仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第3話「胸に秘めたジャスティス」

 アーチャーが去り際に放った宝具が齎した魔力の閃光に次いで、視界を埋め尽くすほどの爆煙が濛々と舞い上がる。少し離れて、庭園に自生する木の幹に寄りかかって戦いの趨勢を見守っていたブラッドスタークは、敵の気配が去ったのを見計らって泰然と黒煙に歩み寄る。次第に晴れてゆく黒煙の中、赤と白に輝くオッドアイが異彩を放っていた。

 

「おお、無事だったか。まあ、心配はしてなかったがなあ」

 

 仮面ライダーゲンムは健在だった。抉れた地面の中心に膝をついていたゲンムが、ゆっくりと起き上がる。

 

Overgauge(オーバーゲージ)

 

 空中に文字が浮かび上がる。

 ゲンムの胸元の装甲に描かれたゲージが、青く染まっていた。一瞬遅れて、ゲージの下の薄緑の菱形のアイコンが、弾けて消える。消えた菱形が描かれていた場所の隣には、青、紫と菱形が並んでいた。緑のゲージが尽きて、青のゲージへと変わったのだ。青が尽きれば、今度は紫のゲージが顔を出す仕組みであろうことは容易に想像がついた。

 

「それもゲームマスター権限か。便利なモンだな」

「ブレイクゲージシステムを搭載した今のゲンムに即死はない。どれ程のダメージを受けようとも、ゲージブレイクの直後、一ターンの間はあらゆる攻撃が無効となる……コンティニュー機能を失ったゲンムに、私がゲームマスター権限で追加した新機能だ」

「しかしそのご自慢の新機能とやらも、宝具の直撃には流石に堪えるってわけか」

 

 なんでもないように笑って、スタークはゲンムの肩を叩いた。

 ベルトに装着された二本のガシャットを抜き取り、ゲンムは変身を解除する。滔々と己の開発したシステムについて語るのかと思いきや、黎斗の表情は想像に反して明るくはなかった。

 

「どうした、いきなりゲージを一本削られたのがそんなに痛いか」

「ルーラークラスのダメージ半減補正を受けていながら、この体たらく。まさか緒戦でいきなり宝具を切ってくるとは思ってもみなかったが……ええい、英霊というものを私は甘く見ていたらしい」

 

 檀黎斗が開発した聖杯戦争体感シミュレーションゲーム『フェイトクロニクル』において、ルーラークラスのサーヴァントはバーサーカーを除くあらゆるサーヴァントの攻撃に対してダメージ半減補正を持つ、という事実は既にスタークも聞き及んでいる。

 セイバーはアーチャーに対して不利属性となり、アーチャーはランサーに対して不利属性となる。各サーヴァントのクラスを属性に分け、有利不利を設定したらしい。

 

「そのブレイクゲージってのは、一度削られたらもう再生しないのか」

「変身解除のたび、HP(ヒットポイント)の回復はするとも。だが、一度ブレイクされたゲージはゲームをリセットしない限り元には戻らん。これで私の残りブレイクゲージは二本となったわけだ」

「そうか、そいつは災難だったな」

「神たるこの私にィ……気安く触るなァ!」

 

 馴れ馴れしく肩を叩いてみせたが、その手は煩わしげに振り払われた。スタークは両手を軽く掲げたまま一歩退がり、笑う。

 

「おぉっと、悪い悪い。そう怒るなよ、神」

「ふん。尤も……ブレイクされるたびに私のHP(ヒットポイント)は増幅していく。次も同じ宝具でゲージブレイクまで追い込めると思ったら大間違いだがなァ!」

「なるほど、転んでもタダじゃあ起き上がらないってわけか。流石だよ、ゲームマスター……で、あれはいったいどこの英霊なんだ? 見たところアジア人らしい顔つきはしていたが」

 

 黎斗は、にやりとほくそ笑んだ。よくぞ聞いてくれた、という感情を現すときの笑顔であることを、スタークは短い付き合いで既に把握している。

 

「やつの素性については既に把握している。直接戦えば、ルーラーとしての固有スキルで対象の真名やクラスなど一目瞭然だからな……だが、フフン。その情報は今しばらく温存しておくとしよう!」

「おぉっと、こいつは手厳しい! そう簡単には教えてくれねェってか」

「当然だ、参加者の情報を漏洩するような人間がゲームマスターでは、困るだろう」

 

 ふうむとスタークは唸ってみせる。うまくおだてて情報を引き出そうと思っていたのに、変なところで公正さを出してくるから扱いづらい。

 

「……だが、そうだな。一応、貴様にはスポンサーとしての義理もある。よって、あのサーヴァントのクラスと所属陣営くらいならば教えてやっても構わん」

「ほう、神様の慈悲ってやつか?」

 

 黎斗は軽く掌を掲げてスタークを制し、満足気に頷いた。こういうところは扱いやすい。

 

「あのサーヴァントのクラスはアーチャー。所属陣営はアインツベルン……この城の本来の持ち主だ。大方、私から城を奪い返しに来たのだろう」

「――」

 

 スタークは僅かに驚いたが、声を出すことはしなかった。

 人の城に無断で足を踏み入れた不届き者だのなんだの言っていたような気がするが、一応黎斗にも自分が城を奪い取った側であるという自覚はあったらしい。

 

「そしてあの女はアインツベルンが鋳造したホムンクルス。彼女自身がこのゲームの命運を分ける小聖杯そのもの」

「小聖杯?」

「そうだ。すべてのサーヴァントがその霊基を聖杯へとくべた時、彼女は本来の機能を取り戻す。人としての器を捨て、聖杯としての役割を果たすために」

 

 スタークは再び唸り、黙考する。

 聖杯戦争のシステムについては既に説明を受けている。ゲームの根幹部を作り上げた御三家の一角が聖杯を所持していることに対しては、さしたる驚きはない。スタークが興味を抱いたのは、その聖杯が人の形を成して、人として振る舞っているという事実だった。

 

「――アインツベルンの小聖杯、か」

 

 スタークの脳裏に、あの鮮やかな銀髪が蘇る。燃えるような赤い瞳は、確固たる自分の意思を持ってこの城を奪い返そうと黎斗を睨めつけていた。

 

「つまり……あの女こそが、ゴッドマキシマムによって生み出された新たな聖杯を起動させるための鍵、ってことか」

「ふむ? 貴様にしては理解が早いな。うむ、そう取って差し支えはない」

「はッ、道具に人の心を持たせるとは……人間ってのはつくづく業の深い真似をする生き物だな」

 

 黎斗はなにを言うでもなく、腕組をしたままスタークを見据えていた。

 

「ん? どうかしたか、神様」

「驚いたな。外宇宙からの侵略者にしては、ずいぶんと殊勝なことを言うものだ」

 

 黎斗は訝しげにスタークを眇める。

 別段面白いことはなかったが、スタークはあえて破顔一笑してみせた。

 

「意外か? お前ら人間が地球外生命体を戯画化しすぎてるだけだと思うけどな」

 

   ***

 

 冬木市を二分する未遠川を深山町の方角へと進むと、昔ながらの家屋が建ち並ぶ住宅地帯がある。同じ市内にありながら、再開発による都会化の進む新都側とは赴きを異にしており、深山町には日本家屋が多い。その中に、広大な敷地を持つ武家屋敷が存在した。衛宮切嗣が、曰くのついていた邸宅を相場よりも些か安く購入した物件だった。

 家屋の内装は惨憺たる有様で、障子はあちこちが破れたままだし、庭に至っては草が好き放題生い茂っている。切嗣らがやったことといえば、かろうじて各部屋に白熱灯を用意し、最低限居住できるようにした程度だ。切嗣にしてみれば快適な暮らしを求めて購入したわけではないので、別段問題はない。

 町内がすっかり寝静まった夜更け、切嗣が用意した拠点となる武家屋敷の居間に、昼間、初戦を切り抜けたばかりのアーチャーとアイリスフィールが集まっていた。家主の衛宮切嗣はというと、室内だというのに黒のロングコートを脱ごうともせず佇立したままで、その傍らには部下である久宇舞弥が控えている。

 十三インチのブラウン管テレビに、映像が映し出される。舞弥が、己の使い魔に取り付けた超小型CCDカメラで撮影した映像だ。荒い画質ながら、赤い外套の英霊と、白い装甲を身に纏った英霊(ゲンム)の戦闘の記録が映し出されていた。

 

「これが裁定者(ルーラー)を自称するサーヴァントか」

「ええ。あなたはどう思う、切嗣」

「アインツベルン城を奪われたこと自体は大した痛手じゃない。あの城は元より遠坂にも間桐にも所在が知られているからね。拠点とするには些か心許ない。問題は、どのクラスにも属さないルール外のイレギュラーが現れた、ということだ」

 

 ルーラーの侵略を、既存の勢力による攻撃と考えるにはあまりにも常軌を逸している。御三家が今更アインツベルンの城を攻め落とすなどという蒙昧を働くとは思えないし、時計塔から参戦しているロード・エルメロイがそういう手段に打って出る人間だとも思えない。

 己の真名すら思い出せないと語るアーチャーに、切嗣は視線を向けた。

 

「アーチャー。奴は確かにサーヴァントで間違いないんだな」

「ああ、奴には確かに霊基が存在していた。実際に戦ってもみたが、神秘の加護すら持たない現代の装甲では、私の攻撃を受け続けて平然としていられたことに説明がつかない。信じがたい話だが、アレは紛れもなくサーヴァントだよ」

「そうか」

 

 必要最低限の事実確認を済ませて、切嗣は再び黙考する。

 アーチャーが嘘をついていないなら、アインツベルン城を乗っ取ったあの敵に関して得られる情報はこれ以上にない。考えたところで答えが出るとも思えない。今は情報が少なすぎる。それよりも切嗣が気になったのは、アーチャーの戦術についてだ。

 舞弥の録画した映像を見るに、アーチャーは二本の短剣を精製して近接戦闘に及んでいた。その戦闘技術には、弓兵の英霊であることを忘れる程の冴えがあった。かと思えば、退避の際にはどこからともなく弓矢を精製して、宝具の一撃を放っている。一帯を吹き飛ばすに至ったあの威力を見れば、まさしく弓兵の面目躍如といえる。

 

「アーチャー。初戦を経て、少しでも自分の真名と宝具は思い出せたか」

「いいや、残念なことに記憶らしい記憶はなにも。かろうじて戦い方を思い出せた程度さ……どうやら体に染み付いていたらしい。自分で言うのも憚られる事実だがね」

 

 飄々とした態度だった。自嘲的に口元を緩めて語るアーチャーの言葉が、切嗣には信用ならない。だが、少なくとも聖杯に願望を託す英霊が、マスターの不利益を働くとも思えない。真名を明かしたくないなら、それでも構わない。アーチャーが正しく道具としての役割をまっとうしてくれるなら、その出自になどさしたる興味はなかった。

 

「弓矢のみならず、近接戦闘武器の扱いにも長けているとなれば、それはもはや弓兵としての戦術とはいえない。話が変わってくる。近距離戦はどこまでやれる? 遠距離戦、射撃戦は。狙撃はできるのか。思い出せる限りでいい、お前のとれる戦術を僕に教えろ」

 

 今後の戦略のために、切嗣は詰問から確認へと切り替えた。

 

 衛宮切嗣との情報交換が終わって、既に一時間が経過していた。アーチャーは、切嗣が購入した武家屋敷の中庭にひとりぽつんと立って、夜空を見上げていた。今はすっかり摩耗してしまった昔日の記憶を手繰り寄せる。かつて、アーチャーがまだ人だった頃には見慣れた景色だったように思えるが、今となってははっきりと思い出せない。

 

 切嗣には、嘘をついている。

 

 最初は嘘ではなかった。召喚されて間もない間は、己の真名も、備わった能力も、なにもかもが思い出せなかった。不確定な情報を伝えることは憚られたので、アーチャーは己のマスターに記憶喪失であることをありのまま伝えた。だけれども、こうして冬木の地に立ち、かつて見慣れた夜景を見上げ、とっくの昔に忘れた筈の場所に帰って来たことで、アーチャーは思い出してしまった。

 思い出さない方がよかったなどと殊勝なことは思わない。ただ、己の置かれた境遇を思えば、もう二度と再会することのなかった筈の相手との巡り合わせを思えば、この状況はあまりにも酷なものであるとは思う。

 

「なにをしているの? アーチャー」

 

 アイリスフィールの声だった。薄い部屋着の上に、カシミアのコートを一枚羽織っただけの軽装だ。

 

「別段なにかをしているというわけでもない。ただ、思うところがあってね。少し、考えごとをしていたのさ」

「自分の出自、記憶のこと?」

 

 アーチャーの隣へ並び、アイリスフィールもまた夜空を見上げた。白く瑞々しい肌に透き通るような銀髪。どちらかといえば幼い顔立ちだとは思うが、彼女の端正な美貌は、月明かりを受けてますます艶を増したようにみえる。記憶の底に根付いた少女の面影が、彼女にはあった。

 

「この身は英霊としてマスターに仕える為に喚ばれたものだというのに、蓋を開けてみればこの体たらく。自らの真名すら思い出せないとは、我ながら難儀なものだと痛感していたところさ」

「そう……そうよね。自分のことが思い出せないって、とっても不安なことだと思う」

「君に心配をかけるのも筋違いだがね。安心したまえ、記憶の有無にかかわらず、私は私の成すべきことを成すだけさ。必要であれば戦うし、求められるなら狙撃もしよう。君たちは、私を如何様にも利用すればいい」

 

 くすりと、アイリスフィールは微笑んだ。

 

「ねえアーチャー。あなたから見て、切嗣はどういう人に見える?」

「ふむ……私がこの目で見た事実だけで語るなら、冷酷な現実主義者(リアリスト)といった印象だな。だが、物事の優先順位は決して違えない男だ。スマートな思考の持ち主だと評価しているよ」

「ふふ、間違っていないわ。あまり会話をしていないのに、アーチャーはしっかり視てるのね」

「あまり私を見縊らないで欲しい。記憶こそないが、これでも私はマスターのサーヴァントとして回路(パス)を繋いだ身。召喚されてから今に至るまでの短い期間ではあったが、彼の能力を測る期間としては十分だ」

「そうかもしれないわね。アーチャー、あなたは、その……切嗣のやり方には、賛同しているの?」

 

 やや言いづらそうに、アイリスフィールはおずおずと尋ねた。アーチャーからすれば、特段恥じ入ることもない質問だ。アーチャーは一切の衒いなく、至って平常通りに口を開いた。

 

「マスターの取る戦術が狙撃と暗殺というのであれば、別段異を唱えるつもりもないさ。最小限の被害とリスクで勝利を得られるのならば、これほど合理的な戦術もあるまい」

「そう言ってくれるなら、こちらも少しは気が楽になるわ。……ねえアーチャー。さっき少し言ってたけど、ひょっとして、貴方も狙撃が得意なの?」

「ああ、どうやらそれなりに心得はあるらしい。マスターが望むならば、遥か遠方の標的であろうとも狙い過たず撃ち抜いて見せよう」

 

 アーチャーが言い終えるや否や、アイリスフィールはくすくすと漏れ出す笑みを隠すように、そっと己の口元を掌で隠した。

 

「私はなにかおかしなことを言ったかな、アイリスフィール」

「ふふ、いいえ、ごめんなさい。英雄っていうからには、自分の能力に自信を持って然るべきだとは思うけど、仮にも三騎士のクラスで召喚されたあなたが、狙撃や暗殺について得意げに語るだなんて、なんだかおかしくって」

 

 アーチャーは憮然として肩をすくめた。アイリスフィールに他意がないことはわかる。言い返すのも、大人げないように感じられた。

 

「……逆に問おう。アイリスフィールから見て、衛宮切嗣とはどういう人間なのかね」

「私にとってのあの人は……夫であり、導き手。私の人生に意味を与えてくれた人」

 

 微かに頬を上気させ、アイリスフィールはどこか情緒的な微笑みを浮かべた。

 

「……ほう」

「あっ、えっと……ごめんなさい。あなたが聞きたいのは、そういうことじゃないわよね」

 

 アイリスフィールは申し訳無さそうに微笑を浮かべた。それから、目線を伏せて、語り出した。

 

「あの人はね、元をただせば優しい人なの。ただ、あんまりに優しすぎたせいで、世界の残酷さを許せなかったのね。それに立ち向かおうとして、誰よりも冷酷になろうとした人。……なんとなく、だけど。あなたは、あの人に似ている気がするわ」

「自分の記憶すら思い出せず、出自も、己の能力すら判然としない私がかね?」

「なんというか……言葉にしにくいんだけど。大きな理想を追い求めて、その理想に少しでも近付けるようにと、そうあれかしと振る舞っているような……。そばにいてあげたくなるの。私がどこまで彼の助けになるかなんてわからないけど、それでも、できる限り支えてあげたいと思ってしまう」

 

 アイリスフィールは、どこか遠くを見るような瞳で語る。同じ夜空を見上げ、アーチャーもまた、幼い日に憧れた姿を思い起こす。その上で、アーチャーは、ふ、と小さく笑みを零した。

 

「ふむ。君のいうそれは確かに美談ではあると思うが、話がそれているように感じるのは私だけかな?」

「あっ……ああ、ええと、何度もごめんなさいね。いきなりこんなこと言われても、困らせるだけよね」

「いや、気にすることはない。君の信じる衛宮切嗣が私と似ていると言う言葉は、素直に称賛として受けとろう。しかし、私とて己の在り方に解を持たぬ身だ。君の言葉に否定も肯定も返せないことは許してほしい」

「ううん、アーチャーが謝る必要なんてないわ。ただ、そうね……それよりも、約束してほしいの」

「約束?」

 

 アーチャーを見るアイリスフィールの瞳が、変わった。決然と見上げるその表情には、澄んだ美しさがあった。

 

「夫を、切嗣を頼みます。危なっかしい人だから……あなたがそばについて、守ってあげて。……そして、聖杯を手に入れると約束して。そのときこそ、アインツベルンの宿願は果たされ、私と娘は運命から解き放たれる。――あなただけが頼りよ、アーチャー」

「……アイリスフィール」

 

 アインツベルンの宿願。アイリスフィールは、それについて決して多くを語るまい。しかし、それでもアーチャーにはアイリスフィールの願いが理解できた。できてしまった。

 記憶の奥底に沈んだ少女の顔を思い出す。聖杯を獲る、そのたったひとつの願いをアーチャーに託すしかないアイリスフィールの願いを無下にすることが如何に非道なことであるかを、アーチャーは理解している。

 一拍の間をおいて、アーチャーは努めていつも通りに、飄々とした態度で笑みを浮かべた。

 

「私の成すべきことは、マスターに召喚されたあの瞬間から向こう、変わることはない。ただ必要であることを最小限の徒労で成し遂げるのみ。マスターが所望するなら、私はマスターの弓となり、剣となろう」

 

 約束はできない。未だしばらくは、衛宮切嗣がどう動くのかを見極める必要がある。だが、その果てに自分自身がどう動くのか、なにを成すのが正解であるのかは、今のアーチャーにはまだ、わからなかった。

 

「ありがとう、アーチャー」

 

 微笑みというにはあまりにも儚い笑みを、アイリスフィールは浮かべた。

 

   ***

 

 冬木ハイアットホテル。目下再開発中の新都における、最も見晴らしのいいビルだ。その最上階たる三十二階を、大胆にワンフロア丸ごと陣取ったケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、後ろ手を組みながらガラスの向こうに広がる冬木の町並みを俯瞰していた。

 ケイネスから見える冬木の街は、度し難いほどに醜悪だった。大した歴史もなく、世界に誇れるような文化も持ち合わせておらず、その癖外見だけを取り繕って西欧に渡り合おうと背伸びをして見せる田舎町。このホテルにしても同様のことが言える。無闇矢鱈と広い室内に、歴史的な値打ちなど存在するべくもない、ただただ値段が張るだけの品性の欠片も感じられない調度品を適当に並べ立てて、俗物ならではの()()()を演出しようとしただけの豚小屋だ。

 つい百年ほど遡れば憲法すら存在しなかった極東の未開国が、まるで文明国の仲間入りを果たしたように振る舞うその醜悪さ、そしてなにより、聖杯戦争に挑むためとはいえ、貴族である自分がこんな田舎に身をやつさねばならないという事実を思うだけで、ケイネスは頭が痛くなる思いだった。

 

「まったく、嘆かわしい」

 

 ケイネスは幼少の頃より、他の少年たちよりも常に一歩抜きん出る存在感を放っていた。勉学にしろ魔術にしろ、いかなる課題であろうとも、他者よりも劣ることなく、常に他者を見下す側の人生を歩んできた。ゆえにこそ、ケイネスは当然のように自身が天才であることを自覚している。己の意に沿わぬことなど、この世界には存在しない。それがケイネスを取り巻く世界観だった。

 完璧なるケイネスの人生において、予期せぬ不都合などあってよいことではない。仮にもしもそのようなことがあれば、それはケイネスにとって、断じて許しがたい神の秩序を辱める冒涜に他ならない。

 

 たとえば、こんな極東の島国までやって来て、よりにもよって極東の島国由来の田舎英霊を召喚してしまったことなどが、それにあたる。

 

 メリットを挙げるならば、極東の島国で戦う上では、()()()()()()()()()()という利点はある。されど、それがなんだというのか。ケイネスにしてみれば、誇り高き時計塔の花形講師である自分が、名前すら知らない野蛮民族の木っ端英霊を召喚してしまったという事実そのものが度し難いのだ。

 窓から街を見下ろし嘆息するケイネスの脳裏に、ふいに別の場所の光景が広がった。

 冬木市内に放ったケイネスの使い魔が見せる景色だ。鳥や蝙蝠、鼠などの小動物に至るまで、使えると判断したあらゆる生物を間諜として街に放っておいたのだ。使い魔たちは、もしも他のサーヴァントに動きがあったならば、すぐに伝えるようにとの指示を与えている。その使い魔が視覚情報を送ってきたということは、聖杯戦争に動きがあったということだ。

 

「……ほう。サーヴァントがこちらに向かっている、と」

 

 視えたのは、左右で赤と青の靴を履き違えた年若い青年がひとり。後方には少し間を開けて黒いスーツの男が侍っている。どうやら、スーツの男の方がサーヴァントらしい。

 この場所を知った上で向かっているのか、それとも偶然進行方向がこちらへ向いているだけなのかは判然としない。だけれども、少なくとも英霊としての気配すら隠すことなく堂々と接近してくることは、ケイネスにしてみれば挑発に等しい行為だった。

 

「身の程を知らぬゴミどもめ……よろしい、ならば戦争だ」

 

 田舎者の魔術師風情がこのロード・エルメロイに挑もうという腹であるなら、それが如何に身の程を知らぬ狼藉であるか、身を以て教育してやる必要がある。

 ケイネスは不敵に笑った。

 

「姿を見せよ、ランサー」

「はい、おそばに」

 

 ケイネスの後方に、魔力の粒子が集う。ケイネス以外に誰も存在しなかった筈の室内に、途端にひとの気配が生じた。寸前まで不可視の領域に存在した英霊が、実体を持ってケイネスの傍らに姿を現したのだ。

 振り返ると、いかにも日本古来の武将を彷彿とさせる装束に身を包んだ少女がそこにはいた。長くたなびく袖と腰布はいずれも純白ながら、胴体を覆う鎧は黒い。頭は、装束と同じく白の行人包ですっぽりと覆われている。ちらりと見える髪は、透き通るような銀と、艷やかな黒の二色だった。

 少女は、行人包の奥の瞳を見開きケイネスの采配を待つ。その口元は、微かに歪んでいた。微笑んでいるように見える。どんな会話をしても、なにを尋ねても、眼前の少女の笑顔が決して崩れないことをケイネスは知っている。

 

「ケイネス殿、いよいよ戦の幕開けでしょうか」

 

 ランサーの声は弾んでいた。まるでこれから始まる戦いを待ち焦がれているかのように。

 

「ふん。身の程を弁えぬ鼠が二匹、我が工房へと接近している。ランサー、貴様はこの不埒者どもを徹底的に叩き潰し、何処ぞで盗み見ている他のマスターどもに格の違いをしらしめろ」

「ええ、ええ、私はこのときを待っていたのです。それが我が主よりの主命とあらば、私はそのことごとくを成し遂げてみせましょう」

 

 ランサーは短く首肯する。返答は、笑顔のままに告げられた。本当にケイネスの命令の重さを理解しているのか疑いたくなるほどに軽い返事。そのたった一言を残して、ランサーは空気中に溶けて消えるようにケイネスの座すスイートルームから姿を消した。

 

   ***

 

 冬木大橋を渡り、新都へと入って間もなく、戦兎は脚を止めた。これからランサー陣営との同盟を結ぶにあたって、堂々と歩いて正面からゆくのが好ましい、というのはキャスターの案だ。

 目の前に、行人包をかぶった白装束の少女が立ちふさがるように現れたことで、戦兎はキャスターの思惑を察した。たとえ話し合いが目的であったとしても、無防備のうちからいきなり懐の内側に入り込むのではいささか心証が悪い。だから、堂々とこちらの存在を明かして進み、向こうから出迎えて貰おうという腹づもりで、キャスターは実体化したまま戦兎に随伴してきたのだ。

 

「おいキャスター、なんか白いのが出てきたぞ。あいつがランサーのサーヴァント?」

「サーヴァントであることに間違いはないが……私の記憶にはない存在だな」

「おや、あなたがたはランサーのサーヴァントをご所望ですか? いかにも、それはこの私ですが」

 

 少女が、行人包の奥で相好を崩した。柔和な笑みだが、心を感じない。戦兎は直感的に全身が総毛立つのを感じた。あれは、優しさから来るものではない。攻撃性を孕んだ剣呑な笑顔だ。

 キャスターが、戦兎に代わって一歩前へ進んだ。

 

「私は此度の聖杯戦争において、キャスターのクラスを得て限界した者だ。真名を名乗れぬ非礼はご容赦願いたい」

 

 少女の表情に変化はない。なおも薄く微笑んだまま、キャスターの動向を伺っている。

 

「もしも貴殿が名にし負うロード・エルメロイのサーヴァントであるならば、我々は敵対を望んでここへ来たのではない。同盟を結ぶ目的で参じた次第である」

「あははははははっ! これはこれは、ご好意、痛み入ります。しかし、私もまたひとりのサーヴァント。あなたがたの討滅を仰せつかった身としては、その提案を受け入れるわけには参りません」

 

 少女の掌に、空気中から寄り集まった魔力で槍が精製される。それを空中でぶんと音を立てて回転させて、少女は構えた。

 

「なっ……待て、戦う以外に道はないのか!」

「なにを寝ぼけたことを言ってるんです? これは聖杯戦争、聖杯に喚ばれた英霊同士が戦わずしてなんとしましょう!」

 

 キャスターを片手で制して、今度は戦兎が前へ出た。

 

「仕方ねえな。そんなに戦いたいなら乗ってやるよ」

「ッ、マスター!」

「ただし、場所は選ばせて貰う。ここじゃ町に被害が出るからな」

 

 戦兎は既に、ランサーと戦うつもりでいた。どの道、目の前のランサーはキャスターが求めた相手ではなく、そもそもの話、こうも正面から敵意を向けてくるような手合いが、このまますんなりと話し合いで同盟を組んでくれるとも思えない。説得するにしても、一度こちらの力を示す必要がある。

 なによりも戦兎は、サーヴァントに対してライダーシステムがどこまで対抗できるのか、また、エボルトとの戦いで消耗した今のビルドがどこまで戦えるのかを実地で確かめたかった。キャスターには悪いが、付き合って貰うしかない。

 

「民への被害を抑えるため、ですか。いいでしょう、そういう提案なら歓迎します。私も無辜の民に被害を及ぼすことは本意ではありません」 

 

 ランサーは一瞬瞠目したようにも見えたが、すぐに変わらぬ笑みを浮かべて、戦兎の提案を呑んだ。槍の切っ先をす、と降ろす。思いのほか聞き分けがよかったことに、戦兎は内心で驚いた。

 

「ただし、場所はこちらで指定します。あなたがたが指定した場所では戦いません。構いませんね?」

「そんなに心配しなくても、罠なんて仕掛けてねえよ」

「だったらなおのこと、どこで戦っても問題ありませんね」

「そりゃ、まあ」

 

 憮然として頷く戦兎の姿に満足いったのか、ランサーはにこりと微笑んだ。

 

「少し歩けば、倉庫街があります。あそこなら、誰かを傷付ける心配もないでしょう」

「……ま、そういうことなら従うとしますか」

 

 戦兎に向けた笑みを崩さぬまま、ランサーの少女は踵を返した。手に握りしめられていた槍は、いつの間にか姿を消している。

 軽くキャスターの肩に手を置いた戦兎を、キャスターは恨めしそうに見つめてくる。戦兎は、諦念を促す首肯でもって返答した。

 

「ああ、もうッ……なんでこうなるんだ!」

 

 ランサーに続いて歩き出した戦兎の後方で、キャスターだけが不満の嘆きを漏らしていた。




 TIPS
【フェイトクロニクルZ】
 生前の檀黎斗がゴッドマキシマムの能力で完成させたゲームタイトルのひとつ。聖杯戦争体験型シミュレーションゲーム。
 舞台となるのは、かつてマキナビジョンが開発した仮想現実のシステムをベースに、檀黎斗神がロード・エルメロイⅡ世から奪い取った第四次聖杯戦争の記録を元に創造した電脳世界。
 基本となる世界観は実際に行われた第四次聖杯戦争の記録に沿ってはいるものの、召喚されるサーヴァントなど、檀黎斗神による脚色が随所に取り入れられている。

 その最たるものとして挙げられる変更点こそが、()()()である。

 本来西欧で製造された冬木聖杯には、日本の英霊を喚ぶシステムは備わっていない。
 だけれども、ゴッドマキシマムの能力で新たに製造された大聖杯にサーヴァントの出自による制限などは存在せず、かつて大災害を引き起こした()()()の混入などもありえない。
 檀黎斗神によって歪められた第四次聖杯戦争は、誰も知らない結末へと向かってゆく。
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