ビタミン怪異譚   作:外道男

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幼き日の思い出

かつて遊んだあの情景

あそこで泣いているのは、誰?

そこに居るのは、誰?


kick rock baby 3

センジュの思い付きから始まった「怪談ウォッチング」は開始早々に難航する運びとなった。

 

タマオからして見れば、そうなる気がしていた。

 

センジュが真贋問わず手当たり次第にかき集めた噂話の殆どは、全くの出鱈目であったのだ。霊感の強い人間が見れば一発で判明する事である。現地に着くたびにブドウとゴーヤが首を横に振り、センジュが地団駄を踏む光景が何度も見られた。

 

現在は小休止。

2時間ほど市中をうろついていたが、日も高くなってきたので一旦コンビニに立ち寄って涼んでいる。

タマオは、この心臓に悪い突撃レポートがただの散歩で終わりそうな事に安堵して、購入したオレンジジュースをちびちびと口に運んだ。

 

皆の様子を一瞥すると、反応は様々だ。

ゴーヤは相変わらずの仏頂面だ。その顔から考えは読み取れないが、マイペースなゴーヤの事なので昼食は何にするかとか考えているのでは無いだろうか。

幽霊を見つけると意気込んでいたセンジュは、盛大に肩透かしを食らった事で口を尖らせておにぎりを頬張っている。

 

ブドウはオカルト帳(・・・・・)と呼ばれている自身の経験談を綴った皮装丁のメモ帳に目を通していた。この状態のブドウは穏やかな笑みを浮かべているので女子の間では密かなファンもいるくらいだ。(実態を知ればドン引きされる事間違いなしだが)

そんなブドウに向かってセンジュが少し身を乗り出す。

 

「見つかりませんねえ、先生」センジュはミステリー小説の助手みたく畏った。

「見つからないねえ、センジュくん」雰囲気を合わせてブドウが返事すると、どちらともなく笑った。

仲良いなコイツら。

 

「もう、止めにしようよ」

飲み切ったジュースのボトルを捨ててきたタマオは日焼け止めクリームをポーチから取り出しながら言った。

「どうせ見つからないって」

「何を言うかタマ隊員、怪談ウォッチングはこれからだぞ」

「そうは言うけどさ。そもそも、あたし達幽霊見えないんだよ?見えないもの見ようとしてどうすんのさ」

 

そもそも霊感もない人間が、真っ昼間から幽霊を探そうと言うその試みが矛盾しまくっているだろう。やるならせめて夜にすべきだ。(その場合、絶対に参加しなかった)

 

二個目のおにぎりを開封しながらセンジュは笑った。

「そこは、ほら。もし幽霊見つけたら我らが幽霊探知機のお2人に逐一実況してもらってだな」

「「絶対に断る」」

「わあ息ピッタリ」

 

幽霊探知機(ブドウとゴーヤ)にすげなく提案を却下されセンジュは肩を落とす。

しかし、残ったおにぎりを掻き込むともう笑顔になっていた。

 

「俺は諦めてねーぞ。後半戦だ!」

 

逃がさないと言う風に双子の兄に肩を抱き込まれて、思わず溜息が溢れた。

 

 

 

 

 

〇〇町の坂の上のマンションを知ってる?

 

寂れたマンションで昼間は人の気配がしないんだけど

 

人が居ない本当の理由は、幽霊が出るからなんだって

 

数年前に話題になった事件らしいよ、屋上から男の人が…

 

それから昼の間はずっと男の人が現場に落ちてくるんだって

 

 

 

 

「その噂のマンションがあちら!」

 

そう言ってセンジュは通販番組の司会(よろ)しく少し離れた建物を手で示した。

 

「話聞くだけでもうイヤなんだけどー!」

「安心しろタマ隊員!襲っては来ないそうだ」

「そう言う問題か?」

「んふふ」

 

センジュの口から安心と言う単語が出た時は要注意だ。言った本人に悪気が無くても高確率でトラブルを呼び込む禁句だからだ。「安心」「大丈夫」「俺を信じろ」この3つはセンジュに言わせてはならない言葉トップスリーだ。

 

それに、ここに来てからと言うもの、ブドウがニコニコと笑っている。オカルト蒐集家の機嫌が良いとあっては警戒するのも当然である。

 

「…ねえブドウさん、何で笑ってるのかな?」

「ふふ…、いや、何でもないよ。うん、気にしないでくれ」

 

……絶対何かあるヤツ!

 

そう思っても突っ込んで藪蛇だったら怖いので聞けない。

段々と不安になって来たタマオは近くでボーっとしていたゴーヤの手を握った。

ゴツゴツとした掌の幼馴染は、何も言わずにタマオの手を握り返してくれた。

…不安な気持ちが少し和らいだ気がする。

 

そうしている間にぐんぐんとセンジュが先を歩き始めたので一度待ったを掛けた。

 

「何だよー」

「歩くの早いってば。結構この坂キツいんだから」

 

一気に駆け上がるには急勾配の坂道は少し長いように感じた。ヘトヘトに疲れて幽霊探しが疎かになっても良いのか、とかそれっぽくセンジュを言いくるめて何とか足並みを揃えさせた。

 

「じゃあ、歩いてる間に怖い話しようぜ」

「そんなに怖い話に飢えてんのかあんたは」

「別に良いだろー。先生、何か有りませんか」

「怖い話、か」

 

センジュが話を振ると、ブドウは麦藁帽子を被り直しながら少し考え込んで、それから滔々と話し始めた。

 

 

怖い話、怪談か

怪談の(さか)りといえば夏だ

今回は、夏にまつわる話をしよう

 

怪談と言えば幽霊を思い浮かべるだろう

しかし、幽霊が人とは限らない(・・・・・・・・・・)

今からする噺は、()き蝉

世にも珍しい、蝉の幽霊の話だ

 

 

 

その少年はごく普通の、遊び好きな少年だった

特に外で遊ぶのが大好きで、毎年夏休みを心待ちにしていた

ある年の夏、少年は虫取りに夢中になった

 

虫も勿論好きだった

どんな虫でも、見かければ捕まえて虫カゴに入れた

セミが大好きだった

啼いているセミを見つけては虫網を被せて捕まえた

セミが好きな少年は1日に何度も何度もセミを捕まえて

そして、歯止めが利かなくなった

 

気付いた時には、虫カゴは弱ったセミで一杯になっていた

少年はそれを見て、恐ろしいことをしたのではという気持ちが唐突に溢れて来た

 

さっきまであんなに虫取りに上げていた熱も一瞬で冷めてしまった

虫カゴですし詰め(・・・・)になり、小さく啼くセミを見るのが怖くなった少年は、家に帰るまでの間にその虫カゴを捨てた

 

その夜から変化は起きた

 

ジー…ジー…ジー

 

蝉が啼いている

真っ暗闇の中、少年は蝉の声に飛び起きた

その啼き声が、昼間の虫カゴのセミと重なったから

聞こえないフリをして布団を頭まで被っても、啼き声が小さくなる事は無かった

 

ジー…ジー…ジー

 

小さくなる(はず)が無い

蝉の声はずっと、少年の目の前に居るのだから

 

それからというもの蝉の啼き声は、日増しに強くなり夜毎少年を責め立てた。

少年に対する恨みを吐くように、何度も、何度も

 

 

 

 

「おぉこわ!」

「そ、それで、その子はどうなったの?」

「遂には、耳に入る音全てが蝉の声に聴こえるようになり、誰かが話し掛けると金切り声を上げて逃げるんだ」

 

 

叫び続けて(しゃが)れた声は、まるで蝉のようだったそうだよ。

 

 

話のオチにゾッとしてタマオは身を震わせた。

ブドウ(オカルトマニア)に怪談噺なんてさせるんじゃなかったと後悔した。

ブドウの噺は時間配分も完璧で、話し終わるとほぼ同時に一行はマンションの目前に辿り着いた。この薄寒い心地のままでこの場所を調査するのかとタマオはブドウを少し睨んだ。

 

こうなったら、さっさと調査を終わらせて皆で昼食を取ろう。それが良い。

 

 

 

「ま、まあね、どうせあたしに幽霊見えないし、て言うか幽霊も居ないだろうし?チャチャっと現場だけ見てお昼食べに行こうよ」

「おっ、やる気だなタマ!」

「セン兄うるさい。行こっゴーヤ」

 

ずっと握りしめていたゴーヤの手を引いてマンションの裏側へ早歩きで進む。

近付くにつれ心臓の鼓動が強くなる。

大丈夫、大丈夫。どうせ何もない。怖いことなんて何も。

噂なんて当てにならないものだ。ゴーヤに見てもらって、それですぐ帰ろう。

 

「…ん?待てタマオ。誰か来るぞ」

「え、何?」

 

ゴーヤの呼び掛けに振り返った瞬間だった。

建物の角から飛び出して来た何かと早歩きの勢いそのままにぶつかり。タマオは尻餅を付いた。

 

「痛ぁっ、何が…」

 

見上げるとそこには、獣のような鋭い眼光がじろりとタマオを睨んでいた。

 

「ぎゃぁっ!出たぁ!」

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