仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第11話「燃えろドラゴン」

 見知らぬ冬木の街を走り回る万丈に、明確な宛ては存在しなかった。ただ、凛が連れさらわれたと思しき方角へ向かって走るだけだ。

 万丈の目に映る街の景色に、あの異形の群れは存在せず、凛を連れ去った大男は影すら見せはしない。体力には自信のある万丈だったが、知らぬ道をがむしゃらに走り続けるにも限界がある。凛の姿を見つけること叶わぬまま、何度目かの交差点に差し掛かった時、万丈は足を止めた。

 両膝を手で支えながら、荒くなった息を落ち着ける。このまま真っ直ぐ進み続けるか、それとも右か、左か。どちらに進めば凛がいるのか、土地勘のない万丈にはまるで予想がつかない。それでも諦めて立ち止まることはできなかった。もう一度顔を上げ、宛所なく走り始めようとしたその時、男の声が万丈を呼び止めた。

 

「ちょっと待てよ、万丈」

 

 聞き覚えのある声だ。振り返った万丈が見たのは、かつて万丈が居候していたカフェのマスター――石動惣一だった。万丈は瞠目し、ふらつく足取りで数歩、歩み寄った。

 

「マ、マスター……なんでこんなとこに」

「おいおい、寝ぼけてんのか万丈。俺だよ、俺」

 

 嘲笑混じりの石動の声に、万丈は歩みを止めた。途端に、双眸をきっと尖らせて、石動惣一の姿を借りて現れた宿()()へと構えを取る。

 

「……テメェ、エボルトか」

「御名答。なんで生きてんだとか、なにが目的だとか、そういうくだらない質問は後にしろ。あのガキを救いたければ、今は俺の話を聞け」

「ッ、凛を連れ去ったあの野郎のこと、なんか知ってんのか!」

 

 気色ばんで石動へと掴みかかった万丈の手を、石動はさも煩わしそうに振り払う。

 

「ちょっ、おい、掴むなって……シワになったらどうすんだよ」

 

 格闘家として鍛え上げられた万丈の腕力を容易く振り払い、しかし石動はなんでもないように掴まれた襟をはたいて伸ばしている。とぼけた表情をしてはいるが、この男が諸悪の根源、エボルトであることに間違いはない。

 万丈は深く息を吸い、努めて冷静さを装った。

 

「で、結局テメェは凛の居場所を知ってんのか」

「ああ、知ってるとも。俺の仲間がとっくに見つけてる。あとはシャドウキャスターを倒して、あのガキどもを解放すりゃあ万事解決ってシナリオだ」

「あ、あン? シャドウ……なんだって?」

「ほら、お前が仲良く遊んでた女の子を誘拐した男のことだよ。ちなみにそいつの真名は――……ああ、いや。お前に話しても分かんねェか。やっぱ今のナシ」

「なんだテメェ、馬鹿にしてンのか!?」

 

 石動がなにを言っているのかはよくわからなかったが、自分が馬鹿にされていることをなんとなく察した万丈は、とりあえず怒声を張り上げておいた。

 

「まあまあ落ち着けよ、そうカッカすんなって。今重要なのはそこじゃねぇだろ」

 

 万丈の周囲で弧を描くように数歩歩いた石動は、軽く万丈の肩を叩きながら言葉を続けた。

 

「お前はあのガキを救いたい。だが、シャドウキャスターの居場所がわからないからデタラメに走り回るしかなくて困ってる……、そうだな?」

「……お、おう」

「オーケイ。一方、俺はシャドウキャスターを始末したい。だが、難儀なことに俺にはヤツと戦えないワケがある。居場所を突き止めるまではよかったんだが、やむにやまれぬ事情があってねえ?」

 

 ふだん散々馬鹿だ馬鹿だと罵られている万丈だが、ここまでヒントを散りばめられて、その意図を読み取れぬほど愚かではない。一拍遅れて、石動がなにを言いたいのかを察した万丈は、警戒心も露わに石動をきっと睨めつけた。

 

「まさか、テメェ……俺にそのシャドウなんとかを倒せって、そう言いてえのか!」

「大正解ーッ!」

 

 声を張り上げた石動は、勢いよく両手の人差し指で万丈を指した。

 

「今回に限って、俺とお前の利害は一致してる。だったら、そう悪い話でもないだろう?」

「それは……」

 

 万丈は逡巡した。石動惣一(エボルト)の口車に乗ってよかったことなど過去に一度もない。この男は、いつだって自分の利益のために他者を利用し、骨の髄までしゃぶり尽くしてきた。己の人生そのものをエボルトに利用されてきた万丈だからこそ、誰よりもこの男の悪辣さを理解している。だが、かといっていつまでもここで手をこまねいている訳にもいかない。こうしている間にも、凛の命は危険に晒されているのだ。

 

「凛……」

 

 今も万丈の頭を埋め尽くす少女の名を呼び、懊悩を振り払うように、万丈はかぶりを振った。

 まだ幼い少女が、恐怖を噛み殺して、万丈を気遣って、涙を流していた。それを思い出した時、万丈の中からあらゆる懊悩は消え去った。

 

「わかった。俺が野郎をブッ倒して、凛を救い出す。とっとと居場所を教えろ」

「流石は万丈だ、そうこなくっちゃな」

 

 石動は満足げに笑みを深めると、交差点から続く道の先を指で指し示した。

 

「このまま道なりに進めば川に行き当たる。川を見つけたなら、今度はデカい排水溝を探せ。中へ入り、奥へ奥へと遡って進めば、そこにシャドウキャスターの工房があるはずだ」

「川沿いの、排水溝か……おいエボルト、今度は罠じゃねえんだろうな」

 

 当然のように疑うが、石動はさしたる深刻さもなく肩を竦めて笑うだけだった。

 

「信用ないねェ……罠じゃねえよ。だが、危険であることに間違いはない。ま、俺の仲間も一応助けには入るだろうから、精々死なねェように上手く立ち回ることだな」

 

 馴れ馴れしく肩を叩いてくる石動の手を振り払って、その目をじっと睨み付ける。石動はただ薄ら笑みを浮かべるだけで、その表情に変化はなかった。今は時間が惜しい。

 踵を返して駆け出した万丈は、二度と石動へと振り返ることはなかった。

 

「そうだ、お前はそうするしかない。正義のヒーローが子供を見捨てるわけにはいかねェもんな?」

 

 どんどんと小さくなってゆく万丈の背を見送りながら、石動は独りごちる。

 万丈の手に令呪の赤いアザは存在していなかった。桐生戦兎は己のサーヴァントたるキャスターのスキルによる助力を得て神秘纏う英霊とも互角に渡り合っているものの、そういった加護のない万丈など、所詮は神秘の加護を持たない現代兵器の使い手でしかない。

 果たして、万丈がシャドウキャスターとどこまで戦えるのかは、石動の興味の対象でもあった。シャドウキャスターを無事倒せるならそれで構わないし、ここで負けて命を失うなら、それはそれで石動にとってデメリットはない。

 

「ま、なんにせよ感謝するぜ、万丈。お前は本当に、俺のためによく働いてくれる」

 

 さして熱心さもなく、石動は万丈が走り去っていった方向へ向けて謝辞を述べる。

 神出鬼没のシャドウキャスターの出どころは、街中に散会させた綺礼のアサシンを動員したところで掴みきれるものではなかった。けれども、偶然というものは起こるものだ。

 まず第一の偶然は、体内に上質な魔力を蓄えた遠坂の娘が冬木に来てくれたこと。魔力を求めて徘徊するシャドウキャスターは、遠坂の娘に釣られて姿を表してくれた。

 第二に、戦兎の巻き添えを食らってこの世界に取り込まれてしまった万丈が遠坂の娘を保護したこと。その上、神秘の秘匿もなにも知らない万丈は、後先考えずにクローズに変身し、公園で大暴れしてくれた。あれだけ派手に暴れれば、アサシンに気付かれない道理はない。

 あとは、遠坂の娘という荷物を抱えたことで霊体化することもできなくなったシャドウキャスターをアサシンに追跡させるだけで済んだのだから、当初思っていた以上に楽に事は進んでくれた。檀黎斗に一応万丈のことを報告して、あの二人が上手くシャドウキャスターを仕留めてくれたなら、金輪際石動はあの気色の悪い化け物と対峙する必要はなくなる。それを思えば、気分も前向きになるというものだった。

 

「そンじゃ、俺は俺の仕事に戻るとしますか」

 

 鼻歌交じりに両手の指を組んだ石動は、頭上でぐっと伸びをしながら、のんびりとした足取りで歩き始めた。

 

   ***

 

 遠坂凛ははじめ、大男に身動きを封じられいずこかへと連れさらわれながらも、それを好機であると考えようとしていた。身を竦ませるには十分すぎるほどの恐怖心をそれでも友を思う心で抑えつけようとしていた。この大男がコトネをさらった犯人とするなら、上手くすれば大男――シャドウキャスターの根城を突き止めることができるのではないか。だけれども、そういった強い心や勇気と呼ばれる感情は、時間経過とともに摩耗し、縮小していった。

 凛は意気地なしではない。友人を見捨てて自分だけ助かればよいと考えるような人間でもない。しかし、自らの命が危ぶまれる極限状況ともなれば、話が変わってくる。今や凛の本能は、友を救いたいという心とは裏腹に、けたたましい音量で警鐘を響かせていた。

 

「なんともはや、可憐ながら瑞々しい生命力に溢れた少女の生肉か……今こそ! 君たちという尊い犠牲を糧に、聖女ジャンヌは再びこの地に降臨なされる!」

 

 暗闇の空間にシャドウキャスターの裂帛の大声が反響する。ぴちゃぴちゃと、這いずるような、舐めるような湿った物音が、一層苛烈さを増した気がした。

 凛の目には、もうなにも映ってはいない。光源のひとつも存在しない地下の最奥部にあっては、目を開けたところで瞳を閉じたときとなんら変わりはしない。それでも周囲の状況を理解しようと感覚を研ぎ澄ませるが、鼻をつく異臭と、耳を弄する水音以外に成果は得られなかった。

 触感頼りで周囲をまさぐれば、凛以外の子供と思しき肌の感触はあった。しかし、触れたところで反応はない。生きているのか死んでいるのか、それとも気を失っているだけなのかは判然としないが、それを知ろうとすることそのものが恐ろしいことなのだと凛は悟った。ここへ至ってようやく、凛は己の愚かしさを悔やんだ。

 たかだが六歳になったばかりの少女に、戦地となったこの冬木でなにができようか。宝石魔術には多少の心得があれど、それで戦ってゆける程度であれば、父ははじめから冬木への立ち入りを禁じたりはしない。あの誰よりも完璧な魔術師である遠坂時臣でさえ、この街においては常に死の危険と隣り合わせの状況に立たされている。それが現実だ。

 今にも泣き出しそうな心を、それでも精一杯の強がりで抑えつけ、奥歯を噛み締めて暗闇の中身を縮ませる。もう、周囲の子供たちを連れ出して一緒に逃げ出そうなどという気持ちはすっかり鳴りを潜めていた。

 

「嗚呼! 未だ権力者たちの業火に晒され、永遠の苦痛を味わい続けている我が麗しの聖処女よ……!」

 

 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。男の足が水に濡れた床を踏みしめ、水音を鳴らす。男は誰に聞かせるでもなく、ただひとり喚き続ける。

 

「少女の身でありながら祖国を救うため、ひたすら矮小な自身の弱さと、欲深な民衆たちの叫びを胸に秘めッ、神を信じ! 国を信じ! 正義を信じ! ついに偉業を成し遂げたその報酬が、ありとあらゆるものからの裏切りだった彼女を!」

 

 凛には、男がなにを言っているのかまるで理解できなかった。恐怖から逃避しようと、空間中に響き渡る声を聞くまいと両手で耳を塞ぐ。それも、男の特大の声量の前には意味をなさなかった。

 

「神さえもッ! 嗚呼、彼女を救済の徒として利用した神さえもッ、彼女の叫びに応えなかった! その死地でさえ! 主にすべて捧げると微笑み、天に祈りを捧げた、あまりにも愚かな、あまりにも聖なる乙女! その彼女の魂が煉獄にいるのなら、私が救いゆかず誰が救うというのかッ!」

 

 男の叫びに応えるように、ごうと唸る炎の音が凛の耳朶を打った。

 燃え上がる蒼炎が、下水道の奥でゆらめいて見える。それは暗闇の中にゆらめく人魂のようにも見えた。けれども、凛には分かる。あれは、そんなものではない。

 

「――……凛ーッ、どこだ! いるなら返事しろ!」

 

「あ、ああ……そんな」

 思わず、凛は口元を抑えた。

 彼方から聞こえるのは、どこまでも短絡的で、後先考えずに突っ走る、暑苦しい男の声。死すら覚悟しつつあった少女の心に、その優しい声がもたらす効果はあまりにも絶大だった。

 凛の大きな瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。後から後から、今まで我慢してきた涙が溢れ出す。もう、止まらなかった。

 

「馬鹿……馬鹿っ、逃げてって、言ったのに」

 

 魔術に無縁の人間が、自ら危険へ身を投じることもない。だからこそ、誇り高き遠坂の一員として、せめてあの男だけは巻き込むまいとしたのに。遠坂の魔導を次ぐ者として、魔術師ですらない男に助けを乞うなど、あってはならないことだと、凛の理性はそう理解している。だけれども、今この瞬間、凛の心を満たしたのは、そんな建前ではなかった。

 

「万丈さん――! 私は、ここにいるわ!」

 

 未だ聖女とやらの善性を謳うシャドウキャスターの世迷い言をも掻き消さん勢いで、凛は裂帛の叫びを響かせた。

 ありえざる懇願。遠坂として、許されざる願望。だけれども、幼い少女の願いは確かに届いた。

 彼方に見える蒼炎が、はたと動きを止めた。剣が纏った蒼炎が、煌めく龍の仮面を照らし出す。危険を顧みず、凛を救うためだけにたったひとり乗り込んできたヒーローに、その声は確かに届いたのだ。

 

「そこか……そこにいるんだな、凛ッ!」

 

 仮面ライダークローズは、蒼炎に燃える剣を振り上げ、駆け出した。

 道中に立ち塞がる海魔の群れの尽くを炎の剣で斬り伏せて、破竹の勢いで突き進む。クローズに斬り伏せられた海魔が、その異形の身に炎を灯して息絶えてゆく。燃え上がる炎が、クローズの進む道を照らし出す。

 シャドウキャスターはクローズへと向き直ると、奇声を上げて憤怒を叫んだ。

 

「おのれェエエ! その炎で再びジャンヌを苛もうというのかッ、この薄汚い匹夫(ひっぷ)めがァア!」

 

 空間に息づきわだかまる海魔の群れが、一斉にクローズへと躍りかかる。そのすべてをクローズの燃える剣が斬り裂き、振り払う。

 炎に照らされたクローズの体は、赤黒い液体でどす黒く汚れていた。その姿が、ここに至るまで無数の海魔を薙ぎ倒してきたことを証明していた。その醜く傷ついた体を、誰が愚かだなどと謗ることができようか。

 凛は祈るように胸にかけた魔力計を握り締めた。

 

 結論として、エボルトの案に乗ったことは間違いではなかったといえる。

 下水道のそこかしこに息を潜める海魔の群れを片っ端から叩き斬り、再生など許す間もなく燃やし尽くして、万丈龍我は――仮面ライダークローズは凛のさらわれた地下貯水槽へとたどり着いた。

 一切の光源のない暗闇の中ではあるが、ライダーシステムの視覚センサーをもってすれば行動に支障はなかった。いかな暗闇であろうとも、どこにクローズのシステムは敵が潜んでいるかを的確に感知し、装着者である万丈にフィードバックしてくれる。ビートクローザーに宿る蒼炎は、先刻の海魔との戦闘で得られた戦闘データを元に、クローズのCZシグナルが自動的に選択した戦闘方法だった。

 今、クローズの目の前に凛をさらった張本人、黒いローブに身を包んだ大男、シャドウキャスターが佇立している。その背後には、儀式の祭壇を模したのであろう高台に乗せられた凛を中心に、同世代の幼子が複数人。高台を取り巻くように海魔の群れが蠢いている。

 クローズは燃える剣を構え、シャドウキャスターを睨め付ける。

 

「テメェがシャドウなんとかか」

 

「なんと……おお、なんと醜悪なる面構えかッ! 邪竜を身に纏いし悪鬼の化身すらも、我が聖女を苛まんと剣を執る! 何故だ!? あれだけの裏切りを受けたジャンヌを、神の庭からすらも追放された哀れなジャンヌを、貴様らはそれでもまだ貶め足りぬとッ!?」

 

「あァ!? なに言ってんだテメェ!?」

 

 難しい言葉をたくさん使っている様子だが、万丈にはシャドウキャスターがなにを言っているのかがまるで理解できなかった。自他ともに認める筋肉馬鹿を甘くみてはいけない。

 シャドウキャスターは万丈の知能レベルなど斟酌する様子もなく、両手を掲げ、滔々と歌うように続ける。

 

「宜しい! ならば我らが味わった絶望と慟哭がどれ程のものか! 汲めども絶えぬ我が憤怒の波濤で悪しき邪竜をも調伏せしめ、ジャンヌを見殺しにしたすべての民衆どもへと知らしめてやらねばなりますまい!」

「な……ッ」

 

 万丈は瞠目した。咆哮したシャドウキャスターの体が捻れ、崩れ始めている。さながら、ゲーム上でバグに侵されたキャラクターが、その表示データをピクセル単位で狂わせるように。シャドウキャスターの体の随所が色を変え、形を変え、原型を崩壊させてゆく。

 

「お、おい、なんかジグジグしてんぞ、お前!」

 

 バグったポリゴンの塊と化したシャドウキャスターのピクセルが、バラバラに崩壊しながら周囲の海魔の群れを呑み込んでゆく。海魔は抵抗を示さなかった。シャドウキャスターの体を構成していたピクセルデータに振れるや、その身を同じくピクセルの粒子へと変換し、海魔とシャドウキャスターの体が撹拌されてゆく。

 

「凛……!」

「ば、万丈さん!」

 

 踏み出そうとしたクローズの足元へと、禍々しくピクセルデータの波が押し寄せる。今や貯水槽いっぱいに広がったシャドウキャスターの残骸は、後退りする凛にも迫る。けれども、貯水槽を満たすバグピクセルの海は、凛のいる高台の上までその水かさを増すことはなかった。

 

「凛、お前はそこから動くな、いいな!」

 

 クローズに指さされた凛は、こくこくと勢いよく頷いた。

 シャドウキャスターの分解データは、貯水槽に群れをなす海魔に作用した。最前まで触手をうねらせて奇声を上げていた海魔たちの動きが一様に止まる。一瞬ののちには、その体を捻り、分解させてゆく。やがてすべての海魔はピクセルの海へと溶けてなくなった。

 一度は形を失ったシャドウキャスターに、新たな体の外郭ができる。貯水槽に広がった海は、再び形を成して、ゆっくりとその巨躯の鎌首をもたげた。

 

「マ、マジ……かよ」

 

 巨大な敵の頭部と思しき箇所を、クローズは見上げ、絶句する。眼前に顕現したそれは、この地球上に存在するあらゆる軟体生物をないまぜにしたような巨大生物だった。二十メートルはあろうかという天井ギリギリまでその体躯を伸ばし、大小様々な触手を蠢かせている。巨躯のあちこちに眼球と口腔部を並べたそいつは、全身から粘土の高い体液を滴らせ、咆哮した。

 

「なんだよ、コレ……なにが起こってんだよ!?」

「ンなるほどォ……自分と同質のエネミーデータを餌として吸収し、巨大化を果たしたというワケか」

「おわっ!?」

 

 突如背後から聞こえる声に、クローズは小さく跳び上がる。後方から白い装甲を身に纏ったオッドアイの仮面ライダーが姿を現した。万丈は、その姿に見覚えがあった。

 

「あ、あんた……あン時の!」

 

 かつて最上魁星が開発した平行世界移動装置(エニグマ)に巻き込まれ、もうひとつの地球に飛ばされてしまった折に出会った仮面ライダー。現存する戦力ではダメージを与えられないネビュラバグスターに対するカウンターとして、その神の才能で『ビルドガシャット』を生み出し、宝生永夢(エグゼイド)らの窮地を救ってくれた天才(バカ)、檀黎斗神だ。

 

「貴様はいつぞやの……そうか、貴様がスタークの言っていた男か」

「あん? ってことは、野郎が言ってた仲間ってのは……お前かあ!」

「ン仲間ではなァアい! あんな無能と一緒にするなァ!」

 

 クローズに指をさされたゲンムが、その手を上からはたき落とす。

 

「お、おう……そうか。なんかよくわかんねーが、ともかく今は味方ってことでいいんだよな、神!」

 

 状況は見るからに逼迫しているが、万丈はひとまず見知った仲間の参戦に喜びを示した。かつてもうひとつの地球で力を貸してくれたゲンムならば、エボルトよりは幾らか信頼できる。

 当のゲンムも、納得したように深く頷いていた。

 

「フフン……そうか、私を神と認めるか。よかろう、ならば精々戦力として使ってやる。私の足を引っ張るなよ、万丈龍我!」

 

 言うが早いか、仮面ライダーゲンムは剣を振り上げて駆け出した。

 

「お、おい、ちょっと待てよ!」

 

 ゲンムに追従するようにクローズも駆け出す。二人の仮面ライダーを最初に迎えたのは、人ひとりを押し潰してあまりある特大の触手による打撃だった。地面に叩きつけられる触手を、ゲンムとクローズはそれぞれ横合いへと飛び退って回避する。

 

「うおッ!?」

 

 すかさず蛇の頭部のような触手が迫る。クローズは、対応しきれない巨大な触手のみ回避し、絶ち斬れるものから蒼く燃えるビートクローザーで絶ち斬っていった。万丈は難しい思考こそ得意ではないが、感覚的な戦闘センスはズバ抜けている。この程度の速度でクローズを捉えることはできない。

 触手を斬り払いながら前進し、時には断ち斬った触手の残骸すら踏み越えて、クローズは巨大海魔の本体へと距離を詰めんとひた走る。撃破した触手が再生する様子はなかった。

 

「なあ神、こいつは再生しねえのか!? 俺、前に戦ったときすッげー苦戦したんですけど!」

「フン、このサイズの化け物を暴れさせるとなると、己の存在を保つだけでかなりの魔力を消耗するはずだ。明らかにいちエネミーのデータ容量を越えているからな。そうなると、再生のための魔力リソースの確保も容易ではあるまい!」

「お、おう?」

「フハハハハハハハハハハッ、愚かなバグデータごときが、無駄に背伸びをするからこんなことになるのだァ!」

 

 貯水槽を所狭しと跳び回り駆け抜け、触手を斬り裂き前進しながらゲンムは説明する。クローズもまた同様に触手に対処しつつ、ゲンムの語る言葉の意味を考えようと思ったが、しかし二秒後にやめた。

 

「なに言ってんのか全ッ然わかんねェけど、とにかく再生はしねえってことでいいんだな!」

「まあ、はじめから貴様の理解力に期待などしていない。それでいいから、とにかく攻撃を叩き込めェ!」

「へッ、そーいうことなら……負ける気がしねェーッ!」

 

 難しいことを考えるのは苦手だ。ただ、思ったことを思ったとおりに行動し、目標距離までの最短距離を最高速度で駆け抜ける。それが万丈の本能が選んだ戦闘スタイルだ。

 クローズは、ドラゴンフルボトルをビートクローザーに装填すると、素早くグリップを引いた。電子音が鳴り響き、刀身のイコライザーが出力の急激な上昇を示す。剣が纏った蒼炎の熱量が跳ね上がる。

 

「うぉぉぉぉらぁあああああああッ!!」

 

 怒号を上げて、クローズは触手の群れへと斬り込んだ。並み居る触手を燃え上がる炎の剣で斬り倒し、追撃すらも振り切って、クローズは巨大海魔の傍らで縮こまるようにして震える凛の元へと駆け付け寄った。

 

「ば、万丈さん……! ほんとに、ほんとにこんなところまで……っ」

「おう、当たり前だろ! 約束通り助けに来たぜ、凛!」

 

 クローズを見上げる凛の瞳に希望の輝きが宿る。凛は目頭に溜まった涙を袖で拭い去り、立ち上がった。

 凛の周囲で意識を失っている子供たちも、クローズのセンサーを通して見る限り、みな無事生きている。ただ気を失っているだけで、全員静かに寝息を立てていた。万丈は心の底から安堵した。

 

「よっしゃ、みんな無事だな! あとはコイツをブッ倒して、みんなで家に帰るぞ!」

「うん!」

 

 凛が大きく頷いた。

 もう一度敵へと振り返ったクローズ目掛けて、無数の触手が殺到する。その尽くを剣で断ち斬り、打ち返し、巨大海魔の攻撃に応戦する。

 やがて、ひときわ巨大な触手が鎌首をもたげた。クローズに攻撃を仕掛けても無駄だということを学習したのであろう触手の群れが、一瞬、動きを止める。(いぼ)のように現れ出た無数の眼球が、一斉に凛たちを凝視した。

 

「お、おい、まさかッ」

 

 飢えた獰猛な獣の如きその視線に、万丈は戦慄した。黎斗が言った通り、限界に必要なリソースの足りぬまま巨大化した巨大生物が、今まさに子供たちを()と認識した瞬間だった。

 慌てて振り返るが、後方の凛はまだ事態を飲み込めていない様子だった。光源のない暗闇の中、人間の目にこの化け物の姿が見えないのは幸か不幸か。錯乱せずに済む代わりに、凛は自分に及ぶ被害を認識できていないのだ。

 触手が、一斉に凛を襲った。

 

「うぉおおおおおおおおッ!!」

 

 その触手のすべてを燃えるビートクローザーで叩き落とし凛を庇うが、巨大海魔とクローズでは手数が違う。触手の群れは凛のみならず、周囲で意識を失っている子供たちへとその矛先を向けていた。

 

「や、め、ろォオオッ!」

 

 ビートクローザーを振り上げ、クローズは子供たちと巨大海魔との間に割って入る。はじめのうちは触手を斬り払うこともできたが、その場しのぎだ。自分一人を狙う触手に対応するだけならばどうとでもなるが、複数人の子供を一斉に狙われては、クローズひとりでは手に余る。

 

「――ッ!?」

 

 触手の一本が、クローズの腕を絡め取るのにそう時間は掛からなかった。子供らへと伸びた触手を斬り払い続け、ついに手数が間に合わないと判断し、クローズ自ら子供を庇うように触手へと飛び込んだのだ。利き手を絡め取られ、ビートクローザーを取り落とす。そこから先は早かった。次々と触手の群れがクローズへと絡みつき。ついにはあらゆる動きを封じられる。

 地に落ちたビートクローザーは、クローズからのエネルギー供給を失い、その蒼炎を消失させる。あたりは再び深い暗闇に包まれた。

 

「ば、万丈さん! 万丈さん!?」

「だい、じょうぶだ……凛、俺が、必ず、助けてやるからな……!」

 

 それでも、子供を心配させるようなことだけは、したくはなかった。

 全身を引きちぎられそうな責め苦を受けながら、万丈はやせ我慢で笑ってみせる。次いで、クローズの全長をゆうに越える巨大な触手が、上からクローズを殴打し、叩き伏せた。

 

「が……ァッ」

 

 装甲をコンクリートの地べたへとしたたかに打ち付けた万丈は、仮面の下で盛大に呼気を吐き出す。衝撃はクローズの装甲が緩和してくれたが、それでも全身へと伝播する痺れを完全に殺し切ることはできない。

 巨大海魔が、咆哮する。

 

「ひっ……」

 

 凛は後退った。無数の眼球が、今度はぎょろりとクローズを凝視する。今この飢えた巨大生物は、見事()を捉えたのだ。

 身動きを封じるべく念入りにクローズの体を絡め取った触手は、その蒼い装甲を逆さ吊りに持ち上げる。上下あべこべになった視界で、万丈は見た。

 縦に大きく裂けた肉塊が、その割れ目に粘液をたっぷりと滴らせ、これより喰らうご馳走を前にそこかしこに生えた乱ぐい歯を蠕動させている様を。

 叫び声を上げる余裕すらもなく、クローズの体はうねる巨大な肉塊にズブリと頭から呑み込まれた。蠢く肉塊がクローズの全身を体内に取り込むのに、さして時間は掛からなかった。

 

 クローズとゲンムによって切断された巨大海魔の触手の断面が、ぼこぼこと泡立つ。触手の内側の肉を蠕動させながら、切断面からは新たな触手が映え揃った。次いで、傷付いた巨大海魔の本体がゆっくりと回復をはじめる。

 

「まずいな」

 

 さしもの檀黎斗神も、ゲンムの仮面の下で脂汗を浮かべていた。

 クローズを取り込んだ巨大海魔が、全快とはいかないまでも、徐々に体力を快復しつつある。一度人間の味を覚えた巨大海魔は、もはや迷うことなく人を食い殺して巨大化を続け、やがてはこの仮想世界すら押し潰す存在になりかねない。

 流石に地上に出れば時臣のセイバーか、冬木ハイアットを倒壊に追い込んだアーチャーの宝具であればこいつを始末することは可能なのだろう。だが、それは最後の手段だ。檀黎斗神が創造した神聖なるゲームを、こんなバグ如きに穢されたという事実を残すことは、神としてのプライドが許さない。

 

「ここで()()()()を解放するか……? いや、しかし……!」

 

 ゲンムは逡巡する。ゲームマスターとはいえ、宝具を発動すれば通常の英霊と同様に膨大な魔力を消耗する羽目になる。それで巨大海魔を屠れるならば迷わず発動するが、サーヴァントとして檀黎斗が保有する宝具は、そういう類の能力ではない。

 事実として、足止めは叶うだろう。だが、この化け物を消滅させるには、攻撃力があまりにも足りていない。裁定者(ルーラー)は、敵から受けるダメージを軽減することはできても、自分から与えるダメージはすべて等倍なのだ。攻撃有利判定は得られない。

 

「ええい……!」

 

 結論として、黎斗は現段階での宝具の使用を断念し、駆け出した。

 

「たかがバグ如きが私のゲームを破綻させ得る存在になるなどォ……そンな馬鹿なことが許されてたまるものかァアッ!」

 

 襲い来る触手をかわすため貯水槽を所狭しと駆け回りながら、黎斗は仮面の下で吠える。こういうことをするサーヴァントだから、黎斗は魔元帥ジル・ド・レェを召喚させたくなかったのだ。そのおぞましさは時計塔の君主(ロード)が事細かに記録してくれた通りだった。

 なにをするにしても、まずは触手の数を減らす必要がある。

 ある程度触手を牽制しながら後退したゲンムは、ベルトに装填されたガシャットを引き抜いて、己の剣、ガシャコンブレイカーへと叩き込んだ。キメワザだ。

 

 『CRITICAL(クリティカル) FINISH(フィニッシュ)!!』

 

 最前、クローズを叩き伏せたひときわ巨大な触手へと狙いを定め、ゲンムは跳び上がる。上段に構えたガシャコンブレイカーへとエネルギーが充填され、剣そのものが黒い稲妻を纏った。空中で触手と激突したゲンムは、持てる膂力の全力でもって刀身を触手に突き刺し、そのまま一気に降下する。海魔の肉を縦一線に引き裂いたのだ。演出上、空中に『GREAT』の文字が浮かび上がる。

 

「……くッ」

 

 そして、予想通りの結果に、黎斗はゲンムの仮面の下で表情を歪めた。

 今しがた引き裂いた海魔の肉の断面が、その肉をうねらせながら傷口を塞いでゆく。だが、回復は遅い。これ以上、海魔が魔力リソースを得る前に、回復力以上の攻撃を叩き込みたいが、手数が足りない。

 巨大海魔は咆哮し、触手を一斉に舞い上げた。強烈な打撃の嵐がゲンムを襲う。その尽くを回避しながら、ゲンムは走る。

 

「まずい……!」

 

 これにはさしもの黎斗も仮面の下で脂汗を浮かべた。

 クローズを取り込んだことで人の味を覚えた触手が、今度は生贄としてさらった子供たちへと伸びる。黎斗はこの時、心底から狼狽した。この状況下で巨大海魔が更に回復量を底上げするようなことがあれば、いよいよ現状の戦力では太刀打ちができなくなる。

 

「や、やめろォオオ……!」

 

 巨大海魔の触手が、遠坂凛の足を掴んだ。凛の悲鳴が空間に反響して響き渡る。遠坂の娘ともなれば、魔力を求める海魔にとって絶大なリソースとなることは間違いない。

 

「い、イヤ……嫌っ……」

 

 凛は触手に引きずられ、最初は地べたへとしがみつくことで抵抗を示していたが、その腕も絡め取られ、程なくして凛はあらゆる身動きを封じられる。

 黎斗もまた、吠え、走った。極上の魔力リソースである凛を、あの怪物に与えることだけは絶対にあってはならない。だけれども、巨大海魔はゲンムの行く手を阻むように巨大な触手をうねらせ、その身を叩きつけてくる。どうあっても間に合わない。

 

「――お願い、助けて……万丈さんッ!!」

 

 体を釣り上げられた凛が、最後の力を振り絞って、その名を呼んだ。

 

 刹那、凛を捕食しようとした巨大海魔の動きがぴたりと止まる。

 苦痛の奇声を上げて、巨大海魔は全身の触手をめちゃくちゃに暴れ回らせる。やがて、触手の内側から、ぼうと蒼炎が燃え上がる。

 巨大海魔は甲高い絶叫を響かせ、全身をうねらせる。凛を掴んでいた触手を放り投げて、内側から全身へと燃え広がる蒼炎を振り払おうと悶え、暴れ狂った。

 

 次いで、どこからともなく()()()()が轟き、地下空間を揺るがした。

 

「なッ……ば、ばかな……」

 ゲンムの仮面の下で、黎斗は瞠目し、己の目を疑った。

 巨大海魔の胴体を食い破り、焼き尽くし、内側から蒼く燃える龍が姿を現したのだ。

 東洋において神龍(シェンロン)と呼ばれ敬われてきたものに酷似した蒼炎の龍が、稲妻を迸らせて貯水槽の天井へと舞い上がった。龍は再度咆哮し、熱く燃え滾る龍の息吹(ドラゴン・ブレス)で巨大海魔の触手を焼き払う。とりわけ子供たちを襲おうとしていた触手の群れを念入りに焼き払うと、龍は天井付近でとぐろを巻いた。

 全身から蒼と金の輝きを放つ炎の龍のあまりの神々しさに、その場の全員が目を覆った。

 

 燃えるような魔力を滔々とその身に横溢させて、仮面ライダークローズは子供たちを庇うように巨大海魔の前に立ち塞がった。その腕には、空中に放り出された凛が抱きとめられている。

 仮面ライダークローズの左手の甲にて、煌々と輝きを放つは赤き龍を描いた紋章。聖杯によって選ばれしものにのみ許される三画の令呪を確かにその手に刻み、万丈龍我は帰還した。

 

   ***

 

 打ち寄せる波の音が、静かに万丈の鼓膜を揺らす。

 薄く目を開けると、白み始めた黎明の空の下、万丈龍我は見知らぬ浜辺にひとり横たわっていた。意識には薄く靄がかかっており、どうして自分がこんなところにいるのかは判然としない。

 こんなところで寝ている場合ではなかったような気はするが、いったい何故、どうしてそう思うのかがわからない。

 

「――」

 

 砂浜に両手をついて立ち上がる。周囲を見渡すが、右を見ても左を見ても、どこまでも砂浜が続いているだけだった。ならば海の向こうはと思い至るも、水平線は万丈の思考と同じように白く靄がかかって見通せない。

 しんと静まり返った静寂の中、寄せては返す波の音だけが絶えることなく音を奏でている。不思議と心地がよく、万丈は凪いだ気持ちで潮騒の旋律へと耳を傾ける。

 

彼方にこそ栄え在り(ト・フィロティモ)――遠い昔、余が夢想した情景だ」

 

 振り返れば、そこに万丈をゆうに上回る巨躯の大男の姿があった。

 燃え立つような赤毛に、炯々と輝く双眸。筋骨隆々とした(いわお)のような体躯が纏うのは、決して重武装過ぎぬ薄手の鎧。肩に羽織った真紅のマントが風に揺られて靡く。

 圧倒的な存在感を放つその男に、しかし万丈は不思議と警戒心は抱かなかった。

 獰猛な獣すらも射殺さんばかりの厳しい眼差しで、男は海の向こうの最果てを夢想し、目を細める。敵意を持って現れた者が、そんな儚い眼差しをするとは思えなかった。

 

「あんた、いったい……」

 

 男は、うむ、と低く唸った。

 

「もうあまり時間がない。余がしてやれることもそう多くないのでな。よって、問いはひとつだ。ひとつだけ、お前に問うてやる」

 

 大男は丸太のような足で砂浜を踏み締め、万丈を追い越すと、靄がかった最果ての海へと向き合った。振り返ることなく、男は問う。

 

「お前はなんのために戦う。その力で、なにを成さんとする」

 

 なにを問われるのかと身構えたが、そんなことは悩むべくもなかった。

 迷いながらも戦い抜き、仲間たちの助けを得ながらついぞ答えを得たのだ。今更そんなことで悩んでいては、仲間たちに笑われる。

 

「難しい理由なんてねえ。ただ、大切な人たちを守りたい。だから俺は戦うんだ!」

 

 愛と平和を守るため。

 そのために戦兎が造ってくれた力で、万丈は戦う。

 仮面ライダーに込められた戦兎の願いは、いつしか万丈の願いになっていた。

 

「――ホォ、それだけか」

「それだけだ! それだけで、俺は戦える!」

 

 そのための勇気なら、ここにある。

 胸の内から湧き上がる熱い思いがある。

 男は万丈に一瞥を寄越すと、そうかと一言を告げ、頷いた。

 

「なるほどお前の目指すものは王道にあらず。だが、お前の胸のうちに燦然と輝く英雄の気骨を、余は確かに見届けた。そのお前が勇者として世に雄々しく名乗り上げるならば、余も王として相応の礼をもって遇する必要があろう」

「な、なにを……つーかあんた、消えかけてんぞ!」

 

 万丈の肩に節くれ立った大きな手を乗せた男の輪郭がぼやけはじめている。金の粒子となって、男は少しずつ、形を失ってゆく。己の体が消失しようという瀬戸際で、男はさして深刻そうでもなく、頷いてみせた。

 

「うむ、そうなのだ。どうやら此度の余はじき消えゆく運命(さだめ)らしい。しかしな、ただ消えるのも面白くはなかろう。よって我が霊基、少しの間お前に貸してやろうかと思うてな」

「えっ……貸してやる、って……」

「お前には力が必要なのであろう? そのちっぽけなりとも気高き願望を真に叶えんと望むならば!」

 

 男は磊落に笑って、未だ状況を飲み込めず右往左往する万丈の背中を力いっぱい叩きつけた。

 

「――つゥッ!?」

 

 たまらず前方につんのめってよろける。万丈の背中のほぼ埋め尽くすほどの巨腕でもって繰り出された張り手だ。無理もない。

 だが、同時に体に熱が灯るのを感じた。男の体は消えつつあるが、逆に万丈の体には力がみなぎってゆく。左手の甲に、熱を伴って赤の輝きが浮かび上がる。それにつれて、徐々に記憶が明瞭になってゆく。意識が覚醒に向かっているという実感があった。

 ふたりを照らす仄かな光が、次第に光度を増して空を白く塗り替えてゆく。もうすぐ夜が明けることは、感覚的にわかった。男はもう一度笑った。

 

「……さあ、もうゆけ。この世に正しく勇者たらんとするならば、まずはお前の助けを待つ幼子を、その手で救ってみせよ」

 

 万丈は決然と頷いた。もはや忘れるべくもない。

 自分の身の危険よりも、他者を優先し思いやることができる少女が、今まさに危険に晒されている。少女はあの時、万丈を信じ、その名を叫んだのだ。応える必要がある。

 

「ありがとうな、おっさん。難しいことはよくわかんねぇが、俺が今なにをしなくちゃいけねぇのかは、思い出せた」

 

 なすべきことを思い出した万丈を祝福するように、男はなにも言わず、静かに笑みを深める。

 あの少女を救いたいという強い思いが、万丈の胸のうちで熱く燃え上がる勇気を魔力へと変える。沸き立つ魔力は、蒼い炎となって万丈の力へと昇華されてゆく。

 万丈の強い思いに応え、その手に手繰り寄せられた蒼炎の魔力がビルドドライバーを形成する。万丈の周囲を取り巻く蒼炎の中から、クローズドラゴンが飛来する。

 万丈は、ドラゴンフルボトルをクローズドラゴンへと装填し、ビルドドライバーへと勢いよく叩き込んだ。

 その胸に、なんのために戦うのかを、仲間たちの姿をもう一度強く思い描く。

 

「みんな、頼む。もう一度、俺に力を貸してくれ!」

 

『Are You Ready?』

 

 ――戦兎が戦うための力をくれた。

 多くの仲間たちが、守ることの意味を教えてくれた。

 名も知らぬ男が、消えかけたこの命にもう一度炎を灯してくれた。

 万丈龍我(ヒーロー)は決して諦めない。みんなの力を借りて、何度でも立ち上がる――!

 

「変身ッ!」

 

 『WAKE UP BURNING!』

 『GET! CROSS-Z DRAGON!』

 『Yeah!!』

 

「うぉぉおぉおおおおおおおおおおおッ!!」

 沸き起こる勇気の炎が、そのまま魔力の蒼炎となってクローズの全身から噴出する。噴出した魔力の炎は雷鳴を伴い、巨大な蒼き神龍となって雄々しい咆哮を響かせる。

 

 ここに、新たな英霊(ライダー)は降臨した。

 男の姿はすでにない。夜は明け、あたたかく眩い陽光が世界を覆う。

 

   ***

 

「万丈さん、なの……?」

「ああ。待たせたな、凛」

 

 ごうと唸る蒼炎に巻かれ崩壊を始めた巨大海魔を背に、クローズは凛をそっと地に降ろす。

 

「今度こそ終わらせて、みんなで帰るぞ……!」

 

 振り返ったクローズは、ベルトのレバーを高速で回転させた。燃え上がる魔力がドライバーへと充填され、蒼い魔力が眩く輝く。クローズの発する魔力の波濤をその身に受けた蒼龍が、咆哮を上げて空中を旋回する。

 

 『Ready Go!』

 

「オォォラァアアアアアッ!!」

 跳び上がったクローズの右足に魔力の蒼炎が宿る。

 守りたい。ただその願いひとつを糧に燃え上がる灼熱の炎だ。

 

Dragonic(ドラゴニック) Finish(フィニッシュ)!!』

 

 蒼龍が、咆哮とともに燃え滾る灼熱の息吹を放出した。膨大な魔力の炎に乗ったクローズは、渾身の一撃を僅かに残った巨大海魔の本体へと叩き込んだ。

 

「――ぉぉおおおおおおおおおッ!!」

 必殺のドラゴニック・フィニッシュ(ライダーキック)が、確かにシャドウキャスターの霊核を捉え、打ち砕いた。巨大海魔の全身から急速に力が抜けてゆく。

 仕留めた、という実感があった。上空で舞い踊る蒼龍が、勝利の雄叫びを上げる。

 一瞬ののち、巨大海魔は全身を捻れさせ、その身をピクセル粒子へと変換してゆく。出現した時と同様に、巨大海魔は己の身を崩壊させてゆき、やがて跡形もなく消滅した。そこに一切の魔力反応はなく、シャドウキャスターも、海魔も、再生の余地はない。

 仮面ライダークローズの完全勝利だった。

 

「フフ……フフフハハハハハハハハハッ!」

 あちこちに燃え移った炎に照らされながら、仮面ライダーゲンムが笑う。両腕を広げて、大胆不敵に哄笑しながら、ゲンムは変身を解除し、檀黎斗としての生身を晒し、クローズへと歩み寄った。

 

「おめでとう、万丈龍我くんッ! 君は見事、最後の英霊にして、最後のマスターとして聖杯に選ばれた。君が、聖杯戦争最後の参加者だ!」

 

 黎斗の言葉の意味が欠片も理解できず、万丈は返答に窮した。

 だけれども、自分がなんらかの新たな戦いに巻き込まれてしまったことはわかる。今自分が戦った巨大な化け物が、その戦いに関係する敵なのであろうことも予測はつく。

 

「嘘、でしょ? 万丈さんが……なんで!」

 

 予想外だったのは、万丈よりも、傍らの凛の方が狼狽えていることだった。

 万丈はクローズの変身を解除し、生身の姿で凛と向き合った。

 

「そんな、嘘よ……万丈さんが、お父様と戦争しなきゃならないなんて!」

 

 幼い少女が嘆く理由を推し量るには、万丈はあまりにも無知に過ぎた。




【Servant Material】

サーヴァントの情報が開示されました。

【CLASS】ライダー
【真名】万丈龍我
【属性】秩序・善
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷C 魔力E 幸運B 宝具A+
(※通常形態への変身時)

【クラス別スキル】
●対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。
 魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

●騎乗:A++
 乗り物を乗りこなす能力。騎乗の才能。
 ライダーは、龍の戦士である。よって、本来騎乗スキルでは乗りこなせないはずの竜種を例外的に乗りこなすことが出来る。

【保有スキル】
●竜の息吹:C
 最強の幻想種である竜が放つマナの奔流。
 ライダーがクローズとして戦闘を行う限り、すべての行動に竜属性の補正が得られる。

●魔力放出(炎):B+
 武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
 ライダーの場合は、燃え盛る炎が魔力となって自分の武器に宿る。任意で発動可能。

●領域外の生命(エボルト):EX
 外宇宙からの侵略者。
 ライダーは、数々の惑星を消滅させてきた地球外生命体の遺伝子をその身に内包している。
 戦闘面では弱体耐性がアップする他、感情の昂りによってハザードレベルが上昇し、ステータスに補正が得られる。
 逆に、感情に迷いがあった場合、ステータスに弱体補正がかかる。

●雷の■■■:EX
 一定時間、あらゆる攻撃に雷を纏わせ、攻撃力を上昇させる。さらに、通常攻撃の攻撃範囲が広がる。
 ただし、これはライダー自身の逸話によって得られたスキルではない。そのため、自身の意思では制御できず、自由に発動することもできない。
 他のスキル、及び宝具の発動時、偶発的にこのスキルの効果が前面に露出する場合がある。

【宝具】
●第一宝具
燃え上がる想いの果てに
(バーニング・マイ・ソウル)

ランク:B 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大捕捉:1人
 仮面ライダークローズへの変身。また、そのために必要な武装の召喚。
 使用者であるライダーの意思と魔力量に応じて、複数の変身形態を使い分けることができる。
 また、感情の昂りによってハザードレベルを上昇させ、それに伴って魔力を際限なく高めてゆく。その果てに待つ終着点こそがエボルトである。
 ――ただし、愛と平和を胸に生きる限り、ライダーがエボルトに成り果てることは、絶対にありえない。

●第二宝具
激しく火を放て、我が魂の炎龍よ(クローズドラゴン・ブレイズ)
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~200 最大補足:300人
 燃える蒼炎の魔力を龍へと昇華させ、擬似的に最強の幻想種たる竜種を使役する。
 本来は実体を持たないエネルギー体だが、宝具として召喚した場合において、燃える蒼龍として実体化する。
 また、クローズが上位形態へと強化変身を果たした場合、それに伴って召喚された竜種も生まれ変わり、姿を変える。

●第■宝具
『――――――――――――』
ランク:??? 種別:対■宝具(■■、及び■■■■) レンジ:??? 最大補足:⁇?
 ■■の■■が起こした奇跡。■■■、■■の■■■■。
 すべての条件が揃った時、この宝具は真価を発揮する。

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