アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第十話
第十話 無制限中立フィールド
夏休みが終わり九月に入っても、気温はそうすぐには下がってはくれない。
新学期が始まってから最初の土曜日。半日授業の学校が終わってから一度自宅に戻り、私服に着替えて大悟との待ち合わせ場所に着く頃には、すでにゴウの額には汗が浮かんでいた。
いつも直結対戦をするときには喫茶店やファストフード店、あるいは図書館などで行うのだが、何故か今回は駅前にあるビルのテナントの一つである、ダイブカフェを待ち合わせ場所に指定された。
ビル入口にすでに到着していた大悟との挨拶もそこそこに、ゴウは地下二階のダイブカフェに入店する。店内入口の無人の受付で大悟が手早く手続きを済ませ、二人してフロアの奥へと入っていった。
ゴウは少し前に訪れたカドタワーなる秋葉原のビルに、密かに存在するバーストリンカー対戦の聖地、《アキハバラBG》のことを思い出していた。あの日以来まだ一度も訪れていないが、レベル4になった今、もう少し経ったら暇なときにでも足を向けようかとも考えている。
通路にある自動販売機で飲み物を買ってから、やがて四角形のテーブルと四つの椅子が置いてある一室に二人は入る。カドタワーのダイブカフェは仕切りのあるブースだったが、ここは一つ一つが壁と扉でしっかりと区切られた個室となっていた。互いに飲み物を開け、一息ついた後に大悟が話を切り出し始める。
「このダイブカフェは全部屋が完全防音かつ電磁
「あ、本当だ。でも今時ワイヤレスが使えないダイブカフェなんてあるんですね」
「まぁ珍しいよな。大概の人は不便に思うんだろうが、企業間の相談なんかにも使われているらしいし、一定の需要はあるんだろ。それに俺達が今から行く場所には都合が良い」
「行く場所?」
「そう、バーストリンカーがレベル4になって初めて行ける場所、そこを加速世界の本質とも呼んでいる奴もいる」
大悟はケーブルとルータを繋げ、何やら仮想デスクトップで操作を行っていると、ゴウのニューロリンカーにメールが届いた。宛先は目の前にいる大悟からだった。
「あるコマンドを唱えることでそこに行ける。今お前さんに送ったメールにコマンド名を載せたから確認してくれ」
「えーっと……はい、確認しました」
「じゃあ、まずニューロリンカーとケーブルを繋げて、はいこれ……よし。保険も一応かけておいたし、大丈夫だろ。カウント後にコマンドを唱えろ。用意はいいか? いくぞ。三、二、一……」
「「《アンリミテッド・バースト》」」
初めての唱えるコマンドのせいか、ゴウは自分のコマンドが大悟より若干遅れた気がするも、耳を叩く加速世界に入る音を聞きながら、視界が暗転していった。
《アンリミテッド・バースト》なるコマンドを復唱したゴウは、暗転が終わってから周りを見渡した。
薄黄色の空の下、赤茶けた岩が立ち並ぶ平野。乱入をされたわけでもないのに、もう対戦フィールドに移動していることに首を傾げながら、ここは確か《荒野》ステージだったかと、ゴウは記憶の引き出しを開けて思い出していた。これまで数回しか遭遇したことがないが、特別珍しいステージとは聞かない。
大悟が近くにおらず、ガイドカーソルも──そこでようやくゴウはここが通常の対戦フィールドではないことを実感した。対戦時は常に視界上部に表示されている、自分と相手の体力と必殺技のゲージバーが、自分の分しか表示されておらず、中央のカウントを刻んでいた場所には『∞』と表示されているからだ。
「よしよし、無事に来たな。コマンドは一秒以下でもズレると、ダイブに少し間が空くんだよなコレが」
いよいよ本格的に困惑し始めるゴウの前に、大悟がデュエルアバター、アイオライト・ボンズの姿で現れた。僧兵に似たアバターを前にしても、やはり自分の分の名前やバーしか表示されないので、ゴウは大悟に訊ねる。
「ここは、というか……これは何なんです? さっきのコマンドが何か関係してるんですか?」
「ここは《無制限中立フィールド》。知っている奴になら《無制限フィールド》、《上》とかでも通じる。その名の通り、ここでは《通常対戦》のように三十分の制限時間が存在しない、永続的に加速をし続けている空間だ。ちなみにさっき言った通りレベル4以上じゃないとコマンドを使えないし、ポイントを十ポイント消費する」
「へぇ、十ポイント……ん? それって、いつまでもここにいられるってことですか!?」
それが本当なら現実で十分間加速し続ければ、加速世界で約七日間もいられることになるではないか。そんなことができるとは、にわかには信じ難いゴウに大悟が首肯する。
「いようと思えばな。ただし、ずっと居続ければいいってものでもない。とりあえず連れていきたい所があるから、歩きながらここについて説明しよう」
不毛の大地を進む道中、ゴウは大悟による無制限中立フィールドについてのレクチャーを受けた。
エリア制限が無いこのフィールドは、ブレイン・バーストを形作るソーシャルカメラが映している日本全土が一つのフィールドであること。《バースト・アウト》による任意の加速停止ができず、各所に設置されている《ポータル》なる出口に入らない限り、基本的に現実世界には戻れないこと。フィールドの属性は《混沌》で、内部で数日経つ毎にステージが変化すること、痛覚が通常の対戦フィールドの二倍に引き上げられていることなど、ゴウにとっては一つ一つが驚くものだった。
ダイブした地点から数十分歩き続けていると、隣を歩く大悟が急に立ち止まった。
「どうしたんですか?」
ゴウが聞いても、大悟はキョロキョロと周りを見渡している。景色はダイブしてから、大して代わり映えのしない岩だらけの荒地だ。ここが目的地だとはとても思えない。
「せっかくだから、このフィールドならではの体験をさせようと思ってな。多分この辺りに──こっちだ」
今まで真っ直ぐに歩き続けていた大悟が進路を変更してからしばらくすると、一帯が干ばつで凹んだ窪地のような場所に出た。大悟が唐突に窪地を指差す。
「あそこ、見えるか?」
大悟が指を指した場所にゴウは目を凝らしてみると、距離にして三十メートル程度離れた場所に何かがいた。
それは焦げ茶色をしたトカゲのような生き物だった。しかし、現実に存在するトカゲよりも遥かに大きい。体高だけで一.五メートル、体長は長い尻尾を含めれば優に四メートルは越えていると、この距離でも分かる。
「あれは《エネミー》。このフィールドに存在する、システムが作った生き物達だ」
「達、ってことはあんなのがたくさんいるんですか?」
「そりゃもう、大小様々いるぞ。今この辺りにはあいつだけみたいだな。ちなみに《原生林》ステージの動物型のオブジェクトなんかと違って、あれを倒すとバーストポイントが手に入る」
「えっ! ポイントを得るにはバーストリンカーと対戦するしかないんじゃないじゃ──! じゃあ、もしかして師匠はアレを?」
「まぁ、そういうことだな」
大悟が自分以外と対戦をしているところを見たことがなかったのを、ずっと疑問に思っていたゴウだったがようやく謎が解けた。大悟はこのフィールドでエネミーを狩ることでポイントを稼いでいたのだ。
「あのサイズは《
普段ならあれだけ巨大なトカゲを見れば、少なからず躊躇するゴウだが、この時は初めて降り立った無制限中立フィールドに、少し浮き足立っていた。更に勝てばポイントも得られる存在となれば、ゴウでなくてもバーストリンカーなら興味を示すだろう。
「分かりました。じゃあ、行ってきます!」
二つ返事でゴウは意気揚々とエネミーに近付き始めた。もちろん相手に気付かれないように足音は極力立てない。トカゲ型のエネミーは岩に寝そべり、呑気に日光浴でもしているのか、瞼を閉じたまま動かない。昼寝中に襲うのもやや気が引けるが、心を鬼にしてエネミーの頭上の段差から一気に跳躍した。
「──そらぁっ!」
その勢いのままゴウは、エネミーの脳天へと渾身の踵落としを繰り出した。充分に手応えのある一撃を決め、そのままエネミーの眼前に着地する。
しかし、エネミーの前に立つゴウは違和感を覚えた。まともに食らえば、同レベル帯の大抵のデュエルアバターなら体力ゲージがフルの状態であっても、半分以上は体力を削るであろうクリティカルヒットだったのに、エネミーはぎょろりと眼を開いて、こちらを見るだけだった。
嫌な予感がするゴウに、大悟が向こうから声をかけてきた。
「オーガー、一応言っとくぞー。エネミーはどんなに弱い奴でも、大抵はレベル7のバーストリンカーが一人でなんとか勝てるくらいの強さだから油断するなよー」
「…………え?」
ゴウは真正面のエネミーを見据えると、いつの間にか表示されているエネミーのものらしき体力ゲージが一割弱程度、減少していた。
エネミーはようやくダメージを受けたことに気付いたのか、ぼんやりとした寝ぼけまなこから、敵意むき出しの眼に変わり、ゴウを睨み始める。ゴウが一度距離を取ろうとする前に、エネミーは綱引きの綱ほどの太さをした尻尾を、鞭のようにしならせて繰り出した。
とっさに両腕でガードするゴウだったが、尾の一撃が当たった瞬間に岩壁へと叩き付けられる。
「……は、早く言って……ほしかっ……たで、す」
岸壁にめり込んだゴウは、大悟には聞こえていないであろう掠れ声で、途切れ途切れにそう呟くのがやっとだった。