仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第30話「凍りついたメモリー」

 テレビから流れてくる臨時ニュースを聞き流しながら、戦兎は暗澹たる面持ちで深く息を吐いた。視界の隅では、万丈が感情の赴くままに拳を柱に打ち付けているのが見える。

 いつまた怪人たちに街が襲われるかもわからない今、不要不急の外出は極力控えるようにと、繰り返しニュースキャスターが伝えている。結局、この世界でも戦兎たちの世界と同じように、一般人が巻き込まれるかたちになってしまった。

 傍らにいたキャスターが、戦兎の吐息に込められた意図を汲み取るかのように口を開いた。

 

「今回の一件で、スタークという存在の危険性が浮き彫りになったことは言うまでもない。これ以上街に被害が及ぶ前に、早々にスタークの居所を探り当て、これを撃破する必要がある」

「そんなことはいちいち貴様に言われるまでもない。またぞろ今回のような乱戦を引き起こされて、市政の連中に神秘を晒されてはたまったものではないからな」

 

 ケイネスは尖った視線を容赦なくランサーへ向けて突き刺した。ランサーはにこやかに微笑みを浮かべたまま、軽く小首を傾げてみせた。

 

「せっかくセイバーの野郎をブッ倒して、やっとの思いで桜も救ったってのに、その矢先にこれかよ……! 結局子供が安心して外に出れねえんじゃ意味ねえじゃねえか!」

「ああ。だが問題はスタークだけじゃない。神を自称するルーラー……あの仮面ライダーゲンムも倒さねえと、被害者は増える一方だ」

 

 一呼吸ほどの間をおいて、戦兎は懐から大きく歪曲した短刀(ルールブレイカー)を取り出した。テーブルに置かれた紫色の宝具に、全員の視線が集中する。

 

「これは、アーチャーから預かった宝具だ。こいつを使えば、ルーラーの宝具でゾンビに変えられた人間をもとの姿に戻すことができる」

「待て桐生戦兎。貴様まさか、あの度し難い外道どもと手を組んだのか……?」

 

 ケイネスの声のトーンが、僅かに低くなった。額に、薄く青筋が浮かんでいる。ランサーは珍しく瞳を閉じて、静観を決め込んでいる様子だった。

 

「……いや、まだ組んでない。返事は待ってもらってるが、同盟を申し出てきたのは向こうだ。今は聖杯戦争を棚上げにしてでも、一刻も早くスタークとルーラーを倒す必要がある」

「たわけ、そんなことは言われずとも分かっていると言っておろうが。で、貴様は……? そのために、あのような下賤な魔術使いどもと、この私に肩を並べて戦えと……そう言いたいのか?」

 

 戦兎とケイネス、ふたりの視線が真っ向からぶつかり合う。今、目を逸らすことは自分の意見を折ることと同義だ。ケイネスの悋気を真正面から受け止めながら、未だ返す言葉を探っている最中の戦兎に、ケイネスは畳み掛けるように怒号を飛ばした。

 

「一度ならず、二度までも! 薄汚い手段でこの私を亡き者にしようとしたあやつらと手を組みたいと。そう言いたいのか、貴様は?」

「ケイネス……あんたの気持ちはわかる。俺だって、あいつらのことは未だに信用しきれちゃいない。だが、少なくとも、アインツベルンはルーラーの拠点を既に割り出してるって話だ。殴り込むなら、戦力は多いに越したことは――」

「なにを貴様は血迷ったことを言っているのだッ! 奴らは手段を選ばぬ外道、少しでも隙を見せれば我らの寝首をかこうとすることは明白であろうが! その程度の戦略眼も持たぬ無能なのか、貴様は!?」

 

 一理ある、どころか完全にケイネスの言う通りだと戦兎は内心で思う。アインツベルン陣営を信用することに依るリスクの大きさは、戦兎にも分かっている。それでも、あの土壇場で、少なくともマスター(衛宮切嗣)の意思を無視してでも民間人を守るために動いたアーチャーの真意を確かめてみたいと、そう思っている自分がいることもまた事実だった。

 戦兎からしてみれば、かつて敵だった間柄の相手と肩を並べて戦うことは、今更新鮮なことではなくなっていた。

 

「おい、ちょっと待て。そのアインなんとかってのはどういうやつらなんだ」

「卑劣な手段を用いて、二度も我が主(ケイネス殿)を罠に嵌めてくれた陣営です」

「悪いやつらじゃねえかッ!!」

 

 ランサーの簡潔な回答に、万丈は目を剥いて叫んだ。そういえば、万丈はまだアインツベルン陣営との面識がなかったことを戦兎は思い出す。

 ふいにヴァイオリンの旋律がきこえてきた。その場の全員が、ささやかな風が吹いたような錯覚を覚えた。まるで、心地よい風が澄んだ音色を運んできたかのように。

 

「……(ネロ)の演奏だ」

 

 ぽつりと、戦兎がその名を口にした。

 ネロは今朝の戦いによる魔力消費があまりにも大きすぎるため、しばらく奥の部屋で休ませている。姿は見せていない。だが、ラボ全体を包み込むような優しい旋律は、この場の固く緊迫した空気をほぐしてゆく。そうさせるだけの魔力が、ネロの演奏にはあった。

 ケイネスはバツが悪そうに咳払いをした。

 

「ここは一旦落ち着いて、状況を纏めよう。我々が争ってもなんの利も得られない」

 

 言いながら、キャスターがどこかからホワイトボードを引っ張り出してきた。そこには、簡素ながらも各陣営の相関図が纏めて記されている。

 ルーラーと、スターク陣営。孤立するアーチャー陣営と、ランサー・キャスター・ライダー同盟。それぞれの趨勢が、わかりやすく図で描かれていた。

 

「さて、ランサー。君はこの状況、此度のアインツベルンの提案について、どう思う」

「どうと問われましても。私はただ、ケイネス殿の差配に従うのみです。ですが、まあ……仮に彼奴(きゃつ)らと戦うことになったとしても、私は負けませんよ」

 

 ランサーはいつにも増してにこやかに、清々しいほどに朗らかに笑った。それだけで、戦兎の身をゾッとするような悪寒が駆け巡った。アインツベルン陣営に対するランサーの心象は、もはや確認するまでもない。

 ケイネスは深く嘆息した。

 

「逆に問おう。キャスター、貴様はアインツベルンとの同盟をどう考えるのだ」

「私は……逆に此度の同盟こそ好機なのでは、と考えています」

「ほう? 面白い、貴様の考えを話してみろ」

 

 視線には相変わらず僅かな怒りが含まれてはいるものの、明らかにキャスターと会話するときの方が物腰が柔らかい。

 小さな会釈に次いで、キャスターはホワイトボードに記された相関図を指して語り出した。

 

「彼らは今、仲間をスタークに奪われ、ただでさえ少ない戦力を大きく削がれています。我々に協力を要請してきたことから鑑みるに、もはやなりふり構っていられない状況とみえる」

 

 ホワイトボードに描かれたアーチャー陣営の囲いの線の中には、衛宮切嗣、久宇舞弥、アイリスフィール・フォン・アインツベルンと、かの陣営が持てる戦力名が記されていた。キャスターの知る限り、まともに戦えるのは、基本的には衛宮切嗣と久宇舞弥のふたりだけらしい。

 一方、水性マーカーで描かれたスターク陣営の囲いの中には、言峰綺礼の名と、仮面ライダーブラッドの名が記されている。目下、考えられるスターク陣営の所持戦力だ。

 

「一方、スターク陣営には、クローズマグマをも窮地に追い込んだ仮面ライダーブラッドがいる。アーチャー一騎で、スタークとブラッドのふたりを相手取りつつ、人質を奪還することはあまりにも無謀にすぎる。それくらいは衛宮切嗣にも理解できているはずだ」

「では、アインツベルンが申し出た同盟に他意はなく、我らを貶める気概など微塵もないと、そう言い切れるのか?」

 

 キャスターは、ゆるくかぶりを振った。

 

「残念ながら。しかし、彼らが助力を求めていることは紛れもない事実。その点において、此度の交渉は我らの方が一枚上手だと言っても過言ではありません。そこで、私に考えがあるのです」

「――ああ、なるほど。貴様の考え、読めたぞキャスター」

 

 ケイネスは、我が意を得たりとばかりににいと笑みを深めた。

 

自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)……術者の魔術刻印を通して、その死後の魂までも縛り付ける、この世で最も容赦のない呪術契約。ソレを用いて、こちらから逆に要求を突きつけてやろうと、貴様はそう言いたいのだろう」

「……、さすがはケイネス卿。ご明察の通りです。内容は、同盟の破棄後に至るまで、我らエルメロイ陣営に与する者に危害を加えようとする一切の()()を、金輪際起こさぬこと。決着は、正面からのサーヴァントの一騎打ちによってのみ果たし得る。それを最低限の条件として突きつけてやればよいのです」

「ほう、虎の子のギアスを『危害を加えぬこと』に費やすのではなく、あくまで『一切の企てを禁ずる』ことに使うか。これは……なかなかどうして。相変わらず貴様は面白いことを思いつく男だ」

 

 キャスターは僅かに視線を伏せ、そのまま頭を垂れた。

 

「ええ……何しろギアスで縛ることが出来るのは、衛宮切嗣ひとりですから。悪しき企てそのものを封じてしまわぬ限り、その同盟者……例えば、せっかく救い出した久宇舞弥に寝首をかかれるようなことになりかねない。そのような未来を許すわけにはいきますまい」

「ふん、よかろう。確かに貴様の考えは理に適っている。この状況を逆に利用し、今後の立ち回りをより盤石なものにしようというその姿勢……気に入った。貴様にはこれまでの功績もある。よって、此度の同盟の差配は貴様に委ねよう、キャスター」

「よいのですか? ケイネス殿」

 

 ランサーが目を丸めてケイネスの顔を覗き込んだ。口元は相変わらず笑んでいるが、どこかつまらなさそうに見えなくもない。

 

「よい。私が望むのは、あくまで正道なる聖杯戦争。そして、純然たる魔術の競い合いによって得られる完全勝利のみ。魔導を貶めたアインツベルンの蒙昧どもは許しがたいが、それで我が願いが叶うならば、多少の些事は水に流してやるとしよう」

ケイネス殿(マスター)がそう仰られるなら……魔術のことはとんとわかりませんが、ええ、わかりましたとも! そういうことならば、このお虎さんも一肌脱ぎましょう!」

 

 ランサーは気持ちよさそうに笑った。じめついた後ろ暗さを感じさせない、カラっとした夏の砂浜を思わせる笑みだった。その一声で、緊張した場の空気が一気に弛緩する。

 

「よし、話は纏まったな。では、アインツベルン陣営との会談には私とマスター、そしてランサーの三名で挑もうと思う。それまでにケイネス殿には自己強制証明(セルフ・ギアス・スクロール)を仕上げていただきたい」

「それは容易いが、私は直接赴かずしてよいのか? 君たちに交渉を任せっきりでは、陣営を纏める将としての示しがつくまい」

「同盟を無事締結させるまでは、衛宮切嗣にあなたを引き合わせるつもりはありません。すぐにアーチャーとの決着を付けるわけでもなし、わざわざ危険を犯して会いに行く必要もありますまい」

 

 ふむ、と小さく唸ったケイネスは、納得した様子で頷いた。

 

「その代わりと言ってはなんですが、ケイネス卿とライダーには、また別の役割を頼みたいのです」

「なに、別の役割だと?」

「えっ、なに、俺も?」

 

 ケイネスに続いて、万丈が上ずった声をあげた。

 

「ええ。孔明の策に抜かりなく……お二人にしか任せられない役割です。どうか、快く引き受けていただきたい」

 

 

 

 全員揃っての作戦会議を終えてやや時をおいて、キャスターと戦兎は、工房(ラボ)の最奥の余った一室へと立ち寄った。アルターエゴ・ネロの私室として割り当てられた部屋だ。

 ヴァイオリンの音色が、ドアの向こうから漏れ聴こえている。キャスターがノックをしようとすると、まるでその指から逃れるように、ひとりでに戸が開いた。歓迎と受け取ったふたりは、そのまま部屋に踏み込む。

 部屋の奥には、サテン生地でつくられた真紅の幕がかけられていた。その中心に、幕と同じ色の座面を、金の縁で彩られた簡素ながらも豪奢なつくりの椅子が置かれている。そこに、ネロは座っていた。

 

「え~……なんか俺の部屋より豪華じゃない? 気のせい?」

 

 キャスターの背後からひょっこりと顔を出した戦兎が、ネロの部屋を見て声を震わせた。

 

「椅子をひとつ、置いただけですよ」

「いやどっから持ってきたんだよこんな高そうな椅子」

 

 ネロは――渡はなにを考えているのか判然としない緩やかな笑みを浮かべたまま、答えようとしない。当の戦兎も既に椅子に興味はないらしく、ずかずかと室内に上がり込むと、我が物顔で室内を物色しはじめた。

 キバットのために天井から吊るされた止り木を指先でつつきながら、戦兎は僅かに声のトーンを落として言った。

 

「今朝は、一緒にいられなくて悪かったな。またこんなに魔力を消耗させちまって」

「いえ……それが、僕が喚ばれた理由ですから」

 

 渡の霊基が既に大幅に損傷していることは、マスターの戦兎の目を持ってすれば一目瞭然だった。キバエンペラーは、セイバーを討ち果たすため、マスターである桐生戦兎から供給される魔力だけでは賄えない部分を、自分の霊基から捻出したのだ。平気でいられるわけがない。

 

「マスターの令呪のサポートもなしに聖剣を抜刀したとあれば、君にかかる魔力消費も甚大だったろう。ともすれば、君の霊基が消滅していたかもしれない状況の中で……本当によくやってくれた。その後、霊基の具合はどうだ」

「しばらく休めば、また戦えるようになります。それに、僕にはまだ役目が残ってますから……それを果たすまでは、消えるわけにはいきません」

「ふむ。その役目のため……星の天敵との決戦のために、抑止力は君に聖剣(エクスカリバー)を託した、ということか」

 

 キャスターの問いに対し、渡は静かに目を伏せた。

 

「エクスカリバーの担い手は、今は座にいません。今もこの電脳世界に囚われたままでいます。僕は、彼女を解放して、座に還さなければならない」

「……ちょっと待てアルターエゴ。それは、かの騎士王もシャドウサーヴァントとしてこの世界を彷徨っている、ということか!?」

 

 短い問答で、明らかに顔色を変えたのはキャスターだけだった。戦兎も、渡も、この場にいる誰しもが、あのアーサー王の苛烈な戦い方を直接見てはいない。その恐ろしさを、誰も知らない。

 

「騎士王の魂は、あのシャドウバーサーカーのように彷徨ってはいません。囚われてるんです。抑止力の手すら届かない、深い牢獄に」

「牢獄……?」

「ええ。抑止力がかろうじて回収できたのは、この聖剣だけでした」

 

 どこからか取り出した黄金の魔皇剣を掲げて、渡はその刀身を目を細めて見上げた。セイバーが持っていたものと同じ、透き通るようなクリスタルの刃を備えた魔剣だ。刃は、周囲の光源を集めて、プリズムのように煌めいている。今はその魔皇剣に、聖剣の権能が取り込まれているのだという。

 渡は、なにを考えているのかいまいち読み取れない無表情のまま、その大きな瞳を戦兎へ向けた。

 

「遠からず、騎士王は目覚めます。そのときに備えて、僕は少しでも力を蓄えなければならない。だから、マスター……そのときがきたら、迷わずに僕を喚んでください。それが、僕に与えられた使命ですから」

 

 やおら振り向いて渡に向き直った戦兎は、わざとらしく口元を歪めてみせた。

 

「お前の、じゃねえだろ」

「……え?」

「わかってねえな。お前の使命ってことは、俺たちの使命でもあるんだよ。ってか、さっきからひとりでカッコつけすぎ」

 

 鳩が豆鉄砲を食ったような面持ちで、渡は返す言葉をなくして固まっている様子だった。

 

「だから、あんまりお前ひとりが背負い込み過ぎると、主役の俺が目立たねえって言ってんだよ。ちったあ空気読んで貰わねえとこーまーるーの」

「ふむ……一理あるな。最近ただでさえライダーに出番を食われがちだったマスターとしては、これは確かに看過できる問題ではあるまい」

「うるさいよ! ってかえっ、なに、お前そんなふうに思ってたワケ? 市街地であれだけの数のゲンムを華麗にやっつけて見せたヒーローで主役の俺を捕まえて?」

 

 そこから先の会話は、特に意味のあるものではなかった。戦兎が喚いて、キャスターが聞き流す。それだけの、くだらない談笑だった。

 ふいに、渡が笑った。平時の無表情とはまた違う、無邪気な子供のはにかみを思わせる笑みだった。渡の少女のようなあどけない顔立ちには、感情を押し殺した無表情(ポーカーフェイス)よりも、純粋な笑顔の方が似合っているように思われた。

 渡の、どこか優しい視線が、再び戦兎へと注がれる。

 

「――ありがとう、マスター。では、そのときが来たら、一緒に戦ってくれますか」

「そんなこと、今更聞かれるまでもねえよ。ってか、ヒーローの俺が、重要な戦いだけ人任せにできるわけないでしょうが」

 

 ふと、視線を感じた。天井付近からの視線だ。振り返った先にキャスターが見たのは、戦兎がつついて遊んでいた止り木に逆さにぶら下がっているキバットバットⅢ世の姿だった。

 親が子を見守るような面持ちで、キバットは目を細めて笑った。その傍らでは、タツロットが小さな羽をぱたぱたと羽ばたかせて浮かんでいる。

 

「くぅ~、俺たちの渡が、気付けばサーヴァントなんてよくわかんねえモンになっちまって、一時はどうなることかと思ったが、どうやらいい仲間に恵まれたようで、安心したぜ~!」

「ええ、ええ。ここまで見守ってきた甲斐がありましたねぇ。あの渡さんが、こんなに立派になって……! きっともう、渡さんはひとりでも大丈夫! 私も感無量です~!」

「タッちゃん、今夜はお赤飯だ! お赤飯買いに行くぞ!」

 

 キバットとタツロットに二体は、狭い部屋の天井付近を所狭しと飛び回って喜びを表現している。

 ちょうどそのとき、開けっ放しの扉から、ランサーと万丈のふたりが続けて顔を出した。

 

「おやおや、なにやら楽しそうな気配を感じて来てみれば。いったいなんの話をしてるんです?」

「ってうおおおおおおッ、ちっちゃいコウモリとドラゴンが喋ってんぞ!! どーーーなってんだこりゃ!?」

「いやお前それはさすがに今更すぎ」

 

 戦兎のツッコミは至って冷静だった。万丈はキバットとタツロットと戦兎とを順繰りに指差して必要以上に叫んでいる。どこかから飛び出してきたクローズドラゴンは、空中でタツロットとともに体を揺らし合って、なんらかのコミュニケーションをとっていた。二体の小竜は、早くも意気投合している様子だった。

 そのかしましい様子を眺めていると、キャスターの口から溜息が漏れた。

 

“彼らに世界の命運が委ねられているだなどと……まったく、頭が痛くなる思いだな”

 

 呆れを通り越して、乾いた笑みが溢れる。こうしていると、今夜にも聖杯戦争の趨勢を決める会談が行われようとしていることが、まるで夢のように感じられる。だけれども、負ける気はしなかった。

 所属も生まれもなにもかも異なる仲間たちが、時代を越えて、ひとつの目的のために集まっている。全員で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられるはずだと、キャスターは珍しく、無根拠にそう思えた。

 その後、緊張感なく騒ぎ立てる一同を怒鳴りつけるべくケイネスが額に青筋を刻んで乗り込んできた。だけれども、誰もケイネスを煙たがったりはしなかった。その空気感が、キャスターには心地よかった。

 

   ***

 

 切嗣が買い取った屋敷は、既に人が日常生活を送るには十分すぎるほどに整備が行き届いていた。そのうちの一室は、半ば切嗣の武器庫として利用されている。武器弾薬を詰め込んだ棚に四方を囲まれた部屋の中心で、ひとり黙々と武器の手入れに勤しんでいた切嗣の背に、アーチャーの声がかかる。

 

「らしくないな、マスター。仮面ライダーなどという胡乱な連中と手を組もうなどと」

 

 言葉を返そうとは思わなかった。返す必要がない。なにも聞こえていないかのように、切嗣は愛銃であるトンプソン・コンテンダーの手入れを続ける。

 

「私の見立てでは、マスターはああいう手合いを毛嫌いしているものと思っていたが」

 

 切嗣の手が、止まった。

 

「お前に僕のなにがわかる」

「わからないさ、なにも。だが、少なくとも私はああいう手合いは得意ではない。苦手といってもいい。私がそうである以上、マスターはもっとだろうと邪推しただけさ」

 

 肩越しに、切嗣はちらと一瞥をやった。

 

「だったら、お前はどうして奴らに力を貸した。僕はそんな命令をくだした覚えはない」

「勝手な行動は詫びよう。あまりに見ていられない状況だったのでね。だが、あれで仮面ライダーに恩を売れたなら安いものだろうよ。なにしろ、マスターは組むのだろう? あの()()()()()()()たちと」

 

 振り返った切嗣が見たのは、アーチャーの自嘲だった。切嗣に対する嘲りでないことはわかる。アーチャーは時折、こうしてなにかを知っているような気配を感じさせることがある。

 

「お前は、僕になにを隠している」

「……別段企みがあって己を秘しているのではないさ。マスターが望むならば、私はただの武器となって、並み居る敵の尽くを鏖殺してみせる。そこに嘘はないよ」

「だったら答えてもらおうか。お前は、どこの誰だ。なぜ、僕の召喚に応えた。いい加減、自分の記憶の断片くらいは思い出せたんじゃないのか」

 

 コンテンダーの銃口を、至近距離からアーチャーの眉間に向ける。本気で引き金を引くつもりはない。けれども、引いてしまいたいという気持ちが心の片隅にあった。

 或いは、アーチャーが正義感を振りかざす騎士道の英雄であったなら、はじめから分かり合えるはずもないと切り捨て、無視を決め込むこともできただろう。だけれども、アーチャーはそうではない。切嗣の武器であると宣い、切嗣の武器として振る舞い、その癖切嗣の心に一歩踏み込んでこようとする。そこに、切嗣はあの言峰綺礼にも似た底知れぬ気味の悪さを感じていた。

 

「自分から口にできないなら、僕が言ってやる。お前は、弓兵なんかじゃない。魔術師だ。それも、投影魔術と強化魔術にのみ突出した、偽物の英霊……いわば、贋作者(フェイカー)とでも言ったところか」

 

 アーチャーは観念した様子で笑った。

 

贋作者(フェイカー)とは、言い得て妙だな。なるほど確かに、私はマスターの言う通りの存在だろう。だが、だとしたらなんだ? 弓兵だろうと魔術師だろうと、人を殺すための武器としての質に変わりはあるまい」

 

 切嗣は内心で舌を打った。アイリスフィールはアーチャーと対話をするべきだと語ったが、当のアーチャーがこの態度では、対話どころではない。アーチャーがなにを考えているのかが読めず、自分の戦略にこのような不確定要素を織り込まなければならないことそのものが、切嗣にとって大きなストレスだった。

 

「……いいだろう。結局のところ、僕はお前を使う以外に道はない。だったら、お前にはとことん()()()()()になってもらう。……だが、これだけは答えてもらうぞ、アーチャー」

 

 アーチャーは無言のまま、切嗣を見据えていた。その沈黙を肯定と受け取った切嗣は、コンテンダーを突きつけたまま、問うた。

 

「お前はかつて、僕に尋ねたな。僕が聖杯に託す願いはなんなのか、と」

「ああ、訊いたな。覚えているとも」

「なら今度は僕が問おう。お前の望みはなんだ? お前はいったい、なにを求めて聖杯に願いを託す」

 

 どこの英霊かは知らないが、アーチャーが英霊である限り、必ず願望は存在するはずだ。でなければ、人理の影法師たるサーヴァントはわざわざこの世に召喚されたりはしない。

 真正面から突きつけられた猜疑心の刃を前に、アーチャーは、なんでもないことのように口を開いた。

 

「聖杯に興味はないよ。奇跡なんてものは、この世界のどこにも存在していないんだ」

 

 切嗣は、そっとコンテンダーの銃口を下ろすと、アーチャーに背を向けた。

 ライフルの入ったアルミケースを握りしめ戸を開いて、廊下へ出た。廊下には、アイリスフィールがいた。切嗣とアーチャーの会話がつつぬけだったことは、驚いたアイリスフィールの顔色を見れば察しがつく。

 

「切嗣……っ」

「アイリ。僕はこれからキャスター陣営との会談に出かける。アーチャーは置いていくから、君はこの屋敷から出ないように。庭には結界とトラップを仕掛けているから、今はこの屋敷がこの街で一番安全な場所なんだ」

「え、ええ。わかったわ……いってらっしゃい、切嗣」

「ああ。それじゃあ、またあとで」

 

 いま手元に残された唯一の拠り所に、切嗣は務めて優しく微笑みかける。それきり振り返ることなく、切嗣は足早に歩き去ってゆく。くだらない問答に割いてしまった時間を取り戻すように、約束の場所へと急ぐ。

 

 

 

 切嗣の背中を見送ったところで、アイリスフィールは腰から一気に力が抜けるのを感じた。姿勢を崩して、ふらりとよろける。成人女性の平均よりもずっと軽いはずの体が、まるで鉛でも詰め込まれたように重たく感じる。

 受け身すら取れずに倒れかけたアイリスフィールの背を、アーチャーがささえた。褐色肌の無骨な手のひらが、アイリスフィールの額から溢れ出した汗をぬぐう。

 

「アイリスフィール……、体調が優れないのか」

「ええ、ちょっと……ね。そんなことより、アーチャー……切嗣は、もう行ったかしら」

「ああ、もう姿は見えないが……まさか君は、この不調を切嗣に隠しているのか」

 

 汗ばんだ顔をくしゃりと歪めて、アイリスフィールは不器用に笑った。

 

「今、たくさんの重圧に押し潰されそうになっているのは、切嗣の方だから……余計な心配を、かけたくないの」

 

 平時はニヒルな笑みを浮かべているアーチャーの表情に浮かんだ狼狽を見て、アイリスフィールはそれを『可愛い』と感じた。赤の他人のはずなのに、そんな感情が湧いて出るのは我ながら不思議な感覚だった。

 

「ああ。やっぱりあなた、切嗣とどこか似てるのよね。普段は無理して強がっているけど、本当は真面目で優しいところ、とか」

「こんなときに冗談を言っている場合か……!」

 

 らしくない怒声を聞き流して、アイリスフィールはゆっくりとその場に座り込んだ。アーチャーは床に片膝を立てて視線の高さを合わせてくれた。深く息を吐くと、アイリスフィールは務めて柔和に微笑んだ。

 

「心配しないで、アーチャー……私がこうなることは、最初から織り込み済み。だって私は、聖杯の『器』に……『ヒト』としての機能を与えてつくられたホムンクルス。脱落したサーヴァントの魂を取り込んで、元の『モノ』に戻ろうとしているだけの話……知らなかったわけじゃ、ないでしょ」

 

 アーチャーは答えない。ただ、目を伏せるだけだった。

 

「やっぱり、知ってたのね……私のこと」

「……知っている、とは言い切れんな。察しはつくが、それだけだ」

「そう」

 

 アイリスフィールは、アーチャーのことをなにも知らない。

 どこの誰が、どうして切嗣の事情に首を突っ込もうとしているのかなど、想像もできない。だけれども、アーチャーが敵でないことだけは理解できる。敵は、こんな顔をしない。

 

「切嗣はああ言っていたけどね……今朝の戦いであなたがしたことを、私は悪いことだとは思わないわ。たとえそれが彼の思惑から外れることだとしても……あなたがしたことは、人として当然のことだと思う。うん、ずっと城から出たことすらないような女に、当然なんて言われても説得力はないと思うけど……たぶんね」

 

 アーチャーは押し黙ったまま、喋ろうとしない。続く言葉を待っている様子だった。

 

「だから、あなたは胸を張って、自分が信じたものを守ればいい。切嗣ができなくなってしまったことを、あなたがやればいい。今は、切嗣が召喚したのがあなたでよかったって、思うのよね」

「アイリスフィール……、なぜあなたはそうも私を買い被る。自分の記憶すら曖昧で、目的すら不明瞭なサーヴァントなど、傍らに置くにはあまりにリスクが大きすぎるだろうに」

「あなたがどこの誰であるのかはわからないわ。だけど、少なくとも、あなたは切嗣を知ってる。たぶん、私のことも……ねえアーチャー。記憶喪失って、嘘なんでしょ?」

「……これはまた、飛躍したな。なにを根拠にそう思う」

「根拠なんてないわよ。でも、見てればわかるわ。ううん、最初は本当だったのかもしれない。だけど、あなたの振る舞いは……見ず知らずの他人にしては、あまりにも不自然なんだもの」

 

 切嗣に対する、こころを押し殺したような態度。アイリスフィールに対する、とまどいにも似た距離感。それらすべてが、アイリスフィールに確信めいたものを予感させる。

 或いは、誰にも語れぬ心の傷を抱えた英霊かもしれない。或いは、切嗣と似た境遇を辿って、地獄を見た英霊かもしれない。ほんとうのところはわからないが、なにかがあるのは間違いない。

 

「――私が今、こうして人間の真似事を続けていられるのは、本当に奇跡のような時間なの。一緒にいられる時間だって、きっともう、そんなに多くはないわ」

「だろうな。たとえどれほど濃密な時間を過ごしたとて、ともにいられるのは聖杯戦争の間だけだ……サーヴァントの身である以上、それはずっと肝に銘じてきたつもりだった」

「少なくとも、私はその聖杯戦争を……あなたと切嗣の戦いを最後まで見届けることは、きっと無理。その前に、この体は『ヒト』としての機能を失うわ」

 

 聖杯戦争の果てに、切嗣がつくる争いのない世界を見てみたいとは思う。思うが、それは絶対に叶わぬ夢だ。

 だからせめて、少しくらいの我儘は許されてもいいはずだと、アイリスフィールは思う。

 

「だから、私が私でなくなる前に……教えて、アーチャー? あなたがなにを願って戦うのか。どうして英霊になってまで、切嗣の喚び声に応えたのか……あなたの秘密は、この胸にしまい込んだまま、人として生きた思い出として持っていくから」

 

 今度は、いたずらを思いついた少女のように笑ってみせる。

 アーチャーははじめ大きく目を見開いたが、数瞬の沈黙ののち、呆れた様子で深い諦念の溜息をついた。

 

「――いいだろう。私の負けだ……どうやら私は、あなたには敵わないらしい」

 

 ほんの少しだけ、アーチャーの顔に刻まれた陰が薄れたように見えた。非情な現実の前に荒みきった瞳の奥に残る、微かな童心のきらめき。

 やはり()()()()と、アイリスフィールは改めて思った。

 

   ***

 

 薄明かりに照らされた仄暗い一室で目を覚ましたとき、舞弥は己の不覚を呪った。

 英国様式のアンティークチェアに座らされ、その背と脚に縄で体を縛り付けられている。無理に立ちあがろうとすれば、椅子ごと倒れるのが関の山だろう。

 四方はひやりと冷気を孕んだ石壁に囲まれており、室内の気温は低い。けれども、殺風景な部屋というわけでもなかった。ランプや棚をはじめとする調度品には、やはり英国様式の拘りが見て取れる。棚には、高価な酒がずらりと並んでいた。

 首を回して辺りを観察すると、室内の二人がけのソファに男が寝転んでいるのがわかった。男は舞弥を視線を合わせると、悠然と座り直し、軽く片手を掲げた。

 

「よお、舞弥。目覚めの気分はどうだ」

 

 石動惣一が、丸縁のサングラス越しの瞳を細めてにいと微笑んだ。

 こういう状況で敵に余計な情報を与えることは下策であることは舞弥も理解している。だから、なにも言葉を返さい。舞弥はただ射るような眼光で睨み返す。

 

「こいつはずいぶん嫌われちまったもんだな」

 

 石動は呆れ半分、嘲笑半分といった様子でわざとらしく嘆息してみせた。

 私を人質にしても無駄だ、切嗣は動かない、と。無言のまま睨み返すことで、言外に己の意思を表明する。それで殺されたとしても、切嗣の足を引っ張るくらいならその方がいい。

 

 ふいに、木製のドアがぎいと軋みをあげて開かれた。

 室内に入室した言峰綺礼は、舞弥に冷たい一瞥こそ寄越したものの、別段騒ぎ立てるふうでもなかった。石動は軽く「よっ」と挨拶するが、綺礼が取り合う様子はない。けれども、ふたりの間の空気感を見れば、組んでいることは明白だった。おそらく、この場所は冬木教会の地下室だろう。

 

「――人質か。あの衛宮切嗣を前に、どこまで意味があるものかな」

「意味ならあるさ。こうしてお前への手土産になった。そうだろ?」

「……相変わらず趣味の悪い冗談を言う男だ」

「はっ、趣味の悪さじゃお前に勝てねえよ」

 

 石動は再び両手を頭の後ろで組んで寝転がった。脚はソファの肘置きから大胆に外に投げ出している。

 地下室の主たる綺礼は、椅子に縛り付けられたまま身動きひとつ取れない舞弥の前に、歩み寄り、舞弥の頭上に影を落とした。成人男性にしては大柄な綺礼の体躯が、ランプの光を遮っている。

 

「問うぞ、女。おまえと衛宮切嗣はどういう関係にある」

 

 舞弥は答えない。なにも聞こえていないように沈黙した。

 

「おまえは、衛宮切嗣をどこまで理解している」

 

 その問いは、あまりにも状況に即していなかった。聖杯戦争に関することでも、アインツベルン陣営の戦力に関することでもなく、綺礼はただ、衛宮切嗣という個人を知ろうとしている。

 己の利益を度外視した、純粋なる執着心。その異質さが、舞弥に切嗣が感じている不安の片鱗を感じ取らせた。

 

「それとも、ただ衛宮切嗣に使役されるだけの哀れな駒か」

 

 おそらくその言葉に挑発の意図はない。ただ、舞弥とは認識があまりにもズレている。この男は、衛宮切嗣という人間のこころを欠片も理解していない。そんな男に、少しでも切嗣の情報を漏らしてやりたくはない。

 舞弥は視線を上げ、その研ぎ澄まされたナイフのような切れ長の瞳で綺礼を睨んだ。

 いっそ、ここで舌を噛み千切った方が後腐れがなくていい。

 

「……っ」

 

 綺礼の大きな手が、舞弥の頬を挟み込むように鷲掴みにする。まるで舞弥の思考を呼んだかのようなタイミングだった。

 人間離れした握力が舞弥の輪郭を押し潰さんばかりの勢いで圧迫する。舌を噛むどころか、顎に力を入れることすらできなかった。

 

「無駄だ、女。おまえの考えなど容易に想像できる。おまえが私の問いに答える気がないことも」

 

 だからもう、興味を失ったとでも言わんばかりに。綺礼は表情ひとつ変えずに、ゴミを見下すような瞳を舞弥へと向ける。

 次の瞬間、舞弥のみぞおちを強烈な衝撃が襲った。一瞬遅れて、鈍い痛みが全身を駆け巡り、舞弥のあらゆる感覚を痺れが支配していった。綺礼の発勁が、舞弥の急所に打ち込まれたのだ。

 おそらく、肋骨の一本や二本はへし折れている。全身を襲う痛みと痺れと脱力感の中、かろうじて意識を保っていた舞弥が聞いたのは、綺礼とスタークの短い会話だった。

 

「無駄な時間を使った。私を喜ばせたいなら、次は衛宮切嗣を確実に引きずり出す舞台でも用意しておくのだな」

「これから用意するんだよ。安心しろ綺礼。衛宮切嗣は必ず動く……俺が動かしてやる」

 

 部屋の扉に手をかけていた綺礼は、そこで立ち止まり、振り返った。前のめりに座り直した石動が、嘗めるような視線を向けて、頬を釣り上げていた。

 綺礼には、久宇舞弥の利用価値がわからない。衛宮切嗣が、自分と同じ人でなしだとするならば、人質ひとりを解放するために死地へ飛び込むような愚を犯すとは思えない。けれども、石動が口だけの男でないことは、綺礼もまた理解している。

 

「そうか。ならばせいぜい、おまえの脚本が上手く回ることを祈っておいてやる」

「必ず上手くいくさ。俺とおまえが手を組めば、な」

 

 石動は、緩く片手を掲げてみせた。合図を受けて、地下室の薄暗がりに赤黒い粒子が集まっていく。赤と黒の装甲を纏った仮面ライダーが、主人の命令を待つマリオネットのようにぼうっと姿を表した。

 

「餞別だ。こいつも連れてけよ」

 

 ただそこにいるだけで、ブラッドから濃密な魔力の波濤が押し寄せてくるのを綺礼は感じた。間桐臓硯が長年に渡って溜め込み、醸成したものだ。だが、それも徐々に摩耗し、すり減りつつある。魔術師ですらない石動惣一のもとにいたのでは、ブラッドは新たに魔力を供給することはできないからだ。

 綺礼は踵を返し、石動に向き直った。

 

「私がおまえを裏切るという可能性を考えないのか?」

「上等じゃねえか。おまえにやられるなら、俺は本望だよ」

 

 石動はにっと人懐っこい笑みを浮かべた。

 そうか、と一言返すと、綺礼は膨大な数の令呪が刻まれた腕を掲げる。短い詠唱に次いで、契約の文言が紡がれる。令呪が輝いた。魔力のパスが、綺礼と繋がってゆく。

 仮面ライダーブラッド(シャドウバーサーカー)は、うちに秘めた魔力こそ膨大であれ、その本質は揺れる灯火のように不完全な存在であることを綺礼は悟った。まともな霊格を持っていない。まさしく、影のような存在といえる。

 

「礼を言う気はないぞ、石動」

「おう、せいぜい使い潰してやってくれ」

 

 綺礼は地下室の扉を締めた。扉に遮られる最後の瞬間まで、石動は不敵な笑みを浮かべていた。

 意図はわからないが、使えるものはすべて使う。そして、必ず衛宮切嗣に辿り着いてみせる。そう強く心に誓い、綺礼は冷たい石造りの地下道を進む。

 遠坂時臣との約束の時間は、もう、すぐそこまで迫っていた。

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