転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

86 / 257
#84 札置神社

 

 私の履く下駄は一歩進むごとにからん、からん、と音を響かせます。

 

 目の前に見えるのは綺麗に敷かれた石畳の道です。道幅は私より二人分大きく両腕を伸ばして何とか両端に届くかという広さ。

 道の両端には朱色に塗られた木製の板が組み合わされた垣根が設置され、道の外へは出られない様になっています。この垣根はいわば神社とそうでない空間を区切るためのもので、瑞垣(みずがき)玉垣(たまがき)と呼ばれているものです。

 

 瑞垣より伸びた朱色の板の中には一定の間隔で長く縦に伸びた板があり、その長い板と板との間にはこれまた朱色に塗られた紐が繋がれています。

 しばらくそんな道をからん、ころんと音を鳴らしながら進んでいくと、大きな鳥居が見えてきました。この鳥居にも瑞垣に結ばれたものと同じような朱色の紐が括り付けられています。

 

 そして、鳥居の先は道が二つに分かれています。

 

「は~い、では移住者の皆さん~どっちの道が良いですか~?」

 

『ぐ、また分かれ道かよ!』『さっきが左だったっけ?』『その前も左じゃなかった?』『←←→←↓→←←だな』『なら次は右……か?』『いや、そう思わせておいて左かも……』『三つ前みたいに何かヒントがあるんじゃ?』『くっそお……広すぎだろ"札置の迷い路"』

 

 札置の迷い路、それが現在私と移住者さんが迷い込んでいる……というか私が誘い込んだ場所の名前になります。

 ここは本来札置神社(ふだきじんじゃ)と呼ばれる神社の境内で、私と移住者さんはこの迷い路の中心に存在する札置神社の拝殿、本殿を目指して迷路になっている境内を歩き回っています。

 

 そう、この神社こそが私が移住者さんに秘密で造っていた神社で、本日大々的にお披露目しようとしているものになります。

 

 まあ、と言っても最初に移住者さんの目に入ったのはこの札置の迷い路の入口である巨大な鳥居だったわけですが。

 

『あれ? ここさっき来た場所じゃね?』『左の丘のむこうに三本の鳥居……確かにそうだ』『また一周しちまった!?』『やっぱあそこは右だったか……』

 

「んふふ~ギブします~?」

 

『さすがに頭こんがらがってきた』『答えお願いします……』『立体迷路とかさすがに経験ないわ』『普通の迷路と違って視界が限定されるのはキツイな』『狐稲利ちゃん待ちぼうけ中~』『わんころちゃーんお願い!』

  

「んふふ~それじゃあもうそろそろ答え合わせしましょうか~ゴールで狐稲利さんも待っている事ですし~」

 

 皆さん力を合わせて迷路の一割程度は踏破出来たようですが、これ以上は配信時間的にも厳しいので移住者さんの了承を頂いて、サクサク正解の道を進んでいきます。

 瑞垣に沿って歩きながら大きな鳥居をくぐったり、途中にある犬守村各地の神社の分社に手を合わせて、手のひらサイズの鳥居がいくつも供えられた祠の間を通り、天然の洞窟の先を駆け抜け、境内の範囲まで伸びたタカチ峡を渡って、そしてついに目的の札置神社本殿へとたどり着きました。

 

「はいは~い!! 皆さん配信しょっぱなから立体迷路踏破にお付き合い頂きありがとうございました~! ここが私が新たに創りました~札置神社、その本殿になります~」

 

『おお~!! 広いな!』『此処だけで犬守神社の数倍の敷地面積はありそう』『迷い路もそうだけど、この拝殿や他の建物も朱色の紐がいっぱい結ばれてる……?』『このデカさと関係あるのかね……?』

 

 玉砂利の敷き詰められた広大な敷地の奥に朱色と白色の美しい門が見えます。神門などと呼ばれるこの門の奥は拝殿、本殿となっているのですが、その前に長い石階段が続いています。

 

 両端を朱色の灯篭が並ぶ石階段を登り切ると、ようやく拝殿と本殿が見えてきます。

 こちらも朱色に塗られ、前方へ屋根が長くせり出した流造りの様式となっており、柱や天井付近には派手にならない程度の装飾が施されています。

 

「わんこーろがこれまで造った神社の中でも~恐らく最大規模の神社だと思います~迷い路部分を除いても恐らく一番大きいでしょうね~」

 

 拝殿、本殿だけでなく手水舎や神楽殿さらには社務所など、これまで造ってきた神社の規模的に造らなかった施設を一気に札置神社に実装しました。そのため単純な面積だけでなく、神社としての機能も恐らくこの神社が一番のものとなるでしょう。

 

「さて、配信が始まってだいぶ経ちましたが、ここでようやく発表させて頂きますよ~! 先日無事わんこーろのチャンネルは五十万人を突破しました~! あと収益化審査も通過し、投げ銭などの機能が利用できるようになりました~!」

 

『おめええええええ!!』『五十万!めでたい!』『さすがわんころちゃん!』『さすわん』『五十万突破はやすぎてヤバい!』『収益化もおめ~』『ようやく金を投げられるのか!』『まってたぜぇ!!早く投げさせてくれぇええええ!!』『まだ!? まだ投げられんの!?』

 

 「はいはい皆さん落ち着いてくださいね~既に投げ銭機能はわんこーろの手でオンにできる状態なのですが~そのまえに移住者の皆様にわんこーろのチャンネルでの投げ銭機能についての説明をさせて頂きますよ~狐稲利さーん!」

 

「はーい!!」

 

 私が本殿の方へ声をかけると待ってましたとばかりに狐稲利さんの元気な声が聞こえ、すぐにその姿が現れます。

 

「おかーさー! こっちのほうできたー!」

 

「あ、ちょ、狐稲利さん」

 

『こっちの方?』『できたって何が?』『おやおやわんころちゃん、何か隠してますな?』『正直に白状した方が良いのでは~』

 

「う……実はですね~この札置神社はまだ未完成なんです~見た目は良いんですけど中身はまだ全然で~つまりハリボテ状態なのです~さっきまで狐稲利さんに少しでも建築を進めておいてとお願いしてたのですが~」

 

 配信画面を移動させて、拝殿の中身を映します。中は真っ白なポリゴンが乱雑に組み合わさってあるだけで風情も何もあったもんじゃありません。絶賛工事中です。

 

『うわw』『さすがにこれは……草』『外見はかなりリアルなのに中身の作り物感がすごいw』『犬守村がネット空間にあるってすっかり忘れてたわ』

 

「うう~見せるつもりじゃなかったから、これは恥ずかしいですよ~~! じ、次回お披露目するときはちゃんと! ちゃんとしておきますから~!」

 

「んふ? ん~、こーいう時は~"移住者は何も見なかった いいね?"」

 

『アッハイ』『アッハイ』『アッハイ』『誰だ! また狐稲利ちゃんにスラング教えたのは!』『狐稲利ちゃんが変な方向に成長してしまわれている……』『いいねも何も最初に暴露したのは狐稲利ちゃんなんですが……』

 

「と、とにかく今は収益化のお話ですよ! 狐稲利さん! 例のものを~」

 

「はいーこちらになりますー!」

 

 どうも話題が脱線しておりますが今は収益化、そして投げ銭機能についての説明をしなければいけません。 ……決して恥ずかしいから話題を流したわけではありませんよ!

 

 狐稲利さんが私に手渡してくれたものは両手のひら程度の大きさの木の板です。長方形の板に三角形の板がくっついたような形をしており、抽象化された家の形にも見えます。

 

「これは絵馬と呼ばれるものです~神社にお願いをするときに~この絵馬に願い事を書いて奉納すると叶う、と言われております~」

 

『ほうほう、そんなものが』『神様に見てもらうためのもの?』『初めて見た。それで願いが叶うの?』『まあ願掛けみたいなものだよ。これがあれば後はなんもしなくていいってものじゃない』『あくまで"神頼み"だからね』

 

「皆さんよくご存じですね~実は今回、皆様に頂いた投げ銭はこの絵馬として札置神社にほぼ永久的に置いておこうかと考えているのです~」

 

『!?』『俺らの投げ銭が絵馬になる!?』『投げ銭が絵馬の奉納代になるわけか!』

 

「当然ですが~奉納された絵馬には投げ銭をしてくださった方の名前とメッセージ、あとは……頂いた投げ銭の値段によって裏に描かれた絵が違ってくるのでご注意下さい~」

 

 本当は投げ銭の値段によって優劣を付けたくはないのですが、大金を投げて下さった方にはやはり相応のお礼をするべきだと思うので、心苦しくも違いを付けさせて頂きました。

 

「こちらサンプルになります~」

 

 そう言って配信画面に狐稲利さんが持ってきてくれた絵馬を大きく映し出します。

 おもて面は素材である杉の木目が美しいのですが、それ以外は特に何もなく、何も書かれてはいません。

 

「こちらの面に皆様の名前と、投げ銭と共に頂いたメッセージが書かれます~そして裏面がこちら~」

 

『うお!? これすげぇ……』『綺麗だな……』『色の鮮やかさとか、表面の艶とか、描かれている風景とか……これだけでもう一つの芸術品みたい……』『投げ銭したらこれに名前書いてもらって飾られんの?犬守村に?最高じゃん』

 

 かつて効率化社会よりずっとずっと昔、その時代に最大手として世界的に有名な動画配信サイトが存在していました。現在のヴァーチャル配信者の先駆けが生まれた場所であり、数多くのカルチャーの発祥の地でもあります。

 今回私はその配信サイトで行われていた投げ銭システムを参考にして、投げ銭の値段を色で分けるようにしました。最もお手軽な値段のものを青色に、投げ銭が可能な最大金額を赤色に、という具合です。

 投げ銭システムを利用したコメントはその色に色付けされ、目立って表示されます。それに加えて絵馬がこちらの世界に生み出されるという具合です。

 

 私はさらに分けた色をモチーフにして絵馬の裏面に絵を描くことにしました。

 

 先ほど移住者さんに見せたのは"青"の絵馬です。裏面に描かれているのは犬守村の全景、そして青い空。

 絵馬の大きさに限りがあるのでそれほど細かく書き込まれてはいませんが、青い空の下に広がる犬守村の風景が確認できます。

 

『わんころちゃん他の見せて!!』『できれば全種類見たい』『何が書かれてるか確認してから投げ銭したいです!』

 

「え? 他のですか~? ちょっと待ってくださいね~ええと~」

 

 その後、私は移住者さんの要望でサンプル品として作っていた全種類の絵馬をひとつひとつ移住者さんに紹介することとなりました。

 例えば黄色の絵馬は深緑とヒマワリ畑の様子が描かれており、橙色は紅葉と夕焼けに照らされたタカチ峡、といった具合にその色のイメージから連想した風景が描いてあります。

 一般に投げ銭するにはちょっとためらわれる金額になると赤色になり、そこから金額が一定以上になるとさらにやや濃い赤色、深い赤色、等と変更されていくのですがこの"赤絵馬"になるとイラストに犬守村に実装した神社が描かれるようになってきます。

 

 色に合わせた風景や神社を描いた絵馬は移住者さんにとても好評のようで、一つ紹介するごとに移住者さんがこれもいい、あれもいいとおっしゃって下さるのですが、中には『この絵の為だけに投げ銭するわ』とおっしゃる移住者さんがおられたので、それは全力で止めました。

 

 この絵馬はあくまで投げ銭のお礼として用意したもので、絵馬の為に投げ銭を頂いては順番が逆です!

 後日すべての画像データをSNSのメイクにアップすることをお伝えして納得して頂きましたが……なんだか移住者の皆さん財布の紐がゆるゆるになっていませんか!?

 

 投げ銭なんてそうそう頂けるようなものではないというイメージなのに、移住者さんは投げ銭解禁で喜んでいるみたいですし……。

 

 あ、あれ? これ、なんだかイヤな予感がしますよ……。

 

「ええっと、それじゃあ……投げ銭のお礼について一通りご紹介したので~~……投げ銭機能をオンにしますね~……」

 

『はよはよはよはよはよ』『まだ?まだ?まだ?まだ?』『こい!こい!こい!こい!』『投げ銭ボタン連打中』『必ずやわんころちゃんを金の海、いや絵馬の海に沈める……!』『覚悟しろやオラァ!』『登録者五十万人か~一人最低値の青い絵馬でもかなりの金額だな~(白目』

 

「は~い……オン、ってうひゃ!? ちょ、ちょっとこれは!? い、移住者しゃん!? あば、バカなんじゃないですか!?」

 

「わはは~~!! いっぱい降ってきた~~!」

 

 絵馬は投げ銭が投げられると配信画面外から降ってくるように設定してあり、それを私がキャッチして書かれた内容を読み上げる……という感じにしたかったのですが、そんな余裕はありません!

 

 一つ二つってレベルじゃありませんよこれ!? 一度に十個、百個は降り注いでますよこれ!?

 

『愉快愉快~~~』『案の定絵馬の海に沈むわんころちゃんと狐稲利ちゃんw』『草生え散らかすわw』『おおー投げ銭したら空から絵馬が降ってくるのか~これはいいねぇ~』『見た感じ赤い絵馬が多いな~これはヤバいww』『一秒間に数十万稼ぐ配信者わんこーろ』『いや~絵馬が頭に当たって痛そ~ww』『絵馬が上から降ってきすぎてもう頭しか見えないwwwww』『わんころちゃんのバカ発言初めて聞いたわ~~』『もっとバカって言ってほしいから赤絵馬投げるわ』『俺も赤絵馬にしよ』

 

「ば、ばか~~~!! も、もう、どうすればいいんですか!? あ、ありがとうございます!? いえ、ちょ、もう止めて下さい~~~~!?」

 

 結局配信が終了するまで絵馬は絶え間なく降り注ぎ、私個人が持つには不安すぎるほどの金額が投げられました……。

 

 移住者さん……ちょっとは自重してください……でもありがとうございます…………これ感謝したらいいのか注意したらいいのかもう分からないじゃないですか……!




ゲームなどで登場する和風な建築物で構築されたダンジョンとか好きです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。