仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第2話「そして始まるフェイト」

 机の上に広げられた書物と新聞に一通り目を通したキャスターは、顎に指先を添え、思案するように小さく唸った。マスターである戦兎はというと、畳の床に胡座をかいて、胡乱な瞳でキャスターを眺めていた。

 新聞はすべて、山を降りた戦兎が街に戻るなり、キャスターの要望で集めさせられたものだ。現代と比べるとそもそもコンビニの店舗数が少なく、まず購入するのに手間がかかった。深夜ともなると店頭に残った新聞も売れ残りばかりで、一店舗目の品揃えで満足しなかったキャスターの要望で、結局戦兎は冬木大橋を渡って新都にまで使いっぱしりをさせられた。その間、キャスターは霊体化したままで一切姿を現していない。移動にはマシンビルダーを使ったので、徒歩にはならなかったことだけが救いだった。

 

「なんでマスターの俺が……」

「そう腐るなマスター、君はいい仕事をしてくれた」

 

 机に突っ伏した姿勢から顔だけを上げた戦兎は、恨めしさを隠そうともせずキャスターに視線をやった。

 

「で、こんなに似たような新聞ばっか集めて、お前はなにを調べたいわけ? そろそろ教えなさいよ」

 

 キャスターは手にしていた新聞を机の上に放り出した。

 

「この冬木市で()()()()()()が起きていないか、それを確かめたかったのさ」

「連続殺人事件?」

 

 手元の新聞をまさぐり『連続殺人事件』の記述を探すが、どの新聞を見てもキャスターの求める内容は見当たらない。紙面に記されているのは、ごく平凡な芸能ニュースや、ありふれた政治の話題ばかりだった。

 

「そんな事件、見当たんねえぞ」

「どうやらそうらしいな。だが、だからこそ異常なんだ。本来、この時期のニュースは冬木市で起こった連続殺人事件の話題でもちきりのはずなのに」

「連続殺人事件がないからどうだっていうんだよ。街が平和なのはいいことでしょうが」

「街としては、そうだろうな。だが、第四次聖杯戦争としてはその限りではない」

「……どういう意味だ」

 

 戦兎は訝しげに眉根を寄せた。短い首肯に次いで、キャスターは淀みのない口調で回答した。

 

「私の知る限り、第四次聖杯戦争において召喚されたキャスターは私ではなく、別の英霊だ。そのマスターとなった男も、聖杯戦争そっちのけで快楽殺人を繰り返す狂人だったことは既に調べがついている」

「ちょっと待て。つまり、その連続殺人犯の代わりに、いまここに俺たちがいるってことか」

「そう考えるのが筋だろうな。代わりに、本来のキャスター陣営は最初からこの世界に存在しなかったことになっている」

 

 戦兎は顎に指先を添えて、ううむと低く唸った。

 

「なるほど……歴史の改竄か。史実に基づいたゲーム世界と考えればおかしな話じゃないが……でも、だとしたらどうして。第四次聖杯戦争を再現するための世界を作る上で、本来のキャスター陣営は邪魔だと判断された、ってことか?」

「まあ、そもそもあの主従は聖杯戦争をやる気がなかったからな」

「……まるで自分が経験したような言い方だな、キャスター」

「その通り。この私が自ら経験したからこそ言っているのさ」

 

 キャスターの言葉に戦兎は表情をしかめた。

 

「諸葛孔明が、なんで一九九四年に起こった聖杯戦争を経験してんだよ」

「ふ、そう怖い顔をするな、マスター。たしかに能力と霊基だけで語るなら、私は中華は三国時代にその人ありと謳われた天才軍師、諸葛孔明に相違ない。ただし、私という人格そのものは別にあるという話さ」

「別?」

 

 キャスターは、黒いスーツの内ポケットから眼鏡を取り出し、それを装着した。既に赤い外套も脱ぎ払っている現状、目の前にいる男がかの天才軍師とまったくの同一人物であるようには、戦兎にはもう思えなかった。

 

「私の名前はロード・エルメロイⅡ世……諸葛孔明の霊基にされた、所謂『疑似サーヴァント』という分類に当てはまるサーヴァントさ」

「疑似サーヴァント? まっとうなサーヴァントじゃないってことか」

「まあ、ある理由で直接サーヴァントになれない者が、人間の体を霊基(うつわ)にして顕現した存在、とでも考えてくれればいい。要は人間の体を触媒にした、強引な英霊召喚方式だよ」

「ってことは、つまり……キャスター、いや、ロード・エルメロイⅡ世は、諸葛孔明を召喚するための代理人として、この世界に取り込まれちまった……俺と同じ、現実世界の人間ってことになるのか?」

 

 人差し指を立てた戦兎は、軽くキャスターを指しながら己の思考を整理するように尋ねた。

 

「君とはまた少し状況が違うがね。私という人間が実在するかと問われれば、答えはイエスだ。私は君と同じ世界に存在し……そして、かつて一九九四年に行われた第四次聖杯戦争を、この身をもって経験している」

「なるほどな、あんたは今回の聖杯戦争の生き証人ってわけか」

「そういうことになる。といっても、キャスター陣営が我々に置き換わっている時点で、どこまで私の記録の通りにことが進むかは定かではないがね」

 

 檀黎斗とエボルトが関わっている時点で、キャスター陣営だけでなく、他の陣営にも変化が及んでいることは容易に想像がつく。戦兎以外の人間も現実世界から招かれ、聖杯戦争の参加者に数えられている可能性は考えていたが、英霊として招かれている人間がいるというのは慮外の事実だった。

 

「ってことは、あんたの元にも主催者からメールが送られてきたってワケ?」

「いいや。私は正しく、座から招かれたサーヴァントだよ。そういう意味で、私とマスターでは状況が違うと言ったんだ」

「わからないな……仮にキャスターの言うことが事実だとして、その聖杯とか英霊の座とかってのはなんだ、仮想世界から現実世界に干渉できるものなのか? いや、そもそも考えてみれば、このゲームで勝ったからって、消滅したはずのエボルトが現実世界に復活するって原理も不可解だ。物理法則を無視してる」

 

 キャスターは微かに、くすりと微笑んだ。

 

「物理法則に捉われたものの見方はいったん捨てた方がいいぞ、マスター。仮想世界でも聖杯は聖杯だ。それが完成した暁には、マスターの知る物理法則などは容易く捻じ曲げられるだろう。こうして私という英霊が座から招かれていること自体が、この世界に存在する聖杯が正しく稼働していることの証左になる」

「……あー、だめだ、荒唐無稽すぎる。物理法則を無視するにも程があるんじゃない?」

 

 理解はできるが納得はできず、戦兎は諦念交じりの乾いた笑みをこぼし、髪の毛を掻き毟った。

 エボルトは、ふたつの地球を融合させるためのエネルギーとなって消滅したはずだ。そのエボルトの遺伝子がまだ生きていて、ゲームの世界から現実世界に実体化しようとしている。阻止するためには、直接エボルトを叩くのではなく、これから始まる聖杯戦争を勝ち抜かなければならない。今までに戦兎が経験してきた戦いとは、ルールが異なりすぎていて、理解がすぐには追いつかない。

 

「マスターの語るエボルトなる存在は、完成した聖杯の力を利用して現実世界に顕現するつもりなのだろう。我々は聖杯戦争を勝ち抜き、それを阻止しなければならない」

「それは間違いないな。なにせエボルトが復活したら、再び地球が危険に晒されるんだ。もう、あんな悲劇は二度と起こさせてたまるかよ」

 

 戦兎も、エボルトの危険性は既にキャスターに伝えている。どうしてこの戦いに巻き込まれたのかのも、この世界が檀黎斗が創造した仮想空間であることも、ふたりの間では既に周知の事実だ。

 

「そうなると、あるいはマスターという存在そのものがエボルトに対する()()()、と判断されたのかもしれないな」

「ちょ、ちょーっと待て、キャスター。まーた知らねえ言葉が出てきたぞ?」

「もっとも、これは憶測の域を出ないがね。エボルトが現実世界に顕現するということは、そのまま人理の危機に直結すると考えて凡そ間違いはない。最悪の事態を回避するために、聖杯はこの世界に招かれた君に令呪を与えたのだと……そう解釈することもできるということだ」

「つまり、俺がエボルトに対するカウンター……ってことか?」

「そうだ。いや、ここが仮想世界であることを差し引いても、魔術回路も持たず、魔術師ですらないマスターが令呪を宿したことに関しては疑問に思っていたんだ。だが、そう考えれば強引に納得することもできなくもない。エボルトを倒す上で君以上の適任はいない、とね」

 

 完全に納得するには無茶な要素の多い話だが、現実がこうなっている以上、もう仕方のないことなのだと次第に思い始めてきた。そう考えると、疑問ばかりを口にするのも馬鹿馬鹿しく思われた。

 

「はあ、なるほど。つまり俺は、聖杯に選ばれたヒーローってわけね」

 

 こと、と音を立てて、懐から取り出したビルドドライバーとフルボトルを机に置く。持ち込めたのは、いくつかの基本フルボトルとスパークリング、ハザードトリガーとフルフルラビットタンクだけだ。新世界を創造するためにエネルギーを使い果たしたジーニアスはもう存在しない。持ち込めた強化アイテムも、エボルトとの最終決戦で上位フォームから順に消耗させられ、今は力を失っているはずだ。なんとかしてボトルの再調整をする必要がある。

 戦兎は使い慣れたラビットボトルとタンクボトルにそっと指先を触れた。一年間の戦いを思い出す。つらい出来事の連続だったが、つらいだけではなかった。思い返すほどに、不思議と前向きになれる。

 

「もう使う予定はなかったんだけどな。仕方ないから、もうちょっとだけ続けるとしますか……自意識過剰な正義のヒーローを」

 

「いい意気だ、マスター。では、早速だが私から今後の方針について提案しよう」

「提案?」

「ああ。これから聖杯戦争を戦っていく上で、まず他陣営の情報が必要となることは説明不要だろう。その上で、是非味方につけておくべきだと言える優秀な陣営に心当たりがあってね……尤も、私の記録通りなら、という条件付きにはなるが」

 

 キャスターは、部屋の壁にかけられたカレンダーに視線を向けた。

 

「ランサー陣営だ。彼らの初戦が行われる前に、こちらから先手を打ちたい」

 

   ***

 

 城の名前は『檀黎斗城』に決めた。

 挑戦者(プレイヤー)が現れたことでこの世界の時間が動き出したので、今まで『アインツベルン城』と呼ばれていた広壮な城にも相応しい名前を付けようという、檀黎斗なりの粋な計らいだった。

 

「ううむ、なかなか悪くない座り心地だ」

 

 城の本館に位置する最上階の広間に、黎斗は自ら持ち込んだ玉座を設え、深く腰を掛けた。既に広間のあちこちに『檀』と記された金の家紋のタペストリがかけられている。檀黎斗本人もまた、黒と金を基調とした豪奢なつくりの羽織を纏っている。かの織田信長を彷彿とさせる和洋折衷の装いだ。

 ふいに、物陰から赤い装甲が姿を現した。

 

「大胆なことするねえ。もともと存在した城を丸ごと乗っ取っちまうなんて、さすがゲームマスターはやることが違う」

 

 協力者(スポンサー)であるブラッドスタークは、広間の柱に寄りかかり、軽く手を叩いた。

 

「当然だ。神であるこの私が、そこらの小市民と同じ環境で生活できるものか。ラスボスは城の最深部にいるものと相場は決まっているのだ」

 

 玉座にふんぞり返った黎斗はご満悦の様子で深く頷き、笑みを深めた。

 

「それは?」

 スタークが、黎斗の傍らを指差した。

 玉座の後方、向かって右手側の壁に、剣の鞘が飾られていた。黄金の地金に、目の覚めるような青の琺瑯で装飾を施されたその鞘は、檀黎斗がゲームマスター権限で取り寄せた全て遠き理想郷(アヴァロン)と呼ばれる概念礼装だ。向かって左側には、額縁に入った化石が飾られている。この世で初めて脱皮をした蛇の抜け殻の化石と呼ばれているものだ。玉座の間には、他にも様々な物品が所狭しと並べられている。

 

「これは本来なら聖杯戦争に参加するマスターが英霊召喚の触媒として利用していたものさ。だが、記録通りの英霊を記録通りに召喚されてもつまらないだろう? だから、ゲームマスター権限でこの私が預からせて貰ったのさ」

「ってことは今頃聖杯戦争のマスターどもは、どいつもこいつも本来の記録とは異なるサーヴァントを召喚してるってわけか」

「その通ォり! こうして我が『フェイトクロニクルZ』は、誰も知らないまったく新しいゲームとなるのだ」

「いやあまったく、大したもんだよ檀黎斗神。だがな、仮想空間とはいえ、世界をひとつ構築するのは簡単じゃなかったはずだ。いったいどうやってこんなゲーム創ったんだ」

 

 よくぞ聞いてくれたとばかりに、檀黎斗はふんと鼻を鳴らした。

 

「時計塔の君主(ロード)が記録していた第四次聖杯戦争の記録を元に、そのデータを細密に電脳世界に再現したまでのこと。この神の才能をもってすれば、不可能など存在しない」

「そうは言うが、時計塔の君主(ロード)といえばお硬い魔術師の連中だろ? やつら、揃いも揃って科学を否定しているらしいじゃねェか。それをわざわざ電脳のデータ上に記録を残すとは……君主(ロード)ってのは名ばかりの間抜けだったのか?」

 

 黎斗は、スタークの言葉を手で制した。

 

「彼を間抜けと笑うことなかれ。当然、科学的防壁だけでなく、魔術的防壁も私のクラッキングを阻んだとも……なまなかな人間であれば、この時点で諦めるだろう。しかし、これに関しては相手が悪かったとしか言いようがない。何故なら……この神の才能の前に、不可能など存在しないのだから! 私はァ、この神の頭脳ひとつで、科学と魔術双方のファイアウォールを突破し、見事目当てのデータを盗み出したのだァッ! ヴェァーッハハハハハハハァッ!」

 

 黎斗は高い天井を見上げ、哄笑を響かせる。話しているうちに気分がよくなってきた。

 スタークの言う通り、本来時計塔の魔術師の多くは魔術によって記録を残すものだ。だけれども、第四次聖杯戦争のデータを記録している君主(ロード)は、魔術師としての起源が浅く、己の管理している情報を魔術的要素だけに頼ろうとはしなかった。魔術の世界で考えれば最新の技術を用いた防壁(ファイアウォール)なのだろうが、黎斗にとってはむしろ僥倖だった。

 

「だったら、英霊召喚システムの方はどうなんだ。こいつは流石に盗んだデータだけで再現できるような代物じゃあないだろう」

「それを可能にしたのが、私のゴッドマキシマムだ」

「ゴッドマキシマム? そいつは随分、大仰なタイトルだな」

「ふふん。ゴッドマキシマムとは、生前の私がこの世に産み落とした最ッ高ッ傑作……あらゆる物理法則を超えて、いかなるゲームであろうとも創造する、まさしく神のみに与えられた絶対的な力。私はゴッドマキシマムの能力で、この電脳空間上に擬似的な聖杯を再現し、未完成のまま放置されていた『フェイトクロニクルZ』を完成へと至らせたのだ」

 

 惜しくも現実世界に存在するゴッドマキシマムは敗れ、檀黎斗の本体は既に消滅してしまったのだが、それは敢えて口にする必要はない。聖杯戦争に勝ち残り、現実世界にて受肉を果たした暁には、今もCRで保管されているであろうゴッドマキシマムを奪還し、もう一度神として君臨すればいい。現実世界で消滅してなお、黎斗には敗北したという認識はなかった。

 

「つまるところ、このゲームにおける聖杯は実質、本物と考えて良いってわけだ」

「聖杯だけではない。NPCもまた、本物の人間と遜色ない行動を取るようにプログラムされている。とりわけ聖杯戦争の参加者として置かれたNPCに関しては、限りなく本来の人格に近い行動を取るようにデータ構築をして、自由に行動できるようにした。いわば、私はこの世界の創造主……まさしく、真の意味での『神』となったのだ!」

「いやはや、聞けば聞くほど恐れ入る! こんな才能を持ったやつを、俺は他に知らない! どうやら俺もまだツキに見放されちゃあいなかったらしい」

 

 スタークは、広間に敷き詰められた赤い絨毯の上をゆったりと歩きながら、大袈裟に両手を広げて黎斗を称える。悪い気はしない。黎斗は粛然と瞳を閉じ、スタークの称賛に聞き入っていた。

 

「そういやァ、戦兎のやつもマスターになったらしいな。これで、何体のサーヴァントが喚ばれたことになるんだ」

「観測する限り、桐生戦兎による英霊召喚で六体目だ。あとはライダー陣営が決まれば、すぐにでも聖杯戦争は開始されるだろう」

「いよいよか。そのライダー陣営ってのは、本来の記録じゃどういう立ち位置だったんだ」

「第四次聖杯戦争の生き残りであり、今回のゲームの大元になったデータを管理していた時計塔の君主(ロード)でもある。だが、その男はこの世界には存在しない。そういう人間は、まったく新しいゲームを創る上で邪魔になるからな」

 

 この世界のシナリオは、大元となったウェイバー・ベルベットなる人物の記録から成り立っている。世界観にゲームマスターである黎斗以外の人間の主観を持ち込むわけにはいかず、黎斗以外の主観が入ったキャラクターを参加者として迎えるわけにもいかない。ウェイバー・ベルベットというキャラクターのデータは、真っ先にこの世界から消去した。

 キャスター陣営の記録を消去したのはもののついでだった。ゲームそっちのけで快楽殺人を繰り返す人間など、悪質な遅延キャラクターでしかない。檀黎斗の創る世界観に、そういう手合いは不要だった。

 

「つまり、ライダー陣営のマスターが誰になるかはまだわからないってわけだ」

「少なくとも、貴様でないことだけは確かだがな」

「おォっと、こいつは手厳しい。お硬い聖杯サマは、地球外生命体の俺には令呪も認めてくれないってか」

 

 言葉とは裏腹に、スタークは片手で己の額のバイザーを軽く叩き、くつくつと笑う。スタークの物言いに、悲観は見られない。

 

「ゆえに、貴様が聖杯戦争を勝ち抜く方法はたったひとつ。令呪を授かったマスターをゲームオーバーに追い込み、その令呪を奪い取ること……お誂え向きに、サーヴァントが一騎、こちらへ向かっているようだ」

「ほぉう、そいつは面白い。早速チャンス到来ってわけか」

 

 ふう、と肺に溜まった空気を吐き出した黎斗は、玉座の手すりに体重をかけながら、重い腰を上げた。黎斗の眼前に、ホログラムの窓が開いた。柱に寄りかかっていたスタークも、視線を上げて半透明の窓に投影された映像を見上げる。

 窓には、檀黎斗城を取り囲むように生い茂る『檀黎斗の森』の中、城へ向かってまっすぐに進む侵入者の姿が映し出されていた。艷やかな銀の髪をなびかせ進む若い女がひとりと、同じく銀髪ながら、褐色の肌を赤い外套で包んだ屈強な体つきの男がひとり。その鷹のように鋭い双眸が、まるでこちらの監視すら見透かしているように、前を見据えている。黎斗は、赤い男の目付きが気に入らなかった。

 

「ふん。この檀黎斗城に無断で立ち入るとは畏れ多い! 人の城を荒らそうという不届き者には、この私が直々に誅伐を下してやらねばならん」

「凄いねえ、よくもまあそんな台詞が吐けるもんだ。尊敬するよ、相棒」

 

   ***

 

 鬱蒼と茂る木々の合間から、彼方に聳えるアインツベルンの城壁を見上げ、アイリスフィールはこれから始まる戦いの予感に眦をつり上げた。前方を歩くのは、切嗣が召喚したサーヴァント。英霊としての記憶を持たず、真名すらも分からないと宣う赤い弓兵を、アイリスフィールは護衛として侍らせていた。

 

「アーチャー。アインツベルン城に、今も敵はいるのね」

「ああ、間違いない。サーヴァントだ。隠しもせず、挑発的に気配をちらつかせているよ。どうやら奴ら、既にあの城の城主にでもなったつもりでいるらしい」

 

 アーチャーは不敵に口角を歪めて笑う。

 聖杯戦争に参戦するため冬木にやってきたアイリスフィールだが、来日早々、アインツベルンが所有する拠点のひとつが他の陣営のマスターの根城にされているとは思いも寄らなかった。今後の立ち回りを考えても、拠点として運用する予定であった城が奪われたままというのはよろしくない。奪還する必要がある。

 ほどなくして森を抜けたふたりは、アインツベルン城を臨む開けた場所に出た。豪壮な城門は見慣れた本国のアインツベルン城と酷似している。門を潜り、庭園へと進むと、黒と金の派手な衣装を身に纏った男が両手を広げて佇立しているのが見えた。

 

「おやおや。人の城に無断で立ち入ろうとは、困ったネズミが紛れ込んだものだ」

 

 わざとらしく間延びした声で、男はふたりを睥睨した。男と比べ、身長はアーチャーの方が明らかに高いが、それでも男はふたりを見下すように顎を上方へとしゃくり、視線だけをこちらへ下ろしている。

 決して不用意に接近せず、一定の距離を保ったまま、アイリスフィールは声を張り上げた。

 

「それはこっちの台詞です。アインツベルンの城に、どこの馬の骨ともしれない人間を立ち入らせるわけにはいかないわ」

 

 男は、あからさまな態度で特大の溜息を零すと、ゆるくかぶりを振った。

 

「この城はゲームマスター権限によって、この私、檀黎斗神(ダンクロトシン)が占拠した。今のこの城の名は……檀ッ黎斗城だァッ!」

「なッ……んですって」

 

 一瞬、アイリスフィールは自分がなにを言われたのか理解が追いつかなかった。

 盗っ人猛々しいにも程がある。よく見れば、城のあちこちにタペストリがかけられていた。黒地に金文字で『檀』と描かれた家紋が描かれたものだ。

 

「人の城で勝手に……!」

 

 袖の内側に仕込んだ銀の針金に、いつでも魔力を通せるように構えるアイリスフィールに、アーチャーが小声で耳打ちした。

 

「油断するなよアイリスフィール。ふざけた言動をとってはいるが、奴はサーヴァントだ。マスターが近くに潜んでいる可能性がある」

「……それ、本当なの? いえ、アーチャーが言うからには、そうなんでしょうけど」

 

 一瞬辟易とした表情を浮かべるアイリスフィールだったが、すぐに眦を決し、檀黎斗を睨め付ける。なにが起こるかわからない聖杯戦争において、思い込みという名の色眼鏡は捨て去るべきだ。

 

「フフフフハハハハハ、勘違いをされてしまっては困る……ン私にィ、マスターなどという存在は不要ォッ! そう……我こそは神の才能を与えられたゲームマスターにして、裁定者(ルーラー)のサーヴァントォ……檀ッ黎斗神だァッ!」

 

 耳聡くアーチャーの耳打ちを聞き取った男が、込み上げる愉悦を抑えきれぬとばかりに笑みを深め、懐から緑色の()()()を取り出した。腰に当てると、出現した帯がひとりでに男の腰に巻き付き、ベルトのような形状へと姿を変える。

 同時に、アーチャーもまた腰を低く落とし、身構える。一瞬、エメラルド色の閃光が迸った。その両手には既に、白と黒の短剣が精製されていた。陰と陽を司る夫婦剣だ。

 檀黎斗と名乗った男が、左右の掌に手のひら大のカセットのようなものを構え、腕を交差させる。電子音が高らかに鳴り響いた。

 

 『マイティアクションエーックス!』『デンジャラスゾンビ!』

 

「グレードX-0(エックスゼロ)……変身ッ!」

 

 檀黎斗の背後に、半透明のホログラム映像が映し出される。英霊が持つ神秘から凡そかけ離れているとしか思えない、ゲーム画面を思わせる映像だった。檀黎斗の周囲を、いくつものディフォルメされた顔が映し出された窓が取り巻く。檀黎斗は、そのうちのひとつを叩いた。

 

 『ガッシャット!』『ガッチャーン!』『レベルアーップ!』

 『マイティジャンプ! マイティキック! マイティーアクショーン……X!』

 『デンジャー! デンジャー! デス・ザ・クライシス! デンジャラスゾンビィ!』

 

 どこからともなく響き渡った電子音が重なり合い、ふたりの耳をけたたましく聾する。

 檀黎斗の姿を覆い隠すように現れたホログラムの窓を、檀黎斗は自ら突き破った。黒い霧が晴れたとき、そこにいるのは既に、檀黎斗ではなくなっていた。白と黒を貴重とした、骸骨のようなマスクで顔を覆い尽くした装甲の戦士。マスクに描かれた赤と白のオッドアイが、昼間であってもなおまばゆい輝きを放つ。低く腰を下ろしたそいつは、指を大きく開いたままその両腕を前方へと突き出し、ゾンビを彷彿とさせる構えをとった。

 

「ヴェアァ……仮面ライダーゲンム、グレードX-0……ゲームマスターとして生まれ変わったゲンムの力、思い知らせてくれるゥ……!」

 

 深く、ゲンムが吐息を零す。

 返す言葉は不要だ。アーチャーが、力強く一歩を踏み込んだ。赤い外套をはためかせ、目にも留まらぬ速度で一気にゲンムとの距離を詰める。同時に駆け出したゲンムの腕には、濃い桃色の刀身をした一振りの剣(ガシャコンブレイカー)が握られていた。

 

「フンッ!」

「ヴェァアアッ!」

 

 アーチャーの短剣(干将)と、ゲンムのガシャコンブレイカーがかち合う。矢継ぎ早に、アーチャーは二刀目の短剣(莫耶)を振り下ろす。それが到来するよりも早く、ゲンムは己の刃でアーチャーの一刀目を弾き返し、反撃に打って出た。二刀目も剣で受け、三刀目が振り下ろされるよりも先に、ゲンムは上体を仰け反らせ、ひるがえし、攻撃に転じたことで隙のできたアーチャーの胴体めがけて後ろ回し蹴りを放つ。

 

「ハッ」

 

 一歩後方へと跳び退き蹴りを回避したアーチャーに追撃を仕掛けるべく、ゲンムが飛びかかる。上段から振り下ろされたガシャコンブレイカーを、今度はアーチャーの短剣が受け流す。そこから先は、激しい剣の打ち合いだった。アーチャーの攻撃をゲンムが受け、弾き返し、ゲンムの攻撃をアーチャーがいなし、受け流す。激しい剣戟の応酬。剣と剣が打ち合うたびに、火花が散って、突風が巻き起こる。その風に髪を煽られながら、アイリスフィールは固唾を呑んで戦いの趨勢を見守る。

 手数はアーチャーの方が多い。互角に見えた高速の打ち合いも、次第にアーチャーが押しているように傍目には見えた。アーチャーの白と黒の剣が、ゲンムの装甲を斬り裂き、火花と白煙を巻き上げる。けれども、いくら攻撃を受けようともゲンムに疲労の様子はみられない。剣で切られても、アーチャーの蹴りを受けても、ゲンムはゾンビのように追いすがる。

 幾度めかの打ち合いの末に、アーチャーが大きく飛び退いた。ゲンムは上体を仰け反らせ、操り人形のように体を折れ曲がらせながら、最初と同じように構えた。

 

「……おかしいわ。ダメージが通っている気配がまるでない。全身が装甲に覆われているにしても、あれだけ攻撃を受ければまともではいられないはずよ」

 

 アイリスフィールが漏らしたぼやきを聞いたゲンムが、その白いマスクの下からくつくつと笑みを零した。

 

「今頃気付いたか……そォうだ、このゲームにおいてェ……裁定者(ルーラー)のクラスはバーサーカーを除くすべてのサーヴァントから受けるダメージを半減できるゥ……! 最早セイバーが最優といわれた時代はァ……過ァ去のものとなったのだァーーーッ! ヴェァーッハッハッハッハッハァーーーッ!!」

 

 アーチャーは、ふん、と鼻を鳴らすと、そっと二振りの剣の切っ先を下ろした。

 

「なるほどな。どうやら奴は、名実ともにまっとうな英霊ではないらしい」

「私はァァ……神だァァアア!!」

 

 ゲンムが剣を振り上げ、駆け出した。

 

「それは結構」

 

 アーチャーは腰を落とし、手にした二刀を構え、投擲する。放たれた白と黒の剣は高速で回転し、車輪のように空を裂いてゲンムを急襲する。

 

「ヴェェアアッ!」

 

 ゲンムは気を吐き出し、力いっぱい剣を振り下ろした。閃光が散り、一刀目は叩き落される。けれども、そのための一瞬がゲンムにとっての隙となった。

 間髪入れずに急迫した二刀目へと剣を振り下ろすゲンムだったが、一刀目からの時間的な間隔があまりにも少なすぎた。ろくな構えも取らずに振り下ろした剣では、英霊であるアーチャーの投擲した武具に打ち勝つには敵わない。

 二刀目が、ゲンムの剣を弾き飛ばした。

 

「アーチャー!」

 

 アイリスフィールがその名を叫ぶ。

 既にアーチャーの腕には、漆黒の弓が握りしめられていた。黒塗りのいびつな形をした矢をつがえて、アーチャーは短く詠唱の呪文を唱えた。刹那、引き絞られた矢が放たれる。宝具の輝きを纏って加速した一撃に、ゲンムは対処するすべを持たなかった。それもそのはず、アーチャーによる干将莫耶の投擲から次の一手までにかかった時間は、僅か五秒にも満たない。ゲンムからすれば、干将から莫耶、そして最後の一手に至るまで、チャージタイムのない高速の連撃だ。

 

「いったん退くぞ、アイリスフィール」

 

 どこまでも標的を追い続ける必殺の一撃を放つや、アーチャーはアイリスフィールの腰を抱え、高く跳躍した。アインツベルン城を前にしていったいどういうつもりかと、アーチャーに抗議をしようとしたアイリスフィールだったが、凄まじい加速の最中だ。下手に言葉を発すれば、舌を噛んでしまうだろうことは容易に想像できた。

 遠ざり、小さくなってゆくアインツベルン城に、アイリスフィールは諦念の眼差しを向けた。一瞬ののち、アーチャーの放った宝具による閃光が、アイリスフィールの視界を覆った。今の一撃でゲンムを葬れたという実感は、どうにも湧いてはこなかった。


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