アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第十一話

 第十一話 荒野に佇む一軒家

 

 

「そう落ち込むなよ、何とか倒せたじゃねえか」

「それは師匠が手伝ってくれたからじゃないですか……」

 

 トカゲ型エネミーとの戦闘開始からおよそ一時間後。再びゴウと大悟は荒野を進んでいた。

 強烈な尾の一撃をガードしたゴウの両腕の装甲は、尾の当たった箇所がべこりと凹んで痕になっている。レベルが上がるごとに装甲の耐久性も上がり、最近では攻撃を受け流す技術も向上し、装甲に大きな傷が付かなくなったことが密かな自慢だったのだが、そんな自信も見事に打ち砕かれた。しかも攻撃されたことを、いかに寝起きだったとはいえ三十秒かけて気付いた鈍いトカゲに。

 ゴウにとって更にショックだったのは、大悟の援護を受けて三十分以上かけた戦闘の末、ようやくエネミーを倒した後に表示されたポイント加算メッセージを確認した時だった。

 バーストリンカーになってから最も長い戦闘の末に倒したのだから、さぞポイントを得られるものと思っていたのに、加算されたポイントはなんとたったの二ポイント。このあんまりな成果を、落ち込むなというのは無理な話だった。

 

「二ポイントですよ……あんなに必死で、一撃食らえばごっそり体力持っていかれるのに、こっちの一撃でも碌にダメージ受けない相手倒して二って……」

「まぁ、割には合わないわな。あくまでブレイン・バーストは対戦格闘ゲームであって、エネミー狩りによるポイントは救済措置の一環でオマケに過ぎない。それでも今の加速世界じゃ、ミドルランカー以上がレベルに上げるには、ほとんどがこうしてエネミーを狩っていくしかない。どうしてだか分かるか?」

「それは……レギオン間の相互不可侵条約のせいですか?」

 

 現在の高レベルのバーストリンカーは、ほとんどが六大レギオンの幹部格達。彼らと戦おうにも、彼らの治めている領土内ではリスト遮断特権によって、それも簡単には適わないのが現状だ。

 

「名を上げてからどこかのレギオンの領土をうろついていたら、そこの幹部に乱入されるかもしれんがな。ただ、無制限中立フィールドじゃ領土は関係ないから、上手いことやればエネミーを狩っている奴らを狙うなんてこともできる。──それはともかく、あの強化外装、だいぶ扱えるようになっていたな。最初に比べればめざましい進歩だ」

「あはは……最初に手に入れた時はどうしようかと思いましたけどね……」

 

 大悟と話しながら歩き続け、気持ちが立ち直り始めた頃に川が見えてきた。おそらく現実世界では東京と神奈川の県境となる多摩川に当たるのだろう。何となく現実よりも川の水深が浅く感じるのは、空気の乾燥した《荒野》ステージだからだろうか。

 川に沿ってしばらく南下して開けた場所を抜け、それから川に背を向けて歩いていると、どこからか規則的な音がかすかに聞こえてきた。まるで金槌が何かを打ち付けているような。

 ゴウが一体どこから、と周りを見ていると、少し遠くに(もや)のようなものが空へと立ち昇っている。

 

「煙……?」

「近いぞ、今日の目的地」

 

 大悟と共に煙の出ている方向に歩いていくと、金属音は進む度に大きくなり、やがて自然の物ではない物体を見つけた。

 木造らしき建造物が一軒だけぽつんと建っている。荒野に佇むその建物は、まるで西部劇に出てくる酒場のようだ。奇妙なことに家の煙突からではなく、その裏手からもうもうと煙が立ち昇っている。

 

「あそこには誰か住んでいるんですか?」

「住んでいる……か、当たらずも遠からずだな。あれは《プレイヤーホーム》。無制限中立フィールドに点在するショップからバーストポイントを消費して買える……んだが、これがべらぼうに高い。初めて必要なポイント見た時には、目玉が飛び出るかと思った。それに、ショップ帰りのバーストリンカーがエネミーに襲われて全損、なんてことも間々ある。いやぁ、節度は大切だよなぁ」

 

 他人事のようにケラケラ笑う大悟の説明を聞きながら、ゴウはショップという単語を以前聞いていたことを思い出していた。

 アキハバラBGで戦ったバーストリンカー、グレープ・アンカーは右目のアイレンズに眼帯を装着しており、それは外からは目を塞いでいるように見えるが、実は本人からはしっかり見えているという戦闘には関係ない、言うなればファッションアイテムだった。

 更には弾が六発入ったピストルまで所持していて、対戦に必死でうろ覚えだったが、アンカーはそれを「ショップで買った」とか喋っていた気がする。彼があれらのアイテムを何ポイント消費して買っていたかはともかく、買い物をする余裕があるくらいにポイントを蓄えていた、つまりそれだけ対戦に勝ってきたということになる。

 ──無茶苦茶な人だったけど、あれで実力者だったんだなぁ……。

 

「ほれ、行くぞ」

「あそこに入るんですか? 師匠、家主と知り合いなんですか?」

「というかあのホームは俺が家主の一人だぞ」

「ええっ!? い、いくらで買ったんですか?」

「内緒。まずは裏に回るぞ。多分もう皆揃っているはずだが……」

 

 ずんずんと進む大悟と一緒に家に近付いていくと、建物は幅の広い平屋であることが分かった。木造の壁は年季が入っているが、ついさっき磨き上げたようにも見える不思議な色合いをしている。

 入口が付いている正面から裏手に回り込むと、川の辺りからずっと見えていた煙と、聞こえてきた音の正体がようやく分かった。

 まず視界に入ったのは、赤茶けた土でできた大きな(かま)。かまくらじみたドーム状をしており、上部に空いている複数の穴から煙が出ていた。窯の内部に発生する炎の熱気をここからでも感じられる。

 そんな窯の前に岩を椅子代わりにして、金鎚を打つ何者かがいた。

 

「キルン、来たぞ! 皆は中にいるのか!?」

「あぁ!?」

 

 打ち鳴らす金鎚の音に負けないように、大声で大悟が後ろを向いた人物に声をかける。

 大悟の声が届いたらしく、金鎚を打つのを止め、こちらを向いて立ち上がったのは、窯と同じ色をしたデュエルアバターだった。

 レンガを積み重ねてできたような装甲に、小柄ながらもがっしりとした体格。手には分厚い作業手袋、足にはこれまた分厚い長靴を履き、顔についた装飾は、まるで立派な口髭をたくわえているかのようだ。

 

(あん)だって? ボンズ」

「皆いるのかって」

「あー、そいつか? おめえの《子》ってのは。皆待ちくたびれてんじゃないかね。ってかよ、時間指定しておいて一時間以上過ぎてんじゃねえか」

「悪い。エネミーがいたから、ちょっとこいつと戦わせてたんだ」

「ほぉー……とりあえず入るか。自己紹介はそん時に」

 

 やや訛りの入った、ぶっきらぼうな調子で話す小柄な職人アバターは、ゴウに向かって軽く手を振ると、玄関ポーチ前の段差を上がって正面の扉へと向かう。

 その後を大悟と追い、キルンが丈夫そうな木の扉が開くと、ゴウはプレイヤーホームの中へと足を踏み入れた。

 内部は思った以上に広い。入口から見て左奥にはカウンターバーが備え付けられ、右奥には壁に沿って大きなソファーが二つ。正面奥には、今は使われていない暖炉が備え付けられている。更に丸テーブルと椅子のセットが、いくつかまばらに置かれていた。

 天井から吊り下げられ、等間隔に並んでいる白熱電球は古びてはいるが、屋内全体を照らすのに充分な明るさで、そんな空間に数体のデュエルアバター達がいた。

 談笑していた者、何やら作業をしていた者、それぞれがこちらに気付いて一斉に振り向くと、歓声を上げながら集まってくる。

 

「待ってたわぁ! さぁさぁ上がって上が──ちょっと、ケガしてるじゃない! ボンズちゃん!! どういうこと!?」

「ずいぶん遅かったね。エネミーにでもつかまったの?」

「透明な装甲だー、珍しいねー。近接系? 遠隔系? 間接系?」

「あっ、あの、何か飲みますか?」

 

 いきなりの歓迎ムードに圧倒されるゴウと迫るアバター達の間に、大悟がまあまあと両手を上げながら割って入った。

 

「とりあえずは自己紹介をしよう。はい座った座った……ん? コングはどうした」

「まだよ。多分こっちに向かっていると思うんだけど……」

「ったく、あいつは……遅れたこっちが言えた義理じゃないか。とりあえずは今いる奴だけでいいな。じゃあ順番に、メディックから」

「はいはーい」

 

 大悟に呼ばれた明るい声のF型アバターが手を挙げ、その他のアバター達はソファーや椅子に座り始める。

 

「あたしは《エッグ・メディック》、レベルは7よ。一応、ここのマスターキーを持つ管理人をやっているわ。あなたがオーガーちゃんね? ボンズちゃんたら、あたし達にあなたのことを初めて話したのが、ほんの一週間前なのよ。信じられる? 四ヶ月近くも、そこの彼が《子》を作ったことをあたし達全員知らなかったの。もぉー! もっと早く知っていたら皆で色々教えてあげて、もっと早くここに来られたかもなのに!」

 

 なんとも世話好きなお姉さん、といった印象の人物だ。頭に被った縁がギザギザとしたヘルメットパーツと、同じく縁がギザギザの腰周りを丸ごと覆う、半円形のアーマーは薄い赤みが入った黄色、たとえるなら赤玉の鶏卵といったところか。他の部位はより黄色の割合が多く、まるで卵の殻を半分に割って、そのまま出てきたかのようなデザインだ。

 放って置いたら延々と喋っていそうなメディックを、一人のアバターがパンパンと手を叩いて止める。

 

「はいはい一旦ストップ。ここじゃ時間はほぼ無限だけど、僕らも早く彼に挨拶したいんだ」

 

 万年筆の意匠が施されている、黒っぽい装甲を着けたM型アバターだ。ちなみに万年筆を含めた筆記用具類は、ニューロリンカーによる仮想デスクトップやホロキーボードの普及によって、現代では見かける機会が非常に少ない。アイレンズは四角型のデザインと周りの太い縁によって、まるで眼鏡を掛けているかのよう。

 

「《インク・メモリー》だ、よろしくね。レベルは7。ダイヤモンド・オーガー、君の対戦は何度かギャラリーで見たことがあるよ。もっともボンズが《親》とは思わなかったけどね。じゃあ次、リキュール」

 

 手早く挨拶を済ませたメモリーが座り、代わりに名前通りの鮮やかなワインレッドを基調とした、バーテンダーのような格好のF型アバターが立ち上がった。

 

「は、初めまして、レベル6の《ワイン・リキュール》です。新しい人が来るのはキューブ君以来だからちょっと緊張しちゃうな……。ええっと、よろしくね」

 

 リキュールはやや緊張気味な高い声で、こちらを向いてぺこりと頭を下げ、後頭部に付いた葡萄型の球体はシニョンを結っているようにも見える。

 

「じゃー、次俺ねー」

 

 続いて立ち上がったのは、青緑色をしたM型アバター。

 一見これといった特徴が見られないが、頭部が透明な立方体状の氷に覆われていて、体のデザインがシンプルな分、非常に際立っている。

 緊張気味だったリキュールとは正反対に、気の抜けたのんびりとした声でゴウに挨拶をしてきた。

 

「俺は《アイス・キューブ》だよ、よろしく~。ここじゃ一番の若手だから、初めての後輩だねー。あ、レベルは6ね」

 

 最後に奥のバーカウンターでごついコップから何かを飲んでいる、先程の土色アバターが座ったまま名乗る。

 

「レベル7の《クレイ・キルン》だ。さっきみてえに外でガンガンやってることが多いが、まぁ勘弁な」

 

 一気に知り合いが増えたゴウだったが、幸い現実の人間と違い、一人一人の姿がまるで違うアバターの姿や名前を覚えるのはそう難しいことではなかった。次に自分が名乗ろうとすると、入口の扉が大きな音を立てて開いた。

 

「すまん、遅れた!」

 

 野太い声に何事かと振り向くゴウだったが、他の面々はさして驚く様子もない。

 ホーム内に入ってきたのは、丸太のように太い手足と、バイザーゴーグルを装着し、苔むした岩にも似た頭部をした、百九十センチを超えるM型アバターだった。

 大悟が巨漢のアバターに向かって声をかける。

 

「コング、いま自己紹介中でな。丁度良いからお前さんも挨拶しとけ」

「ん? おぉー! 俺は《フォレスト・ゴリラ》。コングと呼んでくれ。いやぁー、ボンズの《子》が来るってんで、楽しみすぎて昨日の夜は眠れなくてさ。案の定、昼過ぎに眠くなっちまったから、ちょっと昼寝して起きたらもう集合時間。慌ててコマンド唱えて今に至るってとこよ」

 

 早口にまくし立てて説明したコングは、がっしりとした大きい手で、力強くゴウと握手をした。

 コングが離れると、大悟がゴウの方を向いて立ち上がる。

 

「さて、これで全員だ。オーガー、皆に軽く自己紹介してやってくれ」

「は、はい。初めまして、ダイヤモンド・オーガーです。えっとレベル4になって初めて無制限中立フィールドに来ました──」

 

 そこまで言ってピタリと口を(つぐ)むゴウ。成り行きでここの面々と挨拶をしているが、根本的なことをまだ知らない。リキュールやキューブが何やら「新しい人」だとか「後輩」がどうとか言っていたことを、今更ながらに疑問に思った。

 

「えっと、その、ここは一体何をしている場所なんですか? 師匠に、ボンズさんに何も知らされずにここまで連れて来てもらったんですけど……」

 

 ゴウの質問に酒場中がしん、と静まり返った後、間を置いて大悟を除く全員がはぁー、と溜め息を吐く。

 

「ボンズちゃん、この子にこの場所のこと、何も教えていないの?」

「ボンズはいつも説明しないよねー」

「秘密主義も程々にしておかないと、いつか愛想尽かされるよ」

 

 やれやれと、どこか呆れたような空気が漂う中、当事者である大悟はさすがにバツの悪そうな調子で弁明する。

 

「いやいや、着くまでの楽しみとしてとっておこうとサプライズのつもりでな。それに皆もいろいろと言いたいだろうと思ってだな……あー、分かった分かった。確かに俺の説明不足もあったよ、今から伝えるから勘弁してくれ」

 

 最初のブレイン・バーストのインストールといい、アキハバラBGの時といい、どうも事前に大悟が人にものを教えないのは、今に始まったことではないらしい。

 そんな大悟はゴウの方に向き直ると、少し芝居がかった調子で両腕を広げた。

 

「改めて、ようこそオーガー。流れ者達の溜まり場、《アウトロー》へ」

 

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