アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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邂逅篇
第一話


 第一話 出会いはカツアゲの最中(さなか)

 

 

 西暦二〇四六年四月。御堂剛(みどうごう)は己の不運を呪っていた。

 小学校を卒業した彼はこの春、父親の仕事の都合で、それまで生活していた神奈川県から、東京都の世田谷区へと引っ越してきた。

 生まれ育った土地から離れ、六年間を小学校で共に過ごしてきた友人達と同じ中学校へ行けないことには、当然ながら寂しさはあった。しかし、親友と呼べるほどの友達がいなかったゴウは、引越しの話を両親から聞かされても正直なところ、そこまでショックは感じていなかった。どころか、中途半端な時期に転校するよりはいいかという考えが頭に浮かび、そんな感想を抱いた自分の薄情さの方がショックだった。

 引越しから一ヶ月、中学校入学から約半月。新しい環境にも、徐々に慣れ始めたある日の放課後。

 ゴウは家の門限にはやや早い、手持ち無沙汰な時間を使って、学校から自宅までの道を気まぐれに散策していた。これから起こることも知らずに。

 一通りの散策後、偶然見つけた公園のトイレで用を済ませた後、そろそろ家に帰ろうかと出入り口まで歩いていたその時、知らない男に通路を阻まれた。

 制服を着ているので、学生だということはすぐに分かった。だが、自分より背は高く、染めた髪に耳にはピアスと、とてもガラが悪い。少なくとも同い年ではなさそうだ。

 学生はにやにや笑いながら、無言でゴウに近付いてくる。

 後ずさりするゴウは自ずとトイレ内へと戻され、しかも学生の後ろからは仲間らしき男達が三人、ゾロゾロと付いてきていた。

 

「な、何ですか……?」

 

 震える声でどうにか質問するゴウに、不良学生達は馴れ馴れしい口調で話しながら、ゴウを壁際へと追い詰め、扇状に取り囲んだ。

 

「そんなビビンないでよ~、ちょっと頼み事聞いてほしくてさぁ」

「俺達いま金欠でさぁ~」

「ちょっと貸してくんない?」

「とりあえず今ある分だけでいいからさ。ね?」

 

 

 

 こうしてゴウは、寄り道なんてしなければよかったと嘆く、今の状況に至る。

 ──最悪だ。こんな状況、漫画やドラマでしか見たことないのに実在するのか……。どうしよう……。

 中学生にもなると、こんなことは日常茶飯事なのか。それとも、やはり東京は怖い所なのかと思っていると、被ったニット帽から金髪の前髪と襟足を覗かせている、リーダー格らしき不良がゴウを急かす。

 

「ほら、ぱぱっと操作すりゃすぐだろ」

 

 何も言わないゴウに苛立ち始めたのか、すでに口調が荒くなり始めている。

 今やほぼ全ての日本国民が所持している、《ニューロリンカー》と呼ばれる脳と量子無線接続している携帯端末には、大した金額の電子マネーがチャージされているわけではないが、『とりあえず』ということはこれからもカモにされるのでは? と考えると、声が出てこない。

 治安維持を目的とした《ソーシャルカメラ》が、そこかしこに設置されている現代でも、さすがにトイレ内にまでカメラを設置するわけにはいかない。おそらくはそれを承知で、目の前の彼らは、ここに入った自分をターゲットにしたのだ。

 カメラはトイレの入口は映しているのだろうが、このトイレは入口を入って、すぐに曲がるL字型の構造をしているので、自分がトイレに戻されている姿は映っていないだろう。

 

「これ以上粘っても意味ないよ、痛い思いすんのヤでしょ?」

 

 そうそう、と他の不良達が続く。

 外に聞かれるのを避けているからか、不良達の声量は抑えられているものの、先程よりも更に剣呑なものへと変わっていく。

 しかし、ゴウは早鐘のように打つ心臓の鼓動を感じつつも、金を差し出す気は全くなかった。ゴウ自身がニューロリンカーを操作しない限り、不良達がゴウをいくら殴ろうが金を巻き上げることはできない。

 ──怖い、足の震えが止まんない、でも絶対嫌だ、ここでどんな目にあっても絶対に金を渡すもんか……。だって、そんなことは間違って──。

 

「……? おい、何見てんだよ!」

 

 不良の一人がいきなり怒鳴り声を出した。

 ビクッと飛び上がり、声も出せずに背筋を伸ばすゴウだったが、不良達はこちらではなくトイレの入口側に注目している。

 

「ふざけやがって……」

「こっち来いよ!」

「逃げたら許さねぇぞ!」

 

 不良達の声を受けて、入口から学生鞄を肩に掛けた学生服の男がのっそりと姿を現した。その姿を見た不良達は、わずかに戸惑いを見せる。

 現れたのは、少なくとも百八十センチはある背丈にがっしりとした体格、切れ長の鋭い目付きをした短髪の男だった。

 信じられないことに制服のデザインはゴウと同じのものだ。つまりは、ゴウと同じ学校に通う中学生ということになるのだが、その風貌はゴウにはどう見積もっても、高校生以上の年齢にしか見えない。

 最初ゴウは、不良達のボスでも来たのかと思ったが、不良達の困惑したような様子から、それは違うらしい。

 男のニューロリンカーには赤い光点が灯り、録画機能の起動を証明している。彼はゴウをじっと見つめると、次に不良達をじろりと一瞥してから口を開いた。

 

「……四人もいるのに、外に一人も見張りをつけないなんて、お粗末なカツアゲだ。……帰りな。警察に映像の提出なんかされたくないだろ?」

 

 完全に声変わりを終えている低い声で、諭すように男はそう言った。

 何故かは分からないが、男が自分を助けてくれているのではないかとゴウが思い始めていると、不良達は顔を見合わせ、さすがに四対一で負けはしないと判断したらしく、薄笑いを浮かべ始める。

 

「録画止めてデータ消せ。それともボコられてぇかよ」

 

 ポキポキと拳を鳴らして威嚇する不良達に、今までゴウがされていたように扇状に囲まれても、男は無表情のままだ。

 

「…………」

 

 男が無言のまま、何も無い宙に手を伸ばして動かし始めた。ニューロリンカーの仮想デスクを操作し、録画を止めたのだろう。その証拠に、赤く点灯していたランプが消える。

 状況が元に戻り、再び焦るゴウの心境をよそに、男は更にデータ消去の操作を──せずに、自分の首に装着されているニューロリンカーを首から外した。

 ゴウも不良達も男の意図が分からずに、黙って男の動きを見ていると──。

 

 ……ばきり。

 

 何かが割れる音。

 男が持っているニューロリンカーの一部を、片手で握り潰したのだ。外装が割れて内部の電子機器が少しだけ飛び出た、どう見ても壊れたニューロリンカーを、ゴウは目を丸くして凝視する。

 

「録画は止めた。……消去はしないが。コアチップは無事だから、ショップで買い替えりゃデータも問題ないな」

 

 うんうんと一人で勝手に納得している男は、にやりと口角を吊り上げる。

 

「ここまでしたんだから帰ってくれるよなぁ? それと、次にそいつ含めて同じようなことしているなんてのが、ちらりとでも俺の耳に届いたら……映像は提出する。納得できないのなら──」

 

 ニューロリンカーを壊そうがデータは残ったままだというのに、男はこれで手打ちにしたと言わんばかりの口振りでニューロリンカーを離し、バキバキと両手の指を鳴らすと、不良達に向かって、ドスを効かせた低い声を出す。

 

「相手をしてやる。でも『痛い思いすんのヤでしょ?』」

 

 威圧的な笑みを浮かべる男は、不良の一人がゴウに言っていた台詞を、そっくりそのまま返した。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 男が近付き、先程よりは若干穏やかな声をゴウにかける。

 結局、不良四人組はそそくさとトイレから出ていった。ゴウも恐怖で足が竦んでいなかったら、彼らに続いて、この場を離れたかったのが本音だ。

 

「あ、ありがとうございました。その、じゃあこれで……」

 

 もうとにかく早く帰りたい一心のゴウは、なんとかお礼の言葉を絞り出し、トイレから出ようとするが、男にがしりと肩を掴まれた。

 

「あーあー、ちょっと待った」

「は、はい……?」

 

 ──ははぁ、そうか分かったぞ。この人はあいつらから獲物(僕)を横取りしたかったんだ。あれ? でもニューロリンカー壊れてんだから、電子マネーの移動もできないんじゃ──あぁ……そうかサンドバッグ(これも僕)が欲しかったのか……。

 高速回転させた脳内で出した推測に納得し、観念するゴウ。

 

最初(ハナ)からあいつらに金を渡す気なんかなかっただろ?」

「えっ……」

 

 唐突に、男はゴウが不良達に囲まれながら思っていたことを、ピタリと言い当てた。

 ──何で分かったの? というかこの人、何が目的? 

 困惑するゴウは男の顔を見る。

 

「最初は犯行現場録画して、さっさと交番にでも連絡しようと思っていたんだが……。お前さんの眼がな、あいつらを怖がってはいても、絶対に言う通りにしない。屈しない、の方が正しいか? そんな感じの眼をしていた。それがどうにも気になってな、何か理由があるのか?」

 

 男はまるで、ゴウの心の奥を覗き込もうとしているような眼差しを向ける。

 何かを見極めようとしている、試そうとしているような眼差しを受けながら、ゴウは口を開いた。

 

「──その、僕、昔から臆病なんですけど、これは絶対にしたらいけないとか、逆に絶対にやるって自分の中で線引きをしたら、意地でも実行してやるって思っちゃうんです。それが友達の頼みでも……だからかな、仲間外れとかにされるわけじゃないんですけど、一定以上に人と親密になれなくて、親友と呼べるような友達もいなくて……って興味ないですよね? あはは……」

 

 話してから、どうして初対面の相手にこんなこと言っているのかとゴウが後悔していると──。

 

「……もしも、お前さんが自分を変えたいと思っているなら、明日……はさすがに無理か。明後日の十六時にこの公園の入口に来てほしい。三十分待って来ないなら俺も帰る。どうだ? 予定があるなら日を変えるが……」

 

 自ら壊したニューロリンカーを回収した鞄に一度目線を移してから、男がゴウに問うた。

 この時のゴウの本心は、この男に二度と関わらずにさっさと家に帰り、今日の出来事は忘れたかった。だが──。

 

「……分かりました、十六時ですね。明後日で大丈夫です」

 

 内心で大いに戸惑いながらも、この見た目は怖いが害意を感じさせない不思議な男が、何故自分にここまで関心を抱くのだろうか。一体何をさせたいのか。気になったゴウは気付けば約束をしていた。

 その言葉を受け、男は頷くと「じゃあ、明後日に」とだけ言って、すぐにトイレから出ていく。

 この日の出会いが、これまでの自分を一変させることを、トイレに一人残されたゴウは知る由もなかった。

 これから幾度となく訪れることになる『もう一つの世界』についても。

 


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