転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#90 子供たちの秘密

 朝であろうと夜であろうと、世界は金属の含まれた灰色の雲に覆われ、天空を眺めることは難しい。

 大地も海も、もはや人が生活することができるような場所ではなくなった。

 それがこの世界の常識であり、破壊されつくした自然環境の成れの果てであった。

 

 だが、例外というものも存在する。特区と呼ばれる汚染の薄い地域や、塔の街というものがそれだ。中でも塔の街は特別で、周辺には環境を維持するためのマイクロマシンが散布されており、それによって汚染された大気を寄せ付けず、かつての自然環境に近い状況が維持されている。

 

 もちろん、それは極めて限定的で、奇跡的で、あるいは他地域に負担を強いる理不尽な空間であることに疑う余地はない。

 

「そろり……そろり」

 

「……」

 

 そんな塔の街は夜になっても家々から明るい光がこぼれ、それぞれの家庭が思い思いにそこでの生活を楽しんでいた。

 最近では近々行われることが告知されたV/L=Fの準備で関係者は忙しそうにしている。街はにわかに活気づき、効率化社会のさなかでは考えられないような飾りつけが街全体を彩り、どこか街の住人の心も明るいように見える。

 

「そろり~そろり~」

 

「……」

 

 そんな街の中心から外れたとある一軒家が、配信者グループ"フロント・サルベージ(FS)"の拠点であり、復興推進室の本部として機能していることは配信の視聴者はおろか、近隣住民さえほとんど知らない。

 

 まだ義務教育も修了していないような少女から大学生ほどの年齢の女性まで出入りするその家は周囲から学生のシェアハウスと思われており、灯と室長はその管理人という認識をされている。

 

「そろ~り、そろ~……」

 

「さっきからなにしてるの? ナートちゃん」

 

「びっくぅ!?」

 

「あ、口で言っちゃうんだ……」

 

 そんな家の中でナートはなぜか忍び足で三階の自室から一階のキッチンまでを往復していた。

 目立つ金の髪をひとまとめにして、服装もいつもより動きやすい恰好のナートは恐る恐るといった感じで慎重にあたりを見渡していた。だが、何とも詰めの甘いナートはそんな姿を観察していた灯に声をかけられ、飛び上がるほどに驚いた。驚いた拍子に腕に抱えていたいっぱいのお菓子をぶちまける寸前だったほどに。

 

「あ、あはーこんばんはー灯さん」

 

 両手にいっぱいのお菓子を何とか隠そうともがくが、もはやどうすることもできない。せめてもの抵抗と、前かがみになって両手のお菓子を体で隠そうとするが、明らかに不自然で、そもそも隠せていなかった。

 

 そんな焦った様子のナートに灯は呆れた様子で小さく息を吐き、仕方がないという風に彼女を見やる。

 

「もう、明日は休みだからってあまり遅くまで起きてちゃだめですよ」

 

「は~い」

 

「今日一日ダンスと歌のレッスンで皆考えているより疲れてると思いますから……皆さんにも、言っておいてね?」

 

「ぐっ……み、皆? な、何のことかなー……」

 

「あはは、別に禁止してるわけじゃないから問題ないよ? もう夜遅いし、あまり騒がないようにね」

 

「う、わかったよぅ」

 

 ナートは足早に階段を駆け上がり、自室へと飛び込むとドアの前で大きく息を吐き肩の力を抜く。

 

「おーナートお菓子補充サンキュー」

 

「ありがとねナートちゃん。なんだか疲れてるみたいだけど、どしたの?」

 

 ナートの部屋にはFSのメンバーが勢ぞろいしていた。雑多に置かれていたいろんな物は部屋の隅に追いやられ、小さなテーブルの前ではなこそと○一が何やらボードゲームで遊んでいる。

 ボードゲームは木製のように見えるゲーム盤と駒がいくつか並んでおり、その周りには飲み物の入ったコップや袋に入ったお菓子が山ほど盛られている。

 とはいえゴミはテーブルの下の袋にまとめられているのでそれほど悲惨な状況ではなさそうだ。

 

 PCにつながれた大型のディスプレイにはFSの一同がダンスを踊りながら歌を歌っている様子の動画がループ設定で流され続けている。失敗した箇所だけが切り取られたいくつもの動画ファイルを連続して再生するように設定されているようだ。

 

 

 寝子はその横に備え付けてあるナートのベッドに寝転がり、携帯端末で教育用の資料映像を視聴していた。

 動画の内容はどうやら火山活動における周辺環境の変化について説明しているものらしい。恐らく最近見たとある配信内容に触発されて調べ始めたようだ。

 そんな寝子の隣で一緒になって寝転がっているわちるは同じく携帯端末を眺めているのだが、その画面はホーム画面を映しているだけでなにかを見ているという訳ではなさそうだ。

 

 ……いや、時々そのホーム画面に映るカラスの姿をした存在を、わちるはにこやかに見守っているようだ。

 

「……灯さんに見つかった」

 

「げ、マジか。なんか言われたか?」

 

 げんなりした様子のナートのつぶやきに思わず○一は唸るが、ナートは首を振って応える。

 

「ううん、夜遅いからあまり騒がないようにって」

 

「これは……ばれているんじゃないですか?」

 

 寝子は不安そうに声を出すが、ボードゲームに視線を落としたままのなこそはそんな不安を笑い飛ばす。

 

「大丈夫だって。悪い事してるわけじゃないし、バレてるなら灯さんに了承してもらったって考えていいんじゃん?」

 

「なこそは気楽に考えすぎなんだよ……」

 

「そういう○一ちゃんは深刻に考えすぎなんだって、騒がなきゃ灯さんも室長もとやかく言わないって」

 

 現在時刻はあと十数分で日付が変わるというところ。いつもならば各人がそれぞれの部屋でそれぞれ思い思いに過ごしているのが普通だった。寝子などはもう布団の中で眠りについている頃だろう。だが、わんこーろとの夏の大型コラボ以降こうやって誰かの部屋に集まって、たわいもない事を話しながらのんびりすることが多くなった。

 

 時には誰かの勉強や配信に関する質問に答える場になるが、ほとんどはFSや他の配信者の配信を見てだらだらしたり、なこそが持ち込んだボードゲーム大会になるのが常であった。最近ではそれに加えて、ダンスや歌の映像を見て全員で話し合いをしたり、イベントの進行について打ち合わせを行うこともあった。

 

 とはいえこの集まりに関しては室長や灯には何の説明もしていない。悪いことをしているわけではなく、わざわざ了承を得る必要があることではない、というなこその言葉によってなぜか二人には秘密の集まりのようになっていた。

 

 そのことに少し罪悪感を抱く寝子。今回の集まりが初めての夜更かし前提の"パジャマパーティー"であることも手伝って怒られやしないかひやひやしている様子だが、それと同時に仲間との秘密を共有しているというワクワクとした感情に少し嬉しさを感じてもいた。

 

 そんなこんなで今日もナートの部屋で皆集まりお菓子を片手に雑談を続けていたのだった。

 

 灯の言ったように、彼女らはV/L=Fのダンスや歌のレッスンを終えたばかりであるはずだが、それでもいっこうにつかれた様子は見せない。さすがに日付が変わってから何時間も起きていられるほどではないが、夜更かしという一種の非日常感はあのわんこーろとの夏のイベントを思い出して、皆わくわくしていた。

 

「ん……わちるおねえちゃん、ここってわんこーろさんの……?」

 

「へ? あ、本当だ、やっぱり現実に存在してたんだね。タカチ峡」

 

 映像資料を見ていた寝子が隣に寝転ぶわちるに寄り、情報端末の映されている映像を見せる。それはかつて存在していたこの国の有名だった観光地を映したもので、確かにタカチ峡と姿も名前も似ている。

 

「タカチ峡……行ってみたいですね……」

 

「じゃあ今度行きましょうよ! あ、今わんこーろさんにお願いしてみますね」

 

「えっ、でもご迷惑では……もう遅い時間ですし……」

 

「大丈夫! わんこーろさん今日は遅くまで作業するってメイクでつぶやいてたし、少しくらい話しても問題ない、と思うよ?」

 

 最近特にわんこーろに遠慮が無くなってきたわちるはそう言って携帯端末を操作し、犬守村のわんこーろに通話を繋げる。

 というのも今回のように夜遅くに突然わちるがわんこーろと話をしたいと通話を繋げるのは珍しくなく、わんこーろの方から通話が来ることがあれば、深夜や早朝に狐稲利から、声が聴きたいと通話してくるなど、よくある事なのだ。

 

「……?」

 

 何度かの呼び出し音が聞こえるが、わんこーろが出る様子はない。いつもならすぐに通話に出るわんこーろがなかなか出ないことに首を傾げるわちる。

 

『……は~い、こんばんは~わちるさん~……』

 

「あ、こんばんはです、わんこーろさん。……?」

 

 さすがにもう寝てるのかな、と呼び出しを止めようとした時、わんこーろとの通話が繋がった。

 だが、わんこーろの声は想像していた以上に沈んだ声だった。いつものような明るく緩やかな声音ではなく、弱々しく力のないようにわちるには聞こえた。

 

「あの、どうしたんですかわんこーろさん、なんだか元気が無いようですけど……」

 

『……ん~そんな事ないよ~……?』

 

「いえ、絶対元気ないです。いつもわんこーろさんを見てる私が言うんですから間違いありません」

 

「うわぁ……わちるちゃんが本人の前でガチ勢ムーブかましてるよぅ」

 

「真顔で言っているところが本気度高くてマジ怖い」

 

「ナートお姉ちゃん、○一お姉ちゃん、失礼ですよ」

 

 わちるはしきりにわんこーろに何があったのか聞き出そうとしている。わんこーろは何とかやり過ごそうとしているが、わちるの勢いは止まらない。結局わちるの勢いに圧される形でわんこーろは自身が落ち込んでいる理由を話し始めた。

 

『実はですね――』

 

 

 

 

 

 

「ふうん、犬守村のバグかー」

 

「原因もよく分からないんじゃ対策のしようもありませんね」

 

 わんこーろが話した犬守村に発生したバグ。それについてFS面々はそれぞれが首を傾げ唸る。先日発生した鵺に対処した後も、犬守村各地で小規模なバグが発生し続けているらしい。

 

 それは突然陽炎のように風景の一部がゆがんだり、昨日まで鮮やかに紅葉していたはずの樹木が青々と茂っていたりと全体からすれば些細なものがほとんどだが、わんこーろ側では一切設定していないものであり確実にバグであると言えるものだった。

 

 わんこーろは何度も犬守村全体のスキャンを実行したのだが、結果は異状なし。目の前にバグが存在していても、出る結果は異状なし。

 

 

「外部からの攻撃ってわけじゃないのね?」

 

 なこそがわんこーろに質問するが、わんこーろはただ首を横に振るだけ。

 

『それはない……とは思うのですが~……』

 

「? 何か気になることでも?」

 

『はい~元々犬守村のある空間はいくつもの破棄された仮想空間が寄り集まって出来た場所なのです~それは今も続いていて、犬守村の面積は日に日に拡大しているのです~』

 

「? ……ああ、なるほど。集まってくる空間の中に悪意あるものが含まれていてもわかんないってことかぁ~」

 

『害になりそうなものはヨイヤミさんが弾いてくださるのですが今回はヨイヤミさんが反応しなかったので外部からの影響ではなさそうなのです~』

 

「うーん。わんこーろさんが特定できないとなると、私達ではどうすることも……」

 

 わちるの携帯端末に映されたわんこーろの姿を見ながらFSのメンバーはどうしたものかと悩む。犬守村全体の様子を把握することができるわんこーろがバグの原因を特定するのが難しいなら、こちらが画期的な解決策を提案することなど出来ないのではないか。

 

 そう思っていたところに、お菓子を頬張り幸せそうにしているナートが冗談交じりであることを口にした。

 

「じゃあ視聴者に見つけてもらえばいーじゃん。わんころちゃん五十五万人も登録者が居るんだからさー配信とかでおかしなところを随時指定してもらうとかー……あ、あれ?」

 

 なんてね~と頭をかくナートだが、他のFSメンバーはナートを驚愕の顔で見つめ、その言葉に一瞬考え込む。そして顔を見合わせた後、わんこーろに向き直る。

 

「人海戦術ですね……確かに移住者がくまなく探せば……」

 

「今の若者にとって犬守村は物珍しい空間ですからね。それこそ道の端に落ちてる石にだって注目するくらいでしょうね」

 

「ねえわんころちゃん。例えばこんな感じのはどうかな? 犬守村を探索することができる携帯端末アプリを制作して移住者に配布するの」

 

「それで、異常のある場所を見つけた移住者はアプリからわんころちゃんにバグのある位置情報を通報できるようにする!」

 

「五十万人以上の移住者が総出でバグを探し出して、通報された情報を元にバグを直していく……!」

『なるほど~……! 移住者さんに犬守村に実装された環境を見てもらう、"テスター"のようなことをしてもらうという事ですね! ちょっと待ってくださいね~……はい、出来ました~こんな感じでしょうか~?』

 

「はやっ!? アプリ開発も数秒かよ」

 

「頭で考えた事を直接形にできる電子生命体ならではの技ですね……」

 

 わちるの端末に映し出されていたわんこーろの顔の横に、半透明のウィンドウが表示される。そこには犬守村のどこかを映した映像のようで、わんこーろがそのウィンドウに手を触れ、スワイプすると画面が横に動き、風景が変化する。同様にウィンドウを二度タップすると映像がズームされ、遠くの景色が映し出された。

 

「……ですが、アプリとして配布するならゲーム性も必要かもしれませんね。そのほうが移住者さん以外の方も利用してくださるかと」

 

『……では探索中に発見したものに点数を付けていきましょう~! 隠れた場所にある鳥居とか~道祖神とか~自然物なども~。最初は犬守山の周辺から始めて~発見したものの点数が一定に達すると次のエリアが開放されていくとか~』

 

「おおっ! いいなそれ! 犬守山でも滝とか川とか動物もいるし、それらを発見した時に点数を付けるわけだ!」

 

『はい~! その中でもバグを発見した時には高得点を得られるようにすれば移住者さんのモチベーションも上がるかと~』

 

 メンバーが思い思いにこんなシステムがあると良い、こんな仕様にしたら面白いんじゃないか、そんなことを楽しく話し合っていた。

 

「おいナートはなんかねーの? これがあると便利だ、とか楽しいとか」

 

「んぇ? ……そうだね~……じゃあガチャ! やっぱガチャがあると燃えるよね! 配信的にも美味しいし!」

 

『が、ガチャですか……? そうですね~……得た点数で引けるガチャとかでどうですか? さすがにこのアプリに課金を求めるのは……』

 

「ええー課金ある方が燃えるけどねぇ~」

 

『課金されても~という感じなんですよね~私電子生命体ですから~』

 

「わんこーろさん絵馬の投げ銭もどうしようかって私に相談してましたもんね」

 

 その後もどんどんアイデアが生まれ、それをわんこーろが即座に実装していく。そこはさながら小さなアプリ開発の場となっていた。

 若者らしい発想と、配信者としてのカルチャーに精通した言葉が、わんこーろの恐ろしいほどの技術力によって即座に形にされていく。

 

 わんこーろだけでは決してたどり着けなかった最適解は、FSの協力のもと、徐々に組み上がる。それはたとえわんこーろが電子生命体であったとしてもすぐさま対策できるような問題では無かった。それを他者とのつながりによって解決できる。

 

 それは確かにわんこーろの求めていた繋がりによるものだろう。

 

 

 

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