転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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気が付いたら夏季休暇が始まっておりました。


#68 午後の緩やかな時間

 日本のお盆の行事は地域どころか家によっても大きくその形が違う。宗教的な違いや、地域の土着信仰などによりその姿はどんどん変化していき、どれが正解でどれが間違いというものもない。

 ただほとんどの地域に共通しているのはお盆という行事が祖先を祀るための行事であるということだろうか。

 

 悲しきはその多様化したお盆という文化そのものが現在失われている事だ。

 

 犬守村ではわんこーろと狐稲利以外に住んでいる人間はいない。亡くなった命というものも野生動物がほとんどで、お祀りするような祖先というものも現在は存在していない。

 

 だが、わんこーろにとって日本の夏と言えば、お盆。

 

 現実では無くなったお盆という懐かしい風景を、この世界では復活させてあわよくば視聴者に周知させたいと考えていた。そしてそんな時に思いついたFSとのコラボ。

 

 更に、どうせならこの空間でのお盆という行事になにか意味を持たせたいと考えていたわんこーろは、この機会を犬守村とは隔絶した空間である"幽世"のメンテナンスに充てることとした。

 まるで先祖の霊がこちらへと帰ってくるかのように、幽世に存在している"魂"を犬守村へと帰ってこさせ、空っぽになった幽世を隅々までメンテする。

 それがこの犬守村でのお盆という行事の役割となった。

 

「んふふ~ではではわちるさん~神棚に神饌をお供えしてくださ~い」

 

「は、はい。ちょ、ナートお姉ちゃん! 危ないですからしっかり支えててください!」

 

「わぁかってるってば! わたしってそんなに信用ないー?」

 

 踏み台を支えるナートと、その台の上に乗り設置されている神棚の上に神饌を供えるわちる。供えるものは先ほどわちるたちが食べていた料理に使った野菜などで、それを恐る恐る神棚の空いた空間に置いていく。

 

「ナートさんありがとうございます~。それじゃあわちるさんは~神社の方にもお供えをお願いしますね~」

 

「こっちだよー」

 

 わんこーろと狐稲利の誘導により家から廊下を伝い神社へとやってきたわちるは同じく神社の前に供え物を置いていく。彩りの野菜が供えられたその傍に、提灯に灯された光が置かれており、わちるはその光に自然と視線を合わせる。

 いつもは太陽の光のように強く、それでいて暖かく光る"写し火提灯"だが、供え物と共に置かれたその提灯の光はいつもと違い、淡く静かに燃えている。悲し気に、あるいは切なげに、そんな言葉が似合うような、本来の火という猛々しい雰囲気は無く、ただ静寂の中ひっそりとその光を保っていた。

 

「これは"迎え火"ですよ~。お盆はご先祖さまがこちらに帰ってくるのですが~その時迷うことが無いようにこうやって目印の火をつけておくんです~」

 

「なるほど……」

 

 わちるはそれ以上は深く聞かなかった。視聴者は幽世なる空間が存在し、魂の循環という機構が機能していることを知らない。唯一この空間に初めてやってきたわちるがわんこーろからその存在を少しだけ聞いた程度で、ほとんどの人間はこの魂を此方へと呼ぶ迎え火をただの雰囲気づくりのアイテムとしか認識していないだろう。

 

(だけど~しっかり"いる"んですよね~)

 

 ふとわんこーろは何もない空間に目をやる。FSのメンバーや視聴者からは可視化させていないので見えないのだが、わんこーろの瞳にはその姿がしっかりと確認できる。

 

 神社の柱や草陰、あるいはここらの空間をただよい、こちらを覗き見る光球、魂の存在が。

 

 この魂たちは記憶などが初期化された、ただの情報の集合体であるが、なぜかこうしてみるとまるで小さな正体不明の生き物のように見えてしまう。こちらが少しでも体を動かすと、吃驚したようにその球のような姿を震わせ、身を隠す様子など、肉体を持たない新たな生命のようにさえ感じてしまう。

 

「? なにか鳴き声が……あれ? あれはカラス、ですか? お供え物は大丈夫でしょうか」

 

「……ええ、大丈夫ですよ~あの子たちは特別なので~」

 

 わちるは何かの鳴き声を聞き、神社の向こうに広がる森へと視線を移す。そこでは木の枝にとまる一羽のカラスがこちらを観察しているようだった。

 供えられたものをカラスにとられないか心配するわちるだが、今こちらを伺っているカラスに関してはその心配は必要ない。というのも、わちるが見つけたカラスは、カラスの姿をしているが本物のカラスではないのだ。

 

 此方を見やるカラスは全身真っ黒で、まるで影のようだった。それに、こちらを見ているというよりは、まったく別の場所を見ているように感じる。

 実際にカラスはお供え物を見ているのではなく、その後ろの何もないように見える空間をじっと監視していたのだ。

 

 このカラスの正体は、カラスの姿にその身を変えたヨイヤミさんだ。魂がこちらの空間に帰ってきているのなら、その魂を管理、監視しているヨイヤミさんも一緒にこちらに来ていてもおかしくはない。

 

(……ん? あれ~?)

 

 魂を監視しているはずのヨイヤミさん。

 だが、その視線は宙に浮く魂から時々わちるへと移り変わっているようだ。

 

(あの時わちるさんを驚かせたことを気にしているのでしょうか~? うーんそれでも、できるだけわちるさんたちにはばれないようにしないとですね~)

 

 ヨイヤミさんも魂のように情報の集合体であるはずだが、まるでわちるを見守るようにしているその姿に、わんこーろはその理由を思案する。だが、どちらにしろ先の事件でトラウマ級の恐怖を体験したわちるには、決して会わせないようにしようと心に決めるわんこーろなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「え? ヒマワリ畑ですか?」

 

「はい。"けものの山"にヒマワリ畑があると狐稲利さんに聞きまして、わんこーろさんが許可して頂けるのなら一度行ってみたいと思いまして……」

 

 お昼ご飯が終わり、寝子とナートがお供え物を持って行った後、一同は畳に腰を下ろして休憩していた。寝子がわんこーろに手渡した風鈴が涼し気にりんりんと音を響かせる中、効率食では味わえないような満腹感に心地よさを感じている一同は、時々吹く風に身を預けながらゆったりとした時間を味わっていた。そんな時、ふと寝子がそんなことを言ってきた。

 

「ふむ~けものの山にはまだ大型の動物は実装しておりませんし~いいですよ~。でも」

 

「でも?」

 

「寝子さんお一人ですか~? 危険な動物はいなくても危険な場所はありますから。狐稲利さんについて行ってもらうにしてももう一人くらいは一緒に行った方がいいのでは~?」

 

「む、確かにそうですね……」

 

 わんこーろに誰か付き添いのメンバーがいる方がいいのでは? と問われた寝子は畳の上で涼んでいるFSの面々を見渡す。

 なこそは○一に膝枕をしてもらい、鼻歌を歌うほどご機嫌な様子。○一は仕方がないとばかりにそれを受け入れている。ナートははしたなく大の字になって眠たげにうとうととしている。

 となれば残るのは……。

 

「わちるおねえちゃん」

 

「んぇ? なに寝子ちゃん~?」

 

 わちるも涼しい風に若干眠たそうにしているが、それでもこの中で今一番しっかりとしているように寝子の目には映った。

 話しかけられたわちるはふにゃふにゃな声で寝子へと応答する。

 

「一緒にお出かけしてくださいませんか?」

 

「あ、ヒマワリ畑の事? いいよ! 私も見に行きたかったから!」

 

 寝子と一緒にお出かけ、それも気になっていたヒマワリ畑となれば寝ている場合ではない! とばかりにわちるは飛び起きると寝子へと駆け寄る。

 

「決まりですね~ではけものの山に行くついでに~ヒマワリ畑でヒマワリをいくつか摘んできてもらえますか~? この部屋に飾っておきたいので~」

 

「分かりました。大きくて、綺麗なものを選んできますね」

 

「はい~お願いしますね~、あと~寝子さんは虫とか、大丈夫ですか~?」

 

「虫、ですか? ……長かったり、足がいっぱいあるのは少し苦手ですけど、それ以外なら、どちらかといえば好きな方ですね」

 

「それはよかった~では少し待っていてくださ~い。必要なものを用意してきますので~。あと、道案内を狐稲利さんにお願いしますので~何かあった時は狐稲利さんに頼んで私に連絡を下さいね~」

 

「はいっ!」

 

「分かりました!」

 

 

「うぇ~~私もぉ~いくぅ~~」

 

 二人が意気揚々とけものの山までの"探検"について話し合っていると、まるでなめくじのように這いずるナートが声を出す。どうもナートもついていきたいらしい。このまま夜まで昼寝して時間を潰すのももったいないので、本来ならその提案も受け入れられるのだが……。

 

「はーいナートちゃんは駄目だよー何のために私とわんこーろさんが寝子ちゃんに付いて行かずにいると思ってるの?」

 

「へ? なに? どゆこと?」

 

「はいこれどーぞ」

 

 なこそは這いずるナートの首根っこを引っ張り、ちゃぶ台の前に座らせるとそのちゃぶ台の上にどさどさと何かの本や紙を山にして置いていく。

 

「? なにこれ?」

 

「いやー本来は3Dモデルなんて無いただのデータでしかないんだけどーわんこーろさんと灯さんの手によってこのようにまるで実物の本やプリントのようにしていただきましたー! ほらナートちゃん中身みてみて」

 

「な、中身? えーと……んぎゃ!? こ、これって……」

 

「そうでーす! ナートちゃんがNDSで遊び呆けている間に溜まってたナートちゃんの学校の課題でーす!」

 

「な、なななななんで、なんでこれがここに!?」

 

「このままだとどうせ夏休み最終日まで手を付けないだろうから室長が持って行くようにって」

 

「し、室長~~!! 謀ったな!!」

 

「それじゃーやっていこ! だいじょーぶだいじょーぶ! こっちには人工知能なんか比べ物にならないほどの計算速度に、学校の教師さえ知らない知識まで網羅している優秀な先生がいるんだから!」

 

「んふふ~そ~いうわけなのです~わんこーろも室長さんによろしく~とお願いされているので~」

 

「んぐぐぐ、ま、○一ちゃん助け――」

 

「あ、ワタシも寝子とわちるについてくわ。せっかくカメラもあるんだし、使わないともったいないしな」

 

「くそぉーーーーー!!!」

 

 全員から見捨てられた状態のナート。音割れ必至な絶叫を漏らすも、同情するものは視聴者を含め誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「はい寝子さんこれ~よかったらどうぞ~」

 

 家の奥に一旦引っ込んだわんこーろはいくつかの道具を手に持って戻ってきて、それを寝子に手渡した。

 

「? これは」

 

「虫かごと虫あみ~だよ~もし珍しい虫さんがいたら~この網でばっ! と捕まえて~この虫かごへご案内~思う存分観察してあげてください~。もちろん後で逃がしてあげて欲しいんですけど~」

 

「なるほど。……お借りしても?」

 

「もちろんです~そのために持ってきたんですから~」

 

「ありがとうございます。珍しい虫さんがいたら捕まえてみます」

 

「んじゃもうそろそろ出発するか?」

 

「あんないはまかせてー!」

 

「お願いしますね、狐稲利さん」

 

 番傘を日傘代わりにさす狐稲利に、麦わら帽子をかぶり虫かごを肩に下げ虫あみを手に持つ寝子。そして黒いカメラを手にする○一と、狐稲利の隣に立つわちるの四人はわんこーろへと元気に手を振り、けものの山へ"探検"に出発した。

 

 

 


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