仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第5話「再演のソードレジェンド」

 夜空に無数に煌めく黄金のひずみの中から顔を出した剣先が、一斉に下方のキャスターとビルド、ランサーへと向けられた。底冷えするような殺意の波濤を総身で受け止めたビルドは、すぐさまキャスターを抱え、ラビットの脚力を活かして後方へと跳び退いた。唸りを上げて射出された剣が寸前までビルドがいた場所を穿ち、コンクリートの破片と砂埃を舞い上げる。地面はクレーター状に抉られていた。

 ランサーも同様に跳んでいた。しかし、方向はビルドとは真逆だ。降り注ぐ剣の雨を掻い潜り、時に鉾を振るって剣の軌道を逸しながら、凄まじい速度で黒と赤の英霊が佇立する街灯へと接近し、鉄で出来たポールを根本から薙ぎ払った。ランサーの鉾に切断された鉄柱はバターのように容易く斬り裂かれ、地響きを立てながら倒壊してゆく。

 黒と赤の英霊は己の足場が崩壊するよりも先に、身を翻し跳んでいた。漆黒のコートが風に舞う。危なげなく着地した男は、なおも悠然と眼前へと迫るランサーを睥睨する。

 

「ほう、この(オレ)を同じ大地に立たせるか。雑種の分際でよくもやる」

 

 男は――セイバーは笑った。感情を感じさせない、冷徹な笑みだった。

 ランサーは既にセイバーの間合いの内側に飛び込み、鉾を振りかぶっている。神速たる勢いで迫るランサーの攻撃に対し、今から腰の剣を抜いて応戦するのでは遅すぎる。はたから見ていた戦兎にもそれはわかった。けれども、セイバーが黙って斬り伏せられるとも、戦兎には思えなかった。

 セイバーは、急迫する鉾へ向けて左手をかざした。掌に刻印された蝙蝠にも似た紋章が、闇の波動を放つ。ランサーが振るう鉾は、そこから先には進まなかった。

 再び、セイバーの頭上に黄金の波紋が無数に広がった。そのすべてから、黄金の剣が顔を出す。ランサーはセイバーへの攻撃を断念し、後方へと跳び退いた。射出された剣がランサーを追う。ランサーの膂力をも越える圧をもって降り注ぐ剣すべてを打ち払うことは出来ないと即座に判断したのだろう、ランサーは迎撃よりも回避に徹し、必要最低限の動作で鉾と刀を振るい、降り注ぐ剣の軌道を逸した。

 

「援護するぞ、マスター。ここでランサーをやられるわけにはいかん」

 

 キャスターの提案に、戦兎はビルドの仮面の下で嘆息した。

 

「あぁもうッ、まだ万全には程遠いビルドで、できればあんなのと戦いたくなかったんだけどな」

「奴を倒さなければこの聖杯戦争を勝ち抜くなど夢のまた夢だぞ」

「ったく、仕方ねえな……! そういうこと言われちゃ、断るに断れないでしょ」

 

 セイバーが現れたときから、きっと戦兎はこうなることが頭のどこでわかっていた。だから、ここで尻尾を巻いて逃げることはしない。

 ビルドは、新たに二本のボトルを取り出し、軽く振った。

 しゃカしゃカしゃカ。ボトルの成分が内部で撹拌される。ビルドはそれを勢いよくドライバーに叩き込んだ。

 

 『GORILLA!』『DIAMOND!』

 『BEST MATCH!!』

 

「ビルドアップ!」

 ボトルから抽出したふたつの成分が、茶色と水色のエネルギーとなって、ドライバーから発生したチューブを通して新たな半身(ハーフボディ)を形成する。

 黄金のひずみが、今まさに姿を変えようとするビルドへとその剣先を向けた。キャスターの奇門遁甲型のビットから放たれたレーザーが剣を迎撃するが、その程度では止まらない。剣は一斉にビルドへ向けて射出された。

 

「マスターッ!」

 

 剣がビルドを前後から挟み込むように展開されていたスナップライドビルダーへと殺到する。

 刹那、炸裂。巻き起こった爆炎の中から、新たな姿へとビルドアップを完了したビルドが、右腕に装着した巨腕を振り上げ飛び出した。

 

 『輝きのデストロイヤー!』

 『ゴリラモンド!!』

 『イエーイ!!』

 

「はぁあああああああッ!」

 駆け出したビルドへ向けて放たれる剣を阻むように、空中に無数のダイヤモンドの壁が形成される。剣はビルドが精製したダイヤモンドの壁にその切っ先を突き刺し、一瞬は速度を緩めた。けれども、壁にはすぐに亀裂が走った。まもなく放たれた剣はダイヤモンドのバリアを打ち砕き、ビルドへ向けて殺到するが、その速度は大幅に低下していた。ビルドは腕に装着した巨腕・サドンデストロイヤーで降り注ぐ剣を薙ぎ払い、前進する。ゴリラモンドは、こと物理的な攻撃に対して絶対的な防御力を誇るベストマッチフォームであった。

 

「ほう」

 

 セイバーがほくそ笑む。けれども、戦いの構えを取ろうとはしない。なんら武器を手にすることなく、セイバーはただ悠然と佇立して迫るビルドを睥睨するだけだった。

 

「ハァアアッ!」

 

 ビルドの巨腕が、セイバーの手前で地面を殴り付けた。ゴリラボトルのエネルギーを叩き込まれたコンクリートの地面は、ビルドを中心に亀裂が入り、地中へと流し込まれた凄絶なる衝撃がセイバー目掛けていくつもの土柱を舞い上げ、奔る。

 セイバーは黄金の剣を射出しながら後方へと跳んだ。着地地点には、既に鉾を振り上げたランサーが先回りしていた。

 

「いざ、つかまつるッ!」

「よかろう。ここまで我に追いすがった褒美だ」

 

 未だ空中に滞空したまま、セイバーは微かに笑った。腰にさげていた鞘から引き抜いた白銀と黄金の魔剣を振りかざし、空中で身を翻したセイバーはランサー目掛けて急降下する。刹那、白銀の魔剣とランサーの鉾が激突した。互いの魔力が閃光となって散る。

 

 ランサーには、最前までのビルドとの戦闘でやってのけたように、セイバーの一太刀を打ち返すことはできなかった。一撃が、予測していたものよりもずっと、重たく、鋭い。ならばとばかりに、ランサーは両腕で構えた己の鉾に魔力を漲らせ、その切っ先に眩い輝きを宿らせる。

 ふん、とセイバーが鼻を鳴らした。

 

「なっ」

 

 ランサーの鉾に宿った魔力の輝きが、まるでなにかに吸い上げられるように消失してゆく。代わりにセイバーが振るう魔剣の、ステンドグラスを思わせる白銀の刀身が、紅く妖しく煌めいた。

 途端にランサーの勢いが削がれた。なおも膂力を弱める気配のないセイバーの剣が勢いを増す。

 

「先の勢いはどうした、雑種」

 

 これ以上、このセイバーと正面からかち合うことはできない。それはランサーにとって苦渋の決断だった。ついには鉾が押し切られる前に身を翻し、後方へと跳んでセイバーの間合いから離脱する。

 

「く……ッ」

 

 退避の刹那、押し切られたセイバーの魔剣が、ランサーの胴体を袈裟斬りに浅く斬り裂いた。鎧ごと皮膚の表面を断たれ、滲んだ血が白の装束を汚す。ランサーは膝をついた。けれども、それも一瞬だ。すぐに体内へと流れ込んできた魔力が、ランサーの傷を癒す。マスターであるケイネスによる治癒だった。

 やおら立ち上がったランサーは、鉾を構え直し、セイバーの魔剣を睨んだ。あの剣がランサーの身体を斬ったその瞬間、刀身そのものが血を啜るように紅く煌めいたのを、ランサーは見逃さなかった。

 おそらく、あの剣は、斬り合った相手の魔力を吸う性質を持っている。正面から力技でかち合うのは、あまり賢い戦術ではない。

 

「我が魔剣の性質に気付いたか。ならば次はどうする?」

 

 セイバーは小首を傾げ、頬を緩め笑う。再び空中に穿たれた黄金の穴から、大量の剣が射出され、ランサーへと殺到する。ランサーは飛び退いてかわしながら、その幾つかを魔力迸る鉾と刀で迎撃した。射出された剣は容易く軌道を逸らされ、周囲の地面を抉る。どうやら、複製された魔剣には魔力を吸う機構は搭載されていないらしい。

 

「はぁああああああッ!」

 

 横合いから飛び込んでかたビルドが豪腕を振り上げて、セイバーへと挑む。ビルドの豪腕がセイバーの魔剣と激突するが、今度はセイバーの魔剣は輝かなかった。

 

『――ランサー、我がサーヴァントよ。お前はあの剣をどう見る』

 

 ランサーの脳裏に、直接ケイネスの声が届く。遠距離からの念話だ。

 

“あれは……どうやら、斬った対象の魔力を吸い上げる性質を持っているようです。まるで剣そのものが獲物の血を啜るように”

 

『……ふん、忌々しい。やはり最も警戒すべきはセイバークラスだったか』

 

 憎々しげにケイネスはぼやいた。

 ランサーの観察する限り、ビルドの豪腕とセイバーの魔剣は幾度かかち合ってはいるが、最前のように魔剣が紅く輝くことはない。おそらく、ビルドが魔力を用いて戦う戦士ではないからだろう。

 だけれども、地面をひっくり返すほどのエネルギーを持ったビルドの豪腕を相手に互角以上に立ち回ってみせるあのセイバーの魔剣は驚異的だ。セイバーの剣術そのものから見ても、手練であることは間違いない。時折セイバーを援護するように空中から現れる黄金のゲートと、そこから射出される魔剣の複製もまた、攻略の難易度を跳ね上げている。

 ランサーは、鉾を握り直し、油断なく構えをとった。目線の先に、セイバーと相克するビルドの姿を見据えて。

“ケイネス殿。ここはかの者らの提案を呑み、いったん停戦協定を結ぶというのはいかがでしょう”

 

   ***

 

 岸壁間際の集積場に積み上げられたコンテナの山の隙間から、切嗣はそっとワルサー狙撃銃の銃口を覗かせ、埠頭で相克する人外たちの剣戟を薄緑のスコープ越しに観察していた。

 切嗣は、外部から状況を俯瞰し、戦いの趨勢を見守っていた。

 マスターでありながら二色の装甲に身を包み、自ら戦場に躍り出る男と、そのサーヴァントと思しきスーツの男。それから、いかにも時代錯誤な中華風の鎧を身に纏った白銀のサーヴァント。そして、黄金の魔剣を幾重にも射出する、黒と赤のサーヴァント。

 少し離れた場所に、倉庫の屋根の上に身を潜めてランサーに指示を出す男――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがいることは既にわかっている。戦場の反対側に陣取った舞弥のスコープも、既にケイネスを標的に収めている。今、切嗣と舞弥が十字砲火を仕掛ければ、まず間違いなくケイネスを仕留めることはできるだろう。けれども、状況があまりにも特殊過ぎる。

 英霊であるアサシンを仕留めてみせたあの男の存在もそうだが、見たところ黒と赤のセイバーの戦闘力はあまりにも桁違いだ。キャスター陣営とランサー陣営が徒党を組んで戦っても、勝てるかどうかはわからない。ここでわざわざ切嗣が戦いの渦中に身を投じる必要性は、さして感じられなかった。

 

「舞弥、アサシンとセイバーのマスターは見つかったか」

『いいえ。恐らく、この場所にいるのはランサーのマスターだけです。アサシンが撃破されても、周囲の人影は動きませんでした』

 

 インコムの向こうから、小さく女の声が返ってくる。切嗣よりも戦場に近い位置に陣取らせた舞弥からの報告だ。キャスターの奇門遁甲の範囲の外に陣取らせたのは僥倖だった。ここで舞弥の存在が衆目に晒されることは切嗣にとっても避けたい。

 おそらく、アサシンのマスターは言峰綺礼とみて間違いないだろう。言峰綺礼のアサシンによる偵察の上で、遠坂時臣の駒であるセイバーが動く。今回は、アサシンが思いのほか早い段階で仕留められたことで功を焦った遠坂が、一気に決着をつけにきたのかもしれない。まだ七騎の英霊が出揃っていない状態で仕掛けるあたり、遠坂はあのセイバーに余程の自信があるとみえる。

 

『どうする、マスター。私の宝具であれば、あたり一帯纏めて吹き飛ばすことくらいはできるが』

 

 切嗣よりも更に離れた地点に待機させた赤の弓兵からの念話だった。アーチャーは、切嗣や舞弥のように電子機器を使わずとも、己の鷹の目ひとつで戦場の仔細を観察することができる。狙撃には自信があると宣うアーチャーを配置につかせたはいいが、当のアーチャーから届いた念話には、嘲りの色が含まれているように感じられた。アーチャー自身も、今自分が進言した戦術が効果的でないことを理解した上で、切嗣を試しているのだろう。

 

「そのご自慢の宝具で、奴ら全員を仕留めきれる自信はあるのか」

『あいにくだが、全員を仕留められるかと問われれば、答えはノーだな。戦場を荒らすことを目的とした狙撃というのであれば、不可能ではないがね。もしくは、誰かひとりを標的(ターゲット)に決めて仕留めにかかるか』

「そうか」

 

 咥えた煙草の煙を冬の夜空に吐き出して、切嗣は冷静にスコープの向こうで相克する英霊たちを観察する。舞弥にも聞こえるように、インコムのマイクをオンにした。

 

「舞弥、アーチャー。僕らはまだ動かない。少なくとも戦闘が終了するまでは、傍観に徹底しろ。なんなら、緒戦は見送ってもいい」

 

 それが、数々の戦場を渡り歩いてきた衛宮切嗣が下した決断だった。

 切嗣が今見極めなければならないのは、あの三つ巴の決着と、派手な戦闘に誘き寄せられて他の勢力が現れるかどうかだ。漁夫の利を狙うにしても、油断している第三者を狙うにしても、この状況で戦場にくちばしを突っ込んでいくのはあまりにも愚かしい。

 案の定、切嗣の銃に装着された熱源センサーが、戦場へと急迫する新たな熱量を感知するまでに、そう時間はかからなかった。

 

   ***

 

「はは、はははは」

 倉庫街に立ち並んだコンテナの物陰に潜んだ間桐雁夜は、憎悪に血走った隻眼に三つ巴の戦いを捉え、乾いた笑みを漏らした。

 一年間に及ぶ地獄のような準備期間は、なべてこの瞬間のためにあったと言っても過言ではない。己の身を内から外から蝕む蟲の大群に身を沈め、骨の髄まで食い尽くされる生き地獄の中、それでも生き抜いてこられたのは、この瞬間だけを夢見て来たからだ。

 遠坂時臣。

 葵の夫でありながら、桜の父でありながら、あの母子の人としての幸福を踏みにじった男。間桐雁夜が欲するすべてを手に入れ、そして間桐雁夜のすべてを貶めた、憎んでも呪ってもなお足りぬ怨敵。その時臣が召喚したと思しき英霊(サーヴァント)が、今まさに雁夜の刃の届く範囲にいるのだ。

 

「殺せ……!」

 

 身を焦がす程の憎悪を滾らせて、雁夜は叫んだ。

 時臣本人は、この際後回しでいい。まずは時臣が召喚した手駒を粉砕して、聖杯戦争から脱落させる。雁夜が味わった挫折をあの男にも味わわせた上で、葵と桜の幸福を踏みにじった罪を贖わせてやる。それを思い描くだけで、狂おしいほどの興奮が体の芯から湧き上がる。

 

「殺すんだバーサーカー! あのセイバーを焼き尽くせッ!!」

 

 瞬間、雁夜の体内の魔術回路が一斉に励起する。それにともなって、鳴りを潜めていた蟲たちが蠕動を始め、雁夜の体から魔力を吸い上げる。蟲たちは、雁夜の生物としての許容量など構わず、容赦なくその肉に食らいつき、骨を軋ませ、バーサーカーへと魔力を供給させる。その苦痛すらも、時臣の屈辱に歪んだ顔を思えば些事であるように思われた。

 

 激戦のさなか、あらぬ方向から轟と吹き荒れた魔力の奔流は、その場で戦う誰しもが予期せぬことだった。

 豪腕と魔剣を競わせ相克しあうビルドとセイバー目掛けて、灼熱の炎が地面を伝い、唸りを上げて急迫する。瞬く間に炎は勢いを増し、火柱となって両者を襲う。

 

「ッ、今度はなんだよ!」

 

 ダイヤモンドの障壁を空気中に精製しながら、飛び退る。

 セイバーは、己の魔剣へと自らの魔力を漲らせ、真紅に輝く刀身をぶんと振るった。剣気として放たれた魔力が炎を掻き消す。次に全員が見たのは、最初の炎の到来によって火の海となった四車線道路の上を、青く燃え上がる少女が、炎の尾を引きながらセイバーへと急迫する姿だった。

 

「シャァァアアアアッ!!」

 

 甲高い声を響かせて、少女は空を自由自在に舞う龍のように駆ける。射出される魔剣の尽くを空中遊泳でかわしながら、少女は己の周囲に無数の青の炎弾を浮かび上がらせた。炎弾もまた、少女と同じように青の尾を引きながら一斉にセイバー目掛けて加速する。

 セイバーは呆れた様子でふうと嘆息した。空中に円陣を描くように展開された黄金のひずみから、無数の魔剣が顔を出す。今度は射出ではなく、刀身の半分程度を露出させるだけだった。けれども、炎弾を受け止めるにはそれで十分だ。乱入したサーヴァントの発する炎弾をすべて受け止め、セイバーも自らの魔剣を握り直した。

 

「ほう、今度は蛇女か。無聊の慰めにはちょうどいい」

 

 刹那、セイバーの魔剣と、蒼炎が激突した。蒼炎は魔剣と激突するや、空中で身を翻して、右から、左から、後方からと何度もセイバーを焼き焦がさんと迫る。その都度空中から出現した魔剣に阻まれ必殺のチャンスは逃すが、両者が激突するたびに辺りには炎が撒き散らされるので、戦場が火の海と化すのにそう時間はかからなかった。

 

「おいキャスター、なんなんだよ、あのサーヴァントは」

「あれも本来の第四次にはいなかったサーヴァントだが、セイバー一点狙いで仕掛けている辺り、あのサーヴァントのマスターにもおおよその予測はつく。おそらく、クラスはバーサーカーだろう」

 

 キャスターの推測の通り、蒼焔の少女は血走った瞳を見開いて、興奮した蛇のように叫びを上げてセイバーへと炎による攻撃を繰り返している。全身に纏った炎のために判別は難しいが、白い和服を身に纏った、薄緑の髪をした少女のように見受けられる。あの火竜の少女でも、セイバーを倒すには至らないだろう。

 

「どうする。あいつも援護するか」

 

 問われたキャスターは、小さく唸った。

 

「そなたたちは、あのサーヴァントについてもなにか知っているようですね」

 

 鉾を構えたまま、ランサーがキャスターとビルドの隣に並び立つ。最前までのような敵意は感じられない。

 

「知っているという程でもない。だが、恐らくあのバーサーカーの目的については私の想像の通りだろう。セイバーについては……もしかすると、部分的に知っているかも、程度だな」

 

 虚空から無数の剣を召喚し射出するという戦法に、キャスターは見覚えがあった。あのセイバーの真名自体は予想もつかないが、少なくとも、キャスターも知っている英霊の霊基を部分的に取り込んだ複合サーヴァントの可能性もある。もしもキャスターの予想の通りなら、セイバーがどの部分まであの英霊(ギルガメッシュ)の能力を使えるのかが懸念事項だ。

 ランサーは、鉾の切っ先を下ろして、正面からキャスターに向き合った。

 

「かつて多くの軍を率いて戦乱の世を駆けたそなたの軍略は、手駒の数が多ければ多いほどその真価を発揮するとみました」

「ちょっと待て。あんたキャスターの真名のこと……」

 

 ビルドの仮面の下で狼狽する戦兎を、ランサーは片手で制した。

 

「あまり(サーヴァント)を見縊らないことです。先程の奇門遁甲からなる陣形を見れば、そなたの真名など容易に想像がつく。よもや筋違いなどとは言わせませんよ、中華の軍師どの」

 

 キャスターはふ、と笑みを零した。

 

「それを見抜いてなおもそのように進言するということは、我々に協力してくれると考えていいんだな、ランサー」

「ええ、まずはあのセイバーを仕留めることが最優先です。上手くことをなせたなら、そなたたちの話を聞いてもよいと、我が主は言っています」

 

 ランサーもまた、不敵に笑った。想定になかった戦闘を介することにはなったが、これでキャスターの当初の目的は果たされることになる。ケイネス卿は、キャスターの言葉に耳を傾けることと、聖杯戦争において最大の驚異となりうるセイバーの討滅とを天秤にかけた結果、キャスターの言葉をとってくれたのだ。キャスターはそれが嬉しかった。

 

「ふ、上等だ。時計塔に名高いロード・エルメロイが味方についたとあらば、我らに敗北はない。やるぞ、マスター、ランサー。ここで可能な限りセイバーを追い詰め、情報を引き出す」

 

 キャスターは羽扇を振るった。再び、火の海と化した地面に奇門遁甲の陣が描かれる。空を覆う暗雲には、既にキャスターの魔力によって巨石を精製する準備が整えられていた。

 

「まずはセイバーの動きを封じる」

「だったら、その役目は俺が引き受けますよっと。お誂え向きに、とっておきのベストマッチがある」

 

 ビルドの手には二本のボトルが握られていた。真紅のボトルと、鉛色のボトルだった。両手に握ったボトルを振って、内部の成分を活性化させながら、ビルドは前進する。

 

「ランサー、貴殿の宝具でセイバーを仕留めることは可能か」

 

 問われたランサーは、しばし沈黙した。姿の見えない主と念話でやりとりをしているのであろうことは明白だった。数瞬ののち、ランサーは笑みを浮かべた。

 

「あのセイバーを仕留められるならば、宝具の開帳を許すと、我が主はおっしゃいました。そして仕掛けるならば、私の宝具は確実に敵を仕留めます。討ち漏らしはありえません」

「流石は音に聞こえた天才魔術師とそのサーヴァントといったところか。ならば私も、その采配を裏切るわけにはいかないな」

「ええ、ですがその為には、まずあの魔剣をなんとかしたい」

「というと」

 

 怪訝な面持ちでキャスターは問う。ランサーは、セイバーの持つ黄金の魔剣へと視線を送った。

 

「セイバーの魔剣は、接触するだけで獲物の魔力を吸い上げる性質を持っているようです。いかな必殺の宝具といえど、魔力が通らぬでは意味がない。ですから、仕掛けるなら魔剣を封じて確実なる好機を作り……しかるのち、我が宝具で一気呵成に仕留めたい」

「ふむ……魔力を吸う宝具か。厄介だな」

 

 キャスターは顎に指を添え、小さく唸った。

 

「ええ、ですがかの高名な軍師であるそなたにならば、その役目を任せてもよいものと睨みました。さて、まさか出来ないなどとは言いませんよね?」

「……ッ」

 

 ランサーの表情は、なおも涼しげな笑顔のままだった。自分の言葉がいかに難題であるかなど斟酌する様子もない。これにはさしものキャスターも眉根を寄せが、しかしここで無理だなどと答えられようはずもなかった。キャスターは動揺を表には出さぬよう努めて、ジャケットの襟を正した。

 

「フン、勝利のために必要あらば、用意してみせるが軍師の務め。その役割、無碍に断っては我が真名が廃るというもの」

「あっははは! 流石は中華の軍師どの、そうこなくては! では、以後の采配はそなたに委ねましょう。なに、心配することはありませんよ。この八華のランサー、()()の異名にかけて、我が身の栄光に泥を塗るような無様は晒しませんとも」

「……ほう。これは失敗するわけにはいかないな」

 

 呆れ混じりにキャスターは笑みを溢した。軍神、という異名は真名看破に繋がる大きなヒントだが、今はそれ以上にランサーからかけられるプレッシャーが大きい。中華に名だたる軍師のひとりとして、キャスターこそ無様な采配は許されない。肩の荷は重いが、なんとしてもここでキャスター陣営の力を見せ付ける必要がある。

 

「まったく、こいつは手厳しい限りだ」

「ああ、そうだな」

 

 ビルドの仮面の下から、戦兎の笑みが溢れる。キャスターの肩に手を軽く乗せて、ビルドは前へ歩み出た。

 

「けど、さっきまでの敵と手を取り合って戦うなんて、こんな熱い展開で、やれないなんて言えますかっての」

「ああ、その通りだな。やるぞ、マスター」

 

 キャスターも、笑った。

 こういう状況でマスターが戦いに慣れていることは、サーヴァントにとっては頼もしいものだ。十年前のライダーのマスターとは大違いだ、などと取り留めのないことを考えながら、キャスターは再び燃える戦場へと目を移した。

 眼前で戦う火竜の少女(バーサーカー)は、手にした扇子に巨大な炎を纏わせて、炎の舞いでセイバーを翻弄している。空中から幾度となく射出される魔剣をかわしながらの戦闘は消耗も大きいのか、その速度は徐々に落ち始めている様子だった。

 

「急ぐぞマスター。このままではバーサーカーがやられてしまう」

「了解。ホントのピンチになる前に、俺たちも動くとしますか」

 

 キャスターに急かされるように駆け出したビルドは、二本のボトルをドライバーに装填した。

 

 『PHOENIX!』『ROBOT!』

 『BEST MATCH!!』

 

「ビルドアップ!」

 燃える真紅の不死鳥が描かれたボトルと、頑強なる鋼鉄のボディで造られたロボットが描かれたボトルから、ドライバーはそれぞれの成分を抽出し、ハーフボディを形成する。跳び上がったビルドの体を、形成された真紅と鉛色の装甲が前後から挟み込んだ。

 

 『不死身の兵器!』

 『フェニックスロボ!!』

 『イエーイ!!』

 

「キャスター、引き続き支援は任せたぞ!」

「問題はない。存分に力を奮え、マスター!」

 

 紅く燃え上がる不死鳥の翼を舞い上げて、ビルドは夜空へ舞い上がった。翼から噴出する炎を推進力にして加速し、火の海となった戦場へと飛び込む。バーサーカーが撒き散らした炎すらも吸収した不死鳥の体は、より熱く、激しく燃え上がる。

 空中に穿たれたひずみから、剣が射出された。けれども、射出された剣がビルドへと命中するその瞬間、ビルドの体は炎となって弾け消えた。刹那のうちに、炎の粒子は一箇所へと集まり、再びビルドの姿をかたちどる。無敵の不死鳥となったビルドは一気にセイバーとの距離を詰めた。

 

「はぁあああああッ!!」

 

 不死鳥の右腕に炎を纏い、セイバーの間合いへと飛び込む。魔剣を振り払ってバーサーカーを追いやったセイバーは、間髪入れずにビルドへとその黄金の切っ先を突き出した。その攻撃も読んでいたとばかりに、ビルドの左腕に装着された巨大なロボットアームが、セイバーの魔剣を横合いから挟み込み、受け止める。

 がら空きになったセイバーの胴体目掛けて、ビルドは燃え上がる炎の拳を叩き込んだ。

 

「しつこい男だな、貴様も」

 

 セイバーはなおも余裕の態度を崩そうとはしなかった。左の掌に刻まれた紋章をビルドへと向ける。紋章から噴出した闇の波動が、強烈な風圧を伴ってビルドへと殺到し、拳に宿った炎を掻き消した。

 

「なっ、うそーん!?」

「シャァァァァアアアアアアアッ!!」

 

 今度は横合いから蒼炎に包まれた少女が飛び出した。ちょうどセイバーの退路を阻むように、空からキャスターの巨石が降り注ぐ。退路を断たれ、ビルドへの応戦の為に両腕を封じられたセイバーへと、バーサーカーは蛇を思わせる執念で急迫した。

 降り注ぐ剣の洗礼を掻い潜り、その魔剣と紋章による攻撃をも制し、燃え上がるバーサーカーはついにセイバーへと組み付いた。

 小さな掌をセイバーの胸板へと叩き付けた少女は、笑う。

 

「やっと、やっとやっとやっと……やぁっと捕まえました」

 

 見開かれた瞳。いびつに吊り上がる頬。狂気すら孕んだ剣呑なる笑み。

 少女は高らかに、謳うように声を張り上げた。

 

「燃えまぁーす!」

 

 刹那、轟と唸りを上げて、バーサーカーを中心に極太の火柱が空高く舞い上がった。極熱の火柱は瞬く間にセイバーを飲み込み、ビルドを取り込み、すべてを焼き尽くさん勢いで燃え盛る。

 一瞬遅れて、火柱の外側に、炎の粒子が集まった。粒子は再び夜空で翼を羽撃かせるビルドの体をかたちづくった。己の体を炎へと分解し、不死鳥のように何度でも蘇る。それが、フェニックスロボの特性だ。炎による攻撃は、フェニックスロボにとってなんら驚異にはなりえない。

 

「離脱しろ、マスター!」

 

 キャスターの叫び声に応え、ビルドは炎の翼を羽撃かせた。火柱から距離を取るように、ビルドの体は空中を滑るように後方へと退避する。

 

「これぞ大軍師の究極陣地――」

 

 間髪入れずに、夜空に満ちる星々の輝きを覆い隠す暗雲から、キャスターの魔力によって赤色化した巨大な石柱が降り注いだ。火柱を中心に展開された奇門遁甲をなぞるように降り注いだ無数の石柱は、セイバーとバーサーカーのふたりを奇門遁甲の陣形内部へと封じ込める。最後に、ふたりを隔離するべく、赤塗りの天井が石柱の上を覆った。

 

石兵八陣(かえらずのじん)ッ!」

 

 キャスター自らが己の宝具名を宣言することで、大軍師・諸葛孔明の宝具はその真価を発揮する。もはや脱出不可能の迷宮と化した石兵八陣(かえらずのじん)の内部から、本来上方へと突き抜ける筈だった火炎が行き場を失い溢れ出す。圧倒的な熱量を封じ込めた石兵八陣の内部は、今頃灼熱の窯と化していることは想像に難くない。

 

「これが、キャスターの宝具……」

「ですが、この程度であのセイバーを仕留めたとは思えません」

 

 ランサーは槍を構えたまま、油断なく時を待つ。ランサーに言われるまでもなく、あの炎熱に満ちた迷宮の中でセイバーが燃え尽きたなどとは、この場の誰もが思うまい。勝負は、キャスターの宝具が破られた、その時だ。

 燃え上がる炎の翼を収めたビルドは、ランサーの隣へと降り立つと、いつでもボルテック・フィニッシュを叩き込めるように右手をドライバーにかけ、構えた。

 石兵八陣の内部から漏れ出る火炎の色が、徐々に失われていく。

 全員が身構えた、その数瞬ののち、異変は起こった。

 

「なっ……」

 

 石兵八陣を形成する石柱に、光の筋が鋭く奔った。なにかに斬り裂かれたような、一寸の狂いもない直線だ。

 刻まれる光の線は加速度的に数を増やし、やがて内側から加えられる斬撃に耐えられなくなった石兵八陣は、光の粒子となって消え去った。

 バーサーカーが残した炎が、石兵八陣の中心から殺到する高圧力の魔力の奔流に押し流され、爆風となって拡散する。ビルドも、ランサーも、キャスターも、その場の全員が、反射的に己の腕で頭を覆い隠した。

 吹き付ける熱風の余波が過ぎ去った頃、ビルドは顔を上げ、そして己の目を疑った。

 

「あれは……ッ!」

 

 空中に、無数の黄金のひずみが出現していた。そのすべてから、黄金の輝きを纏った鎖が射出され、バーサーカーの全身を絡め取り、空中に吊し上げている。もはやバーサーカーは身動きすら取れず、セイバーの放った天の鎖(エルキドゥ)に拘束され、締め上げられるほかなかった。

 だが、しかし。

 全員が真に驚愕し、瞠目したのは、鎖の宝具に対してではない。

 

「馬鹿な、あの姿は」

 

 キャスターが、全員が抱いた狼狽を口にする。

 石兵八陣の中心に封じ込められていたセイバーの姿は、既に漆黒と真紅の衣服を纏った亜麻色の髪の青年ではなくなっていた。

 己の体から湧き出る魔力ひとつで燃え盛る炎のすべてを吹き消してみせたセイバーの全身は、隙間のない鎧に覆われていた。月明かりを受けて妖しく煌めくマットブラックとメタリックレッドの装甲。さながら、漆黒の闇を真紅の鮮血で彩ったような鮮烈さすら感じさせられる。

 セイバーが放出した魔力の余波で、とうに周囲の街灯の明かりはすべて吹き飛んでいだ。闇夜の中で、セイバーの顔を覆う仮面の大部分を占める複眼は、煌々と輝くエメラルドグリーンに彩られていた。同様の輝きを放つ宝玉が、胸部装甲には三つ埋め込まれている。

 

「仮面、ライダー」

 

 その姿を、他ならぬ戦兎が見紛うわけもない。何事もなかったかのように戦場に佇立し、悠然たる姿勢で一同を睥睨するセイバーのその姿は、まさしく仮面ライダーと呼ぶに相応しい鎧姿であった。


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