転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#72 夏のおわり

「はいは~い。どんどんはこんじゃってくださ~い」

 

 わんこーろの指揮のもと一同は別部屋の押し入れに収納されていた布団を運びだしていた。

 

「んん~ふかふか~それにいい匂い~」

 

「ナートおいコラ、まだ敷き終わってねーんだから邪魔すんな」

 

「せめて寝転ぶのは布団を運び終えてからにしてください」

 

 わんこーろによればその布団はまだわたつみ平原産のワタが使われていない為、まだ改良の余地があるものらしいが、それでも手触りよくナートのように布団の海にダイブしたい欲求が生まれるのも仕方のない事だと思えるほどだった。

 

「おやおや~昔の狐稲利さんみたいな事してますね~」

 

「んふ~あはは~」

 

『言われてるぞナート』『むしろ狐稲利ちゃんと同じだと喜んでそう』『さすがのわんころちゃんも困り顔』『そっか狐稲利ちゃんもそんな時期があったんだな』『見ているだけでふわふわしてるのが分かる。あの中に頭から突っ込んでみたい気持ちはわかる』『たしかに』

 

 ナートが部屋に積まれた布団の山に突っ込んでいる様子を微笑ましそうに見つめるわんこーろ。狐稲利は照れ隠しなのかわんこーろの言葉を笑ってごまかしている。

 

「? わんこーろさん、それなんですか?」

 

「ん~、これですか~? これはですね~"蚊帳"というものなんですよ~。この中に入っていれば蚊に刺されてかゆい思いをしなくてすみます~」

 

「へー網の中に入るんだ」

 

 わんこーろの持ってきたものに首をかしげるわちる。さすがのわちるも蚊帳と呼ばれるものを実際に見るのも体験するのも初めてだったので、わんこーろの説明を受けてもまだどのように使うのかよく分かっていないようだ。

 

「はいこっちの端を天井に引っ掛けてくださ~い」

 

「は、はい!」

 

 わちる、なこそ、寝子が手伝って蚊帳を張り終え、その間にナートと○一が布団を部屋に運び終えていた。蚊帳の中は若干薄暗く閉鎖的ではあったが、蚊帳は網なので空気の流れなどは外と同様に感じることができ、息苦しさは感じない。むしろ初めての体験にドキドキしていてそんなことを感じる余裕もなかったのだが。

 

「なんだか……秘密基地みたいな……」

 

「ほうほう! 寝子ちゃんもわかってんじゃーん! なんかワクワクするよねー」

 

「べ、別にそういう訳ではありません! そんな……子どもみたいな」

 

「まーまーいーじゃねーか。初めての経験なんだ、そう思っても仕方ねーって」

 

 ふてくされる寝子をなだめる○一は寝子と共に部屋の一面に敷かれた敷布団へと横になる。

 ナートと○一によって人数分の敷布団が畳の上に隙間なく敷き詰められ、それはまるで一枚の大きな布団のようであった。

 各々掛布団の中に入りながら、周りの者たちの顔を見合わせている。

 

 この時代の若者は経験が無いだろうが、その合宿や修学旅行のような光景は彼女達にとってこれ以上ない非日常感を味わわせる。塔の街では各個人の部屋が与えられている為全員で寝るということをしたことが無かったことも、彼女達の心動かす要因ともなったのだろう。

 

「さてさて~それでは今回のコラボ最後の催し物をしていきますよ~」

 

「くらいまっくすー!」

 

 わんこーろと狐稲利もFS一同と同じく布団の中にもぐりこみ、横になりながら話し始める。

 

「それじゃこちらをど~ぞ~!」

 

 わんこーろが空間を指さすとそこに半透明のウィンドウが出現する。ウィンドウは最初真っ暗だったのだが、しばらくすると何やらロゴや名前のようなものが映し出される。

 

「あ、あれ……? あのマークってもしかして……!」

 

 最初はなんのことだか分からない様子の一同だったが、映し出されたロゴに心当たりのあったなこそは思わず声を上げる。

 そして、そのロゴから続く映像によって、一同はこれから始まる最後の催し物の内容を理解した。

 

「先日FS様より公開されましたサルベージされたアニメですが~それをわんこーろが二作品とも完全な形でサルベージすることに成功しましたので~ただいまよりその二作品の同時上映会を始めたいと思います~。上映時間的に終わるのは深夜になると思うのでFSの皆さんも視聴者さんも無理せずご覧くださいね~」

 

「おおおおおおお!! マジ!? あれの完全版!? 今見れんの!?」

 

「これは! 楽しみ過ぎて眠気が飛びますよ!」

 

「私達が初めての視聴ってことになるの!? ちょっと凄すぎない!?」

 

『うおおおおおおお』『世界初! 俺たちが初めて完全な形で視聴するのか!?』『わんころちゃんありがとう! 最高!』『まさかのアニメ同時視聴!』『しかも二作品!』『しかも今世代初!』『おいおいお前ら! 配信画面の"切り替え"ボタン見てみろ!』『←ん? なんか別窓が追加されてる?』『おお!? 別窓でアニメが直で見れる!?』『これはありがたい機能』『なこちゃん達が見ているウィンドウのアニメ動画をそのままこの枠に追加して視聴できるようになってんのか!』

 

「視聴者の皆さんもどうぞサルベージされた状態の映像をご覧ください~。あと、FS運営様によると後日FS公式チャンネルにて期間限定無料配信がされるようなので~今日見て気に入ったお方は要チェックですよ~」

 

『宣伝助かる』『無料配信期間が過ぎたら有料だから要チェックだぞ!』『記録媒体での販売はありますか……?』『←俺もパッケージで欲しい。ダメもとで運営に要望送ってみるか』『お、もうそろそろ始まるぞ!』『ちょいメイクで宣伝してくる!』『俺は飲みものとってこよー』『俺も夜食ー』

 

 FSのメンバーは各々が敷布団で横になりながら、リラックスした状態でアニメが始まるのを今か今かと心待ちにしていた。

 ナートは布団を抱きしめながらじっと画面を見て、なこそは○一の隣で映像に関して何やら話し合っている。寝子とわちるは無意識に布団と、わんこーろの尻尾を抱き映像に集中している。

 

「では~始めますよ~部屋を暗くして~。あ、もし飲み物が欲しければ言ってくださいね~。はい! スタート!」

 

「わーい!」

 

「はじまるはじまる!」

 

「……」

 

「寝子もよう集中しとる」

 

「わんこーろさん狐稲利さん、一緒にみましょう?」

 

「ええ~もちろんです~一緒に、ね?」

 

 夜の犬守村は日付が変わった後も楽しそうな声が響き続けていた。

 視聴中の映画の内容に一喜一憂し、笑ったり、悲しんだり、ツッコミを入れながらも全員で身を寄せ合って楽しむことは、こんなにも楽しいものだったのか。

 

 それがこの光景を楽しんでいるすべての人間の総意であった。かつては当たり前のように存在していただろう光景に憧憬の念を抱かずにはいられない。

 

 だからこそ、その光景を現実で再現したい。かつての光景を再び見てみたい。そのような感情を多くの人間が感じることとなった。

 

 それは若者だけでなく、知識や技術を持つ大人たちとて例外ではない。綿密に張り巡らされたネットワークがその大いなる感情の流れを血液のごとく、この国の隅々まで届かせようとしていた。

 

 

 本当の、文化の復興がはじまったのだ。

 

 

 

 

 結局、寝子は一本目の映画を見終わったあたりで眠気がピークに達したのか、わんこーろの尻尾の中ですやすやと寝息を立ててしまった。

 その後も日中元気に動き回っていたナート、狐稲利が次々に脱落し、二本目を見終わったころにはわんこーろとなこそ、○一だけが起きていた。

 

 それでも全員の眠気は最高潮に達しており、軽く視聴者に挨拶をした後、眠りに落ちてしまった。

 

『しかしあれは凄かったな~一本目の映画の舞台! 犬守村そっくりだったな』『建物は全然違ったけど、生活水準がおんなじくらいかなって思ったな』『わんころちゃんはあれをヒントに犬守村を創ったのかね?』『あくまで参考の一つだろうな。俺らが知らない文化や風習を取り入れてるっぽい』『俺らが知らないのになんか懐かしくおもえるんだよなー』『確か、それってノスタルジックっていうらしいぞ。昔を思い出して切なく懐かしく思うことなんだってさ』『知らないものなのに? なんか不思議だな』『不思議と言えばやっぱ二本目の映画だな!』『最初ただの化け物かと思ってたけどあれ神様なんか』『八百万の神様ってのはこの国特有の考え方だな』『いろんな神様がいるんだなぁ』『ホントに居るのかなんてわかんないけど、わんころちゃん見てると実は……って思えてくるw』『それな』『これは考察がはかどりますなー』『今夜は寝ずに考察してみるか?』『いやいやさすがに眠気がヤバい。ねるわ』『おやー』『おやすみー』『さて、俺も寝ますかねー』『それじゃあお前らもおやすみー』

 

 

 

 


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