アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第十三話

 第十三話 仲間と共に

 

 

 無制限中立フィールドでの《死亡》については、アウトローに向かう道すがら、大悟から簡単に説明を受けていた。

 死亡した座標に己のデュエルアバターと同じ色をした《死亡マーカー》が回転し、六十分のカウントが刻まれる。死亡した当人はカウントがゼロになるまでは、自分自身だけにしか見えない半透明の幽霊状態になり、死亡地点より半径十メートル以内の移動と、白黒のモノトーンになった周りを眺めることしかできない。

 つまり、今のゴウの状態を指している。

 

 

 

 遡ること数十分前。大悟に「死ね」と指示され、しばし思考停止するゴウ。どうも自分は理解できないことに直面すると固まるな、と自己分析しつつ、軽く深呼吸してから大悟に確認をする。

 

「……つまり、あのエネミーに突進して死ねってことですか?」

「おっ、よく分かったな。別に意地悪で言ってんじゃないぞ。体力が削れた今のお前さんじゃ、どっちにしろ戦闘中に死んじまうからな。体力が心許ないとどうしても動きが萎縮気味になるから、まずはあのエネミーの動き、そして俺達の立ち回りを見ておくんだ」

 

 確かに今のゴウの体力ゲージは、先の小獣(レッサー)級エネミーとの戦闘で半分を下回っている。ゴウにとっては、この辺りの主と言っても過言ではない迫力の巨獣(ビースト)級エネミー相手に、そのまま戦闘しても早い内に体力がゼロになるのは目に見えているだろう。

 どうやら大悟はダメージを受けることがない、ある意味では安全とも言える死亡状態で集団戦闘のやり方を見せることが目的らしい。

 

「オーガー、ファイトー!」

「当たって砕けろー」

「最初はぶつかって、後は流れでー」

 

 他のメンバーの励まし(?)も受け、覚悟を決めたゴウはエネミーに見つからないように近くまで接近すると、エネミーの注意を引くことも兼ねて、大声で叫びながら岩石の巨獣に立ち向かっていった。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 ゴウは気合と共に、拳をエネミーの肢の一本に打ち込んだ。すると、エネミーの肢を構成する無数の岩の二、三個が瓦解し、エネミーの三段ある体力ゲージの一段目がわずかに削れる。

 それを確認したところでエネミーの肢が重々しく持ち上がり、ゴウは一瞬で踏み潰された。

 

 

 

 こうして今の待機状態に至る。幸いだったのかは不明だが、一瞬で踏み潰されて爆散したことで、痛みは全くといっていいほど感じなかった。体力が半減した状態での即死だったが、おそらく無傷の状態でも、一割でも体力が残れば良い方だろう。

 いずれにせよ、あの巨体からの攻撃を一撃でもまともに受ければ死に繋がるということを学んだゴウは、事前に言われていた大悟達の戦闘を幽霊状態でじっと見守っている。

 率直に言って、アウトローの面々の戦いぶりは見事なものだった。前衛メンバーがエネミーを撹乱しつつ、ヒット&アウェイで少しずつ体力を削る。後衛メンバーは前衛の補助や隙を見せたエネミーに攻撃し、ダメージを与えていく。それぞれが自分の力を最大限に活かし、連携していることが集団戦の経験が無いゴウでも分かるくらいだ。

 だが、エネミーの方も、メンバー達の動きを捕らえ切れてこそいないものの、岩石で構成された体と、その巨体によるタフネスは相当なもので、アウトローメンバーの幾度もの攻撃を受けて、ようやく一本目の体力バーが消えたところだった。

 この間約三十分、エネミーの攻撃パターンはある程度読めた。巨体を生かした超重量の頭突きや踏み付け、岩の爪による引っ掻きの他、一つがアバター一体分の大きさはありそうな体を構成している岩を、体を震わせることでばら撒いたり、口からは塵旋風(じんせんぷう)のようなブレス攻撃まで放ってくる。

 そんな猛攻を時には受け流し、時には紙一重で躱すメンバー達を、ゴウは凄いと思うと同時に、もどかしい気持ちを感じていた。自分もあの中で戦いたい、協力してエネミーを倒したいと思っていたのだ。

 戦闘に入る前は気後れしてしまうゴウだが、一度戦端が開けば体が勝手に反応するようにいつしかなっていた。それは、ゴウ自身でさえ自覚しきれていない、闘争を求めるバーストリンカーとしての本能の一つでもあった。

 目の前の戦闘に注視しつつ、じりじりと近付く待機時間のカウンターにも気を配る。やがてカウントがゼロになるとデュエルアバターの姿が再構成され、視界にも色が戻った。

 体力が全快したことで死亡前よりも体が軽くなった気がしていると、自分を呼ぶ声がする。

 

「オーガー君!」

 

 リキュールだ。こちらに向かって走ってくる。

 両腕で抱えているのは、酒瓶にグリップやトリガーを取り付けたような珍妙なデザインをした銃。《遠隔の赤》に属するリキュールの強化外装だ。先程から後衛担当として弾丸を撃ち出しては、前衛を援護していたのをゴウは待機状態で確認している。

 

「今からボンズさんの所に向かってください。詳しい指示はそこでするそうです。今のエネミーのヘイトは前衛の人達に向いているけど、踏み潰されないように注意してね。念の為、私が援護します」

「はい!」

 

 リキュールの伝達を受けたゴウがボンズの元へと走っていると、エネミーが奇怪な雄叫びを上げながら、前肢を上げて後肢だけで立ち上がった。

 今までの戦闘では見られなかった行動は、後肢で立ちながら(いなな)く馬のようにも思える。エネミーはそのまま、全体重をかけた前肢で一息に地面を踏み付けた。

 直後、エネミーが踏んだ周辺の地面が波打ち、衝撃が地面を通ってゴウを硬直させる。他の前衛メンバーも、エネミーの踏み付けのショックで、ゴウと同様のスタン状態に陥っていた。

 その隙を逃さず、エネミーが大きく息を吸い込み、胸腔部分がみるみる内に膨らんでいく。

 あの予備動作は死亡状態でも見た、砂塵ブレスの前兆だ。照準はエネミーの真下にいる前衛メンバー達に向けられ、まともに受けたら大ダメージは免れないだろう。だが、ブレス攻撃が来る直前にゴウの後方から声が上がった。

 

「《イグナイト・バズーカ》!」

 

 凛とした声の後にドガァン!! と派手な音を立てて発射された砲弾が、エネミーの顔面に直撃した。

 着弾箇所から炎が上がり、エネミーがたまらず攻撃を止め、激しく頭を振り乱す。炎はエネミーの顔に纏わり付き、少しずつではあるがエネミーの体力を削っていった。

 

「行って!」

 

 声に振り返ると、リキュールが片膝を着いた状態で、先端が蝶番(ちょうつがい)のように開き、銃の口径が大きくなった、バズーカ砲に変じた強化外装を担いでいた。砲口からは薄く硝煙が棚引いている。

 援護を受けたゴウは、リキュールへ軽く頭を下げてから再び走り出し、一気に大悟の元に到着した。

 すでに踏み付けの衝撃から立ち直っている大悟がこちらを向き、軽く片手を上げる。

 

「よう、来たな。早速働いてもらうぞ」

「まずは何をしますか?」

「あいつの動きを封じる。今までの戦闘で右の前後肢に集中してダメージを均等に与えているから、もう少しすれば体を支えきれなくなるはずだ。そうなったら倒れたところを反撃に注意しつつタコ殴りにする。しばらくはお前さんも俺達と一緒に攻撃に加われ。合図を出したら、強化外装で一気に決めろ。いいな?」

「はい!」

 

 大悟の指示を受け、エネミーの足元に向かうゴウ。エネミーの顔に纏わり付いていた炎はすでに消え、岩の奥に埋まった眼球からは強い敵意が感じられる。

 そんな視線にも構わず、ゴウはエネミーの右前肢部分にある、間接らしき部分に蹴りを繰り出した。体力をほんの少しだけ削ってから、踏み潰されず、離れすぎない程度に距離を取る。

 するとエネミーは前肢を上げ、踏み付けるのではなく横薙ぎに肢を振るった。重量級アバターの体当たりの、軽く五倍は威力がありそうな岩の肢が迫る中、突如エネミーが咆哮を上げ、狙いを外した肢がゴウの頭上を掠めていった。

 見るとエネミーの右後肢を、コングとキューブが攻撃して態勢を崩していた。こちらへの攻撃から逸らしてくれたらしい。更に後衛の援護攻撃がエネミーの背中やら肩やらに当たり、エネミーの体力がじわじわと削れていく。

 ゴウは時に他のメンバーからフォローされつつも繰り返し攻撃を続けていき、ついにエネミーの二本目の体力バーが消えた。

 続けてコングの拳による一撃を受け、エネミーの右前肢の足首に当たる部分が砕け散った瞬間、大悟から鋭い声が飛ぶ。

 

「オーガー! 今だ、肢を砕け!」

「はい!」

 

 指示を受けて走り出したゴウは右手を掲げ、己の武器の名前を叫んだ。

 

「着装──《アンブレイカブル》!」

 

 走るゴウの右手に白い光が結集し、とある武器を形作る。光が消え切る前に両手で強化外装を握り締めたゴウは大上段から袈裟切り気味に、今までの戦闘ダメージによってできた、いくつもの傷とひび割れの跡が残るエネミーの肢へと、強化外装を振り下ろした。

 

「はあああああああっっ!!」

 

 バギャァアア!! と耳障りな音を立てながら、エネミーの右後肢の足首が粉々に砕け散る。

 ぐらつくエネミーが、今まででの比ではない大音量の咆哮を上げながら、右向きに倒れていった。

 

「うわ、わわわわわわ……」

 

 轟音を上げながら真上から降ってくる巨体に慌てながら、ゴウは強化外装を肩に担ぐと、今いる場所から全速力で逃げ出した。なんとかエネミーの下敷きになるのを回避すると、やや遠くから大悟の声が届く。

 

「そのまま腹の周辺を攻撃し続けろ! 体を震わせ始めたら、岩が発射されるから注意しろよ!」

 

 

 

 それから約十分後。誰が止めを刺したかゴウには分からなかったが、横臥状態で尚も暴れ続けた岩石の巨獣は、体力を全て削られたことで、いくつもの光の粒となって宙に消えていった。

 エネミーを倒したことによるポイント加算メッセージが表示されていると、ゴウはいきなり誰かに肩をバシバシと叩かれる。驚きつつ振り返ると、背後にいたコングが声を弾ませた。

 

「やるじゃんか、オーガー! い~い戦いっぷりだったぜ。その強化外装も凄え威力だしよ。何てったっけ? それ」

「あ、ありがとうございます。これは《アンブレイカブル》です。レベル2のレベルアップ・ボーナスで手に入れたんですけど……」

 

 ゴウは先端を地面に着けていた自分の強化外装を見つめる。

 それは、丸い(びょう)のように盛り上がった部分が規則的に並んだ、持ち手まで含めれば百五十センチ近い長さになる金棒だ。色はオーガー自身のダイヤモンド装甲と同じく白っぽい透明。

 正確には金砕棒と呼ばれるらしい形状をしたこの武器を、レベルアップ・ボーナスで確認した時、ほとんど一目惚れだった。他のボーナスを確認しても気持ちは変わらず、正に『鬼に金棒』状態になることを期待して取得したゴウだったが、実際はそう上手くはいかなかった。

 いざ取得して手に取った《アンブレイカブル》は非常に重く、レベル2だったオーガーの《剛力》アビリティをして、両腕で持ち上げるのが精々というとんでもない代物だったのだ。  

 レベル8の大悟でさえ、わずかにふらつきながら取り回し、「こりゃ少なくとも今のお前さんじゃ、実戦じゃ使えんな」とだけ言って、すぐに返されてしまった。

 レベルアップ・ボーナスの内容は簡単なモーションや形状しか表示されず、詳細が分からないという落とし穴をレベル2にしてゴウは身を以って学んだ。だが、止むなく必殺技ゲージチャージの為にステージのオブジェクトの破壊に使用していた際に、この強化外装の長所に気付いた。

 一度確認にと、大悟との《稽古》で大悟の蹴りが迫る中、とっさに盾代わりに召喚して柱のように立てたところ、強い衝撃こそ走ったが、《アンブレイカブル》は無傷。その上、蹴りを繰り出した大悟の方がダメージを受けるという結果を引き起こしたのだ。

『壊れない』の意味を持つ《アンブレイカブル》はその名の通り非常に頑丈で、色合いこそ同じでも、オーガー自身の装甲よりも強度が高いことが、この時に分かった。

 その重量故に移動も困難になり、素早い相手には対応しきれなくなるという欠点も、レベル3と4のボーナスを《剛力》アビリティの強化に費やし、加えてレベルアップによって基礎能力が上がった現在は克服しつつある。

 

「ちょっと貸してみせてくれよ──おおぅ、重いな。これ振り回すなんてやるなぁ」

 

 そう言いながらもゴウの差し出した金棒を、大柄のコングはふらつく様子もなく逞しい腕で振るっていた。

 やがて他のメンバーも全員集まり、ハイタッチや握手をしてエネミーに勝利した喜びを分かち合っていると、ゴウは胸の中に何か温かい物を感じた。

 思えば今までも学校の運動会や文化祭で、友達と協力して何かを成し遂げることは多々あったが、それでも今ほど充実した気持ちを抱いたことはなかった。きっと、ほんの数時間前に初めて会った人達でも、心の底から必死に打ち込んで、協力した出来事は心が共感し、繋がるものなのだ。仮想の世界とはいえ、命がけで怪物と戦ったとなれば尚更だと、ゴウはそんな自分なりの結論を出した。

 ──それにもっと早く気付いていれば、今までも親友になれた人がいたのかな……。

 ゴウは引越しによって離れることになった小学生時代の友人達を思い、憂いの表情を浮かべる。そんなゴウの感情はデュエルアバターの姿だったのが幸いしたのか、周りのメンバー達は気付かなかったようで、ゴウはすぐに頭を切り替え、喜びの輪に再び混ざっていった。

 

 

 

 エネミーを倒してから、再びプレイヤーホーム《アウトロー》に戻って祝杯を挙げた後にゴウは戦闘の疲れから眠ってしまった。次に目を覚ますと誰かが運んでくれていたのか、ソファーの上に寝そべっていた。

 起き上がると、それに気付いた大悟に声をかけられる。

 

「起きたな、そろそろログアウトするぞ。もうすぐ設定したタイマーが作動する頃だ」

「タイマー……?」

「あぁ、詳しくは歩きながら話すよ。ほら、しゃきっとしな」

 

 覚醒しきっていない頭で、ゴウはソファーからのそのそと立ち上がった。

 メンバーからは「お疲れ様! また来週ね」「これからもよろしく頼むよ」と暖かい言葉を受けながら、ゴウはアウトローの面々と挨拶してホームを後にする。裏に回って再び何やら作業をしていたキルンにも挨拶すると、彼は振り返って片手を挙げた後、すぐに作業へ戻っていった。

 

「──初めに無制限中立フィールドでログアウトするには各所の離脱(リーブ)ポイント、ポータルを利用するしかないと言ったが、単純にログアウトするだけなら方法はいくつかある。その一つはタイマーを利用したグローバル切断だ」

 

 ポータルに向かう道中、大悟による本日何回目かのレクチャーを受けるゴウ。寝起きから完全に目覚め、大悟がダイブ前にしていたことを思い出す。

 

「もしかして、ダイブカフェで師匠が最初にやっていた──」

「そう。メールを送った時に平行して、タイマーをセットしていた。今回あそこを選んだのは、有線接続が可能だったからだ。ここにダイブする時はホームサーバーとか、据え置きPCとかで有線経由でグローバル接続をしたほうが良い。何でだと思う?」

「……エネミーの襲われた時の為の保険ですか?」

 

 ゴウは巨獣(ビースト)級エネミーとの戦闘前に、メディックがエネミーについての解説で、群れに襲われることもあると話してくれた。つまり、それは予想外の強襲に直面する可能性もあるということ。

 これは正解だったようで、大悟は軽く首肯する。

 

「他のバーストリンカーに狙われることもあるが、『連続で倒され続ける』なんてことはそうは起こらない。それでも何が起こるか分からないのがこのフィールドの怖さでな。悪意を持ったフィジカル・ノッカー、《PK集団》。後は縄張りを持ったエネミーの縄張り深くで、死んでは生き返ってを繰り返す《無限EK(エネミー・キル)》。もっとも、後者は蘇生してすぐに逃げれば、縄張りから出られるケースがほとんどだが……」

 

 物騒な名称をちらほら出しながら、大悟が続ける。

 

「ただし、回線の自動切断でログアウトした場合、次にここにダイブした時には、ログアウトした地点に自動出現しちまうんだ。だから基本はその場しのぎの緊急避難にしかならない」

「基本的に、ポータルを利用する必要はあるんですね?」

「まぁな。これを利用して再ダイブ時に、現実のどこにいてもその場所にすぐ出現することをメリットにしたりする奴もいる。そこは使いようだな」

 

 歩きながら話している内に二子玉川駅へと辿り着くと、構内に入ってすぐに、ゆっくり回転する楕円形の青い光が見えた。揺らめく光はどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。

 

「あれがポータル。あの中に入った瞬間にログアウトして現実世界に戻れる。さぁ、帰るか」

 

 

 

 現実世界のダイブカフェに戻ったゴウは現在の時刻を確認する。

 分かってはいたが、向こうにダイブして約半日。しかし、現実では一分も経っていないという事実。自分としては大冒険と言っても差し支えないあの濃密な時間は、現実では一瞬の出来事に過ぎないとは、すぐには受け入れ難かった。

 対面して座っている大悟はあくびをしながら、ケーブルをルータから引き抜いて片付けを始めている。

 

「初ダイブお疲れ。こっちで一分そこらなのに向こうで半日も過ごしていたなんて信じられないだろ?」

 

 まさに考えていたことを見抜かれ、頷くゴウ。そんなに顔に出ていたのかと顔に軽く手で触れているのを見て、大悟は小さく笑いながら、部屋に入る前に買っていた飲み物の蓋を開ける。

 

「気にすんな、誰もが思うことだよ。んー……一応、一時間分の料金を払ったわけだし、少し話すか」

 

 それからは、大悟にアウトローでの毎週の集まりについて、プレイヤーホームの仕組み、ホームまでの道のりに関して、エネミーとの戦い方などを、質問を交えながらゴウは聞いていた。

 

「──ってことだな。今日は最初だから万全を期したやり方を教えたが、戦闘が目的じゃないなら、律儀に毎回タイマーの準備までしなくてもいい。それと集まりは強制じゃないから、無理に毎週行くことはないぞ」

「大悟さんは毎回行っているわけじゃないんですか?」

「月の内の一回か二回は行かない週もある。あんまり人数が揃わないとエネミー狩りもしないし、そんなときはその場にいる奴の話を聞くのも勉強になるぞ。連中、お前さんよりもずっと長いことバーストリンカーやっているからな。……さて、そろそろお開きにするか」

 

 部屋のレンタル時間が近付き、帰り支度をし始めていると、ふとゴウの頭に大悟が少し前に言っていた台詞がよぎる。

 通常対戦では加速して三十分、現実ではわずか一.八秒。だが、無制限中立フィールドで一週間過ごしたとしても、現実世界では約十分しか経過しない。ただし加速世界で過ごした記憶は、現実世界に戻ってもそのまま残っている。つまり──。

 

「……大悟さん」

「ん? どうした」

「大悟さんは今までどれくらいの時間、向こうで過ごしてきたんですか? ……一体、何歳からバーストリンカーだったんですか?」

「………………」

 

 今までブレイン・バーストに対するゴウの質問に答えないことはあっても、すぐにレスポンスがあった大悟が初めて沈黙し、下を向いた。その姿にゴウは確信を得る。

 バーストリンカーである期間が長ければ長いほど、加速世界で過ごす時間が長くなる。しかし、加速状態になっていても、肉体はその時間の分だけ成長することはない。つまり、精神のみが過ごしてきた時間の分だけ、肉体とのズレが生じるのだ。

 確かに大悟の見た目は体格や顔立ちによって大人びて見えるが、それにしたところで中学三年生にしては、精神的にあまりにも成長し過ぎているように感じられる。仮に加速世界で長く過ごすことによって、精神的に成長していたとしたら辻褄は一応合う。一体彼は何年の時を加速世界で過ごしてきたのだろうか。いや、もしかして何年どころか何十年──。

 

「その疑問に行き着くのは当然だな。思っていたより随分と早いが」

 

 大悟が観念したように口を開き、ゴウの方へ向き直る。

 

「まず俺のブレイン・バーストの累計プレイ時間……そうだな、少なくとも現実世界で生きた時間よりずっと長い時間を過ごしている、と言っておこうか。ははは、ゲーム廃人も真っ青だ」

 

 どこか自嘲気味で笑う大悟。累計ではあるが、実年齢以上の時間を加速世界で過ごしていると自ら認めたのだ。

 

「それと、いつからバーストリンカーだったのかって質問だが、これは教えられないな。少なくとも今は」

「ど、どうしてですか? 何か問題があるんですか?」

「その知りたがる姿勢は悪くないけどな、俺にも言い辛いことの一つや二つはあるんだよ」

「あ……」

 

 綿で覆われた鉄の扉のように、大悟は口調こそやんわりとして穏やかだったが、はっきりとした拒絶の意志が感じられた。

 それに対してゴウは押し黙り、さすがに詮索をしすぎてしまったと反省をする。

 

「……ブレイン・バーストは決して、その人間にとって全てがプラスに働くものじゃない。長くやればやるほど『思考を加速する』という性質上、現実を果てしなく薄めていく。他のゲームの比じゃないほどにな」

 

 かつて大悟は、「現実を疎かにするな」とゴウに忠告していた。

 ゴウはバースト・ポイントを勉強やスポーツ等、実生活に利用したことはない。理由の一つに、加速の力を使う内に依存してしまうのに懸念があったからだ。大悟の言葉はその考え方と同様のものと考えていたのだが、それだけではなく、ブレイン・バーストというゲームの性質についても含まれていたのだ。

 確かにそれは、肉体も精神も成長途中である子供にとって、手放しに良いことだとはいえないのかもしれない。しかし──。

 

「でも……それでも僕は大悟さんに、ブレイン・バーストに出会えて良かったと思っています」

 

 もし、ブレイン・バーストを知る前に時間を戻せたとしても、そうしようとはゴウは思わない。大悟との出会いを、逆境から立ち上がって勝ち取った勝利を、アウトローの仲間達との共闘を、そして以前より前を向けるようになった自分をなかったことにはしたくない、してはいけないと思えるからだ。

 大悟はゴウの言葉を聞いてしばらく黙っていたが、やがて少しだけ笑みを見せた。

 

「俺も……お前さんを《子》にして良かったと思っている。それにさっきはああ言ったが、いずれ話す時だって来るだろうよ」

 

 こうして二人は、ダイブカフェを後にしてその日は別れた。

 大悟の言っていた通り、後にゴウは大悟への質問の答えを知ることになる。それがさして遠くない未来のことであるとは、この時のゴウはもちろん、大悟でさえ予想すらしていなかった。

 


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