仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第20話「ハザードを乗りこなせ」

「あーもう最ッ悪だ! なんでお前までこっちに来ちまってんだよこの馬鹿! お前がこっちに来たら、あっちの俺達の体はどうなんだよ!」

「馬鹿馬鹿うッせェな! 来ちまったモンはしょうがねえだろうが!」

 

 口うるさくがなり立てながら詰め寄るビルドが差した指を、クローズチャージは平手で叩き落とす。はじめ、クローズの姿をした別人ではないかと思いもしたが、実際に接触して戦兎はその考えを改めた。この短絡的思考回路は、間違いなく万丈龍我そのひとだ。間違えようもない。

 ビルドはその場で頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

「マジで最悪だ……ってことは、俺達がこっちにいる間、俺たちの体はあの工場で放置されてるってワケ? 俺がこっちに来てから何日経った……? あんな誰も来ない工場じゃ、最悪発見が遅れて――」

「あん? 俺がこっちに来てからまだ一日しか経ってねェぞ。お前が変なメール開いてブッ倒れちまったのは、つい昨日のことだろうが」

「なに?」

 

 ビルドはしゃがみ込んだ姿勢のまま首だけを回してクローズに目線を送る。

 万丈と認識が食い違っている。戦兎の記憶では、この世界に来た初日にキャスターを召喚し、翌日にはケイネスとの同盟を結び、四日目までに工場を買い取って工房(ラボ)を新設した。五日目で遠坂に襲撃をかけてシャドウランサーを撃退し、今日は六日目にあたる。

 

「ひとつ訊くぞ万丈」

「おう」

 

 立ち上がったビルドは、顎に指先を添えたまま歩き出した。その場で小さく円を描くように、ぐるぐると。

 

「俺はあの日、エボルトから届いたメールを開いたことで、この世界に意識を取り込まれた」

「おう、俺もだ」

「そうなると、現実世界の俺の体は、今も意識不明状態で倒れていることになる」

「おう、実際倒れてたな」

「お前、俺が倒れてからこっちの世界に来るまでに、どれくらい時間が経過したか覚えてるか?」

 

 立ち止まったビルドは、再びクローズを指差した。

 

「いや、どれくらいって……そんなに経ってねェよ。あの日、お前に言われた通り売り出しに出かけて、夕方になる前には帰ってきたっつーの」

「時間の流れが違うということか……? 確かに、俺たちの世界とエグゼイドの世界では流れる時間が違っていたという実例はある。一般相対性理論に基づいて考えればありえない話じゃないが……いや、それだけじゃ説明がつかない。物理法則を無視してる。だが、待てよ? 考えようによってはこの世界だって意識体だけをタイムトラベルさせてるようなものだ。量子ゼノン効果を適用して考察すれば――」

「お、おい、戦兎? 戦兎、おーい!」

 

 すでに万丈の声は戦兎の頭に届いてはいなかった。戦兎は黙考しているつもりでも、脳内で呟いたつもりの言葉はほぼ口から小さな呟きとなって漏れ出ていた。

 ふいに、ビルドの鋼鉄のマスクに、か細い光条が命中した。痛みはないが、その衝撃に軽く頭を揺さぶられ、戦兎は我に帰る。

 

「自分の世界に没頭するのもいいが、時と場所を考えろ、マスター」

「あ、ああ。悪い、キャスター」

 

 キャスターの周囲に浮かんだ八卦炉のひとつが、ビルドに極限まで威力を絞ったレーザーを当てたことに気付き、謝罪する。次いで、キャスターもランサーも、怪訝な面持ちでビルドとクローズを眺めていることに戦兎は気付いた。

 彼らからすれば、突然出てきた見知らぬ仮面ライダーと漫談を始められたようなものだ。万丈が敵でないということを説明する必要がある。

 

「紹介が遅れたな。こいつは俺の仲間の――」

「おい、ちょっと待て戦兎」

 

 戦兎の言葉を遮ったのは、万丈だった。最前までと比べて、ぐんと声のトーンが落ちている。クローズは、肩を怒らせてビルドへと向き直っていた。

 

「さっきからキャスターだのマスターだのって……戦兎、まさかお前、この()()に乗っちまったのか!?」

 

 戦兎は、万丈の怒りの理由を察した。

 旧世界で、誰よりも戦争の被害に憤りを示していたのは、他ならぬ万丈だ。聖杯戦争と名前を変えたところで、人と人が相争う戦争を、万丈が手放しで受け入れるとは思えない。ビルドもまた、クローズへと向き直った。

 

「落ち着け万丈。俺たちが戦うのは、あくまでもう一度エボルトの野望を食い止めるためだ。戦争のために戦ってるわけじゃない!」

「だったら! なんできたねえ手を使って遠坂さんを苦しめるような真似してんだッ!」

 

 万丈の声は震えていた。それが怒りによる震えであることは、戦兎にはすぐにわかった。同時に、状況は戦兎が思っていた以上に単純でないことを察した。

 

「万丈、お前まさか……遠坂と組んだのか!?」

「戦争のためじゃねえッ! あの人は、娘のために戦うと言った。誰も傷付けずに戦争を終わらせると言った……! だから俺はあの人に手を貸すと決めたんだ!」

「誰も傷付けずにこの聖杯戦争を終わらせたい……その思いは俺たちだって同じだ。だが、少なくとも遠坂はあそこにいるスタークと手を組んでる。無条件で信用するには、あまりにも危険すぎる!」

 

 ビルドが指差した先で、スタークは片膝を立てて地べたに座り込んでいた。背中を木の幹に預け、リラックスした姿勢でふたりのやり取りに視線を注いでいる。

 

「おいエボルト。テメェ、今度は遠坂さんを利用するつもりじゃねえだろうな!?」

「ああ、そのことなら心配すんなァ。たぶん、もうすぐ時臣の奴ァ俺を敵とみなす。そうなったら、晴れて俺も遠坂の敵だ。なんなら、お前らと一緒にセイバーと戦ってやってもいいんだぞォ?」

「俺たちはお前とは組まない」

「おおっと、つれねえなあ、こいつァ!」

 

 スタークに目線すら寄越さず戦兎は即答した。対するスタークの声音に落胆は見られない。面白おかしそうに、くつくつと笑っている。いつも通りの嘲笑だ。

 クローズは、ビルドの襟の装甲を掴み上げた。ふたりの仮面が接近する。クローズの複眼に、ビルドの姿が反射している。仮面の下で、戦兎は微かに目線を伏せた。こんなかたちで万丈と向き合うことになるのは、本意ではない。

 

「ともかく、この戦いには遠坂さんの娘……凛と桜の未来がかかってんだ。お前は手を引け、戦兎」

「悪いが、遠坂にエボルトの危険性が理解できているとは思えない。ここで手を引くわけにはいかない」

 

 戦兎は一歩も引かず、クローズを真っ向から直視した。

 クローズチャージは、ただでさえ装着者の闘争本能を掻き立てる形態だ。今の万丈にそう返答することがなにを意味するか、わからない戦兎ではない。だが、それでも、戦兎にも背負っているものがある。背後で見守るキャスターとランサー、工房で待っているケイネスの顔を思い浮かべたとき、先に立った感情は、彼らを裏切ることはできない、というものだった。

 

「凛と桜はな……なんの罪もない、まだ幼い子供なんだよ……! それが、こんなくだらねえ戦争のために、今も酷い目に遭わされてる……! なあ戦兎。俺は、あの子たちを悲しませたくねえ……お前なら、わかるだろッ!」

「お前が言ってることはわかる……その子たちを助けたいって気持ちを否定する気もない。だが、今回に限っては話が別だ。こっちにも、ここで引くわけにはいかない事情があるんだよ!」

「だったら、あの子たちはどうなってもいいって……そう言いてえのか、テメェはッ!」

「そうは言ってない! ただ、聖杯を遠坂に任せるわけにはいかないと言ってるだけだ!」

「ああそうかよ……やっぱテメェも聖杯狙ってんのかよッ!?」

 

 言うが早いか、ビルドの襟を掴み上げていたクローズが、その装甲を突き飛ばした。よろけながら数歩後退ったビルドに、クローズは追撃をかけるように殴りかかる。

 

「だったら! テメェらの企みは! 俺がッ、ここで、ブッ潰す!」

「くっ……やめろッ、万、丈……!」

 

 最初の数発はなんとかいなしていたが、通常フォームにしかなれないビルドではそもそものスペックでクローズチャージに負けている。怒涛の拳のラッシュは、すぐにビルドの守りを貫き、その仮面を殴り付けた。

 ゴッ、と鈍い音がビルドの仮面の中に反響する。ビルドはもんどり打って倒れ込んだ。

 

「ぐっ……」

「立て、戦兎! 聖杯とか、戦争とか……それがどんなにくだらねえモノか、俺がわからせてやる!」

 

 倒れ伏したまま、ビルドは怒号を上げるクローズチャージを見上げる。

 クローズチャージに搭載されたシステムが、万丈の怒りを闘争本能へと昇華することで、攻撃の威力を底上げしているのだ。万丈の頭を冷やさせるためには、強制的にでも変身を解除させるしかない。

 だけれども、戦兎はラビットラビットとタンクタンクはおろか、スパークリングすらも未だに使えない。次元の狭間でエボルトとの最終決戦のために使われた強化ボトルは、いずれも新世界創造のためにエネルギーを吸い尽くされている。

 初期フォームのビルドで、クローズチャージに勝てる見込みは、薄い。

 

「――ったく、ホンットに仕方ねえ筋肉バカだな」

 

 それでも、ビルドは立ち上がった。その手に、ハザードトリガーを握り締めて。

 各パワーアップボトルはその成分を失っている状態にあるが、ボトルとライダーシステムに強化剤を直接注入することで強制的にスペックを底上げするハザードトリガーであれば、使えないことはないだろう。

 

「戦兎……」

 

 万丈もまた、戦兎がいまなにを考えているのかを察したのだろう。クローズの複眼は、ビルドの手の中にあるハザードトリガーをじいっと見つめている。

 両者の間を、ほんの一拍程度の沈黙が流れた。その僅かな間に、ハザードの暴走によって引き起こされた悲劇の記憶が、走馬灯のように戦兎の脳裏を駆け巡っていく。

 一年間に及ぶエボルトとの戦いの日々。そのさなか、戦兎の発明によって、敵も、味方も、多くの人々が傷付き、倒れていった。ハザードフォームとなって暴走した戦兎は、この手で、人の命をも奪った。

 心を抉る哀しい記憶ばかりが呼び起こされる中で、しかし最後に強く心に印象づいた記憶は――戦兎の父、葛城忍の笑顔だった。

 七年前のスカイウォールの惨劇のさなか、忍は、自分は愛と平和(ラブアンドピース)のために科学者になったのだと、なんの衒いもなく笑顔で言ってのけた。

 

「万丈」

 

 ビルドは顔を上げた。

 父の想いは、今も戦兎の心に強く息衝いている。それを思ったとき、暗澹とした戦兎の心に、光が降り注いだ。

 

 仮面ライダーは、兵器ではない。

 戦兎の心に、もう、迷いはなかった。

 

「お前に守りたいものがあるように……俺たちにも守らなきゃならないものがある。お前は、俺が止める……!」

 

 胸元まで掲げたハザードトリガーのセキュリティカバーを外し、ボタンを強く押し込んだ。

 

 『HAZARD ON!』

 

 ハザードトリガーをベルトに接続し、続けて二本のボトルを耳元で振る。ビルドはそれを勢いよくドライバーに装填した。

 

 『RABBIT!』『TANK!』

 『SUPER BEST MATCH!!』

 

 スーパーベストマッチの電子音とともに、ラビットタンクの紋章(クレスト)が浮かび上がる。けたたましい待機音が鳴り響く中、ビルドはレバーを一気に回転させた。

 

 『Are You Ready?』

 

 いまなら断言できる。葛城忍は、ただ力だけを追い求めてこんな暴走装置(ハザードトリガー)を造ったのではない。

 戦兎の父は、エボルトの侵略からこの星を守るため、愛と平和のために、科学者の誇りを懸けてハザードトリガーを完成させたのだ。父の想いを受け継いで仮面ライダーになった戦兎は、この力を本来の目的のために正しく使う義務がある。

 決して暴走などしないという強い決意とともに、戦兎は叫んだ。

 

「ビルドアップ!」

 

 巨大な鋼鉄の鋳型(いがた)が、ビルドを前後から挟み込むようにプレスした。強化剤を注入された強化装甲が、鋳型の内部にいるビルドの装甲を上から圧縮して定着させる。

 再び鋳型が開いたとき、白煙とともに姿を表したのは、全身をブラックメタリックの装甲で包んだ黒鉄のビルドだった。

 

 『アンコントロールスイッチ!』

 『ブラックハザード!!』

 『ヤベーイ!!』

 

 全身に闇を纏ったような漆黒の装いとなったビルドは、フルボトルバスターを構えて、腰を低く落とす。

 以前と比べて、ハザードフォーム自体が戦兎の体に馴染んでいる実感があった。ライダーシステムを纏って戦えば戦うほど、ハザードレベルは上昇する。一度はエボルトを倒すにまで至った戦兎の成長も相俟って、この分ならば当分は暴走せずに戦えると戦兎は確信した。

 穏やかな冷静さを保ったまま、戦兎は眼前のクローズに告げた。

 

「来い、万丈。お前の頭、俺が冷やしてやる」

「上等だ! だったら俺が、逆に冷やし返してやるッ!」

 

 掌に拳を打ち付けたクローズは、意気揚々とよくわからないことを宣った。万丈の行動にいちいち論理的な整合性を求める方が愚かだということはよくわかっているが、それでも調子が狂う。いざ構えを取ろうとしていたビルドの姿勢が緩む。

 

「なにが逆だよ、どう考えても頭に血が上ってんのはそっちでしょうが!」

「うるせェ、とにかくこっちはテメェらの作戦をブッ潰しゃそれでいいんだ! そうなりゃ戦うのが一番手っ取り早ェだろうが! それによ……」

 

 クローズは、己の両腕を見下ろした。ぐっ、と拳を握り込む。

 

「なんだか知らねえが、テメェらを見てると、無性に戦いたくなってくる……! こんな気持ちは、こっちに来てから初めてだッ! この思いは、誰にも止められねェエエッ!!!」

 

 クローズが纏う闘気が、蒼い炎となって燃え上がる。その炎の中に、青白く輝く稲妻が見えた。はじめ小さな稲光だった電撃が、次第にばちばちと大きな音を伴って、蒼炎をも散らすほどに広範囲に迸って、大地を焦がす。

 

「うぉおおおおおおおおおあああああああああッ!!」

 

 万丈の咆哮とともに蒼炎と稲妻が迸り、その手の中に大剣ビートクローザーが精製される。見慣れない武器の出し方だ。万丈が使っている能力が、戦兎が造ったライダーシステムのそれではないことは明白だった。

 

「万丈、お前……!」

 

 マスターになった戦兎には、わかる。目の前で吠え猛るクローズから感じる威圧感は、セイバーやランサーが纏っていたものと同じ、魔力による身体強化だ。

 戦兎は直感的に察した。万丈龍我は、サーヴァントになったのだと。

 

「ラァアッ!」

「はッ!」

 

 両者、同時に地を蹴った。青く燃える剣と、霧のような闇を纏ったフルボトルバスターが激突する。閃いた火花と蒼炎、そして溢れ出した稲妻が、深夜の境内を眩く照らしだす。

 一撃の威力が重い。想定よりも、格段にスペックを上げている。クローズがただライダーシステムの力だけで戦っているわけではないという戦兎の仮説が、より現実味を帯びてくる。

 クローズが振るう剣の連撃を、しかしビルドもまた一歩も引くことなく打ち返す。キャスターのスキル支援を受けたハザードならば、英霊の力を宿したクローズが相手でも十分に戦えると確信する。

 幾度目かの剣戟ののち、上段から力いっぱい振り下ろしたフルボトルバスターを、ビートクローザーが受け止める。そのまま押し切らんと体重をかけながら、戦兎は叫んだ。

 

「万丈、お前ッ、そんな力どこで手に入れた!」

「俺に力をくれた人がいるッ! その人の想いに応えるためにも、負けるわけにはいかねェんだよッ!」

 

 クローズの剣に宿った蒼炎と稲妻が、ごうと唸ってその熱量を上げる。それに伴って、クローズの膂力が跳ね上がった。上段を取ったはずのビルドが、下方から押し返される。

 ビートクローザーの薙ぎ払いに合わせて、ビルドは後方へと跳んだ。

 

「今の俺は、負ける気がしねェエエッ!!」

 

 クローズが、一本のフルボトルをビートクローザーに装填した。ミリオンスラッシュの電子音とともに、その剣を振り抜いた。光り輝く鎖状のエネルギーが、稲妻を纏って放たれる。

 

「だったら、無理矢理でも止めてさせてもらう。話はそれからだ!」

 

 フルボトルバスターに、二本のボトルを連続で装填する。ユニコーンボトルと消しゴムボトルの二本だ。ジャストマッチの電子音に次いで、振り払った刀身から青白いエネルギー刃が飛んでゆく。

 ビルドが放ったエネルギーは、程なくして空を駆ける一頭の一角獣へとその姿を変える。一角獣の姿をしたエネルギーの塊と、クローズの放った鎖が衝突し、一角獣を絡め取った。

 空中で、両者の放ったエネルギーが霧散する。消しゴムボトルの効力で、一角獣と鎖のエネルギーを打ち消したのだ。

 

「万丈……!」

「戦兎ォオオッ!」

 

 再び駆け出した両者は、互いの剣を激しくぶつけ合わせる。相克を繰り返すたび、クローズの攻撃はその威力を増してゆく。幾度目かの激突の末に、ビルドのフルボトルバスターが弾き飛ばされた。剣の威力では、稲妻と蒼炎を纏ったクローズを止められない。

 

「うぉおおおらぁああッ!」

 

 蒼く燃えるビートクローザーを振りかぶるクローズに対し、ビルドはベルトのレバーを高速で回転させた。

 

 『HAZARD ATTACK!』

 

 左足を軸に、クローズから頭を遠ざけるように上体を引きながら体を一回転させる。右足の装甲の隙間から、どす黒い霧が滲み出すように噴出し、ビルドはそれを纏う。後ろ回し蹴りの体勢だった。

 まるで映像を早回しにしたように、ビルドの攻撃は加速した。ビートクローザーの刃がビルドに届くよりも先に、ビルドのキックがクローズチャージの胸部装甲に減り込む。

 ハザードフォームには、接触した物体の装甲を分解・霧散させ、その内部中枢に直接攻撃を叩き込む機構が備わっている。ビルドの蹴りは、クローズチャージの装甲を突き抜け、内部の万丈の体へと直接衝撃を叩き込んだのだ。

 

「うお――ッ!?」

 

 クローズチャージの体が、まるで砲弾に吹き飛ばされたように吹き飛んだ。数十メートルほど吹き飛んで、クローズは境内の入り口にあたる鳥居の付近を転がる。

 並のスマッシュに使えば装着者ごと死に至らしめる攻撃だが、英霊の力を得た万丈に対してはそこまでの殺傷性能を発揮できなかったらしく、ものの数秒でクローズは起き上がった。

 だけれども、疲労は明らかだった。攻撃を受けた箇所を片手で抑え、前のめりに荒い吐息を吐き出している。

 

「もうやめろ、万丈! 今のは効いたハズだ、これ以上戦えば、お前の身がもたない!」

「へっ……、なに寝惚けたこと言ってんだ。そりゃ、こっちの台詞だろうが……お前こそ、もうそろそろ……ハザードの限界が近ェんじゃねえのか」

 

 図星を突かれ、戦兎は狼狽えた。ハザードフォームは、戦えば戦うほどに、装着者の闘争心を駆り立てる。その果てに待つのは、暴走だ。ひとたび暴走すれば、ハザードは敵味方の区別なく、視界に入るすべてを灰燼に帰すまで戦い続ける獣と化す。

 

「戦兎ォ……そうなる前に、俺が、止めてやる。そんで、お前らの作戦も、ブッ潰す……みんな、俺が、救ってやる」

 

 肩で息をしながら、それでもクローズチャージは構えを取った。

 ハザードが暴走する前に、戦兎を救う。そして、遠坂も、その娘も、みんな救うと、あの筋肉バカはそう言っているのだ。誰も傷つけることなく、この聖杯戦争を終わらせるために。

 

「あンの、バカ」

 

 握り締めた拳が震える。英霊になっても、聖杯戦争に巻き込まれても、あのバカは、どこまでも自分を貫くために戦っているのだとわかってしまった。

 救いたいという思いは、戦兎も同じだ。後ろにいるキャスターやランサーだけでなく、ケイネスも、いま相対している万丈のことも、救いたい。万丈が願うなら、遠坂の娘だって救いたい。思いは同じなのに、こうも擦れ違ってしまう。

 それでも、全力でビルドと向かい合うクローズを止めるためには、戦うしかない。懊悩を振り払い、もう一度前を向いた、そのときだった。

 

「――戦兎、上ですッ!」

 

 ランサーの声が響く。

 見上げた頭上には、巨大な蝙蝠を模したエネルギー状の膜が、エメラルドグリーンの妖しい輝きを放って、ビルドらの頭上を覆っていた。その向こうに輝く月は、まるで血を啜ったように赤黒く染まっている。

 

「なっ、これは――ッ!」

 

 気付くのが遅かった、というわけでは断じてない。完全な不意打ちだ。戦兎が気付いたときには、既に頭上に展開された蝙蝠(キバ)の紋章と鏡写しになるように、地面にもエメラルドグリーンの紋章が描かれていた。

 地面に描かれた紋章から紅い稲妻が迸り、ビルドの脚をその場に縫い付ける。全身を稲妻が駆け巡る衝撃に、戦兎は完全に身動きを封じられた。次いで、糸を切られた吊り天井のように、頭上に展開された紋章が落下する。

 もはや回避が不可能であることを悟った刹那、万丈の叫びが戦兎の耳朶を叩いた。

 

「戦兎ォーーッ!」

 

 『SCRAP BREAK!!』

 

 クローズの体から、稲妻を纏った蒼龍が解き放たれる。巨龍はその大口を開け、けたたましい咆哮を響かせながら空へと舞い上がった。

 飛翔した蒼龍は、ビルドと、頭上より迫りくる紋章の間に躍り出ると、ビルドを庇うように真っ向から紋章に向かっていった。蒼龍の顎門が、紋章に食らいつく。紋章から放たれる紅の稲妻と、蒼龍が纏った蒼の稲妻がないまぜになって放出される。

 紋章の落下が、止まった。蒼龍のエネルギーが、紋章と拮抗しているのだ。

 

「万、丈……!」

 

 地面に描かれた紋章から迸る稲妻の威力だけで意識が飛びそうな最中、万丈が戦兎を救うために力を使ったことを悟った。

 龍の咆哮が、ふたたび戦兎の耳朶を叩く。彼方から飛来した蒼く燃える龍が、ビルドの体に食らいつき、そのまま上下から挟み込み押し潰そうと迫る紋章に触れることなく、ビルドの体を外へと叩き出した。

 一瞬遅れて、クローズが放った蒼龍のエネルギーを、キバの紋章が押し潰し、爆散した。

 

「はぁっ……はぁ……っ、いったい、なにが」

「ふう。間一髪、といったところでしょうか」

 

 ビルドを紋章の外へと押し出した蒼龍が、ビルドの眼前でとぐろを巻き、人の姿をかたどった。白の和服を纏った少女は、にこりと柔和な微笑みを浮かべた。

 

「お前は、確か……バーサーカー」

「あら、覚えていらしたのですね。一度きりしか会っていないというのに……嬉しい限りですわ」

 

 バーサーカーは一瞬目を丸めたが、すぐに扇子で口元を隠すと、くすりと微笑みを浮かべた。その微笑みが信用できず、戦兎はビルドの仮面の下で警戒心を顕にする。

 

「なんでお前がここにいる。俺を助けてくれたのか……?」

「ええ。此度はあなた様方を支援するため、ますたぁの命により馳せ参じました。バーサーカー――真名を()()と申します。以後、お見知り置きを」

「なっ!?」

 

 サーヴァントが自ら他陣営の人間に真名を名乗ることがそもそも慮外の出来事だが、その清姫があまりにもさらりと己の真名を言ってのけるものだから、戦兎は余計に驚いた。

 

「わたくしに与えられた使命はたったひとつ……セイバーを打倒すること、ただのそれだけです。ですから、セイバーを倒すために動いているあなた様方は、目下わたくしの味方……ということになります。非常にわかりやすいでしょう?」

 

 ビルドは、微笑むバーサーカーの小さな手を取り、立ち上がった。

 仮面越しに互いに視線を交わし合う。一瞬ののち、バーサーカーは、その視線を境内の入り口に立つクローズへと向けた。否、その奥の、石階段の下から上がってくる者に、といったほうが正確だった。

 

「来る」「来ます」

 

 ランサーとバーサーカーが、ほぼ同時に呟いた。

 クローズの背後の石段を踏みしめ、黒装束に紅のマントを纏った男――セイバーが悠然と姿を現した。セイバーが踏みしめた石畳には、しっかりと男一人分の足跡が刻まれ、その足跡から炎が燃え立っている。

 

 大気が、陽炎のように揺らめいた。

 空気が、質量を持ったように重くなる。

 圧倒的な魔力量。桁外れの威圧感。最強にして最優のサーヴァント。闇のキバの鎧に認められし純血の継承者(ルーツ・オブ・ザ・キング)

 

「セイバー……ッ!」

 

 久方ぶりの再開に、戦兎の身がこわばる。キャスターは言わずもがな、笑顔のままのランサーも、顔のおよそ半分を扇子で覆い隠したバーサーカーも、この場の全員がセイバーの放つ並外れた威圧感を肌で感じている。

 クローズの隣で肩を並べたセイバーは、この場の全員を睥睨するように視線を上げ、目を細めた。

 

「あんたが……遠坂さんの、サーヴァントか」

 

 ハザードの攻撃の直撃を受け、消耗した体で再び必殺技を発動した万丈のコンディションは既に劣悪だった。その万丈が、息を切らしながらセイバーへと詰め寄った。

 

「ライダー。なぜ(オレ)の邪魔をした」

 

 セイバーは、隣にいるクローズに一瞥すらも寄越さなかった。ただ、凍てつく冬の湖面のように玲瓏な声音で問い返す。

 

「あいつは、戦兎は俺が止める! あんたには悪いが、この役目だけは他の誰にも任せらんねえんだよ……! あいつは、俺の――」

「もうよい。口を閉じろ、雑種」

 

 セイバーとクローズの間の空間に、黄金の歪みが花開いた。その歪みから、無数の宝剣が雨霰さながらの勢いで飛び出す。

 

「う、おおおおッ!?」

 

 宝剣の苛烈なラッシュがクローズを襲う。絶大な威力を誇る剣の切っ先が、クローズの装甲を斬り裂き、穿つ。怒涛の勢いで押し寄せる大量の宝剣の閃きを、今のクローズがしのぎ切れるわけがない。

 はじめ両腕で頭を庇うように体を丸め、防御姿勢をとっていたクローズだったが、宝剣の連撃はたやすくその守りを打ち崩し、クローズを吹き飛ばした。

 ライダーシステムが強制解除され、全身に切り傷を刻み付けた万丈が地べたを転がる。胸元には、ハザードの一撃によって与えられた傷が生々しく残っており、擦り切れた衣服の合間からは赤黒く変色した痛々しい痣が垣間見えていた。

 

「万丈ォォーーッ!」

 

 駆け寄ろうとしたビルドの眼前に、またも黄金の歪が出現した。一斉に放出された黄金の大剣を、ビルドは再び構えたフルボトルバスターで弾き返す。

 魔皇剣の複製品とはいえ、腐っても宝具の射出だ。ろくな構えも取っていない状況から、敵の宝具攻撃の威力を殺し切るには、些か膂力が足りない。一瞬の拮抗ののち、吹き飛んだのはビルドの方だった。

 

「ぐ、あ……!?」

「戦兎!」

 

 駆け寄ったランサーの腕を振り払って、ビルドは地面を殴って起き上がる。

 ランサーは一瞬目を丸めたが、すぐにいつもの笑みを取り戻し、小首をかしげた。

 

「おや、随分お疲れのように見えましたが、まだ私の手助けはいりませんか?」

「……ランサー、お前にひとつ、頼みがある」

「頼み? 珍しいですね、よもや戦兎が、この私に頼み事など」

 

 らしくないと、自覚はしている。それでも、伝えなければならない。

 戦兎はランサーに向き直った。

 

「もしも、俺が暴走して手が付けられなくなったら……そのときは、俺のベルトを狙え。ハザードトリガーが停止すれば、ビルドは止まる」

「そなた、もしや……捨て身で?」

 

 ビルドの仮面の下で張り詰めた表情を浮かべていた戦兎は、なんでもないように、努めて朗らかに笑ってみせた。

 

「ま、安心しろよ。暴走するつもりはない。けど、最悪の状況を想定して保険をかけておくのは、てんっさい物理学者として当然の心構えだからな」

 

 言うが早いか、ビルドはベルトに装着されたハザードトリガーのスイッチを押し込んだ。ランサーに二の句を継がせるつもりはなかった。

 

 『MAX HAZARD ON!!』

 

 無言のまま、ビルドはベルトのレバーを回転させる。

 

「待ちなさい、戦兎ッ!」

 

 『Ready Go!』

 

 ハザードフォームに変身してから、既に一定以上の時間が経過している。これ以上戦闘を長引かせるのは、危険だ。短期決戦で、一気に勝負を仕掛ける必要がある。

 感情的になっている、という自覚はあった。

 セイバーは味方であるはずの万丈に不意打ちを仕掛けた。傷だらけの万丈の命をなんとも思っていない。以前戦ったときから分かってはいたが、あのセイバーは、そういうことを平気でやれるサーヴァントなのだ。それが、戦兎には許せなかった。

 

 『オーバーフロー!』

 『ヤベーイ!!』

 

 無言のまま、ビルドはオーバーフローモードを起動した。

 全身から漆黒の霧が噴出し、ビルドの装甲を覆う。どす黒い闇の中で、赤と青の複眼だけが妖しく煌めいていた。

 ゆらりと、黒いビルドが顔を上げる。その視界に、敵の姿を捉え、ビルドは地を蹴った。

 

「ッ!」

 

 残像だけを残して、漆黒のビルドはその姿を掻き消した。速度が、あまりにも疾すぎるのだ。

 目前に黄金の宝剣が無数に展開されるが、今のビルドから見れば、あまりに遅すぎる。

 眼前に突き立てられた宝剣の切っ先を、横合いから右の拳で殴り付ける。殴り付けたそばから拳を起点に漆黒の闇が噴出し、宝剣を粉々に砕く。二刀目は左の拳で、三刀目は右の裏拳で、四刀目は回し蹴りで叩き落として、ビルドは破竹の勢いで進撃する。

 オーバーフローモードを起動したビルドの速度は、間違いなくセイバーの遠隔射出の初速を上回っている。音速に近い速度で迫りくる攻撃を叩き伏せながら突き進み、やがてビルドはセイバーへと肉薄した。

 

「ほう」

 

 鼻を鳴らすセイバーの顔面目掛けて、ビルドは無言のまま拳を放つ。

 渾身の右フックを受け止めたのは、セイバーの生身の左腕だった。その掌から、赤黒い波動が放たれている。それがハザードの拳を食い止めていた。

 一瞬ののち、濃緑に輝く魔皇力の波動が、セイバーの腹部を中心として、水面に波打つ波紋のようにその全身へと広がってゆく。

 ビルドの仮面に、セイバーの吐息がかかるほどの至近距離。そこで、セイバーはほんの一言、呟いた。

 

「変身」

 

 ビルドと突き合わせていたセイバーの顔面は、瞬く間にエメラルドグリーンの複眼に彩られた仮面に覆われた。

 ダークキバの反撃の拳を、ビルドもまた片手で受け止める。両者の拳と掌の間には、ハザードの装甲から滲み出た黒い霧が生じている。

 ほぼ同時に、カウンターとなるかたちでビルドは殴り返した。けれども、その拳もまた、ダークキバの腕に遮られ、届かない。

 

 そこから先は、壮絶な拳の打ち合いだった。

 互いに決定打を与えられぬまま、拳の応酬だけが繰り広げられる。

 ただひとつ、両者に差があるとすれば、戦闘時間が長引くにつれて自我を保てなくなるビルドと違って、ダークキバには制限がないということだった。




 TIPS
【ハザードトリガー】
 ライダーシステムの装着者と、装着者の脳神経に直接強化剤を注入することでハザードレベルを強制的に引き上げる()()()()()()()
 使用するだけで爆発的な力を発揮できるが、使用後一定時間が経過すると、脳が刺激に耐えられず暴走する。
 ひとたび暴走すれば、敵味方の区別なく、目に映るものすべてを破戒す尽くすまで暴れ回る狂戦士と化す。

 だが、これを設計した葛城忍は、ただの暴走装置としてハザードトリガーを生み出したのではない。
 この力がエボルトの野望を食い止める鍵になると信じて、忍はハザードトリガーを遺したのだ。

 事実、ジーニアスフォームでハザードトリガーを使用すれば、ブラックロストフルボトルを元のロストフルボトルに浄化することができる。
 戦兎は、父の遺したハザードトリガーを、ラブアンドピースの為に使われるべきものであると信じている。
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