仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第23話「レイドバトル開幕」

 ぶぅぅ――ん、と。ボイラーが震えるような、密集した蝿が踊り狂うような、生理的な嫌悪感を引き起こす耳障りな音が絶えず時臣の耳朶を打つ。庭園の景観を損なうには十分すぎる異形の蟲の群れが、薄い翅を絶えず微振動させて、空を塗り潰すように密集して滞空している。見るに堪えないその有り様に頭が痛くなる思いを堪えながら、時臣は蟲を操る浮浪者然とした男を睥睨した。

 

「このような夜分に何用かな、間桐雁夜。今更君と話すことなどなにもないと心得るが」

 

 雁夜は、顔に垂れていたフードを払った。

 白く濁った目を剥いて、既におよそ半分が壊死した顔を、殊更醜く歪ませる。

 

「何故だ、時臣。何故お前は今更になって、桜に会おうだなんて思った……!」

「そんなことを問うために、君はひとりでここへ乗り込んできたのか」

「いいから答えろォ!」

 

 時臣は目線を伏せ、鼻からゆっくりと吸いあげた息を、勢いよく吐き出し緩くかぶりを振った。

 

「私は桜の父親だ。娘が正しく魔導を収められているか、その修練の度合を確かめることに、いったいなんの問題があるというのかね」

「貴様は、この期に及んでまだ父親を気取ってあの子を苦しめる気か!? 今のあの子に叶わない希望を見せることが、どれだけ残酷なことかなど知ろうともせずに……ッ!」

「なにを言い出すのかと思えば……そんなことを君に言われる筋合いはないな。魔術を貶めた、裏切り者の君に」

「……時臣ィイイイッ!!」

 

 安い挑発ひとつで、雁夜は裂帛の絶叫とともに全身から血を噴き上げ、大量の蟲たちを一斉に励起させた。強靭な顎を持つ甲虫の群れが、時臣に狙いを定め、隊列を成して襲い来る。

 ステッキを軽く掲げ、柄頭に嵌め込まれたルビーに魔力を込める。短い詠唱に次いで、燃える炎の防御陣が時臣の前面に展開された。雁夜の放った蟲の群れは、突然止まることもできず、時臣の炎の陣の中へ飛び込み、焼け落ちてゆく。

 それでも雁夜は蟲による突撃をやめようとはしない。血反吐を吐き、全身の血管を破裂させながら、蟲の群れを間断なく時臣の炎の中へと送り込む。それしか能がないのだと判断するにつれて、その体たらくに溜息が漏れる思いだった。あまりにも、見るに不快が過ぎる。

 

「あの子、は……っ、遠坂、には……戻らない、と……言った……!」

「なに?」

「き、さまにィ……、分かるのか……ッ! あれ、ほどの……地獄の、中でェ……! 心にもない言葉を、言わなきゃならない……桜の、苦痛がァアッ!」

 

 雁夜がこの状況でなぜそれほどまでに桜を気にかけるのかが、時臣には理解ができなかった。

 当初の時臣の予想では、第四次聖杯戦争において、間桐はその参戦を辞して見送るものとばかり思っていた。それが何故、今更になって雁夜などという落伍者を無理矢理マスターに仕立て上げて、このような醜態を晒させるのか。

 当の雁夜がいったいなにを求めて魔術の世界に舞い戻ったのか、そんなことは想像するだけでも不快極まりなく、これまで興味すら抱こうとはしなかった時臣だったが、ここではじめて、心中に些細な好奇心が芽生えた。

 

「では、問おう。君はいったい、なにを求めて聖杯戦争にその命を懸けるのか。君はなぜ、そうも桜に固執するのか。君の行動は、万事理解に苦しむことだらけだ」

 

 炎の手は一切緩めることなく、絶えず飛び込む虫の群れを焼き払いながら、時臣はその怜悧な眼差しを細めた。

 

「私は君の問いに答えた。次は君の番だ。答えて貰うぞ、間桐雁夜」

「そんなことは、決まっている! 桜を……あの地獄から、解放するッ! そのためにッ……お前を、殺す! ただ、それだけが俺の目的だッ!」

「話が見えないな。真に桜のためを思うならば、父である私をその手にかける理由など――」

 

 ――家族と離れ離れになってでも魔術師になりたいって、一言でもあの子が自分で言ったのか!?

 

 ――あんたらは、みんなそうだ……雁夜も、あんたもッ! 凛や桜の気持ちなんかこれっぽっちも考えてねェ……!

 

「……ッ」

 言いかけたところで、時臣の脳裏にライダーの怒号が蘇る。

 桜を間桐から救ったとしても、遠坂に帰還すれば、また次の家へと養子へ出される。桜の意思は尊重されず、家族と引き離される。ライダーは、それを不条理だと言った。

 魔導を知らぬものは、桜が自分の道を自分で選ぶことのできる未来こそが理想だと、誰しもがそう思うのだろう。それはこの雁夜とて例外ではないということか。

 

「そうか、今ようやくわかった。君はそのために……桜のために、私に牙を剥くのか」

「お前がいる限り……あの子は、何度でも……ッ、あの地獄へ叩き込まれる……だからッ!」

「ああ、理解したぞ間桐雁夜。君がなにを願い、その身をそうも苛むのかを」

 

 雁夜は、再びぎょろりと目を剥いた。怒りの形相ではなく、純粋な驚愕のように時臣には見受けられた。時臣が雁夜に対し僅かでも理解を示したことが意外だったのだろう。他ならぬ時臣自身にしても、いま自分が口にした言葉は、不本意ながらまったくの慮外のうちに出たものだ。

 ライダーの言葉がなければ、雁夜の感情に気付く日ことなどついぞなかっただろう。間桐雁夜は、欲に目を晦ませ、醜態を晒しながら聖杯を掠め取ろうとする不埒者と決め付けて疑わなかったのだから。

 

「――だが、だとしても、君が魔導を貶めた事実に変わりはない。桜は私が責任を持って救うが、我が家の事情について、部外者の君に口出しをされる謂れはない」

「責任を持って、救う、だと……? 今更……ッ、そんな都合のいい話があるか!? お前は結局……責任とか、魔導の誇りとか……そんなくだらない物差しでしか物事を見ていない!」

「それこそ君に言われる筋合いはないな。君が己の責任を放棄し、放蕩していた間も、私は常に親として子の幸福を願ってきた。なんら責任を持とうとせず、当事者であろうとすらしなかった君が語る言葉など、現実から目を背けた綺麗事でしかない」

 

 火の手が強まる。蟲の羽音が増す。

 雁夜は、血反吐を吐き散らしながら、それでも嗤った。

 

「は、はは……はははははっ」

「どうした。図星を突かれて壊れたか、間桐雁夜」

「いいや……貴様がそういうやつでよかったと……っ、心から思ったのは……これが、初めてだ!」

 

 時臣は無言のまま、眉根を寄せる。炎の魔力を注ぎながら、次の言葉を待った。

 

「貴様は結局……責任だなんだと体のいい言葉で武装して……凛を、桜を……ッ、葵さんを裏切った! 俺は、そんな貴様が赦せない……! 彼女たちの幸福を……理解しようともしない貴様がッ!」

「なるほど。それが私の問いに対し、君が示した答えか」

 

 口の端から、無意識に笑みが溢れる。

 感情の大部分を嘲りの色が占めてはいるものの、同時に奇妙な心地よさをも覚えた。眼前の男が、そういう浅はかな人間でよかったという安堵。そして、やはりここでこの男を葬るべきだという義憤。

 時臣は眦を決し、ルビーの嵌められたステッキをふたたび掲げた。

 

「自分の都合を優先し、困難から逃げ続けてきた裏切り者の君が、今更になって当事者の決断を責め苛む……その卑劣極まる生き様が、私にはどうにも赦せそうもない。ゆえに、今日まで誰も下さなかった誅罰を、私が下そう。間桐の恥は、私が洗い流す」

 

 時臣と雁夜が今更わかり合うには、あまりにも価値観が乖離しすぎている。それでも、己のうちにある不快感をここまで丁寧に言葉にしたのは、時臣にしてみれば一種の慈悲でもあった。

 ただの害虫として処分するのではなく、ひとりの敵として認め、処断するという決意とともに、時臣は己の魔術回路を励起させ、ステッキへと魔力を回す。

 

「とぉぉきおみィィイイイイッ!!」

 

 雁夜の顔を伝う血管がのたうち暴れ回る。避けた血管から血飛沫を噴き出しながら、雁夜は裂帛の絶叫をあげた。黒鉄の甲虫の群れが奏でる大顎と翅の軋みが、雁夜の叫びを掻き消すほどの大音響を奏で、押し寄せる。

 時臣が敷いた防御陣の規模を上回る数の蟲たちが一斉に飛び上がり、視界を埋める弾幕となって飛来する。

 

Intensive Einascherung(我が敵の火葬は苛烈なるべし)――」

 

 ほんの二節程度の詠唱。時臣の意思に応えた炎が、蛇のようにうねる。時臣の火炎は、飛来した蟲の弾幕の尽くを償却し、雁夜へとその火の手を伸ばした。

 雁夜は、防御姿勢すらまともに取ろうとはしなかった。防御を取る余裕すらないのか、その発想そのものがないのか知る由もないが、別段知ろうとも思わなかった。馬鹿のひとつ覚えとばかりに蟲を飛ばし続ける雁夜へ、灼熱の火炎が迫る。

 雁夜の前に、虚空の闇からひとりの英霊が姿を現した。白い和服を纏った少女が、薄緑の長髪を風に靡かせる。

 

「それが、ますたぁが導き出した()()なのですね」

「バー、サーカー……お前、なんで……ッ」

 

 バーサーカーは、くすりと微かに微笑み、雁夜へと振り返った。

 

「……本当に、どうしようもないお方。ですが、こうして喚ばれた以上、この清姫にも意地というものがございます。このようなところで、ますたぁを死なせるわけにはまいりません」

 

 時臣へと向き直ったバーサーカーは、手にした扇子を力強く仰いだ。巻き起こされた魔力を帯びた風が、時臣の炎の魔術をたちまちくゆらせ、制御を困難とさせる。続けて、ふう、と息を吹き込む。バーサーカーの吐息は灼熱の竜の息吹と化して、時臣の炎すらも呑み込み、地面を舐めるように時臣へと迫った。

 サーヴァントが起こした高圧力の魔力の火炎に対抗するためには、今しがた唱えた二節以上の魔術を励起させる必要がある。対処のため、己の身に刻んだ魔術刻印を総動員するべく魔力を回した、ちょうどそのときだった。

 

「――ヴゥゥァアアアハハハハハハァッ!」

 

 迫りくる炎の魔の手から時臣を庇うように、居丈高な哄笑とともに、白と黒の装甲を身に纏った仮面ライダーがどこからともなく現れた。

 瘴気を纏ったゾンビのライダーは、糸に吊られたマリオネットのようにふらりと構えを取ると、手にした剣をぶんと力強く横薙ぎに振り払った。バーサーカーの火炎が吹き払われ、あとには熱風だけが残り、時臣の髪を撫でる。

 

「ルー、ラー……、どうしてここへ」

「貴様らには、即刻戦闘を中止して貰うゥ……!」

「なに?」

 

 背筋をこれでもかと仰け反らせて時臣へと振り返った仮面ライダーゲンムは、白と赤のオッドアイを闇夜に輝かせ、その仮面の下で理性を失ったゾンビを彷彿とさせる特大の吐息を零した。

 

「聖杯戦争はァ……一時中断だァアアアアッ!」

 

   ***

 

 冬木教会の礼拝堂は、物々しい雰囲気に包まれていた。

 決して広くはない礼拝堂のホールに、人ならざるものが発する濃密な魔力がひしめき合っている。空間を満たすひりついた緊張感さえも、講壇の上に立つ檀黎斗にしてみれば、今という瞬間を愉しむためのスパイスでしかない。

 ゲームマスターであり裁定者(ルーラー)でもある檀黎斗から直々に、全サーヴァント、もしくはマスターの強制召集令が発令されてから僅か一時間。黎斗が知る限りすべての陣営の参加者が、いま、この礼拝堂に集まろうとしていた。

 

「――見ろ、キャスター。セイバーも来てるぞ」

「ああ、そのようだな。だが案ずる必要はない。ここ冬木教会は聖杯戦争における不可侵領域……ここではさしものセイバーも安易に仕掛けられはしまい」

 

 桐生戦兎とキャスターの声が微かに黎斗の耳に入った。

 ふたりは整然と並べられた信徒席には着席せず、礼拝堂の隅で佇立したまま、油断なく周囲に視線を配っている。その先にいるのはセイバーだ。誰とも馴れ合う様子なく、信徒席にひとりで深く腰掛けている。

 おとなしく座っているように見えるが、セイバーの身から澎湃(ほうはい)と湧き上がる殺気のオーラは、凄烈の一言に尽きる。迂闊に寄れば殺されるかもしれないと、そう思わせるだけの威圧感がそこにはあった。

 当然ながら、アルターエゴも姿を見せてはいない。その立場上、この場所に堂々と姿を現すわけにはいかず、霊体化してそばに控えているのだろうが、黎斗はあえて見逃すつもりでいた。処分ならいつでもできる。

 

「しっかし妙な気分だな。ついさっきまで敵だったやつと一緒にいるってのは」

「同感ですね。私もさっきからそわそわと落ち着かず、許されるならば、この場でいざひと暴れしたいという気持ちを抑えていたところです」

「うおっ、物騒なやつだな!? 流石の俺もそこまで喧嘩っ早くねえっつーの!」

「おや、そうなのですか? てっきり血気盛んな若者とばかり思っていたのですが」

 

 桐生戦兎のすぐそばの信徒席に腰掛けた万丈龍我(ライダー)に、ランサーがくすくすと笑いかける。

 一見すると、ふたりはあくまで招待客のていで無遠慮に信徒席に腰掛けているように見えるが、少なくともランサーがそうでないことだけは明白だった。絶えず笑顔を崩しはしないものの、その双眸からは十全たる戦意を発奮させ、周囲のサーヴァントに視線を巡らせている。とりわけ、ふたりからやや離れた位置に腰掛け、静かに瞑目するアーチャーに対する敵意は殊更だった。

 ランサーにしてみれば、アインツベルンのアーチャーとは、卑劣な手段で幾度となくケイネスを貶めようとした、その下手人だ。敵意を示すのも当然と思われた。

 

「あら、これはこれは。随分とお早い再会になりましたね、皆様」

 

 桐生戦兎を中心とした同盟連合に迎合するかたちで、和服の少女(バーサーカー)が霊体化を解き、姿を現した。マスターである間桐雁夜は姿を見せていない。

 その他にも、昆虫や小動物など、各々のマスターが用いる使い魔の類が、窓から、入り口から礼拝堂へと侵入してくるのを確認したところで、黎斗は大きく咳払いをした。この場にすべての陣営の目と耳が揃ったことを確認したところで、黎斗はここに集った全員を睥睨し、笑みを深める。

 

「――諸君! よく私の呼びかけに応え、集ってくれた。聖杯を求めて相争うすべての陣営が、こうして一堂に会することはまたとない機会。それだけに、今回がいかに急を要する事態であるか、みな察していることだろう」

「待て、ルーラー。これで全員というには、些か数が足りていないように見受けられるが?」

 

 眠るように静かに腕を組んでいたアーチャーが、伏せていた顔を僅かに上げ、その鷹のような眼光を講壇の黎斗へと突きつけてきた。

 アーチャーが放った言葉の圧を引き継ぐように、キャスターがその眉根に寄せた皺を殊更深く刻むように表情を顰め、発言する。

 

「此度の聖杯戦争において、群体として己の霊基を分割することのできるアサシンが参戦しており、それがまだ残っていることは、既にこの場の全員が知っている。今更隠し立てをすることに意味があるとは思えないが」

「ふむ。確かに、その申し出には一理ある。この期に及んで、ゲームマスターであるこの私がくだらない反則行為を容認し続ける意義も薄い……では、裁定をくだそう。――言峰綺礼ッ!」

 

 悪びれる様子もなく滔々と答えた黎斗は、軽く片手を掲げると、聖堂教会の同盟者たる男の名前を呼んだ。

 数瞬ののち、地下室へと続く階段の奥から、ゆったりとした歩調でひとりの男が登ってくる。全員の視線を一身に集めながら、言峰綺礼は、機械のように粛々と歩を進め、無言のまま黎斗の隣に肩を並べた。

 

「此度の聖杯戦争を総括するゲームマスター、及びルーラーの権限において命ずる。言峰綺礼よ……――この場でアサシンを始末しろ」

 

 極めて冷淡に、それでいて一切の慈悲を感じさせない威圧とともに、裁定はくだされた。信徒席から、驚愕の息遣いが漏れ聞こえる。

 

「ふ。ルーラーの命令とあっては、是非もない」

 

 僅かな逡巡もなく、欠片の躊躇いもなく、微かな笑みとともに静かに首肯した綺礼は、右手に刻まれた令呪をかざした。

 

「では、令呪を以て命じよう――自害しろ、アサシン」

 

 宣告は、極めて冷淡に、拍子抜けするほどあっさりと済まされた。

 長袖で覆われた掌に見える全三画の令呪に、真紅の輝きが灯る。掌に刻まれていた令呪の一画が、すう、と溶けるように消えてゆく。

 サーヴァントが、令呪による強制力に抗うことなどできはしない。礼拝堂への召集令を拒否した最後の英霊たちは、この場に姿すら見せぬまま、各々の命を断った。柳洞寺での激戦を命からがら逃げ延びた僅かな兵隊たちにしてみれば、それはあまりにも無慈悲な最期だった。

 

「なっ……そんな、簡単に」

 

 キャスターの瞠目にも、綺礼は素知らぬ顔だった。

 微笑みのまま目を見開くランサー、油断なく綺礼を睨めつける戦兎、胡乱げに目を細めるアーチャーと反応は様々だったが、そのいずれにも反応を示さず、綺礼は踵を返した。もう役目は終わったとばかりに、黙々と引き返し、地下室へと戻ってゆく。

 黎斗は、綺礼の背中を見送ると、にんまりと頬を歪めて鼻を鳴らした。

 

「さて。私は正当なるゲームの運行のために権限を行使した。本来ならばサーヴァントの違法召喚を行ったキャスター陣営にも厳罰を与えたいところだが、今は他により優先度の高い問題がある。よって、今回は特別に見逃してやろう。よもや文句などはあるまい、キャスター?」

「……ああ。ルーラーが己の責務を正しく果たした以上、こちらとしてもこれ以上の要求はない」

「よろしい。では、このまま話を続けさせて貰おうか」

 

 たっぷりと皮肉の笑みを浮かべ、顎を逸らせて集まった全員を睥睨する黎斗に、もう誰も、なにも言おうとはしなかった。全員が、黎斗の言葉を待っている。その事実が、黎斗の笑みをより深めさせた。

 

「ここはひとまず、礼に適った挨拶は省略し、単刀直入に言わせてもらおう。――今日、聖杯戦争の監督役を務める言峰璃正神父が他界した」

 

 瞬間、空気がざわついた。

 

「下手人の名は、石動惣一……またの名を、ブラッドスターク! 彼は“トランスチームシステム”なる、サーヴァントにも匹敵する強化装甲服を身に纏って犯行に及び、依然として逃亡を続けている!」

 

 最前の笑みから一転、怒りと悲しみと、人としての義憤に表情を歪め、舞台役者のように両腕を大きく広げた黎斗は、舞台役者さながらに声を張り上げ、聴衆へと訴える。

 

「これは聖杯戦争に対する重大な違反行為だ! 彼の私利私欲にまみれた行動が、諸君らの悲願をかけた神性なる儀式にどれほどの悪影響をもたらすか……それは敢えて説明するまでもないだろう。今、聖杯戦争はッ、重大な危機に見舞われている!」

「おいちょっと待てよ神、スタークはテメェの仲間だったんじゃねえのか」

 

 声をあげたのは、万丈龍我だった。信徒席から立ち上がり、無礼にも黎斗を指差している。

 黎斗とスタークが同じ陣営でシャドウサーヴァントの討伐を行っていたことは、既に万丈にも知られている。それは、スタークが勝手に接触を図ったアインツベルンも同様だ。当のアーチャーは相変わらず無言のままだが、しかし確かな猜疑心をむき出しにした視線を黎斗へと寄越している。釈明する必要がある。

 

「ああ、君の言う通りだ、ライダー。かくいう私も、聖杯戦争を運営するという、同じ志を持つスタークが……まさかこのような暴挙に打って出るなどとは思ってもみなかった。あの男は……私をはじめ、彼を信じたものみんなの心を裏切ったのだ! 君にはこの愚挙が許せるか!?」

「っつーか、そもそもあんなやつのこと信用する方がおかしいだろ! なあ、戦兎」

 

 唐突に振られた戦兎は、腕を組んで、肩を壁にもたれさせた姿勢のまま、なにも言おうとはしない。はじめ、釈然としない様子で小首を傾げていた万丈だが、戦兎の呆れとも疑いともつかない胡乱な眼差しを見て、諦めたように席へ座り直した。どうやら、ここで話の腰を折る気はないらしい。

 黎斗は声に込もる熱量を昂ぶらせ、拳を握り締め、叫んだ。

 

「そこで、私は断言する! 石動惣一……いや、スタークの存在は、聖杯の招来そのものを脅かす危険因子にほかならない! よって私は……非常時における裁定者(ルーラー)の権限をここに発動し、聖杯戦争に暫定的なルール変更を設定するッ!」

 

 謳うように宣言すると、黎斗はおもむろに身に纏っていたジャケットを脱ぎ払い、インナーのシャツをも脱ぎ捨て、それら衣類を大きく振りかぶって、乱暴に足元へと叩き付けた。

 聴衆の面前であることを考慮し、努めてまともな人間を装ってはいたが、そろそろ現界が近かった。この衣服と同じように、煩わしいものは脱ぎ捨てたい。そういう原初の欲望が鎌首をもたげた結果だった。

 

「ブゥウンッ!」

 

 程よく鍛え上げられ引き締まった筋肉を晒し、上裸の黎斗は奇声を発し、笑う。

 己の背中に刻まれた真紅の文様が全員に見えるように、黎斗はその場でくるりと踵を返すと、背筋を海老反り状に大きく反り返らせ、逆さになった視線で一同を睥睨した。

 

「ン我が霊基に与えられしクラスは、裁定者(ルーラー)ッ! 私は自らのクラススキルとして、この聖杯戦争に参加する全サーヴァントに対応した令呪をそれぞれ二画ずつ保有している!」

 

 神明裁決――それこそが、ルーラーのみに与えられた特権(クラススキル)

 ルーラーである黎斗の宣言を、全員が凝視している。あのセイバーですらも、眉根を寄せてじっと視線を集中させている。それが、黎斗には心地がよかった。こうなるともう、抑えがきかない。黎斗はさらに声を張り上げた。

 

「そしてェ……裁定者(ルーラー)のサーヴァントにはァ……! 私の独断で、この令呪を任意の相手に委譲する権限が与えられているゥッ! それがなにを意味するのか、改めて説明する必要はあるまいッ! ヴェアーッハハハハハハハハァ、ヴェエァーッハハハハハハハハハァッ!」

 

 令呪とは、すなわち絶大な魔力を内包した、消費型のフィジカル・エンチャントスキルだ。令呪によるブーストを得たアルターエゴが、圧倒的な戦闘力を誇るセイバーを撃破したという前例もある。その重要さは誰しもが理解できることだろう。

 

「ふう……ンンッ」

 

 もういちど正面へと向き直った黎斗は、一度大きく深呼吸をしてから軽い咳払いを落として気持ちを落ち着かせると、床に落とした衣服を拾い上げ、もう一度袖を通しはじめた。その間、みな無言である。

 ややあって、衣服の着用が終わると、黎斗は再び爽やかな好青年の仮面を纏って、努めて穏やかな語調で言葉を続けた。

 

「すべてのマスターは以後の戦闘行動を中断し、各々、スタークの討伐に尽力すること。そして、見事スタークを討ち取ったものには、特例措置として追加の令呪を寄贈する。単独で成し遂げたのであれば達成者にひとつ。他者との共闘で得られた成果であれば、事にあたった全員にひとつずつ。そして、スタークの死亡が確認された時点で……改めて、従来通りの聖杯戦争を再開するものとする」

 

 セイバーを除くすべてのサーヴァントが、互いに顔を見合わせる。誰と組むべきか、どう立ち回るべきか、各々今後のことに考えを巡らせているのだろう。

 畳み掛けるように、黎斗は今後においてもっとも重要な伝達事項を伝えるべく口を開いた。

 

「そして、最後になるが……監督役の死亡による特例措置として、今回の聖杯戦争が終結するまでは、ルーラーであるこの私が監督役の任を引き継ぐこととなった。さて、異存のあるものは……いるかな?」

 

 穏やかな微笑みを浮かべたまま、黎斗は一同の顔をぐるりと睥睨する。

 最初に席を立ったのは、セイバーだった。黒い裾と真紅のマントを翻らせて踵を返すと、無言のまま歩き出す。扉に差し掛かるまでの間に、セイバーの体は極小の霊子へと変質し、霧散してゆく。異存がないというよりも、そもそも興味がないという様子だった。

 

「ふ、答えは出たな。では、私もこれにて失礼させて貰う」

 

 次に立ち上がったアーチャーは、セイバーのように歩き去る様子も見せず、その場で体を霊体化させて消えていった。礼拝堂に集まった小さな使い魔たちもまた、三々五々、冬木の夜空へと飛び去ってゆく。

 誰も、黎斗の監督役化に異存を唱えるものはいなかった。

 

「――ま、そうなるよな。今更監督役が変わったところで、大した違いがあるとは思えない」

「むしろ、アサシンの不正を裁いたという一点だけを見れば、以前よりも公正とすら思えてくる……甚だ不本意だがな」

 

 戦兎のぼやきに、キャスターが続く。その不遜極まりない物言いに対し、目を細めてキャスターを睨め付ける黎斗だったが、当のキャスターは黎斗と視線を合わせようとはしてくれなかった。

 

「ふん、まあいい。私からは以上だ。せいぜい、健闘を祈っておいてやる」

 

 セイバーとアーチャーが去った時点で、残ったのは桐生戦兎に籠絡された同盟連合の一員だけだ。黎斗はもはや体裁を取り繕うこともせず、冷淡に会合の終わりを締め括ると、地下室へと続く階段を下っていった。

 

   ***

 

 間桐雁夜は、深山町の町外れに位置する公園のベンチに背中を預け、脱力し、項垂れた。

 最前の時臣との死闘が祟って、雁夜の体は鉛のように重たい。いま不意をついて襲われたとて、即座に魔力を回す余裕もない。控えめに言っても、体調は絶望的なまでに劣悪だといえる。

 

「で、バーサーカー。これはいったいどういうことだ」

 

 問われたバーサーカーは、にこやかな微笑みのまま小首をかしげた。

 冬木教会で行われたルーラーの演説は、使い魔として飛ばした蟲の目を通してひと通り把握している。だが、その上でなお、バーサーカーが他の陣営の参加者を引き連れて戻ってきたことは、雁夜にとって慮外の出来事であった。

 

「いえ、桜を救うために戦うというのであれば、このキャスターも力を貸してくださると仰るので、これは是非ともお力添えをいただきたいと思い、つれてきちゃいました」

 

 緊張感を欠片も感じさせない微笑みを浮かべて、バーサーカーをちろりと舌を見せる。嘘を見抜くことができる彼女が、よもやキャスターに騙されるということはないのだろうが、それでも雁夜にとって、アーチャーとセイバーを除く全陣営を一度に味方につけるという状況は、想定外にも程があった。

 

「申し遅れた。私はキャスター、真名は諸葛孔明」

「俺は天才物理学者の桐生戦兎。こいつのマスターで、仮面ライダービルド」

 

 黒のスーツをぴしりと着こなす長髪のサーヴァントに続いて、要所の説明を大胆に端折ったぞんざいな自己紹介を済ませた戦兎に、雁夜は白く濁りきった死人同然の瞳をぎろりと向ける。

 

「その天才物理学者が、なんで俺に力を貸す。言っておくが、俺はルーラーが言ってたスタークとかいうやつに興味はないぞ。俺はただ、俺の聖杯戦争を続けるだけだ」

 

 雁夜の体は、事実上の危篤状態にある。それを、体に寄生させた刻印虫から得られる魔力で無理矢理動かしているだけだ。いつ燃え尽きるかもわからないこの命を、スタークなどに費やしている余裕は、今の雁夜にはない。

 

「あなたはそう言うだろうな……勿論、それも予想の通りだとも。だが、我々とて、あなたの目的は把握しているつもりだ。そして、あなたが間桐桜の救出を悲願として戦う限り、そのことに協力を惜しむ理由もない」

「仮に桜を救い出せたとして、あんたたちはなにも得をしない。聖杯戦争に参加する魔術師が、わざわざそんな徒労に首を突っ込む理由が俺にはわからないと言ってるんだ」

「ほう……これは驚いた。ほかならぬあなたが、それを問うか」

 

 キャスターは僅かに目線を伏せ、自嘲気味に吐息を零した。

 

「ならば逆に問おう。あなたはいったい、なんのために戦う。どうしてそうまでして間桐桜を救いたいと願う。その決断は、あなたにとってデメリットしかないはずだ」

「なんで、だって……? そんなことは決まっている。時臣があの子から奪い去った幸福を、取り戻すためだ。そのために、俺は桜を救わなければならないんだ」

「だったら、それはここにいる馬鹿も、俺たちだって同じだ。子供を助けるために戦うのは、人として当然でしょうが。そこに理由なんて必要ある?」

 

 傍らの万丈に一瞥を寄越しながら、戦兎はその大きな瞳を丸めて、頬を緩めた。その言葉に嘘がないことは、バーサーカーの反応から見ても確かなのだろう。

 それは、人として、ごく当たり前の論理感。魔術の世界には存在しない、人を想う優しさ。間桐の地獄で、久しく忘れていたものに触れて、雁夜は毒気を抜かれて脱力し、項垂れた。

 

「……だめだ。ライダーにも言ったが、話はそんなに簡単じゃない。力で解決するならはじめからそうしてる。そうできない理由があるから、俺は聖杯を獲らなきゃならないんだ」

 

 雁夜の動向は、常に刻印虫を通して臓硯に監視されている。その刻印虫が精製する魔力によって、雁夜は危篤状態の自分の体を無理矢理動かしているのだ。もしも臓硯に対し、謀反を企て悟られでもすれば、雁夜の命の灯火はたちまちもみ消されて果てるに違いない。

 

「だから、あんたたちには悪いが、力を借りるわけにはいかない。俺は、時臣を殺して、聖杯を獲る。この戦いに……近道はないんだ」

「あんた、まだそんなこと言って――!」

 

 怒号をあげて身を乗り出した万丈を、キャスターが片手で制する。

 

「言ったはずだ、あなたが置かれた状況は把握している、と。当然、その体に宿した刻印虫のことも。ゆえに、あなたがそう言うほかないことも、理解しているつもりだ」

「はっ、流石は音に聞こえた諸葛亮だな。あんたにかかればなんでもお見通しってわけか。だったら、俺のことはもう放っておいてくれ……あんたたちにできることは、なにもない」

 

 もう話は終わりとばかりに立ち上がった雁夜を、バーサーカーが支える。

 時臣との戦闘から既にそれなりに時間が経過していることもあって、自力で歩ける程度には回復している。バーサーカーの小さな手を払い、雁夜は一同に背を向け、歩き出した。

 

「おい、ちょっと待てよ、雁夜」

「なんだ、ライダー」

 

 背中からかけられた声に、雁夜は立ち止まる。少し前の自分なら、きっと立ち止まらなかった。万丈は、雁夜の背中に問いかける。

 

「遠坂さんと戦うっつっても、肝心の聖杯戦争がこんなじゃ、どうしようもねえだろ」

「ああ、そうかもな」

「じゃああんた、これからいったいどうするつもりなんだよ!」

 

 問われ、俯いた雁夜の目が、そばに寄り添うバーサーカーと合う。じっと見上げる少女の目から視線を逸らすように、雁夜は首だけを僅かに回してちらりと振り向く。

 

「明日、遠坂時臣が桜に会いに来る。もしかしたら、桜は時臣に連れ戻されるかもしれない。だが、俺は……そんな結末は認めない。今更、そんな都合のいい結末が許せるものか」

「じゃあお前、やっぱり……!」

「ああ。俺は、時臣と決着をつける」

 

 それが、雁夜が選んだ答えだった。

 たとえほかに選択肢があったとしても、雁夜には結局、この道を走り抜けることしかできはしない。清姫が自分の感情を貫いて走り続けたように、雁夜もまた、そうする以外の道を知らないのだから。

 

   ***

 

 黎斗ははじめ、神明裁決(クラススキル)を用いて、アサシンに対応した令呪を切る腹積もりでいた。

 聖杯戦争が中断されるという前代未聞の緊急事態はともかくとして、現時点ではあくまで遠坂時臣の勝利を至上の目的とする言峰綺礼が、ああも容易くアサシンの自害を認めたことは、黎斗にとって無視できる心境の変化ではなかった。

 

「あそこで君が私の指示に素直に従ったことは、私にしてみれば嬉しい誤算だった。とはいえ……誤算は誤算だ。神である私の計画に、誤算があることなど容認できない」

「そんなことを言われても困るな。ほかならぬルーラーの指示とあらば、拒絶するわけにもいくまい。素直に従ったというのに糾弾されるというのは、私としても納得できるものではないが」

 

 綺礼は淹れたばかりのコーヒーが入ったマグカップを片手に、自室のソファに深く腰掛けた。黎斗はちらりと視線を部屋の外へと送った。今、この教会には間違いなく、綺礼と黎斗のふたりしかいない。アサシンも脱落したいま、盗み聞きを恐れる必要はなかった。

 

「なぜ、アサシンを切り捨てた。君は、遠坂時臣のために戦っているんじゃないのか。君はいま、なにを考えている」

「私がなにを考えていたところで、ルーラーが気を揉む必要はあるまい。仮に野心があったとて、サーヴァントすら持たぬ私になにができるというのか」

 

 一口、コーヒーを口に含んだ綺礼は、湯気の立ち昇るマグカップをテーブルに置いた。その手には、未だ令呪の赤い痣が刻まれている。

 今回の聖杯戦争には、英雄王ギルガメッシュは参戦していない。綺礼に愉悦を教え込んだ下手人が不在である以上、道を逸れる理由もないとたかをくくっていたが、そうも言ってられない状況になりつつあることを、黎斗は肌感覚で悟っていた。

 

「貴様、スタークになにを吹き込まれた」

「これは異なことを。なぜ、ここでスタークの名が出る。父を葬った男の戯言など、私が聞く耳を持つと思うか」

 

 まっすぐに黎斗を見つめ、綺礼は口角を微かに歪ませた。

 尊敬する父が死に、聖杯戦争における己の役割すら失った男にしては、あまりにも感情の起伏が乏しい。

 

「……言っておくぞ言峰綺礼。貴様がもしも少しでも怪しい行動を見せたなら……そのときは、私が貴様を処分する。そのことを肝に銘じておけ」

「疑り深いな、杞憂だと言っているのに。むしろ、私からすれば……ルーラー、お前の行動の方がよほど見えない」

「なんだと」

 

 綺礼は、感情を感じさせない能面のような眼差しで黎斗を見据えた。

 

「父、言峰璃正はスタークの卑劣な罠に嵌められ、命を落とした。そして、聖堂教会の本拠地たる教会であれだけの暴挙に打って出たスタークは、誰にも補足されずに今も逃げ続けている……果たして、こんなにも万事が思い通りに行くものだろうか」

「貴様、なにが言いたい……言いたいことがあるならはっきり言えェ!」

「父上は、かねてから石動惣一を疑っていた。だがそれも元を辿れば、お前が父上に石動惣一の不審な行動を報告したことが発端だと聞いている。お前はそこまで用心していたというのに、事の顛末はこれだ。あまりにも……片手落ちが過ぎるとは思わないか」

 

 綺礼の言っていることは、事実だ。

 スタークが裏でアインツベルンと繋がっているという事実を璃正神父に伝えたのは間違いなく黎斗であるし、その結果として、璃正神父がスタークに対し間諜を放つことは予測がついていた。

 

「ルーラーであるお前は、スタークの暴挙を食い止めようと思えば食い止められた。だが、お前は敢えてそれをしなかったのではないか、と……そう言いたいのだよ、私は」

 

 黎斗は肺に蟠った重たい空気を、一気に鼻から吹き出した。

 昂ぶっていた気持ちを落ち着かせ、かつてまだ人間だったころ、世を渡ってきた好青年の仮面を顔に貼り付け、笑顔を浮かべた。

 

「ふう。なにを言い出すのかと思えば……まったく、実にくだらない言いがかりだな。そんな証拠はどこにもない」

「ああ、証拠はない。だが、お前ははじめから監督役(ゲームマスター)の立場を得ることが目的で、スタークを泳がせていたのではないか……、そういう疑いが私の中にあるのもまた事実。なにしろ、これで名実ともにここ冬木で行われる聖杯戦争はお前のものとなったのだからな」

「人聞きの悪い言い方をしないでくれないか。それではまるで、私が聖杯戦争を私物化しようとしている悪人とでも言っているように聞こえるぞ」

「ふ……私は、疑い出したらキリがないという話をしているのだよ」

 

 綺礼は小さく失笑すると、再びマグカップに口をつけた。

 スタークと綺礼の間に繋がりなどはありえないし、仮にあったとしてもここで黎斗に語る気はないという思いがありありと現れている。黎斗はこれ以上、証拠もなしにこの場で追求することは不可能だと認め、口を閉ざした。

 

「ああ、だが一応先程の問いには答えておこう。どのみちアサシンは今日、あの戦いで使い潰される予定だった。それを思えば、むしろ長く生きた方だ。ゆえに私はお前の命令に背こうとも思わなかった……それだけの話だよ」

 

   ***

 

 深山町の住宅街に位置する一戸建ての民家の一室に、スタークは足を踏み入れていた。

 十帖ほどの居間の中心に、この家の住人が家族で食卓を囲む洋テーブルと、椅子が並べられている。照明すらつけず、スタークはテーブルの上に足を組んで腰掛けたまま、リモコンを操作した。テレビのチャンネルを回してニュース番組へと切り替える。ブラウン管に映し出された映像は、燃え上がる柳洞寺の風景だった。駆けつけた消防隊が、必死に消火作業に勤しんでいる。先刻のセイバーとの戦いは、謎のガス爆発事故として処理されたらしい。

 ふいに、廊下の向こうの玄関から、ガチャリと、鍵を開ける音が聞こえてきた。居間で流れるテレビの音に引き寄せられるように、ずだ、ずだ、ずだっとフローリングの床を踏みしめる足音が近付いてくる。

 

「なんだ、まだ起きてたのか。今日は遅くなるって言っ――」

 

 居間のドアを開けた家の主は、テーブルに腰掛けたスタークの顔を見るなり、瞠目し、息を詰まらせた。緩んだネクタイに、くたびれた顔。時計の針はとうに零時を回っている。家族の笑顔を励みに、つらい残業を終えて帰ってきたサラリーマンであろうとスタークは推測した。

 

「おお、こんな時間までご苦労なことだ、お疲れさん」

「ひっ、な、なっ……」

 

 主は腰を抜かして、その場に尻餅をついた。

 リモコンの電源ボタンを押し込み、柳洞寺の惨状を伝えるニュースキャスターの声を遮断する。この部屋に存在する唯一の光源であったテレビの灯りがなくなると、途端に室内は仄暗い闇に包まれた。窓の向こうから僅かに差し込む淡い月光だけが、スタークのワインレッドの装甲と、エメラルドグリーンのバイザーを照らしていた。

 

「ひ、ひぃぁあああッ!」

 

 頓狂な叫びを上げて、男はスタークに背を向け、立ち上がることもせず這って逃げ始めた。壁伝いに数メートル進んだところで、照明のスイッチを押し込む。一瞬遅れて、廊下の蛍光灯に灯りが点った。そして、男は退路を断つようにそこに立つ異形の姿を認め、また叫んだ。

 上半身の盛り上がった巨体(スマッシュ)が、発達した腕を打ち合わせて男を威嚇する。すっかり腰を抜かして動けなくなった男に悠然と歩み寄ったスタークは、男と視線の高さを合わせるため、しゃがみ込んだ。

 

「せっかくねぎらってやろうと思ったのに、人の顔見て逃げ出すとは心外だねェ」

「お、おおおれの、おれの家族はっ」

「ああ、安心しろよ。ここにいるじゃねえか」

 

 スタークの背後から、両腕が丸ごと翼と化したスマッシュが現れる。玄関先のスマッシュが、理性など感じさせない仕草で拳を打ち合わせながら、男の顔を覗き込む。

 状況が飲み込めず狼狽えるしかできない男の胸元に、スタークのライフルの銃口が突き付けられた。ライフルの引き金を引くと同時、電子音が響いた。銃口から溢れ出した煙幕が、男の顔を、体を覆い尽くし、その体内すら侵してゆく。数瞬ののち、男は悲鳴をあげることをやめ、人であることもやめた。

 

「それにしても、まさか一度に全部のサーヴァントを敵に回すことになっちまうとはなあ。おかげでこっちも急ごしらえで戦力を整える必要が出てきちまった」

 

 立ち上がったスタークは、ライフルを肩に担ぎ、首を捻る。ゴキゴキと骨が鳴る音を確かめながら、我が物顔で居間へと戻る。ふたたびテーブルに腰掛けると、廊下の奥から、意思を奪われた三体のスマッシュが追従する。

 ここにいる三体を含めて、今のところ合計何体のスマッシュを製造したか、正確な数は覚えていない。どうせ何体造ったところで仮面ライダーが相手では付け焼き刃にしかならないが、いないよりはマシといえる。

 

「こいつはまったく、してやられたよ。さては黎斗の奴、敢えて俺を泳がせてやがったなァ?」

 

 傲慢さを極めた檀黎斗の高笑いを思い起こし、スタークはくつくつと笑う。

 檀黎斗はあの日、あえてスタークの危機感を煽ることで“言峰璃正はスタークにとって邪魔な人間である”と認識させたのだろう。そう思うと、生前の璃正神父がああも直接的にスタークに詰問してきたことも、今にして思えばタイミングが出来すぎているように思えてならない。

 ゲームメイカーを自称するスタークにとって、これはまさしく胸が躍る展開といえる。よもや人を裏で操ってきた自分が、こんな罠に嵌められるなどとは思ってもみなかった。

 スタークは居間の棚に置かれていたラジカセの電源を入れ、適当に見繕ってきたカセットテープをセットする。クラシック曲が多数収録されたテープだ。大音量で響き渡るピアノの音響に耳を傾けながら、スタークはテーブルの上に置かれていたリモコンや、個包装された菓子が詰められた籠を横薙ぎに払い落とす。なにもなくなったテーブルの上にどかりと寝転び、後頭部で両手を組んだ。

 

「いいねえ、面白いじゃねえか。ゲームマスターとゲームメイカー。どっちがよりよいゲームを演出できるか、腕が鳴るってもんだ……なあ、お前もそうだろう、檀黎斗神?」

 

 暗い天井を見上げ、スタークは笑った。

 胸を満たす昂揚を鼻歌に変えて、室内に響き渡るクラシックに乗せて歌う。深夜だろうが、近所迷惑など気にする必要はない。そういうことを指摘する家主は、もうこの家にはいないのだから。

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