転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#89 遭遇

 

 リアルイベントであるV/L=Fの開催告知が行われ、それを移住者さんと一緒に視聴していた私と狐稲利さんは興奮冷めやらぬ状態ではありましたが、いつの間にやらあたりは薄暗くなり始め、風も肌寒いものとなっていました。

 

 このままではいけないと、移住者さんにお別れを告げ配信を終わらせ早々に犬守神社に帰ることにしたのですが……。

 

「お~い、狐稲利さ~ん。もう帰りますよ~?」

 

「んーー! もうちょっと待ってーーー」

 

 札置神社の奥から狐稲利さんの声は聞こえますが、出てくる気配はありませんね……全く、仕方ないですね。

 

「ま~だ選んでるんですか~~」

 

 札置神社の中には先ほどの収穫祭に利用した炊事場やちょっとした休憩スペースなどがあります。ですがゆっくりとくつろげる部屋はあえて作っていません。

 あくまで私と狐稲利さんのお家は犬守神社で、ここは実装した神社の一つにすぎないからです。

 大きいからといって何でもかんでも此処に作っちゃうと家に帰らなくてもいいんじゃ? と思われてしまいますからね。

 

 

 ということでこの神社は建物の中に広く大きなスペースを確保することができるのですが、その中はがらんとしており、少し殺風景に見えてしまいます。

 

 地上はそんな感じではあるのですが、地下はとある施設が試しに造ってあり、それが予想外にも狐稲利さんの好奇心を強く刺激してしまったようです。

 

「これとーこれとー、あ! あとこれもーー!」

 

 建物の中には小さな部屋があり、その部屋の床には四角い穴が開いています。

 穴には下へと下りれるように梯子が立てかけてあり、その穴から狐稲利さんの悩まし気な声が聞こえてきます。

 

「狐稲利さ~ん? いつでも来れるんですから~~」

 

 穴の下を覗き込み、狐稲利さんに声をかけます。

 地下室には所狭しと棚が並んでおり、その棚には隙間なく様々な"本"が収納されています。狐稲利さんはそれを一冊一冊手に取りながらなにやら難しい顔でうんうん唸っているご様子。

 

 

 そう、この札置神社の地下に実装したのは図書館です。私がネットの海から引き上げたサルベージデータの中には書籍のデータもあり、復元が完了したそれを本という3Dモデルに内包して此処に保存しているのです。

 専門書や教育関係の書籍は現在でも電子書籍として存在していますが、娯楽関係の本、たとえば漫画やライトノベルといったものはそのほとんどが消失してしまっており、それらを拾い集めてできたのがこの図書館という訳です。

 

 私がデータのサルベージを始めた当初から書籍のデータは数多くサルベージすることになりました。

 というのもサルベージする標的のデータに引っ付いていたり、雑多な文字データ内に投棄されていたりと様々な場面で手に入れる機会が多かったからです。

 

 捨てるのももったいないので拡張領域に死蔵していたのですが、それを今回狐稲利さんの言う"読書の秋"という言葉からヒントを得て図書館という形に落とし込んでみました。

 

 とはいえ、死蔵していたデータ量はかなりのものだったようです……。

 この地下図書館の横の規模は札置神社の境内のおよそ半分もの広さを誇り、それが地下七階まで続いています。

 浅い階層に娯楽関係の書籍や雑誌を、深い階層には……まあ、あれです、……あまり狐稲利さんの教育にはよろしくない薄い本が封印されています。

 

 この図書館ですが、まだ配信でのお披露目は後々になりそうです。

 というのもこれらの本は一度失われ、それを私がサルベージしたものではありますが、執筆者がいて、販売していた出版社があったはずです。

 その方々に許可を頂き、後から問題にならないように配慮してからでないと配信でのお披露目は少し危険かと考えたのです。

 

「おかーさ! この本はだいじょーぶー?」

 

「ええと……はい、大丈夫ですよ~どれもかつての執筆者さんのご家族からご許可を頂いたものです~」

 

 浅い層に置いている本はその権利者関係の許可を既に頂いたものがほとんどで、今は中層あたりの本の権利者を特定している最中です。

 

 ゲーム等と同じく娯楽関係の本はその権利が放棄されているものがほとんどなので別に許可をもらう必要はないのですが、現在存在している、もしくはかつて存在していた出版社の関係者の方に一応配信での利用許可を頂いた後、本ごとに執筆者さんに再度許可を頂く、という形を私はとっています。

 

 問題は一番深い層にある薄い本なんですよねぇ、アレの製作者を特定するのは……描いた方としても黒歴史になっている可能性がありますし……いや、配信に乗せるわけじゃないんですし、特定は……別にいい、のかな……? うーん扱いが難しい。

 

「んふ~これをいじゅうしゃに読み聞かせするってやくそくしたのー!」

 

「ああ、~なるほどなるほど~狐稲利さんの言っていた"読み聞かせ配信"ですね~」

 

「うんっ」

 

 狐稲利さんはウキウキした様子で選んだ本を拡張領域へぽいぽい投げ入れていきます。どれを読み聞かせ配信で読むのでしょう。それを選ぶのも、読み聞かせの為の練習も、きっと狐稲利さんなら楽しく取り組んでくれるでしょう。

 

「おかーさも! おかーさも一緒によむんだよー?」

 

「んふふ、分かりました分かりました。 一緒に移住者さんに読んであげましょうね~」

 

 

 

 

 

 

 狐稲利さんと片づけを終えた時には既にあたりは暗くなっていました。札置神社の所々にある灯篭がぼんやりと灯をつけ、その道を照らしてくれます。

 

 そして、天空に輝くまあるい月も。

 

「……ん?」

 

「……おかーさ……あれ……?」

 

 今日は満月のはずの、輝く月。それが歪にゆがんでいました。まるで水面に映し出されたもののようにゆらゆらとその輪郭を変化させていきます。

 

 そして、その揺らぎが収まると、月は真っ赤に染まり、あたりを不気味な光に包みました。

 

「! 狐稲利さんっ避けて!」

 

「んっ!」

 

 灯篭のあかりが消え、次の瞬間私と狐稲利さんがさっきまでいたところをめがけ、巨大な何かが上から降ってきました。とてつもない衝撃と破壊音と共に、砕け散った石畳の破片が顔に当たります。

 

「おかーさっ!!」

 

「! 駄目です狐稲利さん! 待ってください!」

 

 土煙の中うごめく何かへ狐稲利さんは拡張領域の共有空間に保管されていた裁ち取り鋏をためらいなく引き抜きます。

 ですが、それはまだ駄目です。まだ情報が足りなさすぎます。"なにか"は赤い月の光だけではその全体を伺うことは難しく、見上げてもなお、とてつもない巨体であるくらいしかわかりません。

 

「この子は……」

 

 ですが、確かに言えることは、私も狐稲利さんもこのような巨大な動物をこの空間に実装した記憶はない、という事です。

 

「! 狐稲利さん下がって!」

 

 私が叫ぶのと同時にその巨体は腕と思われる部位を大きく振りかぶり、勢いのまま振り下ろしました。その威力は札置の迷い路の瑞垣や移住者さんから頂いた絵馬を巻き込み、周囲の3Dモデルを破壊していきます。

 

「っ、いじゅうしゃの! みんなの絵馬っ!!!」

 

「駄目です狐稲利さんっ! 戻って!!」

 

 絵馬が破壊され、地面に落ちていく光景に狐稲利さんは今まで発したことのないような声を上げます。怒りに声を震わせ、酷く感情的な状態であることは明白です。

 それ故に、その巨体にとびかかる狐稲利さんは大きく太い腕が自身を拘束しようと迫っていることに気が付いていません。

 

「きゃ!!」

 

「狐稲利さん!」

 

 狐稲利さんはその巨大な手に捕まえられ、身動きが取れない状況です。時折顔を歪ませ、苦しそうな声を絞り出します。その間にも狐稲利さんを締め上げる手の力は強くなり、このままでは狐稲利さんが……!

 

 くっ、仕方ありません。この空間の生き物に裁ち取り鋏を使うことは最後の手段と思っていましたが、今がその時です!

 

 拘束した狐稲利さんに気を取られている間に、狐稲利さんの手にある鋏を私の方から拡張領域へと強制収納し、私の手元から取り出します。狙うはその腕。

 

 小さい体をめいいっぱい跳躍させ、崩壊した石畳の上からはじけたように上空へと飛び上がります。一瞬の事で巨体は私の姿をとらえる事も出来ず、落下しながら振り下ろした鋏により、その腕は手首あたりより両断されました。

 

「ひぐっ!」

 

「狐稲利さん! 無事ですか?」

 

「う、うんー、ごめん、なさい……」

 

 腕から解放された狐稲利さんはお尻から地面に着地、小さな悲鳴を上げて涙目になっています。

 狐稲利さんは勝手に動いたことを私に謝罪しますが、それについてはそれほど怒ってはいません。私だって、移住者さんから頂いた絵馬をあんなふうにされているんです、気持ちは痛いほどわかります。

 

「狐稲利さん、写し火提灯を」

 

「うんっ」

 

 今までぼんやりとしか見えていなかった巨体、その全容が狐稲利さんの取り出した写し火提灯によって露わになります。写し火提灯はその光に照らされた存在を内部情報まですべて映し出すことのできる道具です。これなら目の前の、"正体不明の存在"を白日の下にさらすことができます。

 

「! っお、おかーさ……、これって……」

 

「こんな……」

 

 映し出された存在、それは普通ではありませんでした。狐稲利さんを掴んでいた腕は私が片方切り落としましたが、もう片方の腕は鋭利な爪が光を反射し鋭く輝いています。黄色と黒の毛によっておおわれたその腕はまるでトラのもの。足も毛におおわれていますが、腕と違い茶色い毛におおわれ、尻尾も毛色が異なる動物の尻尾がくっついています。そしてその四足歩行の獣の顔は、赤いサルの顔。

 

「まるで……鵺、ですね……」

 

 鵺、それはかつてこの国で伝えられていた妖怪の名前です。様々な動物の部位が組み合わさったような姿をしていたとされていますが、時代や記載されている資料によっては部位を形成する動物が異なっていることもあります。

 それ故に鵺は実態のつかめない、正体の分からない妖怪として恐れられていたらしいです。

 

「私が保管していたデータまで……!」

 

 それが、今私達の目の前にいる。

 鵺の体となっている部位はどれも私がかつて創った記憶のある動物たちのものです。サルやトラは犬守村に実装していませんが、3Dモデルだけなら既にテストモデルを制作しており、拡張領域に保管してありました。

 

 それらの3Dモデルデータが組み合わさり、鵺の体を形成しているようです。

 

 ですが、その事実以上に私が衝撃を受けたのは、写し火提灯によって映し出された鵺の体の中です。鵺にはいくつもの動物が組み合わさった体をしていますが、それは体の中、つまり魂も同様でした。

 本来生き物に魂は一つ。一人に一つ、一匹に一つ。それがこの犬守村の魂の循環におけるルールです。ですが、目の前の鵺はいくつもの魂をその体に宿し、それらはいびつな状態で鵺の中に押し込められていました。

 

「おかーさ!」

 

「大丈夫っ!!」

 

 片腕を無くしても、いえ、無くしたからこそ先ほど以上に暴れ回る鵺。今度は私を捕まえようとその腕を伸ばします。

 ですが、そう簡単に捕まるつもりはありません。延ばされた腕に捕まる寸前、その大きな指先を足場に空に跳び腕の範囲から逃れます。

 

 とにかく、鵺の内部を見ることができたのでやることは決まりました。

 鵺の中の魂はいびつで、非常に不安定な状態です。本来ならば肉体から抜け出し、幽世へ向かうはずの状態といっても過言ではありません。

 

 それならば、押し込められている魂を本来のあるべき場所へ還してあげればいいのです。

 

「狐稲利さん! こっちです!」

 

 私と狐稲利さんは札置神社の拝殿広場から迷い路に向かって走り出します。その様子を見た鵺は耳が痛くなるほどの獣の叫びを上げ、こちらに突進するように向かってきます。

 

「おかーさ! 追っかけてくるー!」

 

「それでいいんです! 振り切らないように注意して下さい! 次を右に曲がりますよ!」

 

 こちらに異様なまでに執着しているらしい鵺は当然のように私たちの後を追いかけてきます。迷い路の道は鵺の巨体が何とか入り込めるほどの道幅であり、逃げるこちらを必死の形相と雄叫びで威嚇しながら追いかけてきます。

 

「次は左です!」

 

 迷い路の道を疾走する私と狐稲利さんは石畳に足を滑らせそうになりながら分かれ道をどんどん突き進んでいきます。

 延々と続くように思える朱色の迷宮、ですがただ逃げているわけではありません。

 

 札置神社はこの犬守村最大級の面積と規模を持つ神社です。その境内である迷い路にはいくつもの他神社の分社がお祀りされています。

 私と狐稲利さんが住んでいる犬守神社の分社や、海と平原の塩桜神社の分社などもこの札置神社の迷い路のどこかに存在しています。

 また、それだけでなく札置神社にはこの犬守村各地を模した場所が存在しています。やたの滝を模した小さな滝や、けものの山の頂上にある巨木を模した小さな桃の木など。

 

 これらの分社や犬守神社各地のスポットを模した場所が札置には数多く点在し、それらは実際の犬守村の各地と繋がっているのです。

 

 例えば、犬守神社分社から実際の犬守神社へ、塩桜神社分社から塩桜神社のあるわたつみ平原へと行くことができます。またその逆も可能で、犬守神社から直接この札置神社へとやってくることも可能です。

 

 簡単に言えば、ワープポイント、ファストトラベルと呼ぶべきシステムです。

 

 そして、このポイントは今まで私が実装したエリアのほぼすべてに実装済みなのです。

 

「次も右です! 狐稲利さん、もうすぐです!」

 

 迷い路の瑞垣や鳥居は相変わらず赤く道の先まで続いていますが、道を進むごとにその赤色が濃くなっているように見えます。

 

 いえ、実際に周辺は真っ赤に染められ始めています。今まで黄色や橙色の紅葉した木々が生い茂る山中であったはずなのに、瑞垣の隙間から覗く外には、おびただしいほどの彼岸花が咲き誇っています。

「おかーさ! ここって!」

 

「あの子の魂を還してあげられる場所、です」

 

 迷い路を前に進むごとに、まるで浸食しているかのように増えていく彼岸花。あたりは薄い雲に覆われ、夜の時間であるはずなのに、黄昏時のような柔らかな光があたりを包み始めています。

 

「! 見えました、あの大きな鳥居を越えれば"幽世"です!」

 

 幽世。この犬守村において、亡くなった肉体より抜け出した魂が次の肉体へと宿るまでに一時的にとどまる、この世界における"あの世"です。

 

 札置神社はあらゆる場所と繋がっており、それは幽世とて例外ではありません。迷い路の道を決められたとおりに進んでいくことで到達することができるこの大鳥居こそが、幽世との境界、ワープポイントなのです。

 

「おかーさ! こっちくる!」

 

「幽世へ誘導しますよ! ギリギリまで引き付けて――――今ですっ!!」

 

 

 幽世の入口で立ち止まった私と狐稲利さん。それを行き止まりに追い詰めたと思い込んだ鵺は勢いよく跳び上がり、その鋭利な爪で私たちに襲い掛かろうとしました。

 ですがその爪が私達に届く寸前、私と狐稲利さんは後ろへ跳び、大鳥居の中へと自ら入り込みます。当然跳び上がったままの鵺は空中で勢いを殺すことができず、私達と共に幽世の中へと入ってしまいます。

 

 その瞬間あたりは迷い路の風景から一面真っ赤な彼岸花が咲き誇る幽世へと変化しました。札置神社に存在しているワープポイントを利用して、霊山の頂上にある幽世へと一瞬で移動したのです。

 

「ヨイヤミさんっ! お願いします!」

 

 私の呼びかけに答えるようにヨイヤミさんが姿を現し、鵺を拘束していきます。

 彼岸花の影や、黄昏色の遥か上空よりいくつものヨイヤミさんが現れ、その体をまるで人の腕のように変化させ、鵺の体を掴み、地面に縫いとめていきます。人並みの大きさしかないヨイヤミさんの腕ですが、さすがに数十体ものヨイヤミさんが一斉につかみかかれば鵺の巨体の動きも制限することができます。

 

「……もう、だいじょうぶー?」

 

「たぶん。ヨイヤミさんはこの空間の防衛AIですから、ただ力が強いというだけで抜け出せるわけではありません~……」

 

 そう言っている間にも、まとわりつくヨイヤミさんを振り払おうともがいていた鵺はその勢いを落とし、次第におとなしくなっていきます。

 

「狐稲利さん、提灯を~」

 

「……うん! ほらほら~でておいで~」

 

 狐稲利さんがゆらゆらと揺らす提灯の光が鵺の体の内をさらけ出します。その中にのみこんだいくつもの魂、それらは非常に不安定で無理やりな状態でこの体の中に押し込められていました。

 それはほんのわずかなきっかけでも容易く漏出してしまうほどにアンバランスなもの。

 

 そして、此処は魂が本来在るべき場所である幽世。この空間に居る事、それは"きっかけ"としては十分でしょう。

 

 

 鵺は提灯の灯に照らされ、口からいくつもの光球を吐き出していきます。吐き出された魂は空へと登っていき、最後の一つが鵺の体から抜け出した後、その巨体は体勢を崩し、いくつものポリゴンへと分解され、最後は塵のようになって消滅していきました。

 

「……おかーさ……」

 

「ええ、分かっています~……これで終わりという事ではないでしょうね~……」

 

 鵺に押し込められていた魂は幽世で開放され、無理やりに活動させられていた肉体は消滅、それでこの件はすべて解決……なんてことにはなりません。

 月の色は元に戻っているようですが、なぜそんなことが起こったのか? 再び発生する可能性は無いのか? 

 

 バグか、はたまた外部からの攻撃なのか、そうならばなぜ防衛をしているヨイヤミさんが反応しなかったのか。

 

 これらの問題を解消しないと今後安心して犬守村の開拓ができません。

 

「むう……これは今までにない最大級の問題になりそうです~……」

 

 


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