転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#80 「手から滑り落ちたのー」

「それじゃあここらへんでいいですかね~?」

 

 皆さまこんにちは~今日も今日とて私ことわんこーろは休日の朝から配信を行っております。

 先日考えた内容をメイクで移住者さんに展開して、お昼までに実際にどのような形にするのか協議した結果、現在私は先日実装した北方の山地、先日メイクにて移住者さんのアンケートを取り、"北守山地"と名付けられた場所に来ております。

 

 犬守村の北にある山地だから北守山地、まあ分かりやすくていいのではないでしょうか。

 

 そんな広大な北守山地の一角で私は狐稲利さんと一緒に座り込んでこれから行う作業の準備をしております。

 

『周りになーんも無いけど、何作るのん?』『癒し空間を作るって話では?』『あたり一面岩肌だらけなんですが』『俺はわんころちゃんと狐稲利ちゃんがいるだけで癒しよ』『?』『?』『…お願いツッコんで?』

 

「ん~とですね~やはりこれから寒くなるわけですので~山地で、癒しで、体を温めるということで~温泉! を創っていこうと思っております~」

 

「おんせん~おんせん~」

 

『おお!温泉!』『いいね!』『温泉って?』『ああそっか、浴槽に浸かる文化も無くなってるから温泉を知らない移住者もいるのか』『温泉はいいぞ~!』『風呂は家のシャワーよりも数倍気持ちいいが温泉は風呂の数十倍は気持ちが良い……と思う』『←お前も知らんのかい!』『だって実際に温泉なんて入ったことあるやついるか?』『現在の源泉はほとんど汚染されちゃってるからなぁ……』

 

「はい~! 皆さんが知らないものではありますが~犬守村を懐かしいとおっしゃって下さる移住者の皆さまならきっと気に入って下さると思います~」

 

 いや~楽しみですね~。鼻孔をくすぐる僅かな硫黄の匂いの中、体の芯まで温まるお湯に浸かりながら舞い散る紅葉や雪を鑑賞するのです。今から楽しみで仕方ないですね~。

 

『じゃあ今から温泉街を創るって事?』『確かに広い土地があるわけだから、ここら一帯に温泉地を創るのは良い判断かも』『山の中の秘湯って感じだね』『いいねいいね!どれくらいの大きさの温泉にするの?』

 

「……え? 温泉街?」

 

『え?ってえ?』『あれ?ここに温泉創るんじゃないの?』『可愛く首を傾げられても……』

 

「いやいや移住者さん。温泉を創る前に必要なものがあるじゃないですか~温泉が温かいのは様々な要因がありますが~その中に火山などの熱によって地下水が温められて地上に噴出するケースがあるわけですよ~今回創る温泉はその火山性温泉を再現するつもりなので~……今から火山を創ります~」

 

 火山を創ると言っても今までのように地面を盛り上げて適当に山の形にするだけでは作れません。

 火山内部には当然ドロドロに溶けた岩石の流れ、所謂マグマと呼ばれるものが内蔵されております。通常の山が、乱暴な言い方をすれば岩土の集まりならば、この火山はマグマの流れによってその全体の形が形成されており、その通りに創らなければ見た目に違和感が出てきてしまいます。

 

 例えば、その火山が何度噴火したかで火山そのものの大きさは変わり、流出した溶岩の粘度によってなだらかな台形の山となるか、卵型の山になるかが変化します。

 

 今まで創った山はそういうことを考えずに形を整えてそれっぽくすればいいだけだったのですが、今回は初めて創る火山、いつも以上に細かく再現させたいと思ったわけです。

 それに何もない場所にいきなり温泉ができても違和感ありますし、まず地形として火山と温泉の湧く地帯を整備してからの方が自然に見えていいでしょう。

 

「ほらほら~皆さん~見ててくださいね~」

 

「はんどぱわ~~」

 

 そこらの地面からひょいっと拾ったのは、私の握りこぶし程度の大きさのただの石です。

 灰色でカドのとれた石は私が物理演算をちょちょいと弄ってやると私の手から離れ、ゆっくりと宙に浮かんでいきます。

 私の目線のあたりで静止するとそのままクルクルと回り始めました。

 

『不意にとんでもない事するじゃん』『ネット内だから不思議じゃないんだけど、周りがリアル過ぎてホントに不思議パワーで浮いてるみたいだ』『一体なにすんだ?』『火山創るって話では?』

 

「ん~とですね~ちょっとまってくださ~い」

 

 拡張領域をごそごそと漁り、中から裁ち取り鋏(たちどりばさみ)写し火提灯(うつしびちょうちん)を取り出します。

 裁ち取り鋏は見た目は紙垂の結ばれた大きな鋏ですが、その刃は触れたデータの類を例外なく初期化することのできる強力なツールです。かつては外部データの収集が無ければ犬守村の空間のデータに限られていたその初期化の能力も、私と狐稲利さんのたゆまぬ情報収集によって現在主流となっているウィルスや防壁などの初期化と破壊は難なくこなせるように改造してあります。

 

 また、この鋏はただ初期化する事だけが仕事ではありません。この鋏の真骨頂はデータを初期化した上で自身の思うままに情報の形を変容させることが可能だというところにあります。

 

 かつて犬守神社の建設予定地を土の地面から玉砂利に一瞬で変更させたことがありますが、それもこの鋏による初期化とデータの書き換え能力によるものです。

 何とも便利で危険なツールではありますが、あまりにも能力を盛りすぎた為、この鋏を使うには私のような電子生命体レベルの情報処理能力が必要になってしまいました。なので現状この鋏を含めた各種ツールを個人で扱えるのは私と狐稲利さんしかいないので、とりあえずは安心です。

 

 そして写し火提灯ですが、これはその光に照らされたもの(データ)を映しだし、内部を覗き見ることができるツールです。

 

 隠蔽されているデータや、ウィルストラップの類を簡単に発見することができます。これがあれば鉄壁ともいえる防衛システムの脆弱性も簡単に見つけることができます。

 

 まあ、そんな悪いことに利用する予定はないので、今回は提灯の"内部データを詳細に確認することができる"という能力だけを使うことにします。

 

「まずは~火山の核にする予定の~マグマから作っていきますね~。今からする作業はちょ~っと危ないから集中していくよ~」

 

「しゅうちゅうしていくよ~~」

 

 宙に浮かぶ石の表面に鋏の切っ先をこつんと当てます。接触部分からはパキンという音が聞こえ、石は回転を止めてその場に固定されます。

 鋏と接触した石は鋏の能力の影響下に置かれ、石の内部に含まれるデータ類を簡単に変更することができるようになります。

 

「狐稲利さん~お願いします~」

 

「うん~!」

 

 狐稲利さんが持ってくださっていた提灯の中から一粒の火の粉が飛び出すと、それは鋏の刃を滑り切っ先へと流れていきます。

 鋏の先端部分へと到達した火の粉は石に触れるとその表面にしみこむように馴染み、そこを起点として石の色が徐々にオレンジ色に変化していきます。

 

『おいおいまさか……!』『ここでマグマ創ってんの……!?』『わんころちゃんすっごい真面目な顔……』『いわば熱の塊だからな……触ったらやけどどころじゃない』

 

「むむむ~ハサミでの温度変化は初めてなのでなかなか難しいですね~」

 

「おかーさーいま、850℃くらいー」

 

「了解です~狐稲利さんはそのまま提灯でのデータ観測をお願いします~」

 

「りょうかい~」

 

 くるくると回りながら発熱する石は温度の上昇と共にその形を変えていき、最終的に真っ赤な球体となり私の手元に収まりました。石は与えられた熱によって融解し、ドロドロと粘り気を見せる様子は見ているだけで汗がしたたり落ちるかと思うほど。

 

「これが~火山の核……中枢になる予定のものです~」

 

『綺麗だ……』『触れば骨まで焼けるけどな』『わんころちゃんは素手で持ってるけど……』『わんころちゃん熱くない?』『溶けた石そのものだもんな』

 

「ん~熱くはない、ですね~こちらからの熱は遮断しているので~このような核をあらかじめ作ったのはですね~これに中枢としての機能だけでなくマグマの温度管理までしてもらう予定だからなんです~」

 

 手に持った赤い球体を配信画面に見せながら一応私が触っても問題ない事を説明します。

 火山は非常にデリケートなものですからね。ただでさえ今の犬守村の成長具合は私でも完全に予測できないようになってきています。

 もし予想外に噴火なんてされてはたまったものではありません。なので火山内部に私が直接干渉できる中枢を置くことで取り返しのつかない状況にならないようコントロールできるようにしたのです。

 

「おかーさ! おかーさ! 私も! 私も持たせてー!」

 

「はいはいわかりました~! ど~ぞ落とさないで下さいね~」

 

「わあー! きれいーー!」

 

 珍しいものに目が無い狐稲利さんは私の持つ球体……マグマの赤ちゃんに触れたいとねだってきます。

 その期待する眼差しに応え、こちらに差し出された両手にそっと球体を乗せてあげます。

 

『それが火山の心臓部になるわけだ』『小さいけど、それが火山になるの?』『火山の種って感じかなー』『山を創ってその中に埋める? それとも地下に埋める? のかな』

 

「球体の中に火山生成までのプロセスも内蔵したので~これを地面に触れさせるだけでそこを起点に火山が創られる予定です~とはいえ初めての手法なので~問題が発生しないか注意しながらの作業になりそうですね~」

 

「あっ」

 

「移住者の皆さんも火山を見るのは初めてだと思うので~いつもよりじっくり配信でお見せしたいと~……ん? なんです~?」

 

『わんころちゃん後ろ後ろ!!』『後ろ』『後ろ見て!!』『狐稲利ちゃんとこ見て!!』

 

 なんだかコメントが流れるのが早いな~と思ったら、なんだか私の後ろを気にするコメントが大量に、なんでしょう?

 

「ん~? んん~!?」

 

 振り返って狐稲利さんの様子を伺うと、目を見開いて口を半開きにしたまま何やら足元をじっと見ています。

 

 ……その手には持っていたはずのマグマの球体がありません……。

 

「こ、狐稲利さん……? まさか……」

 

「……、……て、てへぺろー?」

 

 狐稲利さんの手の中にあったはずの球体は足元に落ち、そのままゆっくりと地面の中へ吸い込まれていきました。

 

「~~!! まっずい~~!!」

 

 なんて悠長に様子を見ている場合では無かったです! とにかく狐稲利さんの腕を掴んでその場から避難します! 熱の遮断? 瞬間移動? そんな悠長な事やっている場合ではありません!

 

『え? ちょ』『わんころちゃん!?』『なになにどしたの?何か問題起きた?』『わんころちゃんがこんな焦ってるのめずらしい』

 

「みなさ~ん!! 音量注意です~! あと画面の点滅に気を付けて~~!」

 

『へ?』『んん? なんか地面が赤く……』『なに?何が起こってんの?さっきの場所が盛り上がっていって』

 

 私がそう言った直後、球体の落ちた場所を中心に地面が赤く盛り上がり、爆発しました。

 とてつもない爆発音とそれに伴う衝撃が空気を震わせ、その場から退避しようとしている私と狐稲利さんの体にもそれが感じられるほどです。

 

 つまり……その衝撃は爆心地に置いてけぼりにした配信画面から移住者さんにモロに伝わるわけで……。

 

『あけなgヴぁおえいう!?!?!』『びkkくりしああああああ』『耳がわわじaijfoiaj9iosua』『わんころちゃーん!配信画面置いてけぼりだよーー!!』『移住者がマグマに飲み込まれようとしてるんですが!?』『音やべぇ』『焼肉になってしまうーー!!』『アイルビーバァァァック!!!』『b』『b』

 

「ごめんね~! すぐにこっちに移動させるから~! みなさん~……お耳大丈夫ですか~?」

 

『聞こえん』『なんも聞こえんなぁ』『お耳ないなった』

 

「じゃあなんでわんこーろの声に反応してるんですか~……ええとですね、少し想定外の事になりましたが~取り返しがつかない問題ではないので~このまま火山の生成まで皆で様子を見ましょうか~」

 

「おかーさー……ごめんなさいー……」

 

「狐稲利さんが無事ならそれでいいですよ~っと、よっと、んにゃっと!」

 

 先ほど狐稲利さんが落としたマグマの核は地中へと埋没し、急速にマグマだまりを形成しました。その爆発力でマグマは地上に吹き出し、溶岩となって飛び散っていきます。

 

 さすがに噴き出した溶岩や高温の噴石が広範囲に飛び散ると森が焼けることになるので、いっこいっこ丁寧に裁ち取り鋏で破壊していきます。遠くのものや高く飛び上がった噴出物も鋏の有効範囲を伸ばしてすべて確実に初期化していきます。

 

「このままだと火山灰の被害が大きいです~……中枢の核にアクセスして~灰の散る領域を火山エリアに限定しましょう~狐稲利さん~」

 

「うんっ、中枢せいじょうに稼働ちゅうー エリア範囲指定かんりょうーー」

 

 本当は噴出する威力や火山灰の降る地域も考えて設置するつもりだったのですがそんな暇も無く火山を発生させてしまったのでとりあえずの緊急処置です。

 

『ふい~一時はどうなることかと』『北守山地が丸々焼野原になるのは防げたか』『渓流などで分割されてるから犬守村までは来ないだろうけど、良かった』『まあ中枢の稼働テストとでも思えばおk』『これでようやく温泉街の開発開始だな』

 

「ですね~数日すればある程度落ち着くと思うので~火山活動によって変化した地形を確認しながらその後に温泉街をどこに造るか移住者の皆さんと一緒に決めていきますよ~」

 

 




※誤字修正にてご報告のあった個所なのですが、鋏の説明個所にて
私とわんこーろさんのたゆまぬ情報収集

私と狐稲利さんのたゆまぬ情報収集
に修正いたしました。混乱させてしまい申し訳ありません。

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