仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第26話「追想のディスペア」

 日が昇り、にわかに明るくなりはじめた東の空を、セイバーは物憂げに目を細めて見据えていた。黄金のキバに与えられた屈辱は、もはや燃え上がるような激情を通り越して、セイバーの心に薄ら寒い虚無感をもたらしていた。なにかを考えようとしても、頭の中に靄がかかったようになにも現れてはこない。

 東の空を焦がす暁が赤ければ赤いほど、セイバーの胸を満たす冷たい虚無感は大きくなってゆく。黄金のキバを倒し、この雪辱を果たすまで、心の奥底に澱のようにわだかまった不快感が晴れることはない。

 

 常勝無敗の王は、紛い物のキバに敗れ去った。

 

 日が完全に昇りきるころ、夜明け前から屋敷を空けていた時臣が帰還した。状況は既に聞き及んでいる。これから間桐の屋敷へ乗り込み、間桐雁夜と決着をつけて、娘を連れ戻すのだという。

 また、闇のキバの力が必要となる。時臣の帰還は、セイバーの物憂げな感傷とは無遠慮に、戦いのときは近づいていることを如実に示していた。

 

 ファンガイアのキングは、人間にクイーンを奪われた。

 

 キングはいつだって王としての責務を優先し、その辣腕を振るってきた。人間に寝取られたクイーンなど、一族の恥だ。王として、裏切り者のクイーンを追い落とすことは、必然たる責務であった。

 時臣もまた、己の責務を優先する男だったとセイバーは認識している。だけれども、その時臣は今、妻子のために立ち上がろうとしている。

 

 キングは、実の息子を道連れに逝こうとした。

 死の間際に放った決死の一撃は、自我すら持たぬ息子によって跳ね返された。

 

 思い返すに、一族の英雄にしては、あまりにも無残な最期だった。

 次代を担う実の息子が、そのときはまるで赤の他人のように、キングの思いを無視した。まだ世の理をなにも知らぬ赤子の純朴な目は、実の父であるキングに一瞥すら寄越してはくれなかった。虚しく伸ばされたキングの手は、二度と妻子に触れることなく奈落へ落ちた。

 誰も、キングの思いを理解しようとさえしない。妻子という、細くとも確かな絆で結ばれているはずの間柄でさえも。

 

 無敵の英雄譚の幕切れは、そんなあっけないものだった。

 

 

「王よ」

 背後から呼び掛けられる。男の視線が背中に張り付くのを感じた。ゆっくりと振り返る。室内は、夜中のうちにセイバーの体から溢れ出た魔皇力によって破壊しつくされていた。半ば八つ当たりのようなものだった。その結果、部屋の扉はすでになくなっている。

 屋敷の主たる遠坂時臣は、廊下に佇立したまま、決然とした眼差しをセイバーへと送っていた。

 

「……(オレ)の知る貴様は、そんな目をする男ではなかった」

 

 時臣は、返す言葉に窮して視線を僅かに泳がせた。

 

「なにが貴様を変えた? (キング)の命令だ。答えよ、時臣」

 

 魔皇剣を抜き放ち、その切っ先を時臣へと向け、問う。時臣は静かに息を吸い込み、ゆっくりと喋りだした。

 

「私は……今までの己が行動を間違ったものとは思いません。責任、誇り、それらは、いずれも人の上に立つものに欠かせぬ素養。しかし、義務感だけで事を成すのでは、本当に守りたいものは守りきれない。その事実に、私は遅ればせながら気付いたのです」

「ほう。ならば重ねて問おう。貴様の語る()()()()()()()()()とは、なんだ」

「……心、です」

 

 時臣は、力強く答えた。セイバーは顔を上げた。時臣の表情には、悩みも、衒いも、なにもない。自分の成すべきことを理解した男の顔が、そこにあった。

 

「己の立場に付随する責任や義務を果たせばいい……それは、言い換えればただの“負担”でしかない。しかし、私にとって家族とは、決して“負担”などではないのです。責任や誇りを越えた先に、彼女らを守りたいと強く願う心が、私の中にはあった」

「そのようなくだらぬ感情を、貴様は聖杯戦争よりも優先すべきことだと? ……貴様という男は、もう少し賢い男だと思っていたのだが」

 

 冷たく突き刺すようなセイバーの声音を、しかし時臣は真正面から受け止め、切り返した。

 

「聖杯は必ずや我が手中に収めます。それは既に確定事項。まずは間桐雁夜を下し、石動惣一に誅を成す。そして、あのアルターエゴをも打倒する……そのために、私は万難を排して前進せねばならない」

 

 セイバーの頬が、ぴくりと、微かに動いた。時臣は、すかさず声を張った。

 

「王よ、無礼を承知で申し上げる。御身には、これより我が進軍にお付き合いいただきたい」

 

 時臣がこんな風に物事を頼み込んでくるのは、これが初めてだった。忠臣として慎み深く振る舞い、慇懃の限りを尽くして傅く時臣の姿は、そこにはない。一人の男として、時臣はセイバーに懇願しているのだ。その事実が、セイバーの興味をそそった。

 

「これは面白いことを言う。だが、貴様の手に残る令呪は既に一画。その有り様でいったいなにができる」

「私は、一度言った言葉を違えませぬ。必ずや、御身を失望させることはしないと約束いたしましょう。聖杯は獲る。そして、あのアルターエゴにもこれ以上大きな顔はさせませぬ……私に、秘策があります」

「ほう」

 

 セイバーは、深く息をついた。

 一画目の令呪はともかく、二画目の令呪を切らせたのはセイバーの不覚ゆえだ。それは他ならぬセイバー自身が最もよく理解している。だから余計に黄金のキバが赦せない。けれども時臣は、その黄金のキバの打倒をも約束すると宣った。時臣の目は、本気だ。

 

「フン……面白い」

 

 ほんの少しだけ、遠坂時臣という男の認識を改めてもいいのかもしれない。

 

「時臣。そうまで大見得を切ったからには、以後の敗北は断じて赦さぬ。(キング)が敷く無敵の戦陣、見事勝利のまま飾ってみせると約束するならば……貴様の行き着く先は、この(オレ)が見届けてやろう」

 

 微かな笑みとともに、セイバーは霊子となって消えた。

 ほんの気の迷いと言ってしまえばそれまでだが、セイバーには、時臣が進む道行きに僅かな興味があった。かつてキングが選ばなかった道の先に、いったいなにが待っているのか。その景色を見てみたいという気持ちが、鎌首をもたげはじめている。

 英霊として、己の意思で剣を執ろうと思ったのは、これがはじめてだった。

 

   ***

 

 セイバーは――ダークキバは、真紅と黄金に染めあげられた固有結界の中で、静かに顔を上げた。劇場に喝采はない。真紅の薔薇がしんしんと降り積もる静謐な空間の中心に、ダークキバとキバエンペラーのふたりが間合いを計り合うようにしながら対峙している。

 因縁の戦いの邪魔立てをするものはなく、余計なものはなにもない。どちらかが死ぬまで、この劇場は維持され続けることだろう。

 例え霊脈の守護を失おうと、例え敵の宝具圏内であろうと、例え魔皇剣を封じられようと、この身には絶対王者の誇りがある。もう二度と、負けることは赦されない。

 

「黄金のキバ、ここで確実に消し去ってやる」

 

 緩く掲げた人差し指をつきつけ、ダークキバは謳い上げるように告げた。

 キバエンペラーはなにも言わず、緩慢な動作で魔皇剣(ザンバットソード)を掲げた。最初から飛ばしていくつもりなのだろう。押し寄せる殺意に対して昂りを抑えきれず、セイバーはぶるりと小さく震えた。こんな感覚は、レジェンドルガの古代王(ロード)との決戦以来だ。

 もはやこれ以上の言葉はいらない。戦いのはじまりを告げるゴングも必要ない。まるで示し合わせたように、ふたりのキバは同時に駆け出した。

 ふいに、空間に現れた波紋のような歪から、黄金の鎖が飛び出した。キバエンペラー目掛けて急迫した天の鎖(エルキドゥ)が、振り上げられたザンバットソードの刀身を絡め取った。矢継ぎ早に射出された鎖が、十重二十重に剣に巻き付き、雁字搦めに拘束する。

 

「ッ!?」

 

 驚愕は一瞬。その一瞬は、ダークキバがキバエンペラーの間合いに飛び込むには十分すぎる隙だった。ほんの僅かに遅れを取ったキバエンペラーの胸部装甲を、ダークキバは力任せに殴りつける。

 咄嗟の判断で魔皇剣を捨てたキバエンペラーもまた、カウンターの拳をダークキバの胸部に叩き込んでいた。同時に、持ち手を失ったザンバットソードには、ほぼ全方位から射出された鎖が絡みつき、宙にがっしりと厳重に固定された。

 

「フン!」

「ハァ!」

 

 互いが互いを己の間合いの内側に捉えたまま、両者の拳が両者の鎧を連続で強打する。向かい合ったキバの鎧から、火花が立て続けに噴き上がった。

 激しい攻防のさなか、キバエンペラーが右膝を振り上げた。繰り出された蹴りを片手で叩き落とすと、無防備になった真紅の鎧にダークキバの右の拳が連続で叩き込まれる。

 

「……っ」

 

 劇場によるスペックの低下を受け入れた上で、なおダークキバの出力はキバエンペラーを上回っていた。開幕直後にザンバットソードさえ封じてしまえば、闇のキバが黄金のキバに遅れを取る道理はない。

 幾度目かの拳の応酬ののち、先に吹っ飛ばされ、真紅の絨毯が敷き詰められた地べたを転がったのはやはり、キバエンペラーの方だった。

 

「滅びよ、キバ……!」

 

 緩く片手を掲げる。その号令に従って、天の鎖が一斉に射出された。

 鎖による最初の一撃を転がって回避したキバエンペラーは、起き上がりざまに地を蹴った。ダークキバは、己の目を疑った。

 

「なに……ッ」

 

 空中で身をよじったキバエンペラーは、瞬きのうちにその姿を黄金の翼竜へと変質させていた。人間とファンガイアの混血によってのみ誕生する、赦されざる異形――それが飛翔態(エンペラーバット)だ。

 飛翔態となったキバは、金属が軋みをあげるような咆哮を響かせて、その巨大な翼を羽ばたかせる。音速に近い速度で上空へと舞い上がった翼竜を、天の鎖は捉えきれない。よしんば追いついたとして、飛翔態の鋭利な翼に触れると同時、鎖は容易く切断されるだけだ。

 

「おのれ、忌まわしき混血児め……!」

 

 こういう()()()が生まれるから、ファンガイアと人間の血が交わることは長らく禁忌とされてきたのだ。

 飛翔態は、劇場の空を自由に飛び回り、ザンバットソードを絡め取った鎖の拘束をたちまち引き裂いた。鎖が消失すると同時、落下するザンバットソードをその龍の顎門で咥えた飛翔態は、ジェット戦闘機を思わせる超高速で地上すれすれを飛ぶ。ソニックブームが巻き起こり、降り積もった薔薇の花弁が一斉に舞い上がる。

 これはもう、間に合わない。流星となってダークキバの間合いへと飛び込んだ飛翔態は、空中で即座にキバエンペラーへと姿を変え、飛行によって得られた加速力すら味方につけて、ダークキバへと斬り掛かった。

 

「……ッ」

 

 絶大な切れ味を誇るザンバットの刃が、闇のキバの鎧を上段から斬り裂き、王の生命力(ライフエナジー)を喰いにかかる。けれども、そんなことではセイバーの闘志は折れない。ダークキバは、斬り裂かれながらも、剣を握るキバエンペラーの腕を掴みにかかっていた。

 

(オレ)を侮ったな、キバ!」

 

 キバエンペラーの腕を絡め取ったダークキバは、拳を振り上げ、踏み込んだ。身動きを封じられたまま、この至近距離から闇のキバに殴られてはひとたまりもないはずだ。そう思った次の瞬間、ダークキバは己の判断の甘さを呪った。膨大な魔皇力が、キバエンペラーの右足に寄り集まっている。

 

「貴様……ッ!」

「ウェイクアップ、フィーバーッ!」

 

 キバエンペラーの左腕に取り付いた子龍(タツロット)が、高らかに叫んだ。気付いたときには、キバエンペラーの右足から溢れ出した魔皇力が、真紅の大鎌を形成していた。剣の一撃は囮だ。最初から必殺技を放つつもりで飛び込んできたのだ。

 

「ハァアッ!」

「ぬう……!」

 

 ダークキバが次の一撃を放つよりも先に、キバエンペラーの左足が振り上げられる。至近距離から蹴り上げられ、ダークキバはたまらず掴んでいた腕を離した。そこへ、左、左、左、連続で左の蹴りが叩き込まれる。火花を噴き上げながら数歩後退したところで、キバエンペラーは身を捻って、強烈な右の回し蹴りを放った。

 それは、魔皇力の刃を展開した必殺の蹴り(エンペラームーンブレイク)だった。

 

   ***

 

 明確な殺意をもって繰り出された蟲の群れは、一切の躊躇もなく時臣の放った炎の幕に飛び込んでゆく。焼き殺されたすぐそばから、間断なく湧いて出る蟲たちが炎へと飛び込んでゆく。

 一見すればまるで芸のない自殺行為とも取れるが、ここは間桐の屋敷。蟲の巣窟だ。いくら焼き殺されようとも、蟲の群れに際限はない。焼かれるたびに屋敷からわらわらと湧いて出て、全方位から時臣へと襲いかかる。

 

「見苦しいな、雁夜。君のそれは、もはや魔術とは言い難い」

 

 時臣の表情に焦りの色はない。涼し気な顔をして炎を操り、蟲を焼き殺し続けるだけだ。

 一方の雁夜には、もう殆ど体力が残されていない。痛覚含めてあらゆる感覚はとうに麻痺している。今も機能しているのは、必要最低限の視覚と聴覚だけだ。ゆえに、もはや痛みも熱も感じてはいない。ただ残る僅かな命を消耗するだけの無謀な戦いの中、それでも雁夜は、震える脚で地面を踏みしめ前進する。

 

「ころ……殺して、やる……貴様、だけは……殺――」

 

 ただ延々と呪詛の言葉だけを吐き捨てながら、憎悪と執念を燃やし、雁夜は進む。

 時臣は、それこそ虫けらを見るような冷徹な視線で雁夜を一瞥すると、軽くステッキを掲げた。ほんの短い魔術詠唱で、展開していた炎の防御陣のうち、ほんの一部に魔力を注いだ。

 時臣の魔力を受けた炎は、蛇のようにうねり狂って雁夜を襲う。

 

「雁夜ーーーッ!」

 

 後方で万丈(ライダー)が叫ぶ。雁夜はもう、時臣の炎など恐れてはいない。焼かれたところで、これから死にゆく雁夜に、今以上の苦痛などは存在しない。痛みを感じるほどの感覚も、もうない。ゆえに雁夜は止まらない。襲い来る炎を、既にぼやけはじめた視界で真正面から捉え、幽鬼のように前進する。

 炎が雁夜を飲み込もうとした瞬間、それを迎え撃ったのは、後方から噴出した蒼く燃える炎だった。高熱の蒼炎が時臣の炎を呑み込む。赤と蒼、二色の炎は揉み合い、やがて蒼炎が支配権を奪い取った。勢いを増した蒼炎が、唸りをあげて時臣目掛けて跳ね返ってゆく。

 

「行ってください、ますたぁ! どうか、思いを遂げてくださいまし!」

 

 後方から聞こえる叫び声に、雁夜は僅かに頬を歪めた。

 襲い来る炎は、すべて清姫の放った蒼炎が受け止めてくれる。一方で、融通の効かない蒼炎は、雁夜の放った蟲すら諸共に焼き尽くしているようだが、もはやそんなことは取るに足らない些事だ。

 あともう少し。ほんの少し腕を伸ばせば、時臣に届く。

 

「時臣ィイ……葵さんを、裏切った……貴様、だけはァ……!」

「私は、君のその独善的な振る舞いが気に入らない。葵の気持ちも知らず、独り善がりを演じる君の醜さが」

 

 既に互いの距離は縮まっている。拳を振り上げ、飛び掛かれば防ぎようもない距離だ。体調さえ万全なら、そうしている。けれども、時臣の表情は動かない。ただゴミを見るような眼差しで雁夜を睥睨する。その目が、気に食わない。奥歯を擦り合わせ、腹の底から怨嗟の声を絞り出す。

 

「うるさい、黙れェ……! 貴様が、葵さんを、語るな……ァ!」

「いいや、語らせて貰おう。彼女は……葵は、私の妻だ。私は、愛する妻の激励を受けて、ここに立っている。愛娘を救い、己が過ちをそそぐ……ただそのためだけにここへ来たのだ。理想も、大義も、決意すら……なにもかもが欠如した君とは、背負うものの大きさがまるで違う」

「……ッ!!」

 

 雁夜は、迸る憎悪に目を剥いた。燃えるような感情の力が、死に体の体を衝き動かす。

 時臣などよりももっとずっと早く、葵がまだ穢れを知らない乙女であったあの頃から、雁夜は葵と日々を楽しく過ごしていた。時臣よりも、先だ。時臣よりも、雁夜の方が葵を理解しているに決まっている!

 激情で気が動転する中、雁夜は逸る感情にすべてを任せ、口を開いた。

 

「俺は、俺は貴様などより……先に……ッ!」

 

 呼吸に喘鳴が交じる。ぼやけた視界の隅でちかちかと眩い火花が散り始める。身を焦すほどに熱い激情が、意識すら焼き切れろうと燃え上がる。

 

「貴様という男はいつもそうだ! 人の、気も、知らないでェエエッ!!」

 

 雁夜があのとき身を引いたのは、葵の身を案じてこそだった。

 間桐の家に嫁げば、葵はあの蟲蔵の犠牲となる。愛した女性が苦しむ姿など、見たくはない。あのとき、あの瞬間、時臣の方がまだマシだと雁夜は思った。認めることは死ぬほど癪だが、それでも時臣にならば任せてもいいと、雁夜は僅かにでも思ってしまった。だから、葵を譲ったのだ。

 愛ゆえに。

 葵への想いは本物だった。自分が雁夜に譲られたことにすら気付けない時臣とは違う。その思いを原動力に、雁夜は叫んだ。

 

「貴様などに、葵さんを幸せにする資格があるものかァアッ!」

 

 今まで堪えていた感情が振り切れて、涙が溢れ出る。あとからあとから、ぼろぼろと面白いように零れ落ちてゆく。

 もはや恥も外聞もない。自分自身の見目の醜さは、他ならぬ雁夜自身が誰よりも理解している。それでも、溢れ出した感情の濁流はもう止まらない。今にも倒れそうな体に鞭打って、脚を引きずりながら、ただ感情に身を任せて前進する。

 

「違うね。私だからこそ、葵の幸せを、我が子の幸せを願うのだ。家族を持たぬ君にはとうてい理解の及ばぬ感情だろうがね」

「うるさいッ、うるさいうるさい黙れ黙れ黙れェエ! 貴様にッ、貴様などに、葵さんの心が分かってたまるものかッ!!」

「その言葉、そっくりそのまま返させて貰おう。本気で人を好いたことすらない君に、私と葵……子を思う夫婦の心など、決してわかるまい」

「――あああぁああアアアアァあああァあああッッ!!!」

 

 これ以上はもう、聞きたくない。

 弾ける感情を抑えきれず、雁夜は裂帛の叫びとともに、時臣の胸ぐらに掴みかかった。しわひとつない真紅の背広の襟元を乱雑に掴み、雁夜は震える拳を振り上げる。

 それでも、時臣の視線は揺るがなかった。鬼のような形相で迫る雁夜を正面から見据え、淡々と、しかし僅かに熱の込められた声音で告げる。

 

「葵を幸せにしてみせる。そう思い、私は彼女を娶ったのだ。妻を愛する心。愛娘が生まれたときの喜び。私の誓いのなにひとつとして、君などに理解されてたまるものか」

「……ぁ……ッ」

「私の家族は、私が救う。それが――()()()というものだ」

 

 時臣の手が、雁夜の腕を振り払った。触れたのはほんの一瞬だったが、その一瞬で、もはや膂力ですら時臣には敵わないことを、雁夜は決定的に悟ってしまった。

 支えを失い、脚がもつれ、受け身すら取れずに顔面から地べたへ落ちる。ぶべッ、と情けない声を漏らした雁夜は、一瞬遅れて盛大に血反吐を吐き出した。もう、時臣の顔を見上げるだけの余力すらありはしなかった。

 

「あ……ゥ……」

 

 そんな言葉は聞きたくなかった。

 時臣の思いなど知りたくはなかった。

 最後まで、ただ憎たらしい仇敵で在り続けてほしかった。

 或いは、それが時臣の慈悲だったのかもしれない。雁夜の身を焼く炎は、いつまで経っても降ってはこなかった。終焉の時は訪れぬまま、時臣の足音が遠ざかってゆく。もはや、トドメすら刺してはくれないのだと、雁夜は絶句した。

 

「ぁ、ああ……ぁあああァアああ……――」

 

 雁夜は号泣した。怒りとも哀しみともつかぬ雄叫びを上げて、最後に残った、行き場を失った力のすべてを振り絞り、地べたを殴りつけた。時臣に届かなかった拳は、もはや痛みすら感じることもなく、枯れ枝のように折れてひしゃげた。

 ふと、己の折れた腕がぼやけた視界に入った。もはや血の通わぬしわがれた手が、己の意思とは無関係に震え、蠢く様を見て、雁夜にはそれが、桜の体を這い回る淫蟲となんら変わりのないおぞましいモノに見えた。

 

 

 

「雁夜……」

 戦いは、万丈の予測に反して、あまりにも一方的で、あまりにもあっけない幕引きだった。雁夜の魂の叫びを間近で聞いた万丈は、どう言葉をかけていいものかもわからず、ただ立ちすくむしかできなかった。

 必死に時臣に縋り付き、思いの丈を力の限り叫ぶ雁夜を見ていると、いまさら邪魔立てをするのも違うように思えた。どのような形であれ、雁夜は己の命を賭してでも、時臣に喰らいつきたかった。そして、雁夜はそれを果たしたのだ。

 

「と、遠坂さん……」

「やあ。また会ったね、万丈くん」

 

 雁夜に思いをぶつけられた当人は、しかしなんの感慨もなく、涼し気な表情のまま万丈の眼前で立ち止まった。雁夜のことをどう思っているのかなど、あえて問うのは無粋であるように思われた。いや、正確には、聞くのが怖かった。

 返す言葉を詰まらせた万丈の肩を、時臣は優しく叩いた。

 

「私は彼を殺さない。約束は果たしたよ」

「……ああ。確かに勝負は見届けた。あんたの、勝ちだ」

「当然の帰結としか言いようがないがね」

 

 時臣の声音に、万丈はどこか寒々しい印象を覚えた。勝利者の余裕やカタルシスといったものは見られない。他ならぬ時臣自身が、どこか虚しそうに目を伏せた。それきりなにも言わず、万丈の隣を通り過ぎて、時臣は屋敷の玄関へと進んでいく。もう、時臣の邪魔をするものは誰もいなかった。

 

   ***

 

「ますたぁ……よく、頑張りましたね」

 心のうちにわだかまっていたなにもかもを吐き出し、今まさに燃え尽きようとしている雁夜に、優しく声をかける女がいた。遠のいてゆく意識の中で、雁夜は自分が膝枕をされていることに気付いた。

 白くぼやけた視界の中、清姫がゆるく微笑んだ。小さな手のひらが、雁夜の前髪を優しく撫でる。目にかかっていたぼさぼさの白髪が、清姫の手ぐしで整えられ、視界の隅へよけられる。

 雁夜は時臣との勝負にすらならないやりとりを思い出し、また、泣いた。

 

「おれ……は、結局……最初から……負けて、いたのか」

「ええ、そうですわね。気持ちいいくらいの完全敗北です……きっと、ますたぁが葵様の元を去ったそのときから、勝敗は決していたのでしょう」

 

 一切の嘘のない、正直な言葉だった。

 もはやなにも言い返す気力はない。ただ、口をぱくぱくと開閉させ、掠れた喘鳴を漏らすしか、雁夜にはできなかった。こめかみを流れ落ちる涙が耳の中に入り込むと、僅かに残った聴覚すらもあやふやになる。それでも、清姫がなにを言っているのかは、わかる気がした。

 

「ますたぁはよく頑張りました。最後まで己の意思を貫き、ひた走った。その結果、誰もますたぁに理解を示さずとも……この清姫だけは、最後までおそばにおります。わたくしだけは、ますたぁの気持ちを知っていますから」

「あ……ァ」

 

 ふと、懐かしい記憶が蘇る。

 優しく、温かい、この世の誰よりも愛おしい女の声。

 まだ未来のことを考える必要もなく、雁夜が葵と一緒にいられたころの記憶。

 呪われた家に生まれた雁夜に優しくしてくれたのは、葵だけだった。葵だけが、雁夜の満たされぬ心を潤す心のオアシスだった。

 

「おれ、は……あのとき、葵さんを……」

 

 なにも言わずに葵の元を去った、あのときの判断を雁夜は呪った。時間を巻き戻して、未来を選び直したいとすら思う。

 このまま葵と一緒にいれば、葵と自分は結ばれる。そういう確信があった。だけれども、雁夜と結ばれれば、葵は臓硯の餌食となる。それが嫌だったから、雁夜は葵のために、真実を告げず黙って姿を消したのだ。

 だから、雁夜は失恋などしていない。ただ、時臣に葵を譲っただけだと信じて疑わなかった。

 それが、雁夜の心の隅に残った僅かな望みだった。ふたりの仲を引き裂いた時臣さえ消えれば、葵はまた、雁夜の元へ戻ってきてくれると信じて疑わなかった。けれども、そうではなかった。

 時臣は、葵を愛していた。娘を愛していた。それはそのまま、この一年間の血の滲むような努力も、苦しみも、すべては雁夜の独り善がりだったことを意味している。もはや都合のいい幻想すら見ることは許されず、なにもかもを失って、雁夜は独り寂しく死んでいく。

 死の間際になって、雁夜ははじめて、失恋を経験した。

 

「嗚呼。おれは、結局……ひとり、虚しく死んでいくんだな」

「それは、違います。ここにはわたくしがおります。わたくしの命は、常にますたぁと共に……あなた様と一緒に逝けるなら、わたくしは本望でございます」

「……ぁ」

 

 清姫の目尻から湧き出た涙が、頬をつうと伝って、雁夜の頬に落ちた。

 なぜ清姫が泣いているのか、雁夜にはその理由がわからなかった。最後まで独り善がりで走り続けた雁夜には、他人の心がわからない。けれども、清姫の涙は、案外と気分の悪いものではなかった。乾いた心に吹き込む冷たい風が、ほんの少し遮られた気持ちになった。

 雁夜の震える手を、清姫は強い力で握りしめた。令呪の刻まれた、ふたりを結んでくれた右腕を。

 

「ごめんな……、俺は、君に……なにも、してやれなかった」

「ふ、ふふ。なにを今更……、あなた様が人でなしであることなど、先刻承知でございます! ……だから、よいのです。それでもあなた様のそばにいたいと願うのは、あくまでわたくしの自分勝手。ますたぁが謝ることなど、なにも……なにも」

 

 雁夜という男は、どうしようもない甲斐性無しで、救いようのない愚か者だ。愚かだから、清姫がなぜ泣いているのかも、自分がなにを謝ればいいのかも分からない。それでも雁夜には人並みの優しさがある。だから雁夜は、意味もわからず謝罪する。

 清姫はそんな雁夜の心を汲み取って、一緒に涙を流してくれる。馬鹿でもいい。クズでもいい。すべてを受け入れて、清姫はただそっと寄り添ってくれる。この少女こそが、雁夜の元に残った最後の宝なのだ。まだ雁夜の手元には残ったものがあるということに、ここへきてようやく気が付いた。

 ほんの一拍程度の無言の間をおいて、雁夜はふと、視線を空へと向けた。高く昇った太陽のあまりの眩しさに、雁夜の視界にはもう、なにも見えはしなかった。

 

「きよ、ひめ」

「はい。ますたぁ」

 

 雁夜の手を握る清姫の握力が、ぐっと増した。正確には、既に触覚が死んでいるのでわからないのだが、清姫の声を聞いていると、不思議と状況が伝わってくる。

 清姫の手の中で、雁夜のしわがれた手に刻まれた令呪が、一際眩しい輝きを放った。

 

「もう、俺の、ことは……いいから。桜、を」

「なっ……ま、ますたぁ……!?」

「桜を……助けて、やって、くれ」

 

 最後に残った命の灯火を燃やし尽くして、雁夜は己が胸に抱いた願いを告げる。

 ここまで、長い戦いだった。葵を巡る十年の恋愛対決は、随分と遠回りをしたものの、最終的には時臣の勝利に終わった。それは認めてやってもいいが、それはそれとして、雁夜は時臣が死ぬほど嫌いだった。殺してやりたいほど憎たらしいし、時臣が葵を救う姿を見るくらいなら、自分が死んだ方が幾分幸福だとすら思える。

 例えこれから死ぬとしても、時臣を認めて死ぬのだけは、絶対に御免だ。雁夜はそう強く思い、重ねて願った。

 

「俺の、分まで……桜に、幸せを」

 

 二画目の令呪に続いて、最後に残った三画目の令呪も燃え尽きた。

 時臣は、自分が桜を救うと息巻いていた。けれども相手はあの臓硯だ。時臣ひとりでは失敗するに決まっている。臓硯は、そんなに甘くはない。

 だから雁夜は、後のすべてを託すのだ。

 自分の手で娘を救うつもりだったのに、その役目を雁夜のサーヴァントに奪い取られたと知ったとき、時臣はどんな顔をするのだろうか。それを思うと、少しは気が晴れる。

 

 最後の最後に、雁夜は微かに笑みを浮かべた。

 

 桜が救われる様を見届けられなかったのは心残りだが、最後に意趣返しをしてやったという気持ちが大きかった。胸のすくような思いだった。それすらもくだらない独り善がりであることは自覚しているが、それでも。

 

「――あ、ああ……そんな。ますたぁ……ますたぁ!」

 

 清姫は、冷たくなった雁夜をひしと抱きしめた。

 通常、魔力の供給源たるマスターが息絶えれば、サーヴァントは消滅する。だというのに、清姫の体内には未だ溢れんばかりの魔力がみなぎっている。

 死の間際に注ぎ込まれた令呪の魔力(のろい)によって、消えゆく運命だったはずの清姫の霊基は、なおもこの現世に繋ぎ止められてしまったのだ。

 

「独りで逝くなんて……っ、最後は一緒に逝くと、確かに申し上げましたのに……! あろうことか、わたくしの言葉を嘘に変えてしまうなんて……そんな、そんなの……あんまりではございませんか……ッ!」

 

 清姫は、雁夜の亡骸を抱きしめ、声を荒げた。

 最後まで一緒にいられれば、それでよかった。それが清姫の唯一のわがままだった。どのような道を辿っても逝くときは一緒だと、そう思えたからこそ、清姫は雁夜の行動を支え続けてきたのに。

 雁夜はついぞ清姫の思いを理解することなく、最後まで自分の感情を優先して、そしてひとりで逝ったのだ。

 

「どうして……」

 

 清姫が見初めた男は、いつだって先に逝く。

 あとに残されたのは、これから死にゆく清姫ひとり。

 それでも、生きないわけにはいかない。戦わないわけにはいかない。

 愛した男の最期の祈り、果たさずに逝けるほど、清姫は薄情な女ではない。

 

「ますたぁ」

 

 もう二度と呼吸をすることのない雁夜の唇に、清姫はそっと口付けをする。燃えるような熱い口付けを。生前の雁夜なら、きっと許してはくれなかっただろう。清姫の、ほんのささやかなわがままだ。

 雁夜の頭を優しく横たえ、立ち上がる。刹那、令呪によって齎された膨大な魔力が清姫の体内で駆け巡り、清姫の霊基を構成するエーテルを一斉に励起させた。

 清姫を中心に、ぶわりと風が舞い上がる。燃え立つ蒼炎が、和服を端から焦がしてゆく。純白の和服は黒く染まり、薄緑の髪は色素が抜けきって、透き通るような白髪へと変質する。

 雁夜がその命と引き換えに二画分の令呪で齎したのは、二段階分の霊基再臨だった。

 

「――ますたぁの最期の願い。この清姫、たしかに聞き届けました」

 

 黒く彩られた和服の裾を翻し、清姫は前を向いて歩き出す。

 雁夜は、最期まで子供のように純真な男だった。幼稚園児のような愚かな男だった。それでも、最期には失恋を知り、誰かを助けることを願って逝った。清姫には、主の願いを叶えるため、最後の戦いに臨む義務がある。

 

「もう、いいのか。バーサーカー……いや、清姫」

 

 数歩離れた場所で静かに見守っていた万丈の声がかかる。

 前世で愛を語り合った男女の最期の逢瀬に水を差さず、そっとふたりきりにしてくれたのだろう。その心遣いに感謝しながら、清姫は万丈へ視線を返した。

 

「ライダー……いえ、万丈様。わたくしはこれより、サクラを救うため……ただそのためだけに最後の戦場へ赴きます。あなた様は、どうなさいますか」

「だったら、俺も行く。元々、それが俺の目的だ……せめて雁夜の分まで、俺にも一緒に戦わせてくれ!」

「ふふ。あなた様なら、そう言ってくださると思っておりました」

 

 予想通りの答えに、清姫はくすりと柔らかく微笑んだ。

 急ぐ必要がある。この霊基は、令呪で強引に生きながらえさせているにすぎない。雁夜が最期に遺してくれた魔力が尽きる前に、桜を救い出す必要がある。

 先陣を切って歩き出した清姫に追従するかたちで、万丈も歩き出した。

 

「――じゃあな、雁夜」

 

   ***

 

 勝利、と読ぶにはあまりにも後味が悪いものだった。時臣はただ、雁夜の自滅を見送っただけだ。

 

「私も、どうかしているな」

 

 時臣は自嘲気味に独りごちる。

 本来ならば、雁夜などに時臣の心を語って聞かせてやる義理はなかった。魔術を貶め、独善によがり、己が欲望のままに戦う愚者と同じ舌戦の土俵に立つことそのものが時臣の品位を下げる行為に他ならないのだから。

 それでも時臣が言葉を尽くしたのは、雁夜もまた、曲がりなりにも桜のために立ち上がった男だと認めたからだ。純然たる事実として、それだけは認めてやってもいい。だが、それはそれとして、あまりにも不快の度が過ぎる戦いだった。勝利したとて達成感もなにもない。雁夜は、最期まで独り善がりを貫き、勝手に自滅したのだから。

 深く嘆息した時臣は、もはや雁夜について思い煩うことをすっぱりやめて、アルターエゴとの戦闘に入ったセイバーに思いを巡らせる。時臣の体から吸い上げる魔力量が増加している。セイバーが苦戦していることの証左だった。

 

“セイバー……――”

 

 土地の管理者たる遠坂が誇る地の利は既になく、アルターエゴの宝具圏内では宝具の魔皇剣も、闇のキバすらも制限を受ける。

 セイバーの戦いは、此度の雁夜との戦いとは訳が違う。なにも失わずに勝利を収めようとするのは、あまりにも見積もりが甘い。

 時臣は、右手を緩く胸元へと掲げた。左手で、最後に残った令呪を撫でる。僅かに残る名残惜しさを振り払ったとき、時臣の令呪は淡い輝きを放ち始めた。

 

“王よ。御身は、我が道行きを見届けてくださるのでしょう。であれば、このようなところで敗北することを、認めるわけには参りませぬ”

 

 最後の令呪を失うことの意味は、時臣とて理解している。だが、だとしても、もはやそんな問題ではない。

 僅かながらも、はじめて心の繋がりを感じた王の勝利を、時臣は願わずにはいられなかった。

 

「令呪をもって奉る。王よ――今一度、御身に宝具の煌めきを。かの仇敵を討ち倒すだけの力を」

 

 祈りの言葉を聞き届け、最後の令呪は弾けるような真紅の輝きとともに消え去った。

 消え去り、掠れた令呪の痕を一瞥する。ほんの一瞬の瞑目ののち、時臣は再び歩き出した。

 セイバーは、必ず勝利する。然る後、セイバーとともにスタークを仕留め、追加の令呪を獲得すれば、ここで令呪を切ったとて帳尻は合う。

 

「遅かったのう。待っておったぞ、遠坂の」

「……っ」

 

 黙考しながら間桐の玄関前に立ったそのとき、ぎィと木が軋む音を立てて、扉は内側からひとりでに開け放たれた。間桐臓硯は、何事もなさそうに頬を歪めて笑った。まるで、ここに至るまでの雁夜と時臣の戦いなどなかったかのように。

 

「なにをぼうっとしておる。早く中へ入らんか」

「ッ、これは失礼をいたしました。それでは、お言葉に甘えて」

 

 軽い会釈ののち、時臣は間桐の屋敷へと脚を踏み入れた。

 臓硯は満足げに頷くと、くつくつと喉を鳴らすようなしわがれた笑みを零して背を向けた。着いてこい、ということだろう。ここが敵の魔術工房であることを念頭において、時臣は油断なく臓硯に追従する。

 

   ***

 

 胸部装甲から白煙をくゆらせながら、ダークキバは立ち上がった。キバエンペラーの必殺の蹴りを直撃で受けながら、それでも戦意には微塵の陰りもありえない。

 マスターである時臣から、現在進行系で魔力を吸い上げ、今しがた受けたダメージを急速に修復する。憎き仇敵を眼前に捉え、ダークキバは低く唸った。

 

真夜(まや)と、音也の子……貴様だけは、赦すわけにはいかん……!」

 

 忌々しくもキングの元からクイーンを奪い去った男と、キングの思いを踏み躙った女の間に生まれた禁忌の子。セイバーとして、キングとして、己の持てる全存在を懸けてでも、紅渡の存在だけは断じて認めるわけにはいかない。

 なによりも、セイバーは時臣に宣言した。その道行きを見届けると、口に出して約束をしたのだ。なれば、違えることは赦されない。

 セイバーは、己の責任を放棄し、愛などという不確かな感情に身を任せた愚か者とは違う。必ず勝利し、時臣の元へ戻る。それが、王の責任だ。

 

「決着をつけよう、キング」

 

 キバエンペラーが、ザンバットソードを振り抜いた。昨夜、ダークキバを下したあの技を使うつもりだろう。

 ダークキバもまた、魔皇剣を振り抜いた。時臣の祈りとともに注ぎ込まれた膨大な魔力を内包した、紅く煌めく魔皇剣を。

 

「……なぜ、ザンバットが!?」

「昨日とは……状況が逆転したな、キバ」

 

 たった一画だけ残った最後の令呪を費やして、時臣はセイバーの勝利を願い、祈りを捧げたのだ。爆発的な魔力充填は、王城の重圧をも弾き飛ばし、ダークキバに最後の力を与えてくれた。

 ここまでお膳立てをされた上で無様に敗北を喫するようでは、セイバーは二度と時臣に顔を合わせられない。今こそ、生前の雪辱を果たすとき。奪われ続けてきた過去を精算するため――ただそれだけを胸に、ダークキバは燃え盛る怒りの刃を抜刀した。

 

「――この一撃で、貴様ら親子に刻まれた忌まわしき運命(さだめ)を断ち切るッ!」

 

 剣から溢れ出た魔力が、荒れ狂う暴風雨となって降り積もる花びらを舞い上げる。

 濃密な魔力の突風は、まるで質量を持ったように吹き荒び、風の刃となった魔力の嵐は、劇場内のなにもかもを消し去ろうと暴れ回る。黄金劇場の柱に、壁に、空間に。僅かな亀裂が奔った。あまりにも膨大すぎる魔力の奔流に、結界そのものの限界が近づいているのだ。

 

「いいだろう……正面から受けて立つ!」

 

 対する好敵手(キバエンペラー)は、逃げも隠れもしなかった。

 真のキングたるダークキバの魔皇剣と比べれば、キバエンペラーのザンバットソードの出力などたかが知れている。だというのに、それでもキバエンペラーは、臆せずに剣を構え、腰を低く落とした。

 互いの全力を尽くした宝具の激突だ。次の一撃で、長きに渡る因縁に決着がつく。ダークキバは、己の持つ魔皇力をも一点に注ぎ込み、世界をも斬り裂く必殺の魔皇剣を高らかに振り上げた。




【Servant Material】

霊基再臨により、サーヴァントの情報が更新されました。

【CLASS】バーサーカー
【真名】清姫
【属性】混沌・悪
【ステータス】
筋力E 耐久E 敏捷C 魔力E 幸運E 宝具EX

【クラス別スキル】
●狂化:EX
 理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
 清姫の場合、意思疎通は完全に成立するが、マスターを「愛する人」と見定め、嘘をつくことを禁ずる。
 それを破ればどんな嘘でも必ず見破り、令呪を自動的に一つ消費させる。

【保有スキル】
●変化(火竜):C+
 文字通り「変身」する。
 清姫の場合、東洋の低級竜に変身する。足が生えている間はひたすら走るが、足がなくなると地を這いずり、炎をも吐き出す。部分的に変化させることも可能。

●ストーキング:B
 愛した標的を追い求め続けるためのスキル。
 戦闘面では敵単体の防御力がダウンする代わりに、敵単体の攻撃力をアップさせる。

●焔色の接吻:A
 愛した男は清姫を残して逝った。燃えるような接吻は、清姫の決意の証。
 戦闘面では自身の弱体状態を解除&自身の攻撃性能を大幅にアップする。

【宝具】
●第一宝具
転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)
ランク:EX 種別:対人宝具(自身) レンジ:0 最大捕捉:1人
 炎を吐く大蛇、即ち燃え盛る竜への変身能力。とりわけ口から吐く炎の威力は凄まじい。
 清姫は竜種の血を引いていないただの人間だったが、恋焦がれた人間へのあくなき執念と「思い込み」によって竜に転身することができた。

●第二宝具
道成寺鐘(どうじょうじかね)百八式(ひゃくはちしき)火竜薙(かりゅうなぎ)
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
 かつて安珍が引き籠った鐘を召喚して相手を閉じ込め、内部を炎で熱しながら、大量の薙刀を突き刺して吹き飛ばす。
 令呪による反則的な霊基再臨によって、本来存在しない筈の第二宝具を獲得した。
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