転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります 作:田舎犬派
フロント・サルベージが拠点としている家、その家にはFSメンバーの個室が設けられている。それぞれが自分好みの部屋に飾りつけしているが、その中でも最年長のナーナ・ナートの部屋はかなり独自色が強い部屋となっている。
部屋のあちこちにコラボ配信をした企業のマスコットキャラや試供品が置かれており、彼女が好みそうな音楽や珍しい雑誌の類が乱雑に置かれていた。
それらの珍しいもの目当てでナートの部屋はFSの集まりの場所としてよく利用されていた。本人もそれについては特に不満はないようで、部屋主特権でわちるや寝子にちょっかいをかけまくったりしていた。
そのかわり部屋主として○一やなこそからはお菓子の補充やらでこき使われてもいるが。
そんな部屋でナートは次回の配信に利用する動画の編集作業を行っていた。
椅子のひじ掛けに肘を乗せ、頬杖をつくナートの視線は珍しく真剣そのもの、時折小さく首を横に振りながら、編集作業を進めるナートだが、しばらくするとその手は完全に止まってしまう。
思ったよりも進捗が芳しくないと感じたナートは一度気持ちを切り替えるかと、この時代でもしぶとく生き残っているテレビの電源を入れた。
特に面白くもない番組が延々と続き、それを見たナートはFSの配信と比べ、二周分は周回遅れな"娯楽番組"を鼻で笑う。
一度娯楽文化がリセットされた現在では、テレビの芸能関係よりも自身を含めたネット関係、特に配信活動を行っている人間の方が人を楽しませる事に関しては一日の長がある。もちろん番組そのもののクオリティはかなりのものだが、娯楽とは? 楽しいとは? 一体なんなのか、という漠然とした疑問に関する答えをまだ探している最中で、対してこちらはトライ&エラーの繰り返しで蓄積したノウハウがある。ナートはそのことに少し誇らしげな気持ちを抱く。
<次のニュースです。世界でも有数のマイクロマシン開発企業である"粒子科学技研"は昨今、若者を中心に大きな話題を集めているヴァーチャル配信者の運営事業に参入することを発表しました>
「――!」
だがテレビより流れてきたそのニュースに、ナートは目を見開き勢いよく視線を向けた。
<粒子科学技研は塔の街で利用されているマイクロマシンの開発にも携わっており、街で行われるV/L=Fにも参加表明を行っているとのこと。塔の街との関係も深く、V/L=Fの参加は確実では、と言われております――>
「……ふざけんな……」
ナートはニュースの内容に、ただ憎々し気にそうつぶやいた。
フロント・サルベージのメンバーは灯が作ってくれた夕食を食べ終えた後、リビングで思い思いにくつろいでいた。ここ最近はいつもこんな感じで食後はゆったりとした時間を過ごしている。
今までは食事というものに関心のなかったメンバーも夏のコラボから料理というものに積極的に携わるようになり、その流れで食後のゆったりタイムも楽しむようになっていた。
そんなところへ室長が大きめのタブレットを手にしながらやってきた。適当にソファに座った室長の隣にちゃっかりわちるは座り直し、寝子もその反対側の隣へ腰を下ろした。
わちるは単純に室長の近くに居たいという思いから。寝子はどうも室長が持っているタブレットが気になるようだ。
「先方から返事が来た。前回のV/L=Fに参加していた個人勢からは全員良い返事がもらえたらしい」
そんな室長が口にしたのは近々行われる大規模イベント、V/L=Fについての話だった。復興推進室の所属配信者であるFSはイベントでは主に司会や進行役として参加予定だ。
さらには他の配信者と同様に催し物にも参加する予定で、つまりFSは一般参加の配信者よりも忙しく、全員が共有すべき情報の量もかなりのものだった。全員が集まっているこのタイミングで室長が話をし始めたのも、そのような理由がある。
「個人勢ってことは……"マヤ"お姉ちゃんもですか!」
「ああ、また寝子とオフで会えるのが楽しみだと言っていたぞ」
「"むなひ"ちゃんも参加するんだ~くくく、今度こそはボドゲ三番勝負で敗北した屈辱を返す時!!」
「まさかあいつがボドゲガチ勢だったとはな~アレ裏でかなりやり込んでたよな」
「私もその時の配信見てました! なこそさんも、むなひさんも凄かったですよっ!」
だが、そんな忙しさも仲の良い配信者と久しぶりに再会することができる喜びに比べれば、なんてことはない。そう言うかのように皆はフェスの準備を楽しそうにこなしている。
「……企業勢はどーなの」
「ナートちゃん?」
「ナートお姉ちゃん……?」
そんな中、室長の話を聞いていたナートはなぜか顔を俯かせ、感情の薄い声で室長に問うた。そのナートらしからぬ声音に、なこそと寝子は疑問の声を発する。
落ち込んでいる時のナートの声はよく聞いたことのある一同であるが、その時の雰囲気とも異なる、何かを恐れているような、そんな声音のナートに全員首を傾げる。
「……前回参加企業は勿論、今回は新たに新興の配信者グループにも参加してもらう予定だ」
若干眉を寄せながらナートの質問に答える室長だが、その言葉を聞いたナートは息をのみ、握りこぶしを作る。
「粒子科学技研」
「え?」
「そこはどーなの」
その言葉に何かを察した様子の室長は言葉を続ける。
「参加させる予定だ。グループ名は"イナクプロジェクト"、参加する所属配信者は五名」
「! 新参の配信者を参加させんの? おかしくない? まだ初配信もまだなのに!?」
思わず声を荒げたナートに、FSメンバー全員は目を丸くする。余裕のない苦し気な顔のナートに、驚き動揺してしまう。
「な、ナートお姉ちゃん……?」
「どうしたのナートちゃん、らしくないよ?」
「そーそーいつものお前ならかかってこい! つって煽るくらいするじゃん」
「……」
ナートは何もしゃべらない。ただ室長を睨み付ける勢いで見つめている。そんな様子のナートに対し、室長はなだめるように彼女の頭に手を置き、優しく語り掛ける。
「今回のV/L=Fは規模を拡大した事で新参の個人勢や企業勢も積極的に参加させる、と説明しただろう?」
「……そう、だったよね……ごめん、なさい……」
「ナートお姉ちゃん……」
「ふむ……ナート、後で私の部屋に来なさい」
「……」
その室長の言葉にも、ナートは何も言わなかった。
ある程度落ち着いたナートは通された室長の部屋で所在なさげに視線を彷徨わせていた。
「室長……あの、」
「ほら、イナクプロジェクトの配信者プロフィールだ。今後も交流が続くか分からんが、少なくともV/L=Fでは共に行動することもあるだろう。……お前には先に見せておいた方がいいかと思ってな」
ナートに手渡されたタブレットにはイナクプロジェクトの公式サイトと共に、復興省宛で送られてきたであろうV/L=F参加申請書と、添付されていた各配信者のプロフィールが表示されていた。
残念ながら配信者の簡単な自己紹介やビジュアルのみで、それ以上の事は分からない。
「! この……この子って……」
タップしてそのプロフィールを見ていたナートは、とある配信者のものを見て、手を止める。
「……イナクプロジェクト最年少の配信者、名前は"
風音布里ほうりのプロフィールは他の配信者のものと同じく自己紹介や、好きなもの、得意なことなどが簡単に書かれている。
だが、ナートの目を引いたのは、表示されているビジュアルの方だった。
最年少で、背も一番低いだろうほうりという少女はその外観イメージ通り、おとなしく物静かな性格のようで、FSで言えば寝子に近いだろうか。そして、その少女は腰まで伸ばした美しく長い"金髪"であった。
「この子って……えっと、"そう"なの……?」
「……そこまでは分からん……。近々初配信が行われるらしい。声や雰囲気、話す内容、この子が"そう"なのかはお前しか判断できんよ」
「そう、だよね……うん、そうだよ……」
ほうりという配信者が自身の想像している存在かと問うナートだが、まだ話すらしていない人物に関して、安易にそうであるとは室長も言えない。ナートもそれは分かっているのだろう、すぐに納得した。
だが、それでもナートは"そう"であると思わずにはいられない。なぜかは分からない、ヴァーチャル配信者のビジュアルなど、昨今どうとでもできる。
それでも、ナートの直感は確信めいたものを胸中に抱かせていた。
「ナート、あまり思い詰めるな。お前は何も悪くないし、私がそんなことは言わせない。お前が希望するならV/L=F中だって会わせないように配慮する」
いつもの明るくおどけた様子とは全く違う雰囲気のナートに、室長は優しく肩に触れる。少し驚いたように震えるナートだが、肩から伝わる暖かさは不思議と安心できるような気がした。
「思い詰めてなんて! そんなこと無いよぅ。……わたしだって、本当は会いたいって、思ってるよ? 会って、いろんな話をしたいと思ってるよぅ……でも……」
「……あちらがどう思っているかは分からない、か。お前が本当に会いたいと願っているのなら、出会った時の対応はお前の自由にすればいい。だが、本当に"そう"なら……」
その言葉を言うべきか逡巡する室長だが、意を決して口にする。
「本当にお前の、実の妹ならば、それなりに覚悟はしておいた方がいいかもしれない」
ナートを部屋に帰した後、室長は例の新興配信者グループであるイナクプロジェクトに関して情報を再度集め始めていた。
新興とあって発表されたヴァーチャル配信者はすべて聞いたことが無い名前の者たちばかり。声を聴けば、もしかしたら有名な個人勢だったものが紛れている可能性があるが、まだビジュアルの発表のみしかされていない現状ではそれを判断することは出来ない。
結局ナートに渡したプロフィール以上の事はまだ分からないという状態のようだ。
「! ……通話のコールか。……私だ」
室長の携帯端末が震える。手に取るとどうやら着信を知らせるものだったようだ。端末の画面を確認しタップする。
「……ああ私だ。ああ、大丈夫。一体どうした……ふむ、そうか、今回のV/L=Fは規模が大きいからな、確かに期間中はどこの宿も満室だろうな……なに? ここに? 確かに部屋は空いているが……分かった。少し灯に確認する。問題なければ迎え入れるさ。ああ、じゃあまたな」
通話を終えた室長は小さく息を吐くと暗くなり始めた塔の街を窓から見つめる。
ゆっくりと太陽が灰色の雲へと隠れる様子を眺めながら、僅かに淀んだオレンジ色となる空を見る。
「
夕焼けによって世界全体がオレンジ色に輝きながら、太陽が山々、あるいは水平線の彼方へと沈んでいく光景など室長でさえ見たことは無い。
しかし、見たことがなくとも、かの場所、犬守村の風景はいやに室長の心を揺さぶる。胸が苦しくなるような、あるいは泣きたくなってしまうような、儚く愛おしいという感情をもたらす、あそこはそんな場所なのだ。
犬守村はいわば現実が辿り着きたいと思っている目標だ。配信画面を通し映し出される光景は人々に強い関心を抱かせ、その想いは今後NDSの普及によってさらに加速するだろう。
復興省の人間はその予想以上のインパクトに、犬守村に異常に惹かれる人間が出てくるのでは、と危惧している。
犬守村に惹かれる、それはつまりネット内に作られた仮想の世界に依存するということ。
「私は、信じているさ」
だが室長は信じている。今の若者たちがネットの中に塞ぎ込み、現実を直視しないようなつまらない生き方を選択するはずがないと。
なぜなら娯楽のなくなったこの世界で若者はつまらない、という感情に嫌気がさしている。嫌気がさして、自ら娯楽の発信者たる配信者となるくらいだ。
その好奇心が、ネットの中だけにとどまるはずがない。