転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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#96 個人配信者 真夜

 ネットの海というものは、何とも穏やかでゆったりしています。情報という波に流されながら、どこまでもいけるような、自由で広々としたそんな不思議な感覚があるのです。

 

 例えるならば、浮遊感でしょうか?

 

 ですがネットダイブシステムを利用してネット内に入り込んでいるわちるさん達はその不思議な感覚はないと言います。

 

 その理由は分からず、むしろなぜ私がそのような浮遊感を覚えるのか、不思議に思われました。

 

 どうしてなのか、その明確な答えは分かりません。ネットの中には重力がありませんし、現実に存在している肉体が受ける重力を、わちるさん達は無意識に感じているのではないか? と考えた事もあります。

 どちらにしろ検証する方法など無く、問題という訳でもないので気にしていません。わちるさんはその浮遊感を体験できないことに大層不満そうではありましたが。

 

 とにかく、私や狐稲利さんにとってこのネット内というのはとても心地よい空間なのです。犬守村のような現実感を得られる空間も勿論大好きですが、このような非現実的な感覚を直接得ることができるというのも電子生命体としては魅力的に映るものです。

 

「狐稲利さん~どうですか~?」

 

 私と同じように何処とも知れぬネット内にたゆたい、眠るように目を閉じている狐稲利さんに声をかけます。浮遊感、というか実際に宇宙空間のようにふよふよと浮かんでいる狐稲利さんは眠たげに目を細めて、私に向って微笑みます。

 

「うんーーおかーさー。だいぶいいかんじー」

 

 眠そうな声でそう答える狐稲利さんの目の前には半透明のウィンドウが表示されています。

 ちらっとそちらを覗き、作業の進捗具合を確認します。

 

 ……ふむふむ、おねむでもしっかり作業はされていたようですね。いい子いい子。

 

 現在狐稲利さんにしてもらっている作業は先日実装した犬守写真機の稼働実績に関するデータの調査になります。

 バグの報告はもちろん頂いており、その情報はデータ修正において大いに役に立っていますが、撮影されたデータを全体的に観測することで映像データ同士の矛盾からバグの位置を特定することも可能かと考え、このように調査を行っているのです。

 私たちがバグの存在に手を焼いていたのは、それらの情報を集めるだけの手が足りなかったからです。移住者さんたちのおかげでその問題は解消され、想定以上の情報を集めることができました。ここからは私たちのお仕事です。

 

 

 

 犬守写真機で撮影されたものは基本的に私達が閲覧出来るようになっています。とはいえ私達が好き勝手にその映像データを利用することはありません。たとえ私が開発したアプリで、撮影物も犬守村のものであったとしても、撮影物の権利は撮影者であるアプリ使用者にあるわけですので。

 

 とにかく、そんな感じにすべてのプレイヤーが撮影したすべてのデータは私が閲覧できるようになっていますが、それは撮影者の許可なく私が私的利用できない、という利用規約となっています。それはメイクでのつぶやきや、配信などで散々説明してあるので、恐らく周知されてはいるはずです。

 

 ……ええ、周知されているはずです。ですから、狐稲利さんをローアングルで狙う不届き者が現れるはずがないのです。

 

 ……不届き者のブラックリストでも作っておきますか。狐稲利さんに知られないように。

 

「……おかーさーまたなにか考えてるー?」

 

「え、え~と~分かりますか~?」

 

「んふーおかーさ分かりやすいー」

 

「む、狐稲利さんにそう言われるとは~」

 

 こちらに近づく狐稲利さんの頭を撫で、そのまま頬へと手を滑らせると、おもしろおかしく笑う狐稲利さんはいまだネットの海に浮きながら、その頬に添えた私の手に顔をゆだねるように、首を傾けます。

 

 むう、相変わらず可愛い仕草を無意識にやりますね狐稲利さん。

 

「うんんーーおかーさの手きもちいいーー」

 

「猫か何かですか、も~う。とにかく、データありがとうございました」

 

「うんー」

 

 狐稲利さんの調査していた映像データ群、その数は数百万にものぼります。アプリのダウンロード数や、一人のプレイヤーの平均撮影枚数から考えて、この程度の数は想定通りなので特に驚きはありません。とはいえダウンロード数に関しては予想以上のものでした。総ダウンロード数は数百万以上となり、販売ストア史上最速の百万ダウンロードを突破したと、かなり話題になっていたようです。

 

 それと同時にアプリから私のことを知った方々がチャンネル登録をして下さり、またもや登録者数が怖い勢いで増えていっていますよ……。うっ……久々に緊張でおなかのあたりが……。

 

 と、とにかくアプリを配信した直後はどうなるかと不安ではありましたが、移住者さんはしっかりとバグを探してくださり、場合によっては私に直接メッセージを送って報告してくださったりもして、本当にありがたいです。

 

「狐稲利さん、ここと、ここ、あと、ここも修正が必要そうですね~」

 

「おかーさこれはー?」

 

「ん? 季節外れに青々と茂った楓の木ですか~紅葉が遅れているだけの可能性もありますが~一応診ておきましょうか~」

 

 珍しいもの、不思議なものは積極的に撮影してくださいと言っていたおかげか、思ったよりもバグを撮影したデータが集まりました。後はこの映像データ内に含まれている撮影時の位置情報を元にバグのある場所を特定し、修正していくことになりそうです。

 

「ん~~! これは移住者さんに感謝ですね~」

 

「うん! いじゅうしゃおてがらー! ごほーびあげたいっ!」

 

「ほうほう~ご褒美ですか~」

 

 なるほど、考えていませんでしたが、確かにここまで積極的に行動して下さっているのに何もなしではいたたまれないですね……。何か撮影者の方々の為の催し物のようなものを実施してもいいかも。

 

 どうせならバグ撮影者だけでなく、美しい写真を選んで、優秀作品に特典を差し上げるという一大イベントを開催してもいいかも。

 

「とはいえ~特典……うむ~」

 

 特典……特典……撮影者の方が喜びそうな事……。

 

 あれ? つい最近同じようなことを悩んでいたような……。そうそう、確か投げ銭についてです。

 あの時は絵馬を札置神社に奉納して頂いたという事で投げ銭を頂くことにしたわけですが……。

 

「今回もそのようにしましょうか……? う~ん、もうちょっとひねった感じで~~」

 

 

 …………写真を飾る? とすると絵馬と同じように札置神社や迷い路の壁に飾る? それを配信で写真展のように紹介するのはどうでしょう? ……うーん、配信で紹介しても結局その場で見ているのは私と狐稲利さんだけなんですよね。配信を終えたら皆さん見えなくなっちゃいますし……犬守写真機じゃあ画質の問題とかもありますよね、写真展で画質の問題は致命的ですよね……。

 

 NDSを使えばわちるさん達ならいつでも綺麗な写真を見に来てくれますけど……。

 

 私が頭を悩ませている横で狐稲利さんは皆さんの撮影した写真の中でもお気に入りのものを並べて嬉しそうな顔で魅入っています。

 

「んふ~みんな綺麗な写真いっぱい撮ってるーこれって"芸術の秋"だねーおかーさー!」

 

「芸術の秋……NDS……あっ、V/L=F……」

 

 確かV/L=Fでは他の配信者さんや一般参加者の方もNDSを利用できるんでしたね。となると、札置神社での写真展の開催時期は……。

 

 ……なるほど、思いつきました! 札置神社で写真展を開催し、それをV/L=Fに訪れた方に札置神社を散策しながら観てもらう、"犬守村、秋の写真展"……これはいけるんじゃないでしょうか。

 

「そうと決まれば早速室長さんにご連絡を~! NDSもかなりの数必要になりそうですし~ご相談しないと~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、塔の街では珍しく雨が降っていた。少し濁った雨は道路を激しく打ち、大きな音を立てていく。既に日付が変わった時間、塔の街の街灯には明かりがともされていた。

 

「……ちょっと遅くなっちゃったわね……」

 

 そんな中、一人どこかを目指している女性が居た。

 美しい黒髪は雨によってより一層艶やかに見え、一般的な成人女性より高い背。もし雨で人通りが少ない状態でなければ、人の目を集めるだけの魅力的な雰囲気を纏っていた。

 細められた両目で濁った雨に霞む街の向こうへ視線を落とす女性は、少し小さめの傘に身を縮こまらせながら目的地へと急いでいた。

 

 この街へは何度も訪れているが、今回のように雨に降られる経験は無く、街への唯一の出入り口である駅の改札で渡された傘という、あまり馴染みのない道具を手に持ち、ようやく雨が降っていることに気が付いたほどだ。

 

 女性は若干鉄臭い雨に顔を顰めながら、歩みを早める。

 

「嫌な天気ね……まるであの時みたい……」

 

 雨が傘に当たるぽつぽつという音を聞きながら、女性は塔の街の外周部に存在するとある家の前にやってきた。

 塔の街では一般的であるが、地下住みである女性からすれば大豪邸にも見えるその家に設置されているインターホンを静かに押す。

 

「はーい! ちょっと待って下さーい!」

 

 家の中から聞こえた声に女性は、相変わらずだなと可笑しそうに微笑む。声の通りちょっと待っていると扉が開かれ、中から声の主が姿を見せる。

 

「こんばんは、灯ちゃん。ちょっと遅くなっちゃった」

 

「真夜さん! お久しぶりです! お話は聞いてます、ささ、どうぞお入り下さい」

 

 真夜と呼ばれた女性は灯が差し出したタオルを受け取ると、促されるまま家の中へと入っていった。

 

 真夜は現在活動しているヴァーチャル配信者の中でもなかなかの年長者だ。本人は"まだ"二十代だと強調しているが、社会人として働きながら個人で配信者を行っている為、その豊富な経験や知識、土壇場で冷静に状況を判断し、リーダーシップを発揮するその姿は一般的な二十代とは一線を画しているのは明らかだった。

 他のヴァーチャル配信者の憧れであり、その安定性から多くのコラボに呼ばれそのたびに名を上げる彼女に憧れ、配信者になる者は少なくない。その上面倒見も良く、彼女に懐いている同業者は両手では数えられないほどだ。

 

「もうあの子たちは寝てるのね」

 

「そうなんですよ、……でも真夜さんが来ることは知らせてません!」

 

「あら、そうなの?」

 

「サプライズってやつですよ!」

 

「ふふ、相変わらずね灯ちゃんは。そんなところも可愛いわ」

 

「へ? ちょ、ちょっと真夜さん!?」

 

 真夜は自然な流れでその手を灯の腰に回す。身長の高い真夜は灯を上から覗き込むように見つめるとその体を引き寄せ、密着させる。

 

「ごめんなさいね、雨で体が冷えちゃって」

 

「か、傘は……」

 

「さすがに背が高いとこういう時不便よね、どうしても濡れちゃって」

 

「お渡ししたタオルで……」

 

「体の芯から冷えてるみたいなの……触って、確かめてみる?」

 

「そ、それならお風呂とかどうですか! 先日室長に頼んで浴槽を作ってもらったんですよ!」

 

「あらお風呂! いいわね。みんなの夏のコラボ配信を見てからずっとお風呂に入ってみたいと思ってたのよね」

 

 先ほどまでの妖しい雰囲気を霧散させ、お風呂に興味を移した真夜の様子に灯は助かった、と息を吐く。

 

 多くの配信者の憧れであり、目標とされている真夜だが、しっかり者というだけならば、それほど話題にもならないだろう。人の目を惹きつける意外性が無ければそれなりで終わってしまう、配信者とはそういうものだ。

 

 真夜が多くの視聴者に支持されているもう一つの理由。それは彼女の性癖にある。

 

「ねえ灯ちゃん、一緒にお風呂入っちゃう?」

 

「え、遠慮しておきますー!」

 

 それは可愛い女の子が超が付くほど大好きだという点だ。特に肌に触れただけで良い反応をしてくれるような女の子が好物である。

 

 これまで彼女の毒牙……もといコラボに招待された女性配信者はことごとくセクハラまがいの濃厚なスキンシップの餌食となっている。もちろんオフコラボ時の出来事なので視聴者はその様子を確認することは出来ない。

 出来ないまでも、その艶めかしいBAN一歩手前なヤバい音声が配信画面から流れてくる様子はシュールの一言では片づけられるはずもない。

 

「ふふふふ、お風呂を頂いた後は灯ちゃんを頂こうかしら~~朝一番に起きてきた子を頂くのも乙かしらね~……でも、やっぱりメインはあの可愛らしい犬耳の女の子よね~~~!」

 

 ある意味、FSとわんこーろの平穏は彼女の登場によって崩壊しようとしていた……?

 




少し遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
今年も更新していきますのでよろしくお願いいたします。

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