転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#65 釣果……?

「……ねえなこちゃん……これ釣れるの……」

 

「私のバケツに入った魚が見えんのかね~? フフン」

 

「……その顔むかつくぅ~~~」

 

「そんな事言ったらまた炎上するよナートちゃん」

 

 水滴でずぶ濡れにならない程度に滝から離れた場所でなこそとナートは釣りを続けていた。狐稲利によれば本来川魚は警戒心が強いらしいが、この空間の魚はまだそこまでの経験値が無いのである程度釣れやすいらしい。滝の轟音と水面を叩く水滴によって人の気配をごまかす効果もあるのだとか。

 それを聞いて意気揚々とつりざおを水面に垂らしたナートだったが、その顔は横で同じく釣りをしているなこそが一匹目を釣り上げたところで硬直し、二匹、三匹と連続で釣られると若干涙目となり、駄目押しとばかりに四匹目が釣れるとナートは釣りざおを放り出してうなだれ始めた。

 

「なぁーんでだよー……私の方に一匹くらい引っかかってもいいじゃんー……」

 

「一級フラグ建築士の名は伊達じゃないってわけだね」

 

『なこちゃん煽る煽るぅ』『うなだれてる暇あるならさっさと釣りに戻れよ』『このままボウズで終わると面白いな』『もう無いはずの頼れるおねえちゃんイメージがマイナスに行く予感』『なこちゃんコツ教えてやって』

 

「ん? コツ? ……釣り上げるだけだからコツなんてないんだけどね~」

 

「くうぅ~~~!! 見てろよっ!!」

 

「えっ!? ちょ、ナートちゃん!?」

 

 地団駄を踏むナートは釣りざおを放り出したまま川へと向かい勢いよくジャンプする。ナートの体は水しぶきをあげてずぶ濡れになるかと思いきや、その体は川の中で顔を出していた岩の上へと無事に着地した。

 そのままぴょんぴょんと岩と岩を跳び回り、ちょうど川の真ん中あたりでナートは岩の上でしゃがみ込み、水面を見つめる。

 

「んーここら辺の岩の隙間にいそうかなー」

 

「ちょっとナートちゃん! 危ないから早く戻ってきなさい!」

 

「大丈夫大丈夫~そんなに深くないっぽいしー流れもそんなに早くないしー」

 

『ナート! まさかここで破天荒キャラを発揮して今までの弱小キャライメージを払拭するつもりか!』『勇気と蛮勇は違うのだぞナート』『んな難しいことナートが考えてるわけない』『岩あるなー飛び移れるかなー程度しか考えてないゾ』『男の子の発想で草』『勢いのまま行動した者の末路が見える』

 

「おおっ! いたいた! これは大物! 絶対に捕まえてやるんだからーーー! どぅわぁ!!」

 

 釣りざおなんてまどろっこしい! とばかりに両手で魚をとらえようとするナートだが、その光景を見ていた全員の想像通りナートは足を滑らして見事川の中に頭からダイブしていった。

 

「……ナート、おしい人をなくした」

 

『もう死んでる前提ww』『なこちゃん棒読みで草』『お前のことは(とりあえず一時間程度は)忘れないよナート』『濡れっ透け! 濡れっ透け!』『ナートの体とか全然興味ないんだが?』『透けたナートとか全然見たくないんだが?』『別にナートの事なんて全然心配でもなんでもないんだが?』『なるほどナー党ってツンデレの集まりなのか』

 

「ぶうぇふぁあ!! とったーーー!! なこちゃーん! ナー党! わたしとったよー!」

 

「なっ!? まじぃー!?」

 

『魚!? 手づかみで捕まえたのか!?』『ナートさんすごい!』『体張った甲斐があったな!』『ナートもやるときゃやるじゃん』『でけー魚だな。そんなの川にいるのか』『ずぶ濡れだが良い笑顔だ』『ふぅん、まあ、やるじゃん』『ナー党はツンデレで手のひらくるっくる』

 

 沈んでいたナートが、がばっと体を上げると、その両腕にはなこそが釣った魚の二倍はあろうかという大きな魚が収められていた。いまだびちびちと跳ねる魚を、ナートはめいいっぱいの笑顔で逃さぬように必死に抱えていた。

 その姿は確かに今までの釣果を帳消しにできるほどの撮れ高ではあったが……。

 

「うっしゃあああああ!! どんなもんじゃーい!!」

 

 服が透けることも構わず、少女でありながら雄叫びのような声を上げることも厭わぬその姿に、なこそも視聴者も呆気にとられ、彼女の奇行に慣れているナー党でさえ頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと……しかしかなりの量になったな。種類も多いし、狐稲利に教えてもらわなきゃもっと時間かかってたな」

 

「本当ですね。ありがとうございます狐稲利さん」

 

「んーん! まるいちもねこも持ってくれてありがとね!」

 

 狐稲利が二人を案内した"時忘れの岩戸"はやたの滝の裏に造られた保管庫であり、その中にはわんこーろが実験的に収穫した米や、わたつみ平原で精製した塩、その他わんこーろと狐稲利が試験的に生み出した調味料などが保管されている。本来保存方法が異なるものが一緒くたになって保管されていることに首をかしげる者もいるかもしれないが、この岩戸はただの保管庫ではない。

 

 この空間はワールドクロックと連動させることで時間の流れが実装されており、それによって朝と夜が生まれ、季節が存在し、生物は成長する。

 その流れには当然腐敗、劣化という現象も含まれている。だが時忘れの岩戸はその名の通り岩戸内部に限り時間の流れが外部と切り離され、比較的自由に時の流れを操作することが出来るようになっている。

 

 発酵食品などは時間を早めて短期間で熟成させることが可能であり、また時間を完全に停止させれば鮮度を完全な状態で保ち続けることが出来る。

 

 今後食べきれない量の米の収穫が見込まれ、塩やその他食物に関してもわんこーろと狐稲利二人では消費し切ることは難しい。そのためわんこーろはそれらを長期保管する場所としてこの岩戸を創ったのだ。

 

 そんな岩戸から狐稲利は目当てのものを迷わず探し出し、一人で抱えようとしたのだが、さすがにそれは無理があった。袋詰めされているものがあれば、木の樽に保管されているもの、ビンの中に入った液体のようなものもある。それらを狐稲利が一人で持つには物理的に手が足りないのは明白だった。

 量も種類も多いため、そんな狐稲利の様子を見かねた、というより初めから手伝うつもりであった○一と寝子が慌てて荷物を持ち、そうしてようやく三人は岩戸を後にしようとしていた。

 

「この、重さもリアルな重さ……ということなんでしょうか……」

 

「大丈夫か? 重かったら持つぞ?」

 

「おもいー? ねこだいじょうぶー?」

 

「いえ、このくらい問題ありません……!」

 

 寝子は荷物が手に食い込む感覚や、重さで体がいつものように自由に動かないことに少し戸惑っている様子だった。決して持てないわけでは無いが、大きな荷物を両手に抱えながら慣れない道を行くというのは少し疲れるものだ。

 対して○一はなんでもない様子で荷物を手に、先へ先へと進んでいく。もちろん寝子や狐稲利の事を気にしながらで、一人で勝手に進んでいるわけではない。

 

 ○一にとって寝子も狐稲利も手のかかる妹のようなものだ。寝子は聞き分けは良いし、自身のミスを真摯に受け止め反省するところなどは年下ながら尊敬している。けれどそのせいか年相応な感情を出すことがあまりなく、それも含めて寝子は庇護欲を抱かせる存在であった。

 

 狐稲利は実際に会ったのは今日が初めてだったが、そんな短い時間だけでもいい子だと分かる。純粋で、それでいて好奇心旺盛。人の想いに敏感で、けれど純粋故に人の痛いところをぶっ刺す天然なところもある。こちらを警戒心無く人懐っこく寄ってくる姿はまるで大きな犬のようにも見えた。まあ、わんこーろの娘なのだから、その認識は大きく間違ってはいないだろう。たぶん。

 

「てかなこそとナートはしっかり釣ってんのかねぇ」

 

「私の想像ではナートおねえちゃんはずぶ濡れになってます」

 

『わかってんじゃ~ん』『もはや映像を切り替えなくとも分かる結果』『どれどれちょっとナート側の映像見てみるか』『残念ながらナートさんも釣れてるようですね』『残念言われてて草』『てか、あれは釣ったと言っていいのか?』『……ん? これは……』『おやおやおや』『ナート側面白い事になってんね』『タイミング的に○姐と寝子ちゃんも合流して見れるかも』

 

「見れる? なんだかコメントの反応が……」

 

「これはこれで嫌な予感がするな」

 

「もーすぐいわとの出口だよー!」

 

 なこそ、ナート組の映像を見ていた視聴者が何やら気になるコメントを書き込むが、その光景を二人は確認することが出来ない。不思議に思うも岩戸を出ればすぐに二人の場所へと向かえる。

 

「なあ狐稲利、少しあいつらんとこ見に行っていいか?」

 

「出来れば私からもお願いします」

 

「うん! わたしも見にいくー!」

 

 

 三人が岩戸を抜け、滝から少し離れた場所でなこそとナートを見つけると、その場の何とも言えない雰囲気に気が付く。別段緊迫した様子でもなく、なにか問題が起こった様子でもないようだ。

 川岸でなこそは釣りざおを手に持ち、糸を水面に垂らすことなく握りしめたままナートを見つめている。そのナートは川の中央あたりで大きな魚を抱えたまま微動だにしない。どうもなこそのいる岸とは反対方向の岸をじっと見つめているようで○一と寝子、狐稲利がやってきたことに気が付いていないようだ。

 

「おーっす。やっぱナートは川に落ちたか。てか何してんの?」

 

「お魚は釣れたんですか? というか、ナートお姉ちゃんはあそこで何してるんですか?」

 

「しー! 二人とも静かに。……ほらほら、あそこみてよ」

 

 とりあえずこちら側の岸にいるなこそに声をかけるが、なこそは小声で大方の予想通りずぶ濡れにはなっているナートの視線と同じ場所を指さす。

 

「わあっ!」

 

「おう……初めて見た、可愛いな」

 

「おおー! きつねー!」

 

 川の対岸の向こうは森になっており、そこから小さく黄色い何かがひょこひょこと動き回っているのが見えた。それはまだ体の小さい一匹の子ギツネだった。

 子ギツネは川の水を飲み、それからしばらくはそこらの草木にじゃれて遊んでいるらしかった。幼体特有のわんぱくさでまるで無機物と喧嘩しているかのように激しく遊んでいる子ギツネだったが、自身を見ている人間の存在に気が付いた瞬間、目をまんまるにしてびくっと震えてから固まってしまった。

 

「は、はうわうわわわわぁ……もふもふしててかわいい~~動いてるぅ~~」

 

『変な声助からない……』『キモイ声やめてもろて』『ナートの気持ちは分かるがやっぱりキモイ』『ナートすっごい顔してんね』『キツネに不審者と思われてる説』『野生動物にドン引きされるナート』

 

 特に一番近い位置にいるナートの姿にくぎ付けになっている様子で、ナートが少しでも動こうものなら、ビクッと震えて逃げ出そうと身構えているようだった。

 

「あああぁぁ……な、何とかしてお近づきに…………ん?」

 

 小さなキツネのふわふわとした姿や愛らしい行動の全てに魅了されてしまったナートは何とかその頭をなでなでしたいという欲望に突き動かされるが、不用意に動けばその瞬間後ろの森へと逃げて行ってしまうのが分かり、近づくことが出来ないことに歯噛みする。

 だが、よくよくキツネを見てみるとどうも見ているのはナートというより、ナートが抱えている大きな魚のようだった。

 

「……」

 

 ナートが無言でその魚を左へ右へと動かすと、その通りにキツネの視線も動いていく。

 

「お腹が空いているのでしょうか?」

 

「人への警戒心より食欲が勝るって野生動物としてどうなの……?」

 

「ん~ここの子、ひとってあんまりみたことないーから、なかま、っておもってるのかもー?」

 

「ははっ! なるほどな、あの金髪が子ギツネには仲間に見えたって事か」

 

『草』『変なキツネだなって思われてそう』『川でずぶ濡れになって変な笑み浮かべてる同族とかヤバすぎ』『親ギツネの姿が見えないし、もしかして親と思われてる?』『【速報】ナートママになる』『かなり語弊がある』『その題名で切り抜き作られて無駄に炎上しそう』『しかし、ナート以外にも人はいるし、こんな人数を見た事ないだろうに全然逃げないな』『ナートを同族と見て安心しているのか、相当お腹が空いているのか』『確かによく見れば痩せてる……かな』

 

「あの子、痩せてるんですか? 何も食べていない、のでしょうか?」

 

「んー、狩りができるまえにおやキツネと離れちゃったのかなー。ちょっと痩せぎみだねー」

 

 寝子の心配するような声に狐稲利は答える。

 

 この空間はタヌキを実装してから小型、中型の動物を次々実装しておりキツネもそんな動物の一種だ。野生動物であるため今回のように親と子が離れてしまうような不測の事態や、親が子を捨ててしまうような状況もあるにはある。

 わんこーろと狐稲利はかつて懐いていたタヌキの事を想い、出来るだけそのような動物を保護するようにしているし、そんな子たちが生きやすいような環境作りとして食物となる植物を植えたりもしている。だが、それも狩りが出来る程度に成長している必要がある。狐稲利の見たところ、あのキツネは親離れするにはまだ幼く、恐らく狩りに関する経験も浅いように見える。

 

「…………ええい! もってけやーー!!」

 

 先ほどまで微動だにしなかったナートだったが、魚から視線を離さないキツネの姿に、ナートは自身が唯一捕った魚を大きく振りかぶり、キツネのいる対岸へと放り投げた。

 対岸に放られた魚に最初は飛び上がって驚いたキツネは森に隠れてしまうが、少しして放られたものが例の魚であることを知ると、再び森から出てきて、口元や足先で突いた後、口で咥えるとずるずる引きずりながら森の奥へと運んでいく。

 自身の体格以上の獲物を何とか引きずるキツネは森へと消える直前、ナートの方をじっと見つめたような気がしたが、すぐに森へと消えてしまった。

 

「……はぁ~……わたしの釣果がぁ~」

 

「釣ってねえだろ……まあ、良い事したと思うぞ」

 

「見直しましたナートおねえちゃん!」

 

「ナートちゃんそーゆーとこあるよねー。だから好きなんだよねー」

 

「わたしも! なーとすき! なーとやさしいー」

 

『俺は知ってたぜ、ナートはホントはいいやつだって』『前になこちゃんも裏ではいい子だって言ってたしね』『じゃあ今までのナートは演技だった……?』『営業妨害やめてもろて』『周知の事実だから営業妨害じゃないよ!』『ナート可愛いものにはいつもあんな感じだぞ?』『ナートは常に可愛いものの味方なのだ』

 

 唯一の成果をキツネに与えたことに若干後悔しているナートだったが、視聴者はナートの意外に思える行動によってただのイキった生意気キャラではないと思い直し、不思議とその姿に惹かれるものを感じた。つまりはギャップ萌えにやられたのだ。

 FSメンバーもそんなナートを誇らしく思うし、ナートの本質をナー党以外にも周知させることができたことを嬉しく思っていた。

 

 残念なのは、そんなナートが好感を持たれているという状況を、当の本人が魚の後悔にうなだれてまともに聞いていない事だろう。

 

 

 


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