転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#8 虹乃なこそ

ここ百年ほどの停滞した時間を取り戻すかのように、日本では様々なサブカルチャーが復活してきている。

漫画やアニメといった効率化社会時代では人の目につかぬように個人間で細々と続けられていたものはネットワークを通じ動画配信や電子書籍により爆発的に人気を得た。それに伴い多くの二次創作が生まれ、かつての日本のオタクカルチャーが再び始まろうとしていた。

 

そんな流れに乗るように始まったのがヴァーチャル配信者という存在だった。

数百年前も存在していたそれは効率化社会の副産物として生まれた高い技術力によってかつてよりも手軽に初心者でも行えるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はいみなさんこんばんはフロントサルベージ所属のV配信者、虹乃なこそだよ。今夜もよろしくね」

 

そんな凛とした声が部屋に響く。テーブルの上に置かれたディスプレイを確認しながら、ヴァーチャル配信者虹乃なこそは微笑む。

配信画面に映る彼女は黒髪をひとまとめに括り、笑みを絶やさぬ口元は釣り目がちな両目と相まって、大人びた印象を与える。だが、それでも彼女はまだ学生の身だ。

 

画面の先の視聴者はその一言で一斉にコメントを書き込む。

お決まりのあいさつが大量に投稿され、その後もコメントは途切れることなく書かれていく。

なこそはその流れを目で追いながらカメラに向かって手を振る。視聴者の反応から、カメラもマイクも異常なく動作していることがうかがえる。

 

大丈夫かなー?というなこその言葉に、視聴者は肯定のコメントを書き込み、なこそはそこでようやく一息つく。

 

「それじゃあ一通りテンプレは終わったから今日のやってくことを発表しまーす」

 

何度も繰り返された一連の動作をテンプレ呼ばわりしたことによる視聴者のツッコミを流しながら、なこそはカメラから離れ、配信中の部屋をぐるりと見まわす。

部屋の中は様々な卓上ゲームが収納されることなく置かれっぱなしになっている。

チェスや将棋といった定番のものから麻雀のような視聴者になじみのないゲームもおかれている。

 

なこそはその中から一つのゲームを手に取り配信画面へと持ってゆく。ヴァーチャル配信者が手に持っている物が何なのかを把握した配信機器が、記憶領域より設定された3Dモデルを展開し、配信している映像データに上書きする。

 

「じゃあ今日はリバーシやっていこっかな、ルールは前々回くらいに説明したっけ? アーカイブを見ていない方もいると思うのでもう一度ルールを説明しますね」

 

そう言うとなこそは3Dモデルでできた盤上に白と黒の石を並べ、視聴者にリバーシのルールを分かり易く説明していく。それほど難しいものでも無いので数分の説明後、すぐさまなこそは視聴者とゲームを始めた。

 

対戦相手は視聴者全員、なこそが打った後にコメントで次の手が書き込まれ一番多い選択が視聴者の一手として採用される仕組みだ。

 

「ええと、ここですね?」

 

コメントの自動集計システムを活用して手早く視聴者側の一手を確認し、そこに石を置く。

 

「じゃあ私はここにしますね」

 

そしてなこそは盤のスミに石を置く。

直後コメントが勢いよく流れる。『おまえらなぜあそこに置いたんだ!』『やり直しはありかにゃ?』などのコメントが流れていくがなこそは無慈悲に次の石の場所をコメントで募る。

 

「んふふふ、みなさんまだまだですねぇ」

 

得意げに、あるいは煽るようになこそは口角を上げる。

 

なこそはヴァーチャル配信者として活動を始めてから結構な時間を経ている。つい先日2周年記念の配信を行ったところだ。たったの2年と思われるかもしれないが、ヴァーチャル配信者というものが認知され始めたのが同じく2年ほど前であることを考えれば彼女の活動歴は相当なものだと分かるだろう。

 

ヴァーチャル配信者流行の先駆けともなった彼女は他の配信者と比べても頭一つ抜けた人気を誇る。今日の配信も開始前から数千人が配信開始を待っており、ゲームを始めた現在は数万ほどの人間が視聴していた。

 

彼女はその数万の視聴者とゲームで対戦し、有利な状況にあった。

その理由は単純なもので、視聴者がリバーシというゲームを深く理解していないことにあった。どのゲームにも勝利するために重要な定石と呼べるものがある。リバーシで言うならばスミを取り、取られないようにすること等が上げられる。

 

だが、視聴者のほとんどはボードゲームの類を全く知らないと言う者も多い。完全効率化社会の影響で実際に手で動かすようなゲームはおろか、ゲームという存在そのものが非効率であるとされ、ことごとく廃れさせられた過去があるからだ。

 

「はーいこれで最後です。 結果は……集計しなくても大丈夫ですね、私のかちー、どーです!4万人にたった一人で勝ちましたよ!」

 

一局目が終了したところでなこそは息をつき、視聴者に煽りを加える。視聴者は『もう一度やり直したい』、『知識チートやめーや』という書き込みをしていく。

なこそは今までもこの手のゲームを配信で紹介しては視聴者と遊んでいるのだが既にルールはもちろん定石等も把握しているなこその独壇場となる事が多い。

 

「いやいや、いいですか皆さん、リバーシはちゃんとゲームアプリとして配信されてるでしょ、これは私がズルしてるんじゃなくて皆さんが私に勝とうという気概がないから負けちゃってるんですよ?さあさあ次行きますよ!」

 

 

その後もなこそは配信時間ギリギリまで視聴者と雑談を交えながらゲームを楽しんでいた。数戦はなこそが勝利していたが、そのルールの単純さによって徐々に勝ち方を理解してきた視聴者側が勝ち始め、終盤はなこそはほとんど勝てなくなっていた。

 

「あーあやっぱり最後は負けちゃうんだよねー。みんなルール覚えるの早いなー」

 

リバーシを片付け雑談中『今日もイキり失敗』『序盤イキり終盤よわよわなこちゃん』『なこ配信の伝統』『ノルマ達成』のコメントが流れる中なこそは次の配信日と時間を発表し、配信が終わるまであと十数秒という時。

 

「あっ!言い忘れてました!フロント・サルベージに新しく加入した"九炉輪菜わちる"ちゃんの初配信日が決まりました!詳細は公式HPをどうぞ!皆さん良ければ見に来てくださいね。あと、"メイク"にわちるちゃんとリバーシアプリのリンクが張ってあるので良ければどうぞ!」

 

「ではフロント・サルベージ所属虹乃なこそでした!皆さんお疲れさまでした!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして配信が完全に止まったことを確認したなこそはぐぐっと伸びをした後、PCから一つのアプリを立ち上げる。

メイクトーカー、通称メイクと呼ばれるSNSアプリに今日の配信終了のあいさつと次回の配信スケジュールをつぶやき、次いで配信最後に紹介したリバーシアプリのリンクと先日登録されたばかりの九炉輪菜わちるのメイクアカウントのリンクを書き込む。

 

「……!ふふ、もうわちるちゃんはかわいいなあ」

 

書き込みから数分も経ってないにも関わらず、すでになこそ宛に九炉輪菜わちるのアカウントより今日の配信内容の感想と自身のアカウントの紹介を感謝するつぶやきが書き込まれていた。

 

「すぐ隣の部屋なんだから直に言いに来ればいいのに」

 

そんなことを口にしながらも後輩の可愛らしい行動にうれしさが溢れてしまう。

わちるのつぶやきは「お休みなさい!」で締めくくられていたためわちるはもう布団の中だろう。なこそはわちるとフォロワーへお休みなさい、とつぶやき自身も眠りにつくことにした。

 

 

 


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