転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#81 集積地帯

 かつて存在していたこの国のあらゆる伝統的、文化的なものは世界的な指針とされていた"効率化"の波を受け、驚くべきスピードで消失していった。

 今では世界各国がネットの海に漂う残滓を拾い集め、元の形に戻そうと日々情報の海に潜り続けているのだが、その進捗は芳しくない。なにせ、どのような伝統的なものが存在していたのか、どのような独自の文化を形成していたのか、そもそもそれが分からないのだから何をサルベージすべきかさえも不明という状況なのだ。

 だが、そんな状況にあってこの国のサルベージ機関は他国の追随を許さぬほどの復興具合を見せていた。

 元々文化的な物事を大切にする国であったことが幸いし、最低限サルベージしなければならないものの情報は有志の協力で判明、優秀な技術者によって速やかにサルベージが実行されたのだ。

 

 最近では国と協力関係となったとある電子生命体を名乗るヴァーチャル配信者の存在と、この国主導で開発されたネットにダイブするシステムによりその活動は驚くほど加速されていた。

 

 サルベージ作業は当初とは比べ物にならないほど安定、安全、簡略化されていた。

 それは、ただのヴァーチャル配信者である九炉輪菜わちるが、サルベージ作業を行えるほどに。

 

 

 

 

 

「ええっと、これはこう……でいいのかな? どうです? 灯さん」

 

『待ってくださいね、今確認しますから……うん、サルベージによるデータ破損は最小限、問題ありません。 初めてなのに上手ですよわちるちゃん』

 

「えへへ、なこそさんの見様見真似ですけど……」

 

『気を抜くな。 そこは外層とはいえ沈んだサルベージデータの集積地帯だ。 対象を見失ったセキュリティシステムやウィルスのたぐいが潜んでいても不思議ではない』

 

『もう! 室長はそうやってわちるちゃんを驚かせて! この"集積地帯"は既に調査が終わってるから安全だって室長が言ったんじゃないですか、じゃなきゃわちるちゃんをダイブさせたりなんかしません!』

 

『絶対に安全なことなど無いということだ。 それは分かっているだろう?』

 

「はい。 もちろんです室長」

 

『なら、いい。 ……気を付けなさい』

 

「――はいっ!」

 

『もー、二人で通じ合っちゃってー!』

 

 言葉少なく、けれど互いが言いたいことをしっかり理解している。そんな姿に灯は呆れたように言葉を発する。

 

 

 文化復興省、その中でもデータのサルベージを主な業務としているのが、復興推進室と呼ばれるチームだ。

 推進室の責任者である室長をトップに、部下として白愛灯がサルベージの業務にあたっている。

 そして職員ではないが、協力者という形でヴァーチャル配信者集団、フロント・サルベージが登録されている。

 

 フロント・サルベージ所属配信者の主な仕事はサルベージされた伝統、文化、風習を配信を通して広く知れ渡らせることにある。

 データはサルベージするだけでは意味がない。サルベージしたものを現代に浸透させて初めて意味があるのだ。

 FSはその文化復興における重要な位置にいた。

 

 かつてはただの子どものお遊びだと彼女らを嘲笑していた復興省の人間も、例の大型コラボ以降復興省に寄せられる、失われたと思われていた膨大な情報を前にその考えを改めざるをえなかった。

 

 だが、だからと言って推進室の扱いが現状よりも改善されたという事はなかった。

 

 相変わらず復興省は室長に無理難題を吹っ掛け、室長はその対処に頭を悩ませる日々を送っていた。唯一の救いは、推進室との協力関係となった例の電子生命体を名乗る配信者のサルベージしたデータの量と質から、その者と、その者と協力関係にある推進室は、決して敵対してはいけない存在だと認知されたことだろうか。

 

 無理難題は吹っ掛けられても、理不尽な扱いはされなくなった。

 意味も無くサルベージ作業や配信活動にかかる支援金、協力金が振り込まれなくなったり、活動内容を批判されるような事は無くなった。

 

『そのおかげでこちらはサルベージ業務に集中できるようになり、お前たちにも時間的余裕ができたわけだが……だからと言ってお前たちに配信以外の仕事を任せるのはやはり……』

 

「大丈夫ですって室長! そもそも室長や灯さんのお仕事を手伝いたいって言いだしたのは私なんですから!」

 

 

 わちるはあの大型コラボを経験し、徐々に配信活動にこなれてきたようで、最近は精神的に余裕があるように伺えた。配信中のトラブル等にも、わたわたしながらとはいえ何とか対処できるようになってきており、ようやく"新人"配信者から抜け出してきたようにも思えた。

 

 まあ、視聴者からは『初々しいわちるんを返して……』『わちるんもFSに染まっちまった……』『これでわちるんもFSのやべーやつの仲間入りだね!』などと散々な書き込みをされているのだが。

 

 とにかく、心に余裕の生まれたわちるはいつも忙しそうな室長に自身もなにか手伝えることが無いかと願い出たのだ。

 最初は配信活動こそがお前たちの仕事だ、と言っていた室長だったが、FSと運営の橋渡しをしているなこそが既にNDSを利用したサルベージ作業を経験している事と、灯からの万全のバックアップが約束されたことで、とりあえず比較的安全なネット領域でのお試しサルベージをやってみるかということになったのだ。

 

「見ててください! その内わんこーろさんもびっくりな情報をサルベージしてみますから!」

 

 室長は自信たっぷりなわちるの言葉に頭を押さえる。

 最近になって実感するようになったことだが、わちるはどうも厄介ごとや面倒ごとに遭遇する体質であるらしい。

 いつもの配信でほぼ必ず陥る機材トラブルをはじめ、わちるが犬守村に入り込むきっかけとなった復興省の蛇谷との偶然の遭遇など。

 

 もちろん、その体質が状況を好転させることもある。わんこーろの事だ。

 

 今ではわんこーろとは友好的な関係を築けてはいるが、一歩間違えばこの国どころか世界規模の大事件に発展していた可能性は十分ある。ひとえにわちるの想いと、わんこーろの想いが偶然重なった、奇跡的な出来事と言えるだろう。あれは、わちるでなければ無理だった。

 

 

 

 

 

「そんなに心配しなくても大丈夫ですって! 今だって灯さんの指示通りデータのサルベージを完了させて――って、うひゃ!?」

 

 わちるが軽い調子で受け答えしていた途中、彼女めがけて飛んでくる"もの"があった。

 

 広がり続けるネット空間の奥底、破棄され、風化するのを待つだけのデータが眠る領域。

 そんなまるで海中のように深く深く続くネット空間に時たま破損したデータ群が寄り集まることがある。

 一定のルールも、規則性も無く、ただ揺蕩うデータはそうやって集まり、増大することでネット空間のどこかに留まり、雪だるま式に巨大になっていく。

 

 推進室はそのように巨大で、愚鈍となったデータ群をネットの"集積地帯"と呼んでいる。

 

 集積地帯はあらゆるデータが混在し、個々のデータが別々の動きをしているかと思えば、関係の無いデータ同士が偶然繋がり合い、予想外な"もの"を生み出すこともある。

 それは意味不明な動作を行うシステムの断片であったり、無差別にデータを削除して回る駆除ソフトであったりと様々だ。

 此処で確認できる最もポピュラーなのはウィルスのできそこないであろうか。

 

 わちるにめがけて飛んできたのは何ともふしぎなものだった。いくつもの立方体を組み合わせた黒い塊のようで、そこにまるで蜘蛛のような細い脚が付いているのだ。

 

『ウィルスか、だが失敗作のようだな。 サルベージ作業中は目障りなだけの害にもならんヤツだ』

 

 どこかのハッカーかぶれが作ったガラクタだな、そう断言した室長の声は冷静そのものだった。

 室長の言う通り、わちるに襲い掛かったものはただ邪魔なウィルスもどきにすぎない。正常なシステムに寄生し、害を及ぼすはずの存在はもどきであるからか、寄生しても悪さをする能力が欠如している。

 それでもわちるに勢いよく襲い掛かった様子に今までなら室長は多少の焦りを見せていた。

 だが今はそのように焦る様子は見られない。

 

 その理由こそが、今回室長がわちるにNDSを用いたサルベージ作業の許可を出した最も大きな理由だ。

 

「うう……びっくりした~~! 大丈夫だと思っててもやっぱり慣れない~」

 

『慣れるな。本来その邪魔なものの対処もサルベージ作業を行っているものの仕事だぞ、"その子"に感謝しなさい』

 

「もちろん分かってますよ! いつもありがとね"ヨル"!」

 

 わちるに襲い掛かったウィルスはわちるの3Dモデルに接触することなく、空中で黒いカラスの姿をした存在によって捕らえられていた。

 そのカラスは三本の足を器用に使い、ウィルスの体をしっかりと掴んでいる。少しその足に力を入れると、ウィルスはガクガクと震えた後、いくつもの小さなポリゴンとなり、崩壊した。

 

 もはやカラスとは言えないほどの大きさ、具体的にはワシやタカのような猛禽類レベルをさらに一回り大きくした姿のカラスは悠々とネット空間を跳び回り、しばらくしてわちるの肩に無理やり留まった。

 カラスの3Dモデルが特殊なのか、わちるは重さを感じることなく、満足そうに一鳴きしたカラスを優しく撫でてやる。

 

『ヨルちゃんすっごいわちるちゃんに懐いてますねぇ、なんだかちょっと可愛いです』

 

『防衛AIという話だったが……まるで意思があるようだな』

 

 わちるがヨルと呼んだカラスはあの大型コラボの時わちるに付いてきていたヨイヤミさんだ。

 大型コラボ終了直後、フロント・サルベージ所属の配信者ナーナ・ナートの荷物に紛れ込んでいた犬守村のキツネについてわんこーろに連絡を取った際、わちるにもそのキツネと同じように犬守村出身の存在が付いていることが発覚した。

 

 キツネもヨイヤミさんもどうやら現在犬守村とのリンクは途切れている状態であるが、唯一わんこーろと個別に繋がっている状況であるらしく、そのおかげでこの二体の状態は常にわんこーろも把握できており、予想外の行動をとることは無いだろうとお墨付きをもらっていた。

 まるでペットを飼うことになった子どものようにはしゃぐわちるは、他のヨイヤミさんと区別するため、その子に名を付けることにした。

 

 夜のように真っ暗だから、ヨル。

 

 ○一や寝子からは単純だと不評だったがヨルは自分だけの名前をもらったことで嬉しそうに翼を羽ばたかせ、わちるの肩へと留まったのだ。

 

『うぉーいわちるちゃーん』

 

『あれ? ナートお姉ちゃん? どうしたんですか?』

 

 不意にわちるへと室長でも灯でもない声が届く、そのゆるい声音とわちるの前に展開された半透明のディスプレイに映る顔からそれがFS所属配信者の先輩である、ナーナ・ナートであるとすぐに気が付いた。

 

『どーした、じゃないよぅー今日は"ヨル"と"ナナ"の定期健診の日でしょー? もう犬守村でわんころちゃんまってるよー?』

 

「! も、もうそんな時間ですか!? ごめんなさい室長、このままわんこーろさんのところに行ってもいいですか!?」

 

『忙しないな……分かった、待たせてはいけないからな』

 

『じゃあリンク開きますよー』

 

「ありがとうございます!」

 

 灯の繋げてくれた犬守村へのリンクをたどり、わちるはヨルを伴ってわんこーろのもとへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 わちるの目に、今日の犬守村の空は一段と高く見えた。

 細かく薄い雲が列をなし、それは遠く遠く先の山々まで続いている、ウロコ雲だ。

 風は予想以上に涼しく、陰を歩けば寒いと感じてしまうほどだろう。山々は夏の深い緑から色とりどりの鮮やかな紅葉へと姿を変え、わちるとナートの歩く道の先を真っ赤な紅葉が降り注いでいた。

 

「はぁ~相変わらず作り込みすっごいね~」

 

 ナートは紅葉の積み重なった石畳をゆっくりと歩いてゆく。足元の紅葉は踏みしめるごとにカサカサと音を立ててナートの耳を楽しませる。時折風が吹いたならばその流れに乗って積もった紅葉の葉が舞い上がる。

 

「ナートお姉ちゃん! 髪の毛に紅葉が付いちゃってますよ!」

 

 風の流れの中にワザと入り込み、舞う紅葉の中で楽しそうにしているナートだが、その長く美しい金髪には紅葉の葉がいくつも入り込んでいる。どうもナートは気づいていないようだ。

 後ろを歩いていたわちるは慌てて駆け寄りその髪に付いた紅葉を取り除いていく。

 

「えへへ、ありがと~わちるちゃん」

 

「もう、また寝子ちゃんに怒られますよ」

 

 もはや完全にナートの保護者と化しているわちるは紅葉まみれのナートを呆れた目で見ながら取ってやっている。

 わちるの肩に留まっていたヨルも主に手間をかけさせる先輩を非難するかのように一声鳴く。

 

「あれ? そういえばナナちゃんは?」

 

「ん~? ここにいるよ?」

 

「え? わわっ! 髪の毛の中に!?」

 

 突然ナートの金髪より顔を覗かせたのはまだ小さく幼いキツネだった。先ほどまで寝ていたのか目を細く閉じ、大きなあくびをしている。

 ナートはよしよし、とその頭をなでて髪の毛の中から引っ張り出す。所在なさげに手足をぶらぶらさせる子ギツネだが、ナートが優しく胸元で抱きかかえると安心したように丸くなって再度眠りだした。

 

「相変わらずナナちゃんはマイペースですね」

 

「ふふん! それが視聴者に人気なこの子の魅力なのさ! ……なぜか名前については微妙な顔されるけど」

 

 そのナートの言葉にわちるは遠慮がちに苦笑する。子ギツネの名前、ナナの由来は"ナーナ・ナートのもの"略してナナなのだ。

 FSのメンバーや視聴者にそれは名前じゃねーよとあらん限り突っ込まれたが、ナート自身は何がおかしいのか分からず頭に疑問符を浮かべていた。

 

 絵といいネーミングセンスといい、どうもナートは芸術関係が壊滅的のようだ。効率化社会の影響でかつて以上に創作者という存在が希少な現代において、ナートのような芸術関係に疎い若者もいるにはいるが、ナート自身は創作を含めたカルチャーの最前線であるヴァーチャル配信者である。

 

 それを踏まえると、ナートの在り様はなんともアンバランスで不安定に見えた。

 もちろんその見ててハラハラするような雰囲気こそが、ナートの人気の理由でもある。同時にアンチなどの批判的な存在を生み出す理由でもあるが。

 

 とにかく運がないようで有る、察しが悪いようで良い、バカだけど空気読める、そのあっちこっちに散らかった姿こそが、誰にも真似できないナートの魅力なのだ。

 

 

 しばらく歩いていると二人の前に開けた空間が現れる。中央に建てられた神社の傍で、玉砂利につもった紅葉を箒で掃いている姿にわちるは思わず声をかける。

 

「狐稲利ちゃん!」

 

「んふ? おお! わちるっ! なーと! おかえり~」

 

 犬守村に住むわんこーろの娘、狐稲利(こいなり)はこちらに気が付くと大きく手を振り満開の笑顔を向ける。

 秋仕様なのか狐稲利の和服はあずき色を基調にところどころにクリーム色の市松模様があしらわれた落ち着いた色のもので、紅葉の降る犬守神社の風景にとても合っていた。

 前髪はイチョウの形をした黄色い髪留めでまとめられており、珍しくその菖蒲色の瞳が確認できる。

 

 先日のASMR配信後にメイクなどで狐稲利の前髪に隠れた表情の切り抜きが非常に高評価で、わんこーろの説得もあって、最近では前髪で顔を隠さずに生活していることも多い。とはいえ配信でその姿を晒すのはさすがにまだ恥ずかしいらしく、今のようなメカクレ状態ではない狐稲利を見ることができるのは現在この犬守村にNDSで直接やってくることが許されているFSの特権だ。

 

 

 落ち着いた服装の狐稲利だが、落ち着いているのは服装だけで狐稲利自身はわちるとナートの姿を見ると嬉しそうに小走りで駆け寄ってくる。

 

「ただいまです! 今日も狐稲利ちゃんは可愛いですね!」

 

「ホントホント、やっぱ元気っ娘っていいよね~」

 

「んふ~ありがとね! わちるもなーともすっごいかわいい~よ~」

 

「でしょ! でしょでしょ! やっぱり狐稲利ちゃん分かってるね私の魅力を~!」

 

「ヨル~ナナ~元気だった~?」

 

「あれ? もう興味ないなった?」

 

 満足そうな顔で胸を張るナートだったが、狐稲利の興味は既にヨルとナナに移っていた。犬守村の外へと旅立ったとはいえ自身と同じく犬守村で生まれた二体を愛おしそうに撫でまわす狐稲利。

 そんな狐稲利の手をヨルとナナは気持ちよさそうに受け入れる。

 地面に降り立っているヨルは翼を広げて興奮しているらしく、ナナもお腹を見せてなすがままだ。

 

「ナートお姉ちゃん……」

 

「それじゃーおかーさ呼んでくるー!」

 

 神社の奥へと消えていく狐稲利を見送りながら、わちるは呆然と立ち尽くすナートに同情の視線を向けるのだった。

 

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