転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
北守山地の山間に創られた渓谷、タカチ峡は今日もざあざあと音を立てながら山の湧き水を麓へと運んでいきます。断崖は水しぶきで濡れ、岩肌を苔が覆い、時たま岩の隙間から細い木々が伸び、その先にはささやかながらも赤く染めた紅葉の姿が顔を覗かせます。
タカチ峡の渓谷に上から蓋をするかのように紅葉や銀杏、楓が鮮やかな紅葉を纏った姿で枝を伸ばし、その葉は渓谷の下へと落ちていき、川の流れに乗っていきます。
私はその様子をタカチ峡の少し上から見ています。
と言っても、いつものように空に浮かんでいるわけではありません。私が今いる場所はタカチ峡に架けた橋の上です。
橋は所謂屋根付き橋と呼ばれるもので、その名の通り屋根が付いたかなり大きなものになっています。
私は木製の手すりの間から足を出し、橋の端っこに腰かけた状態で足をぶらぶらさせて橋の上からタカチ峡を含めた北守山地の全景を眺めています。
「んう~~今日もいい天気ですね~」
山間を抜ける風は私のいる橋を通り抜けていき、その際一緒に紅葉の葉を連れてくるものだから、橋のあいだを風と共に紅葉が通り抜けていきます。
時々通り抜ける紅葉が橋の上に着地するので、橋自体が鮮やかな紅葉に埋め尽くされていく光景も楽しめて、橋からの風景も橋そのものも何とも美しい。
「綺麗な上に~気持ちいい風で最高ですね~景色もよい感じですし~」
橋の端部分からほぼ身を乗り出している状態なので、視線は空中に浮いているような状態です。
実はこの屋根付き橋ですが、これは先日移住者さんから頂いた実装要望の一つでもあったりします。山の谷間に架けられた橋、というご要望だったのでこんな感じに実装してみたところ、なかなかに好評で安心しました。紅葉が吹き込んでくる様は私の考えだったのですが移住者さんからナイスアイデア! とお褒めの言葉を頂けるほどに素晴らしいものに仕上がりました。
「キミもそう思うでしょ~?」
そう言って私は斜め後ろ、橋の上で体を丸くしている動物へと語りかけます。
その動物は筋肉質な四肢の上からふわふわな毛皮をまとい、犬よりも太く長めな尻尾を持つ、オオカミです。
茶色がかった毛皮のオオカミは体を丸めたまま、耳だけ私の方を向いています。寝ているように見えますがしっかりと私の話は聞いていたようです。
「ん~まるで飼い犬のようですね~」
私がそんなことを言うと、オオカミはおもむろに立ち上がり伸びをした後に、抗議の意味を含めてか、腰かけている私の頬をその大きな舌でべろり、と一舐めしてから橋のむこうの森の中へと消えていきました。
「……オオカミの舌って思ったよりざらざらしてるんですね~……」
オオカミの実装は少し前にメイクにて制作風景と共に移住者さんにお披露目をしました。作業工程はタヌキなどを制作した時とほぼ同じなので、配信内で制作しても前回と同じ内容の繰り返しのようになってしまうと感じ、省略させてもらいました。
オオカミは主に肉を食べる動物です。けものの山や、この北守山地は木の実や果実、キノコ類などの豊富な食料によって増えた小型の動物たちが生息しており、それらがオオカミの狩りの対象となるでしょう。
動物を狩る、という事に多少の抵抗があったことは事実ですが、それに関しては狐稲利さんを生み出し、生物を実装することを決めた時には既に覚悟していたことです。今後も怪我をしたり、病気になった動物を私や狐稲利さんが保護することはあっても、彼らの狩猟対象を奪うようなことはしないつもりです。
「さて~それじゃあ今日も配信を始めましょうか~」
私もこの犬守村の住人のひとりです。この先、私も"狩り"というものを実践するかもしれません。その時は今まで野菜やお魚を頂いた時と同じように、命をいただくことに感謝する心を決して忘れないようにしないといけませんね。
「という感じでして~移住者さんの中で狩りをしたことがある人はいますか~?」
『居るとお思いで?』『合成謎肉食ってる移住者に聞く質問じゃねえなあ!!』『環境保護研究所がアップを始めました』『環研激おこ?』『ネットの中の動物も保護対象なのか?』『非実在青少年ならぬ非実在動物』『むしろ狩りは人間が増えすぎた動物の数を調整する役割もあるので』『←の言う通り狩りすぎなきゃ問題ないです』
「ふむ~動物の数のバランスなどを考えて狩りすぎないというのは勿論なのですが、解体作業の方法なども調べないといけないでしょうね~命を頂くわけですから無駄にしてしまう訳にはいきませんし~移住者さんでそのあたりご存知の方がいらっしゃるかと一応確認しておこうかと質問したのですが~無駄でしたね~」
『頼りない移住者で済まない』『辛辣っすよわんころちゃん!』『いや、もしかしたら居るかもしれんよ』『移住者意味わからんスペックの持ち主がちらほらいるからな』『そりゃ登録者五十三万人もいたらな』
「まあそのあたりはわんこーろが裏で調べておきます~内容的にグロ注意になるのは必至なので絶対配信には乗せられませんし~っと、これくらいで良いですね」
背負った籠の重さを感じながらぐぐーっと伸びをします。……さすがに中腰でキノコを探し続けるのは腰にキますね。
現在私はけものの山を移住者さんと雑談しながら食料を集めております。
今日の配信は名付けて"秋の大収穫祭!"現在の犬守村は実りの秋を迎え、豊富な食べ物が実っているのです。
先日狐稲利さん、わちるさん、ナートさんと一緒に頂いたサツマイモはもちろん、犬守村では栗や柿、梨、林檎、キノコ類なども採集することができます。
「ホントは甘くて美味しい果物なんかは自然には生えてないんですよ~。 とてつもない努力と長い時間をかけて品種改良を行った農家さんに感謝です~」
犬守村はかつての自然を再現した空間とはいえ、ぶっちゃけ私や狐稲利さんを含めた生物優先の世界になっています。
植物は栄養たっぷりの土地と程よい降雨によってすくすくと成長し、それらを食料とする動物達を飢えさせることなく大きく成長させてくれます。
けものの山の頂上には甘い桃を生らす木が生えていますし、それ以外の品種改良済みの果物も数多く自然の中に実装しています。
「いっぱい美味しいものを生み出して下さった人たちに感謝しながら~探していきましょうかね~」
『探すぜ探すぜ』『移住者各位は画面内をくまなく探すこと』『どれが食べられるもんかわかんねぇ……』『さすがにあのとげとげしたものは食えんやろ』『あれ栗だぞ』『へ!?』『現代の加工に加工を重ねた食品に慣れてるとそういう気持ちになっちゃうよね~』『というかあの木の下で激しく棒を振り回しているのは……』『狐稲利ちゃん……?』『わんころちゃんの狂気が娘にも……』『狂気再び』
「ほっ! うりゃ~!」
とげとげした栗の殻を木の枝でたたいて中身を取り出す様に移住者さんが若干の狂気を感じているようですが、狐稲利さんはお構いなく栗の中身を取り出しては背負った籠の中へとぽいぽい入れていきます。笑顔で地面を叩いているように見えてヤバい絵面な気がしますよ……。
「狐稲利さ~ん!」
「! おかーさー!」
狐稲利さんはこちらに気が付くといつものように駆け足でやってきます。意外と背負った籠ががさがさと音を立てているのでなかなかの量を採ったようですね。
「いじゅうしゃ~こんにちは~ええと、ヴァーチャル配信者わんこーろのむすめーこいなりだよー? きょうも犬守村に帰ってきてくれてありがとー!」
『おお! 狐稲利ちゃんの自己紹介!』『なんだか配信者っぽいぞ!』『言わされてる感が拭えないw』
「言わせてる訳じゃないですよ! 狐稲利さんが他の配信者さんの配信を見て、私もやってみたいーと言うので良いですよ~と許可を出した結果です~」
狐稲利さんはちらちらとこちらを伺い、拙いながらもしっかりと自己紹介をして見せました。参考にしたのは最近よく見ているFSさんの配信アーカイブでしょうか? 何となくわちるさんやなこそさんの挨拶を彷彿とさせます。
「それでは~狐稲利さんとも無事合流出来たので~本格的に秋の味覚を採りにいきますよ~!」
北守山地は大規模なブナの原生林が広がっている山地ではありますが、決してそれだけではありません。 広大な土地には先日実装した火山、タカチ峡、札置神社などが存在し、自生している植物に関しても多種多様で本来は人の手が無ければ繁殖することができないような果物のたぐいも犬守村補正で普通に自生しています。
「んぐうぅぅ~~~!!! にぎゃい~~~!!?」
「狐稲利さん!? いきなり食べちゃだめですよ!? ぺっしなさい! ぺっ~!」
『大丈夫か!?』『吐く? 吐く?』『かわいそうだけど可愛い』『狐稲利ちゃんの渋い顔スクショ完了』『マジで吐きそうな声してんね』『配信画面には映さんでもろて……』『わんころちゃんの最速編集でモザイクかけてもらえるでしょ』
狐稲利さんと一緒に秋の犬守村、現在は北守山地へ紅葉狩り兼秋の味覚を採りに来ているのですが、どうやら狐稲利さんは木の上になった鮮やかな色の果実、柿を口にしたようです。
鈴生りに実っている柿の実は確かに美味しそうで、一つくらいいいかな、という思いになるのは仕方がないかもしれません。
しかし狐稲利さん、もう少し警戒するべきでしたね……! 今の季節は秋、この空間に住まう様々な動物たちが来るべき冬眠期間に備えて食いだめなどを行っている時期でもあります。
そんな、動物たちが食べ物を求めている時期であるにも関わらず、鳥類に一切食べられていない鈴生り状態の柿の実なんて怪しすぎるじゃないですか!
案の定渋柿に悶絶する狐稲利さんを診ながら、私はその渋柿を採っていきます。そこら辺に落ちていた長い枝でちょちょいと渋柿の生っている枝を揺すってやるといくつかの実が落ちてくるので案外楽に採れてくれます。
『えっわんころちゃんそれ採るの?』『狐稲利ちゃんの様子じゃ食べられないみたいだけど……』『加工すれば美味しくなるよ、干し柿つくるのかな?』『干し柿?』
「移住者さんの言う通りです~やはり冬のあいだは畑の作物もなかなか収穫できなくなるので~出来るだけ長期間置いておける保存食を作っておこうかと思いまして~」
「おかーさ~……まだ舌がしぱしぱする~~」
「しぱしぱってなんですか……もう~次は梨を採りに行きますから~そこで一つは頂いていいですよ~」
「やたー! ありがとおかーさ!」
その後も狐稲利さんと一緒に籠いっぱいの秋の味覚を収集していきました。山の幸は勿論、海の幸である秋刀魚なども手に入れてあります。これに関しては雨の日にあらかじめ釣っていたものを岩戸で保存していたものではありますが、時は止まっているので新鮮そのものです。
さて、食材も集まったので、早速お料理を始めましょう!