転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります   作:田舎犬派

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二話投稿します(一話目)


#97 使者

 

 電子生命体でも疲れるものは疲れる。それをここ数日の忙しさによって私は痛いほど実感しております~へとへとわんこーろです~。

 

 犬守村でのV/L=Fの催し物が決定してからは何とも忙しいものでした。V/L=Fのイベント関係の打ち合わせの為にFSのみなさんや推進室の灯さん、室長さんと夜遅くまで話し合いをすることも多くなっています。

 

 今日もそんな忙しくも楽しい一日がやってくるのかと思ったのですが……。

 

「おかーさーなんだかうす暗いー?」

 

 暗い暗い空より、灰色の雨が降っています。その勢いは衰えることを知らず、時間が経つごとに酷くなっていく様子に、空の様子を眺める狐稲利さんも少し不安そうにしています。

 

「雨戸を閉めた方が良いかもしれませんね~……」

 

「うんー……」

 

 犬守神社の中で外の荒れ具合を見ていた私と狐稲利さんですが、このままではいけないと雨戸を閉め、嵐をやり過ごそうとします。

 

 ですが、犬守村を襲った大雨は予想以上のものでした。

 

「! ひうっ!?」

 

「おっと~大丈夫ですよ狐稲利さん~雷が落ちただけです~」

 

 一瞬空が真っ白になったかと思うと、次の瞬間とてつもない轟音があたりに響きました。予想していなかった凄まじい音圧に狐稲利さんは小さく悲鳴を上げて私にくっ付いてしまいました。

 

「しかし~こんなに荒れるなんて~……」

 

 台風、でしょうか? 確かに台風は夏から秋のあいだにやってくるので、決して季節外れという訳ではありませんし、おかしいというほどではありませんが……。

 

「ひやあっ!!」

 

「また雷が……!」

 

 再びの雷に狐稲利さんが跳び上がり、こちらにしがみついてきます。少し苦しいですが、今の狐稲利さんを無理やり引きはがすのは少し躊躇われますね……。

 

 それよりも、先ほどの稲光が落ちた方角は……。

 

「あっちは岩戸のある場所……」

 

「おかーさ! わたし見てくるっ!」

 

 私が何か言う前に狐稲利さんは激しい雨が降り続いているにも関わらず、外に飛び出していきました!

「狐稲利さん!? ちょっと、待って下さい!! 危ないですよ!」

 

 時忘れの岩戸はやたの滝の裏に造った洞窟の奥にある保管庫で、犬守村で造った様々な作物が保存されています。

 そのどれもが、私と狐稲利さんが一日中働いて収穫した作物たちで、狐稲利さんが飛び出していってしまう気持ちも分かるのですが、それでもさすがにこの荒れた天気の中を往くのは危険すぎます!

 

「もうっ! 私も行きますっ!」

 

 玄関に置かれていた和傘が見当たらないので狐稲利さんが持って行ったのでしょう。そういうところはちゃんと考えているなら、嵐の中を進む危険性も少し考えて置いてほしかったですね。

 

 とにかく今は狐稲利さんを追いかけるのが先です。行先は岩戸だと分かっていますが、途中の川が増水していると危ないですし、狐稲利さんが到着する前に追いつかないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴風は犬守山に暴力的に吹き降ろし、森の木々は風によって体を引き裂かれんばかりにしならせています。ですが嫌な音を立てながらもしっかりと地面にしがみついています。雨風に負けない植物たちによって、私に直撃するはずだった嵐の勢いはことごとく減衰され、まるで私を守ってくれているかのようです。

 

「狐稲利さんっ!」

 

「おかーさ!?」

 

 何とか風と木々の合間を縫ってたどり着いたやたの滝、狐稲利さんはその近くに傘を持ったまま立ち尽くしていました。

 とにかく水辺から引き離すために狐稲利さんの手を引っ張り、滝から距離を取ります。

 

 狐稲利さんは突然のことに驚愕の声を上げますが、それに構っている場合ではありません。

 というのも、やたの滝は既にかつての滝の姿では無くなっていたからです。

 

「おかーさ! やたの滝が! 岩戸が!」

 

「落ち着いてください狐稲利さん。大丈夫、なんてことありません。また作り直せばいいんですよ~」

 

 やたの滝周辺は雷が落ちたのか、木々が焼け焦げ、今なお煙を上げています。雨が降っているのが幸いして山火事にはならないでしょう。ですが、その雨によって増水した川が土砂を伴う激しい流れとなり、それがやたの滝の姿を変えてしまいました。

 

 美しかった滝の様相は土砂の流入によっていびつな姿となり、ゆるくなった地面が滝の断崖もろとも流れ出た事で、かつて滝であった場所は土砂の山と成り果てていました。その下にあったであろう岩戸へつながる洞窟も落盤し完全に埋まっています。

 

「おかーさ、おかーさー!」

 

「大丈夫~大丈夫なんですよ狐稲利さん~。何度だってやり直せるんですから~」

 

 狐稲利さんはしきりにやたの滝のあった場所を指さしながら、涙ながらに私を呼びます。悲惨な状態となったやたの滝に、私が気づいていないんじゃないのかと、必死に呼びかけているようです。

 

 大丈夫、大丈夫です狐稲利さん。分かっています。私と狐稲利さんが移住者さんと一緒に作ったものが、こんな形で無くなってしまうことに、とてつもない消失感や絶望を感じてしまう事でしょう。それは私だって同じです。

 

 けれど、壊れたとて、何度でもやり直して、作り直して、元に戻せるんです。それが出来るのが、人ってものなんですよ。

 

 だから、そんな悲しい顔をしないで下さい。狐稲利さん……。

 

 

 

 

 

 

「っ!? これは……!?」

 

 狐稲利さんを抱きしめ、落ち着かせようとしている時、やたの滝のあった土砂の塊が突然轟音と共に空へと吹き飛びました。

 灰色の空に舞う岩石の塊はしばらくしてあたりに散り土煙を上げます。そして、その塊の中より何かがうごめいているのが確認できました。

 

 

 

「おかーさ……あれ、なに…?」

 

「何でしょうね……少なくとも、私達が生み出した子ではなさそうです」

 

 土煙は雨によって洗い流され、うごめく何かの姿を鮮明にさせていきます。

 それは長く太い胴体をうねらせ、体表を鎧のような鱗で覆っている蛇、のようななにかでした。

 というのも、蛇にしてはあり得ないほど巨大なのです。

 

 けものの山の頂上にある巨大な桃の木は視界に収まらないほどの太い幹を持っていますが、まるでその幹を横倒しにしてみたほどの大きさです。

 

「! うひゃ!?」

 

「狐稲利さんは家に戻ってください!」

 

 ですが、そんな巨大な躰でありながら動きはかなり機敏なもので、私達がその姿をようやく確認できた時には、こちらとの距離を取り、そのまま氾濫する川を下って逃げようとしていました。

 

 川幅と同等の胴回りの蛇は川を破壊しながら山を下りていきます。川底をえぐる破壊音と水流を無視して突き進むことで巻き上げられた泥水が雨に混じって降り注いでいます。

 

 駄目です! このままでは川に沿ってわたつみ平原まで行ってしまいます!

 

「おかーさ! わたしもいく!」

 

「狐稲利さんっ!? ああもう! 離れちゃダメですよ!」

 

 うねりながら川を下っていく蛇の後を追いかける私と狐稲利さん。障害物の岩や木々を粉砕し、なぎ倒す姿は通常の生物とは到底思えないほどの暴力的で、圧倒的な力強さを見せつけ、その姿は生き物というよりは、天災そのものと思えるほどでした。

 

「止まって! 止まりなさい!」

 

 どれほど声をかけてもその巨大な蛇が動きを止める様子はありません。よーりさんやナナさんのように、たとえ通常と異なる個体でも私の声は聞こえているはずなのに、決して耳を傾けようとしません。

 

「おかーさ! もうすぐわたつみだよー!」

 

「仕方ありません……そこで何とかしますよっ!」

 

「うんっ!」


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