなかしっかりしてる。だから今くらいは甘えてくれって」
寝子はただ下を向いたまま、なにか言葉を口にしようと顔を上げるが、その言葉は口から発されることはなく、寝子はまた下を向く。
自身の心の内を言い当てられ、困惑しているという面もあるが、それ以上に。
「ねこーまっかっかー!」
「む、むううううう~~~~!」
『寝子ちゃん耳真っ赤wwww』『めっちゃ恥ずかしがってんじゃんw』『そりゃ、同時視聴者十数万人の目の前であんな事言われたらなあw』『そんぐらいのこと、簡単に分かっちまうのさ…(イケボ)』『姐さんのカッコつけないマジ声惚れるわ』『てぇてぇ……』『○一姐さんいつか刺されないか心配になる』『かなーしみのー』『大丈夫、姐さんの好感度調整は世界一だから!』『てか、ホント寝子ちゃん顔に出やすいな』『子猫なら姐さんじゃなくても何考えてるか分かっちゃうんだよなぁ』『マジか子猫凄いな』『頑張る寝子ちゃん好きだけど我ら寝子ちゃんの視聴者である子猫は今回のコラボは別の目的があるのだ』『ズバリ可愛くてリラックスしまくったふにゃふにゃ寝子ちゃんを見ること!!!』『どんな配信でも懇切丁寧。それもいいけどたまには心の底から子供らしくしてほしいという我々の願望!』『その為、どうか頼みますぜFSの皆さん!わんころちゃんと狐稲利ちゃん!!』
「むうううっ! ○一おねえちゃん!!」
「うえ!? ワタシが悪いのか!?」
○一は羞恥で真っ赤になっている寝子を宥め、コメントを見ながら思う。
寝子の想いは想像以上に視聴者に届いていて、そして皆から大切にされているということを知るべきだと。