アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第十九話 レース開幕
「──それじゃ全員集まったし、始めようか」
六月八日、土曜日。毎週土曜日の十五時に行われている定例集会に、アウトローメンバーの全員集まり、各々が席に着いたところでメモリーが話を切り出した。
「多分、この数日でもう直接耳にした人もいるかもしれないけど、明日の正午に低軌道型宇宙エレベータ《ヘルメス・コード》でレースイベントが開催されることになった。それで……」
メモリーの腹部に扁平な長方形の穴が開き、ウイーンと機動音を立てながら紙の束が吐き出され、メンバー全員に一枚の用紙が配られる。配られた用紙には、【ヘルメス・コード縦走レース】と大きく書かれていた。
このメモリー独自のアビリティ《
一見して対戦を目的とするブレイン・バーストで何の役に立つのか、と思う者も多いが、これはあくまでアビリティの副産物。以前メモリーと手合わせしたゴウは、対戦の中盤までは優位に進めていたのだが、最終的にこのアビリティの真の効果によって、敗北した苦い記憶がある。
ともかく戦闘以外でも、記録媒体が基本的に存在しない無制限中立フィールドでは今回のような使い方も可能な、かなり便利なアビリティだ。
「宇宙エレベータの詳細も記しといたから、良かったら目を通してね。小難しい説明は省くけど、まず今週の水曜日の夕方に現実のヘルメス・コードが日本に最接近することで、《東京スカイツリー》に『ある種のポータルが出現する』って情報がショップに売られた。聞いた話によると四人から五人乗りのシャトルに乗り込んで、ヘルメス・コードを模した柱の天辺を目指すレースをするそうだ」
「あのー……」
メモリーが話す中、ゴウはおそるおそる挙手をした。
「ん? 何だい、オーガー」
「これってブレイン・バーストの管理者とかが用意したイベントですよね? 僕、今までこういったイベントとか聞いたことないんですけど……」
「だろうね、最近はなかったから。ブレイン・バーストでは、こういった加速世界に影響のある出来事が現実で起きた場合にアップデートをすることがある。その際に運営主催のイベントが行われることがあるんだ。今回はヘルメス・コードにソーシャルカメラが導入されたから、イベントが発生したんだと思う」
「一昨年には《東京グランキャッスル》のイベントがあったっけな」
ゴウの質問にメモリーが答えると、ソファーにどっかりと体を沈めたコングが補足を始めた。
「あのテーマパークが開業した時には、チームでダンジョン内の玉座を目指すっていう内容のイベントが開催されてよ。その一ヵ月後くらいに初めて《古城》ステージが実装されたっけなぁ」
ブレイン・バーストのフィールドは、現実のソーシャルカメラの映像を基にして構成される。つまり、こういった《新ステージ接続記念イベント》が時たま発生するということなのだとゴウは理解する。
「今回のイベントの参加枠の定員、合計十組はすぐに埋まったらしい。中には自力で推測して到達した人もいたらしいけど……まぁ、僕らは観客として楽しもう」
メモリーの手に薄い板のような物が出現すると、おぉーと一同から歓声が上がる。
「これが観戦用の《トランスポーター・カード》。ここ数日間の内にあちこちで配布されているみたいでね。当日に使えば会場のヘルメス・コードに自動で連れていってくれる」
メモリーが解説をしながらカードを全員へと配っていく。
ゴウは青く透き通ったカードを一枚受け取ってしげしげと眺めた。表示されている数字は刻一刻と減っていて、当日までのカウントダウンを示しているようだ。確かに、当日に現実のスカイツリーにバーストリンカーが大勢集まったら、そこかしこでリアル割れが起きてしまう。ゴウにはそんな配慮を運営側がするのが、何だか意外に感じた。
「それにしても宇宙かぁ、このイベントの後に《宇宙》ステージとかが実装されるのかなー?」
「あ、私もその噂聞きました。まだ確証はないみたいだけど」
「でも酸素が無いならさー、息できなくて対戦どころじゃなくない?」
「キ、キューブ君……。デュエルアバターには呼吸している感覚はあるけど、実際に酸素を取り込んで呼吸をしているわけじゃないよ。そもそもキューブ君の頭、氷に丸ごと覆われているじゃない……」
「あー……確かに」
キューブとリキュールの掛け合いに、当事者二人を含めた全員がどっと笑った。
ともあれ、実際に《宇宙》ステージが実装されるとなれば、他のステージとは一線を画すものになるだろうと、ゴウは推測する。
例えば常時無重力状態なら、遠距離攻撃を持つアバターが圧倒的に有利だし、純粋な近接タイプのゴウでは、相手に接近することさえ難しいかもしれない。
──でも無重力の世界って楽しそうだな。ふわーっと浮かび上がるのってどんな気分なんだろ……。
それからゴウはメンバー達と共に実装さえ未定のステージについて、しばらくあれこれ推測し合いながら、恒例のエネミー狩りへと出かけていった。
翌日の六月九日、日曜日。時刻は午前十一時五十五分。イベント開催まで残り五分を切る中、ゴウは家の自室で今か今かと待ちわびていた。
昨日アウトローでは、現実で残り十秒になったらダイブをして現地集合すると事前に決めていた。つまり加速世界では十二時まで残り二時間半と少しになる。
普段の待ち合わせには最低でも五分前には到着しているゴウにとって、未だに自宅にいるというのは中々にもどかしい時間だ。
現在自宅には休日ということもあってゴウの両親もいるが、昼食はすでに済ませてあるので呼び出される心配はないはずだ。たとえ加速世界で一日過ごそうと現実では一分半にも満たないので、レース観戦中に親がいきなりフルダイブ中の息子のニューロリンカーを引っこ抜くという事態にはなるまい。
とうとう十二時まで残り一分を切ると、ゴウはニューロリンカーを装着したままベッドに横たわり、仮想デスクトップのデジタル時計を見つめる。そして残り時間が十秒になった時、ゴウは目を閉じてコマンドを唱えた。
「《バースト・リンク》」
「──うわっ!」
驚きながら周りを見渡すと、自分が巨大な観客用のスタンドの通路にいることが分かった。幅はおおよそ五十メートルで構造は横長の階段型、自分のいるスタンドの他にも同じ形をしたスタンドが二つ存在している。
一番の衝撃は合わせて三つの巨大スタンドが、平面リング状のステージから天へと伸びる鋼鉄のタワーを正面にして、濃紺の空を浮遊していることだった。どのスタンドにも大小様々なアバターが所狭しにひしめき合っており、これだけの数のバーストリンカーを一度に見たことなど当然ないゴウが呆然としていると──。
「オーガーちゃん! こっちこっち!」
声のした方を向くと、メディックがぶんぶんとこちらに向かって手を振っていた。多種多様なアバターの中でも、卵を割って出てきたようなメディックの容姿はかなり目を引くので、周りのアバターがじろじろと見ているが、当のメディックは全く気にしていない。
「メディックさん、ここが──」
「待って待って。この道をまっすぐ行って最初の階段を降りていくと、もう何人か座っているから詳しくはそこで聞いてちょうだい。あたしは残っているメンバーをここで案内してるの」
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
どうやらここはこの会場の出現地点らしく、どんどんアバターが出現していた。確かにここで立ち話は迷惑になる。
ゴウはメディックにお礼を言ってから、指示された通りに通路を歩いていると、大悟の他に、メモリー、リキュール、キルンが座っているのが見えた。
「おー、来たな。ほれ、ここ座りな」
「あ、はい、失礼します」
メンバーへの挨拶もそこそこに、ゴウは大悟の左隣に座ると、あることに気付いて、あっと声を上げた。
「師匠、ここの他にもスタンドがありますけど、僕ら全員このスタンドに集まれるんですか?」
「あぁ、そこは心配しなくていいぞ。俺も気になったんだが、メモリーが言うには俺らは自動でこのスタンドに送られるらしい。だよな、メモリー」
「うん。トランスポーターはまとめて手に入れたからね。一つのスタンドの収容人数からして別のスタンドに移動することはないはずだ。…………多分」
メモリーがボソッと呟いた最後の一言で不安になるゴウだったが、しばらくしてメディックがコングとキューブを連れてきたので杞憂に終わった。
そうして八人のアウトローメンバーは四人ずつ前後二列に並んで座ると、周りのアバターに混ざって、タワー根元のステージに参加チームが出現する度に声援を送る。
他のメンバーと出場チームについて話していると、より一層大きな歓声が会場中に響き渡った。
「見ろよ! 黒のレギオンが来た!!」
「黒の王もいるぜ! もう待ちきれねえよ!」
観客達が興奮する中でゴウがタワーに目を凝らすと、ネガ・ネビュラスの面々が先程までのゴウと同様に、辺りを見渡しているのが見えた。中でもレギオンマスターであるブラック・ロータスの姿はここからでも圧倒的な迫力を感じる。
以前に無制限中立フィールドで対面した時には、彼女は戦闘によって傷だらけだったが、今は黒水晶から切り出したような装甲が陽光に照らされ、長大な四肢の剣は息を飲むほどに鋭い。
更に加速世界で唯一《飛行》アビリティを持つシルバー・クロウ。
以前、ロータス同様に無制限中立フィールドで会ったシアン・パイル。
今年の四月にデビューした、非常に希少な《回復能力》を持つということで、注目度はクロウにも引けを取らない《ライム・ベル》。
最後にゴウの知らない、車椅子に乗るワンピース姿のF型アバターが並ぶ。
なにやらステージで別のチームと会話をした後に、ネガ・ネビュラスはタワーに並ぶ十台の流線型シャトルの内の一つに向かっていった。シャトルはタワー根元の傾斜台に載せられていて、レース開始と共にタワーの天辺を目指すのだろう。
ついに残り時間が一分を切ると、シャトルの機関部が唸りを上げ、観客達が更に沸いた。レッドシグナルが点灯し、ゴウ達もボルテージマックス状態の観客達の大合唱に加わる。
「ゴー! ゴー! ゴー! ゴー! ゴー!」
そしてカウントがゼロになり、光点が青に変わった瞬間、シャトルが一斉に動き始めた。