アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第二十話

 第二十話 未知なる力

 

 

 ついに始まった《ヘルメス・コード縦走レース》。

 発車したシャトル群は傾斜台を一気に駆け上り、緩やかに湾曲したタワーの表面をぐんぐんと速度を上げて垂直に走る。その姿はまるで空を目指すロケットのようだった。

 そんなシャトルに平行し、自動追尾して上昇する機能があるらしい巨大な観客スタンドから、ゴウは思わず感嘆の声を上げる。

 

「わぁー……!」

 

 時折雲を見かけるが、あっという間に上昇するスタンドの下へと見えなくなってしまう。しばらくすると、加速を続けていたシャトル群はどうやら最高速度に到達したらしく、更なる加速は見られなくなった。

 

「ふうむ、大体時速五百キロってとこだな」

「ご、五百キロって、とんでもないスピードですね」

 

 自分の左隣に座るキルンの言葉に驚くゴウだったが、キルンはふるふると首を横に振った。

 

「んでも、ヘルメス・コードは全長四千キロメートル。今の速度のままじゃ、ゴールまで八時間近くかかることになっちまう。さすがに何かしらの仕掛けがあるはずだが──おっ、始めたな」

 

 ゴウがタワーに視線を戻すと、赤いシャトルの運転手以外の四体が、右隣を走る青いシャトルに銃撃と砲撃の雨を浴びせ始めていた。

 スタート前にメンバー達から聞いた話によると、今回デュエルアバターの体力ゲージは固定されていて、シャトルに耐久値が設定されているらしい。このシャトルの耐久値が限界を迎えたら、おそらく走行不可能になって失格だ。ちなみに、ゴウは今回出場しているチームについてもアバターの名前などの簡単なプロフィールをメンバー達から教えてもらっている。

 現在攻撃をしている赤いシャトルに乗車するのは赤のレギオン、プロミネンスのメンバー達。レギオンの色同様に赤系のアバターを揃えてきたようだ。

 対して青いシャトルに乗車するのは青のレギオン、レオニーズのメンバーだ。こちらもレギオンカラーの青系で人員が固められ、襲い来る弾幕に二体のアバターが身を乗り出して防いでいる。

 それでもさすがに全てはカバーしきれず、青いシャトルの側面に弾丸が当たっては凹んでいく。すると、青いシャトルは左方向へハンドルを切り、赤いシャトルへと急接近を始めた。どうやら、肉弾戦に持ち込もうという魂胆らしい。

 観客達の応援と悲鳴の飛び交う中、両肩と額に角を生やした大柄なM型アバターが立ち上がる。『当たって砕けろ(ゴー・フォー・ブロークン)』を信条とする《フロスト・ホーン》だ。彼が立ち上がり、赤いシャトルに向けて拳を振りかぶった、その瞬間──。

 赤いシャトルが猛烈な勢いでスピンをし、駒のような勢いで青いシャトルへとぶつかる。立っていたホーンは衝撃に足元を(すく)われ、悲鳴と共にシャトルから転がり落ちていった。

 高速で移動しているシャトルから落ちたホーンはタワーに接触した瞬間、ボールのようにバウンドを繰り返しながら、あっという間に豆粒ほどの小ささになって見えなくなってしまった。

 スピンからすぐに体勢を安定させた赤いシャトルは再び射撃を開始し、とうとう青いシャトルはリニアホイールから火を噴きながら制御不能の回転を始める。

 この距離からは何を言っているかは聞き取れないが、ドライバーの《トルマリン・シェル》を始めとした、散々喚き散らすレオニーズのメンバー達は、やがてシャトルの爆発に吹き飛ばされ、先程のホーン同様に真っ逆さまに落ちていった。

 ──体力が減らないから死ねずに地上まで落ちていくのかな……。

 脱落者が出たことで観客達が更に盛り上がる中、ゴウはぞっとしながら首を縮めた。

 

「あ~あ、ホーン負けちゃったよー……。せっかく賭けてたのになー」

 

 左後方に座るキューブの落胆の声が聞こえた。周りをよく見るとガッツポーズをしていたり、がっくりと肩を落とす者がちらほら見える。どうやら観客の中には賭けをしている者が少なからずいるようだ。確かにレースは、賭けをするのにうってつけなのかもしれない。

 そういえば、と以前始めてアキハバラBGへ連れていってもらった際に、どうも大悟はゴウの対戦に、賭けをしていたことを漏らしていたのを思い出す。問い詰めると大悟は露骨に話を逸らして帰ってしまい、以降度々聞いてもシラを切るので、その内に問い質すのも諦めたが。

 今度は赤いシャトルが、左隣のシルバー・クロウが運転するネガ・ネビュラスの鏡面シルバーのシャトルに狙いを定めたようだ。慌てて左に逃げようとする銀のシャトルを、赤いシャトルはぴったりと追随して逃がさない。

 これまでの動きから赤いシャトルの運転手、プロミネンスの副長を務める《血塗れ仔猫(ブラッディ・キティー)》の通り名を持つ《ブラッド・レパード》は相当の運転技術を持っていることが窺える。二年半前にプロミネンスの建て直しに力を貸した大悟は、彼女とも知り合いなのだろうかとゴウは気になったが、再度射撃が開始され、すぐにレースへ意識を引き戻される。

 ネガ・ネビュラスもやられっ放しにはならず、右舷に座っていたロータスとパイルが身を乗り出して、各々の方法でシャトルを防御している。今のところはほとんどシャトルに損傷はないが、それでも先程のレオニーズ同様、やはり全ての攻撃は防ぐことはできず、このままではジリ貧になるのは目に見えていた。ネガ・ネビュラスには遠隔系のアバターはおらず、接近して乗り込もうにも、レパードの運転テクニックの前ではレオニーズの二の舞にしかならないだろう。

 銀のシャトルのリタイアも時間の問題かとゴウがはらはらと戦況を見守っていると、弾幕を防いでいたロータスがシャトル内へ向き直り、チームメイトと何かを話し始めていた、というより訴えかけているのが見えた。その間にも赤いシャトルからの射撃は容赦なく撃ち込まれ、シャトル側面を穿っていく。その時、銃弾がロータスに当たり、よろめいたところを車椅子に乗っていたアバター――スカイ・レイカーが支え、ゆっくりと抱き締めた。

 それから間もなくしてレイカーが意を決したように高らかに何かを叫ぶと、群青色の空の彼方から明るい水色の流星が尾を引いて銀のシャトルへと接近するのを、ゴウは観客達と共に一体何事かと目を丸くする。

 時速五百キロ近いスピードで駆けるシャトルを寸分違わず狙ったかのような光は、レイカーの体に当たると消え、代わりにその背中にはブースターのような強化外装が装着されていた。強化外装着装の影響か、アバター本体が露わになったレイカーは両膝から下が欠損した体で、仲間の手を借りながら車体の後部へ移動を始める。そのままブースターが下に向くような体勢を取ると、銀のシャトルは左にハンドルを切っていた車体をまっすぐに安定させた。そして──。

 

 ドドドドドドドドドド!! 

 

 轟音と共にブースターから青い噴射炎が噴き出し、限界速度で走っているはずの銀のシャトルが一気に速度を上げ、スタンド中が一斉にどよめいた。

 凄まじい馬力のブースターによって赤いシャトルからの弾幕からも逃れ、トップに躍り出た銀のシャトルの頭上に、虹色に輝くリングが間隔を空けていくつも出現する。

 ブースターのエネルギーが切れたらしい銀のシャトルは、レイカーを座席に戻してから速度を落とさずにそのままリングへと突っ込んでいくと、通り抜けたリングと共にふっと消えてしまった。

 一体どうしたと観客達がざわめく中、誰かが上空を指差して叫ぶ。

 ゴウもつられて上を見上げると、三つの観客スタンドの頭上にも大きさこそ段違いだが、同様の光を帯びたリングが出現していた。

 シャトルとは異なり、誰も操作などしていないスタンドは一気にリングへと突っ込んでいく。そうして突入した先は、巨大なタワーも濃紺の空も見えない、虹色の光に満たされた空間だった。

 

「やっぱりワープゾーンだったか」

「ワープ?」

 

 納得したようなキルンに途惑うゴウに、大悟が解説をする。

 

「さっきお前さんとキルンが話していた通り、全長四千キロのコースは長すぎる。どこかでショートカットする地点があるのは何ら不思議じゃない」

「じゃあここはショートカットのコースか……。ところで師匠、さっきのスカイ・レイカーの強化外装は一体何です? シャトルの速度を一気に上げるなんて、とんでもない馬力でしたよ」

「あれは《ゲイル・スラスター》。レイカーの強化外装で厳密にはブーストジャンプと言った方が正しい。多分レベルアップ・ボーナスを全てか、あるいはほとんどをあれの強化に費やしているな。あのブースター故にあいつは《ICBM》、《超空の流星(ストラト・シューター)》と呼ばれていたんだ」

 

 レース開始前の話によると、スカイ・レイカーのレベルは8。それまでのボーナスを性能強化に注いでいるのなら、確かにあのスペックも頷ける。だが、ゴウにはもう一つ気になることがあった。

 

「あの、師匠。もう一ついいですか?」

「ん? どうした」

「彼女の両脚……えっと、あれは元から無いんですか? その、体が元から欠損しているアバターって見たことなかったから気になって……」

 

 そう問いながらも、言うんじゃなかったかとゴウは少し後悔した。何か事情があるかもしれないのに、いくらなんでも踏み込みすぎたように感じたからだ。その上、大悟が知っているとも限らないのに。

 

「…………いや、あいつには本来、ちゃんと両脚があったんだ。ある時、より空に近付こうとして自分から捨てたんだと。──俺に言わせりゃ馬鹿なことをしたもんだよ、本当に」

 

 かなり間を置いたが、まるで当事者から聞いたような口振りの大悟は、若干の憐憫を含んだ声でゴウの質問に答えた。

 だがゴウには更に疑問を一つ持った。対戦中の損傷はバースト・アウト後に再加速をすれば消える。加速の度に脚を失うなんてことはまず有り得ないだろうし、一体どういうことなのだろうか。

 

「お、出口が見えてきたぞ」

 

 疑問を抱いたままのゴウは、大悟に呼びかけられて上を向くと、虹色の景色に青い光を見た。スタンドが光に近付くに連れ、それがワープゾーンの出口だと理解する。

 スタンドの天辺が青い光の輪に触れた瞬間、再び光に呑み込まれた。

 

 

 

 光が消えてしばらくすると、今日一番の大歓声が響き渡った。

 濃紺の空は漆黒の夜──ではなく、宇宙が広がっていた。無数のきらめく星々は銀河を形作り、鋼鉄のタワーであるヘルメス・コードの左側からは、生命の源でもある太陽の光が、タワーを走るシャトルを照らし出している。

 ソーシャルカメラからの映像を使用しているらしいリアルな光景を見て、アウトローの面々も思い思いの反応を示していた。

 リキュールとメディックは目に映る景色に拍手をし、コングはそのスケールの大きさに他のギャラリー同様、両腕を上にして歓声を上げ、キルンとキューブは景色に釘付けになっていた。メモリーに至っては目にした情報を一つも逃すまいと、紙に素早くペンを走らせて何やら書き込んでいる。大悟は何も言わずに、静かに輝く星空を眺めていた。

 ゴウは空間一面に広がる世界の無限の広さに、しばしの間、名前の分からない感情を胸に抱きながらこの光景を眺めていた。自分達はこの世界では砂粒一つにも満たない小さな存在で、しかしそれらが合わさることで、こうして一つの広大な世界を創り出しているような──。

 そんな不思議な感傷も長くは続かなかった。何といっても今はレースの真っ最中なのだから。

 現在、スタンド同様にワープゾーンを通ってきたシャトルは六台。

 ネガ・ネビュラスのシャトル。

 プロミネンスのシャトル。

 緑のレギオン《グレート・ウォール》に所属する渋谷のガイコツライダー、《アッシュ・ローラー》の操縦するシャトル。普段の対戦から前時代的なアメリカンバイクを駆る彼なら、ドライバー役は適任だろう。

 そして、黄色のレギオン《クリプト・コズミック・サーカス》のシャトルと、七大レギオンではない中堅レギオンのシャトルが二台。

 これで今までのレースで、レオニーズの他にも二つのチームが脱落したことになるが、ゴウはレース開始から一つだけ気になっていたことがある。

 スタート前に傾斜台に並んでいた十台のシャトル、その右端に停まっていた十番目のシャトルは、全体が赤錆に覆われたスクラップのような有様になっていた。運転手の姿はスタート時刻になっても見当たらず、メンバー達にも質問をしたが、彼らも分からないようで首を傾げていた。

 自動追尾で上昇してしまったスタンドの視界からすぐに外れてしまったし、今現在もいないことから、何らかの要因で選手は不参加だったのだろう。

 それでもゴウはあのシャトルのことを考えると、何故だか言い表せない胸騒ぎがする。何か大きなことが起きようとする前触れ、それも悪い方向に向いているような気がしてならない。

 その予感が的中したのか、予想外の出来事が発生した。

 太陽に照らされているネガ・ネビュラスのシャトルの影から静かに何かが浮き上がっている。

 長方形の黒い板だ。シャトルと同じくらいの大きさで、どういった仕組みかぴったりと銀のシャトルと間隔を空けて並走をしている。黒の王の輝く黒水晶(モリオン)のような装甲色ではなく、逆に光を飲み込んでしまうような艶消しの黒色。そんな板は左右に分かれたと思うと、すぐに消滅してしまった。

 板の中から出てきたのは、あの錆だらけのシャトルだ。廃車同然の見た目とは裏腹に、速度は他のシャトルと何ら遜色はない。そんなシャトルの操縦席にはシャトル同様の色合いをしたデュエルアバターと、後部のシートには数十枚の板を人型に並べたような奇怪なデュエルアバターが一体。色はたったいま消滅した長方形の板と同じ質感の黒。

 

「おい、あのシャトルどこから出てきた?」

「ドライバーもいなかったし、リタイアじゃなかったの!?」

「なぁ、あれが優勝したら、賭けはどうすんだ?」

「あのデュエルアバター、知ってる奴は? 誰かいないのか!?」

 

 観客達も、錆びたシャトルの突然の登場に戸惑いを見せる。

 

「師匠、あいつらは一体……」

「……あの黒いのは知らん。あんな姿のアバター、見たことがない……。運転手も初見だが、前にアキハバラBGのマッチメーカーから聞いた奴の特徴にそっくりだ。確か、《ラスト・ジグソー》だったか」

「それって……!」

 

 不審そうに錆びたシャトルを睨む大悟の口から出たデュエルアバターの名前には、ゴウにも聞き覚えがあった。

 ゴウは時々アキハバラBGに足を向けていた。無論、賭けが目的ではなく、あらゆるタイプの相手と対戦する良い機会だからだ。そんな折、今年の四月頃に《ローカルネット荒らし》の噂を耳にした。

 聞けば選手登録もせずに、試合の直前で片方の対戦相手に乱入を仕掛ける者が連日で現れているという。結局ゴウはそのアバターに乱入される機会はなかったが、敗北したバーストリンカー達から名前だけは聞いていた。それがラスト・ジグソーである。当時この出来事はアウトロー内でもちょっとした話題にもなったものだ。

 

「でも結局、それからあいつは現れなくなったんですよね?」

「あぁ。どんなカラクリを使っていたか知らんが、まっとうな奴とはとても──ん? 落ちたぞ、あいつ」

 

 黒い板で形成されたアバターが自らシャトルから舞い上がったかと思うと、漆黒の背景に溶け込んで、すぐに見えなくなってしまった。まるで自分の役割は終わったとでもいうように。

 シャトルを運転するジグソーは時折左側、ネガ・ネビュラスの銀のシャトルに顔を向けて何やら会話をしていたようだったが、やがてジグソーの全身から、くすんだ赤い光の柱が発生し始めた。

 光の柱は更に増え、うねりながら合わさって渦を巻き始める。すると、今度は高周波の振動がスタンドどころか、巨大なタワー全体を震わせていく。

 異変を察知した銀のシャトルが一気に左方向へと舵を取ってジグソーから離れ始める中、ジグソーはハンドルを手放して運転席から立ち上がり、両腕を高々と掲げて会場中に響き渡るように吼えた。

 

「《錆びる秩序(ラスト・オーダー)》!!」

 


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