仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

4 / 34
第4話「八華のランサー」

 新都側に位置する海浜公園に隣接する形で、無味乾燥なプレハブ倉庫が延々と連なった倉庫街がある。ランサーの言った通り、夜ともなれば人通りも絶え、住宅街からも程遠いこの場所は、なるほどサーヴァント同士の戦闘を行うにはうってつけの舞台と思われた。

 

「この場所は……」

「知ってるのか、キャスター」

「ああ、少々覚えがある」

 

 戦兎よりもひと一人分ほど遅れて歩くキャスターの眉間には、いつにも増して皺が深く刻まれているように戦兎は感じた。キャスターはかつて行われた第四次聖杯戦争の経験者だ。この場所でなにかがあったのであろうことは想像に難くない。

 

「さあ、ここまで来れば邪魔が入る恐れもないでしょう」

 

 戦兎の先を歩くランサーが立ち止まった。戦兎らも、ランサーから十メートルほど距離を置いて立ち止まる。

 

「俺が勝ったら、キャスターの話を聞いてもらう。いいな、ランサー」

 

 戦兎の提案を受けて、ランサーの表情は笑顔のまま凍りついたように見えた。けれども、それも一瞬だ。ランサーは嬌笑を上げた。

 

「あははははははははっ! 戦の前になにを言い出すのかと思えば、私に勝てる気でいるとは面白い。そういうことは勝ってから言うものですよ、キャスターのマスター」

 

 鮮烈な笑顔を浮かべたまま、行人包を取り払ったランサーの銀髪がふわりと舞った。美しく艷やかな銀色に交じる黒が、身に付けた黒の鎧と白の装束が、戦兎の脳裏に荘厳華麗なる白虎を連想させる。ランサーの腕には、既に魔力によって精製された槍が握りしめられていた。いつでもかかってこいと言わんばかりに、ランサーは腰を低く落とし、槍を両腕に構える。

 キャスターはあからさまに嘆息してみせた。

 

「どうやらあちらはよほどの自信家と見える。残念ながら、戦闘は避けられなさそうだな」

「まったく問題ない。俺としても、()()()がこの世界でどこまで戦えるのか実験しておきたかった。むしろ絶好の機会と考えるべきだ」

「いいだろう、私のスキルで援助する。マスターは思うさま戦いたまえ」

 

 多分に諦念の籠もった笑みを零して、キャスターは戦兎の後方へと下がる。ここまで来たら、戦闘を回避することは不可能であることを、キャスター自身理解しているのだろう。

 

「ああ。支援は任せた、キャスター」

 

 戦兎は懐からビルドドライバーを取り出し、前進する。

 キャスターの持つ固有スキルには、自軍の攻撃力と防御力をそれぞれ上昇させる効果がある。神秘を纏わぬ戦兎のライダーシステムでも、キャスターの軍略スキルの影響下であればサーヴァントと互角以上に戦えるだろう、というのはキャスターの見込みだった。

 ビルドドライバーを腹部へとあてがうと、バックルから飛び出した帯が、ひとりでに戦兎の腰へ巻き付き、ベルトとしての機能を果たす。次いで取り出した赤と青のボトルを、戦兎は耳元で振った。

 

「さあ、実験を始めようか」

 

 かしゃかしゃかしゃ。ボトルに内包された成分が活性化する。戦兎の後方から、空中に描かれた数々の数式が前方へと流れてゆく。

 微笑みは緩めぬまま、訝しげにこちらを見やるランサー。物珍しそうに見慣れぬ数式の数々を見上げるキャスター。その両者に見せつけるように、戦兎は二本のボトルをベルトへと装填した。

 

 『RABBIT!』『TANK!』

 『BEST MATCH!!』

 

 ドライバーのボトル装填部の隣に位置する円盤、ボルテックチャージャーが赤と青に発光し、けたたましい変身待機音声を掻き鳴らす。ベルトのレバーを掴み、くるくると回転させる。戦兎の前方と後方とを挟み込むように、ドライバーから伸びた試験管が前と後ろで半分ずつ、ひとの形を形成する。試験管の内部を流れる赤の成分と青の成分が、試験管内部を満たして装甲をかたちづくった。

 

 『Are You Ready?』

 

「変身!」

 構えをとった戦兎の体を、前後から試験管によって形成されたひとがたの装甲が挟み込んだ。途端に戦兎の全身がボトルの成分によって形成された赤と青のアーマーに覆い尽くされる。

 ベルトの音声が、高らかに鳴り響いた。

 

 『鋼のムーンサルト!』

 『ラビットタンク!!』

 『イエーイ!!』

 

「勝利の法則は、決まった!」

 倉庫街をまばらに照らす街灯の明かりよりもなお眩く、煌々と蒼銀の輝きを放つ複眼を、ビルドとなった戦兎は指先でなぞった。

 

「風花雪月――月下に舞い散る白銀の花。八華のランサー、ここに推参!」

 

 対抗するように、切っ先が六叉に分かれた槍をぶんと振り回したランサーは、再度油断なく構えをとり、名乗りを上げる。ランサーの身から放たれる法外な魔力の波濤を、戦兎はビルドの装甲越しに確かに感じ取った。

 

「いざ、尋常に……勝負ッ!」

 

 開戦はすぐだった。槍を構え駆け出したランサーは、速い。速度だけでいうなら、エボルトの高速移動にも匹敵するのではないかと思わされた。

 ビルドはガンモードに変形させたドリルクラッシャーを取り出し、引き金を引いた。連続で放たれた光弾は、さながらドリルのように高速回転しながらランサーへと急迫する。そして、戦兎はすぐに異常に気付かされることになった。

 

「運は天に在り」

「……ッ」

 

 無数の弾丸を放つが、ビルドの放った弾丸は、ただの一発も命中しない。ランサーの間合いに入った時点で、槍に弾かれるでも回避されるでもなく、弾の方からランサーを避けるように軌道が逸れるのだ。

 

「鎧は胸に在り」

「なんだ、弾が……当たらねえぞ!」

 

 ランサーの槍は既にビルドの前方二メートルほどにまで迫っていた。ビルドは銃撃を諦め、即座にドリルクラッシャーをブレードモードに組み換える。サーヴァントを前にして、武器の変形による隙はあまりに大きかった。

 

「手柄は足に在りッ!」

「うおッ!?」

 

 上段から振り下ろされた槍の一撃を、ドリルクラッシャーで受ける。柄と刀身を両手で支えるビルドの腕に、一瞬遅れて今の一撃によってもたらされた痺れが伝播する。みかけによらず、相当な威力の攻撃を繰り出してくることはわかった。

 ビルドはドリルクラッシャーで槍を跳ね上げ押し返し、反撃に出ようと踏み込むが、一瞬ののち、仮面の下で瞠目することになった。

 

「なっ……」

 

 槍を跳ね上げられたランサーが、もう既に次の一手に移っている。右腕には跳ね上げられた槍を掴んだまま、左腕には最前まで存在しなかった刀が握られている。

 間髪入れずにランサーの追撃がビルドを襲った。

 振り下ろされた刀をドリルクラッシャーで受けると、今度は横薙ぎに槍が迫る。防ぐ手立てを持たないビルドの胸部装甲を槍が直撃し、魔力による閃光と火花が舞い散った。

 

「ッ、これがサーヴァントの力か、思ってた以上だ。だったら!」

 

 よろめきながらも後方へと飛び退り、ビルドは二本のボトルを新たに取り出した。紫と黄色のボトルだ。短くボトルを振ったビルドは、それをドライバーへと装填する。

 

 『NINJA!』『COMIC!』

 『BEST MATCH!!』

 

「ビルドアップ!」

 二色の試験管からなるひとがたが、追撃をせんと飛び込んできたランサーの行く手を阻む。けれども、それも一瞬だ。紫と黄色、二色の装甲に体を挟み込まれたビルドの姿は、既に異なるフォームへと意向していた。

 

 『忍のエンターテイナー!』

 『ニンニンコミック!!』

 『イエーイ!!』

 

 ベルトの音声が鳴り止む頃には、既にランサーとの距離は縮まり、互いが互いの合間に踏み込んでいた。右腕にドリルクラッシャー、左腕に『4コマ忍法刀』を構えて、ランサーの動きに追随するのが目的だ。忍者ボトルの能力で、夜間の戦闘における反応速度がめざましく上昇している。

 

「はあっ!」

 

 ランサーの槍をドリルクラッシャーで受け止め、矢継ぎ早に振るわれた刀を忍法刀で弾き返す。同時に、ビルドは忍法刀のトリガーを引いた。

 

 『分身の術!』

 

 忍法刀に描かれた四コマ漫画のうち、()()()()()が発光し、電子音声が術の名を告げる。漫画(コミック)に描かれるイラスト調の煙が三次元に立体化し、ビルドの姿を覆い隠したのもつかの間、瞬く間にビルドは二人に分身を果たした。

 

「ッ、面妖な技を……!」

 

 ランサーの槍がビルドを突いたかに見えた。そこに手応えがないことは、他ならぬランサー自身が気付いていることだろう。槍を引く頃には、漫画調の煙の演出とともに、三人目のビルドが姿を現していた。その全員が、忍法刀を逆手持ちで構え、腰を低く落としてランサーを睨めつけている。

 

「なるほど。サーヴァントならざる身ながら、武芸は達者のようですね。しかし、それでいつまでも凌げるなどと思われているのであれば……片腹痛し痒し!」

 

 ランサーの間合いへと踏み入ったビルドの忍法刀を、ランサーの槍が薙いで払う。そのまま逆方向から飛び込んで来たビルドを刀で制し、薙ぎ払った槍の切っ先はそのまま三体目のビルドの刀を弾き返した。構わず飛び込んで来るビルドを、ランサーはその槍で、刀で、ことごとくいなしてみせる。

 分身したビルドは、巧みに飛び交いランサーを翻弄しながら目にも留まらぬ速度で互いの武器を相克させる。魔力と科学の衝突による衝撃波が、ふたりを起点に暴力的な奔流となって吹き荒れる。軒を連ねるプレハブ倉庫の外装が軋みを上げて歪む。ランサーの振るう槍の切っ先が掠めただけで、外装のトタン材が引き剥がされ、舞い上がる。

 人知の埒外にある超人同士の衝突のさなか、ビルドの忍法刀に描かれた()()()()()が輝いた。

 

 『火遁の術!』

 

「これならどうだ!」

 三人のビルドが構える忍法刀の刀身が、ごうと燃え盛る炎に包まれる。一人目のビルドは、ランサーの下方から。二人目のビルドはランサーの上段から。三人目のビルドは後方から回り込んで畳み掛ける。相手が人間の姿をしているからといって手加減をしてよい相手ではないことを、戦兎は既に理解していた。

 

「甘いッ!」

 

 ランサーの両手に握られる武器は、既に上下両端に刃がついた長大な薙刀へと持ち換えられていた。十全たる魔力の輝きを横溢させるその刃で、ランサーはまず上段と後方のビルドに同時に対処した。ランサーの魔力とビルドの炎がかち合って、轟音とともに爆煙が舞い上がる。その煙幕を裂いて飛び込んだビルドの攻撃を受け止めたのは、通常の剣よりも刀身の幅が広い禡祭剣(ばさいけん)だった。

 

「――でやぁあああああッ!!」

「ッ、いくつ武器持ってんだよ!」

 

 ランサーの神々しいまでに輝く魔力をみなぎらせた禡祭剣と、燃え盛る火遁の刃が激突する。生じた衝撃を利用して、両者後方に大きく飛び退った。ランサーの表情は、さも愉快とばかりに歪んでいた。

 

「あっはははははッ! なかなかやりますね、マスターの身でありながらここまで私に追いすがるとは」

「お生憎様、こっちもそれなりの修羅場はくぐり抜けて来たんだよ」

 

 なんでもないように笑う戦兎だが、内心は振る舞いに反して穏やかではなかった。

 この敵は、生半可な実力では倒せない。おそらく戦闘能力だけで言えば、ハザードレベル四を超えるライダーシステムにも匹敵している。既に三十合以上ランサーの槍と相克して、戦兎はその事実をまざまざと突きつけられていた。エボルトとの戦いでスペックが低下している今のビルドで戦うには荷が重い相手であるように思われた。

 

 ――だけれども、戦兎の戦意は決して折れてはいなかった。

 

「そっちの攻撃速度はわかった。だったら、次はこいつだ」

 

 分身を解除しひとりに戻ったビルドは、構えを解いて新たなボトルを取り出した。コミックよりもやや濃い黄色と、青緑色のボトルだ。耳元で二本のボトルを振ったビルドは、それをドライバーに装填した。

 

 『LION!』『SOUJIKI!』

 『BEST MATCH!!』

 

「ビルドアップ!」

 ライオンボトルと、掃除機ボトル。黄色と青緑で描かれた紋章(ライダークレスト)が、ドライバーの前方に浮かび上がった。この戦闘に入ってから披露する、三つめのベストマッチだ。

 いつの間にか武器を最初の六叉の槍に持ち換えていたランサーは、その切っ先を地面へ下ろし、涼し気な微笑みをたたえてビルドに流し目を送る。あくまで新たなベストマッチを正面から破るつもりなのだろう。

 

 『たてがみサイクロン!』

 『ライオンクリーナー!!』

 『イエーイ!!』

 

 黄金の獅子と、青緑の掃除機。新たに精製された二色の装甲に身を包んだビルドが、左腕に装着された掃除機のノズルを軽く掲げ、構えをとった。

 

「おや、今度は金と青緑ですか。いったいどんな手品を見せてくれるんです?」

「手品じゃない。てんッさい物理学者、桐生戦兎が披露する科学実験さ。お前にも付き合ってもらうぞ、ランサー!」

 

 努めてとぼけた口調で答えつつ、掃除機を模した青緑の複眼と、獅子を模した黄金の複眼でもってランサーを睨め付ける。ランサーは笑顔を絶やすことなく、右手に握りしめた槍を構え直し――踏み込み、跳んだ。

 瞬く間に距離を詰めて飛び込んで来た槍の一撃を左腕に装着された掃除機のノズルで受け止め、逆に右腕に装備したドリルクラッシャーで突く。ランサーはそれを日本刀で受け流し、逆にビルドの胸部へと刀の切っ先を突き出した。

 ビルドが数歩後退し、火花と魔力による閃光が舞い散った。けれども、痛みはない。ランサーが撒き散らした魔力の残滓を、左腕の掃除機で吸い取る。すると、肩に装着されたコンバーターが稼働して、魔力だったものがビルドのエネルギーへと変換されてゆく。

 

「はあああっ!」

 

 構わずランサーは槍による刺突を繰り返した。ビルドはもう、防御の姿勢をとろうとはしなかった。

 目が覚めるような魔力の煌めきを撒き散らしながら、ランサーの槍がビルドを襲うが、いかなる攻撃であろうとも今のビルドを傷つけるには至らない。ランサーの攻撃による結果は、ビルドの体が僅かに傾くだけにすぎず、攻撃のたびに舞い散った魔力はビルドの左腕に吸収され、エネルギーへと変換されてゆく。

 

「ああ、なるほど。そういうカラクリですか」

「今度はこっちの番だ!」

 

 ランサーから吸収した魔力で出力を上げたビルドのドリルクラッシャーによる一撃を、ランサーは槍を上段に構えることで受け止めた。ランサーはなおも笑っている。既にライオンクリーナーの秘密は見抜かれている様子だった。

 ライオンクリーナーのボディには、かつて英雄ヘラクレスが倒したとされる()()()()()()の逸話を再現した能力が備わっている。獅子が持つ己の爪以外、あらゆる文明兵器による攻撃を無力化するネメアの獅子。その逸話は、この仮想世界においてもスペック通りの能力を発揮するらしい。

 

「あははははッ、まったくなんとも卦体(けたい)な技を」

 

 説明するまでもなく、幾度かの攻撃を経てライオンボディの能力に当たりをつけたランサーが、槍の攻撃を緩めた。数歩分後方へと飛び退り、ランサーは槍の切っ先をビルドのベルトへと向け直した。

 

「――秘密はその腰帯(ベルト)にあると見ました」

 

 ビルドを相手取って、一筋縄ではいかないと判断しているのは、ランサーとて同じだった。通常の戦闘であれば、こうも打ち合えば手数が尽きる。けれども、ビルドはボトルを巧みに組み替えて、ランサーの攻撃に対処してくる。これ以上、ボトルを組み替える暇を与えずに、始末する必要がある。

 

「その仮説が正しいかどうかは、自分で実験してみな? できるもんならの話だけどな!」

「ふふ、面白い人ですね。そうこなくては……!」

 

 楽しい、と思う。緒戦にして血が滾る。きっとビルドは、ランサーの次なる戦術にも何らかの手を打って、対処をせしめて見せるのだろう。次はどんな姿でランサーの血を滾らせてくれるのか。どんな戦術でランサーをもてなしてくれるのか。それを思うと、悽愴な笑みが漏れる。

 

『戯れ合いはそこまでだ、ランサー。これ以上、勝負を長引かせるな』

 

 どこからともなく、冷淡な声が響き渡った。

 辺りを見回すビルドに対して、キャスターは驚いた風でもなく目線を伏せたままだった。

 この場所に、ランサーのマスターが来ている。どこかから直にランサーの戦闘を傍観し、直接指示を下している。

 

「わかりました。我が主がそれを望まれるなら」

 

 他ならぬ主人(ケイネス殿)の命令であるならば、逆らう道理もない。一切の遊びを廃し、ビルドのベルトを破壊しよう。槍の構えを改めて、ランサーは深く腰を落とす。遊びを廃すと判断してなお、ランサーの顔に刻まれた笑みは深まるばかりだった。

 対抗するように、ビルドもまた掃除機のノズルと化した腕を掲げ、構える。

 

「待て、そこまでだ、マスター。ランサーも、矛を収められよ」

 

 一触即発の張り詰めた空気を乱したのは、ビルドのサーヴァントたるキャスターだった。

 

「ランサーのマスター――いえ、時計塔より参られし客将、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト卿とお見受けする。我々は、貴殿に仇成すものではない」

 

 キャスターの手には、いつの間にか羽扇が握られていた。この場の全員が沈黙する。ランサーも、ビルドも、ケイネスも、誰しもがキャスターの次の言葉を待った。

 

「我々を味方につけることの有用性、とくとお見せしよう」

 

 手にした羽扇を振るう。キャスターを中心に、赤い魔力の輝きがアスファルトの地面を伝い、広がってゆく。描かれた魔法陣は瞬く間に風水で用いられる奇門遁甲の陣をかたちづくった。ビルド、ランサーのみならず、連なるプレハブ倉庫、デリッククレーン、海面を問わず広範囲を囲い込むように描かれた魔法陣の中で、ランサーは狼狽する。

 

「これは……!」

「奇門遁甲、八門金鎖の陣」

 

 かつて中華の軍師、諸葛亮孔明が用いたとされる伝説上の陣形。地べたに描かれた奇門遁甲の魔法陣は、まさしく伝承に語られた通りの八門金鎖を描いていた。

 八門金鎖の魔力光が、この場に居合わせた第三者の影を炙り出す。漆黒のローブに髑髏の面で素顔を覆い隠した英霊が、デリッククレーンの上に佇立し、全員を見下ろしていた。

 気配遮断のスキルが無効化された今、暗殺者(アサシン)の英霊の姿を秘匿するものはなにもない。

 

「ッ、なぜ気配遮断が……!?」

「第四次のアサシンが分裂能力を備え、冬木市をくまなく見張っていたことは調査済みでね。こんな派手な戦闘を起こせば、すぐに偵察に来ることは予測できた」

 

 デリッククレーンの上に立つアサシンを見上げ、キャスターは不敵に頬を釣り上げた。

 

「そして、我が石兵八陣に嵌ったが最後。お得意の気配遮断も意味をなさない」

 

 アサシンは逃走を図るべく、漆黒のローブを翻した。ランサーが追撃をしかけんと踏み出すよりも早く、アサシンの動きを掣肘するように、夜空を裂いて真紅の石柱が降り注ぐ。石柱はそのまま八門金鎖の陣をなぞるように反り立ち、アサシンの動きを妨げた。

 ランサーに緩い笑みを送ったキャスターは、己のマスターへと向き直り、語気を強めた。

 

「逃がすなマスター。奴を仕留めろ!」

「なーんかよくわかんねぇけど、やっちまっていいんだな、キャスター」

「どうせ倒しても逐次湧いてくる敵だ、気に病むことはない」

 

 ビルドの返事は、短い首肯ひとつだった。

 

 『RABBIT!』『TANK!』

 『BEST MATCH!!』

 

「ビルドアップ!」

 ドライバーに装填された赤と青のボトルが輝いた。最初に変じた赤と青の装甲がビルドの姿を覆い隠し、兎と戦車の能力を備えた形態へと変身を完了させる。

 

 『鋼のムーンサルト!』

 『ラビットタンク!!』

 『イエーイ!!』

 

 ビルドは、ドライバーに装着されたレバーを高速で回転させた。最初に聞いた変身待機音が再度流れる。空中に描かれた見慣れぬ数式が、キャスターの八門金鎖の陣の合間を流れてゆく。

 

 『Ready Go!』

 

 (ラビット)の左足が大地を穿ち、ビルドは高く跳躍した。

 空中に描かれた数式のグラフが、質量をもってアサシンを挟み込む。X軸の先端に固定されたアサシンから、月夜に跳んだビルドまでの距離を結ぶようにグラフが展開されていた。

 

 『Vortex Finish(ボルテック・フィニッシュ)!!』

 

「はぁああああああああああああああああッ!!」

 戦車(タンク)の右足に装着されたキャタピラが、高速回転する。

 グラフの斜線を滑るように加速したビルドの蹴りが、アサシンの胴体に突き刺さった。唸りを上げるキャタピラが、アサシンの霊基を削り取る。

 

「うぉぉおおおおおおおッ!!?」

 

 アサシンの断末魔が響く。漆黒のローブごと、エーテルでつくられた体が削り取られ、粒子となって崩壊してゆく。

 一瞬ののち、ビルドのボルテック・フィニッシュ(ライダーキック)がアサシンの霊基を爆散させた。燃え上がる爆炎を背にしながら、地面へ着地したビルドは己の複眼から伸びるアンテナをなぞった。

 

「って、なんだあいつ、ランサーに比べたら全然大したことない敵だったな」

「今のアサシンは群体の一部だ。そういう風に自分を分割して顕現できる能力の持ち主でね。だからまだ息の根を止めたわけではない」

 

 かつ、かつ、かつ。革靴の足音を高く響かせて、キャスターは魔法陣の中を歩く。この陣形の中にいる限り、いかなる気配遮断も意味をなさず、キャスターの前に姿を現す他なくなるのだ。不用意に接近してきたアサシンは片端から仕留めればいい。

 

『なるほど。どうやら只者ではないようだな。いったいいかなる手段をもってそれほどの情報を得た?』

 

 魔術迷彩によって、発生源と主の正体が秘匿された声が淡々と響く。八門金鎖の中に踏み入った時点で、姿を隠すことに意味はないのだが、キャスターとて無理に声の主を炙り出すつもりはなかった。声の主を、キャスターは既に知っていたからだ。

 

「ケイネス卿。故あって情報の出どころはまだ秘せざるを得ないのですが、少なくとも我らは御身を支援するため馳せ参じた身。キャスターの陣営ではあるものの、アーチボルト陣営に仇成す気概などは毛頭ありません」

『……そんな胡乱な言葉を信じろと?』

「我らは互いに聖杯を求め相争う身、信じられないことも無理はありますまい。……ですから、まずは我らの持つ情報を開示しましょう。その上で我らを味方につけることの意義について、じっくりと吟味して頂きたい」

 

 数瞬の沈黙が流れた。キャスターの言葉を信じるべきかどうか、悩んでいるのだろう。ランサーはただ粛然と槍を下ろし、ケイネスの指示を待つばかり。

 

暗殺者(アサシン)のサーヴァントを擁する者の情報。それから、遠坂とアインツベルンの持てる戦力について。その他、私の知る限りの情報をお伝えする」

 

 追撃とばかりにキャスターは言葉を続ける。

 ケイネスの返答よりも先に、黄金の魔力がひとところに集約していくのを、その場の全員が目撃した。英霊として備わった霊感が、凄まじいまでの存在感を放ちながらやってきた第四の英霊に対してけたたましいまでの警鐘を鳴らしている。

 キャスターとランサーが、ほぼ同時に身構えた。

 

(オレ)の情報を知っているからなんだというのだ」

 

 どこまでも冷たく、極寒の湖面を思わせる凛冽な声音だった。

 黄金の霊子が、地上十メートルほどの高さに位置する街灯のポールの頂上に集積し、ひとりの霊基を顕現させる。全身に鎖を巻きつけた黒衣の男。肩からかけた真紅のマントを風になびかせて、溢れる王威を隠しもせずに眼下の三人を睥睨している。

 キャスターは困惑した。

 あんなサーヴァントは知らない。

 腰元には、鎖で結び付けられた剣がさげられている。黒塗りの柄に、黄金の装飾。刀身そのものは、白銀に煌めくステンドグラスのように見える。それがただの剣でないことは、剣そのものが纏った豪壮な装いからも明らかだった。

 

「キャスター、あいつは」

「わからない……あんなサーヴァントは第四次にはいなかった」

 

 漆黒と真紅に彩られた第四の英霊の口元が、僅かに緩んだ。次いで、男の左右の空間に、ゆらりと黄金のひずみが生じた。水面に生じた波紋のように歪んだ無数の空間から、抜身の剣の切っ先が顔を出す。そのどれもが、男が腰にさげたものと同様の黄金の切っ先だった。

 キャスターの知る英雄王の宝具、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に酷似している。

 

「ならば、王の威容を知らぬまま滅びるがいい」

「ッ、マスター、戦闘開始だ! 油断するな!」

 

 キャスターの周囲に奇門遁甲の円盤が無数に展開される。それらすべてが、キャスターの意思に従って魔力のレーザーを照射する魔力兵器だ。ドリルクラッシャーを構えるビルドと、槍を構え見上げるランサーに向けて、男は冷笑すら浮かべながら、極めて酷薄なる処刑宣告を下した。

 

「キャスター、ランサー……二陣営揃って()()だ」




 TIPS
【八華のランサー】
 フェイトクロニクルZにおいて、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが召喚した和装のサーヴァント。銀の長髪を翻し戦うその姿は、さながら戦場に咲く白銀の華。
 ランサーのクラスで限界してはいるものの、槍だけでなく、薙刀、刀、禡祭剣など無数の武器を巧みに操って戦う。その実力は折り紙付きで、戦兎の変身した仮面ライダービルドをも窮地に追い込むほど。
 戦場を駆ける麗人は、その瞳になにを映し、笑うのか。それは誰にもわからない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。