仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第7話「エルメロイ会談」

 冬木ハイアットのスイートルームに備え付けられたワイドテレビのスピーカーから響く慌ただしい報道が、室内を賑わせている。ブラウン管の画面に映された興奮状態のレポーターを、戦兎はしげしげと眺めていた。

 

「この時代じゃ、高級ホテルとはいえ流石にまだブラウン管か……いや、液晶ディスプレイじゃないのは当たり前として、プラズマテレビですらないぞ。懐かしいな」

「おい、マスター。余計なことに興味を持つな。ああ、魔術師の工房にある私物に不用意に手を触れるんじゃない」

 

 部屋の主たるケイネスの目を盗んで、テレビ本体に手を触れようとした戦兎の脇をキャスターが肘で小突いた。戦兎は軽く咳払いして、テレビ画面から視線を外す。部屋の奥の一室から、ランサーのマスターたるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが姿を現した。傍らにはそのサーヴァントたるランサーも追従している。あいも変わらず涼し気な笑顔をたたえてはいるものの、あのランサーに一切の油断がないことを既に戦兎は知っている。不意を打ってマスターであるケイネスに危害を加えでもしようものなら、先にランサーの一撃を受けることは明白だった。

 戦兎はビルドドライバーをテーブルに置いたまま、ケイネスに向き直る。ビルドに変身するための装備は今、戦兎の手中にないことをアピールする目的があった。

 

「さっきの倉庫街での戦いは、原因不明の爆発事故ってことで片付けられたらしいな」

 

 深夜の番組編成を変更して伝えられる臨時ニュースの内容をそのまま伝えると、ケイネスはさもどうでもよさそうに鼻で笑い、高級ソファに深々と腰を落とした。

 

「聖杯戦争の痕跡を余人に知られぬように工作する、それが聖堂協会の務めだ。今頃なにも知らぬ警察官どもは、喜び勇んでこれ見よがしに()()()()()()()爆発物の痕跡でも拾い集めていることだろう」

 

 ケイネスの返答を聞き終えて、ひとまず最前の好奇心による呟きを聞き咎められたという可能性がないことに安堵した戦兎は、微かに頬を緩めた。

 

「そして、その聖堂協会から連絡が入った。アサシンのサーヴァントは先の戦闘によって正式に脱落とみなされ、マスターは教会に保護されたとのことだ」

「茶番ですな。此度の聖杯戦争におけるアサシンは群体のサーヴァント。一騎撃破されたとて、アサシンのマスターにとってなんら痛手にはなりえない」

 

 本来の聖杯戦争の参加者が知り得るはずのない情報を滔々と語るキャスターに、ケイネスは、ふむ、と小さく唸った。傍らに佇立したままのランサーの微笑みにも、キャスターに対する疑念が見える。口元に対し、目元が笑っていなかった。

 

「キャスターよ。貴様はなぜそうも他陣営の情報に明るいのか、そろそろ納得のいく説明が欲しいのだが」

 

 ケイネスの語尾は上がっていた。詰問の形式に近い。

 

「その説明をするためには、まず私という英霊の特異性についての説明からしなければなりますまい」

「三国時代の歴史に名を馳せた軍師、諸葛亮孔明。貴様という英霊の名は、当然私も聞き及んでいるとも。だが、その真名以上に特異なことがあると?」

「確かに私は仰るとおりの中華の英霊に相違ない。しかし、同時に、まったく異なる人間の知識と記憶も、この霊基には取り込まれているのです」

「なに、まったく異なる人間だと」

 

 ケイネスが怪訝そうに眉根を寄せる。怪しまれていることは明白だった。

 

「ええ。サーヴァントとは、過去現在未来、すべての時間軸から時空を越えて喚び出される人理の影法師。私という英霊は、この時代からみて未来となる時間軸に存在する人間の魂が、諸葛孔明によって取り込まれたもの」

「ほう……貴様は諸葛亮孔明そのものではなく、未来人でもある、と。そう言いたいのかね」

「ええ、流石はロード・エルメロイ、話が早くて助かります。英霊にも色々と種類がありましてな。今回の場合でいうと、諸葛孔明そのひとは自分自身が直接現界させられることを望まなかった。ゆえに、その知識と記憶、能力、宝具といったあらゆるパーソナルを私に明け渡し、私を新たな英霊……疑似サーヴァントとしたのです」

 

 一拍の黙考ののち、ケイネスは唸るように口を開いた。

 

「ううむ。にわかには信じがたい話だが……貴様が孔明の逸話からなる宝具を使った以上、その霊基を宿していることは事実なのだろう。だがそうなると、今ここにいる貴様のもう半身とやらは、いったいどこの誰だというのだ」

「それに関しては……現段階ではまだ、秘せざるを得ない」

「ほう」

 

 ケイネスとランサーの視線が一段と鋭くなったのを、戦兎は見逃さなかった。流石に居心地が悪くなってきたが、しかし、戦兎が口を出すわけにはいかなかった。ケイネスとキャスターが会話を始めた時点で、戦兎は一切横槍を入れず話を合わせろと事前に伝えられていたからだ。

 

「私としても、伝えられるものならば伝えたい。しかし、今、この時間軸において()()()()()()()()()()()()について、未来人である私が言及することはできないのです。話せることは、()()()()()()()()、もしくは()()()()()()()()()のみ。さもなくば、歴史改変とみなされ抑止力を発動させかねない」

「なるほど理屈はわかる。確かに貴様の言葉を嘘と切り捨てるだけの状況証拠を今の私は持ち合わせてはいない。だが、そうなると貴様は、このロード・エルメロイにどこの誰とも知れぬ馬の骨の言葉に耳を貸し、その言葉に踊らされろと……そう言いたいのかね」

「我々が敵でないことだけは信じて頂きたい……なぜなら、私もまたアーチボルトの末裔。今はまだレディ・ライネスの名代、とだけしかお伝えすることはできないが、少なくとも御身に危害を加えることは、未来の私自身の不利益に繋がるのだから」

「ライネスだと、我が姪の?」

 

 瞠目したケイネスが、毒気を抜かれて僅かに目線を上げた。今度はランサーが口を開いた。

 

「英霊の座とは、確かにあまねく時代の英霊を招集するもの。そういうこともあり得るのかもしれませんが……未来に関する事象は伝えられないと言っておきながら、我がマスターの末裔であるという事実は隠さなくてもよいのですか」

「私がレディ・ライネスの名代という肩書を賜るのは、この時代から見て四年ほど後のことになる。この情報だけならば、未来に対する確度は低い」

 

 ケイネスは顎に指先を触れたまま押し黙った。

 

「聡明なロード・エルメロイなら、ここまで話せばお分かりでしょう。私にとって第四次聖杯戦争は()()()()()。私は、貴方が残した輝かしい武勇伝を後の世に伝えるもの。第四次聖杯戦争に参戦した他の陣営について知っているのも、それが理由です」

「なるほど、君の言いたいことはわかった。仮に君の言葉を真実だと定義したとして、私の輝かしい武勇伝、とはいったい如何なるものか。そこまで言うからには、君の知る私は当然此度の聖杯戦争には勝利したのだろうな?」

「ええ、もちろん」

 

 キャスターは一切の淀みなく朗々と語り出した。

 

「私の知る記録では、勇将ロード・エルメロイは征服王イスカンダルの召喚にこそ失敗するものの、代替として召喚したフィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナと共に戦場を駆け、他の有象無象の尽くを打ち倒し、見事聖杯を掴み取ったものとされています」

「ほおう?」

 

 ケイネスの頬があからさまに緩んだ。思っていたよりも反応が良かったことにまず戦兎は驚いた。キャスターは滔々と続ける。

 

「それらはすべて、ケイネス卿の卓越した采配と統括あっての成果。今後の貴方と、奥方であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ嬢の躍進によって、長らく睨み合っていた時計塔の各派閥はエルメロイの名のもとに統一され、アーチボルト門閥の未来は確かなものとなる。それが私の知る記録」

「そうか……ふふふ。年を食ってからも大人気なく本気を出してしまうか、私は」

 

 戦兎は瞠目した。時計塔の派閥争いに関してはほぼ無知だが、戦兎にも己がサーヴァントがけっこう無茶苦茶なことを言っているのはわかる。このケイネスという男が、煽てられることに弱いことを戦兎はなんとなく把握しはじめていた。

 

「ああソラウ嬢といえば、貴方の書斎に恋文の下書きが残されていましたよ。たしか書き出しは『麗しき我が想いの君よ、その瞳には朝露の輝きを宿し……』」

「ええい、やめんか! もういい! キャスター、貴様が未来のライネスの名代であることはよく理解したから、それ以上はもう……!」

 

 血相を変えてケイネスはキャスターの言葉を遮った。奥の部屋のドアへちらちらと視線を送っている。キャスターから聞いたケイネスの情報から考えても、あのドアの向こうにソラウが」いることは明白だった。

 キャスターは満足げに頷いた。

 

「おお、ようやく信じてくれましたか、ケイネス卿」

「ふん。イスカンダルもディルムッド・オディナもともに本来私が召喚する筈だったサーヴァント。管財科の手違いでかの英雄たちの聖遺物は失われてしまったが、そも、ディルムッドの聖遺物の紛失については身内のみしか知らぬ事実。それをそこまで知られている以上、認めぬわけにもいくまい」

「それもすべては私の言葉が事実である証左。といっても、この時間軸におけるケイネス卿のサーヴァントがディルムッド・オディナでなくなっていたことは私にとっても慮外の事実ではありましたが」

「おや、私では不服ですか、キャスター」

 

 ランサーが圧のある声音で笑った。

 

「いや、そうは言っていない。ランサーの実力は先の戦闘で身を以て知ったばかり。おそらく、ディルムッドと比べてもなんら遜色はないだろう……そう、戦力だけで言えばなんの問題もない」

「我がサーヴァントがディルムッド・オディナでなくなった時点で、君の知る未来からは既に乖離してしまっている、と。君はそう言いたいのだな、キャスター」

「おお、流石はケイネス卿だ、重ね重ね理解が早くて助かる」

 

 キャスターにしてはあからさまな感嘆だったが、ケイネスは得意げに笑みを深めた。

 

「おそらく、未来人である私がこうして過去に介入したことで、未来は改編され確度を失っているのでしょう。遠坂陣営のセイバー、間桐陣営のバーサーカーは既に私の預かり知らぬサーヴァントに置き換わり、キャスター陣営にも私というイレギュラーが当てはめられていることがその証左。私の知る本来の歴史ではセイバーを召喚していたアインツベルンも、まず間違いなく別の英霊を喚び出していることでしょう」

「ふむ、なるほどな。既に未来は異なる歴史へと進み始めているというわけか」

「だが、だからと言ってこの聖杯戦争、アーチボルト陣営以外を勝利者にさせるわけにもいかない。此度の聖杯戦争には、ケイネス卿だけでなく、今はまだ名もなき魔術師でしかない私の未来もかかっているのです。というわけで、我々は聖杯戦争の参加陣営でありながらも、御身にアーチボルトの栄光の(きざはし)を確実に築いていただくため、馳せ参じた次第であります」

「君の状況については理解した。では、君のマスターの……」

「桐生戦兎だ」

 

 視線を向けられた戦兎は、反射的に名乗りを上げた。

 

「よかろう、では桐生戦兎くん。君の望みはいったいなんなのだね」

「俺の、望み」

「聖杯戦争に挑むからには、当然あるのだろう? 万能の願望機に託すだけの願いというものが」

 

 一瞬、返答に窮した戦兎だったが、問いに対する答えはひとつしか思い浮かばなかった。

 

「俺は……ラブアンドピースのために戦ってるんだ」

「なに?」

 

 ケイネスに続いて、キャスターも怪訝そうに戦兎に視線を向ける。

 

「俺は、愛と平和のために仮面ライダービルドになった。それはこの聖杯戦争でも変わらない。私利私欲のために力を使おうとするやつに、聖杯を渡すわけにはいかない……――だから、俺はそんなやつに聖杯を渡すくらいなら、キャスターが信じるあんたに聖杯を獲って欲しい。それが俺の戦う理由だ」

 

 途中から取り繕うように言葉を続けたが、概ね嘘は言っていない。むしろ、ことここに至るまでの出来事を考えれば、事実と言っても過言ではない筈だ。嘘をつかずにすかさずキャスターが戦兎の言葉を引き継いだ。

 

「そういうことです。彼は魔術師としては外様も外様。まっとうな魔術刻印すら受け継いでいない素人のようなもの。しかし、その在り方に嘘がないことはこの諸葛孔明が保証しましょう。彼の性質は紛れもなく善です。御身に仇成す存在ではない」

「ふむ……よかろう。君がそこまで言うなら、今は信じるとしよう。しかし、ならば君が使っているそれは一体なんなのだ? あのアサシンを撃破した、仮面ライダービルドとは如何なる技術で造られている」

 

 ケイネスは、テーブルの上に置かれたままのビルドドライバーを指差した。

 

「ああ、これは」

「マスター、ここは私が説明しよう」

 

 言葉に詰まりかけた戦兎を、キャスターが片手で制す。

 

「これは未来のアトラス院において開発された、魔術と科学の複合技術。時計塔からは未来のエルメロイの号令のもと、降霊科(ユリフィス)現代魔術科(ノーリッジ)が投資を行っています。科学によって開発された近代兵器の攻撃力と、動植物の特性を活かした臨機応変な戦術を強みとした特注の魔術礼装。これこそがプロジェクト・ビルドの産物。私が未来から持ち込んだ理論を、魔術師でありながら天才科学者でもある我がマスターが組み上げたのです」

「ほう、君が」

 

 ケイネスは感心した様子で頷いた。まためちゃくちゃなことを言い始めたな、とは思ったが、戦兎はもうなにも言わず、ただ静かに頷くだけにしておいた。

 

「とは言うがな、私にアトラス院との繋がりはない。むしろ私はあの偏屈たちを毛嫌いしている。今後どのような未来が訪れようとも、あの悲観主義者たちと手を取り合うことなどない……ないと、思っていたが」

 

 しばしぶつぶつと独り言を発したのち、ケイネスは笑った。

 

「いや、あり得ぬ話ではないな!」

 

 戦兎はもう驚かなかった。ケイネスは間違いなく優秀な将なのだろうが、おそらくエリート街道をひた走ってきたがゆえに、かえって外敵に騙されるという境遇を経験せずにここまで来た男なのだろう。それを理解しているからこそ、キャスターはケイネスを最初に味方につけようと考えたのではないかとすら戦兎は疑っていた。

 

「ふふ、私もそろそろ降霊科と鉱石科だけでは派閥争いの切り札には足りないかなと思っていたのだよ。なにか別口の研究にも手を付ける頃合いかとね。うむ、しかしまさかそんな方向にも才能あったとはなぁ私」

「無論、技術的成果だけでなく、ソフィアリ家の経済的援助によるところも大です。プロジェクト・ビルドの術式構築に至るまでの莫大な経費が賄えたのも、貴方と未来の奥方様との仲睦まじい私生活あってのことで」

「いやあ、フハハ。魔術の求道にばかり専念してきた私が、はたして家庭人として成功できるかどうか一抹の不安はあったのだがね。そうか……そうかあ、フハハハハ!」

「ン、ンンッ」

 

 ランサーが咳払いをした。最前まで笑っていたケイネスの表情が、途端に引き締まる。

 

「いかんいかん、私としたことが、浮かれている場合ではないな。此度の聖杯戦争でも史実通りに勝利を掴む為には、まずはあのセイバーを討滅する必要があるわけだが。勝算はあるのかね、キャスター」

「勿論。初見で不覚を取ったとして、二度目の戦闘を無策で迎えるようでは、私という軍師は歴史に名を刻んではいない」

「ほう、それは頼もしい限り。して、その策とはいったい」

 

 その時、不意にえ付けの防災ベルがけたたましく鳴り響いた。非常を告げるベルの音は、室内のどこにいても聞こえるように設計されている。耳を弄する騒音に、その場の全員が意識を向けた。

 

「なんだ、なんの騒ぎだ」

 

 ケイネスの疑問に答えるように、備え付けの電話がベルを鳴らした。部屋の主たるケイネスは静かに受話器を取り、電話口の声へと耳を傾ける。ケイネスを眺めるキャスターの表情は、既に最前までの余裕に満ちた策士の笑みではなく、戦場に身を置く軍師のそれへと変わっていた。

 

「まずいな。サーヴァントが変わってもやり口は同じか」

「なにか知ってるって顔してるな、キャスター」

「ああ、敵の襲撃だ」

 

 戦兎の問いに短く答えたキャスターは、なかば放り投げるように受話器を置いたケイネスに向き直った。

 

「ケイネス卿。すぐに退避の準備を。この建物はじき倒壊します」

「なに? 下の階で小火(ボヤ)騒ぎだとは聞いたが……ビルそのものが倒壊する、だと」

「ええ。此度の聖杯戦争には、手段を選ばぬ魔術師が参戦しています。いかに堅牢な魔術工房であろうとも、建物そのものを爆破されては意味がない。ですから、すぐにここを動くのです」

 

 鬼気迫る表情で迫るキャスターに、さしものケイネスも当惑を隠し切れはしなかった。このホテルを失うというのは、すなわち今後の拠点を失うということだ。金額にものをいわせてホテルの最上階を丸ごと貸し切り、魔術師として持てる限りの技術を注ぎ込んで設えた工房を、なんの迷いもなく放棄できるわけがない。

 

「ねえ、いったいなんの騒ぎなの、ケイネス」

 

 奥の客室から、燃えるような赤毛の女が顔を出す。

 

「ソラウ」

「ケイネス卿、ソラウ嬢。もはやことは一刻を争います。工房ならばまた作ればよろしい。今はそれよりも、御身の安全を優先するのです」

 

 状況を未だ飲み込めていないソラウの肩を軽く抱いて、ケイネスは歴戦の魔術師を思わせる玲瓏な瞳をキャスターに向けた。

 

「ひとつ訊くぞキャスター」

「なんなりと」

「その反応を見るに、君の知る歴史でもこれと同様の襲撃があったのだろう」

 

 キャスターは静かに頷いた。

 

「では、君の知る聖杯戦争において、私はいったい如何なる手段で敵の襲撃を掻い潜ったのかね」

「それ、は」

 

 わずかに目線を伏せ、逡巡したキャスターだったが、一拍の間の後に、重たい口を開いた。

 

「……ランサーを遊撃に向かわせ、敵のサーヴァントをこのフロアへ誘き出そうとして……ビルの倒壊に巻き込まれる結果に。もっとも、御身こそは月霊髄液(ヴォールメンハイドラグラム)によって事なきを得たものの、以降、予期せぬ襲撃によって工房を失い、痛手を負ったケイネス卿には苦戦を強いられる局面もあった、と記録には残されています」

「なるほど、後手に回ってしまったということか……このロード・エルメロイともあろう者が、なんたる体たらくか」

 

 自嘲気味にケイネスは笑った。

 

「ねえ、ケイネス。このキャスターの言うことを信じるの?」

「ソラウ。キャスターの助言なくば、私はまず間違いなく今聞いた通り、敵を我が魔術工房へと誘い込む戦術を取っただろう。この小火騒ぎで他の宿泊客どもが引き払いさえすれば、あとはなんの遠慮もなくお互いの秘術を尽くしての競い合いができよう、と考えてな」

「ケイネス卿……」

「だが、その選択まで見透かした上での助言だ。ご丁寧なことに、まだ見せたことすらない我が魔術礼装の特性についても理解した上で、だ。こうなってくると、私には、キャスターの言葉がただの戯言とも思えんのだ」

 

 ケイネスは踵を返し、足早に奥の自室へと歩を進めた。ちらとキャスターに一瞥を送ったケイネスはそのまま振り返ることなく声を張る。

 

「ソラウ、ランサー! すぐに移動の準備をしろ。必要最低限の物資を纏めたら出発するぞ。この工房は放棄するが、物資さえ尽きねばもう一度敷設することもできよう。もはや猶予はないものと思え」

「ああもう、わかった、わかったわよケイネス」

 

 ソラウは辟易とした様子でケイネスの後を追う。

 

「では、私は退路を確保して参りましょう。邪魔な壁や障害物はすべて破壊してしまって構いませんね」

「ああ、構わない。どうせ壊される運命の建物だ、派手にやってしまえ」

「はい、任されました!」

 

 ケイネスの代わりにキャスターの許可を得たランサーは、新たな遊びを見つけた子供のように明るい笑みを浮かべ、その場から消え去った。あとにはエーテルの粒子による煌めきのみが残されたが、それもじき大気に溶けるように消えた。霊体化し、階下へと向かったのだろう。

 

「マスター、我々も動くぞ。今回のアインツベルンは、階下の宿泊客の退避が完了次第、容赦なくホテルを爆破してくる。そういう戦術を迷わず選ぶことのできる男だ。のんびりしている時間はないぞ」

「了解。ま、他の宿泊客が逃げるだけの時間はくれるあたり、エボルトよりは良心的……なんて言ってる場合じゃねえな」

 

 戦兎はテーブルに置いたままのビルドドライバーを腹部にあてがった。黄色の帯がひとりでに戦兎の腰に巻き付く。これからなにが起こるかもわからないのだ、万が一に備えて変身しておくに越したことはない。

 ポケットから取り出した赤と白のボトルを左右同時に振ることで、ボトルの内部に封じ込められた成分を活性化させる。二本のフルボトルをドライバーに装填すると同時、ドライバーは高らかにボトルの名前を宣言した。

 

 『HARINEZUMI!』『SYOUBOUSYA!』

 『BEST MATCH!!』

 

 ハリネズミと消防車。

 災害時における救助活動を想定した武装が凝縮されたベストマッチこそ、現状にもっとも相応しいベストマッチであると戦兎は考えた。万が一対比するよりも早くホテルが倒壊することがあったとて、キャスターの信じるケイネスを絶対に守り抜いてやるという強い意思があった。

 

 『Are You Ready?』

 

「変身!」

 赤と白、半分ずつ形成された装甲が、前後から戦兎の体を挟み込む。白い蒸気を噴出させながら、戦兎の姿は瞬く間に科学によって生み出された装甲に覆われた。

 

 『レスキュー剣山!』

 『ファイヤーヘッジホッグ!!』

 『イエーイ!!』

 

「さて。魔術と科学の複合技術とやらの力、存分に発揮するとしますか」

 

 ビルドの赤と白の仮面に見据えられたキャスターは、なにも言わず視線を逸した。

 

   ***

 

 ハイアットホテルの屋外駐車場は、深夜だというのに大勢の人間でごった返していた。そのほとんどが、就寝中のところを火災報知器による騒音で叩き起こされた宿泊客だ。みな、眠気と寒さによる不快感も露わに従業員の誘導に従って居並んでいる。

 ホテル従業員が宿泊客に呼びかけ、ひとりひとりの安否確認を行っている。当然、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトもその対象なのだが、既に従業員の持つ名簿には避難済みとチェックを入れられている。切嗣の手回しだ。

 ホテルから一区画ほど離れたビルの屋上に陣取った切嗣は、設置したライフルのスコープで宿泊客を監視していた。大方の宿泊客はホテルからの退避を完了した様子だが、未だその中にケイネスの姿はない。スコープから目を話した切嗣は、懐から携帯電話を取り出した。切嗣とは別のビルからハイアットホテル、とりわけケイネスの部屋をピンポイントで監視していた舞弥に連絡を入れる。

 

「ケイネスの様子は」

『どうやら異常に気付いたようです。キャスターのマスターとともに、自室から出ました』

 

 切嗣は眉根を寄せた。予想外だ。ケイネスほどの魔術師であれば、自分の魔術工房に絶対の自信を持っているであろうことは想像に難くないし、自信があればあるほど、魔術師というものは工房から動くことを避ける筈だ。キャスターがなにか入れ知恵をしたのかもしれない。

 

「ケイネスが部屋を出てからどれくらい経過した」

『今さっきです。ホテルからの完全退避にはまだ時間がかかるかと』

「なら、下のフロアの宿泊客は。退避はもう済んでるのか」

『はい。ホテル内部には、既にターゲット以外の宿泊客はいないものと思われます』

「了解」

 

 普通の宿泊客ならばフロントから退避指示が出た時点ですぐに荷物を纏めて脱出を図る。ケイネスも最終的にはその判断に至ったようだが、退避までに時間がかかったのは、おそらく己が魔術工房を放棄する判断をつけるまでにかかった逡巡のためだろう。

 切嗣は念話のパスを、己の傀儡たるサーヴァントへと繋げた。

 

「そっちはどうだ、アーチャー」

『こちらはいつでも構わない。あとはマスターの号令次第だ』

「……ホテルの宿泊客の退避は既に完了している」

『そうか、委細了解』

 

 切嗣は、懐から取り出した煙草にそっと火をつけた。煙を肺いっぱいに吸い込んだ切嗣は、ふうと白煙を吐き出し、引き金となる言葉を告げた。

 

「やれ、アーチャー」

 

 ハイアットホテルから遠く離れた小高いビルの屋上に、切嗣のサーヴァントは立っていた。赤い外套の裾を風に靡かせながら、アーチャーはその鷹の目に目標となる建造物を視認する。距離として、ゆうに一キロ以上は離れている。

 この位置からでは街一番の高層ビルも随分と小さく見えたものだが、それでもアーチャーには定めた標的は絶対に撃ち落とせるだけの自信があった。

 切嗣からの命令を受けたアーチャーの右手に、赤く燃える魔力の炎が灯る。炎は瞬く間にかたちを成した。ドリルのように捻れた長剣へと変化したそれを右手に握りしめたアーチャーは、左手に構えた黒塗りの矢へとつがえる。

 

「見事な手際だ、マスター。ならば私も、その采配を裏切らぬ程度の活躍はしてみせよう」

 

 誰にともなく独りごちる。

 ケルトの英霊たるフェルグス・マック・ロイが用いたとされる宝剣は、アーチャーの手によって限界まで引き絞られ、本来のかたちを失い、ただ一本の矢となって煌々と魔力の輝きを漏らしている。最前まで螺旋剣(カラドボルグ)だったものは、流し込まれた膨大な魔力によって、飽和状態の爆弾と化している。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。サーヴァントの宝具に限界を越えた魔力を流し込み、本来の宝具の威力を越えた一撃を放つ自爆技だ。本来ならば宝具をひとつ失うことになる大技を、しかしアーチャーは一切のためらいなく使う。

 

「ハッ!」

 

 吐息を吐き出し、引き絞った弓を離す。

 刹那、膨大な魔力を孕んだ宝具爆弾は極光を振り撒いて夜空へと飛び上がった。音速すらも容易く突破して、アーチャーの放った一撃は金切り音(ソニックブーム)を響かせながら、雲を裂き、夜の闇を青白く染め上げて、目標へ向け一直線に加速する。

 光り輝く魔力の嵐を纏って加速した矢は、冬木ハイアットの三十一階から最上階にかけてをブチ抜いて、巨大な風穴を空けて通過していった。ケイネスによって何十層と重ねられた結界も、数多の魔術的トラップも、異界化した空間すらも突き抜けて、過程に存在するありとあらゆるものを徹底的に破壊し尽くし、アーチャーの矢は役目を果たして消滅した。

 数秒の猶予ののち、冬木ハイアットの最上階が沈み込むようにひしゃげた。三十一階を支えていた柱を丸ごと失ったことで自重を支えきれなくなったビルは、大量の瓦礫と硝子を撒き散らしながら、上層階から順に押し潰されるように崩落をはじめた。

 予定通り、ケイネスが偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)が放つ魔力の乱気流に飲み込まれたとするなら、生存の可能性は限りなく低い。これこそが、衛宮切嗣とアーチャーが考案した、高層ビルを丸ごとひとつ犠牲にした、一撃必殺の一手だ。これをもう一度やるとなると、流石に神秘の秘匿に背く行為と判断され、教会からペナルティを課せられかねない。二撃目の狙撃は不可能だ。

 されど、アーチャーは未だケイネスの死体を確認してはいない。ここで勝利を確信してのこのこと帰還するのは、三流の仕事だ。ケイネスがまだ生きているならば、この手で息の根を止める必要がある。

 

「さて。それでは、仕上げといこうか」

 

 アーチャーは、その人間離れした脚力でもって屋上を強く蹴り、冬木の夜空へと高く跳び上がった。風に靡く赤の外套は、次第に夜の闇に紛れて消えた。

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