仮面ライダービルド×Fate/NEW WORLD   作:おみく

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第8話「動き出すアウトサイダー」

 人間というのは、いつの時代、どこの世界でも、つくづく面白い生き物だ。

 石動惣一(エボルト)は、この十年間を地球で暮らし、人間という生物の本質を間近で見つめながら、そう強く感じ入った。もとはひとつの国の人間が、悪意に支配され、他者を出し抜くことに囚われ、戦争を起こし、同族同士で殺し合う。それがエボルトが見てきた世界であり、この新世界で幾度か行われているという聖杯戦争も、結局のところ本質は同じだ。

 本来ならば厳正なる審判のもとで聖杯戦争を執り行う側の聖堂教会が、組織ぐるみでひとりの魔術師を勝たせるために策を巡らせている。彼らにとっては、他者を蹴落とし、聖杯をその手中に収めることこそがもっとも大事なことであって、他はどうでもいいのだ。この聖杯戦争に厳正なる法などというものは存在しない。

 世界をどれだけ新生させたところで、人間の本質は変わらない。

 誰だって、いつだって、人はみな自分の欲を満たすために戦っている。聖杯戦争などその最たるものだ。人の飽くなき欲望と探究心。欲望が、聖杯戦争を成立させる。

 エボルトに言わせてみれば、無欲の人間が聖杯戦争に参加することなどありえないことだ。ただ恩師を勝たせるためだけに己を捨て駒にするようなつまらない人間が、聖杯に選ばれるわけがない。だからこそ、エボルトは言峰綺礼という人間に興味を持ったのだ。

 近い未来、己が恩師を不意打ちで仕留め、そのサーヴァントを奪い取り、続く第五次聖杯戦争では黒幕として暗躍したとされる男。彼の情報は、檀黎斗の所持するデータから閲覧させて貰った。

 起こった事実だけを並べれば、欲望にまみれた男のように見える。だけれども、エボルトには言峰綺礼が俗物的な欲望に溺れてことを起こしたのだとは、どうにも思えなかった。恩師を殺し、己以外の誰の思惑にも沿わず、ひとり生き延びた男の行動には、しかし物欲というものが露程も感じられなかった。

 いったい今この瞬間、言峰綺礼はなにを思うのだろうか。最初から恩師を殺すつもりで聖杯戦争に挑んだのか。それとも、なにかが彼を歪めてしまったのか。エボルトはそれが知りたかった。満足に足る結論が得られなければ、殺して令呪を奪い取ってもいい。生かそうが殺そうが、それがすぐに己の不利益に直結するものではないとエボルトは判断した。

 教会の一階にあてがわれた言峰綺礼の自室の前に立った()()()()は、木製の扉を軽くノックし、反応を伺う。返答はすぐだった。

 

「誰だ」

「俺だよ、聖堂教会の石動だ」

 

 短い誰何ののち、部屋の主によって扉が開かれた。言峰綺礼は、一歩身を引くと、視線を室内へと促す。ろうそくの淡い灯りに照らされた、十帖ほどの部屋だ。立派なテーブルとソファが設えられており、壁には絵画、部屋の奥にはデスクもある。キャビネットには決して安物には見えない仰々しいラベルのワインが並べられていた。ひと一人がくつろいで生活する分には十分すぎる環境だという印象を石動は抱いた。

 

「いったい私になんの用だ」

「用って程でもないさ。ただ、あんたに興味を持ってね。話をしてみたいと思ったのさ」

 

 ソファに腰掛けた綺礼に倣って、石動も対面するソファに深く腰掛ける。綺礼は怪訝そうに眉を顰めた。

 

「私に興味だと」

「あんたも大変だよなァ。こんな出来レースのために、下っ端の仕事ばっかり任されてんだろ。せっかくの英霊(サーヴァント)だっていうのに、今も街中にばら撒いて、遠坂のためだけにひたすら諜報活動だけをやらされてると来た。俺なら嫌気がさしちまうよ」

「私はべつだん不服は感じてはいない。()()()()への到達はすべての魔術師の悲願。我が師がそれを成すというならば、弟子として支えになりたいと思うのは必定だろう」

「根源の渦、ねえ」

 

 石動はわざとらしく息を吐いた。

 それは、あまねく魔術師たちの最終目的。この世界から逸脱し、次元論の頂点へと至るための第三魔法。魔術師というものは、根源の渦に到達できるならば、死んでも構わないとすら考えているらしい。石動には、理解の及ばない世界の話だった。

 

「まあ、聖堂教会に所属する立場の者から見れば、根源の渦などという夢想に興味を抱かぬのは当然か。君も正直、そんなものは無意味でつまらないものだと感じているのだろう」

 

 石動は苦笑をたたえ、頷いた。

 

「なんたって聖杯は()()()()()()なんだろ。その気になれば、世界を思いのままに作り変えることだってできると聞いた。それほどの力を、そんな無意味でつまらない目的のために使おうなんざ、勿体ないと思うのも無理はないだろ?」

 

 綺礼が言った、無意味でつまらない、という言葉にアクセントを起きながら、石動は肩をすくめた。綺礼は僅かに瞠目したが、すぐに微かな笑みを浮かべた。

 

「ほう。君は、その力をもっと別な目的のために使うべきだと、そう言いたいのかね。神に仕える聖堂教会の人間とは思えない発言だな」

「いや、これ言っちまっていいのか微妙なところなんだけどさ、実を言うと、俺。聖堂教会にまっとうに所属してる人間じゃねェんだよ」

「……なに?」

 

 綺礼の表情から、笑みが消え去った。石動は、前屈みになって、口元に手を当てると、いかにも内緒話をしているかのようなていで続けた。

 

「ここだけの話だぜ? 今回は利害の一致で、聖堂教会に買われはしたが、俺はあんたたちみたいに心から神様ってのを信仰してるわけじゃない。だから、根源の渦ってのも眉唾モンだが、神様のためにどーたらこーたらってのも、俺の本音じゃねえんだよ」

「これは、なんとも……その事実、父上は知っているのか」

「当然知ってるとも。なにしろ、俺を雇ったのはあんたの親父さんだからな」

「父上が、君を……? いったいなぜ」

「今回は状況が状況だからな。あんたもルーラーのことは聞いてんだろ? エクストラクラスのサーヴァントが単独召喚されるなんてこと、そうあるもんじゃない。でもな、召喚されたからには理由があって、やるべきこともある。その理由と目的を遂行するために、今回は俺みたいな男が必要になった。だから、このエリアを監督してるあんたの親父さんと裏で話を通して、聖堂教会の側の人間として立ち回らせて貰ってるって話さ」

 

 綺礼は胡乱げに石動を見た。疑念を抱かれていることは明白だった。

 

「それは……初耳だな。私はそのような話を父上から聞かされてはいない。しかし、言っていないのだとすれば、言う必要のない事実だからだろう。それを、なぜ君が私に教えるのかね」

「ほら、あの親父さん、固っ苦しくて、腹を割った話なんてできそうにないだろ? その点、あんたはまだ若いし、見どころがある。だから、この聖杯戦争について、本当のところはどう思ってんのか色々聞いてみたくなったのさ」

 

 石動は努めて砕けた態度で言葉を続けた。

 

「ま、そう心配すんなよ。俺だって自分の仕事はわかってるつもりだ。もし冬木の聖杯が()()を求めるためだけに特化した装置だったなら、聖堂教会は動かなかった。あんたら聖堂教会は根源なんてものに興味はないし、そもそもの話、魔術師なんてのは、本来聖堂教会からしてみりゃ敵だろ。魔術師(おなかま)同士で血眼になっていくら潰し合おうと勝手にやってくれって、あんたらはそう思ってる」

「……ああ、その通りだ」

「だが、幸か不幸か冬木の聖杯は()()()()()()だった。世界の外側どころか、内側をも自由に変えられる力を秘めている。だから聖堂教会は遠坂を選んだ。放置できないほど危険なモンであればこそ、それを()()()()()()()()()用途に使い潰してくれるなら、互いにとって最も望ましい結果ってワケだ」

 

 綺礼はただ粛然と頷くだけだった。石動は笑みを深め、言葉を続ける。

 

「俺達の仕事は、聖杯戦争をうまく回して、遠坂に勝ってもらうこと。な、信心はないが、意外と自分の役割は理解してんだろ?」

「ああ、よく理解しているようで安心した。そうとも、此度の聖杯戦争は、我が導師に聖杯を獲ってもらうことではじめて安寧無事に終幕を迎えられる。都合四度目に挑む聖杯戦争を、今度こそ成功のままに終わらせようというのが、我らが悲願に相違ない」

「――ま、あんたの親父さんは、遠坂に対しちゃそれとは違う私情も含んでる様子だが」

 

 石動はあえて含みをもたせて、言葉を付け足した。この世界の設定は、既に檀黎斗のデータで閲覧済みだ。知識さえあれば、なんとでも口は回る。

 綺礼はほんの一瞬目を丸くしたが、すぐに微かな笑みを浮かべ、静かに首肯した。

 

「なるほど、大した観察眼だ。我らが悲願の裏に潜んだ、我が父と遠坂の縁すら見抜いていたか」

「ああ。なんでも第三次の時の先代当主との誓い、とか言ってたか。俺も詳しくは知らないし、そこんところについてはさして興味もないが」

「それはけっこう」

 

 綺礼は笑みをひとつ零し、ソファから立ち上がった。キャビネットから一本のボトルとワイングラスを取り出した綺礼は、ふたり分のワイングラスに赤いワインを注ぐ。安酒ではありえない芳醇な香りが、石動の鼻孔をくすぐる。

 

「話はわかった。どうやら此度の聖杯戦争に関わる事情、御三家に纏わる因縁にも精通している様子。君が我が父に迎かれし来客であるならば、私もまた聖堂教会の人間として、邪険に扱うわけにもいくまい。言峰は来客のもてなし方すら知らないのかと要らぬ誹りを受けたくもないのでね。君を疑ったことについても謝罪しよう」

「わかってくれたならなによりだ。それがあんたからの好意なら、ありがたく受け取らせてもらうよ、言峰」

 

 石動は赤ワインの注がれたグラスを手に取り、軽く掲げた。綺礼もまた、元のソファに腰掛けながら、グラスを掲げる。互いに無言のまま軽い乾杯を交わしたのち、石動はグラスに口をつけた。

 

「……おいおい、こいつは驚いた。美味いなぁ、これ!」

「ふ、そう大したものではないさ」

「まァたそんなこと言って、隅に置けねえな」

 

 石動はくつくつと笑みを漏らしながら、グラスをテーブルに置いた。

 

「ま、さっきも言った通り、仕事はちゃんとこなすさ。聖杯戦争は成功させる。俺は軽薄に見えるかもしれないが、自分の立場と責任を間違えるほど愚かな男じゃない……――とは言いつつも」

 

 意図的に、石動は声のトーンを落とした。

 

「俺だって人間だ。人間であるからには、欲ってもんがある。ふとしたときに、考えちまうんだよ」

「ほう?」

 

 どこか遠いところを見るように、石動は目を細めた。

 

「もしも俺のこの手に令呪が宿っていたら。聖杯戦争に勝ち進みさえすりゃ、金も、物も、なんでも思い通りなんだろ? だったら、俺はなにを望もうか……なんてな。詮無いこととはわかりつつも、考えずにはいられない。それをあんたは愚かしいと思うか?」

 

 綺礼からの返答に、迷いはなかった。

 

「ああ。まったくもって愚かしく、度し難いことだ」

 

 だけれども、綺礼が石動を避難することはなかった。ほんの一拍ほどの間をおいて、綺礼は微かな笑みを零した。

 

「石動惣一。これは私からの忠告だ。君がいかに俗物的な思考を持とうが自由だが、その考えは外部では漏らさぬ方がいい。我が父のような敬虔な人間の前では、特にな。下手を打てば、君の立場が危うくなりかねん」

 

 石動は肩をすくめて笑った。

 

「ご忠告、痛み入るよ。だが、今ここにいるのは、俺と、あんただけだ。ほかに部外者はいない。だから、訊くのさ。実際のところ、あんたはどう思ってるのか、とな」

「これは異な質問をする。私がどう思っているか、とは。君は私になにを言わせたいのかな」

「聖杯ってのは、それを手にするに足る人間を選んで呼び寄せると聞いたぜ。その聖杯に選ばれたあんたが、ただ遠坂に奉仕するだけで、本当に心から満足してるのか。そういう、俗物的な質問だよ」

「――私は」

 

 石動からの質問を受け止めた綺礼は、そこで一瞬押し黙った。

 

「どうした、言峰」

「……いや。べつだん聖杯に懸ける望みがあるわけでもなし。導師の意に沿うことに、不満などあるわけがない」

「そうかあ? なんの望みもない人間の手に、そんなもんが輝くのかねえ」

 

 石動の視線の先に見えるのは、綺礼の右手に刻まれた赤い聖痕だ。綺礼もつられるように、己が右腕に刻まれた令呪に視線を落とした。

 

「それは……私にもわからない。成就すべき理想も、遂げるべき悲願もない私が、なぜこの戦いに選ばれたのか」

「なんの願いもないってか? ハッ、本当にそうなのかねえ」

 

 石動はわざとらしく腕を組んで視線を泳がせてみせた。綺礼は目線を上げて、真っ向から石動の目を見据える。いまこの瞬間、会話のペースを掴んでいるのは自分自身であるという実感が、石動にはあった。

 

「どういう意味だ、お前はさっきから、なにを言いたいのだ」

「あんたが心から執着できるもの、本当になにもないのか? ほら、そこに並んだ高価な酒でもいい。こいつはどれも、集めようと思わなきゃ集めらんない逸品ばかりだ。そこにはあんたの()()()()がある。違うか?」

「それがなんだと言うのだ。酒を嗜むことがそう大層な意味合いを持つとは、私には思えんが」

 

 グラスを手に取り、軽く揺らす。最前、石動の舌に上品な味わいをもたらした赤い液体が、ろうそくの灯りを捉えて淡く輝く様を、石動は目を細めて眺める。

 

「酒はひとつの()()()さ。なんなら、もっとちっぽけなことでもいい。なんだっていいんだよ。遠坂にも教会にも縛られず、望むままに動いてもいいとしたなら――?」

 

 綺礼の表情が、僅かに揺らいだ。一瞬、視線が当て所なく彷徨ったのを、石動は見逃さなかった。

 

「そう難しく考えんなって。あんただってひとりの人間だ。酒を嗜みたいと思う程度には、人並みの欲望がある。俺は立場も建前も関係なく、ひとりの人間としてのあんたと話がしたいんだ。なんでも手に入るとしたら、なにが欲しい? たったそれだけの質問さ」

 

 綺礼は今度こそ押し黙った。

 数瞬待っても、綺礼の口は開かれない。

 

 石動には、言峰綺礼という人間のことが、少しずつわかり始めていた。

 おそらくこの男は、最初から恩師を殺そうと思っていたわけではない。

 現に、いまこうして石動と会話している言峰綺礼という男の中に、恩師を殺して英霊を奪い取るなどという思考は欠片もない。見ればわかる。

 言峰綺礼は、純粋に、己の心が真に望むものがなにか、それにまだ気付いていないのだ。

 

 その()()()さを、面白い、と思った。

 

 この男が抱えた闇は、深く、(くら)い。

 自分の欲望すらまともに直視できぬ求道者が、いずれ恩師を殺し、聖杯戦争を私物化すらするのだから人間というものはわからない。

 

 いったいなぜ、どうして?

 

 この男を、そばで観察したい。

 この男の行く先を見届けたい。

 そういう欲望が、ふつふつと湧き上がってくる。

 石動がもう一声かけようとしたその時、綺礼の背後に影が蠢いた。二人しかいなかった室内に、前触れなく三人目の気配が現れる。

 

「綺礼様」

 

 影は人間のかたちをとると、その場に傅き、頭を垂れた。人間の頭蓋骨を模した白亜の仮面の奥から、声が漏れる。

 

「衛宮切嗣が動きました。綺礼様の予測の通りにございます」

「なに、衛宮が」

 

 刹那、綺礼の目の色が変わった。

 勢いよく立ち上がった綺礼は、続くアサシンからの報告に耳を傾ける。その目は、最前までの欲のない求道者のそれではなくなっていた。衛宮切嗣という言葉を聞いた瞬間、綺礼の瞳に宿ったギラついた()()を、石動はたしかに感じ取った。

 

「行くのか、言峰」

「ああ。少し野暮用ができた」

 

 本来ならば、既に敗退し教会に保護された立場にある人間が、続行中の聖杯戦争に介入することは許されない。そういう厳正なるルールを捻じ曲げてでも、言峰は戦場に行くというのだ。これを押し留めようなどという無粋を、石動は働く気にはなれなかった。

 

「あんたが戦場に行くっていうのなら、ちょうどいい。俺も一仕事こなしてくるとしますかねェ!」

「……というと」

「ほら、キャスターのマスターだよ。あいつは俺の獲物でもあるんでね。あんたを見てると、俺も動いてみたくなったのさ」

 

 はじめ、石動の言を理解できぬとばかりに眉根を寄せていた綺礼だが、やがてふっと笑みを零すと、綺礼は踵を返した。

 

「――それではまるで、私が獲物を前に意気込む狩人のようではないか」

 

 去り際の綺礼が残した言葉は、石動を呆れさせ、失笑させるには十分だった。

 

「そう言ってるんだよ」

 

   ***

 

 上層階をぶち抜かれた高層ビルが柱による支えを失い、その自重(じじゅう)によって上から押し潰されてゆく。ビルの壁面をなすコンクリートは瓦礫となって崩れ、骨組みを形成していた鉄筋は解けて崩壊し、冬木で一番の高層ビルだった冬木ハイアットの上層フロアは、見るも無残な様相を呈していた。今はまだ下層フロアは原型を保っているが、それも時間の問題だった。

 大地を揺らす騒音の中、未だ崩壊からは免れているビル一階の壁面をくり抜いて、その内側から直径にして三メートルほどの銀の球体がホテル脇の細い路地に姿を現した。宿泊客が退避し、ホテルの崩壊が始まった今、周辺に人影はなく、この路地が最もひと目に付きにくいと判断してのことだった。一瞬遅れて、球体が空けた大穴から、赤と白の装甲(ファイヤーヘッジホッグ)を纏った仮面ライダービルドが飛び出す。

 

「なんっとか無事に脱出できたか……おいキャスター、なにが爆弾によるホテル爆破だよ、これって立派な宝具攻撃だろ」

「そうだな。こと三十三階だけをピンポイントに破壊し尽くす分には、爆破よりもよほど効率がよく、間違いようがない。あと少し判断が遅れていたらと思うとゾッとする」

 

 見上げた球体の中から、聞き慣れたキャスターの声が響く。球体は、天井からどろりと溶けて、流動する水銀へと姿を変えていく。中には、キャスターとケイネス、ソラウの三人が姿を隠していた。みな一様に疲れ切った顔でホテルを見上げている。

 姿かたちを自由自在に変える水銀は、三人を包み込んで守りながら、同時に刃を形成し、ホテルの床を三十三階分すべてくり抜いて直通で一階まで移動してみせたのだ。水銀が球形を取るためのスペースは、ランサーが障害物をすべて破壊したことで確保した。ビルドは、球の外側でサーヴァントからの襲撃を警戒しながら、同時に逃げ遅れた民間人がいないかを確認しながら一緒に降下してきたかたちになる。ランサーも今は霊体化したまま、周囲を警戒しているはずだ。

 キャスターは、顎に指先を添えたまま、三人の身を守り抜いた水銀の塊を凝視した。

 

「さすがはロード・エルメロイが持てる最強の魔術礼装、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)ですな。水と風の二重属性は伊達ではない……やはり何度見ても天才的な技量だ」

「わかりきったことをそう一々口にせずともよい、キャスター」

 

 満更でもなさそうに笑みを深めたケイネスは、軽く掌を掲げてキャスターを制する。

 背後に控えていたソラウが、ケイネスの腕に寄り添うかたちをとったまま、青白い顔で崩壊したホテルの上層フロアを見上げた。

 

「なんなのよ、コレ……魔術の秘匿もあったものじゃない。もしも呑気に階段やエレベーターなんて使おうものなら、私達、あの爆発に巻き込まれてたわよ」

 

 ケイネスの月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)がなければ、間違いなく脱出は間に合わなかった。かといって、いかに礼装が優秀といえども、もしも当初のケイネスの思惑通り穴熊を決め込んでいたなら、それはそれで終わっていただろう。魔術礼装ではサーヴァントの宝具の直撃は防げない。

 

「これが今回のアインツベルンのやり方ということです。私の知る歴史よりも、より直接的で暴力的な手段に訴えかけている。もしもひとつでも判断を間違えていれば、今頃我々は――」

 

 言いかけたところで、視界の傍らに閃光が奔った。同時に、強烈な炸裂音が耳を聾する。突然の襲撃に、全員が身構える。

 ――否。敵の襲撃に、本当の意味で対処できたのは、たったのひとりだけだった。

 

「ラ、ランサー……!」

 ケイネスが瞠目する。白装束をはためかせて、鉾を下方へと突き立てるように舞い降りたのは、他ならぬケイネスのサーヴァント――八華のランサーであった。

 ランサーの切っ先に、赤熱化した黒塗りの刃が叩き伏せられていた。今、ランサーがいなければ、少なくともこの場の誰かがこの刃の犠牲になっていたことは明白だった。

 

「ケイネス卿、敵の襲撃です。ここは我々が受け持ちますので、すぐに退避を」

「どこに退避しろというのだ、この状況で! 路地から出た瞬間に狙撃などされては目も当てられぬわ」

 

 言い返しつつ、ケイネスが短い詠唱を唱えると、傍らで丸まっていた水銀が意思を持ったように流動し、ケイネスの周囲を取り囲んだ。月霊髄液は、ケイネスの危機に反応していつでもその水銀の体を作り変える盾と矛、その両方の役割を担っている。

 

「ゆえに、ここで迎え討つのだ。敵の襲撃に怯えながら逃げ隠れるというのは、私の性に合わん」

「俺も賛成。敵は徹底的にやるつもりだ。このまま大人しく逃してくれるとも思えない」

 

 ビルドもまた、ケイネスらを庇うように前へ踏み出した。右腕に装着された、ハリネズミの背を模した手甲(モーニングスター)を構える。

 ランサーの鉾に押し込められていた黒塗りの刃が、鉾を弾き飛ばし、再度加速した。標的は、ケイネスだ。

 

「って速ッ」

 

 加速度的に速度を上げた黒塗りの刃を、ビルドは右腕に装着されたモーニングスターで殴り返す。正確には、こちらから能動的に殴ったというよりは、腕を振り上げたところで刃と激突した、といった方が正しい。不十分な体勢で刃と打ち合ったビルドは後方へと弾き飛ばされ、同様に反対方向へと弾かれた刃は、しかし再度方向転換し、ビルドが立ち上がるよりも早く、加速する。

 

「うそーん!? もしかして、何度でも俺たちを狙ってくる系宝具!?」

「おそらくは。先程の狙撃からこの急襲、敵のクラスはアーチャーと見て相違ないだろう」

「そんな冷静に分析している場合ですか!」

 

 すかさず黄金の魔力を振り撒いて禡祭剣(ばさいけん)を精製したランサーが、器用にも口元に笑みを残したまま怒声を上げ、人間離れした速度でケイネスと刃の間に割って入った。三度(みたび)刃を弾き返すが、それでも刃は再加速する。

 

「ダメだ、破壊しねえと何度でも向かってくるぞ!」

「いや待てマスター、不用意に破壊するのは危険だ。それがサーヴァントの宝具である以上、内包した魔力が炸裂する恐れがある。やるなら上空に弾き上げてからにしろ!」

 

 禡祭剣で宝具を打ち返すでもなく、受け止めて抑え込んでいたランサーが顔に脂汗を浮かべて笑った。

 

「まったく、ずいぶんと簡単に言ってくれます……ねえ!」

 

 宝具を上空に向かって弾き返す。けれども、数メートルほど打ち上がった宝具は、すぐに再度方向転換してその切っ先をケイネスに向けると、今までと同じように加速し、空を裂いて急迫する。それをランサーが打ち返す。

 幾度か宝具との繰り返したところで、真紅の影が、地を這う蛇のように低く腰を落とし、速度でランサーへと突撃してきた。

 

「なにッ!?」

 

 赤い外套のサーヴァントだった。何度でも加速する刃への対応に追われ、反応が一瞬遅れたランサーの懐に潜り込んだ赤のサーヴァントが、目にも留まらぬ速度で両腕に構えた双剣を振るう。

 

「――その程度でやれると思われているなら、片腹が痛むというものッ!」

 

 されどランサーもさるもの。左腕に構えた禡祭剣で刃を弾き返しながら、右腕には鍔の無い大刀を精製し、地面に突き立てた。予期せぬ大刀の出現に進路を阻まれた敵のサーヴァントが後方へと飛び退ろうとしたときには、ランサーは既に追撃のためリーチの長い鉾を精製し、敵のサーヴァントの喉元へ向けて突き出していた。

 

「――ッ、ほう、やるな!」

 

 瞠目しつつも小さくほくそ笑んだ赤いサーヴァントが、頭部を僅かに傾けることで鉾の追撃を交わし、そのまま空中で一回転すると、再度地面を蹴って飛び退る。

 

「ええい、しつこい!」

 

 再度、敵の宝具が加速する。敵のサーヴァントに突き出した鉾に魔力を込めたランサーは、その姿勢からぶんと上段を経由して鉾を振り下ろし、反対方向から迫る宝具を叩き落とした。地面へと叩きつけ、そのまま敵の宝具ごと鉾の切っ先をアスファルトへとねじ込む。アスファルトが砕け飛んでもなお、地面の奥へと敵の宝具を埋め込んだ。

 地中で赤熱化し、砕けたアスファルトの破片を舞い上げながらも、再度飛翔しようとする宝具をランサーは力づくで抑え込み、叫んだ。

 

「戦兎ッ!」

「はいはい」

 

 ランサーの声に答えたビルドは、既に新たなボトルを二本、ベルトに装填していた。

 

 『NINJA!』『DENSYA!』

 

「ビルドアップ!」

 紫の忍者ボトルと、薄緑の電車ボトル。それらの成分を身に纏い、ベストマッチにはなり得ないトライアルフォーム――『忍者電車』への変身を完了させた。紫の腕には4コマ忍法刀が、薄緑の腕には船の錨を模した弓(カイゾクハッシャー)がそれぞれ握り締められている。

 

「色が変わった、だと」

 

 敵のサーヴァント――アーチャーは僅かに眼を見開きつつも、油断なく剣を構えたまま、姿を変えたビルドから視線を逸らそうとはしない。戦兎はビルドの仮面の下、努めて不敵に笑ってみせた。

 

「ずいぶん周到なやり口で攻めてくれたらしいが、まだまだ詰めが甘かったな」

「……ほう? どう詰めが甘かったのか、是非ともご教示願いたいところだが」

 

「簡単な話さ。このてんッさい物理学者、桐生戦兎と。正義のヒーロー、()()()()()()()()()を勘定に入れて作戦を立てなかった時点で、お前らの勝利の法則はとっくに狂っちまってんだよ」

 

 忍法刀のトリガーを手早く引いて、ビルドは踵を返した。その切っ先を後方に控えるケイネスに向けて振るうと同時、刀から電子音が鳴り響く。ケイネスの周囲を、コミック調で描かれた煙の演出が覆い隠した。半射的に頭を守るように両腕を構えたケイネスだが、その姿もすぐに煙で見えなくなる。

 

「なッ」

 

 アーチャーが驚嘆の声を上げる。煙が晴れたとき、最前までそこにいた筈のケイネスとソラウの姿が、影も形もなくなっていたのだ。

 

「なにかわかりませんが、お見事! これでケイネス殿は無事退避できたというわけですね……ならばッ!」

 

 称賛の声を張り上げたランサーは、そのまま地面に突き刺した鉾を勢いよく引き抜き、敵の宝具――赤原猟犬(フルンディング)を力いっぱい上空へと打ち上げた。遥か十メートルほど高く舞い上がった宝具は、空中でその切っ先を四方八方へと彷徨わせる。

 

「マスター。あれはおそらく、一度標的と定めた相手がどこへ逃げようともその場所を指し示す類の宝具。アレがケイネス卿の居場所を指し示す前に勝負をつけるべきだ」

「安心しろよキャスター。あの宝具がケイネスに辿り着くことは、もうない」

 

 ビルドの腕に握り締められたカイゾクハッシャーには、既にエネルギーが充填されていた。忍者電車の半身に備え付けられた踏切遮断器と信号機がけたたましく警告音を掻き立てる。

 上空の敵宝具は、間もなくしてケイネスの逃げた方角を特定したのだろう。上空から降下することなく、加速を始めた。けれども、その行く手を阻むように、空から巨石が降り注ぐ。地面には奇門遁甲。キャスター、諸葛孔明の宝具、石兵八陣(かえらずのじん)だ。

 

「あとは任せたぞ、マスター」

「ああ。勝利の法則は、決まった!」

 

 ビルドは弓であるカイゾクハッシャーに装填された(でんしゃ)、ビルドアロー号を引き絞った。電子音が鳴り響く。電車ボトルの能力によって得られた電磁加速装置を通して、高密度のエネルギーが矢に収束されてゆく。

 危機を察したアーチャーが地を蹴り、驚異的な速度で飛び出したが、速度の面ではランサーとて負けてはいない。人間の感覚をとうに超越した速度でビルドの前に躍り出たランサーが、鉾を投げ捨て、新たに精製した二本の刀でアーチャーの双剣を受け止め、打ち返す。そのまま双剣同士の苛烈な相克が始まった。

 飛び散る火花と魔力の残滓が、戦場で超高速で舞い踊る白と赤を照らし出す。

 

「お前のクラスは大道芸師か! 武器に統一性が感じられんな」

「どの口がそれを言いますか。その言葉、そっくりそのままお返ししますよ!」

 

 不敵に頬を釣り上げるアーチャーに対して、ランサーは大口を開けて磊落に笑う。言葉と同時に、互いに眼にも止まらぬ速度で手にした刃を打ち合わせる。一秒間にいったい何往復の突きが交わされたのかは、戦兎にはわからない。戦兎はもう、サーヴァントのスペックについて論理的に思考することは無駄であると学んでいた。今考えるべきは、ケイネスを付け狙うあの宝具を始末するという思考一点のみだ。

 キャスターの石兵八陣に囚われ照準を見失った敵の宝具へと狙いを定め、ビルドは十分に引き絞った矢から指を離す。

 

「ハァッ!」

 

 カイゾクハッシャーから放たれた超電磁砲のエネルギーは、空中で電車のかたちをかたどると、鮮やかな輝きを振り撒きながらぐんぐんと加速し、一瞬ののちには視界の彼方で飛翔する敵宝具に命中、炸裂した。同時に、敵の宝具に凝縮されていた魔力が炸裂し、キャスターが召喚した巨石の表面を焼き焦がす。爆発の衝撃が突風となって狭い路地に吹き込んだ。

 

「クッ」

 

 アーチャーが飛び退り、距離を取る。敵の目論見を打破したランサーは、口元に笑みをたたえたまま、その双眸をきっと鋭く尖らせて、再度精製した鉾の切っ先をアーチャーへと向けた。

 

「我が主が無事逃げおおせた今、もはや憂いはなくなりました。そなたも人理に名を刻んだ英雄豪傑であるならば、卑劣な手段に訴えるのもこれまでになさい!」

 

 アーチャーは双剣を降ろし、肩を竦めて吐き捨てるように笑みを零した。

 

「やれやれ。まさかホテルから脱出するだけでなく、赤原猟犬(フルンディング)まで攻略されるとは。確かに我々は君たちを過小評価していたらしい」

 

 かツん、となにかがアスファルトに落下する音が鳴った。

 対峙するアーチャーとランサーの間に投げ込まれたのは、パイナップルに似た形状をした、手のひら大のなにかだった。現代の武器に疎いランサーはそれ正体を認識できず、元の世界であらゆる現代兵器を見てきた戦兎だけが、それを認識できた。

 

「ランサー、伏せろ!」

「えっ」

 

 刹那、投げ込まれた手榴弾が炸裂した。

 爆炎が舞い上がり、衝撃がホテルの壁を捲れ上がらせる。手榴弾は周囲に存在するあらゆる障害物を吹き飛ばし、その場の全員の視界を煙幕で塞ぐ。

 

「くっ、卑怯なッ……」

 

 もっとも、神秘の加護のない現代兵器でサーヴァントを傷付けることはできない。ランサーは至近距離での爆裂に見舞われながらも別段ダメージを受けることもなく、煙幕の中、鉾を構えて敵の襲撃に備えている。けれども、熱源を探知できるビルドの眼には、その場に既にランサー以外の人間がいないことがすぐに理解できた。

 

「ランサー! もういい、敵は逃げた」

「なッ……なんと、拍子抜けもいいところですね」

 

 ランサーは落胆した様子で肩を落とした。

 徐々に煙幕が晴れてゆく。アスファルトは粉々に砕け、鉄柵は吹き飛び、ホテルは今も上層フロアから順に崩壊が進んでいる真っ只中だ。惨憺たる破壊の爪痕を眺めながら、変身を解除するべくビルドドライバーに手を掛けた、その時だった。

 

「随分と派手にやってくれちゃってまあ。後処理に追われる側の身にもなってくれよな、まったく」

 

 聞き覚えのある声が、背後から戦兎の耳朶を打った。弾かれるように振り返った戦兎がビルドの仮面越しに見たのは、ホテル脇の室外機に軽く腰掛けて座るひとりの男の姿だった。その姿を認めた瞬間、戦兎は体から血の気が引いていく感覚を覚えた。

 戦兎にとってもよく見知った姿をした中年男は、ことの深刻さなど微塵も感じさせない軽薄な笑みを浮かべたまま、軽く手のひらを掲げ、静かに立ち上がる。

 

「よう、戦兎。久しぶりだな」

 

 石動惣一の姿に擬態した、許されざる諸悪の根源。

 地球外生命体エボルトが、なんでもないような顔で笑っていた。

 

   ***

 

 地響きを轟かせながら徐々に崩壊してゆく冬木ハイアットを遠目に眺めながら、切嗣は吸い終わった煙草を捨て、靴の裏で火を揉み消した。切嗣は、一区画ほど離れた場所に位置するビルの屋上からアーチャーの仕事を眺めていたのだが、結果を見届けたところで引き上げ、今はひとり冬木の街を歩いていた。まずはアーチャーの狙撃の制度を計りたかったというのが今回の作戦を思い至った理由としては大きい。

 己がサーヴァントの能力には概ね満足していた。アーチャーは切嗣の指示通り、ケイネスの居座るフロアを見事に撃ち抜いてみせたのだ。威力も申し分ない。あまりにも強力すぎるあまり、結果的にホテルは倒壊を初めてしまったが、どのみちアーチャーがいなくとも切嗣はホテルを爆破していた。結果は同じなので、別段問題はない。

 大通りは、ホテルから退避してきた宿泊客や、騒音に叩き起こされて表に出てきた民間人で溢れていた。みな、倒壊してゆくホテルを眺めたり、人によってはカメラに撮影しながら、口々に騒動の原因を噂しあっている。誰しもが、テロリストだのなんだとの見当違いな推測を立てていた。

 不意に、ポケットの中で携帯電話のベルが鳴った。舞弥からの着信だ。切嗣はとりたてて慌てることもなく、あたかも街を行く一人の民間人を装い、何食わぬ顔で電話に出た。

 

「舞弥、首尾はどうだ」

『作戦は失敗です。ケイネスはホテルから脱出。その後、アーチャーが単独で奇襲をかけるも暗殺には失敗。そのまま交戦中です』

「そうか」

 

 淡々と返答をする。どんな作戦にも失敗はつきものだ。想定の範囲から逸脱はしていない。

 切嗣の懸念は、アーチャーがランサーに勝てるのか、という一点だ。二段構えの奇襲によって、戦闘を介さずにケイネスだけを仕留めるのが切嗣にとっての理想的な流れだった。戦闘に持ち込まれてしまうのは巧くない。ましてや、あのランサーの実力は先の戦闘でも確認済みだ。おそらく、セイバーを除けば現状最強のサーヴァントはランサーと考えて相違ないだろう。

 

「舞弥。もしもアーチャーが苦戦しそうなら、すぐに撤退させてくれ」

『アーチャーを援護する必要はない、と』

「ああ。長期戦になれば、不利になるのはこっちだからね」

『わかりました。では、このまま監視を続けます』

「頼む」

 

 最低限のやりとりのみを終えると、切嗣は電話を切った。奇襲に失敗したということは、アーチャーの手札をひとつ晒してしまったということだ。今後の作戦の立て方もまた考え直さねばならない。

 黙考しつつも携帯電話をポケットにしまい込み、もう一度前を向いたとき、切嗣は瞠目し、思わず立ち止まった。

 

「――ッ」

 

 今回の聖杯戦争において、切嗣が最も警戒し、同時に恐れていた男。あらゆる分野に手を出し、そのすべてにおいて才能を発揮しながらも、ひとつどころに留まることのなかった、底の知れない相手。出会えば、最大の強敵になるであろうことは明白であった男が、民間人の行き交う雑踏の中、ひとり佇んでいる。

 

「衛宮、切嗣」

 

 名を呼ばれ、思わず後ずさる。向こうは既に、こちらを認識している。

 すぐさま拳銃を取り出したい衝動に駆られるが、ここは多くの人が行き交う大通りのど真ん中だ。下手な真似をするわけにはいかない。

 

「……言峰綺礼」

 

 切嗣は、己の戦場たり得ぬこの場で、目の前に佇立する最大の難敵の名を呼んだ。


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