仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第32話「レゾンデートルの祈り」

 絶え間なく響く剣戟音に次いで、激しい轟音と振動が波となって押し寄せる。衝撃が巻き起こるたび、壁は軋み、屋敷は揺れて、窓ガラスは片端から粉々に粉砕されてゆく。

 ほんの数分前までは手入れの行き届いた屋敷だった。時臣の細かな気配りの行き届いた、瀟洒な豪邸だった。今はもはや瓦礫と砂埃に覆われて、視界すらもおぼつかない戦場の只中となっている。

 

「██▀▀██▃▃▃▃▅▅▅ッ!!」

 

 獣の咆哮とともに繰り出される剣戟の嵐を、黒の甲冑を纏った小柄な少女が捌き、いなしてゆく。仮面ライダーの装甲を纏ったシャドウバーサーカーとの体格差は一目瞭然だったが、それをものともしない技量が少女にはあった。

 

 少女の持つ黒の剣が、闇を纏って、昏く輝く。剣戟の合間に、流れるような動作で圧倒的な威力を秘めた魔力を放出する。それが着弾するよりも先に、少女は既に次の斬撃を繰り出していた。並大抵のサーヴァントでは対処すらままならない連撃に、しかしブラッドは的確に対応してみせる。

 最初の魔力放出を、ほんの僅か身を屈めてやり過ごしたブラッドは、続く一太刀を下方からビートクローザーで跳ね上げる。ブラッドが回避したことで受け止めるものがいなくなった魔力の斬撃は、部屋の天井を屋根裏ごと吹き飛ばし、戦場を夜空のもとに晒した。

 

 攻めあぐねているのはブラッドも同じだ。少女の足元を払おうと振り抜かれた剣の一撃は、ほんの僅かに地を蹴った少女に容易く躱され、今度はブラッドの首を狙った剣が横合いから急迫する。

 

「――ッ」

 

 ほんの僅かに体を逸らして、襟の装甲で剣を受けたブラッドは、少女の胴体を両断しようと横薙ぎの一撃を振り放った。少女は即座に突き出していた剣を引いて、ブラッドの一撃を受け止める。少女の華奢な体は、仮面ライダーの豪腕で放たれた一撃を受けて、軽々と吹き飛んだ。

 

「Au――rrrr!」

 

 好機とばかりに、ブラッドは跳んだ。音よりも早く、風となって、粉塵を巻き上げながら、空中に真紅の残像を描いて追撃を仕掛ける。

 

「甘い」

 

 空中で両者の剣が激突する。地に脚がつくよりも早く、十を越える剣戟が交わされる。

 暴力的な衝撃波が突風を巻き起こし、ソファも、テーブルも、棚も、シャンデリアも、なにもかもが原型を留めぬ程に刻まれる。

 上段から放たれたブラッドの刺突が、床へと突き刺さった。少女が身を翻して回避したために、膨大な魔力を秘めたビートクローザーの一撃が、床を穿ったかたちだ。床の亀裂はまたたく間に広がった。ブラッドは、剣を引き抜くと同時に次の攻撃を受け止めた。

 

「Aurrrrr……ッ!!」

 

 少女の重たい一撃を受け止めるべく床を踏みしめたブラッドだったが、すぐにその態勢は崩れ去る。床が、音を立てて崩壊したからだ。

 一瞬がら空きになった胴体に、すかさず少女は剣による刺突を仕掛けるが、ブラッドもさるもの。赤黒い魔力の波濤が、ブラッドの背部装甲でたなびくマントを舞い上げた。重力の方向が変わる。ブラッドの体が、少女の眼下からすり抜けるように飛び上がった。

 今度はブラッドが上段から大剣による一撃を叩き込んだ。

 

「……ッ」

 

 大穴の空いた床から階下へと落下しながら、それでも少女は崩落してゆく瓦礫のひとつを蹴り、輝く闇を纏った剣を振りかぶった。刹那、両者の剣が衝突し、闇が炸裂する。衝撃波は瓦礫を細切れにまで粉砕し、視界を覆い尽くすほどの粉塵を発生させた。

 粉塵の中、両者揃って階下へと落ちてゆく。二階からではもうなにも見えないが、甲高い金属の激突する音だけが、幾重にも重なって響いていた。

 

「――まさしく、厄災の嵐だな」

 

 絶えず揺れ続ける屋敷の二階で、ただひとり佇む影が独りごちる。綺礼は、ふたりの英霊が空けた大穴から下方を覗き込んだ。

 視界すら覆い隠す粉塵の中、真紅に煌めく閃光と、漆黒に輝く昏闇が、鮮やかな軌跡を描いてぶつかり合っている。舞い散る火花と、魔力の衝撃波が空中に華を咲かせるたび、瓦礫が飛び交い、階下の内装が破壊されてゆく。時折放たれる黒の極光が、壁や天井を消し飛ばして、夜空へ舞い上がっていくのが見えた。

 これはもう、並のサーヴァント同士の争いではない。単騎で容易く一国を滅ぼせるだけの力を秘めた英霊が、この狭い屋敷の中でしのぎを削っている。寸前まで呑気していた綺礼も、流石に撤退した方がよいのではないかと思い始めていた。

 

 やがて、砂埃がおさまった。

 もともとは屋敷のホールだった場所で、ふたりの英霊は仮面越しに睨み合う。互いに、第三者からではその顔色は伺えない。少なくとも、少女にもブラッドにも、傷らしい傷は見受けられない。これだけの破壊を引き起こしながら、両者未だに一撃たりとも致命傷を叩き込めていないのだ。

 

「……Arrr(アァァ)……thur(サァァ)……ッ!!」

 

 怨嗟の叫びとともに、ブラッドがその身に纏った闇が渦を巻き、手にした剣を包み込んだ。

 剣を覆い隠す暗雲が晴れたとき、最前までビートクローザーだった武器は、今はもう、まったくべつの形状へとその姿を変えていた。

 近未来の機構を備えた機械仕掛けの刀剣が、より鋭利な刃を備えた、無骨で、鋭利な、古くから伝わる伝説の剣へと――。

 

「――無毀なる湖光(アロンダイト)を抜いたか」

 

 ぽつりと呟いた少女は、手にした剣の切っ先を静かに降ろす。

 ブラッドの持つ魔剣は、少女の黒い西洋剣とよく似たかたちをしている。どちらも、人ならざる者の手によって鍛えられた魔剣だ。

 月下に煌めく湖面のように鮮やかな照り返しを魅せる魔剣を構えて、ブラッドは低く唸った。

 

 無毀なる湖光(アロンダイト)には、竜属性に対する特攻効果がある。

 それが眼前の少女にとって明確な驚異となろうことを、ブラッドは――ランスロットは狂化の呪いを受けながらもたしかに理解していた。アサシンの霊基を取り込んでからというもの、戦うほどに、一瞬前よりも頭が冴え渡っていく。

 芳醇な魔力を取り込み活性化した地球外生命体の遺伝子が、ランスロットの霊基に深く爪を食い込ませてゆくのが、自分で理解できた。ひとの精神すら乗っ取る地球外生命体の祝福が、狂化のスキルになんらかのかたちで作用しつつある。

 もはや、この身に纏った外宇宙から飛来したライダーシステムは、ランスロットにとって借り物の武具などではない。

 

Arrrrrrthur(アァァァサァァ)ッ!!」

 

 低く、獣の叫びを轟かせたブラッドは、魔剣へと堕ちた無毀なる湖光(アロンダイト)を振りかぶり、跳んだ。荒れ狂う魔力の煌めきを、黒く淀んだ闇を纏った騎士王へと叩き付ける。

 騎士王は、手にした剣で無毀なる湖光(アロンダイト)の一撃を受け止めた。構わず二撃目、三撃目と間髪入れずに叩き込む。攻撃はすべて防がれているが、それでも竜属性に対する特攻効果は活きている。剣が激突するたびに漏れ出した魔力の真空刃が、騎士王の白くみずみずしい頬に一筋の赤を刻んだ。血が、つうと頬を垂れる。

 

 そこで、ブラッドははたと異常に気付いた。

 騎士王の頬に刻んだ傷が、一秒後には塞がり、もとの傷ひとつない肌を取り戻している。

 

「Aurrrrrrrrrrrrr――ッ!!」

 

 黒く輝く闇を纏った魔剣と、同じく闇を孕みし堕ちた聖剣とが激突する。

 互いの魔力が炸裂し、爆風が巻き起こる。周囲の瓦礫を粉々に破砕しながら吹き飛ばす爆炎の中、ブラッドは魔力の熱をもものともせず騎士王へと飛び掛かった。

 漆黒の大剣がぶつかり合い、もつれ合い、溢れ出した魔力は、いよいよもって屋敷の天井を丸ごと消し飛ばした。夜空へ向けて天高く、どす黒い極光が柱となって伸びる。

 光はすぐにおさまったが、ブラッドの猛攻は終わらない。

 

「Au――rrrrrrッ!!」

 

 無毀なる湖光(アロンダイト)の刀身が、赤黒い闇のオーラを纏って煌めいた。

 怒涛の勢いで繰り出される連撃の嵐を、騎士王はやはりその剣で受け流してゆく。それでも攻勢に立っているのはブラッドだ。騎士王の脚が、少しずつ後退している。幾度目かの激突で、ブラッドはとびきりの魔力を秘めた一撃を上段から叩き込んだ。

 

「――ッ」

 

 黒塗りの聖剣で、無毀なる湖光(アロンダイト)の一撃を受け止める。

 異変は、一瞬遅れて騎士王を襲った。無毀なる湖光(アロンダイト)とかちあった箇所に、真紅の閃光(キズ)が刻まれている。直感的に危機を悟った騎士王は、聖剣を投げ捨て、飛び退った。聖剣の内側から溢れ出した真紅の魔力光が、聖剣を粉々に粉砕し、その破片すらも呑み込んで消滅させた。

 

「▅▅▅▅█████▃▃▃▃▃ッ!!」

 

 ブラッドは、本来光の奔流(ビーム)として放たれるはずだった圧倒的な魔力量を、あえて放出せずに、対象を斬りつけると同時に解放した。結果、膨大な魔力は切断面の内側で炸裂し、ゼロ距離で対象を消し飛ばす必殺の一撃と化したのだ。

 勢いそのままに、武器を失った騎士王の間合いへ踏み込む。必殺の輝きを宿した魔剣で、無防備な騎士王の甲冑を袈裟懸けに切り裂こうとした、その時だった。

 

「――ッ」

 

 騎士王の手元に、闇が集まった。ふたたび精製された黒塗りの聖剣が、ブラッドの魔剣を受け止める。同時に、いま精製したばかりの聖剣に真紅のキズが奔る。騎士王は、その甲冑で守られた脚で、ブラッドの胴体を蹴り飛ばしていた。

 

 ブラッドを突き放し次第、即座に聖剣を手放した騎士王だったが、十分な間合いを取るには圧倒的に時間が足りていない。結果、真紅の魔力の炸裂は、至近距離から騎士王を呑み込んだ。

 轟音を響かせて、魔力が爆裂する。あらゆるものを焼き尽くす超高圧力の魔力光が、かろうじて原型を留めていた屋敷の壁と柱をも消し飛ばした。

 煙幕と粉塵に遮られて、なにも見えなくなった。

 

「▀▀▀▀██▃██▃▅▅ッ!!」

 

 それでも、ブラッドは吠える。

 騎士王は生きている。この程度で、かの騎士王を倒せるわけがない。そう、本能が訴えかけている。

 もうもうと立ち込める煙幕が晴れたとき、予測の通り、騎士王は二本の脚で地を踏みしめ、漆黒の聖剣をぶんと振るって悠然と構えていた。ただし、目元を覆っていたバイザーは既になくなっている。胸部を覆う騎士甲冑も、粉々に砕け散っていた。竜特攻の魔力爆発を至近距離で受けた代償だ。

 

「――縛鎖全断(アロンダイト)過重湖光(オーバーロード)……よもやバーサーカーに身をやつしながら、そこまでやるとはな」

 

 よれていた騎士王のドレスは、瞬時に元のなめらかな絹の質感を取り戻した。その上から傷ひとつない甲冑を纏い、少女は何事もなかったかのように冷ややかな眼差しでブラッドを見据えた。その瞳に、疲労の色は見えない。

 ダメージを与えられていないわけではない。どのようなダメージを与えても、瞬時に回復されているのだ。今の騎士王は、それだけ膨大な魔力の源と直接繋がっているという証左だった。

 

 

 騎士王は――セイバーオルタは、仮初の聖剣を握りしめ、眼前の敵を見据える。

 第四次聖杯戦争において、バーサーカーのクラスで喚ばれたサーヴァントは、たしかにこの腕の中で息絶えた。今はここにない聖剣で心臓を穿たれ、狂うほどに焦がれた騎士王の腕のうちで、かの騎士は逝ったのだ。

 あのとき、かの騎士が口走った今際の言葉も、はっきりと覚えている。

 だけれども、今となっては、それも遠い昔の出来事のように感じられた。

 

“――湖の騎士(サー・ランスロット)。私に断罪を、理想を求めるならばそれでいい。貴公には、私に剣を向ける権利がある”

 

 セイバーオルタは、無尽蔵に供給される魔力の噴射を得て、強く地を蹴った。

 無限に精製される偽りの黒聖剣を振り上げ、その刀身に漆黒の魔力の輝きを滾らせて。

 瞬間的に弾丸もかくやという速度で加速したセイバーオルタと、ブラッドの剣が激突する。乱反射して溢れ出した魔力が、周囲の物質という物質を片端から粉砕し、消し飛ばしてゆく。絶え間のない剣戟のさなか、セイバーオルタは眼前の憤怒の化身に、熱の籠もらぬ凪いだ眼差しを向ける。

 

“円卓最強の騎士よ。我らが夢見たランスロット卿よ。貴公が己の罪を裁いてくれと願うなら――”

 

 疑似聖剣に宿った魔力の(かがやき)が、爆発的に膨れ上がる。

 瓦礫を蹴って、セイバーオルタは跳んだ。

 

“いいだろう。その暴れ狂う怒りの形相を仮面で隠しているうちに。望み通り、その首を貰うとしよう”

 

 音速にも届かんばかりの速度でブラッドの間合いへと踏み込んだセイバーオルタが、その剣を振り抜いた。当然、ブラッドも魔剣を構えるが、速度がまるで違う。直感的に、攻勢に転じることは不可能であると悟ったのだろう、剣を構えて防御の姿勢を取ったブラッドに、情け容赦なく聖剣の一撃を叩き込む。

 ガィイン、と鈍い音が高らかに響いた。一瞬遅れて、圧倒的な出力によって生じた衝撃波が、ブラッドの姿勢を崩した。突風が、瓦礫の山を方々へ吹き飛ばした。

 剣技で勝るランスロットに対し、ただただ圧倒的で、暴力的な、桁外れの出力を味方につけたセイバーオルタの反撃がはじまった。

 

   ***

 

 まだ新調したばかりのい草の匂いに包まれた和室に、いま、この聖杯戦争に関わるほぼすべての人員が揃っていた。部屋の中央に置かれた長テーブルを挟むように、片側には桐生戦兎とキャスター、ケイネスが。向かい合うかたちで衛宮切嗣と遠坂時臣、そして万丈龍我が座っている。

 

 会合の場所を衛宮の屋敷に選んだのは、意外にも衛宮切嗣本人だった。ゆくゆくは敵となることが明白なエルメロイの工房を使うわけにもいかず、かといって遠坂の屋敷も実質的に選択対象外である以上、周囲の目を気にせず会議に打ち込める場所はもはや切嗣の屋敷以外にないという判断だった。

 

 みながみな、互いに隙を見せぬようにと警戒し睨みを利かせあっていることは顔色を見ればひと目でわかる。それでもこのような場を設けたのは、明日のアインツベルン城への襲撃を前にした作戦会議のためだった。

 ただひとり、時臣だけは平時の余裕に満ちた表情を崩してはいなかった。あくまで優雅に、悠然と構えている。

 

「よもや戦時中に、こうしてすべてのマスターが一堂に会することになるとはね。かねてより話には聞いていたが、なるほど聖杯戦争とは思い通りにゆかぬものだ。過去三度に渡って行われた儀式がいずれも失敗に終わったことも頷ける」

「だが、少なくとも過去の聖杯戦争には、檀黎斗も、エボルトもいなかった」

「言峰綺礼も、な」

 

 戦兎の言葉を引き継いだ切嗣に、時臣は沈鬱な面持ちを向ける。

 綺礼がシャドウバーサーカーを操り、時臣に牙を剥いたことは、もはやこの場の全員が知っている。切嗣が警戒した通り、いまや言峰綺礼は全員にとって共通の敵となっていた。

 

「言い訳をするつもりはないが、綺礼が己の個人的な理由で君たちに接触していたことは、私にとっても完全に慮外の出来事だった。彼の心の闇に、師である私がもう少し早く気付けていれば……」

「遠坂さんは悪くねえ。裏切ったあの野郎がぜんぶ悪いに決まってる。野郎、今度会ったら俺がブッ潰してやる……!」

 

 鼻息を荒げて、万丈は自分の手のひらに拳を打ち付けた。

 キャスターが、時臣へと向き直った。

 

「遠坂氏――まずは此度の聖杯戦争において、貴方の領地を荒らしたことについて、謝罪をさせていただきたい。貴方がすべての令呪を失い、聖杯戦争への参加権を失った以上、我々としてもこれ以上冬木の龍脈を占有する理由はない。差し当たっては、我らが簒奪した龍脈の支配権を返還したく思うのだが」

「なに、戦時中の判断だ、別段気にしていないよ。むしろキャスター、君の見事な手腕には感心さえ覚えたほどだ。こうして平和的に龍脈を返還してくれることも、私にとってはありがたい話でもある……今は、君が礼を失せぬ男であったことを知れただけで十分だ」

 

 時臣の微笑みに、キャスターは小さく頭を垂れて応えた。そのまま、時臣は全員の顔色を伺いながら言葉を続けた。

 

「君たちには、命を救われた恩がある。キャスターの知略と、ロード・エルメロイの助けがなければ、私の命はなかった。ライダー……万丈くんに至っては、我が娘ともども、重ね重ね助けて貰ってばかりいる。聖杯戦争が終われば、必ずやこの恩に報いたい」

「当然だ。でなければわざわざ助けてやった意味がなかろうよ」

「いやぁ、俺はべつに? 礼とかそういうのはいいっていうか? 見返りを期待したら、やっぱそれは正義とは言えねーし?」

 

 ふんぞりがえって鼻を鳴らすケイネスも、存外に満更でもなさそうだった。頬が明らかに緩んでいる。万丈に至っては、あからさまに上機嫌そうに相好を崩し、後ろ髪を掻いている。どこかで聞いたような言葉をにやけ顔で言う万丈に、戦兎は呆れて失笑した。

 

「……はいはい、話を戻すぞ。明日の決戦の件だが、こっちの陣営には仮面ライダーが三人と、サーヴァントが二人。それから、一応スタークのやつも、今回に限っては味方についてくれるって話だ。……ま、ひとりどうにも信用できねえやつが混じってるが、戦力としては申し分ない。やるからには、最低でもここで檀黎斗と言峰綺礼は絶対に倒したいところだが」

「そのことだけどよ、戦兎。シャドウバーサーカーの相手は、俺にやらせてくんねえか」

 

 身を乗り出した万丈を、戦兎は冷静な眼差しでじっと見つめる。

 

「おまえ、シャドウバーサーカーに手も足も出なかったんだろ」

「だからこそ次は負けらんねェんだよ! 野郎は、臓顕が遺した最後の置き土産だ。本当なら、間桐の屋敷で、俺があいつをブッ倒さなきゃならなかった」

「万丈、おまえが責任を感じてるのなら、それはお門違いだ。あの戦いで、俺たちはセイバーを倒し、桜の救出にも成功した。それだけで、成果は期待値を遥かに越えてる」

「俺が言ってんのは、そういうことじゃねェんだよ!」

 

 万丈の怒号に、室内の空気がしんと静まり返る。全員の視線が、万丈へと集中する。

 

「あいつは……雁夜は何度も言ってた。臓硯を倒して、桜を救いたい、ってよ。でも、俺はそんなあいつを守ることができなかった……見殺しにしちまった! だから、せめて、雁夜がやり残したことは俺が果たしてやりてェんだ!」

「……勝算はあるのか」

「次は負けねえッ! クローズマグマの全力で、今度こそ野郎をブッ倒す!」

 

 戦兎は俯き、はぁああ、と、特大の溜息を落とした。

 

「そういうのは勝算って言わねえんだよ、ばーか」

「うっせえな、そんなモンいちいち考えて戦ってられっか! だいたい、筋肉って付け……」

「――万丈。シャドウバーサーカーはおまえに任せる」

「……っ」

 

 万丈の言葉を遮って告げられた結論に、誰よりも瞠目したのは万丈だった。

 思わず言葉を詰まらせた万丈に、戦兎は務めていつもどおりの調子で笑いかける。

 

「その代わり、絶対に勝て。負けたら、今後一生、おまえには俺の引き立て役のポジションで働いてもらうぞ」

「……へっ、だったらなおさら負けらンねえな。その引き立て役が真の主役ってんじゃ、戦兎が余計目立たなくなっちまうモンな!」

「はいはい、言ってろ」

 

 勝算はなくとも、信頼がある。なにより、こうなった万丈はもはや誰の言葉も聞かないことを、戦兎はこの場の誰よりも理解している。今やまっとうなサーヴァントと同等の力を得たというシャドウバーサーカーを、万丈がひとりで引き受けてくれるのであれば、その分こちらも戦力を分散させやすい。

 

「言峰綺礼はスタークが引き受けるって話だが、どうにもきな臭い。誰か監視をつけられるなら、そうしたいところだが」

「ならば、その役目は私が引き受けよう」

 

 声と同時に、襖が勢いよく開いた。現れたのは、赤い外套のアーチャーだった。手にした盆には、お茶と、人数分のコップが乗せられている。その後ろから、ケイネスとともに屋敷に退避してきたソラウが顔を見せた。

 アーチャーがテーブルに置いた盆から、真っ先に戦兎と万丈が自分のコップを取った。残りは誰も取ろうとしなかったので、アーチャーが茶を注いでから各々の眼前に置いた。

 ケイネスは、胡乱な眼差しでコップに継がれた薄茶色の液体を睨んでいる。

 

「……毒など入っておるまいな」

「くだらないことを気にする男だな。いかな私といえど、決戦前に身内の戦力を削るほど愚かではないよ」

「私がずっと見張ってたから大丈夫よ、ケイネス。毒なんて入れる隙はなかったわ」

 

 ソラウの弁護を聞いてもなおアーチャーと切嗣を睨むケイネスを尻目に、万丈は既に出された茶をごくごくと喉を鳴らして飲んでいた。あっという間に一杯目を飲み終わり、誰に許可を取ることもなく、二杯目を勝手に注ぎ始める。

 ふ、と失笑したのは時臣だった。万丈に続いて、時臣もコップを口に運ぶ。続くように、ソラウも注がれた茶を口にする。その後も、なにも異常は起こらなかった。

 

「ふふふ。こうしていると、戦国の世を思い出しますねえ」

 

 どこからともなく現れたランサーが、空席の座布団に腰掛けた。

 

「私が生きた世でもそうでした。日頃戦場(いくさば)で命を削り合う間柄でも、茶会でそのような無粋を働く慮外者はおりません。茶の席で会ったなら、ひとりの風流人として振る舞うべし……ええ、これぞ日の本に生まれた民の心。まあ、私には心とかよくわかりませんけど」

「ええい、よくわからないのであれば黙っていろランサー!」

「あッ、ところで、アーチャーがかの者の監視役を務めるというのならば、私もお供いたしたく思うのですが。勿論、裏切るような素振りを見せれば、スタークもろとも、私がそこの弓兵を殺しますので」

 

 笑顔のまま告げられたその言葉に、戦兎は背筋が凍るような悪寒を覚えた。冗談で言っているのではない。ランサーは、本気で情け容赦なくアーチャーを切り捨てるつもりでいる。

 アーチャーはいつも通りのニヒルな笑みを浮かべて、鼻を鳴らした。

 

「なるほど、たしかにこれでは下手な動きはできないな」

「案ぜずとも、味方である限りは鉾は向けませんよ。寧ろ、奴らには無数の雑兵(ゲンム)が味方しているはず。そなたが言峰との戦いと、スタークの監視に集中する限りにおいて、私はその雑兵どもを、ただの一匹たりとてそなたらの戦場に通しはしません」

「それは心強い限りだな」

 

 乾いた笑みを零すアーチャーに、ランサーはにっこりと微笑みかけた。

 徐々に方針が決まりつつある。戦兎は頷いた。

 

「なら、檀黎斗(ゲンム)の相手は俺が。この世界でルーラーと戦うなら、クラス補正の影響を受けないビルドが一番相性いいからな」

「了解した。では、私はマスターとともに進軍しよう。私が戦場にいれば、それだけで我がスキルの恩恵は自陣全体に働く。いざとなれば奇門遁甲の援護も惜しむつもりはない」

 

 そこで、ケイネスが声をあげた。

 

「待て、まだ不確定要素はある。先程の戦いで、シャドウバーサーカーへと襲いかかったあの黒いサーヴァントは……」

「――騎士王です」

 

 ケイネスの言葉を遮るように、今度は(ネロ)が姿を表した。かのキングと同じ、黒装束に真紅のマントを身に纏って。

 ランサーが、余っている座布団をネロの眼前に敷いた。無言のまま、座布団を叩いて微笑む。ネロは一瞬困惑した様子だったが、諦めたように座布団に腰を降ろした。誰に言われるでもなく、折り目正しい正座で座っていた。

 

「……騎士王の相手は僕が務めます。この戦いで、彼女を悪しき呪縛から解き放つ」

「へへ、なーんかカッコつかねえな」

 

 けらけらと笑う万丈の言葉を無視して、切嗣は口を開いた。

 

「話は纏まったな。サーヴァントたちがアインツベルン城に殴り込むなら、僕はこの屋敷でアイリスフィールの護衛に専念したい。この状況で、守りをすべて攻めにつぎ込むのは危険だからね」

「待て、勝手に話を進めるな。アイリスフィールだと……? 誰だそれは」

「アイリスフィール・フォン・アインツベルン……衛宮切嗣の奥方にして、聖杯の器。小聖杯をその身に秘めたホムンクルス、と説明するのが、最も端的でわかりやすいか」

 

 切嗣の代わりにケイネスの問いに回答したのは、キャスターだった。切嗣に説明を任せるよりも、その方が話が早いと判断してのことだろう。

 

「……やはり、アイリのことも調べがついていたか。大した諜報能力だな、諸葛孔明。もっとも、今更驚く気にもなれないけどね」

「お褒めに預かり光栄至極……などという冗談はさておき、聖杯の器に護衛が必要なのは紛れもない事実。ここは遠坂氏とケイネス卿にも、衛宮切嗣とともに護衛の任に就いて頂きたい」

「ふむ……それは別段構わないが、彼はそれで納得するのかな」

 

 ここまで静かに話を聞いていた時臣が、切嗣へと眼差しを向ける。

 

「僕としては、それで構わないよ。この屋敷で君たちに下手な行動をさせる気はないし、護衛なら多いに越したことはないからね」

「随分と簡単に信じてくれるのだね。我々が聖杯の器を簒奪するという可能性もあるだろうに」

「そんな可能性ははなから考慮に入れていない。正義のヒーロー気取りの彼らがそんなことをするとは思えないし、遠坂とケイネスに関しても、動けない女性に乱暴を働くような真似を容認するような男でもないことは調べがついている」

「ふ、なるほど。大した観察眼だ。流石は悪名高い魔術師殺し、といったところかな……しかし、動けない女性というのは?」

 

 時臣の問いに、切嗣は僅かに目を伏せた。ごく短い逡巡に続いて、口を開く。

 

「――彼女は既にセイバー、アサシン、バーサーカーの魂を取り込んで、無機物としての器に戻りつつある。今はまだヒトとしての生命活動を保ってはいるが……あと一騎でもサーヴァントが落ちれば、おそらく」

 

 切嗣は続く言葉を口にしようとはしなかった。けれども、誰もそれ以上の説明を求めることはなかった。

 

 現状、この屋敷には生き残ったすべてのマスターと魔術師殺しが揃っている。屋敷自体も切嗣が仕掛けた無数の罠によってトラップハウスとなっている以上、原状の冬木において、最も安全な場所は間違いなくこの衛宮邸であるように思われた。

 昨日まで互いに殺し合っていた人間が、今はみなひとつのテーブルを囲んで、一緒にお茶を飲んでいる。その光景が、戦兎にはどこか心地よく感じられた。その戦兎の思いを汲み取ったかのように、万丈が言った。

 

「――早く戦争なんて終わらせて、こうしてみんなで笑い合える日が来りゃいいのにな」

「なに言ってんだよ万丈。俺たちはそのために戦ってんだろ」

「へっ……それもそうだな。とっととルーラーもエボルトもぶっ倒して、こんな戦争も終わらせてよ……今度は凛や桜も一緒に、みんなで上手い飯でも食おうぜ!」

 

 あっけらかんと笑ってみせる万丈の言葉に、みな一様に毒気を抜かれて目を丸めた。

 少し遅れて、ランサーが磊落に笑う。呆れた様子で、ケイネスも笑った。時臣は、もう慣れたとでも言わんばかりにさも優雅に頬を緩め、茶を啜っている。

 戦兎は、切嗣に向き直った。苦笑混じりの微笑みを向ける。切嗣は、まるで戦兎から逃げるように視線を逸らした。

 

   ***

 

 ――泣いている女の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。

 美しい顔はやつれ、葛藤にさいなまれ、女は声を押し殺して涙を流す。

 自らの行いを悔いて。

 自らの選択を恥じて。

 すべての咎を背負わされた女は、永遠に涙に暮れ続ける。

 

 誰もが、彼女を指差し、不貞の妻だと、裏切りの王妃だと罵った。

 彼女を娶った理想の王が、そもそも男ですらなかったことなど知りもしない蒙昧どもが、かの王の華々しい伝説に目をくらまされ、彼女をなじる。

 

 ギネヴィアは、女として生きることすら許されなかった。

 それでも彼女は理想の王を信じ、その王政を支えることを望んだ。ランスロットも同じだ。ふたりで、アーサー王にどう仕えるべきなのかと日夜語り合った。

 ランスロットは、はじめから王妃を奪おうだなどと考えていたわけではない。ただ、彼女を救いたかった。日に日に悩み、やつれていく王妃を気遣ううちに、結果として()()()()()()をもたらしてしまったのだ。

 

 のちに裏切りの王妃と呼ばれたギネヴィアは、ランスロットと禁断の恋に堕ち、城を抜けたあとも、アーサー王がいるであろう方角へ向かって毎日のように謝り続けていた。

 その思いは、ランスロットも同じだった。国を、円卓をふたつに割ってしまったランスロットだが、それでも王に対する忠誠は変わらなかった。

 

 だからこそ、ランスロットはかの王に糾弾してもらいたかった。

 王妃を連れ去った盗人よと責め立て、その矛先を向けてもらいたかった。

 必ず貴様を捉え、斬首してやると仕掛けてもらいたかった。

 

 だがかの王は、ただの一度たりともランスロットを責めなかった。

 円卓を追われたあと、ランスロットと形式上の戦は交えたが、それも他への示しがつかなかったからこその苦渋の決断であり、王の本意ではなかった。

 

 ランスロットこそは、武勇に優れ、忠節に厚く、諸人のみならず精霊にまで祝福された理想の騎士である。そのランスロットが選んだ選択であれば、そこに間違いなどあるはずがない、と。

 決して許されてはならない裏切りを犯した騎士に、かの王は最後まで高潔な友誼で応えようとした。

 

 これでは、かの王を恨むことも、憎むこともできはしない。

 彼女(ギネヴィア)の流した涙は、無念は、向かう先すら失ったのだ。

 

 かの王の判断を、民は称賛するだろう。

 美しい心を持った、清廉にして公正なる無謬の王だと語り継ぐことだろう。

 だがそれは、ランスロットにとって、おぞましいなにかに見えた。

 義に篤く情に流されず、ただの一度も過ちを犯さなかった理想の王だなどと。

 これは、そんな美談で済ませていい話ではない。

 それこそ、かの王への侮辱だ。断じて認めるわけにはいかない。

 

 ――その思いが、ランスロットを狂わせた。

 

   ***

 

Arrr(アァァ)――thur(サァァ)ッッッ!!」

 

 無毀なる湖光(アロンダイト)を振り上げたブラッドが、音にも及ぶほどの速度で跳ぶ。狙いはただひとつ、眼前の王の首だ。

 セイバーオルタが、正面から地を蹴り突っ込んでくる。魔剣の一撃を振るうが、それよりも早く、ブラッドの頭上をどす黒い闇の魔力が過ぎ去ってゆく。頭をかがめなければ、今頃あの斬撃刃に首が飛ばされていただろう。

 

 一瞬ののち、互いに互いの間合いの内側へと踏み込んだ。

 魔剣と堕ちた聖剣がかち合う。同時に、聖剣から放たれた圧倒的な魔力の奔流が、魔剣を弾き返した。一瞬がら空きになった胴体に、再び闇の魔力を漲らせた斬撃が迫る。

 

「Arrrrrrrr――ッ!!」

 

 痺れる腕を無理矢理駆動させて、真紅の魔力光を纏った魔剣で防御の姿勢を取った。

 同時に、魔剣をへし折らんばかりの勢いで、強烈な魔力の塊が叩き付けられた。ブラッドひとりを焼くだけでは済まなかった余剰魔力が、波濤となって夜空へ放出される。

 ブラッドの体が吹き飛んだ。背部のベクターマントですぐに重力を制御しようとするが、それでは遅い。セイバーオルタは、既に後方へ吹き飛ぶブラッドと同等の速度で、ぴったりと寄り添うように飛んでいた。圧倒的な魔力噴射による跳躍だ。

 

「A――rrr……ッ」

 

 魔剣を振り上げ追撃に備える。魔力の輝きを纏った聖剣は、魔剣の守りごと、ブラッドを上段から叩き伏せた。圧倒的な魔力の奔流がゼロ距離で炸裂する。装甲が焼ける。ブラッドの体は、地べたの瓦礫の尽くを粉砕しながら、巨大なクレーターを作って地面に埋もれた。

 セイバーオルタは、闇に輝く聖剣を頭上へと振りかぶっていた。再び、あのエクスカリバーを放つつもりだ。

 

「Arrrrrrrrrrッッ!!」

 

 ブラッドは、跳んだ。大地に沈み込んだクレーターの中心から、頭上の敵へ向かって。

 重力を操作し、軌道を変える。放たれた闇の魔力の奔流を、紙一重で交わして、ブラッドはふたたび王の間合いへ飛び込んだ。近づくだけでも装甲越しの肌がひりつくような超高圧力の魔力の源泉へと迫り、ブラッドは無毀なる湖光(アロンダイト)を振り抜いた。

 

 セイバーオルタは身を捩ってその一撃を回避しながら、返す刀で聖剣を振るう。もう、正面から剣を受けようとは思わなかった。放たれたエクスカリバーに対し、ブラッドは後ろへ倒れ込むことで回避する。頭上を、超高密度の魔力の刃が過ぎ去ってゆく。ベクターマントで重力を操作し、本来技を放てるはずのない姿勢からそのまま抜刀する。

 

「……むッ」

 

 さしものセイバーオルタもこれには僅かに眉根を寄せた。けれども、ブラッドの攻撃は当たらない。セイバーオルタの反撃も、ブラッドには当たらない。互いに至近距離に捉えながら、余人にはもはや光の軌跡しか捉えることのできない速度で剣を交差させる。

 ブラッドの剣戟に応えるためには、セイバーオルタも毎度聖剣に魔力を漲らせるわけにはいかない。そんな余裕はない。気付けば、周囲には再び激しい剣戟音が響いていた。

 両者の間を、月明かりを受けてちらりと光の筋が見える。溢れ出た魔力の煌めきと、鉄と鉄がぶつかり合う火花だけが、空中に無数に咲いていた。今、この剣の筋を見切っているのは、ここにいるふたりだけだ。誰にも邪魔されない決闘が、そこにはあった。

 

 息を呑む剣戟の嵐の只中にあって、騎士王の玲瓏な(かんばせ)はなお陰ることを知らない。

 かつてあらゆる希望と祈りを一身に背負って剣を摂った王は、いま、ただ目の前の獣を狩るためだけに、機械のように剣を振っている。

 

 ――その顔を、絶望に歪ませたい。

 

 かつて貴様を輝かせるためだけに費やされた涙を。

 貴様のために心を摩耗し、死んでいった者たちの嘆きを。

 今こそ、濁流のように押し寄せる恩讐の思いを叩き付けるべく、星の驚異と成り果てた騎士は漆黒の剣を振り抜いた。

 

 ブラッドには見えていた。

 度重なる剣戟の末に、セイバーオルタの剣の軌道が。その癖が。

 いよいよもって回避不可能な必殺の一撃が、雨のように降り注ぐ騎士王の剣の合間をぬって、その首へと迫る。

 

「――」

 

 寸前。剣が、止まった。

 ほんの少しでも力を込めれば、無毀なる湖光(アロンダイト)の刃が騎士王の白い首筋を寸断するだろう。だけれども、その最後の一撃を振り抜くことが、()()()()()()にはできなかった。

 

 セイバーオルタの聖剣が、ブラッドの首元に触れている。

 あと、ほんの少しでも騎士王がその手に力を込めれば、ブラッドの首は容易く飛ぶだろう。

 互いの剣が、互いの首へと迫り、しかし――そこから先は、動かない。

 

 ――違う。

 

 ブラッドは、全身を痙攣させながら、数歩後退した。頭を抱え、獣のような呻き声を漏らす。

 セイバーオルタも、静かに剣を降ろした。そこに、最前までの殺意は感じられない。

 当然だ。先に殺意を失ったのは、他ならぬランスロットの方なのだから。

 

 ――私は、理想の騎士王に裁いてほしかったのだ。

 

 目の前にいる漆黒の少女は、違う。

 盟友と信じて背中を預けた円卓の騎士に殺気の刃を向けられて、顔色一つ動かさぬ冷徹なる女王ではない。

 すべておまえのせいだと。凛冽なる怒りの矛先を向けてほしかったのは、目の前の堕ちた騎士王ではない。

 

 ブラッドの全身を、赤黒い闇が覆う。

 魔剣が、消え去った。次に、ブラッドの装甲が消える。

 姿を表したのは、黒い長髪を揺らして、恨めしげに騎士王を睨むひとりの男だった。

 

「――そうか。貴公が求めた剣は、私ではないのだな」

 

 セイバーオルタの顔を、ふたたび黒のバイザーが覆った。聖剣が、闇の粒子となって消える。もう、戦う理由はどこにもない。湖の騎士に選ばれなかった王は、黒のスカートをふわりと舞い上げて踵を返した。

 

「それもいいだろう。……死に理由はない。貴様も己が犯した罪とは無縁の戦場で、その生命を終えることもあろう。以降は()()()()()()として扱わせてもらう」

 

 ランスロットは、両腕を弛緩させた。全身から力が抜けてゆく。

 ぱち、ぱち、ぱち、と。後方から、掌を打ち鳴らす音がきこえてくる。

 

「我が最強の騎士王(ナイト)、セイバーオルタのデータは十分取れた。性能実験としては上々だ……ふふん、シャドウバーサーカーも、随分と面白い玩具に育ったようだね」

 

 檀黎斗(ルーラー)が、さも満足げに手を叩いている。

 隣に並び立った仮初のマスターの腕に輝く無数の令呪のうち一画が、真紅の輝きを放つ。

 

「――令呪を以て我が傀儡に命ず。バーサーカーよ……以降はセイバーオルタと協力し、王城を守る騎士としてその剣を執れ」

 

 宣告に次いで、令呪が燃え尽きるように散った。

 先の戦闘中も、綺礼が幾度となく令呪によるエンチャントを行っていたのだろう。燃費の悪さでは他の追随を許さないランスロットが、ライダーシステムを使った上でここまで戦えた絡繰りの答えが、それだ。

 

「A……rrrr……っ」

 

 ――それならば、それでいい。

 この怒りの矛先を向けるべき相手がいるのであれば、今はそれだけで十分だ。

 混濁する意識の中で、ランスロットはさほど熱心にでもなくそう思った。

 

   ***

 

 ひんやりとした土壁に囲まれた土蔵の片隅に、静かに魔力を脈動させる魔法陣があった。その上に仰向けに横たわるようにして、アイリスフィールは胸元で手を組んでいる。既にヒトとしては死にていに等しいが、魔法陣の上にいれば、まだ幾らかはヒトらしく振る舞える。

 採光窓から差し込む微かな月明かりを遮るように、アーチャーの顔が視界に入った。どこか不安げに表情を陰らせて、アイリスフィールの顔を覗き込んでいる。

 

「……アーチャー?」

「ああ。切嗣の代わりに、今後の方針を報告しようと思ってね」

 

 アーチャーは、アイリスフィールの傍らに座り込んだ。

 身を捩ろうとするが、上手く行かない。ついさっき、いよいよ本当のアサシンの魂がアイリスフィールの中に格納されたばかりだ。目覚める前よりも、体が重く、自由が効かない。

 

「無理をするな、アイリスフィール。あなたは動かなくて構わない」

「なら……、お言葉に甘えちゃおっかな」

 

 アイリスフィールは、務めていつもどおりに微笑もうとした。上手く微笑むことができているかは疑問だが、少なくとも、アーチャーはくすりと笑んでくれた。

 

「……明朝、アインツベルンの城を取り返しにいく。おそらく、大きな決戦になるだろう。また、サーヴァントが脱落するかもしれない」

「そう。じゃあ……もうすぐ、なのね」

 

 なにが、とは言わない。

 アーチャーはただ、小さく頷いた。

 

「その間、この屋敷は、マスターと遠坂時臣、そしてロード・エルメロイの三人で護衛につくそうだ」

「あら……ずいぶん、にぎやかになったのね」

「ふ、まったくだ」

 

 くすりと、アイリスフィールは微笑んだ。アーチャーも、笑った。

 

「少なくとも、明日は切嗣がそばにいてくれる。なにも心配はいらない」

「ええ……心配なんか、してないわ。最後には、切嗣が勝つって、信じてるから」

 

 九年前、初めて切嗣と出会ったときから、アイリスフィールはそう信じていた。

 その瞬間から、自分がいずれ聖杯となって消えることも、覚悟している。思いの外、アイリスフィールの心は凪いでいた。

 この局面へ来て、切嗣がアイリスフィールの前に姿を表さない理由も、アイリスフィールにはわかっている。覚悟を、鈍らせたくないのだろう。その思いを、アイリスフィールは尊重するつもりでいた。

 

「……それもまた、困った結果に繋がるのだがね。もっとも、この世界ではどうか知らんが」

 

 アイリスフィールは、アーチャーから聞いた未来を思い出した。

 血の繋がらない息子が生きた未来で起こった、惨憺たる悲劇の歴史を。

 

「でも……きっと、大丈夫。だって……切嗣には、あなたがいるから」

「あまり期待をしてくれるな。ここから先の未来は、私にもわからないのだから」

 

 アイリスフィールは、体を横たえたまま、緩くかぶりを振った。

 

「どんな未来が来ても……あなたはきっと、正義を貫く。そうでしょう、アーチャー」

「……アイリスフィール」

 

 否定でも肯定でもなく、アーチャーは曖昧に名前を呼ぶ。

 切嗣も、アーチャーも、根底にあるものは同じだ。だから、信じられる。たったひとつの思いを糧に、いざとなれば心を燃やして立ち向かうことができる男たち。そんな親子にこそ、アイリスフィールは未来を託すことができる。

 

「お願い、アーチャー。いつかそのときがきたら、あなたが切嗣を支えてあげて……もう、切嗣の隣に立てない、私の代わりに」

 

 アーチャーは、無言のまま、しばしアイリスフィールの顔を覗き込んだ。

 アイリスフィールは、ただ静かに微笑むだけだ。やがて、根負けしたように、アーチャーは微かに微笑んだ。

 

「わかった。約束しよう、アイリスフィール……切嗣は、私が守る」

 

 その言葉を聞けただけで、もう、十分だった。

 これから先、アイリスフィールがいなくなったとしても、切嗣にはアーチャーがいる。誰よりも深く、切嗣を理解してくれる、唯一の息子が。

 震える指先を動かして、アーチャーの無骨な指を探し当てる。ほとんど力の入らなくなった指で、それでも精一杯、アーチャーの手を握った。

 

「――ありがとう、アーチャー」

 

 もう、目を開けているのも億劫になりつつあった。聴覚も、随分と鈍っているよう感じられる。

 アーチャーがなにごとかを言った気がしたが、アイリスフィールにはもうわからない。だが、別段哀しいとも思わなかった。ともに過ごした時間は短くとも、アイリスフィールにとっての自慢の息子が、こんなときにどんな反応を示すのかなど、容易に想像がつく。

 アイリスフィールは微かに吐息を吐き出して、緩く微笑んだ。

 

   ***

 

 徐々に東の空が白み始めた。鬱蒼と茂る森林に、少しずつ陽の光が差し込む。

 朝の訪れを知らせる小鳥たちのさえずりに混じって、ザッ、ザッ、ザッ、と。乾いた土を踏みしめる足音が鳴り響く。

 ひときわ高いものみの大樹のその枝に、乱雑に脚を投げ出して仰臥していたブラッドスタークは、常人では踏み入ることすらできない魔術師の領域に踏み込んでくる勇者たちの存在を認めた。

 

 先頭を歩く桐生戦兎の腰には、既にビルドドライバーが巻かれている。

 

 すぐ隣を歩く万丈龍我も同様にベルトを巻いて、掌に拳を打ち合わせている。

 

 その背後に、すう、と静かに光が降り積もった。白銀の髪を靡かせて、純白の衣を纏ったランサーが、悠然と笑みを浮かべて歩を進める。

 

 少し遅れて、硬いブーツが土を踏みしめる音が重なる。腰に黄金の剣を提げた黒衣のサーヴァントが、その少女のような瞳でまっすぐ前を見つめ、三人と肩を並べる。

 

 五人目は、少し控えめに距離を取って、その真紅の外套を外気に晒した。白髪の弓兵の鷹の目が、誰よりも早く木の上に寝転がったブラッドスタークを見咎めた。

 

「チャオ、待ちくたびれたぜ」

 

 木から飛び降りたブラッドスタークは、危なげなく着地すると、先頭を行く戦兎に向かって手を掲げた。拳を交差させるくらいのコミュニケーションを期待してのことだったが、戦兎はそれを無視して進む。

 誰も、スタークに視線すら寄越してはくれない。会話をする気がないという意思がありありと透けて見える。

 

「……あいかわらずつれないねえ。ま、いいけどよ」

 

 ひとり自嘲しながら、六人目の戦士が戦兎らの行軍に参加した。

 目前には、今はもう「檀」と描かれた黄金の幕を垂らされた白亜の城が見える。

 これを、檀黎斗との最後の戦いにする。この場にいる全員の心は、その一点においてのみ一致していた。




TIPS
【シャドウバーサーカー】
 その真名は湖の騎士ランスロット。
 円卓最強の騎士にして、誰もが憧れた完璧なる騎士である。

 意思もなく冬木を彷徨っていたシャドウバーサーカーは、ブラッドスタークと間桐臓硯によって捕縛され、地球外生命体の遺伝子による祝福と、刻印虫による魔力補強を受け、その存在強度を確かなものとした。
 その後、言峰綺礼と正式に契約することで魔力の供給源を獲得。アサシンの霊基すらその身に取り込み、膨大な令呪によるエンチャントを得て爆発的な強化を果たした。

 もはや、その在り方はサーヴァントの影に非ず。
 地球外生命体の遺伝子とは、すなわち進化の遺伝子である。
 シャドウを越え、サーヴァントすら凌駕し、星の驚異と成り果てた騎士が目指す場所とは――。
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