アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第十五話

 第十五話 災禍の鎧

 

 

 大悟が身の上を勝手に語られた鬱憤をエネミー狩りで大いに晴らした、その翌週の金曜日の昼休み。

 ゴウは更衣室で次の授業である体育に備え、体操着に着替えていると、メールの通知に気付いた。

 差出人は大悟からだった。明日にはアウトローの集まりがあるのに一体何の用かと、着替え終えた友達にすぐに追い付くと伝えてから、メールの内容を確認する。

 

『今日の放課後、真っ直ぐ家に帰って、上にダイブをしてほしい。準備ができたらダイブ前にこっちにメールしてくれ。ダイブのタイミングはこちらで知らせる。もしも都合が悪ければ早めの連絡をくれ』

 

 それだけだった。

 上、とは無制限中立フィールドのことだろう。今日は特に予定もないので問題はないのだが、大悟の意図はさっぱり読めない。

 ともかく昼休みももうすぐ終わるので、今は体育館に向かうことにした。

 

「おーい、御堂くーん」

 

 体育館に向かう道中、名前を呼ばれて振り返ると、体操着姿の蓮美がこちらに向かって歩いてきた。

 大悟の妹である蓮美は隣のクラスだが、体育は合同授業なので一緒に行っている。夏休みに偶然出会って以来、兄と面識があるゴウに授業以外でも声をかけてくれるようになっていた。

 蓮美が自分のクラスメイトらしき女子二人に「先に行ってて」と言うと、女子達は体育館に向かっていった。

 女子達はすれ違いざまにちらりとこちらを見ると、互いに顔を見合わせてゴニョゴニョと何やら話しながら歩いていったので、ゴウは話の内容が気にはなったが、とりあえず蓮美に向かって挨拶をする。

 

「やぁ、如月さん。どうしたの?」

「いや、大したことじゃないんだけどね。えっと、御堂君って最近、大兄ぃに会ったりする?」

「えっ? ん、えっと……」

 

 大兄ぃ、つまり大悟と会っているかと訊ねる蓮美に対し、ゴウはどう答えるか少しだけ迷う。加速世界では毎週のように会っているが、バーストリンカーでない蓮美に適当な言い訳をして話が矛盾しても困るので、結局現実で最後に会った時のことを話すことにした。

 

「正月が終わってからすぐに一度だけ会ったかな……」

「そっか、だったら別にいいんだ。ごめんね、呼び止めちゃって」

「それはいいけど……大悟さんがどうかしたの? あ、言いにくいなら聞かないけど──」

「あー、ホントに大したことじゃないんだ。ただ大兄ぃ、ここ一週間くらいちょっと様子が変でさ。ご飯食べてる時も上の空だったり、なんだか落ち着かなさそうだったりして、聞いても『何でもない』しか言わないの。もしかしたら御堂君は何か知ってるかなって思ったんだけど……」

 

 心配そうな様子の蓮美の話を聞いてから、ゴウはふーむと考え込む。

 先週も先々週もゴウがアウトローで見た限りは、大悟に不審な様子は見られなかったのだが……。

 ──加速世界でだけど今日会う予定もできたし、ついでにそれとなく聞いてみるか……。

 

「ごめん、力になれなくて」

「いいのいいの、御堂君が謝ることじゃないでしょ。ほら行こ。授業始まっちゃう」

 

 ゴウは心の中で蓮美に対してもう一度だけ、ごめんと謝った。

 バーストリンカーでない蓮美に、「今日加速世界で聞いてみる」などとは当然言えない。大悟の様子がいつもと違う理由が、加速世界に関することだとは限らないが、それでも顔を曇らせる蓮美を見て、何か力になりたいと思わずにはいられなかった。

 否が応でも伝えられない秘密ができてしまうのもブレイン・バーストの弊害だな、と思いつつ、ゴウは蓮美と一緒に体育館へと向かった。

 

 

 

「《アンリミテッド・バースト》」

 

 学校が終わり、家に帰って諸々の準備を済ませ、大悟にメールで指示を受けた後、ゴウは無制限中立フィールドにダイブした。

 目を開くと現実では自分の部屋だった場所は、青黒い鋼板で構成された牢屋のような一室になっていた。外に出たゴウは大悟に待ち合わせに指定された場所へ向かうべく、霧が薄く立ちこめる《魔都》ステージの街並みを駆け出す。

 無人の道路を走り抜けて、待ち合わせに指定された駅に辿り着くと、大悟の分身であるアバター、アイオライト・ボンズが俯きながら、腕組みをして立っていた。西洋風の青黒い建物群の中で微動だにしない僧兵の姿は、まるで場違いな彫像のようにも見える。

 足音が聞こえたのだろう、大悟は顔を上げ、組んでいた両腕を解いた。

 

「おう、急に悪かったな」

「いえ……それよりどうしたんですか?」

「詳しいことは後で話す。早速だが、今から池袋に向かうぞ」

 

 すぐに走り始めた大悟に追従する形で、ゴウは北東へと黙って進むこと数十分。エネミーとの遭遇を回避しつつ、池袋駅付近まで辿り着く。

 池袋は新宿エリア、青のレギオン《レオニーズ》の領土だ。ゴウは月に大体一度か二度のペースで訪れている。有名なランドマークも多い為か対戦のメッカになっているので、少し名の通ったバーストリンカーの対戦なら、平日の夕方でもギャラリーが二十~三十人付くケースもザラだ。

 もっとも、それは通常対戦の話であって、無制限中立フィールドではそれも関係ない。現にゴウはダイブしてから、大悟以外のデュエルアバターの姿を見ていなかった。

 現実と千倍も時間の流れが異なる加速世界では、有名なエネミーの狩場やショップ、ポータルのある場所くらいでしか、偶然バーストリンカーに出会うことは、ほぼ有り得ないと言っても過言ではない。ちなみに、アウトローでの活動の中心である、過疎エリアとも呼ばれている世田谷エリアでは尚更である。

 一体大悟は何の目的で、ゴウをここに来させたかったのだろうか。昼休み終わりに、蓮美が大悟の様子が最近変だと言っていたのも気になるゴウは、前を走る大悟に遠慮がちに訊ねることにした。

 

「──師匠。蓮……妹さんが師匠の様子がおかしいって心配してましたけど、今こうして池袋に向かっているのに何か関係あるんですか?」

 

 一瞬だけ体を硬直させた大悟は足を止めて、ゴウの方を振り向いた。

 

「気ぃ遣わせちまってたか……まぁいいや。池袋には入ったし、ちょっと休憩しよう」

 

 近くの建物の壁に背中を当て、ずるずると座り込む大悟の隣に座ったゴウは大悟の方を向く。前を向く大悟の視線はどこか遠くを見ているようだった。実際に目に映る景色ではなく、まるで過去を眺めているような。

 

「……実は先週あたりから《災禍の鎧》が再び出現したって聞いてな。その動向を俺なりに探っていた」

「《災禍の鎧》?」

 

 大悟の口から出た聞いたことのない名前に、ゴウは首を傾げた。聞くからにしてあまり穏やかなものではないようだが、それが何かはさっぱり分からない。

 

「アウトローでも話題に出なかったはずだし、知らないのも無理はない。俺だってまた名前を聞くとは思わなかった」

「バーストリンカーの通り名ですか? それとも鎧ってことは、強化外装かアイテム? もしかしてエネミーですか?」

「どれもある意味正解で、ある意味不正解。《災禍の鎧》は加速世界の黎明期に存在したバーストリンカーのことだ……一応な」

 

 それから大悟は一人のバーストリンカーについて話し始めた。

 

 ──名前は……《クロム・ディザスター》。黒銀の鎧を装着したデュエルアバターで、凄まじい戦闘能力で目に付く相手は無差別に襲っていた。手足を()ぐなんて当たり前、削れた体力は《体力吸収(ドレイン)》アビリティで相手の体を貪り食って回復する。その姿はほとんどエネミー、というか獣と変わらなかった。

 奴が全損させたバーストリンカーは数知れず。一日一回の乱入制限さえ解除して、時にはバトルロイヤルモードで一対多の対戦することもあった。

 当然そんな無茶はずっと続きはしない。最期は当時のハイランカー達の総攻撃でとうとうポイント全損して、加速世界から永久退場した。

 だが全損による死の間際、奴は笑いながら叫んだ。恨み言の後に『俺は何度でも甦る』と言い遺して。

 問題はここから。奴はその宣言通り、加速世界に甦った。デュエルアバターは消滅したが、奴の《鎧》、強化外装が討伐に参加した者の一人のストレージに移動して、それを装備したバーストリンカーが黒銀の鎧を纏った《二代目》になっちまった。

 そこからは初代の再現だ。同じことが合わせて三回、同じように起こった。どいつも性格が豹変して、暴れに暴れた末に他のリンカー達に倒された。最後の《四代目》が二年半前に王達に倒されて、《鎧》は加速世界から永久に消えた、そう思われていたんだが──。

 

 最近になって《災禍の鎧》が再び現れた。そこまで話して大悟はそのまま黙ってしまった。

 聞いていたゴウとしては、半ば信じられない内容だった。

 強化外装の所有者が全損した際に、倒した相手に所有権が移動するという話は聞いたことがある。ただし、それは非常に確率が低く、実際噂レベルのもので具体的な前例は聞かない。ましてや同じ強化外装でそれが三回、今回を合わせて四回も起きているともなれば、もはや異常事態と言っていいだろう。

 

「それはもうシステムのバグか何かじゃないんですか? しかもゲームが人格にまで影響するなんて、とても信じられないんですけど……」

「そう思うのは当然だな。だが強い意志が、度を越えた強い思念が、強化外装に染み付くことがあるのかもしれない。オカルト臭いけどな、そんなことがこのブレイン・バーストでは全く有り得ない、と断言はできないんだよ」

 

 確信があるような口調で話す大悟に、ゴウは押し黙るしかなかった。

 確かに『加速』という未知のテクノロジーを有するブレイン・バーストは、『普通』ではない。そもそもデュエルアバターの構成要素は、個人の持つ強迫観念や劣等感なのだという。

 プログラムがニューロリンカーを介して脳にアクセスし、記憶や思考を司っている場所を覗き込むイメージが頭に浮かんでしまい、ゴウは背筋にぞわりと悪寒が走る。

 

「まぁ、今はそういった原理を解明することは置いといて、だ」

 

 大悟の言葉が、思考中のゴウの頭を一気に現実へと引き戻した。

 

「さっきも言ったが俺はここ数日、《鎧》を装着している奴についての情報をいろんな所からかき集めていた。その中で確かな情報筋から情報を貰ってな、やっとこさ居場所にアテができたんだよ。ただ、時間に関しては山勘の要素も強いから絶対じゃないが」

「それで池袋……今の所有者は誰──いや、ちょっと待ってください……もしかして、王の誰かが?」

 

 先程の大悟の話によれば、《四代目》は王達によって倒された。そして《鎧》は所有者が全損すると、他のバーストリンカーのストレージに移動するとも。つまりは討伐した王の誰かが新たな所有者となったと考えるのが自然だ。

 ところが、大悟は首を横に振った。

 

「違う、王じゃない。最近になって再び加速世界で暴れている《災禍の鎧》、《五代目クロム・ディザスター》になった奴の名前は《チェリー・ルーク》。赤のレギオン、プロミネンスに所属しているバーストリンカーだ」

 

 ズドォン!! 

 

 突如として重い音を立てながら、数メートル前方に何かが降ってきた。

 慌てて立ち上がったゴウは最初、それが金属の塊に見えた。しかしよく見ると、それがオブジェクトではないことはすぐに理解できた。

 

「……噂をすればだな」

「ま、まさか、あれが……?」

 

 落下物、ではなく落下してきた何者かは(うずくま)った状態から立ち上がり、こちらに頭を向けた。

 今まで見たことのないアバターだったが、一目見ただけでゴウは誰だか分かった。何故なら、たった今そのバーストリンカーの話をしていたのだから。

 

「ルルゥ……ルルルオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 自ら名乗り上げるように、クロム・ディザスターは高らかに咆哮を上げた。

 

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