仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第33話「終わりのクロニクル」

 開け放たれた窓の向こうから、朝のひんやりした風が城内へと入り込んでくる。綺礼は目を細めて、朝の日差しに照らされた森林地帯を見下ろした。もうすぐ、アインツベルンの森を抜けて、敵が攻め込んでくる。この城は戦場になる。

 表情をぴくりとも動かさぬまま、綺礼は視線を下げた。手のひらの中には、一本のフルボトルが握られている。今朝、教会の地下室のテーブルに置き去りにされていたものだ。誰が置いていったのかは、考えるまでもない。

 綺礼は深く瞑目し、肺にわだかまった空気をふうと吐き出すろ、静かに振り返った。

 

「ルーラー、この場所が戦場になる前に、おまえにひとつ問いたい」

 

 檀黎斗は、ソファに腰掛けたまま視線だけを綺礼へと寄越した。

 

「それは、私を神と知った上での質問か」

「そうだ。この世界の創造神たるおまえに、この世界の人間として問いたい」

「いいだろう。今更隠し事をする必要もない。神への質問を許可してやる」

 

 黎斗はさも上機嫌そうに鷹揚と頷いた。

 

「おまえが真なる創造神であるならば、この世界を望み通りに創り変えることもできたはずだ。それでもなお、私という()()を是としたその真意を問いたい。聖杯戦争を破綻させる癌でしかないこの私を」

「なんということはない。確かに君は聖杯戦争から見ればウイルスといっても過言ではない存在だ。悪性データと言い換えてもいい。だが、だからこそ私は君に“ジョーカー”としての役割を期待したのさ」

「ジョーカー?」

「ああ。君もスタークも、私にとっては面白い駒だった。それだけの話さ」

「なるほど。私が懐いた葛藤も、父の死も、すべてはおまえのゲームを盛り上げるためのスパイスでしかなかった、と」

「否定はしない。その結果として、君は恩師を出し抜き、セイバー(ダークキバ)にも匹敵するサーヴァントを従えるに至った。これは、正史ではあり得なかった活躍ぶりだ。これから君がどう動くのか、私はその行末を見届けたいとすら思い始めている」

「そうか。それは恐れ入る」

 

 なにも面白くはないが、綺礼は小さく笑った。

 なるほど、この世界にも神は実在したのかもしれない。だが、それは幼き日の綺礼が思い描いた神などでは断じてなかった。

 世界の外側からサイコロを振って、盤上の駒を動かそうとしている人間がいる。綺礼は駒だった。璃正も、時臣も、すべて眼の前の男の駒でしかなかった。それだけの話だ。

 ふいに、城内の警報がけたたましく鳴り響いた。鐘の音でもサイレンでもない、電子的なアラート音だ。いよいよ敵が間近まで迫っていることを示している。

 

「――いいだろう。駒は駒らしく、己の仕事に専念するとしよう」

「期待しているよ、言峰綺礼」

 

 心の通わぬ笑みを交わし合い、綺礼は部屋を出た。

 黎斗が綺礼になにを期待しているのか、あえて問う気にはならなかった。

 

   ***

 

 長い森林の迷宮を抜けて開けた場所に出ると、今度は白と黒の装甲を身に纏った仮面ライダーの群れが待ち受けていた。地面に生じた闇から、意思を持たないゲンムの群れが次から次へと湧き出てひしめき合い、アインツベルンの庭園を隙間なく埋めていく。

 軍勢の先頭に立って戦兎らの進軍を出迎えたのは、言峰綺礼だった。およそ感情を感じさせることのない瞳にただ殺意だけを込めて、綺礼は戦兎らを睨め付ける。

 

「おまえ……言峰綺礼か」

「いかにも。対面するのはこれで二度目になるな、桐生戦兎」

 

 戦兎がはじめて綺礼を見たのは、あのスターク討伐宣言の夜だった。ただ言われるままにアサシンを自害させた無気力な姿と比べると、目の前にいる男が放つ殺気はあまりにも鋭く研ぎ澄まされている。

 その殺意の視線が、今度はキャスターへと向けられた。

 

「そしてキャスターも。私が懐いた導師への殺意を見抜き、事前に駒を動かしたその差配、見事だった。称賛に値する。叶うならば、いったいどのような策を用いたのかご教示願いたいところだが」

「残念だが、貴様に答えてやる義理はないな」

 

 にべもない返答と同時に、キャスターの周囲に八卦炉型のビットが展開される。いつでも砲撃できるように、ビットには既に魔力が充填されている。

 綺礼はちらりとスタークへと視線を送った。スタークは友達に挨拶でもするようなフランクさで「チャオ」と手を振るだけだったが、その肩にはライフルが担がれている。いつでも戦闘態勢に入れる状態であることは明白だった。

 綺礼の背後にわだかまるゲンムの群れも、戦兎の後ろで構える万丈やランサー、アーチャーも、互いに今にも飛びかからん勢いで殺気を発奮させている。それを食い止めているのが、先頭に立つ戦兎と綺礼だった。この場の全員が、号令の瞬間を待ち望んでいる。

 

「ったく、この空気……どうやら互いに引き下がるわけにはいかねぇようだな」

「そのようだな」

 

 戦兎がビルドドライバーを構えると同時に、綺礼もまた両腕を交差させ、懐から黒鍵を取り出した。

 腹部にビルドドライバーを精製しながら隣に並び立った万丈は、隠すことのない敵意を真正面から綺礼にぶつけて睨めつけた。

 

「おい、シャドウ野郎はどこだ」

「心配せずとも、戦闘がはじまればじき姿を表すさ」

「ヘッ、そうかよ……だったら、とっとと昨日の借りを返させてもらうぜ!」

 

 戦兎の腰にあてがわれたビルドドライバーの帯が、ひとりでに戦兎の腰に取り付いた。ラビットタンクスパークリングを取り出し、そのプルタブを起こす。万丈も、マグマナックルにボトルを装填して、構えを取った。

 

「――行くぞ、万丈」

「おうッ!」

 

 示し合わせたように、二人は同時に互いの変身アイテムをベルトへと叩き込んだ。

 二人の声が戦場に響く。

 

「変身ッ!」「変ッ身!」

 

 赤、青、白、三色のビルドと、マグマの鎧を身にまとったクローズが戦場に並び立った。それが開戦の合図だった。

 変身完了するや否や、黒鍵を携えた綺礼が斬り掛かってくる。フルボトルバスターで受け止めながら、戦兎はビルドの装甲を通じて、綺礼の膂力に内心で舌を巻く。

 

“こいつ、なんッて重さだ……!”

 

 それでも両手で構えたフルボトルバスターをぶんと振り抜き、綺礼を弾き返す。入れ替わりに、彼方から弾丸のような速度で赤と黒の仮面ライダーが飛来した。シャドウバーサーカー、仮面ライダーブラッドだ。

 

「ッらぁァア!」

 

 力任せに振り下ろされたブラッドの剣を、クローズマグマは燃え盛る溶岩で造った龍の手甲で受け止める。魔力の突風が、溶岩の熱を孕んで周囲に吹き付ける。すぐに龍の手甲に亀裂が入った。

 

「▃▃▃▃▅▅▅███ッ!!」

 

 そのまま剣を振り抜く。クローズの手甲が砕かれ、燃える溶岩の装甲に強烈な太刀の一撃が叩き込まれた。マグマを噴出しながら吹っ飛んでゆくクローズに、ビルドは振り返り叫んだ。

 

「ッ、万丈ォーーーッ!」

 

 歴然たる戦力差だった。クローズは庭園の木に背を打ち付け、しかし崩折れることなく二本の足で大地を踏みしめ、その龍の仮面をビルドへと向ける。

 

「戦兎ォ、ここは俺に任せて先にいけ! 最初っからそーいう約束だったろ!」

「万丈……おまえッ」

「大丈夫だ、俺は負けねェ……ここで野郎をブッ潰すッ!!」

 

 再び飛び込んできたブラッドに対し、燃え盛る炎の剣を精製したクローズが応戦する。派手な金属音とともに、熱を帯びた魔力の衝撃波が周囲の木々や草花を焼き払う。

 

「……ったく、しょーがねえな。ここは任せたぞ、万丈」

 

 ビルドはもう、振り返ることをやめた。目前には、殺到するゲンム軍団が見える。その数は目算でも百を越えていることは明白だった。一人で相手取るには少々骨が折れる数だ。それでもフルボトルバスターを構え直し、駆け出そうとしたところで、空中に浮かぶ無数のビットから放たれるレーザーがゲンム軍団を迎撃した。

 

「無限に湧き続ける敵をまともに相手取る必要はない。消耗戦に持ち込まれれば、こちらが不利になる。ここは段取り通りに行くぞ、マスター」

 

 キャスターが言うが早いか、空に暗雲が立ち込め始めた。雲の隙間から、巨石が降り注ぐ。諸葛孔明の宝具、石兵八陣だ。

 降り注いだ大量の石が、ゲンムの軍団を分断するように壁を造ってゆく。アインツベルンの庭園は、瞬く間に巨石の壁で隔たれた迷路となった。けれども、ビルドの眼の前に広がる一本道だけは、まっすぐにアインツベルンの城へと続いている。

 綺礼も、クローズも、既に壁の向こうにいる。魔力的な認識障害がかかっているのか、壁の向こうの声や音は一切聞こえない。

 城へと続く一本道に再び視線を向けると、狭い道を、増殖を続けるゲンムが埋め尽くしていた。

 

「うっわ、ここ抜けなきゃなんないの? 普通にダルいな……!」

「あっははは! ご安心を。この程度の雑兵、どうということはありませんよ」

 

 ビルドの傍らに金の粒子が降り注ぐ。降り積もった粒子は槍を構えた銀髪の武将をかたちどった。霊体化を解除したランサーは、いつも通りの満面の笑みに明確な殺意を滾らせて、目前のゲンム軍団を睨めつける。

 

「約束の通り、有象無象はこの長尾景虎が引き受けましょう!」

「おまえ、いつの間に霊体化を……ってはやっ!」

 

 ランサーは戦兎らの返答など求めてはいなかった。戦兎が言い終えるよりも早く、ランサーは銀の風となってゲンム軍団へと正面から突っ込んでいた。

 目にも留まらぬ速度で一体目のゲンムの胸部装甲を袈裟懸けに切り裂いたランサーは、そのゲンムが地面に倒れるまでの一瞬の間にひらりと身を翻し、二体目、三体目のゲンムを一撃で薙ぎ払う。

 十秒とかからずに、ゲンムの群れに隙間が出来た。ゲンムの増殖よりも、ランサーによる撃破数の方が圧倒的に上回っている証拠だった。

 

「城までの道は私がつくります! そなたらは大将首をッ!」

「言われなくともそのつもりだっての!」

「感謝するぞ、ランサー!」

 

 鬼神のような勢いでゲンムをなぎ倒してゆくランサーを後目に、戦兎とキャスターは開けたばかりの道を走り抜けてゆく。もはや、二人の後を追おうとするゲンムはいない。誰一人として、ランサーから意識を逸らす余裕が与えられなかったからだ。

 

   ***

 

 みすみす戦兎とキャスターを見逃したとて、綺礼にはさして狼狽する様子も見られなかった。二人の動向には特に関心を払うこともなく、綺礼は周囲を取り囲んだ石の壁を見渡している。

 ライフルを担いだスタークもまた、さして周囲に興味を示すことなく、石の壁にもたれ掛かって、空にかかった暗雲を眺めていた。

 

「おいおい、いいのか綺礼。あいつら城に進むつもりだぞォ」

「万事問題はない。私はやつらを、敢えて見逃したのだから」

「敢えて見逃したァ? ハンッ、相変わらず趣味が悪いねェ!」

 

 綺礼は微かに笑っていた。なぜ笑うのかなど、考えるまでもない。ここで足止めするよりも、進んだほうが地獄だと分かっているからだ。

 声を弾ませてライフルを構えたスタークは、すかさず光弾を発射する。それらが着弾するよりも早く、両手の黒鍵を巨大化させた綺礼は、放たれた光弾を叩き落とした。

 爆風が巻き起こる。視界を埋める爆煙を引き裂いて、人間離れした速度で綺礼はスタークの間合いへと飛び込んで来た。

 

「おっとォ!」

 

 トランスチームライフルを両手で盾代わりにし、振り下ろされた黒鍵の一撃を受け止める。両手が塞がっているスタークには、次の一撃に対応するすべがない。けれども、スタークはそれを理解してなお、余裕の態度を崩すことはなかった。

 綺礼が次の一手に移るよりも先に、気配なく背後に飛び込んだアーチャーが、横薙ぎに剣を振り払った。

 

「――ッ!!」

 

 間違いなく、綺礼の首を狙った軌道だった。常人離れした反射速度で身を屈めた綺礼は、最低限の動作でアーチャーの一撃を回避すると、振り返りざまに黒鍵を投げ飛ばした。

 アーチャーの双剣が閃いた。キィン、と金属音が石壁の迷路に反響する。黒鍵が地面に落ちるよりも遥かに早く、綺礼は次の黒鍵を精製し、アーチャーの間合いの内側へと飛び込んでいた。

 

「ッ」

 

 令呪によって得られる魔力で爆発的な加速を得た綺礼の連撃と、人間を超えた歴戦の英霊たるアーチャーの双剣が乱舞し、空中に無数の火花を散らす。互いに一歩も引く様子はない。

 

「俺を忘れるなよ、綺礼」

 

 スタークのライフルから放たれた光弾が、煙幕をたなびかせて綺礼へと向かう。弾丸が綺礼の間合いに入ると同時、アーチャーの攻撃を弾き返した勢いで飛び退いた綺礼だったが、スタークの弾丸は綺礼を追尾して空中を走る。

 追いすがる弾丸を叩き落とし、その爆発で生じた衝撃を利用して、綺礼は大きく飛び退って、いったんふたりから距離を取った。

 

「……ふたりがかりか。私も随分と過大評価をされたものだ」

「卑怯だなどと言ってくれるなよ、神父。ここで確実におまえを始末させてもらう」

「ふ、それが衛宮切嗣の意思か? 私も嫌われたものだな」

「あァあァ、心中お察しするよォ、綺礼」

 

 嘲笑と同時に銃声が響く。スタークが弾丸を放った。

 

「おまえに同情される謂れはない」

「はっ、こいつは嫌われたモンだ!」

 

 皮肉とともに放たれた弾丸を叩き落とし、綺礼は再び跳んだ。スタークはライフルを剣と銃に分割し、飛び込んできた綺礼の黒鍵をスチームブレードで受け止める。ほぼ同時に脇の下で構えたトランスチームガンの引き金を引く。光弾が至近距離で炸裂し、綺礼は吹き飛んだ。

 

 空中にいる綺礼へと飛びかかったアーチャーが上段から双剣を振り下ろすが、綺礼もさるもの。空中で軌道修正すらできない状況ながらも、アーチャーの双剣を黒鍵でいなし、しかしその衝撃はしっかりと受け止め、あえて地面に叩き落された綺礼は、ごろごろと転がってアーチャーの間合いから抜け出した。

 

 起き上がった綺礼の腹部の布は、焼け焦げていた。けれども、スタークの光弾は貫通してはいなかった。ケブラー繊維と教会特性の防護呪符によって裏打ちされた僧衣を貫通させるには、些か威力が足りていない。

 

 綺礼は、無表情のまま黒鍵を構え直した。

 喜びも悲しみもなく、ただ迷いのない殺意だけを漲らせたその瞳を見て、スタークはくつくつと喉を鳴らした。

 

「――ああ、なんてツラして戦いに挑んでやがるんだ、おまえは」

 

 はじめて会ったときと比べて、明らかに綺礼の悪辣さは()()している。

 ほんの数日前は自分の在り方にすら迷う求道者だった男が。きっと、今の綺礼こそ、本来あるべき姿なのだろう。

 やはり、ここで落とすのは惜しい。そういう思いが、スタークの心の奥底からふつふつと湧き上がってくる。これからも綺礼のそばで、歪み始めたその道行きを眺めていたい。その欲望の行き着く先を、この目で見届けたい。

 込み上げる欲望を堪えながら、スタークはトランスチームガンの引き金を引いた。三者による戦闘が、ふたたび幕を開けた。

 

   ***

 

 城の正門を抜けてエントランスホールへとたどり着いたところで、ビルドの足は止まった。窓から降り注ぐ陽光と、戦兎らの頭上で煌々と輝くシャンデリアが、真紅の絨毯を明るく照らしている。

 その絨毯の真ん中にぽつんと黒い剣が突き立てられていた。

 漆黒のドレスを身に纏った華奢な少女が、剣の柄に両手を乗せて佇立している。

 その異様さに、戦兎はすぐに気付いた。空気が、ひりついている。息を呑むほどの威圧感が、おのずと体を重くする。発生源が、この空間の中心に立つ少女であることは明白だった。

 

「マスター」

「……どうした、キャスター」

 

 キャスターの声が、ほんの少しだけ、上ずっているように感じられた。

 眼鏡越しのキャスターの瞳は、眼前の黒の少女を食い入るように見つめたまま離さない。明らかな脂汗が、キャスターの額に浮かび始めている。戦兎はすべてを察した。

 

「そうか、あいつが」

「――騎士王です」

 

 戦兎の言葉を引き継ぐように、ネロの声が響いた。金の粒子がひとのかたちをつくり、アルターエゴの霊体化を解除させる。

 黄金の剣を提げた黒衣のサーヴァントが姿を表すと、騎士王がぴくりと反応を示した。それから、ゆっくりと黒の聖剣を持ち上げ、その切っ先をビルドらへと向ける。

 

「貴公らに恨みはない。ただ、この城に踏み込んだ不幸を呪うがいい」

 

 それが、宣戦布告だった。

 騎士王(セイバーオルタ)が跳躍する。すかさず黄金の魔皇剣を構えたネロが、黒の聖剣の一撃を受け止める。

 黒のバイザーを至近距離から睨めつけるネロの顔を、ステンドグラスが覆った。魔皇力の波紋を周囲へ波打たせながら、ネロの姿は瞬く間に黄金のキバの鎧に覆われた。

 

「ハァッ!」

 

 キバエンペラーの魔皇剣に、黄金の魔力が漲った。同時に、セイバーオルタの聖剣に赤黒い魔力が迸る。互いの魔力がぶつかりあい、もみ合い、一秒後には凄まじい衝撃波となってエントランスホールを震撼させた。

 パリィン、と音を立てて天井のシャンデリアとありとあらゆる窓ガラスが粉々に粉砕される。すかさず障壁を張ってくれたキャスターのおかげで、ビルドに傷はない。もともと黄金の鎧をまとっているキバエンペラーも無傷だ。けれども、セイバーオルタの絹のドレスはこの一瞬でずたずたに引き裂かれていた。

 

「――ッ、ばかな」

 

 最初に声を上げたのは、キャスターだった。

 セイバーオルタのドレスが、瞬時に修復されてゆく。頬についたかすり傷もすぐにかき消えて、もとのなめらかな肌の質感を取り戻す。なによりも異質だったのは、魔力の充填速度だった。

 キバエンペラーが再び魔皇剣に魔力を充填するよりも先に、既にセイバーオルタの黒聖剣には第二撃を放つための魔力が装填されていた。魔力の供給が、あまりにも早すぎる。

 

「く……っ!」

「卑王鉄槌――ッ!」

 

 ほんの一瞬で、キバエンペラーの放つファイナルザンバット斬にも匹敵する魔力を充填しきった黒聖剣が、輝きを失った魔皇剣をかち上げた。同時に炸裂した赤黒い魔力光が、至近距離からキバエンペラーを飲み込む。

 暴力的な魔力の奔流は、構わずセイバーオルタをも飲み込み、顔面を覆うバイザーを吹き飛ばした。けれども、その自傷ダメージすらも、一秒とかからず回復し、元通りのバイザーを再生成する。

 

「なんだ、アレ……!」

「魔力充填が早すぎる! まさか……ッ」

 

 キバエンペラーを黒聖剣の宝具の一撃で吹き飛ばしたセイバーオルタのバイザーは、ビルドへと向けられた。ターゲットが切り替わった瞬間だった。

 フルボトルバスターを構えるビルドの肩を、キャスターが掴む。

 

「待てマスター! あのセイバーはおそらく、大聖杯から直接魔力供給を受けている。まともにやり合えば勝ち目はないぞ……!」

「はァ!? ンだよソレ、無限湧きするゲンムよりタチ悪くない!?」

 

 既に無傷となったセイバーオルタが、弾丸すら止まって見えるほどの速度で飛び込んでくる。ビルドの反応速度を遥かに超えて懐に飛び込んだセイバーオルタが、ビルドの装甲に聖剣の一撃を叩き込んだ。

 

「ッ!?」

 

 刹那、炸裂。

 ゼロ秒で充填された膨大な魔力の塊が、ビルドの装甲表面で炸裂する。黒の輝きは、ビルドを呑み込むだけに飽き足らず、遥か後方の柱と壁を大きく穿ち、消滅させた。

 もうもうと立ち込める煙の中を、セイバーオルタだけがゆうゆうと歩く。

 

「――」

 

 無言のまま、セイバーオルタは再び剣を構えた。

 爆煙を引き裂いて、真紅の魔皇力の斬撃が飛来する。避けようともせずに、セイバーオルタはファイナルザンバット斬の輝きを真正面から斬り裂き、打ち破った。

 巨大な翼が爆煙を吹き飛ばす。黄金の翼竜と化したキバエンペラーが高速で地表を滑空し、翼の刃をセイバーオルタへと打ち付ける。きぃん、と音を響かせて、聖剣で弾き返すと、翼竜は空中で身を捩ってもとのヒト型へと戻った。

 再び真紅と黄金の魔力をザンバットソードの刀身に滾らせて、キバエンペラーはセイバーオルタと剣を打ち合わせ、叫んだ。

 

「マスターッ! 聞こえているなら、どうか先へ進んでください……! ルーラーさえ倒せば、この戦いは終わる!」

 

 セイバーオルタは即座に聖剣に魔力を充填し、再びゼロ距離で宝具を放つ。しかし、今度はキバエンペラーも刀身に滾らせた魔力を放出することで相殺を測った。互いの魔力が反応し合い、再び大爆発を起こす。地べたがめくれ上がり、壁が崩れ去る。轟音を響かせ、城が揺れる。

 

 再び視界を爆煙が覆い尽くす中、戦兎は顔を煤だらけにしながら起き上がった。セイバーオルタの一撃で変身は強制解除させられたが、キャスターが防御力にバフをかけるスキルを発動してくれていたお陰で、最悪の事態だけは避けられた。

 

「はぁ……はァ……」

 

 胸元の衣服が大きく切り裂かれ、そこから血がにじみ出ている。ビルドの装甲とキャスターのスキルのたまもので、骨までは達していないが、それでもそれなりの苦痛だった。

 ベルトから、過度なダメージに耐えられず火花を吹き出しているスパークリングボトルを引き抜き、足元に投げ捨てる。ボトルが内包していた成分が内側で暴走し、スパークリングボトルだったものは粉々に砕け散った。

 ふらつく体を、キャスターが支える。

 

「大丈夫か、マスター」

「……行くぞ、キャスター。俺たちは先に進む」

 

 セイバーオルタと剣をぶつけ合うキバエンペラーを後目に、戦兎は苦渋の決断を下した。

 シャドウバーサーカーを万丈ひとりに任せることも、セイバーオルタをネロひとりに任せることも、戦兎の本意ではない。けれども、誰かがそれをやる必要がある。

 戦兎には、戦兎にしかできないことがある。

 

「ゲンムに対して、もっとも相性がいいのは俺のビルドだ。俺が、この戦いを終わらせる」

 

 もうもうと立ち込める煙の中を、戦兎は進む。

 戦兎に勝利の希望を託し、今もなお強大な敵と剣をぶつけ合う仲間たちを思うと、胸の傷などなんでもないように思われた。この程度の傷は、立ち止まる理由にはならない。

 

「付き合おう、マスター」

 

 胸の傷の痛みが、僅かに軽くなった。キャスターが得意とする生体調整の魔術で、傷口の止血が行われたためだ。

 上階へと続く階段を登りながら、戦兎は手の甲に刻まれた令呪を輝かせる。煌々ときらめく魔力の光が、煙に覆われた視界を赤く照らす。ちらと振り返ったとき、セイバーオルタと剣を切り結びながら、キバエンペラーは小さく頷いた。

 

「ネロ……俺がゲンムを倒すまで、絶対に倒れるんじゃねえぞ。魔力なら、好きなだけくれてやる……!」

 

 一緒に戦うと約束した仲間に、マスターとしてしてやれることはあまりにも少ない。それでも、これで少しでもキバエンペラーが本来の力を発揮できるなら、残り二画しかない令呪の片方を費やすことに、なんの躊躇いも感じない。

 

 セイバーオルタはすぐに戦兎の行動に気が付き、キバエンペラーの魔皇剣を弾き上げて、己の聖剣に闇の魔力を充填させた。だが、赤黒く輝く宝具の輝きが解き放たれることはなかった。

 

「――ッ」

 

 眩い真紅の輝きを纏った魔皇剣が、上段から振り下ろされる。一撃に込められた魔力の総量でいえば、最前までのそれとは段違いであることは明白だった。

 セイバーオルタは戦兎への攻撃を即座に中断し、振り下ろされた魔皇剣の一撃に備えた。再び互いの魔力が激突し、衝撃と閃光があたりを覆った。

 

   ***

 

 城の最奥に位置する玉座の間に、鼻歌が響く。

 玉座に深く腰掛けた檀黎斗が眺めているのは、空中に浮かんだホログラムのモニターだった。迷路と化した戦場で戦う面々の映像や、エントランスホールで戦うふたりのサーヴァントのリアルタイム映像が同時に映し出されている。

 手元のテーブルに置かれたノートパソコンには、緑色のガシャットを接続した機器がケーブルで繋がれていた。パソコンの画面には、ガシャット完成までの進捗率を示すゲージが表示されている。もうすぐ百パーセントに達しようとしていた。

 

「どこまでも愚かな連中だ。なんの策もなしに殴り込んで、最強のラスボスであるこの私に勝てると本気で思っているのだから」

 

 得意げにほくそ笑んで、膝の上で組んでいた足を組み替える。

 そのとき、部屋の扉が開け放たれた。廊下の向こうから不躾に飛び込んできたのは、他ならぬ桐生戦兎と英霊キャスターのふたりだった。眦を決して黎斗を睨めつけるふたりを、黎斗は嘲笑を浮かべたまま冷徹な目で見下した。

 

「ようやく来たか。待っていたよ、桐生戦兎」

 

 軽く手をかざして、空中に浮かぶホログラムモニターを消す。

 手すりに両腕を乗せて、重い腰を上げた檀黎斗の腹部には、既にゲーマドライバーが装着されていた。両の手のひらには、白と黒のガシャットがそれぞれ握りしめられている。

 

「ルーラー……檀黎斗。悪いがここで決着をつけさせてもらう」

 

 『MAX HAZARD ON!!』

 

 戦兎は懐から取り出したハザードトリガーのスイッチを押し込み、腹部のビルドドライバーへと差し込んだ。

 以前ゲンムを敗北へと追いやったスパークリングボトルが、既にセイバーオルタによる一撃で粉砕されていることを、黎斗は知っている。

 

「今更そんな暴走スイッチに頼るとは……ふふん、ラスボスを前に万策尽きて血迷ったか? 桐生戦兎」

「……俺をここにたどり着かせるために、今も戦ってるバカなやつらがいる。自分よりも強いってわかりきってるのに、それでも真正面から挑んでいく、どうしようもないバカたちが」

 

 戦兎は、笑った。けれども、その笑みが自棄になった笑みのようには、黎斗には見えなかった。

 

「救いようがないな……そのバカどものために、暴走のリスクを犯してでも私を倒すと?」

「違う。ハザードトリガーは暴走装置なんかじゃない。おまえを倒して、みんなであのラボに帰る……! これは、その明日をビルドするための力だ!」

 

 次に戦兎が取り出したのは、これまで黎斗が見てきたどのボトルとも形状の異なる、棒状のボトルだった。それを軽く降って、真ん中で折りたたむ。縦長だった一本のボトルが分割され、二本分のボトルへと変形する。それを、ビルドドライバーへと叩き込んだ。

 

 『RABBIT and RABBIT!』

 

 兎をかたどった真紅の紋章がふたつ、ベルトの前面に投影される。

 黒鉄色の鋳型が、戦兎を前後から挟み込むかたちで姿を表した。

 

 『Are You Ready?』

 

「変身ッ!」

 

 戦兎は決然と構えを取り、ベルトのレバーを回転させた。

 どこからかやってきた赤いウサギ型のロボットが、その体をバラバラに分割し、暴走形態であるはずの黒のビルドの表面に装甲として取り付いた。

 

 『オーバーフロー!』

 『紅のスピーディージャンパー!』

 『ラビット・ラビット!』

 『ヤベーイ! ハエーイ!』

 

 メタリックレッドにきらめく装甲をその身にまとい、仮面ライダービルドは、未だかつて黎斗が見たことのない形態への強化変身を果たした。

 仮面ライダーダークキバにすら追いすがったオーバーフローを最初から起動して変身するその形態が、従来のビルドとは一線を画すスペックであることは、黎斗にもわかる。

 

「おもしろい……! ンならばその力ァ、ラスボスであるこの私が試してやろォうッ!」

 

 黎斗もまたガシャットのボタンを押し込み、それをベルトへと装填した。

 

「グレードエックスゼロ……変身ッ!」

 

 眼前に現れたゾンビのホログラムウインドウを突き破ったとき、檀黎斗の姿は白と黒の仮面ライダーへと変わっていた。

 庭園で無限に湧き続ける量産型のゲンムとは違う、本物のグレードエックスゼロだ。ゲンムは、ラビットラビットとなったビルドと、互いに間合いを計り合う。

 互いが互いに絶好の間合いを見出した一瞬の刹那、ふたりの仮面ライダーの刃が激突した。

 

   ***

 

 迷路と化した庭園の一角に、開けた場所があった。

 ほんの数分前までは美しく手入れの行き届いた緑の庭園だったその場所は、既に一面が火の海と化している。木々は燃え、地面は抉られ、無骨な土色を呈している。

 英霊がぶつかり合うにはあまりにも狭い空間の中を、燃え盛る龍が駆ける。八匹の溶岩龍が、たったひとりの獲物を喰らわんと、その顎門を開けて襲いかかる。

 

「███▃▃▅▅███▅▅▅ッ!!」

 

 力任せに振るわれた漆黒の聖剣が、最初の一匹目の頭を叩き潰し、溶岩を爆裂させる。飛びかかる溶岩すら意に介さず、仮面ライダーブラッドは二撃目の聖剣を振り払った。放たれた衝撃波が、二匹目の溶岩流を真っ二つに引き裂き、またも爆裂させる。

 

「うぉおおおおおらぁあああああッ!!」

 

 今度は、龍とともに燃える炎の仮面ライダーが破竹の速度で飛び込んできた。背中のスラスターからマグマのジェットを噴射させ、燃え盛る炎を振り上げて間合いに飛び込んでくる。

 ブラッドは、血のような赤の葉脈で覆われた黒の聖剣を振るい、最低限の動作でクローズの剣を弾き返し、閃いた刀身でクローズのマグマの装甲を斬り裂いた。同時に表面のマグマが爆発し、ブラッドの一撃による威力を減衰させる。

 

「――ッ!!」

 

 だが、ブラッドには――ランスロットには見えていた。

 爆発の合間を縫って、的確にクローズを殺すための剣の軌跡が。

 マグマの炸裂によって再び間合いを取られる前に、目にも留まらぬ速度で二度三度とクローズの装甲に剣の攻撃を叩き込む。クローズの装甲表面に刻まれた真紅のキズが、光を放った。

 刹那、装甲に刻んだキズを起点に、爆発的な魔力が膨れ上がった。ゼロ距離で聖剣の魔力を解き放つ、ランスロットの必殺宝具――縛鎖全断(アロンダイト)過重湖光(オーバーロード)だ。

 クローズの装甲を中心に、周囲の巨石を跡形もなく消滅させるほどの魔力の輝きが爆裂した。

 

「う、おおぉぁああああああ――ッ!?」

 

 一瞬の絶叫。常人ならば生きていられるはずもない魔力爆発。

 しかし、ランスロットは勝利を確信して剣を収めるような愚は犯さない。

 爆煙が晴れたとき、火の海と化したクレーターの中心に、クローズマグマはいた。無様にも地べたに這いつくばって、それでもクローズは地面を殴りつけて立ち上がった。

 最前まで振るっていたビートクローザーは既に消し飛んでいる。

 

「……」

 

 無言のまま歩み寄ったブラッドの剣が、再び閃いた。

 赤黒い魔力の輝きを内包した剣の一閃が、クローズの鎧を斬り裂き、炸裂する。地面を浅くえぐりながら吹き飛んだクローズは、背中を巨石に打ち付けて止まる。脆くなっていた石が崩れ去り、クローズに重くのしかかる。

 ここにいたるまで、既に何度となくクローズには致命傷ともなりえる一撃を叩き込んでいる。まともな兵士ならば立ち上がれるはずのない一撃を、何度も、何度も。

 だが、それでも――。

 

「う、ぉぉ……おおおおッ!」

 

 クローズは、立ち上がった。

 のしかかる瓦礫を払い除けて、燃え盛る炎の男は立ち上がった。

 既に武器もなく、体力も限界を越えているはずの男の闘志は、一秒前よりも確実に膨れ上がっている。ランスロットは、そこに燃え盛る太陽を幻視した。

 

「俺はもう、負けらんねェんだよ……! ここで折れたら……今、この瞬間! 死ぬ気で戦ってるバカ野郎どもに、顔向けができねェッ!」

 

 ふらつく足取りで前進し、周囲の炎を集め、溶岩龍の手甲を形作る。

 ブラッドの動きが、止まった。混濁する意識の中で、ランスロットの脳裏をよぎったのは、かつてともに戦った太陽の騎士の姿だった。

 

「▃▃██▅▅█████▅▅▅ッ!?」

「うぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

 ブラッドの絶叫すら掻き消す裂帛の叫びを響かせて、燃える炎の男は駆け出した。

 真正面から飛び込んできたクローズの腕を、聖剣の一撃で叩き落とし、逆にすくい上げるような軌道を描いて、魔力迸る聖剣をクローズの装甲表面に叩きつけた。再び、炸裂する。

 吹き飛んだクローズは、巨石に激突し、崩折れた。

 だけれども、それでもなお、立ち上がる。何度打ち据えても、何度叩き伏せても、何度でも、何度でも、クローズは立ち上がる。

 この戦いは、まだ終わらない。そう簡単に終わらせることができる戦いではない。それを、ランスロットは妙に冴え始めた頭で思考する。

 思考とは裏腹に、ランスロットの体は、徐々に重くなりはじめていた。

 

   ***

 

 ビルドとゲンムの剣が激突するたび、幾重にも火花が舞っては落ちる。その繰り返しの中で、ふたりの仮面が肉薄する。

 ゲンムの仮面の下で、黎斗は嗤った。

 

「愚かな男だ、貴様は仲間たちの力でここにたどり着けたと本気で思っているゥ!」

「なに……!」

「貴様らが戦力を分散して攻め込んでくることをォ、こォの私が計算していないとでも思ったか、バカめェッ!」

「……っ!」

 

 フルボトルバスターを振り上げて、ゲンムの大剣をかち上げる。

 すかさず、キャスターが展開したビットからの支援砲撃がゲンムを襲った。

 ゲンムは、放たれたレーザーを剣で打ち払いながら、地べたを転がって距離をとった。

 

「貴様は身をもって知るだろう……既に終わりのクロニクルは始まっているということを!」

「おまえ、なにが言いたい」

「既に貴様の仲間たちのもとには、最強のラスボスを完成させるための最後のピースが放たれているゥ! それを知りもせずこんなところまでノコノコとォ……だから貴様は愚かなのだ! もはや何人たりとも、こォの私の計画を止めることはできないィ! ヴェエアハハハハハハハハァッ! 」

 

 両腕を広げて高らかに哄笑を響かせるゲンムを前に、ビルドは再びフルボトルバスターを構え直した。

 

「だとしても。俺の仲間たちは、必ず乗り越えるさ」

「フン、天才物理学者の返答とは思えないな桐生戦兎ォ! これからなにが起こるのか知りもせず――」

「おまえこそ、知らないのか?」

「――……なに?」

 

 ゲンムの嘲笑を遮る戦兎の声に、さしものゲンムも笑いを止める。

 ビルドはフルボトルバスターを緩くおろすと、己の指先で自分のこめかみをつついた。

 

「バカってのは、ときに俺たち天才の想像を越えた奇跡を起こす。物理法則を覆す……! それは、独りよがりな計算でしか物事を測れないおまえには、決して生み出せない力だ!」

 

 ゲンムは最前までの狂ったような笑みを消し去り、深く息を吐いた。

 

「……フン。不愉快な男だ。いいだろう、ならばその行く末に待つ破滅を、身をもって知るがいい!」

 

 ビルドの周囲の床に、闇が広がった。

 そこから、無数の兵隊が湧き出てくる。仮面ライダーゲンムの装甲を身に纏ったゾンビの群れだ。

 意思を持たず、本能だけで動くゾンビの群れが殺到する。ビルドは、フルボトルバスターを振り抜いて、最初に迫ってきた群れを纏めて薙ぎ払った。

 

「ラブアンドピースを胸に掲げて戦う限り、俺たちは絶望なんてしない」

 

 ここまでともに戦ってきた仲間たちを胸に思い描き、誰にも見えない仮面の下で、戦兎は笑った。

 

   ***

 

 ランサーによって撃破され、消滅したゲンムの数は、既に本人にもわからない。とにかく、溢れ出るゲンムを片っ端から倒し、打ち砕き続けた。戦兎との約束の通り、一匹たりとも、戦兎達のあとを追わせることはしなかった。

 事ここに至るまで、ランサーの鎧にも、そのきめ細かな肌にも、ただひとつの傷さえも見受けられない。意思を持たぬゾンビが何体群れたところで、一騎当千の英霊であるランサーに太刀打ちできるはずもないことは、火を見るより明らかだった。

 

「――」

 

 ふいに、ランサーは槍を振るう手を止めた。

 ゲンムの群れが、一斉に地べたの闇の奥へと姿を消してゆく。

 代わりに、城の方向から現れたのは、黒と薄緑の装甲を身をまとったひとりの仮面ライダーだった。

 仮面の意匠は、ゲンムとよく似ている。だが、ここまで無数になぎ倒してきたゲンムの群れとは、本質的に空気感が異なっている。 

 

「そなたは……」

 

 油断なく槍の切っ先を向ける。

 緑のライダーは無言のまま立ち止まった。

 およそ人らしい意識を感じない。殺意もなければ、敵意もない。意思のない人形と相対しているような違和感を、ランサーは覚えた。

 

「この期に及んで人形を差し向けてくるとは……この長尾景虎、随分とナメられたものですね」

 

 笑顔のまま吐き捨てるランサーに対し、薄緑のライダーは両腕で静かにベルトを叩いた。

 

 『PAUSE(ポーズ)

 

 巨石に阻まれた空間に、電子音が鳴り響く。

 

「――がっ」

 

 なにが起こったのかを理解するよりも先に、ランサーはその場に崩折れた。槍が手からすべり落ちる。地に膝を付き、喉の奥から這い上がる血をごぼごぼと吐き出して、前のめりに倒れ込む。全身の鎧は、既に砕けて散らばっていた。

 地に顔をつけるのは、これが初めてだった。

 

“ばか、な――”

 

 見開かれた瞳に、下手人たる仮面ライダーの後ろ姿が映る。

 薄緑のライダー――仮面ライダークロノスは、既にランサーを見ていない。次の獲物を求めて、迷宮の奥へと消えていった。




TIPS
【セイバーオルタ】
 その真名は騎士王アルトリア・ペンドラゴン。
 第四次聖杯戦争にて脱落したセイバーの霊基を、檀黎斗がそのまま収容し、改造した堕ちたる騎士。
 かつてセイバーとして第四次聖杯戦争を戦った記憶はあるものの、精錬にして潔白たる騎士王の意識は既にない。
 聖杯によって得られる無尽蔵の魔力を糧に、ただ眼前に現れた敵を処理するためだけに戦う殺戮兵器である。

【宝具】
擬人展開/卑王鉄槌(エクスカリバー・モルガン)
ランク:C 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000人
 抑止力によって奪われた『約束された勝利の剣』の代わりに、檀黎斗神が与えた疑似宝具。
 原典のエクスカリバーが持つ神秘性はなく、ただ黎斗の『神聖杯』から供給される無尽蔵の魔力を極光に変えて打ち出すことにのみ特化した、見せかけだけの聖剣である。
 この宝具の恐るべき点は、エクスカリバーが元来持つ神秘性などでは断じてない。聖杯から受ける魔力供給を、そのまま暴力的な魔力に変えて放出する、その得意性である。
 通常の宝具と違い、この宝具には魔力を充填する必要すらなく、何度でも連射することができる。
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