転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#67 お昼ごはん

 

 炊事場はFSのメンバーにわんこーろと狐稲利がそれぞれ料理を教えながら、今まであったことを楽しそうに話し合っていた。さすがは配信者として名高いFS、料理をする手を止めることなく会話を続けている。その様子はもちろん配信され、視聴者もその炊事場の喧騒をBGMにこれまでの、この空間の様々な様子を語り合っていた。

 

 だが、この場の指揮を執っているわんこーろはあちらこちらへと忙しなく動き回り大変そうだ。

 炊事場にはFSはおろか、視聴者でさえどのように使うのか分からない器具も多くあり、それの使い方を説明するのは主にわんこーろなのだ。料理に使う道具ということで取り扱いを間違えれば怪我をしてしまう可能性もあるので適当に教えるわけにはいかない。

 

 大変そうであるけれど、わんこーろは心底この状況を楽しんでいるようだった。

 

 独りぼっちだったこの空間で嫌というほど暇を味わった。だから、この忙しさも新鮮で、愛おしいものに感じた。

 

「おお……火が点いたな。この黒いの、岩戸から持ってきた時は食べもんじゃなさそーだし、何かと思ったんだが、これが"炭"なのな。狐稲利は"焼くやつ!"と言ってたが……」

 

「はい~お魚さんはこの七輪で~じっくり~ゆっくり~焼いていくんです~」

 

「なるほどな。……なんかいい匂いしてきたな」

 

 炊事場の入口近くで七輪を前にしてうちわを手に持つ○一は七輪の上でパチパチと音を立てる魚を見つめながら、その匂いに顔をほころばせる。

 魚の身からじわりと滲みる油が炭に垂れ、パチパチと弾ける。その煙が魚を炙り、より一層香り立つ。

 

「わんこーろさーん! お茄子焼き終えましたー!」

 

「は~い。じゃあわちるさん、さっき畑で取ってきたゆずと味噌でゆず味噌を作ってください~」

 

「はいっ!」

 

 わちるは炊事場の奥からわんこーろに声をかける。腕をまくり、料理に使う火に慣れないながらも格闘しているようで、額には汗が浮かんでいる。

 久しぶりの料理とはいえFSのメンバーの中では一番料理経験がある為、わんこーろはわちるの希望もあり積極的に調理を任せている。

 わちる本人も珍しい作業にわたわたしながらも楽しそうにしているが、もちろん作業が楽しいだけでなく、わんこーろのそばにいられて、わんこーろのお手伝いができるということもわちるが幸せそうにしている理由の一つだ。

 

「おかーさー出汁とれたー!」

 

「はいはい~狐稲利さんありがとうございます~ふんふん、"わたつみ"産の昆布はいい具合に使えたみたいですね~。でも鰹節がまだ実験段階なのが惜しいですね~」

 

 狐稲利はどうやら別の釜で作業をしているようだ。出汁を取るために利用した昆布もわたつみの海でとれたもので、塩と同じく塩桜神社の綺麗な砂浜で干した一品だ。これも事前に準備していたもの。

 この出汁は他の料理にも利用する重要なもので、料理全般にうまみをもたらす。

 わんこーろの計画では鰹節と昆布の合わせ出汁を作ってみたかったのだが、鰹節の製作方法などがまだサルベージ出来ていないので今回は昆布のみとなった経緯がある。

 

「塩に醤油、味噌、……あれ? 胡椒もあるんですか?」

 

「ああ~それはですね~畑でとれたものではないんです~。気候的に栽培するのが難しいものも、一応再現できるか試しに創ってみたものの残りなんですよ~。今後は本格的に栽培方法を模索するつもりなので~これはもう使い切ってしまおうかと思いまして~」

 

 寝子は主に料理の最終的な味付けを担当している。知的好奇心のある寝子は料理の経験は無くとも珍しいものには興味を惹かれる性格で、故に現実で流行した珍しい食べ物なども積極的に食している。効率食以外の料理もメンバーの中では口にした回数は多い方だろう。それに妥協しないところもあるので、寝子に任せれば味に関しては問題ないという考えだ。

 

「わんこーろさん! 油の温度良い感じですよ! 天ぷら、揚げてもいいー?」

 

「はーい! いいですよ~油ハネに気を付けてくださいね~」

 

 なこそは面白そうだからという理由だけで揚げ物の担当に収まっている。温度を一定に保てない竈では油の温度調節も難しいように思えるが、此処はネット空間であり、そのあたりはわんこーろによってしっかりと配慮されている。

 油も畑で育てていた大豆から採油することが可能と知ったので、今回のコラボで揚げ物を作れるようにあらかじめまとまった量を確保していた。

 

『わんころちゃん大忙しだな』『仕方ない。料理できるのと、見たことない料理を作るのじゃ難易度違うよ』『しかし思ったより料理って手間がかかるんだな』『確かに、効率食なら必要ないし』『でもさ、なんかよくない? この雰囲気さ』『わかる。なんてゆーか人と話しながら作業するって楽しいよな』『何かを作るって面倒なだけって思ってたけど、これ見たらちょっと考え変わったわ』

 

 そうしてわんこーろと狐稲利のガイドにより、ほとんどのメンバーが初めてとなる料理配信は順調に進行していく。

 

 全ての調理と並行して行われた洗い物が終わり、待ちに待ったお昼ご飯の時間になったのはちょうど太陽が真上に昇った正午あたりであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おおーー! めちゃ美味しそうじゃん!!」

 

「この匂いはお腹が空きます……!」

 

「ねえねえわんこーろちゃん! もう食べてもいいー?」

 

『うまそうううううう!!』『ああ、くってみたいなぁ』『腹減ってきた……効率食じゃねえ暖かいものが食べたい』『おなかきゅるきゅる鳴ってます』『知らない料理ばかりだ。けどなぜかすっごい食欲を刺激される!』

 

 ちゃぶ台の上に並べられた料理はどれも美味しそうな見た目と食欲をそそる匂いで、それはその場にいるFSメンバーだけでなく、画面の向こうにいる視聴者でさえ魅了されてしまうほどだ。

 各自、目の前にはほかほかの白米の盛られた茶碗に、白い豆腐とワカメの浮かぶお味噌汁、そしてなこそと……一応ナートが頑張って釣った魚を使った焼き魚が盛られている。

 

 ちゃぶ台の中央には大皿が置かれ、畑でとれた野菜などを揚げた天ぷらが盛られたもの、食欲をそそる醤油と砂糖の甘辛い匂いが主張する里芋の煮っ転がしの二皿が置かれている

 それぞれかなりの量が作られているが、それでもわんこーろ、狐稲利、FSメンバー全員分を計算して作ったので余ることは無いだろう。

 

 小鉢として焼きなすのゆず味噌和えやトマトの煮びたしなどが彩りをもたらし、見た目も大変見事なものだった。

 

「と、とりあえず皆さん座りましょう!」

 

「みんなてんしょんたかいー」

 

 初めて見た料理の数々に目を輝かせる一同、それを口にすることができるからテンションが高いというのもあるが、加えてその料理を自分たちがその手で作ったのだという事実がより彼女達に達成感をもたらし、料理の味に期待することになっていた。

 

 この世界の現実では過去の料理のデータがサルベージされ始め、お米をはじめとした食材も合成という本来の育成方法とは異なる生産方法だが、ある程度流通はしているので今ちゃぶ台の上に並んでいる料理の数々もやろうと思えば現実世界で再現することは可能だ。

 

 だが、そのレシピに関しては完全な形でサルベージされることは稀であり、それがこの国で何百年もの歴史を持つ伝統的な料理文化であったとしても、効率化社会の影響によってほぼ崩壊していると言ってもいいほどの壊滅具合を現していた。

 だが、今回わんこーろはその不明とされていた料理のレシピを、配信によって実際に実演して見せるという確かな形で公開したのだ。

 

 その事実は今回作られた料理だけが再現できるというわけでなく、料理の基礎中の基礎から丁寧に披露したことで他の料理にも応用可能で、今まで虫食い状態となっていた他の料理のレシピを補完するなど重要な意味を持っていた。

 

 わんこーろはそこまで深く考えたわけではないのだろう。配信で料理を作るのも、ことさら丁寧に手順を説明していたのも恐らくは料理をしたことのないFSメンバーのためを思っての事。

 室長よりお願いされていたのは料理を食べさせてやってほしいということだけで、一緒に料理をしようと考えたのはわんこーろだ。

 だが、そんなわんこーろの思いはそれ以上の影響を着実に視聴者を通して世界へと浸透させ始めていた。

 

 

「ううーん! このお魚、塩味が効いてて、すっごい美味しい!」

 

「天ぷらも衣がサクサクしていて、中の野菜も熱々でおもしろい食感です!」

 

「この煮っ転がしってゆーのいくらでも食べられるぅ~味が好み~」

 

「小鉢も侮れないですよ! 茄子は味を良く吸ってますし、トマトも柔らかくて口の中でとろけます!」

 

 各々が料理に箸を伸ばし、そのおいしさを語り合う。時にはこの野菜は切るのに苦労したとか、揚げ時間の見極めが大変だったとか、その料理を作るときの話を交えながら皆で食卓を囲み、楽し気な時間は皆が料理を平らげるまでずっと続いたのだった。

 

「んふ~みんな楽しそうだねっおかーさ!」

 

「ええ、そうですね~。では、お昼ご飯を食べ終えた後は皆さんで本格的にお盆の準備を手伝ってもらいましょう~」

 

 

 


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