仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第29話「渋滞するアルゴリズム」

 テレビで報道されている事件は、どこの局も戦場となった冬木新都の惨状についての話題で持ちきりだった。人知を超えた怪物によって齎される破壊と混乱は、平和な法治国家で生きる一般市民にとって、あまりにもセンセーショナルな事件といえる。

 

「ああ……やってしまったな」

 

 一通りチャンネルを回して状況を理解したキャスターは、沈鬱な面持ちで嘆息し、リモコンをテーブルに置いた。

 全国ネットのテレビ画面に映し出されているのは、異形の怪人だけではない。火の手に巻かれた街で、瓦礫を飛び越えながら戦う赤と青の仮面ライダーと、その仲間と思しき白装束の少女。ふたりの勇姿が、ヘリコプターからの空撮映像で大々的に取り上げられている。

 

「あ、あああ、あの、大馬鹿者めがァアア……っ!」

 

 ケイネスは片手で顔面を覆うようにしながら、震える声でわなないた。戦兎が開発したドローンが送ってくる映像も、朝の情報番組で映し出されているものとほぼ同じだ。画面の中のランサーは、嬉々とした表情で飛び跳ね、駆け回り、異形の怪人へ向けて槍を振るっている。

 ランサーの華のように美しい微笑みが、ケイネスの怒りに火をつけた。

 

「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはッ! このような極東のちっぽけな魔術儀式に喜び勇んで首を突っ込み! 挙句、サーヴァントの手綱すら握れず、衆目に神秘を晒した愚か者である! ああ、時計塔の連中が明日からどういう言い分で私を笑い者にするのか、目に浮かぶようだ……! こんなことならば、聖杯戦争になぞ参加するのではなかった……ッ!」

「し、心中、お察しいたします……」

「黙れキャスター! 貴様に私の心が理解できてたまるものかッ!」

 

 ケイネスに怒鳴り散らされたキャスターは、なにも言い返さず目線を伏せる。

 

「貴様ら仮面ライダーはまだよい! スターク諸共、神秘とはなんら無縁の存在なのだ、それがいかに暴れ回り街の平和をかき乱したところで、我ら魔術師は知らぬ存ぜぬを押し通せばよい! だがな、サーヴァントとなれば話が別だ! それも、時計塔の看板を背負って戦陣に立つ私のサーヴァントとなればッ! あの()()はそういう状況判断もできないのか!? ああ、出来ないのであろうな! 戦うことしか能のない、片田舎の戦国武将如きではッ!!」

「ああ、もう……さっきからうるさいわね、ケイネス。ちょっと上手く行かないからって他人に当たり散らして……見苦しいったらありゃあしないわ」

「……っ」

 

 ふいにかけられた声に、ケイネスははっとして振り返った。

 ケイネスの悋気を嘲笑うように、婚約者のソラウが腕を組んで佇立していた。思わぬ人物の割り込みに、さしものケイネスも口を噤んだ。ソラウの言葉には、激昂したケイネスをすら黙らせるほどの魔力があった。キャスターはなにも言わず、ソラウに対し頭を下げていた。

 

「ソ、ソラウ……! しかし、このままでは私の立場が危ぶまれる。そうなれば、婚約者である君とて無関係とは言えまい!」

「あのねケイネス……それがわかっているなら、そうやって無駄に当たり散らすよりも、少しでも有意義な対策を考えてほしいのだけど」

 

 場の空気を読もうともせず、ソラウは氷のような視線をケイネスへと向ける。

 

「し、しかし……そうは言うがな、私の意思などもはや関係はないのだ……なにしろ、あのランサーは勝手に――」

「言い訳は聞きたくないわ。あなたがあの女(ランサー)の手綱を握れていないのは、揺るぎようもない事実なのだから」

「う、うぐ……っ」

 

 凛冽なる女帝を思わせる嘲りが、ケイネスの息を詰まらせる。

 

「ねえ、ケイネス。確かに、今までの常識で考えれば、あなたの状況は十分絶望的といえるわ……だけど、今は非常事態でしょう? 見ての通り、あれはもう、ただの魔術儀式の範疇を逸脱してるわ」

 

 ソラウは視線だけをテレビの中で戦うビルドとランサーへと送りながら、変わらず凛とした声音で言葉を続ける。最初と比べれば、幾らか棘は抜けて、柔らかい語調になっていた。

 

「エボルトだかなんだか知らないけど、そいつが復活したら、魔術世界どころか、この世界そのものが危ないんでしょう? だったら、あなたがやることはひとつ。それを阻止して、聖杯を手に英国に帰ること……違って?」

「ふむ……確かに、奥方の仰ることにも一理ありますな。上手く事を運べば、協会から人理存続の立役者と認められ、次代の英雄と謳われる未来も夢ではない。或いは……冠位指定(グランドクラス)の栄光すら(ほしいまま)にできるやも」

 

 低く、唸るような声音で口を開いたキャスターが、ソラウの言葉を引き継いだ。慎重に言葉を選びながら、ちらりちらりと視線をケイネスへと寄越しながら。

 またしてもケイネスをおだてて乗せるつもりであろうことは明白であったが、ケイネスはその未来を一瞬、幻視した。そうすると、もう、ケイネスの表情から最前までの情けない焦りの色は消えてなくなっていた。

 

冠位(グランド)か……ふむ。なるほど。確かに、そういう未来もないとは言い切れぬな……まあ、此度のような事件がなくとも、私はいずれその称号を得ることではあろうが」

 

 ソラウはまた、嘲るように笑った。

 

「私は知ってるわ。あなたは時計塔の風雲児……本気を出せば、できないことなんてなにもないってことを。だから、もう情けない声を出すのはやめて。なにより、あなたの決断には私の将来もかかってるってこと、忘れて貰っては困るわ」

 

 瞬間、ケイネスは衝撃に打たれたように目を見開き、固まった。

 

「そ、それは……私を励ましてくれるというのか、ソラウ」

「そうとってくれて構わないわ。だから、私に恥をかかせないでね、ケイネス」

 

 ソラウは、ケイネスの瞳をじっと見つめ、小さく微笑んだ。ケイネスにとって、その効果は覿面だった。漢として、ここで立ち上がらぬわけにはいかないと、そう強く感じ入った。

 

「――フ、この程度のことで取り乱すなど……私もどうかしていたな。よかろう、ロード・エルメロイの名にかけて、聖杯戦争の裏に潜む野望を必ずや打ち砕いてみせようではないか」

「おお、その意気です、ケイネス卿。御身の未来を守るためならば、このキャスター、協力を惜しむつもりはありません。必ずや、その手に聖杯と栄光を約束してみせましょう」

「ふん、あいも変わらず口の回る男だな、貴様は」

 

 キャスターは不敵に笑った。その調子のよさに呆れを抱く反面、ケイネスにしても、存外に悪い気分ではなかった。

 今日までキャスターの口車に乗って戦い続けてきた。その結果、戦力は増強し、あのセイバーの打倒すらも現実的な目標として視野に入るところまで迫っている。間違いなく、追い風が吹いている。

 ケイネスは念話のパスを開いた。

 

「ランサーよ。まずは戦場となった冬木を鎮圧し、スタークに追い討ちをかけることが寛容と見た。雑魚の相手などそこそこに、貴様は本体を探し、これを討ち果たせ!」

 

 ケイネスの号令に、キャスターが続く。

 

「聞こえるか、マスター。スタークかルーラー、どちらかを討てば、この戦いは終わる。本体の捜索は小回りの効くランサーに任せて、マスターは可能な限りその場に怪人どもをひきつけるんだ」

 

 ケイネスとキャスターは互いに顔を合わせ、微かにふ、と頬を緩めた。

 ソラウは戦闘そのものに興味はないらしく、これ以上口を挟むこともなく、自室へと戻っていった。

 

   ***

 

 知性のないゲンムの群れをフルボトルバスターで叩き伏せながら、ラビットタンクスパークリングへの強化変身を果たしたビルドが広間の中心へと躍り出る。ランサーは、その人間離れした脚力ひとつで上空に跳び上がると、空を舞うスマッシュを一撃で叩き落として、ビルドの背後へと着地した。

 量産されたゲンムとスマッシュ、そしてバグスターにされてしまった民間人の群れに囲まれながら、ビルドとランサーは互いに背中を合わせて武器を構えた。

 

「聞こえましたか、戦兎」

「ああ。スタークはともかく、ここで宝具を発動してるルーラーは必ず近くにいるはずだ……どこかで、俺達の戦いを見てる。任せていいか、お虎さん」

 

 肩越しに振り返ると、ランサーはにんまりと満足げに破顔していた。

 

「ええ、任されました。そなたも、斯様な雑兵どもに足元を掬われないように!」

「一言多いんだよ、お前。もういいからとっとと行け!」

 

 フルボトルバスターをバスターキャノンへと変形させ、高出力のエネルギー弾を発射する。ランサーは面白そうにくすくすと笑みを浮かべると、地を蹴った。純白の霊衣は瞬時に掻き消えた。あとにはランサーが巻き起こした風だけが残った。

 

「さあて、それじゃあ調整したてのビルドのスペック、存分に発揮させて貰うとしますか!」

 

 バスターキャノンから光弾を立て続けに発射しながら、ビルドは駆け出した。標的は、ゲンムとスマッシュだけだ。バグスター戦闘員からの攻撃は回避しながら、ビルドは眼前にいたゲンムと一気に距離を詰める。

 ゲンムの反応は鈍い。すぐさまフルボトルバスターをバスターブレードへと変形させ、強力な一太刀を浴びせる。同時に発生した大粒の泡(インパクトバブル)が、衝撃波を伴って破裂する。一瞬遅れて、大きくのけぞったゲンムは爆発四散した。

 すかさず左右から別のスマッシュが襲いかかってくる。ビルドはひとまず左のスマッシュに狙いを定め、地を蹴った。脚部装甲から発生した小粒の泡(ラピッドバブル)が弾け、ビルドは一気に加速する。またたく間に敵の間合いに飛び込んだビルドは、スマッシュの体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 右のスマッシュは、既にビルドの間合いに飛び込んでいた。

 

「ハッ!」

 

 ビルドの右足(タンク)が、迫りくるスマッシュの胸部に突き刺さった。

 足裏に仕込まれたキャタピラが高速回転し、敵の鋼鉄の装甲を削り取る。同時に溢れ出した大量の泡が爆発を伴って弾け、スマッシュの体躯を大きく吹き飛ばした。

 

「これで決まりだ!」

 

 取り出したガトリングフルボトルを装填し、大剣は再び大砲へと姿を変える。シリンダーに、ガトリングのクレストが浮かび上がった。

 

 『FULL(フル) BOTTLE(ボトル) BREAK(ブレイク)!!』

 

 砲口が光を放つ。発射された無数の弾丸は、大空を支配する猛禽類のように自在に空を駆け、それらすべてがゲンムとスマッシュのみを狙って襲撃していった。被弾箇所から溢れ出たバブルが、爆発を伴って弾けてゆく。

 十秒ほどで、被弾したスマッシュの凡そ半数は強制的に変身を解除され人間の姿へと戻ったが、残りの半数は上手くガトリングから逃れ、自らの意思で撤退していった。

 意識を失って倒れ伏した被害者たちに、新たに湧き出したゲンムが迫る。

 

「あーあー、やっぱ本体叩かないとダメかー」

 

 ビルドの仮面の下で戦兎は嘆息した。今のフルボトルブレイクによって一旦は数を減らしたゲンムも、また新たに地面から湧き出るようにして増殖を続けている。これではキリがない。

 一方で、バグスターはまるで生きた人間に引き寄せられるゾンビのように、スマッシュにされていた被害者たちへとにじり寄る。

 

「はいはいストップストップ、近付くんじゃないよ!」

 

 バグスターの一人を背後から羽交い締めにし、投げ飛ばす。見渡せば、バグスターは広間のあちこちで意識を失った民間人に接触しようとしていた。

 

「こういうときは――」

 

 スパイダーボトルの蜘蛛の力でまとめて拘束するのが手っ取り早いか。そう考えてボトルを取り出した、その刹那だった。

 空から急降下してきたのは、真紅の外套を見に纏った弓兵だった。

 

「――お前……ッ、アーチャー!?」

 

 ちらりとビルドに一瞥を寄越したアーチャーは、間髪入れずに手にした剣をバグスターへと突き刺した。やめろ、と叫ぶ間すらなかった。

 絶句するビルドをよそに、剣を突き立てられたバグスターの傷口から、紫色をした魔力の輝きが、真紅の放電の糸を伴って溢れ出る。魔力の発光はたちまちふくらみ、またたく間にバグスターを飲み込んだ。

 

「そのひとになにをした!?」

 

 アーチャーは、言葉を返そうとはしない。振り返ろうとすらしなかった。

 一瞬ののち、輝きが収まったあとには、バグスターの姿はなくなっていた。代わりに、ひとりの男がふらりと姿勢を崩してその場に倒れ込んだ。バグスターに姿を変えられていた被害者の人間が、元の姿を取り戻したのだ。

 

「えーっ、なんでー!?」

 

 アーチャーは言葉を返すことなく、表情のひとつすらも動かさずに、手にした短剣をきわめて雑に放り投げた。

 危なげなくそれを受け取ったビルドは、投げ渡された短剣をしげしげと眇める。さながら雷雲を駆け抜ける稲妻のように大きく歪曲した、紫色の刃を持つ短剣だった。

 

「これは……?」

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)――せいぜい使いこなしてみせろ、()()()()()()()

「……お前、今度はなにを企んでる」

 

 アーチャーは背を向けたまま、僅かに首を回して一瞥を寄越した。まるで嘲笑うように頬を緩めると、無言のまま地を蹴り、空へと舞い上がった。

 追いかけようかとも考えたが、今はアーチャーの相手をしている場合ではない。ルールブレイカーを強く握り締めたビルドは、今まさにウイルスを感染させようと迫るバグスターの群れ目掛けて駆け出した。

 

   ***

 

 雑居ビルの屋上で、戦場となった新都の街並みを見下ろしながら、切嗣は肺の奥にわだかまった煙をふうと吐き出した。

 街の人々が未知のウイルスに感染し、化け物へと姿を変えていく。思い出したくもない過去の再現を見せつけられているようで、切嗣は心中穏やかではいられなかった。煙草の減りが平時よりも激しい。

 

“アーチャーめ、勝手なことをしてくれる”

 

 この地獄のさなか、アーチャーが仮面ライダーに接触する様は眺めてはいた。

 あの男は、ウイルスの宿主たるゲンムがサーヴァントであることを知った上で、感染源と被害者との間に存在する魔術的な繋がりを断ち切る兵装を仮面ライダーに託したのだ。

 

“――サーヴァントの宝具を無効化する武器、か”

 

 切嗣は、徐々に己が引き当てたサーヴァントの性質に気付きつつあった。

 あれは()()()()の一種と見て間違いない。任意の魔術兵装を投影(トレース)し、その贋作に()()()()を施して武器として扱う。とりわけアーチャーの投影魔術は制度が高く、本来の英雄が用いていた宝具の能力までコピーしてしまえるものなのだろう。

 そんなことができるのは、戦士でも英雄でもない。

 

“あの男は、魔術師だ”

 

 切嗣の中で、それは既に確信へと変わっていた。

 投影魔術と強化魔術によって製造された武器は、シャドウランサーの『魔術効果を無効化する槍』に太刀打ちできなかった。強化魔術による恩恵を失ったハリボテが、神秘を秘めたサーヴァントの武器とかち合えば、破壊されるのは当然のことわりだからだ。

 

“だが、だとしてもサーヴァントの宝具すらコピーする魔術師なんて、聞いたことがない。そんなやつが本当に存在するのか?”

 

 黙考のさなか、ふいに、背後に気配を感じた。

 こういうとき、切嗣の行動は早い。思考をすかさず中断し、一切の無駄なく懐からキャレコ短機関銃を抜いた切嗣は、一秒とかけずに背後に迫る第三者へとその銃口を突きつける。

 果たして、切嗣の背後に立っていたのは、仮面ライダーゲンムであった。そいつは、白と赤のオッドアイでじいっと切嗣を見据えている。量産されたゾンビ個体でないことは明白だった。

 

「衛宮切嗣。私はスタークの討伐を命じたはずだが……こんなところで、君はなにをやっているのかな」

「そのスタークの姿が見えないんじゃ仕方がないだろう。それとも、こんな益のない泥沼の戦場に、自ら足を踏み込んで行けというのかい? ……はっ、冗談じゃない」

 

 銃口を突きつけたまま、切嗣は薄ら笑みを浮かべた。

 ゲンムもまた、ほう、と小さく吐息を漏らして、笑った。

 

「君は、追加の令呪が欲しくはないのか」

「生憎と、僕は端からそんな胡乱なものに頼っちゃいないんでね」

「――ンだったら貴様にィ! 令呪の使い時というものを教えてやるゥウウ!」

 

 ゲンムが咆哮するが早いか、その影からどす黒い闇が溢れ出した。影の中から、獲物を求めてゾンビが這い出てくる。二体、四体、八体と、またたく間に仮面ライダーゲンムは数を増やしてゆき、そのいずれもが、切嗣の退路を断つように周囲を取り囲んでいた。

 相手がサーヴァントでは、起源弾も意味をなさない。小さく舌打ちをした切嗣は、愛用の短機関銃のトリガーを引きながら、数歩交代して間合いを測る。ゲンムたちは、その身にサブマシンガンの斉射を受けたところでびくともしない。

 

Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!」

 

 攻撃が通用しないと判断した切嗣の行動は早かった。唱え慣れた詠唱を短く紬ぎ、自身を加速した時の中へと入門させる。

 一気にゲンムの脇をすり抜け、撤退しようと考えての行動だった。量産されたゾンビでは追いつけない、サーヴァントの感覚すら凌駕する超加速で切嗣は駆け出す。

 

 『COSMIC(コズミック) CHRONICLE(クロニクル)

 

 加速した時の中で、聞こえるはずのない電子音を聞いた。

 量産されたゲンムたちを率いていた本体が、加速した時の中、弾かれたように地を蹴った。

 

「――ッ!?」

「絶対神たるこの私がァアア……いまさら時間操作ごときに遅れを取るとでも思ったのかッ、この間抜けめェエエッ!! ヴェァァアアハハハハハァッ! 」

 

 ほぼ反射的にキャレコ短機関銃の銃口を向けるが、無駄だ。加速しているのは切嗣だけで、弾丸は切嗣から離れると同時に通常の時の流れに戻る。それでは、加速状態のゲンムには届かない。

 

「ヴェェアアッ!」

「く……っ」

 

 切嗣のキャレコを叩き落としたゲンムは、加速中の切嗣の首根っこを掴み上げた。同時に固有時制御(タイムアルター)の効力が切れて、通常の時間の流れに戻る。刹那、世界からの修正力が一気に体にのしかかる。全身の毛穴が開き、玉のような汗がどっと吹き出る。

 

()()()()は『時の概念』すら歪めるのだ……この私を甘く見たな、衛宮切嗣ゥ」

「はぁ……っ、は……っ……――」

 

 全身に酸素が行き届いていない。感覚が鈍る中、体は酸素を求めているというのに、首根っこを掴み上げられているものだから、呼吸すらままならない。苦痛に目を細め、切嗣はゲンムを睨んだ。

 

「安心したまえ、殺しはしないさ。だが、君たちアインツベルンには少しばかり借りがある。ゲームマスターに歯向かった罪、ここできっちりと精算させて貰おうじゃないか」

 

 滔々と、歌い上げるようにゲンムは笑った。

 聖杯戦争開幕直後のアインツベルン城での戦いのことを指しているのだろう。逆恨みもいいところだ。

 業腹だが、ここは令呪でアーチャーを呼び戻すべきか、そういう考えが脳裏をよぎった、その時だった。

 

「でやぁああああッ!!」

 

 耳をつんざくような裂帛の叫び声とともに、凄まじい速度で放たれた槍の一撃が、上段から振り落とされる。ゲンムは咄嗟に切嗣を突き放した。

 地べたを一回転して起き上がった切嗣が見たのは、ゲンムに槍を突きつけて構える女武将の、風に舞う白銀の長髪だった。

 

「どこの誰かは存じませんが、窮地(ピンチ)とお見受け致しました。かよわき衆生の危機に颯爽参上するこの私……! これぞ、毘沙門天の導きなり!」

 

 満面の笑みで槍を高速回転させたランサーは、周囲を取り囲むすべてのゲンムに対して大見得を切り、構えを取った。もはや真名を隠すつもりもないらしい。

 

「ランサァアア……貴様ァ、このゲームマスターに歯向かうことがなにを意味するか、わかっているのだろうなァ!?」

「ゲームマスターだかなんだか知りませんが、いつの時代であれ、無辜の民を苦しめるようなならず者は見過ごせません! よって、そなたの悪逆……この毘沙門天が成敗致します!」

 

 切嗣は理解した。こういう状況に陥ったとき、ランサーは人の話を聞くタイプではないのだろう。誰の返答も待たず、ランサーはぶんと音を立てて槍を振り回し、一気呵成に飛びかかった。

 一瞬遅れてゾンビがランサーに襲いかかるが、一騎当千の英霊を止めるにはあまりにも動きが鈍すぎる。横合いから掴みかかってきた一体目のゲンムを横薙ぎに薙ぎ払うと、反対方向から迫りくる二体目のゲンムの喉元に、槍の柄を力強く突き立てて昏倒させる。瞬く間に本体のゲンムの間合いに飛び込んだランサーは、その足元を薙ぎ払うように槍を振るった。

 

「ぐぅ、おのれェ!」

「はぁああああッ!!」

 

 攻撃の速度が、あまりにも違いすぎる。ゲンムが剣を取り出したときには、すでにランサーの槍が上段から振り下ろされている。苦し紛れに上段からの一撃を受け止めたゲンムだったが、その直後、ランサーの飛び蹴りがゲンムの胸部装甲に突き刺さった。

 ゲンムを蹴り飛ばしたランサーは、ぐるりと空中で一回転すると、着地と同時に再び槍をぶんぶんぶんぶんぶぶんぶんと必要以上に振り回して見得を切った。

 

「おのれェエエ、このゲームマスターに楯突くとは、なァアんたる不遜ンンッ!」

 

 ゲンムの叫びに応えるように、地面から無数のゾンビが沸いて出る。ゾンビの群れは、本体であるゲンムを庇うように整列し、ランサーとの間に壁をつくった。四体、八体、十六体と瞬く間に増えたゲンムは、隙間なく密集し、それぞれが威嚇するように腕を突き出して蠢いている。

 

「……まさしくゾンビだな。趣味の悪い宝具だ」

「同感です。雑兵がいかに増えようと私にかかれば蹴散らすことなど雑作もないのですが、こうも数が増えると……流石に少し、鬱陶しいですね」

 

 切嗣は、戦国武将を名乗る女を横目に見遣った。

 言葉を返す気にはならなかったが、ランサーもさして返答を待っている様子ではなかった。

 

「ここは一先ず撤退しますか。私一人ならどうとでもなるのですが、そなたが近くにいては、どうにも槍を振るいにくい」

 

 襲い掛かってきたゾンビの数体を蹴散らしながら、ランサーは切嗣に寄り添った。ランサーにとって、切嗣は依然護衛の対象なのだろう。

 言い知れぬ不快感が総身を駆け巡る。切嗣は返答を返さず、無言のまま短機関銃の砲口をゲンムへと向ける。

 そのとき、何処からともなく声が響いた。

 

「――このピンチ、どうやら主役がいねぇと始まらねぇようだな!」

 

 刹那、突風が巻き起こった。自然の風ではない。泡を孕んだ、人為的な風だ。風はゲンムが吐き出した瘴気を吹き払い、そのゾンビの装甲に泡を叩きつけるように吹き荒れる。前列にいたゾンビは装甲を爆ぜさせ、動きを鈍らせた。

 ランサーが嬉々として叫ぶ。

 

「これは……もしや!」

「二人のピンチに颯爽と駆け付ける、自意識過剰な正義のヒーローさ」

 

 切嗣の眼前に、絵巻物や漫画で見るような煙の“絵”が、どろんと音を立てて姿を表した。煙はすぐに晴れ、どこからともなく姿を表したのは、赤・青・白(トリコロールカラー)の仮面ライダービルドだった。左手には紫と黄色の忍法刀、右腕には赤の大剣を構えている。

 ヒーローという言葉に空々しさを覚えながらも、切嗣は節目がちにビルドに視線を送った。ビルドも切嗣に一瞥を寄越したが、すぐに間に和装の少女が割って入った。

 

「まあ、私としては助けなどはまったく不要だったのですが。それはそれとして、下はもうよいのですか、戦兎」

「ああ、とっくに片付けた。つっても、スマッシュは勝手に撤退していったけどな……で、そんなことより、あいつがルーラーの本体ってことでいいのか、お虎さん」

「どうやらそのようです。非常に厄介な宝具をお持ちのようで……なにか策はありますか、天才物理学者殿?」

 

 ビルドの仮面の下で、桐生戦兎がふっ、と笑う息遣いが聞こえた。

 

「当然。ルーラーには、ちょーっと痛い目見てもらう必要がありそうだ」

「ほざくなよ桐生戦兎ォ! この数のゲンムをォ、どォうやって処理するつもりだァ!」

「お生憎様、こっちの勝利の法則はとっくに決まってんだよ!」

 

 言いながら前に出たビルドは、前方から迫ってきたゲンムを蹴り飛ばして嘯いた。蹴られたゲンムの装甲で泡が弾けて、後方の仲間とともに数メートル後方へ吹き飛んだ。

 人ひとり分の空間を確保したビルドは、両手のひらを軽くはたいて、ベルトのレバーを一気に回転させる。

 

 『Ready Go!』

 

 電子音とともに空高く跳び上がったビルドが、空中で右足を突き出した。

 数学で用いられる計算式と、筒状の立体図形が空中に姿を現す。立体図形は、中心に向けて狭まり、ねじれ、その内部はワームホールとなって、筒の上下口から周囲の物質を吸い寄せる。

 ゾンビの群れは、ビルドが生み出したワームホールが発生させる強力な引力に逆らえず、纏めて図形の内部へと吸引されていった。

 

「な、なにィイイ!?」

 

 『Sparkling(スパークリング) Finish(フィニッシュ)!!』

 

 ビルドの右足に集約された輝きが、赤と青の輝きを放つ。輝きは弾ける泡を生成しながら、ビルドは空中を滑る流星のように図形の上部口へと突入した。

 ワームホールの内部は、ビルドが生成した『ディメンション・バブル』の影響で、空間が歪んでいる。数十体に及ぶゲンムは、その全てがワームホールの中心たる()()()で圧縮されていた。

 図形内部へと飛び込んだビルドの必殺のキックが、その中心を穿った。赤と青の衝撃波は泡となって、烈風とともにワームホールの出口から吹き出した。

 

「ぬぉおおおおおおおッ!?」

 

 その泡のすべては、出口付近にいたゲンム本体へと殺到する。ゲンムは両腕で頭を庇ったが、全身に吹き付ける泡のすべてが爆発を引き起こすので、もはや防御のとりようがない。胸元のライダーゲージが一気に低下してゆく。

 

「ハァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 図形の出口から最後に排出されたのは、未だライダーキックの姿勢のまま右足を突き出したビルドだった。

 蹴りが、ゲンムの胸部装甲に直撃する。同時に、赤と青の衝撃波が拡散し、ゲンムは装甲を爆発させながら一気に吹っ飛んだ。がしゃァンと大きな音を響かせてビルのフェンスに激突したゲンムは、フェンスを大胆にひしゃげさせながらも、どさりと地べたに転がった。

 

 『Overgauge(オーバーゲージ)

 

 空中に文字が浮かび上がった。ゲンムの胸元の青色のライダーゲージがゼロになり、青の菱形アイコンが消え去った。

 

「ぐっ……う、うぉぉぁああああああッ!!」

 

 ゲンムは、怒りとも悲しみともつかない叫びを上げて、コンクリートの地面を力まかせに殴りつけた。一拍ほどの間を置いて、ふらりと立ち上がると、無言のまま変身を解除する。現れた檀黎斗は、何事もないかのように薄ら笑みを浮かべていた。

 

「ふう……なるほど、君たちの考えはよくわかった。報酬の令呪は必要ないと、そういうんだね」

 

 誰も、無言のまま答えようとはしない。ランサーとビルド、次にビルドと切嗣がそれぞれ顔を見合わせる。

 一瞬ののち、全員を代表して回答したのは、先頭に立つビルドだった。

 

「そういうことらしいぞ」

「いいだろう。私に勝利したことに免じて、今回の不敬は許してやる。しかし、スタークの討伐だけはなにがなんでも成し遂げてもらうぞ。どっちみち、スタークがいる限り、正常な聖杯戦争の運営は不可能なのだからなァ!」

 

 黎斗は、両手でジャケットの襟を正すと、くるりと踵を返した。黎斗が霊体化して消えたあとには、もはやゾンビの群れは一体も残されてはいなかった。

 

   ***

 

 燃え落ちてゆく間桐の屋敷を眺める一同の顔には、一様に疲労が色濃く刻まれていた。額に深く皺を刻んだ時臣も、その手を握り締めて不安げに屋敷を眺める桜も、もはや立っていることすらままならず尻もちをついて足を投げ出している万丈も、みながみな、疲れ切っている。ネロに至っては、既に霊体化して表に出てこようとすらしない。

 

「終わったな」

「いや、始まりだよ。私と、私の家族は、ここから始めなければならない」

 

 万丈は、地べたに深く座り込んだまま、時臣の顔を見上げた。疲労は隠しきれないものの、同時に、いつになく晴れやかな表情をしているように万丈には思われた。それが嬉しくて、万丈は笑った。

 

「そりゃ結構なこった。あんたなら、きっとやり直せるよ」

 

 にっと歯を見せて笑う万丈に、時臣のみならず、桜もおずおずと微笑み返した。

 はじめて会ったとき、仄暗い地下の蟲蔵で、自分の意思をなくし、ただ嬲られるだけしかできなかった少女が、こうして子供らしく微笑んでくれている。それが万丈には嬉しかった。

 できることなら、雁夜にも桜の笑顔をみせてやりたかったが、それを口にして時臣や桜の笑顔を陰らせるのも憚られたので、万丈はあえて雁夜の話題を口に出すことはしなかった。

 

「で、遠坂さん。あんたこれからどうすんだ」

「此度の聖杯戦争は終わったが、遠坂家当主としての戦いはこれからが本番だ。なに、失ったものばかりではない……次の十年に向けて、じっくりと準備を進めていくさ」

「懲りねーな、あんたも。もう二度と凛と桜を泣かせるんじゃねーぞ」

「ふ、努力はしよう」

 

 それが時臣なりの冗談なのだと気付いて、万丈はふっと失笑した。

 ちょうどそのとき、正門前に一台の車が停車した。万丈の時代ではとうに見なくなった型式の、時代を感じさせる高級外国車だ。運転席の扉を開けて、中から姿を表したのは、時臣の弟子である言峰綺礼だった。

 綺礼は間桐の敷地に足を踏み入れて数歩進むと、燃え落ちてゆく屋敷に視線を送って、目を細めた。けれども、それきり興味を失ったように時臣に向き直り、頭を下げる。

 

導師(マスター)、お迎えに上がりました」

「ありがとう、綺礼。君にも、苦労をかけるね」

「いえ、そのようなことは」

 

 凡そ感情を感じさせぬお辞儀を受けて、時臣は薄く微笑み、踵を返した。

 桜は、しっかりと時臣の手のひらを握り締めたまま、決して離そうとはしなかった。

 

「それじゃあ、万丈くん。私はもう行くよ……新都の方でも、朝から由々しき問題が起こっているようでね。まずはその後始末に尽力しなければならない」

「せっかく聖杯戦争が終わったってのに、あんたも大変だな」

「ふ……そうだな。当初の予定とは大きくはずれてしまったが、それでも聖杯戦争に参加したものとして……果たさねばならぬ義務はある。今はもういない璃正さんの分まで、私がやらねばならない」

 

 万丈は、そうか、と一言つぶやき、空を仰いだ。

 難しい話はわからないが、娘たちを救い出した上で、時臣が必要なことだというのなら、そうなのだろう。そこに口出しをするつもりはない。

 

「なあ、万丈くん。いつかすべてが終わったら、またうちの屋敷に顔を出してくれるかい」

「えっ?」

「今回の勝利は、君の活躍あってのものだからね……改めて、感謝の気持ちを贈らせてほしいんだ」

 

 思いもよらぬ時臣からの申し出に、万丈は目を丸めた。

 旧友である璃正神父を殺され、必勝の覚悟をもって召喚したセイバーを失い、令呪すら使い果たしたことで再起すら叶わなくなった時臣が、それでもこの結末を『勝利』と表現したのだ。出会った頃の時臣からは考えられない心境の変化だった。

 立ち上がった万丈は、綺礼に導かれて去ってゆく時臣の背中を見送った。手を引かれて歩く桜も、一瞬振り返ると、おずおずと頭を下げて頬を緩めた。万丈は、桜に向けてにっこりと破顔し、手を振った。

 

 ほんの一分ほどで、綺礼の車は見えなくなった。誰もいなくなった間桐の庭園で、万丈はひとり、空を見上げた。

 

“雁夜……お前も、死ぬほどつらい思いしながら、頑張ってたんだよな”

 

 桜が救われたこと、また笑ってくれるようになったこと、雁夜が知ったらどう思うだろうか。万丈には、結局のところ、雁夜のことはよくわからなかった。雁夜がなにを求めて命を懸けていたのかも、今はもう、わからない。

 だけれども、万丈にとっての雁夜は、苦しんでいる少女のために命を懸けた男だった。それだけで、十分だ。それ以上のなにも知る必要はない。

 

“お前のことは絶対ェ忘れねえ。あとのことは俺らに任せて……お前はゆっくり休め”

 

 ここにはもういない雁夜と、あの健気な少女の声が、薄く聞こえた気がした。

 

   ***

 

 間桐の屋敷からやや離れた小高い丘に、舞弥は車を停車させていた。望遠鏡を覗き込むと、既に屋敷は赤々と燃え盛り、白煙が空に向かって伸びているのが見える。

 人払いの結界も既に解除されている様子だった。術者である間桐臓硯が死んだからだろう。程なくして、消防隊が現地に駆けつけるだろうことは予測がついた。

 

「セイバーとバーサーカーが脱落した、か……」

 

 遠坂時臣が言峰綺礼の用意した車に乗って去っていったことは確認している。令呪がまだ残っているのかどうか、それ次第で暗殺の必要性は変わってくるのだろうが、ひとまずは目下最大の敵と称されていたセイバーの脱落を喜ぶべきだろう。

 

「さァて、次はどこの陣営を落とす? キャスターか、ランサーか、それともライダーか? おっとォ、ぜんぶ同じ陣営だったな」

「ッ!?」

 

 突如としてかけられた声に振り返ると、真紅の装甲を身に纏った男――ブラッドスタークが、舞弥の車にもたれ掛かって手を振っていた。

 戦場で育った舞弥が、ここに至るまでスタークの気配すら感じなかった。音もなく背後を取られたその事実に、ぶわっと嫌な汗が吹き出てくるのを感じた。

 

「まあそう硬くなるなよ。この姿で会うのは初めてだが、知らねえ仲でもないだろう?」

 

 務めてフランクに呼びかけながら、スタークは悠然と歩を進める。

 舞弥はすかさず懐からキャレコ短機関銃を抜いて、構えた。

 

「おいおい、そんなモンが威嚇になると思ってんのか」

 

 スタークが地を蹴った。躊躇している暇はない。キャレコのトリガーを引き、弾丸の嵐を浴びせるが、スタークの装甲には風穴ひとつ開けられない。硬い金属音だけが響いて、弾丸ははじかれるばかりだった。

 瞬く間に舞弥の間合いに飛び込んできたスタークは、舞弥のキャレコを叩き落とし、腹部に重たい拳の一撃を叩き込んできた。

 

「う……ッ」

 

 強烈な痛みが腹部から感覚を奪う。体がくの字に折れ曲がった、その隙を突いて、スタークは舞弥の髪の毛を乱暴に掴み上げる。

 

「お前らアインツベルンが俺の周りをコソコソ嗅ぎ回ってたこと、気付いてないとでも思ってたのか」

 

 嘲笑うような声音に、舞弥は返す言葉を持たず、無言を貫いた。

 

「ハッ……まァいい。お前にはせいぜい、俺のために役立って貰おうじゃねえか」

「なに、を……」

「俗に言う『人質』ってやつさ」

 

「そうか。ならば、彼女は渡せないな」

 

 聞き慣れた低い声が響くと同時、白の黒の夫婦剣が独楽のように高速回転しながら、スタークへと迫る。スタークは咄嗟に舞弥を突き放し、スチームブレードで一投目の白の剣を受け止めた。しかし、二投目の黒の剣は対処が間に合わず、スタークの仮面を大きく傷つけた。

 血飛沫の代わりに火花を舞い上げて、スタークは地べたを転がった。

 

「いよいよ全ての陣営を敵に回して自棄にでもなったか? コウモリを続けるのも楽ではないな、忍び寄る者(ブラッドスターク)

「アァ……生憎と、俺ァヘビで通ってんだ。コウモリは俺じゃない」

 

 傷つけられた仮面を抑え、スタークは立ち上がった。くつくつと笑みを浮かべながら、真紅の外套を風に靡かせて立つアーチャーへと向き直る。

 トランスチームガンを構えると、その銃口から光弾を連続で発射しながら駆け出した。アーチャーは、手にした夫婦剣で光弾の尽くを撃ち落とし、スタークの到来を待ち受ける。

 

「大した反射神経だ! だが、こいつはどうだァ!?」

 

 アーチャーの間合いに飛び込んだスタークの右腕に装着された伸縮ニードルが伸びる。けれども、相手は英霊だ。子供騙しが通用する相手ではない。腕ごと白の剣で払い除けると、黒の剣でスタークの胸部装甲を袈裟懸けに斬り裂いた。

 

「うおおっ!?」

 

 大きく仰け反ったスタークに、追撃の二刀を連続で叩き込む。スタークは、アーチャーの動きにまるで反応しきれてはいない。一方的に攻撃され、火花を噴き上げながら後退するしかなかった。

 

「はぁ〜ぁあ、英霊ってのは流石にやるねえ……今日までできる限りお前らとは当たらねえようにしてたんだが、こいつはとんだ計算違いだ」

「策士策に溺れるとはよく言ったものだ。その過ちは、せいぜいあの世で悔やむんだな」

「はん……悪いがァ、俺はまだあの世に行く気はないんだよォ!」

 

 スタークにトドメを刺そうと駆け出したアーチャーを阻むように、闇の粒子が一箇所に寄り集まった。粒子は黒の騎士甲冑をかたちづくったが、その甲冑もすぐに闇に呑まれ、赤と黒の装甲へと変質した。

 黒いコブラのマスクを装着した地球外の仮面ライダーが、そこにはいた。

 

「なんだとッ!?」

 

 スタークを庇うように姿を表した仮面ライダーブラッドは、どこからともなくビートクローザーを精製すると、その剣を振るってアーチャーの剣と打ち合った。ブラッドの猛攻は凄まじく、二刀流をもってしても、捌き切るのは難しかった。

 

「████▃▃▃▃▅▅▅▅▅▅██ッ!!」

 

 ブラッドの反応速度は、英霊と比べてみてもなんら遜色するものではない。赤い残像を残して超高速でアーチャーに躍りかかるブラッドには、さしものアーチャーも苦戦を強いられていた。

 

「よォし、いい調子だ。今度は裏切るんじゃねえぞォ」

 

 ブラッドに呼びかけながら、スタークは悠然と舞弥に歩み寄る。

 鋼鉄すら砕くスタークのパンチを腹部に受けただけあって、舞弥は上手く身動きを取ることもできずにいた。

 自分が乗ってきた車に乗り込もうとしたが、それもままならず車体に寄りかかっていた舞弥の首筋を、スタークは手刀で軽く叩いた。その一撃で意識を刈り取られくずおれた舞弥を、スタークは腕の中に抱え込む。

 

「ッ、待て、貴様!」

「あぁ、安心しろよ。殺しはしないさ……ま、お前ら次第だけどなあ」

 

 アーチャーは憎々しげにスタークを睨め付けるが、ブラッドの猛攻に晒されている今、下手に動くことも出来はしない。

 ブラッドは、正真正銘の英霊だ。円卓最強ランスロットなのだ。英霊にすら選ばれなかったスタークとは、わけが違う。

 

「さあて、アーチャー。聖杯戦争もいよいよ大詰めだ。残された時間、せいぜい仲間たちと悔いのないように過ごしな」

「……どういう意味だ」

「そのまんまの意味だよォ」

 

 ブラッドに応戦しながら、アーチャーは苦し紛れに剣を投擲したが、それがスタークに命中する頃には、既に頭部の煙突からもうもうと吹き出した黒煙によって、スタークの姿は掻き消されていた。放たれた剣は、ただ、なにもない煙幕を切り裂き、散らしただけだった。

 

   ***

 

 冬木新都から、怪人の群れが消え去った。同時に、警官隊や消防隊、救急隊が退去して押し寄せてきた。空にはヘリコプターが行き交っている。

 屋上からひとまず室内に入った戦兎は、ベージュのコートのポケットに手を突っ込んだまま、壁に寄りかかった。尖った視線だけを切嗣へと向けて。

 

「あんた……アーチャーのマスターだろ。あんなところでなにしてたんだ」

 

 ランサーも既に気付いていたのだろう、特段驚くような素振りも見せず、無言のまま切嗣の出方を伺っている。切嗣が少しでも怪しい動きを見せれば、風よりも疾く動いて、その動きを掣肘できる。そういう間合いに彼女はいた。

 

「俺はアーチャーから、こいつを預かった」

 

 戦兎が取り出したのは、紫の刃持つ短剣――ルールブレイカーだ。

 この刃でゾンビバグスターにダメージを与えれば、ルーラーの宝具にのる呪縛から人々を解き放つことができる。けれども、なぜそんなものをアーチャーが寄越してきたのかがわからない。

 

「正直、俺はあんたたちを信用してない。助けてくれたことには礼を言うが、裏に何か罠があるんじゃないかと疑わずにはいられない」

「それは、僕の意思じゃない。アーチャーが勝手にやったことだ」

「アーチャーが……?」

 

 あのとき、ルールブレイカーを寄越した直後のアーチャーの言葉は、今も戦兎の耳の奥に深くこびりついている。

 

 ――せいぜい使いこなしてみせろ、()()()()()()()

 

 冬木ハイアットではじめてアーチャーと戦ったとき、たしかに戦兎は自らを正義のヒーローであると名乗った。それを覚えていて、戦兎を煽ったのだろうか。アーチャー陣営に関する情報が余りにも少なすぎて、どうにも判断がつけられない。

 

「その剣は君たちにくれてやる。その代わりといってはなんだが、こちらからもひとつ要求がある」

「うわ、そっちから要求とは、ずいぶん大きく出てくれますね。自分がこれまでなにをしてきたか、覚えてます?」

 

 戦兎は片手でランサーを制した。余計な口を挟むな、と目線だけで告げる。

 ケイネスを二度も殺されかけていることを思えば、ランサーが抱く不信感も理解はできるが、今は話を進めることの方が先決だ。

 戦兎の反応を肯定と捉えた切嗣は、再び口を開いた。

 

「今しがた、アーチャーから連絡が入った。僕らの仲間がスタークに人質に取られたらしい」

 

 戦兎とランサーは、静かに視線を交わして、次の言葉を待った。

 

「君たちに、停戦協定を申し入れたい。期間は、仲間を奪還し、スタークを討伐するまで。それが叶うまで、僕らは君らの陣営の人間に一切手を出さないと誓おう」

 

 もう一度、戦兎とランサーは顔を見合わせた。

 

   ***

 

 車内に流れるラジオのニュースは、どれも冬木新都で起こった怪人たちによるテロ行為のことで持ちきりだった。犠牲者の数や、行方不明者の数が伝えられる。これは、正当なる聖杯戦争として、あってはならない大事件だ。

 

「やれやれ……少しくらい休みたかったのだがね。正真正銘、私の戦いはここからが本番になりそうだ」

 

 後部座席で揺られながら、時臣は苦笑した。

 隣の桜は、すうすうと寝息を立てている。あの地獄のような間桐の屋敷から脱出することができて、どっと気疲れが押し寄せてきたのだろう。時臣は、愛しい娘の額を優しく撫で梳いた。紫色になってしまった髪の毛が、さらさらと揺れる。

 ちらと、バックミラー越しに運転席の綺礼と目が合った。

 

「……綺礼。聖堂教会のスタッフは」

「冬木に配置されていたスタッフなら、その殆どが現在音信不通です。おそらく、大半が既にスタークの手にかかったものかと」

「そうだろうな。でなければ、ここまで大々的に事件が報道されるわけがない」

 

 時臣は、窓から外の景色を見上げた。新都の方向を見上げれば、上空が白く霞んでいるのがわかる。ビル火災による白煙だ。

 やらなければならないことが山積みだ。だが、やれない気はしない。セイバーとキバットが、万丈たちが、時臣に大切なことを教えてくれた。娘たちの未来のため、次の十年のため、こんなところでへこたれるわけにはいかない。

 

「綺礼……お父上が亡くなられたばかりだというのに、君には無理をさせる」

「いえ……私などには勿体ないお言葉です。寧ろ、無理をしているのは導師の方でしょう。セイバーを失ったばかりだというのに」

「私のことはいいんだ。今回の戦いは、決して失うばかりではなかった……寧ろ、私にとって実りあるものだったと認識している。だから、なにひとつとして、後悔はないんだ」

 

 言ってから、時臣は窓ガラスに映った自分の朗らかな表情を見て、はっとした。

 自分はこうして前を向くことができたからいい。だが、綺礼はどうか。敬愛する父親を失い、サーヴァントを失い、気丈に振る舞ってはいるものの、精神的には参っているのではないか。

 師として、綺礼のためにできることをしてやりたい。

 

「なあ綺礼。我々の聖杯戦争は終わったが……私は、どうか今後とも、亡きお父上のように、君もまた遠坂との縁故を保っていってほしいと思っている」

「それは、願ってもないお言葉です」

 

 期待した通りの返答に、時臣は笑みを深めた。

 

「――君に、私から贈りたいものがあるんだ。聖杯戦争には敗退してしまったが……ひとつのけじめとして。これからの我々の未来を祝して」

 

 かねてから、いつか手渡そうと思ってずっと用意していた家宝がある。果たして、それを受け取ったとき、綺礼はどんな顔をしてくれるだろうか。少しは、喜んでくれるだろうか。

 綺礼は時臣にとって、血の繋がらない家族のような存在といっても過言ではない。その綺礼が喜ぶと顔を想像して、時臣は微かに頬を緩めた。




【2021年】
年末ですね。今年も一年間、ありがとうございました。
お気に入り、感想、評価、しおり、どれもこれも大変励みになってます。
ここまでエタらずに頑張ってこれたのは、ひとえに読んでくれる皆さまのおかげでございます。いやほんとに。
もうそろそろ、流石に来年のうちには完結できるようにがんばりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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