転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#77 初秋のよーり

 

 蝉の声は遥か遠く、代わりに鈴虫がその音色を優しく奏でている。

 時間は早朝、夏の暑さは遠ざかり秋の涼しさが犬守村へ本格的にやってこようとしていた。

 

「んふ~いじゅうしゃーおはよ~」

 

『ただいま! ……あれ?』『ただいま……おはよう?』『ただいま……じゃない!?』『おは~』『あれ? 狐稲利ちゃん?』『狐稲利ちゃんが配信してるの!?』『なるほど、メイクで配信告知が無かったわけだ』『狐稲利ちゃんがわんころちゃんのチャンネルを乗っ取った!』『これは可愛い下剋上』

 

 いつもとは違う時間から始まる配信。必ず行われるメイクでの配信開始告知も無く、それは唐突に始まった。

 配信画面に映るのはこの配信の主であるわんこーろではなく、その娘である狐稲利であった。

 まだ太陽が山の間から顔を現し始めた薄暗い中、狐稲利は声量を抑え、小さな声で配信画面へと語りかけていた。

 

「んふ? いじゅうしゃ見えてる~? 狐稲利、だよ~?」

 

『見えてる見えてる!』『かわいいな~』『配信画面すっごい覗き込んでくるじゃん』『今日は保護者の方はご一緒ではないので?』

 

「おかーさはねーまだ寝てるよーほらー」

 

『おおっと!?』『あっ!?』『わんころちゃんの寝顔見ちまった……』『かわいいいいいい!!』『やべえよやべえよ』『これアーカイブ残るかな……?』『めっちゃすやすややん……』『寝巻にしてる浴衣も可愛いな』『ちょっと浴衣がはだけて肌が……』『ヤバいってマジで……』『俺はロリコンじゃないのに……!』『BANがぁ!』

 狐稲利によって動かされた配信画面、その先には布団の上でまだ眠りについているわんこーろの姿があった。

 自身のモフモフとした大きな尻尾を股の間に挟み、まるで抱き枕に抱き着くように使って眠っているわんこーろ。なにやら周りが騒がしい事に気が付いたわんこーろは眠たげに目を薄く開ける。

 

「んぅ~? 狐稲利さん~? 何してるの~? ん? 配信設定が動いて……!」

 

『あ』『まず』『お、おはよー……』『ね、寝顔可愛かったですよ……?』『寝ぼけ眼でこっち見てるの可愛いな』『逃げろ狐稲利ちゃん!!』

 

 狐稲利がこっちを見ている事と、知らぬ間に配信設定が動かされていることに気が付いたわんこーろは顔をほのかに赤く染め、肌蹴た姿を隠すように布団を勢いよく被る。

 

「おかーさ遊びに行ってくるねー!」

 

 狐稲利はいたずらが成功したことに満足げだ。そのまま縁側からぴょんと飛び降りると丁度着地地点にあった履物へと足を入れ、何とも滑らかな動作で家の外へと駆け出して行った。

 

「ちょ、ちょっと狐稲利さん!? 帰ってきたらお仕置きですよーー!」

 

 わんこーろのそんな声を聴きながら、狐稲利は移住者と共に秋の犬守村を散策に出かけるのだった。

 

 

 

 犬守山の木々は黄色く色づき始め、犬守神社と山の入口とを結ぶ石畳の道はその鮮やかな落ち葉が何枚も落ちている。

 

 さすがにまだ石畳を覆い隠すほどの落葉具合ではないが、この様子だと数週間後には黄色と赤色の落ち葉が絨毯のように敷き詰められた光景を見ることができるだろう。

 

「そしたらわちるに掃除てつだってもらうー」

 

『掃除要員にされてて草』『狐稲利ちゃんのお願いならわちるん一日中働いてそう』『ネットの中でも筋肉痛ってなるのかなー?』『←わちるんで検証するか』『ひでぇw』

 

「むー、ちゃんとお礼はするもんー、んふ?」

 

 石畳を進む狐稲利は不意にその場にしゃがみ込み、石畳の隙間に指先を添え、何やら弄っている。

 

『ん?なにしてんの』『なんか見つけた?』『虫か?』『う……配信画面どアップは勘弁な…』

 

「むしじゃ無いよー? ほらー! どんぐりー!」

 

 配信画面に向けて開かれた狐稲利の手のひらにはいくつものドングリが乗せられていた。丸いものや細長いもの、艶のあるものや、一回り大きいものなど様々な種類のドングリが見て取れる。

 

『ドングリかー』『かわいい』『狐稲利ちゃんが?ドングリが?』『見て見てとせがんでくる狐稲利ちゃんは確かに可愛い』『ドングリってこんなに種類あるのな』『野生の動物の貴重な食べ物だね』『これから寒くなるからなぁ、動物は冬ごもりの準備に忙しいだろうな』

 

「んふ~むしじゃ無かったでしょー? きれいなドングリさんたちでしょー?」

 

 狐稲利が一個一個丁寧にドングリを配信画面に映しながらそう言うが、次に映ったドングリを見て移住者のコメントは一斉に凍り付いた。

 

『ん?あれ?このドングリなんか穴が……』『ドングリに穴あいてる』『なにこの穴?』『あっ、ちょ、これって』『あ、ああああああああああ』『うぎゃああああ穴から虫があああああ』『エグい!!安心したところからの不意打ち!エグすぎる!!』『ひいいいいいい!??!?!』『狐稲利ちゃああん!?ひどいよぉ!!』

 

「あ、ごめんー」

 

 あははーと笑いながらも虫入りドングリをそこらに放り投げた狐稲利はコメント欄の悲鳴を聞き流しながら石畳の山道をとてとてと下っていくのだった。

 

 

 犬守山を抜けた狐稲利は軽い足取りで田んぼの間を通り抜けていく。

 既に穂が垂れ、黄金色に色付いている稲は大きく成長し、もうすぐ収穫できると思えるほどに実っていた。

 

「お米ー犬守村のはじめての収穫だよー」

 

『良い感じに実ってるのお』『きらきらしてきれい!』『朝日で金色に光ってる!!』『いつ頃収穫予定です?』『刈り取り配信してもらえるのかな』『お腹空いた……』『食欲の秋だな』

 

「しょくよくの、秋ー?」

 

『秋は米だけじゃなくていろんな食べ物が採れるんだって』『ドングリみたいに木の実や果物もそうだな』『ドングリの話はもうよしてくれ……』『まあとにかく秋だからこそ楽しめることって意味の言葉だよ』『他には……読書の秋とか、芸術の秋とかあるな』

 

「ほほーなんかおもしろそーわたしもやってみたいーどくしょーげいじゅつー」

 

『いいね、何か創る?』『創るのはいつもやってるイメージだけどな』『わんころちゃんと一緒に犬守村開拓やってるわけだしね』『じゃあ読書?』『本のデータをサルベージしてみるとか……?』

 

「おおー! いいかもー! いじゅうしゃと読書会ー!」

 

『お、読み聞かせ配信?』『わんころちゃんとダブル読み聞かせ希望!』『秋の夜長には最適そう』

 

 秋の匂いに鼻をすんすんと鳴らしながら狐稲利は移住者と言葉を交わしていく。

 その姿に緊張した様子も無く、とてもリラックスした状態なのが分かる。というのも狐稲利にとって配信は特別なものでは無く、移住者と気軽に交流できる場であると解釈しているので彼女の口から出る言葉はどれも父親のように思っている移住者への、とても自然な言葉であった。

 

 まるで本当の娘や、あるいは孫のような距離感でいてくれる狐稲利の雰囲気は見ているだけで心癒されるようだ。

 

「おかーさと一緒にいろんな秋、見つけにいくー! でも今は、いじゅうしゃとー!」

 

 秋の始まった犬守村を駆ける狐稲利はわざと道を外れ、森の中へ入っていく。

 黄色く変わっていく銀杏の木や、焼けるような赤色に染まっていく椛が顔を覗かせ、それが冷たくなり始めた風に乗って狐稲利の頭にピトリとくっつくと、狐稲利は一瞬きょとんとした後、くすくすと笑いながらその葉を配信画面へと持っていき移住者に得意げに見せに来る。

 移住者はただの落ち葉を宝物のごとく大事そうに見せる狐稲利の姿に庇護欲を刺激されながら、まるで父や祖父のような穏やかな心で相槌代わりのコメントを打ち込んでいく。

 

 そんなやり取りを何度か繰り返しながら、狐稲利は犬守村の"小さな秋探し"を続けていく。

 既にお昼あたりになろうかという時間であるが狐稲利は疲れた様子も無く次の探索場所であるけものの山の道を楽しそうに歩いていた。

 

 「んふ? なんかうごいたー?」

 

 そんな時、狐稲利の行く道の傍の茂みから何かが動く音が聞こえた。

 

『動物かね?』『近づくのは危険じゃない?』『今ってけものの山に何がいんの?』『タヌキやキツネなんかの小動物や、あとは鳥類がちょっとだったかな』『まだ肉食獣は未実装だっけか』『猪とか、狼、熊なんかはまだ』『それじゃあ安心か』

 

「なにかなー? なにかなー?」

 

 狐稲利はいまだガサガサと音のする繁みを覗き込み、こちらに出てくるのをじっと待っている。

 そんな狐稲利に従うかのように繁みの主はその姿を狐稲利の前に現した。

 

「! あ、あー、この子ー……」

 

 狐稲利の前に現れたのは、タヌキだった。なんの変哲もない、今まで何十体と実装されたタヌキの一体であった。

 

 だが、狐稲利には分かった。分かってしまった。

 そのまだ幼く、生まれてからそれほど日も経っていないであろう子タヌキが、一体何なのかを。

 

「ん……よしよしー……」

 

 狐稲利を警戒することなく近寄り、そしてその足元にすりすりと体をこすりつける姿はあの、狐稲利がこの世界に初めて創りだしたタヌキと全く同じように見えた。

 

 狐稲利がその子タヌキを抱きかかえると、まるで抵抗する様子も無くその腕の中にすっぽりと納まる。

 

「んふ~……懐いちゃった~……」

 

 タヌキは鼻をスンスンと鳴らし狐稲利の匂いを嗅ぐと、ことさら安心するように身を丸くし、寝入ってしまった。

 

『お、おいおいこのまるで野生を感じない様子は』『なんか見たことあんぞ!?』『同じ!? じゃないよね?』『体の模様は違うっぽいし、別のタヌキだと思うが、それにしてもこの懐き具合って……』

 

『まるで、狐稲利ちゃんに会うために生まれ変わったみたい』

 

 最後のコメントに狐稲利はふと腕の中の子タヌキを見やる。

 このタヌキは恐らく、いつか母タヌキが見せに来た子タヌキだろう。その時はまだ子タヌキは母タヌキのお腹の中にいた為、実際のところ本当にそうなのかは分からない。

 だが狐稲利は確信めいたものを感じた。この子タヌキはあの時のタヌキだと。

 

「この子の名前はね~生まれるまえからおかーさと一緒にかんがえてたんだよー、この子はねー"よーり"!」

 

 犬守村の秋の始まりは新たな命との出会い、あるいは"懐かしい存在との再会"より始まることとなった。

 腕の中で眠るタヌキのよーり(妖狸)、その頭を優しく撫でながら狐稲利は幸せそうに顔をほころばせた。

 


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