転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#69 時間の流れ

 

 

 

 けものの山はタヌキを筆頭として既に数種類の動物が実装され、山に生息している。ナートが犬守山で見たキツネもその内の一種類だ。

 この動物たちの住処は現在のところ、けものの山から出ていないようで時々好奇心から遠くまで足を延ばす個体がそこそこ確認される程度だ。動物たちが積極的に山の外に出ようとしないのは、そんなことをしなくとも山の中で十分生活ができるからに他ならない。山中に川が存在し、水棲の生物を餌にできるし、季節によっては木の実や山菜の類も大量に生ってくれる。

 

 そして、小動物の主食となる虫もそれなりの種類が実装されている。

 

「なかなかのシャッターチャンスだ」

 

「寝子ちゃん上手です! 何を捕まえたんですか?」

 

「ええと……狐稲利さん、この子は何て名前なんでしょう?」

 

 寝子は虫あみを使って早速虫を捕獲したようだ。視聴者の予想以上にアクティブに行動する寝子は麦わら帽子が飛んでいかないように手で押さえながらけものの山の麓の森を走り回っていた。

 

 視界に映る影を目ざとく捉えると、手にした網で華麗に捕らえて見せる。最初は木に留まっている虫でさえなかなか捕獲できなかったのだが、少し慣れてくると飛んでいる虫でさえ簡単に捕まえられるほどになっていた。

 

 寝子は早速捕まえた虫の翅を傷つけないようにそうっと持つと、それをわちると狐稲利に自慢げに見せる。

 

 寝子の鮮やかな手つきにわちるは感嘆し、狐稲利はおおー! っと驚いた様子で、その後寝子を褒めるように頭を撫でる。狐稲利にとってこの頭を撫でるという行為はわんこーろにしてもらっている、狐稲利の中での最上級の称賛を表す行動である。

 

 すごいすごい! と寝子を褒めながらも、狐稲利は犬守村に実装している生物一覧のアーカイブを検索し、目の前の昆虫の名称を特定する。もちろんこの犬守村で生活している狐稲利にとってアーカイブを閲覧するまでも無く、その虫が何なのか己の知識だけで語ることは出来るのだが、既に昆虫は似た種類のものも含めて数十種類以上が実装されている。

 

 電子生命体の正確さを持ち合わせている狐稲利が間違うことなどないはずだが、そのような絶対的に間違いなどあるはずがないと考えるほど狐稲利は機械的ではないし、もしかしたら間違えてるかも、間違えたまま教えちゃいけないよね、と考えるほど人間らしくあった。

 

「んーとね、"シオカラトンボ"ー。塩みたいな色してるでしょー?」

 

「トンボの仲間なんですね」

 

「トンボ……なるほど、そうですね、トンボにもいくつも種類がいるんですよね」

 

「ねこー、トンボ見たことないー?」

 

「実際にはありませんね。現実ではもう虫さんは生きられないような環境ですから」

 

「ふーん。タヌキとかキツネはー?」

 

「ううーん、環境技術研究所なら、保護されてるみたいですけど、実際には見た事ありませんね」

 

「私も、映像資料以外ではありません……」

 

「そっかー。……なんだかつまらないかもー」

 

「……そうですね、生き物がいないというのは、つまらないかもしれませんね」

 

「んーワタシは今までならつまらんとは思わなかったが、犬守村(ここ)に来てその気持ちちょっと分かるようになった気がするわ」

 

『"外"は年々厳しくなってるってのは聞いたことある』『温暖化やら環境汚染で動物は三割絶滅、虫やらも数種類絶滅のうえ生息地域が大きく変化してる』『ペットを飼うなんて今じゃ地上に住むより難易度高いぞ』『そういう意味でも犬守村は絶滅前の生物の生態を補完してる貴重な場所なんだ』『虫一種類とっても膨大な生態情報によって形作られているから資料としてかなり優秀』『おいおい有識者ばっかじゃねえか』『民度高くね?』『女の子(ナート)の泣き顔が見たい視聴者は向こうに、生物に興味のある視聴者はこっちにって感じで分かれてんね』

 

 シオカラトンボを優しく虫かごの中に入れると、次なる獲物を求めて寝子は山道を進んでいく。

 

 そうしていると一際大きな樹が目の前に現れ、何となしに見たその樹皮に虫たちが何やら集まっているのが確認できた。

 

「樹液を吸いにきてるんだよー」

 

「虫さん達のごはんの途中でしたか……ん、この大きい虫さんは……」

 

 大きな樹から染み出した樹液に集る虫たちは、虫あみを持ちその様子をじっと観察している寝子のことなどお構いなしに食事を続けている。

 虫たちは光沢のある緑色をした物や、鮮やかな羽のあるもの、そして寝子の目を引いたのはまるで鎧を身に着けているような姿に、大きな顎を持つ、昆虫の中でも特に有名な"クワガタムシ"だった。

 

「ねこー捕まえてみるー?」

 

「だ、大丈夫でしょうか……お、襲われたり」

 

「くふっ、おま、襲われるって」

 

 その大きな顎に挟まれたりして痛い思いをするかもしれないが、そのことを"襲われる"と表現した寝子に○一は思わず吹き出してしまう。寝子が冗談交じりでなく、本当に不安そうな表情でそんな事を言ったのも更に○一の笑いを誘った

 

「○一おねえちゃん笑わないでくださいよ! しょうがないじゃないですか、映像資料以外でこの虫さんを見るのなんて初めてなんですから……」

 

 ほっぺを膨らませて怒る寝子の様子は年相応に幼く、だからどうにも迫力がなかった。故に抗議した○一にカメラでその表情を撮られてしまう始末。

 

「大丈夫だよー胴体のあたりをーやさしーく持ってあげればいいよー」

 

「こう……ですか……おぉ! 見てください視聴者の皆さん! あのクワガタムシさんを捕りましたよ!」

 

「な、なんだかすごい抵抗してますけど……」

 

『寝子ちゃん良い笑顔』『確かに可愛い、けど』『クワガタの裏側を配信画面に向けるのはやめてもろて』『寝子ちゃんの飛び切り笑顔とクワガタの裏側のエグさが一緒くたになって情緒がヤバい』『ぐろいよぉ』『可愛いけどグロいよぅ』『可愛いとグロが同じ画面に映ってんの脳がこんらんする』

 

「昆虫採集もいいけどよ、もうそろそろヒマワリ畑を目指した方がいいんじゃね? わんこーろからお使いも頼まれてんだろ?」

 

「! そうでした……思わず夢中になってしまいました。恐るべし虫さんの魅力……」

 

「虫の魅力……?」

 

『やっぱ寝子ちゃんちょっと変わってる?』『FSに変わってないヤツなんていねーから』『全世界の虫愛好家がチャンネル登録したわ』

 

 その後は珍しい虫や小動物を見つけては○一に写真を撮るようにお願いする寝子、という光景が続き思った以上の時間をかけてようやくヒマワリの咲く一帯へとやってきた。

 

「わあ……!」

 

「こりゃすげーな。このあたり一面まっ黄色だ。っておい寝子!」

 

「おねーちゃん! すごい! すごいですよ!」

 

「あんまり遠くにいっちゃだめだよー」

 

 青々しく映る夏の山の光景の中、その一帯だけはまるで切り取られたかのように鮮やかな黄色一色の光景が広がっていた。

 延々と続くヒマワリ畑は山の一角を覆い、それらは寝子の背の高さと同じくらいで、太陽へとその顔を一斉に向けていた。

 何とも不思議でこの山でも一際幻想的と思える光景に、思わず寝子は走り出す。

 

 木々により遮られていた視界が一気に開けた解放感もあり、寝子は感情の赴くままヒマワリ畑へと駆け出すのだった。

 

 寝子本人は何も考えず、ただその光景に圧倒され、なにか体を使ってこの風景の素晴らしさを表現したいと思ったのだろう。

 だが、そんな寝子の姿はまるで踊っているかのように美しく映った。

 

 ヒマワリ畑で楽し気に舞う、麦わら帽子を被った美しい白い髪の幼い少女。

 

「……ったく、やっと"らしい"顔してくれたな」

 

「寝子ちゃん……! かわいいぃ……」

 

『カッコつけてないで早くシャッター切ってよ姐さん!!』『かわいいいいいいいいい』『可愛すぎてわちるんわなわな震えてんじゃんw』『スクショって販売します? 10マンまでなら許容範囲なんですが?』『あう、ああ……寝子ちゃん……美し』『子猫やってて最高によかった! 俺らの推しは最強にかわいい!!』

 

「へいへい。子猫ども興奮すんなよー寝子に嫌われるぞー」

 

 コメントに急かされるままに○一はカメラのシャッターを切り続ける。

 物静かな寝子が此処まで子どもらしくいられる様子は○一もほとんど見たことが無かった。周囲を気にすることなく、自身の感情を包み隠さず表現する今の寝子は今までの寝子以上の魅力を放っていることは疑いようが無かった。

 

「後でメイクにも上げてやっから期待しとけよー」

 

 その言葉に沸き立つコメントに呆れながら、○一はわちると共にはしゃぐ寝子を撮り続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蝉が遠くの森でけたたましく鳴き続けている。夏の蒸し暑い気温もなんのその。程よい風と、日を遮る影の中にいればそれらも決して煩わしいだけのものではなくなる。

 蝉の音や風の音、紙をめくる音や鉛筆の擦れる音を聞きながら、それらさえも作業用のBGMとして上手く働き、ナートは予想以上の集中力を見せていた。

 

「ん……んぅ~~でもやっぱり今日中に全部やるのは無理では?」

 

「……そうだね、確かに無理かも」

 

「ええっ! じゃあなんで課題全部持ってきたのさ!?」

 

「何となく? やれるならやれるだけやっといた方がいいかなーって」

 

「発想が鬼畜だよぅ……ねえわんころちゃーん」

 

「はい~? なんですか~?」

 

 ナートとなこそが夏休みの課題に取り組んでいる間、わんこーろは炊事場で冷やしていたスイカを切っている最中だった。

 やたの滝より流れる山の水は予想以上に冷たく、それにさらされたスイカはまるで氷で冷やされたかのように冷たく食べごろとなっていた。

 狐稲利よりリンクで、もうそろそろ寝子たちが帰ってくることを知ったわんこーろがおやつとして切り分けようとしていたのだ。

 

 呼ばれたわんこーろは首をかしげながらも課題を片づけようと四苦八苦しているナートの元へ行く。

 

「ねーねーよくある"時間を引き延ばす"とかできないのー?」

 

「というと……、現実の一時間をこの世界では二時間にする……とかですか?」

 

「そうそう! そんな感じで時間を伸ばしてさ!」

 

 少し困った、あるいは迷うような表情をするわんこーろ。

 期待で目を輝かせているナートには悪いが、わんこーろとしてはナートの想像しているような事を実現させることは難しい。

 

「できる、とは思いますけど~為にならないと思いますよ~?」

 

「いいのいいの! ただでさえ配信者として忙しいんだから、これくらいズルしてもバチあたんないって! 伸びた時間でパパーっと頭の中に内容突っ込んじゃうからさ!」

 

『俺らがバチを当ててやんよ』『数十万人の目の前で堂々とズル宣言するとか炎上不可避』『ナートさんってそういう人だったんですね』『というか、マジで時間弄れんのか』『←そもそもこの空間に時間や季節を実装したのはわんころちゃんだからな。余裕でしょ』『ついさっきも岩戸とかあったしね』『岩戸? すまんそっちの映像見てなかった』『あとでアーカイブ確認よろ』

 

 いまだナートは課題の時間短縮と未知の体験に期待しているようだが、やはりわんこーろは否定的だ。

 

「う~む。ナートさん、例えば現実の一時間をこの空間で二時間にしてみたとします~」

 

「うんうん」

 

「それはつまり、"仮想世界"側から"現実世界"を観測した時、時間の流れが遅く感じるわけですね」

 

「時間がゆっくりな仮想空間(こっち)側から普通な現実(あっち)を見れば、まあそうだよね。こっちでは二時間たったのに現実ではまだ一時間しか経ってないのか~って」

 

「はい~なこそさんの言う通りです~。では逆に"現実世界"側から"仮想世界"を観測した時、どうなると思いますか~?」

 

「ええ~と、時間の流れが普通なところからゆっくりになってる空間を観測するんだから~」

 

『うーんわからん』『どうなるっけ?』『仮想→現実がゆっくりに見えるなら、速く見える?』『一時間で二時間分体験するんだから早く……速くか? とにかくはやく動いているように見えるはず』

 

「視聴者さんせいか~い。答えは"二倍速に見える"です~。一時間が二時間になっているということは、つまり一時間の中に二時間分の情報が圧縮されているということなんですね~現実世界で一時間経った時、仮想世界で二時間経過しているということは、現実世界側から見れば仮想空間は倍の速度で早送りされているように見えるわけです~」

 

「うう~ん、まあ、何となくわかったけど……それがどうして為にならないってことになるの?」

 

「例えばですね~この参考書、これをゆっくりぺらぺら~とめくります~……どうです~? 参考書の中身は見えましたか~?」

 

「まあ、ゆっくりだったし少しは分かったかな」

 

「なるほど~。では、次は二倍のスピードでめくっていきますね~ぺらぺらぺらー」

 

「えっいやいや無理だって! そんなの文章どころか文字を読み取るのがやっとだって!」

 

「ですよね~。つまりそういうことなんです~。先ほどの本をゆっくりめくったのが現実の時間の流れだとして、次に早くめくったのが"情報が圧縮された仮想空間"と思っていただければいいかと~。情報を圧縮してしまうとこの本をめくるスピードが速くなって内容が読み取れなくなるように、経験した内容や記憶した物事というのは情報の流れが早すぎて実際に頭に記録されにくいのですよ~」

 

 わんこーろの言葉を聞いてもまだ頭に疑問符が浮かんでいるナート。課題の内容を考える以上に頭を働かせているようで、うんうん言い続けている。

 

 その傍でなこそはわんこーろのいう説明をある程度理解し、一つの疑問を口にする。

 

「……でも、わんこーろちゃん。その話って"現実世界"側から"仮想世界"を観測した場合の話でしょ? 私達は今この仮想世界に没入していて、いわば"仮想世界"側にいて"現実世界"を観測している訳だから、問題ないんじゃない?」

 

 時間をゆっくりに感じるのは仮想空間側に居る時だけであり、現実世界から時間を弄った仮想空間を観測しても、時間の流れが早く見える。

 ならば、今現在仮想空間側に居る私達ならば、その引き延ばされた時間の恩恵を受けることが出来るのではないか? なこそはそう考えた。

 

 だが、その考えは間違いだ。

 

「んふふ~ではなこそさん、なこそさんは経験、体験を記憶するのは体のどの部分だと思いますか~?」

 

「へ? そりゃあ頭でしょ、脳」

 

「ええ、そうですね~ではその脳は今現在何処にありますか~?」

 

「何処? ……あ、そっか」

 

 そこでなこそはわんこーろが言わんとしていることを理解した。同時に"私達がこの仮想世界に完全に入り込んでいる"という意味の言葉も間違いだったことに。

 

「皆さんは確かにNDSを利用してネット内に没入しておられますが~脳を含めた肉体は"現実世界"側にあるのです~だからどうやっても"仮想世界"側から物事を観測することは出来ないのですよ~」

 

「ええぇ~っと、つまりどゆこと?」

 

「時間をゆっくりにすればするほどさっきの参考書みたいにページをめくるスピードが上がるから、勉強したことにならないってこと、つまり無駄ってこと」

 

「ええ~~~!! だめなの!? ……じゃあやっぱ今日中にやるのは無理じゃん……」

 

『お気づきになりましたか』『やっぱズルはよくないよね』『頭に入れなくても課題の空白を埋めるだけならできそうだが』『そんなことしても意味ないと考えるだけの頭がナートにもあったってことか』『なんでもコピペできる現代において課題の空欄だけ埋めても全く意味ないしな。頭に入ってなきゃやってないのと同じって判定されるよ』

 

「まあ無理しなくていいって。残った分は手伝わないけど」

 

「ぐぅうう……」

 

 話の内容をほとんど理解出来なかったナートは納得できない表情であるが、唯一どうあがいてもこの課題を今日中に終わらせることは出来ないのだろうということだけは理解したようで、渋々鉛筆を持ち直したのだった。

 

 

「そういえば……さっきの話さ~」

 

「ん? 時間の話?」

 

 だが、しばらくするとまたもやナートは手を止めわんこーろへ向き直る。そしてナートは得意げに次の言葉を口にした。

 

「そうそう、わんころちゃんの言ったようにさ、ページをめくるスピードが速くなるってんならさ……寝子ちゃんならイケんじゃない?」

 

「! ちょっとナートちゃん!」

 

 そのナートの言葉に一番に反応したのは横にいたなこそだった。

 

 今までナートに対するなこその態度は辛辣な部分があってもどこか、仕方ないなぁという感情が見えていた。だが、先ほどのナートの言葉になこそは久しぶりに怒気を含ませた。

 

 ナートにツッコミを入れるというよりも、それは完全な注意を訴えるものであり、当たり前のようにコメントもなこそに続いた。

 

『バカ!』『このおバカナートがぁ……』『さすがに草生えんぞ』『口軽すぎんよー』『ナートの配信枠だけ低評価押したわ』『個人情報ガバガバかよぉ!!』『これには子猫も怒髪天』『後で寝子ちゃんにおこられてね』

 

 そんななこそとコメントの慌ただしさにナートはようやく自身の迂闊さに気が付いた。

 

「へ? ……あっ! そっかわんころちゃん知らな――」

 

「もう! バカナート!」

 

 再度なこそはナートを叱る。いつもはいきなり罵倒されれば自然と反論の言葉を述べるナートだが、今回ばかりはそれが悪手であることくらいは分かった。

 

「ううっ!! 反論できねぇ、……ごめんわんころちゃんさっきのは聞かなかったことにして」

 

「え、ええ……別に問題ありませんけど~……」

 

 先ほどのナートの発言の何がいけなかったのか理解できないわんこーろはただナートの謝罪を受け取るだけでそれ以上の事は詮索することはできない。

 

 どうやら寝子に関する何かがFSとその視聴者の中でタブーとされているようだが、なこその態度や流れるコメントの内容などから決して話してはいけない内容というよりは、寝子のいないタイミングで勝手にこの話題を出したことがどうも問題にされているような気がする。

 

 寝子に関するなにか。あるいは寝子という家族そのものを皆は守ろうとしている。

 

 わんこーろにはそう感じられた。

 

 さすがに話が重くなりそうだと思ったわんこーろがなにか話題を転換させようと口を開きかけたその時。

 

「別にいいですよ」

 

 白く、透き通るような声と表現できようか。

 

 この夏の喧騒の中でさえ通るその声の主、縁側の前にけものの山から帰ってきた寝子がいた。顔は俯いているせいでよく確認できない。

 麦わら帽子を被り、白い髪を揺らし、大きなヒマワリの束を抱く寝子の姿は、なぜかよりいっそう儚げに見えてしまうのだった。

 


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