仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

28 / 34
第28話「旅立ちのベルが鳴る」

 硬い金属同士が激突する甲高い音と、建物が軋みを上げて崩壊してゆく重低音が、地響きを伴って聞こえてくる。今はまだ屋敷の輪郭は保たれているが、そう時間をかけず崩落するだろう。既に、屋敷の窓という窓から火の手が上がっている。中でどれほど苛烈な戦闘が行われているかは、想像に難くなかった。

 どこか遠くを見るような目で屋敷を見上げていたセイバーは、ふいに視線を上げて空を仰いだ。太陽が、徐々に中天へと昇りつつある。それを認めて、すぐに目線を伏せた。空から降り注ぐあたたかな陽光から目を背けるように。生前、キングが最期に見た空も、同じような青空だった。

 

「……生きているか、キング」

「当然だ。(オレ)を誰だと思っている」

「フ、どうやら愚問だったようだな」

 

 傍らでキバットバットⅡ世がぱたぱたと音を立てて対空しているが、その羽ばたきにいつもの力強さはない。ふらふらと頼りなく上下に揺れている。弱りきり、墜落する寸前の羽虫を連想させるその有り様に、セイバーは乾いた笑みを零した。

 サーヴァントとして、満身創痍であることは明白だった。何事もないように立ってはいるものの、実際に見かけほどの余裕はもうない。ただ、意地だけを拠り所に、セイバーはふらつく姿勢を正し、二本の足で直立する。

 

「どうする、キング。時臣はまだ生きているぞ」

 

 時臣のために撤退するのも手だと、そう言いたいのだろう。だが、それが本心でないことは分かる。その証拠に、キバットは笑っていた。返答は既に決まっている。

 

「やつは仮にも、この(オレ)の家来を豪語した男。ここで無様に散るようなら、所詮それまでということ……キングの配下に、弱者は必要ない」

「奇遇だな。オレもそう思っていたところだ」

 

 セイバーはフンと鼻を鳴らして笑った。キバットもまた、釣られるように笑った。

 時臣がなにを掴んだのかは知らないが、あの男は少なくとも自分の道を自分で見つけ出したのだ。であれば、あとはその道を突き進めばいい。

 結局のところ、セイバーと時臣の間には、王と家臣以上の関係はあり得なかった。孤高の絶対王者が家臣の無事を祈ることも、いち家臣でしかない男が常勝無敗の王の勝利を祈ることも、そもそもが理を違えている。

 なにも言わず、なにも語らず、ただ勝利すればいい。それだけが、ふたりの間にある()()()だった。これからも、それは変わらない。変える必要もない。

 

「――だが、悪いなキング。どうやら、オレも少し消耗しすぎたらしい。闇のキバは、もう使えそうもない」

「そうか。ならばもはや貴様など不要……暇をくれてやる、どこへなりと消えるがいい」

 

 キバットに背を向けたまま、ふらつく足取りでセイバーは前進する。殺意に燃える瞳は、ただひとり、眼前の敵を見据えていた。

 宝具を放ったキバエンペラーの消耗もまた、見るからに甚大だった。未だ変身解除には至っていないものの、魔皇剣を地面に突き立て、前のめりに此方を睨め付けている。その仇敵を、セイバーは目を剥いて睨み返した。

 

「そうか、それがお前の選んだ道か」

 

 微笑みひとつ落として地面へ降り立ったキバットは、静かに翼を畳んだ。

 

「お前とともにここまで戦ってこれた。それだけで、十分だ。あとは、お前の心が望むまま……思う存分やればいい」

 

 背後からかけられる声に、返す言葉はない。なにも、必要ない。

 

「さらばだ、キング」

 

 それが最後の言葉だった。もう、キバットの声は聞こえない。

 残されたのは、男がふたり。互いを相容れぬ宿敵と見定めた、ふたりの男がここにいる。他にはもう、なにもいらない。

 

「紅、渡……!」

「……キング」

 

 大気中の魔力が、真紅のオーラとなってセイバーに寄り集まってゆく。

 セイバーのサーヴァントには必要なしと切り捨てた力を解き放って、セイバーは――キングは、王でも英霊でもなく、()()()()()として、その瞳に殺意の炎を滾らせる。

 

「魂を……オレをオレとしているすべてを懸けて、オレは貴様を否定する」

 

 地に響くような雄叫びをあげて、キングは我が身に集約した魔力を一気に解き放った。体内で魔皇力へと変換された真紅の波動が、突風を伴う衝撃波となって辺りの草木を吹き飛ばす。獣を思わせる裂帛の咆哮を響かせたのち、キングは真紅の怪人(バットファンガイア)への変身を果たしていた。

 

「例えすべてを失っても……貴様にだけは、これ以上なにも譲らん。例えこの命尽きようとも、オレは最後の瞬間まで貴様の敵で在り続ける……!」

 

 紅く燃える鬼の双眸で眼前の仮面ライダーを見据え、バットファンガイアは最後の力を振り絞って地を蹴った。

 無言のまま構え直したキバエンペラーは、左腕の小龍の尾を引き、腰を低く落とす。黄金の装甲から放出された魔皇力の闇が、陽光を覆い隠し、暗い夜の帳を下ろす。

 燦々と輝く太陽の代わりに、煌々と煌めく巨大な満月が空に浮かんでいた。

 

「ハッ!」

 

 短い掛け声とともに空へと跳び上がったキバエンペラーの右足から、真紅に燃える魔皇力の翼が、さながら大鎌のように飛び出した。

 巨大な満月を背に、必殺のライダーキック(エンペラームーンブレイク)の態勢に入ったキバは、バットファンガイア一点を狙って急降下する。

 

「ウォオオオアアアアアアッ!!」

 

 一瞬ののち、バットファンガイアの胸部に、キバの右足が突き刺さった。既に満身創痍の全身を、暴力的な衝撃が襲う。同時に、キバの黄金の右足から現出したふたつの翼が、加速した。命を刈り取る大鎌となった翼が、刹那のうちに、バットファンガイアの胸部を十重二十重に刺し貫いた。

 

「ガ……ァ、――」

 

 完全に動きを止めたバットファンガイアをふたたび蹴り飛ばしたキバは、真紅のマントを翻して空中で一回転すると、危なげなく着地する。

 バットファンガイアの体を構成するステンドグラスに、亀裂が奔った。全身が鈍い煌めきを放ちながら透き通ってゆく。体内の生命力(ライフエナジー)が、ファンガイアとしての外骨格を突き破って今にも外に溢れ出そうとしている。

 それでも、倒れることだけはしない。したくはない。己の体内で暴走する魔皇力の流れを意地ひとつで制御し、キングは今にも倒れそうな脚で踏ん張った。もはや、変身形態すら保てはしない。ふたたび生身を晒したキングは、霞みゆく視界の先に仇敵の姿を捉え、憎悪に満ちた眼差しを向ける。

 

   ***

 

 誰の力も頼らず、たったひとりで戦い続け、栄光とともに勝利を掴み続けてきた男に、手を差し伸べてくれる女がいた。誰もがおののく無敗の王者を前に、しかし女は畏れも敬いもなく、あくまでひとりの男として接してくれた。

 キングには、女がなにを考えているのかがわからなかった。だから、差し伸べられたその手を見たとき、キングは無言のまま眉を顰めることしかできなかった。

 

「あら、つれないわね。手を貸してあげるって言ってるんだけど」

 

 差し伸べられた手を振り払い、キングは女に背を向け、肩越しに冷たい視線を送る。

 

「裏切り者のクイーンの力などいらん。オレの前から消えろ」

「あなたって、いつもそうね。少しは仲間を頼ることを知ったらどうなの」

「オレを裏切ったのは、貴様だ。もはや仲間でもなんでもない」

 

 クイーンは呆れた様子で肩をすぼめた。

 周囲を見渡す。ぽつんと玉座が置かれた王の広間には、絶えず薔薇が降り注いでいる。ここにいるべきルークとビショップの姿がない。クイーンに背を向けたまま、キングは視線だけでふたりの姿を探した。

 

「あのふたりならいないわよ」

 

 もう一度、凍てつくような視線をクイーンに送る。

 

「だって。あなたが求めたのは、私だもの」

 

 キングは、心と体にわだかまるありったけの憎悪をその眼差しに込めて、クイーンを睨んだ。クイーンの表情に変化はない。キングの激情に触れてなお、怯えることも、逃げ出すこともしない。

 

「今なら分かるわ。あなたが、私を愛してくれていたこと。だから、音也が赦せなかったんでしょう? 渡のことも」

「――それ以上言うなッ!!」

 

 瞬間、キングの中でなにかが弾けた。

 腰に提げた魔皇剣を怒りのままに抜刀し、その切っ先をクイーンの喉元に突きつける。あとほんの少しでも腕を突き出せば、クイーンの命は断てる間合いだ。クイーンは無言のまま、その大きな瞳でキングをじいっと見据えるだけだった。

 

「キングに……愛など不要だ」

 

 深く息を落として、キングは魔皇剣を下ろした。真紅のマントを翻してクイーンに背を向けると、キングは今度こそ広間の扉へ向かって歩き出した。

 

「ほんとうに、不器用なひと。でもいいわ。そういうひとだものね、あなた」

 

 今更誰かの力を頼ることなど、できるわけがない。

 孤高の絶対王者は、誰の力も頼りはしなかった。信じられるのは、己の力のみ。その意思と誇りが、ファンガイアを至高の魔族へと押し上げたのだ。その伝説に、自分の手で泥を塗ることなどできるわけがない。

 キングの手元には、もうなにも残されてはいない。それでも、最後に残った誇りだけは、失いたくはなかった。

 

「さようなら、キング。かつて私の愛したひと」

 

   ***

 

 もはや指一本を動かすことすらも苦痛を伴う責め苦の中で、それでもキングは魔皇剣を引き抜いた。未だここに燃え残った命の証を振りかざすように。

 

「言ったはずだ、紅渡……貴様には、なにも譲らん。なにも、くれてはやらん。勝利の、栄光すらも」

 

 黄金のキバは、身構えることすらしなかった。

 ただ静かに振り返り、その真紅の仮面でじっとキングの行動を見守っている。

 最後の意地で、キングは嗤った。

 

「が……、ふッ」

 

 両手で握りしめた魔皇剣の切っ先を、キングは己が心臓へと突き立てた。

 喉の奥から這い上がってきた人外の()()()を吐き出し、キングはまた嗤う。

 なにものをも断つ世界最強の魔剣は、狙い過たずキングの霊格を刺し貫いた。その水晶のような刀身に()()()を滴らせたまま、キングの体は金の粒子となって崩壊を初めた。座へ、還るときがきた。

 

「――――」

 

 黄金のキバはもう、なにも言わなかった。その真紅のマントをばさりと払い、無言のままに歩き出す。真っ直ぐにキングに向かって前進したキバは、キングに言葉をかけることすらなく、その脇を通り過ぎてゆく。背後に聳える屋敷へ向かって、一切の迷いなく。

 キングは重ねて笑った。これでいい。宿敵にかけられる言葉も、情けも、キングには必要ない。

 

 やがて足音が聞こえなくなり、宿敵の気配が完全になくなるまでその場に立ち続けたキングは、静かに瞳を閉じた。キングを英霊たらしめるなにもかもが消えてゆく。

 剣が消え、体が消え、最後に残った意識が消えるその間際。キングはふいに、今も屋敷の中で戦っているであろう時臣の顔を思い出した。

 果たして、キングと異なる道を歩み始めたあの男は、キングすら知らぬ未来を掴み取ることはできたのだろうか。ほんの少しだけ気がかりだったが、そう思う心もじき光に溶けて消えていった。

 

   ***

 

 どす黒い闇をオーラとして身に纏った仮面ライダーブラッドが、瞬時にクローズマグマの目の前に現れた。間合いに入られた認識はない。ほんの瞬きのうちに、ブラッドはクローズマグマの懐に飛び込んでいたのだ。

 

「早ェッ!?」

 

 クローズは状況を理解するよりも先に、本能的に両腕で頭を庇うようにガードの姿勢をとった。振り下ろされたビートクローザーの刀身が、クローズマグマの手甲と衝突し、溶岩のフレアが噴き上がる。

 

「██▅▅████████▀▀██▅▅███▃▃ッ!!」

「ぐっ……おぉ!?」

 

 血飛沫のように舞い上がる溶岩を真っ向から浴びながら、それをまるで意にも介さず、ブラッドは闇に侵されたビートクローザーの乱打でクローズマグマを襲う。クローズマグマは幾度目かの激突の瞬間、ガードをやめて、押し返した。噴出した溶岩が、ビートクローザーを弾き返す。

 

「オォォラァアアッ!!」

 

 すかさず手甲に溶岩のドラゴンヘッドを纏ったクローズは、至近距離からの拳を叩き込んだ。拳がブラッドの胸部装甲に命中すると同時に、爆炎が炸裂する。火柱を拭き上げながら、ブラッドは吹っ飛んだ。

 テーブルとソファを薙ぎ倒し、なんの罪もない棚や壺などの彫像品を粉々に粉砕しながら、ブラッドは壁に激突し、その壁をも突き破って、一気に廊下まで叩き出された。速度では勝てなくとも、一撃の重さならばまだこちらに分があることを万丈は確信する。

 

「██▅▃▃▃▃▃▃██▅▅█████▀██!」

 

 廊下側のブラッドが、咆哮とともに放った衝撃波で、ふたりを隔てる壁を木っ端微塵に粉砕した。崩れ落ちる壁の向こうから、ブラッドが人間離れした速度で急迫する。先にダウンさせられたはずのブラッドが、先手を打った。クローズマグマは一瞬遅れて灼熱の炎を纏ったビートクローザーを構える。

 

「ラァアアッ!!」

 

 同じかたちをした剣同士が激突する。ブラッドの闇と、クローズマグマの炎が一斉に周囲へと吹き荒れる。至近距離での鍔迫り合い。赤くぎらぎらと燃えるブラッドの瞳が、クローズマグマを睨め付ける。

 

「ッ!?」

 

 ブラッドの前蹴りが、クローズマグマの腹部をしたたかに蹴り飛ばした。数歩よろめいたクローズマグマ目掛けて、力まかせの剣の一撃が振り下ろされる。咄嗟に剣を構え一撃目を防いだが、すかさず放たれた二撃目を防ぎ切ることは出来ず、姿勢を崩したクローズマグマの胸部を、ブラッドのビートクローザーが袈裟懸けに斬り裂いた。溶岩が噴き上がる。

 

「▃▃▃▃█▃▃█████▀██▅▅█ッ!!」

 

 三発目は、強烈な回し蹴りだった。真紅の輝きを孕んだどす黒い闇を纏った蹴りが、防御姿勢さえままならないクローズマグマの胴体へと突き刺さる。吹き飛ばされたクローズマグマは、彫像品を丁寧に並べた棚を背中で吹き飛ばして燃やし尽くしながら、壁に激突して項垂れた。

 最前まで棚だったものが、今はもうバラバラに粉砕された木材と陶器の破片となってクローズマグマに降りかかる。

 

「クッソ、ンだよコイツ……バカみてぇに強ェじゃねえか!」

 

 体にのしかかる廃材を噴き上がる炎で弾き飛ばしながら、クローズマグマは壁を支えに立ち上がった。

 こんな攻防が、もうずっと続いている。今頃、時臣と桜はどうしているだろうか。桜は無事に救出できただろうか。脳裏によぎった考えを遮るように、ブラッドは雄叫びを上げて突っ込んでくる。

 

   ***

 

 地上階に出た時臣を待ち受けていたのは、(くろがね)色のスマッシュの軍団だった。両腕に翼を持つもの、両腕にプレス機構を備えたもの、右腕にバーナーを装着したもの、姿形は様々だったが、三体ともに全身を鈍い鉄色に染めている。いずれも、今まで地下であしらってきたスマッシュの群れとは気迫が違う。

 桜を抱きかかえたまま立ち止まった時臣は、片手に構えたステッキを振るった。周囲の炎が一点へと集約され、三体のハザードスマッシュ目掛けて放出される。対して、すかさず前に出たのは、右腕にバーナーを備えたスマッシュだった。時臣へと向けられたバーナーから、時臣の放った火炎をも凌駕する高熱の炎が放射される。

 

「私に炎で仕掛けてくるとは……愚かな」

 

 決して焦ることなくそう嘯いた時臣は、言葉の最後に短い詠唱を連ねた。バーンスマッシュの放った炎は、時臣に届く前に意思を持ったようにうねり、攻撃を繰り出した主の元へ跳ね返る。猛り狂う炎は、三体のハザードスマッシュをまとめて火の渦に閉じ込めた。

 

「カカッ、流石というべきか。この布陣を前に、いつまでその威勢が続くか、見ものじゃのぅ?」

 

 どこからともなく響くしわがれた嘲りに続いて、炎の渦の中からスマッシュが飛び出した。両腕に鉄の翼を備えたスマッシュだ。フライングスマッシュは自らの能力で気流を操り、炎の風を纏って宙を滑るように滑空する。

 すかさず防御陣を張ろうとしたそのとき、間に割って入ったのは蒼龍の少女だった。

 

「シャァアアアッ!」

 

 熱く燃え盛る炎の鉄扇でフライングスマッシュの突進を受け止めた清姫は、そのままありったけの魔力を込めて弾き返す。清姫の怨念の炎に巻かれ、火だるまになりながらも空中で姿勢を制御したフライングスマッシュはしかし、再び加速を付けて清姫へと急迫した。

 遅れて時臣の炎の渦から抜け出した二体のハザードスマッシュも時臣目掛けて走り出す。時臣に、清姫の援護をしている余裕はない。

 

「……意思を持たぬ哀れな人形どもめ」

 

 時臣の眼前に炎が集まり、球体をかたちづくる。それを、向かってくるプレススマッシュ目掛けて射出した。火球は狙い過たずにスマッシュのボディを直撃し、数メートル後方へと吹き飛ばした。時臣は再び火球を精製しながら、今度はステッキの先端をバーンスマッシュへと向ける。

 

「――時臣様! 今はあくまで脱出が最優先、このような雑兵の相手をしてなんになるというのです! なんとなれば、露払いはわたくしが……!」

 

 フライングスマッシュの二度目の突撃を鉄扇で受け止めながら、清姫が怒鳴る。フライングスマッシュからの追撃を抑え込んだまま、下半身の蒼炎を噴出させた清姫は、空中でもつれ合いながらバーンスマッシュ目掛けて突っ込んだ。

 ろくな知性を持たぬバーンスマッシュは、フライングスマッシュ諸共もんどり打って地べたを転がった。真っ先に体を起こしたのは、蒼く燃える龍だった。

 

「わたくしは所詮死にぞこないのサーヴァント。ここはこの清姫に任せて、あなた様はサクラを、早く……!」

 

 雁夜のサーヴァントに救われるという事実は小癪ではあったが、今はなりふりを構っていられる状況でもない。清姫の言葉に従い、桜を抱きかかえたまま駆け出そうとした、そのときだった。

 

「カカッ、そう上手く行くと思うておるのか?」

 

 燃え盛る戦いの場に似つかわしくない、冷え切った声が降り注ぐ。

 背後から迫る敵意をいち早く察した時臣は、桜を庇うように腕の中に抱きかかえた。刹那、地下へと続く石階段と屋敷の地上階とを隔てていた鉄扉が粉砕され、その破片が時臣の背中をしたたかに打ち付けた。

 

「ぐ……ッ!」

「お父さん!?」

 

 背中に走る鈍く重たい衝撃を、その場に踏ん張って堪えた時臣は、一瞬遅れて後方からの殺意の正体に気付いた。地下へと続く階段から現れたスマッシュが、巨大な豪腕を振り上げて咆哮する。

 これまで時臣が仕留めずにいなしてきた連中だ。地下でひしめいていたスマッシュの群れが、黒光りする甲虫の群れとともに一斉に這い出てきた。

 

「さあ、どうする遠坂の。せいぜい、知恵を絞って突破してみせィ」

 

 人の形を捨てた老人の笑い声がどこからか木霊する。

 気づけば一階広間の天井を、黒い靄が覆い隠していた。そのすべてが臓硯に放たれた蟲の群れだ。この中のどれか一匹が臓硯の本体だったとて、それを見抜く術は時臣にはない。

 

「お、お父、さん……」

「……大丈夫だ、桜。なにも心配はいらない。私が必ず、お前を外に連れ出してみせる」

 

 不安げに表情を陰らせ、時臣を見上げる桜を強く抱き返す。痛みを堪え、すっくと立ち上がった時臣は再びステッキを振った。周囲を取り巻く炎は灼熱の幕となって時臣へと迫る蟲の群れを焼き払ってゆく。

 地下からやってきたストロングスマッシュが、豪腕を振り上げて時臣へと突撃してきた。

 

「知性も、品性すら、なにひとつ感じさせぬ毒虫どもめ。貴様らなぞに、遅れをとるものか」

 

 あえてそう嘯くと、時臣は迫りくるスマッシュを鼻で笑い飛ばした。

 桜を抱えたまま、身を屈めてストロングスマッシュの大振りなパンチをかわす。同時に、敵の懐に入ることに成功した時臣はすかさずステッキをかざす。火球が、ほぼゼロ距離でストロングスマッシュの腹部目掛けて射出された。

 勢いよく吹き飛んだストロングスマッシュが、後続のスマッシュの群れを巻き込んで倒れ込む。時臣は脂汗の浮かんだ顔で、それでも平静を装い、再び前を向いて歩き出した。出口はもう、すぐそこだ。

 

「お父さんッ!」

 

 桜が叫んだ。後方から飛来した氷の塊が、空中でつらら針となって時臣へと急迫する。短い詠唱で分厚い炎の幕をつくるが、スマッシュの能力で凍結させられたつららの矢を完全に溶かし切るには詠唱時間が足りなかった。

 

「馬鹿な……っ!」

 

 時臣の炎を突き抜けたつらら針が、時臣のステッキを弾き飛ばした。同時に、つららに触れた時臣の腕が瞬時に凍結する。それが、アイススマッシュの能力だった。

 

「時臣様ッ!」

 

 三体のハザードスマッシュを撹乱しながらその場に抑え込んでいた清姫が叫ぶ。それが命取りだった。清姫が気を抜いたその隙を突いて、プレススマッシュの腕に備わったプレス機のローラーが、清姫の唯一の武器である炎の鉄扇を巻き込み、粉々に粉砕する。絶句した清姫の腹部を、フライングスマッシュの翼の打撃が殴打した。

 

「ッ、ァア!?」

 

 一瞬宙に浮いた清姫に、フライングスマッシュが再び突撃する。咄嗟に腕を蒼炎で燃やして受け止めた清姫だが、反撃をする余裕はない。天井めがけて一気に加速したフライングスマッシュは、清姫の背を天井に叩きつけた。華奢な少女はどさりと地に落ちて、桜の近くに転がった。

 

「がっ、は……っ」

 

 咳き込み、血反吐を吐き出す清姫を見て、桜は現実から目を背けるように俯き、硬く瞑目した。

 背後に退路はない。姿勢を正したストロングスマッシュを筆頭に、一体、また一体とスマッシュが雄叫びをあげながら時臣へと迫る。スマッシュの群れは、嘲るように時臣のステッキを踏み躙った。

 

「――もう、やめて」

 

 苦しむふたりの代わりに声を張り上げたのは桜だった。

 

「お願いです、もう、やめてください! 私、やっぱり間桐に戻ります! もう、我儘もいいませんっ! だからっ……だから、もう、許して……許してよぉ……っ」

 

 嗚咽にまみれた言葉尻は、消え入りそうなほどにか細かった。

 桜は、賢い子だ。彼我の戦力差にどれほどの開きがあるかを、正しく理解している。きっと、父が臓硯ほど優秀な魔術師でないことまで見抜いて、幼い少女はそう叫んだのだろう。時臣は歯噛みし、桜を強く抱き締めた。

 

「やめなさい、桜。もう、これ以上、お前が無理をする必要はない。お前は、私が解放する……例えこの命に替えても」

「カカッ、そうかそうか。まだやるというなら是非もあるまい。せいぜい足掻くがよい」

 

 桜は絶句した。既に、全方位を蟲とスマッシュの群れに囲まれていた。

 それでも時臣の心は折れなかった。まだ凍っていない方の手で、時臣は桜の頭を撫でた。涙で真っ赤に充血した瞳で、娘は父をじっと見つめる。時臣は、務めて柔らかく微笑み返した。

 

 

「桜。ここから先は、ひとりで行けるかい」

「えっ……え、お父、さん? なにを、言って」

「ここは、私が引き受ける。ただの一匹たりとも、お前のあとを追わせはしない。だから、桜……私が合図をしたら、脇目を振らず、決して振り返らず、出口へ向かって走るんだ」

 

 時臣は脂汗にまみれた顔で、三体のハザードスマッシュが死守する外への扉へと視線を送った。

 

「そんなっ、そんなの嫌だよぉ! お父さんも一緒じゃないと、私、ひとりじゃ……」

 

 桜の顔が、絶望に青ざめてゆく。少しでも安心させてやりたかった。そっと、大きな掌で包み込むように桜の頬を撫でる。時臣の手を、零れ落ちた桜の涙が伝ってゆく。

 

「いいね、桜。合図をしたら走るんだ」

 

 とめどない涙を流しながら、桜は首を横にふる。時臣は最後に桜をひしと抱き締めた。こうして娘を抱きしめるのが、こんなにも遅れてしまった。今更、こんなかたちでしか父として振る舞えない自分の情けなさに、時臣は自嘲する。

 ほんの一瞬の抱擁ののち、時臣は静かに立ち上がった。後方に迫るスマッシュを、決然と睨め付ける。ちょうど背中合わせになるかたちで、清姫もまた前方のハザードスマッシュを見据えて立ち上がった。

 

「先陣はわたくしが切ります。殿(しんがり)はお任せしても?」

「ああ。不本意ではあるが……桜を、君に任せよう」

 

 清姫は乾いた笑みを零した。時臣はそれを了承と受け取った。

 ここまできても、結局ふたりは敵同士だ。仲間意識など微塵もありはしない。それでも、今この瞬間、桜を救いたいという思いだけは一致していた。

 武器を失った今のふたりに、勝てる見込みがないことは火を見るよりも明らかだった。せいぜい、時間稼ぎが関の山だろう。だけれども、その行動が桜の未来に繋がるのなら、そこに一切の迷いはない。ここから先は、死への旅路だ。

 泣きじゃくる桜の頭を撫でやり、時臣は愛娘に最後の微笑みを向ける。強くいきて欲しいと、そう願って。

 

「……っ、時臣様」

 

 ふいに、清姫が声を張った。なにか、大きな力が近付いているのを時臣も感じ取った。

 刹那、強大な魔力の波濤が熱風となって吹き付けた。スマッシュが、蟲の群れが、雁首揃えてぴたりと動きを止める。この場の誰も、()()()()()()()()()()()()

 

「嗚呼、そんな……」

 

 清姫が、頬を緩めた。状況を理解できていない桜が、不安げに時臣に縋り付く。

 瞬間、ごうと唸りを上げて、真紅の魔皇力が屋敷の中を吹き荒れた。

 

「――来ましたわ。彼らが脅えるほどの力が!」

 

 誰もが動きを封じられた静寂の中、飛来した無数の斬撃波が、真紅のオーラを迸らせながらスマッシュへと殺到する。

 一瞬だった。ほんの一瞬、たったの一撃で、すべてのスマッシュがその身を真紅の刃に引き裂かれた。スマッシュの群れは、いずれも爆炎とともに砕け散り、無数の蟲の群れとなって燃え落ちてゆく。

 

「これは……」

 

 時臣は悟った。今の今まで自分たちを追い詰めていたのは、人ですらない。そのすべてが、蟲の群体によって構成された、正真正銘の人外だったのだ。

 天井を埋め尽くす蟲の群れが、その顎門をぎちぎちと掻き鳴らし、時臣ら目掛けて一斉に翼を羽撃かせた。迎え撃つように、魔皇力の光線が奔る。黄金の輝きを孕んだ真紅の光条は、時臣らの周囲の空間を埋め尽くす蟲の群れを舐めるように焼き払い、跡形も残さず焼滅させた。

 

「なんと……ッ」

 

 あまりにも絶大な威力に瞠目する時臣をよそに、黄金の鎧が走り抜けた。

 出口に最も近い場所にいたプレススマッシュハザードの胴を、キバエンペラーはすれ違いざまに斬り裂いた。強大な真紅の魔皇力が弾ける。赤熱する魔皇剣の一撃に、並のスマッシュが耐えられるわけがない。爆裂したスマッシュの破片が、無数の蟲となって燃え落ちる。

 

「一匹」

 

 低く響くような男の声が、キバエンペラーの魔皇剣の柄に装着された幻影生物(ザンバットバット)から響く。

 片手でマントを翻し、ザンバットバットで魔皇剣の刀身を研ぐと、キバエンペラーは振り返ると同時に剣に溜まった魔皇力を横一閃に振り抜き放出した。剣圧が真紅の衝撃波となってバーンスマッシュの放った火炎を吹き払う。その一撃で、スマッシュの腕に備わったバーナーは噴射口に大きな剣の爪痕を食い込ませてひしゃげ、ずたずたに引き裂かた。

 狼狽えるバーンスマッシュの間合いへと一気に飛び込んだキバエンペラーは、その脇をすり抜けるように、魔皇剣で鉄の胴体を断ち斬った。

 

「二匹……!」

 

 二体目のハザードスマッシュが爆発するや否や、空中からフライングスマッシュが突撃を仕掛ける。

 キバエンペラーは再び魔皇剣の刀身を研いだ。クリスタルの刀身に魔皇力が漲り、魔皇剣は再び真紅の輝きを乱反射させる。

 

「ラストォッ!」

「ハァッ!」

 

 ザンバットバットの掛け声とともに、キバエンペラーは魔皇力漲る宝剣を縦一閃に振り抜いた。

 いずれも、決着は一瞬だった。最前まで猛威を奮っていたハザードスマッシュはいとも容易く斬り伏せられ、ただの蟲となって消えていく。

 かつて世界すら滅ぼしかけた闇のキバと双璧を成す黄金のキバ。その圧倒的な力を前に、時臣は呆然と呟いた。

 

「……なぜ、君がここに」

 

 キバは魔皇剣を降ろし、その真紅の仮面でじっと時臣を見据えた。

 

「ここには、みんなが命を懸けて守ろうとしたものがある」

 

 キバの視線が、時臣から清姫に、そして桜へと注がれる。

 迷いも悲しみすらも感じさせない、優しくも凛とした声音だった。

 

「守ります。僕も……みんなを。それが、僕が喚ばれた理由だから」

「……そうか」

 

 時臣は、静かに瞑目した。

 闇のキバとの戦いを切り抜け、生還を果たした男がどういう人間であるかを、心で理解した。己がサーヴァントが、いったいどういう男に負けたのかを、理解してしまった。

 脳裏に、闇のキバを纏った盟友の勇姿が蘇る。圧倒的な力を誇る絶対王者。ともに勝利を約束した時臣のサーヴァント。かの王と過ごした時間は決して多くはないが、それでも、やりきれない感情が込み上げる。

 胸中にわだかまった感情を深い吐息とともに吐き出すと、時臣をその双眸を開いた。

 

「行こう。この屋敷はじきに崩れる……もう、時間がない」

 

 スマッシュの大群も、蟲の群れも、もうここにはいない。すべて、キバが焼き尽くした。先程までの殺気に満ちていた空間が、嘘のように静まり返っている。その静寂を引き裂くように、頭上から轟音が響く。屋敷が揺れる。

 今までは自分たちの戦いで手一杯で意識を向ける余裕すらなかったが、二階では今もクローズマグマとブラッドが激戦を繰り広げている。

 静かに頭上を見上げるキバに、清姫がおずおずと口を開いた。

 

「まだ、万丈様が戦っています。苦戦を強いられているなら、助けなければ」

「わかりました。あとは僕に任せて、あなたたちは脱出を」

 

 真紅のマントを翻して、キバは時臣らに背を向ける。その背に、時臣は声をかけた。

 

「――黄金のキバ、アルターエゴ。君にしてみれば、私に言われる筋合いではないのだろうが……君の助太刀に、感謝する」

 

 立ち止まったキバの仮面が、僅かに下を向いた。

 言葉はない。無言のまま、キバは屋敷の奥へ向かって歩き出した。

 歩き去ってゆく黄金の鎧に背を向けると、時臣は桜の手を取った。迷いのない歩調で、外の世界へ向かって歩みだす。もう、邪魔をするものは誰もいない。臓硯が押し黙ったままでいることは些か不気味ではあるものの、今は考えている時間すら惜しい。

 

「……待って、お父さん」

「どうした、桜」

 

 ふと、桜が脚を止める。つられて足を止めた時臣は、そこで気付いた。ともに外の世界を目指していたもうひとりの少女が、そこにいないことに。

 果たして、黒い和服の少女は、燃え盛る炎の中心で、親子を見送るようにぽつんとひとり佇んでいた。

 

「わたくしは、ここに残ります」

 

 清姫は、黒の和服の袖で口元を隠し、微笑んだ。

 意図が理解できず、時臣は無言のまま見つめ返す。

 

「確かにこの場所は、醜い野望に囚われた蟲の巣窟です。しかし、同時に……このお屋敷は、わたくしとますたぁがはじめて出逢った場所でもあるのです」

 

 雁夜の敵で在り続けた時臣に、言葉を返す資格がないことは自覚している。

 なにも言わない時臣に代わって、桜はその大きな瞳でなにかを訴えるように清姫を見つめる。一緒に行きたいのだろう。清姫もまた、桜を救うために命を懸けた人間であることを、桜も理解しているのだ。

 

「そんな顔をしないで、サクラ」

 

 清姫は、まだ幼い子供に視線を合わせ、今にも消え入りそうな儚い微笑みを浮かべた。今までの苛烈な笑みが嘘のようだった。

 

「そんな、どうして? ここまで、一緒に来てくれたのに……」

「わたくしは、愛する殿方の最後の想いを成就するため……ただそのためだけにここへ来たのです。役目はもう、果たされました」

 

 気付いたときには、清姫の体から、金の粒子が立ち昇りはじめていた。

 雁夜の最後の魔力で無理矢理現界を保っていたエーテルの体が、いま、その命を終えようとしている。黄金の霊子の輝きの中で、清姫は柔らかく微笑んだ。

 

「ふふ。ますたぁと一緒になることは叶わなかったけれど……あのひとの願いがひとつでも叶うなら。あなたが、生きていてくれるなら……それが、わたくしがここに存在した証になるのです」

「清姫、さん」

「――強く生きなさい、サクラ。もう、自分の心に嘘をつくようなことはしないで。もっと、我儘に、貪欲に……これからは、自分の幸せを追い求めなさい。どうか、わたくしの分まで」

 

 桜も、時臣も、なにも言えなかった。否定も肯定もなく、ただ静かに、死にゆく英霊の最期の言葉に耳を傾ける。

 

「そして、いつか愛する殿方が現れたなら……そのときは、心の赴くままに。ええ、サクラなら……きっと大丈夫です。あなたは、愛される子ですから」

 

 儚く、脆く、容易く手折れる野花を思わせる笑顔が小さく咲いた。それが、時臣らが目にする、清姫の最後の微笑みだった。

 地に響くような轟音を伴って、天井がひび割れた。二階の床もろとも崩落した木材と瓦礫の山が、桜と清姫を隔てるように、降り注ぐ。砂埃が舞い上がる中、時臣は愛娘を庇うように抱き抱え、走り出した。

 

「もう限界だ。いくぞ、桜……!」

 

 父に抱かれ、親子は外の世界への一歩を踏み出した。

 待ち焦がれた自由な空を前にして、それでも桜は、清姫が消えた瓦礫を見つめ続けていた。

 

   ***

 

 屋敷の二階は、もはや原型を留めてはいなかった。柱も、壁も、天井も、床すらもずたずたに引き裂いて、燃やし尽くし、ふたりの仮面ライダーが所狭しと駆け回る。

 雄叫びを上げて取っ組み合うふたりをよそに、二階のあらゆる彫像品を破壊しつくしながら、エメラルドグリーンの体色をした大蛇と、溶岩でつくられた八俣の大蛇が互いの体をぶつけあい、隙あらば相手を喰らい尽くさんとその牙を剥いている。とくにクローズマグマが放った八俣の大蛇はひときわ苛烈で、八頭の龍がのたうつだけで、周囲は火の海と化す。

 

「テメェ、いい加減しつこいんだよッ!」

 

 三百六十度どこを見渡しても炎しかない灼熱の地獄の中で、クローズマグマはベルトのレバーを一気に回転させた。大蛇と争っていた八俣の大蛇が、爆炎を纏って咆哮する。ブラッドの大蛇をその龍の顎門で食い破った八俣の大蛇(マグマライズドラゴン)は、そのままクローズマグマの右足へと吸い寄せられるように集まった。

 

「███████▀▀▀▀███▅▅▅█████▅▅▅ッ!!」

 

 全身に闇のオーラを纏ったブラッドが、真正面から突っ込んでくる。

 クローズマグマは、地を蹴り、飛んだ。背中のスラスターからマグマのジェットを噴射しながら、ブラッドよりも、速く、鋭く、炎の弾丸となって加速する。

 

「オォォォラァアアアアアッ!!」

 

 クローズマグマの必殺のキックが、ブラッドの腹部に直撃した。刹那、爆炎が炸裂し、おびただしい量のマグマが吹き上がった。マグマに巻かれ火だるまになったブラッドは、その体で再び壁を突き破ると、今度はその破壊の爪痕によってついに自重に耐えられなくなった天井の崩落に巻き込まれた。

 燃え盛る木と石が大量の瓦礫となって、ブラッドを押し潰さんと降りかかる。獣の咆哮は、瓦礫に封じ込められ、次第に聞こえなくなっていった。

 既に屋敷中のあちこちで、屋根が、柱が、倒壊しはじめている。屋敷の限界が近いことは明白だった。ブラッドのように家屋の崩壊に巻き込まれる前に、脱出しなければならない。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 ふらりと、クローズマグマはよろめいた。

 ダークキバとの一戦でもそれなりに苦戦はしたが、ダークキバはブラッドほど苛烈な攻撃は仕掛けてこなかった。攻防一体の猛者との戦いは、間違いなく万丈を大きく消耗させていた。

 疲労のあまり、膝から崩れ落ちそうになったところで、クローズマグマは何者かに後ろから支えられた。

 

「お、お前……っ」

 

 キバエンペラーの真紅の複眼が、じっとクローズマグマを見据える。ちょうど、クローズマグマの脇腹に腕を回すかたちで支えてくれていた。

 

「勝った、のか」

「当然です。無事、サクラの救出にも成功しました」

「おう……そうか、そりゃ、よかった」

 

 自分でも驚くほどに気の抜けた返事だった。それから一瞬遅れて、一気に全身から力が抜けていく。

 

「あーーーッ、疲れたァアアッ!」

 

 キバエンペラーに支えられながら、クローズマグマは腕を振り上げて快哉を叫んだ。

 ふ、と。キバエンペラーの仮面の奥から、小さく微笑むような息遣いを万丈は感じた。それが、万丈には意外だった。

 

「お前、いま笑った?」

「笑ってません」

「嘘だ、絶ッ対ェ笑ったろ!」

「……もう屋敷が保たない。急ぎましょう、クローズ」

 

 子供のようにはしゃぐクローズマグマに、キバエンペラーはもはやまともに取り合うつもりもないらしく、その腕を引いて歩き出す。

 

「████▀▀▀▀▀▀▀▀▀▀▀▀█████▅▅▅▅▅▅██████████▅▅▅██▅▅▅█████▅▅▅ッ!!!」

 

 刹那、既に屋敷の原型すら保たぬ瓦礫の奥から、戦意と殺意に満ちた獣の咆哮が響き渡った。

 ぞっとするような悪寒が万丈の背筋を駆け巡る。あれだけの激戦を繰り広げて、クローズマグマのボルテックフィニッシュを直撃で食らって、瓦礫に押し潰されて――それでもあのバーサーカーはまだ戦おうというのか。

 一瞬動きを止め、身を強張らせたふたりだったが、キバエンペラーはすぐに背を向けた。

 

「今の僕らに、アレを相手にしている余裕はありません」

 

 重たい足取りで、キバエンペラーは来た道を引き返してゆく。その歩調にいつもの余裕に満ちた優雅さは感じられない。時折ふらつくキバエンペラーの姿を見て、万丈は小さく嘆息を落とした。あの傲岸不遜なアルターエゴが、脚を引きずって歩いている。そういう姿を眺めていると、ひどく痛々しく感じられて仕方がない

 

「……ったく、しょーがねえな。飛ぶぞ、ネロ!」

「えっ?」

 

 キバエンペラーが振り返ったそのときには、既にクローズマグマの背中に備えられたスラスターは灼熱のジェット噴射を拭き上げていた。

 爆風を巻き起こして飛翔したクローズマグマは、有無を言わさずにキバエンペラーの胴体をひっ掴み、そのまま壁を、天井を、屋根すらも突き破って大空へと舞い上がった。どのみち、キバエンペラーが歩いてきた階段は既に燃え落ちてなくなっている。脱出するなら、飛ぶのが一番手っ取り早い。

 瓦礫の奥で叫び続けていたブラッドの声は、ジェットの轟音に紛れて、次第に聞こえなくなった。

 

   ***

 

 炎に巻かれながら、一匹の甲虫はその薄羽を羽撃かせ、外の世界へ這い出ようと飛翔する。けれども、窓という窓は既に炎と瓦礫によって押し潰されていた。屋敷も既に半分以上が崩れ去っている。間桐の魔術工房は閉鎖を免れない。

 蟲の姿をした臓硯は、辟易した思いに駆られた。この程度で死ぬことはないし、バーサーカーも健在である以上、まだまだ幾らでも立て直せるとはいえ、拠点を潰されたのは些か堪える。

 ふいに、どこからか声が響いた。

 

「虚しいものですわね。人の体を捨ててまで生きながらえた醜い()()()の末路が、このような幕切れだなんて」

 

 人影はない。声だけが、屋敷の内側の空間に反響している。出どころは、臓硯にすらすぐにはわからなかった。

 

「なんじゃ、まだ現界しておったのか……あいも変わらず浅はかな娘よ。これより先、遠坂は間桐を襲撃した罪を問われ、桜には再び行き場を失う未来が待っておる。さて、幕を下ろすのは、果たしてどちらの方かのぅ」

 

 いつも通りの、落ち着き払った声音で蟲は尊大に嗤う。

 結局の所、臓硯にはブラッドスタークと手を組んだ証拠などなにもない。それに対し、時臣は堂々とこの屋敷に殴り込みをかけたのだ。協会は間違いなく遠坂を糾弾する。

 金の粒子が、一箇所に集まった。黒い和服を身に纏った少女が、燃え盛る炎の中心に姿を現した。既に体の半分以上が透過し、質量を失っている。

 

「やっぱり、あなた様は最後の最後までそうやって醜く笑うのですね。ええ、その方が、わたくしにとっても後腐れがなくてよいというもの」

「……お主、今更なにをする気じゃ」

 

 魔力の流れが変わった。大気中の魔力が、清姫の体へと吸い寄せられている。

 あちこちから、生き残った蟲が這い出てきた。地下にいたことで、時臣と黄金のキバに焼かれずに済んだ最後の生き残りの群れだ。その群れに紛れて、臓硯は飛んだ。

 清姫は、どの蟲が臓顕の本体であるか、まるで見抜いているかのように臓顕だけを睨み据えた。

 

「なにをするか? 決まっているでしょう。ますたぁの……()()()の願いを遂げるため。ただそのためだけに、わたくしはここにいるのです。最初に喚ばれたそのときから、ずっと」

 

 白銀の髪が、周囲から立ち上る魔力の余波でふわりと舞い上がり、揺蕩う。スマッシュとの戦いで失われた鉄扇はもうない。まるで喪服を連想させる黒い袖で口元を隠し、清姫は微笑んだ。

 

「ますたぁが遺した思いを、誰かが継がなければならない……ならば、その役目はわたくしが。それがきっと、わたくしの命がまだここにある理由」

「死にぞこないのサーヴァント風情が、面白いことを宣いおる。然様なことを、このワシが許すと思うてか?」

 

 瓦礫が吹き飛んだ。獣の咆哮をあげながら、黒と赤、二色の装甲を纏った仮面ライダーが姿を現す。

 ブラッドの投擲したビートクローザーの刀身が、まだ実体を保っていた清姫の腹部を刺し貫いた。清姫の口から、おびただしい量の血液が吐き出される。けれども、清姫の瞳に宿った炎が揺らぐことはなかった。

 

「下賤な妖怪らしく、無様に逃げるかと思うたら……カカッ、身動きすら取れぬとは、拍子抜けもよいところよ」

「もはや……あなたがた、如きの……攻撃、など……避ける、必要すら……ありませんもの」

「茶番はもうよい。バーサーカー、そこな死に損ないの妖怪を縊り殺せ」

 

 闇を纏った仮面ライダーブラッドが、臓硯の命を受けて清姫へとにじり寄る。

 清姫はもう、動こうとすらしなかった。粒子となって消滅しはじめたその体で、殺意に満ちた鮮烈な微笑みを浮かべるのみ。

 

「嗚呼、ますたぁ……鐘の音が、きこえます」

 

 どこからか、重たく、鈍い鉄の音が聞こえてくる。

 なにか大きな鉄が震え、響き、空間全体にその音が反響している。その音が鐘の音に聞こえることは、認めてもいい。だが、このような場所で鐘の音が聞こえるはずが――

 

「ま、まさか……お主ッ!」

 

 清姫はもう、なにも言わなかった。微笑みをたたえたまま、静かに瞳を閉じる。

 臓硯は慌てて飛び立ったが、もう逃げ場はどこにもない。この空間自体が、限定的な結界の内部へと落ちている。閉鎖された鐘の内部を再現した結界に。

 

「ば、ばかな……この、ワシが――ッ」

 

 灼熱の炎が噴き上がった。火の手は、臓硯と同じようにこの鐘の外へ出る力をもたない。

 清姫の最期の想い(ほのお)が、なにもかもを焼き払ってゆく。悪辣なる野望も、恋慕に焦がれた短く儚い想い出すらも。燃料となる酸素が燃えて尽きるまで、容赦なく、徹底的に、すべてを焼き尽くしていった。

 

   ***

 

 とても寒い冬の夜、石壁に覆われた室内は冷え切っていた。吐息は白く濁り、そよ風ですら肌を刺すような痛みを伴う真冬の夜更け。けれども清姫の心には真夏の太陽のように熱い灯がともっていた。

 痩せ細り、憔悴しきった青年の背を、そっと抱きしめる。冷たい風が吹き抜けていった。もう、寒さは感じなかった。清姫が愛した青年も、そう感じてくれていただろうか。

 春が来たら、愛するひととふたりでどこか遠いところへいきたい。行くあてはないが、どこか、争いのないところへ。長い冬が終わったら、きっと。

 

 なつかしい鐘の音をききながら、清姫は微笑んだ。

 痛みも、苦しみも、哀しみも。もう、なにも感じない。

 儚い夢を思い描き、最期に落とした涙のひとしずくは、燃え盛る炎に呑まれ、地に落ちる前に消えてなくなった。




【Servant Material】

サーヴァントの情報が開示されました。

【CLASS】セイバー
【真名】暁が眠る、素晴らしき物語の果て
【属性】混沌・善
【ステータス】
筋力A 耐久A+ 敏捷C 魔力A+ 幸運E- 宝具EX
(※闇のキバへの変身時)

【クラス別スキル】
●対魔力:A
 Aランク以下の魔術を完全に無効化する。
 事実上、現代の魔術師による魔術では傷をつけることは不可能。
 宝具解放中であれば、核弾頭の直撃であろうと傷一つつかない。

●騎乗:A++
 乗り物を乗りこなす能力。騎乗の才能。
 かつてドラン族最強の個体である「グレートワイバーン」を捕獲し、生きた居城として改造・使役した逸話から得られたスキル。
 セイバーは、本来騎乗スキルでは乗りこなせないはずの竜種を例外的に乗りこなすことが出来る。

【保有スキル】
●神秘殺し:A
 レジェンドルガを始めとするあらゆる魔族を討ち滅ぼしたという逸話により得られたスキル。
 魔族・魔性といった性質を持つ敵と戦闘する場合、ステータスに補正が得られ、対神秘への攻撃に特攻状態を付与する。

●皇帝の紋章:A
 ファンガイア・キングとしての資質にして、キバの鎧の継承権。
 キバの鎧を身に纏っている限り、魔皇力で出来た巨大なキバの紋章を形作り、そのまま攻撃・拘束に転用することが可能となる。
 紋章による拘束は、同ランク以上の対魔力があれば判定次第で抜け出すことも可能。

●純血の支配者:EX
 歴代最高にして最強のキングと謳われたセイバーが持つ天性の資質。圧倒的なカリスマの持ち主。
 魔剣ザンバットの呪いをものともしない絶対王者の資質は、威圧・混乱・幻惑といったあらゆる精神干渉を無効化する。
 戦闘面においては、自軍の攻撃力を大幅アップ&自身に精神異常無効状態を付与。


【宝具】
●第一宝具
運命を穿つ闇の呀(ダークキバ・エクスターミネイション)
ランク:A 種別:対人宝具(自身) レンジ:- 最大補足:1人
 闇のキバへの変身能力。敵対するあらゆる魔族を「絶滅」させるために開発された、ファンガイア族が誇る最強の鎧。
 キバの鎧そのものが限定的な「空想具現化」の性質を有しており、全身から魔皇力を放出することで、自身の力を最大限発揮できる環境に世界の状態を変化させることが可能。
 ただし、真祖ほど万能というわけではなく、自由自在に能力に融通を利かせられるわけではない。具体的には、周囲を疑似的に夜に塗り替え、魔皇力のオーラで赤く染まった満月を夜空に浮かべる、というものである。

●第二宝具
天地乖離す絶滅の魔皇剣(ジ・エンド・オブ・ザンバット)
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人
 ファンガイア・キングのために造られた、この世に存在する最も強力な宝剣、魔皇剣ザンバットソード。
 剣そのものが他者の魔力・生命力を「喰いにいく」性質を持っているため、この剣に触れたものは例外なくその魔力を吸収される。
 今回の召喚において、セイバーは英雄王ギルガメッシュとの複合英霊として現界しているため、ザンバットソードもまた部分的に乖離剣エアの権能を取り込んでおり、その真名を開放すれば、世界すら斬り裂く絶大な一撃を放つことができる。

●第三宝具
四天の王に誉れ在れ(チェックメイト・フォー)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大補足:1000人
 かつてファンガイアを十三魔族の頂点へと押し上げた栄光の四天王、チェックメイト・フォーを召喚する対軍宝具。
 呼び出されるのはクイーン、ビショップ、ルークの三名に限られるが、それぞれがみな一騎当千。キングであるダークキバを筆頭に、あらゆる軍勢を叩いて潰す最強最悪の殺戮集団。
 本来ならばファンガイア・キングの称号を持つサーヴァントに自動的に与えられる宝具であるが、キングはついぞその力に頼ることなく逝った。
 命尽きる最期の瞬間まで、孤高の王者で在り続けるために。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。