アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第二十四話

 第二十四話 慮外の決着

 

 

「……へぇー。それじゃ、やってみろよ。そんな……片腕の無い状態でよぉ!」

 

 啖呵を切って道を阻む目の前のゴウに、フロッグは再度右腕を振りかぶって距離を詰める。すでに右手には黒いオーラが凝集し始めていた。

 

「《ダーク・ブロウ》!」

 

 迫る闇の拳をゴウは素早く躱す。先程のように掠めることもなく、ノーダメージで回避を決めるも、すでにフロッグは左手を強く握り締め、拳を作っている。

 

「《ダーク・ブロウ》!」

 

 しかし、今度もゴウはバックステップで攻撃を回避してみせた。防御不可能の拳は受け止めることはおろか、受け流して軌道を逸らしたりすることも不可能なのだろうが、避けることならオーラで攻撃範囲が広くなったパンチであっても可能だ。

 理由は二つ。一つはゴウが今まで培ってきたショートレンジでの戦闘経験。もう一つは推測だが、フロッグ自身が近接での殴り合いの経験がほとんどないからだ。

 ゴウが対戦やギャラリーで知る本来フロッグの戦闘スタイルは、身軽さと跳躍力をウリにした撹乱からの伸びる舌による強襲で、真っ向勝負をするケースが少ない。フロッグは安易に強力な攻撃を選択することで、自身の不得手なスタイルで戦っていることにさえ気付いていないのだ。

 ブレイン・バーストでは己の持ち味を活かして戦闘をすることで、数々の戦法やその対策が生まれる。そういった意味でもISSキットにより得た力は、使用者にとって害を及ぼしているようにゴウには感じられた。

 何度目かの《ダーク・ブロウ》を躱した後、振り抜いた拳によって現れた隙を逃さず、ゴウはフロッグの脇腹へと蹴りを入れた。

 

「ぐふっ……!」

 

 痛みに顔をしかめるフロッグは、後方へと跳躍し一気に距離を取ると、掌を広げた右腕を持ち上げる。

 

「《ダーク・ショット》!」

 

 放たれた漆黒のビームを前にしても、ゴウは冷静だった。威力こそ凄まじいが、直線的な遠距離攻撃。デュエルアバターの反射神経を以ってすれば、回避不可能というわけでもない。

 右斜め前方へと跳ぶと、フロッグめがけて走り出す。背後で《ダーク・ショット》が建物を破壊する音を無視して、ゴウは頭をフロッグへと向けた。

 

「《ランブル・ホーン》!」

 

 いきなり加速したゴウに不意を突かれたのか、フロッグは前回の対戦で初めて見た、猛牛の突進の如き必殺技を避け切れずに、回転しながら宙に飛ばされる。

 

「ぐおおおお!! っくぅ……!」

 

 装甲の一部が砕け、破片を撒き散らすフロッグは、ゴウの突進によって飛ばされた先、建物の壁に両手足を貼り付けることでその場に留まった。フロッグの持つ、一種の《壁面移動》アビリティだ。

 フロッグは体勢を安定させると、建物に貼り付けている両手両足の指先の内、右手だけを離して、ゴウへと照準を向けた。

 

「《ダーク・ショット》!」

 

 上方から迫るビームにゴウは一歩反応が遅れてしまった。避け切れなかった左足の爪先が、放たれたビームに消し飛ばされた。それでも怯むことなく、地面を踏む度に走る激痛に歯を食いしばって耐えつつ、フロッグの貼り付いている建物の元へと辿り着く。

 

「着……装、《アンブレイカブル》!!」

 

 ゴウは残っている左腕を掲げ、透明の金棒が実体化すると同時に、建物へ向かって思いきり叩き付けた。持ち前の腕力を活かして遮二無二(しゃにむに)金棒を建物にぶつけ続けると、次第に建物の表面に亀裂が走り、いくつもの陥没跡が作られていく。

 激しく揺れる建物からフロッグは落ちまいと、離していた右手を慌てて建物に貼り付けた。

 

「らああああああああああああっ!!」

 

 やたらめったらに金棒を叩き付けられた建物はとうとう倒壊を始め、フロッグがたまらず建物から離れて着地する。

 そんなフロッグの背後に、すでにゴウは迫っていた。振り向くフロッグの頭上へと金棒が振り下ろされる。

 

「このぉっ……《ダーク・ブロウ》!!」

 

 苛立ちと焦りが混じった表情で放たれたフロッグの拳は、レベル8のアイオライト・ボンズの蹴りさえ受け止める、図抜けて頑丈な《アンブレイカブル》を簡単に砕いた。

 その様を見てにやりと笑うフロッグを気にも留めず、ゴウは《アンブレイカブル》の柄を握り締めたまま、素早く左腕を腰に構える。

 

「《アダマント……ナックル》ッ!!」

「ぐっ!? ギャアアアアアアッ!!」

 

 ゴウの正拳突きが、フロッグの胸元に巣食った醜悪な眼球に直撃した。

 たまらずに叫ぶフロッグは受身も取れず、雨に濡れた道路を滑りながら転がっていく。

 ゴウは肩を上下させて息を吐きながら、握っていた金棒の柄を離すと、柄は地面を何度か跳ねた後、ポリゴン片となって砕け散った。心意による攻撃を受ければ、《アンブレイカブル》でも耐え切れないかもしれないとは推測していたが、これまで対戦中においてはどんな攻撃にも壊れなかった、愛用の武器が砕けたのはやはりショックだった。しかし、今は落胆している場合ではない。

 必殺技を食らった胸の中心を、両手で抑えてのたうち回るフロッグの元へと近付くと、気付いたフロッグは急いで立ち上がり、片手で胸を押さえたまま後ずさりする。

 

「くそ、来るな……来るなぁ!」

 

 ゴウに気圧されたフロッグはほとんど戦意を失っていた。未だに発生している影のオーラも戦闘開始時より、勢いも色の濃さも衰えている。そのまま後ずさりをするが、目の前のゴウしか視界に入っていないのか、後ろのフェンスにぶつかってしまう。

 

「っ!? くそぉ……」

「……フロッグ。どうも君は、僕を強いバーストリンカーだと思っているみたいだけど、そんなことはないんだ」

「…………?」

 

 異常な興奮状態から数段落ち着いた、今しか耳を傾けてはくれないだろうとゴウは判断し、フロッグに語りかける。

 

新米(ニュービー)の頃はちょっと強めの打撃にはてんで弱くてさ、この装甲も何度も砕かれたよ。確かに《剛力》アビリティのおかげで力だけは昔から強かったけど、距離を離されたらただの的。『力任せの脳筋』なんて何度言われたか分からない」

「…………」

 

 フロッグは感情を窺わせないまま黙って話を聞いている。

 ゴウがかつて負けが込んでいた時期よりも、後にバーストリンカーとなったフロッグは話でしか聞いたことがないはずだ。

 

「──それでもあんまりない知恵を絞って、少しずつ対策を考えて、レベルをコツコツ上げていって……。成長している自覚はあるけど、それでも未だに遠距離技は鬼門で、負けることも多い」

「……何が言いたいんだよ」

「僕も君もまだまだ強くなれるってこと。フロッグよりバーストリンカーとしての経歴がほんのちょっと長い程度の僕でも、それは保証できる。レベル4、5なんていくらでも伸び代はある、お互いもっと先がある。さっき自分の戦法を馬鹿にされてるとか言ってたけど、そんなのことを言う奴には勝手に言わせておけばいいんだ」

「黙って言わせておけって?」

「うん。大体バーストリンカーなんて、十人いたら十の戦い方があって当たり前だろ? それに僕は、そんな力を使う前のフロッグの方が強かったと思う」

 

 そう聞いた途端、フロッグのアイレンズに再び暗い光が灯り始める。せっかく手に入れた力を使う前の方が強かったというのは、侮辱に近いものなのだろうが、構わずゴウは続ける。

 

「確かに攻撃力は上がったよ。でもそれに頼りっ放しで、本来の持ち味が全然生きていない。身軽さ、素早さが君の長所なのに、ただ技をぶっ放すだけじゃ勝ち続けてなんていけない。だから今、そんなにやられているんだろ? 以前の君ならもっとダメージを与えるのも大変だった」

「そ、それは……」

「僕の師匠が言っていた。勝つには自分で考えていかなきゃいけない、人に頼っているだけの奴に先はないって。……そのISSキットをどう手に入れたとかはもう聞かない。でも一度考えてほしい。今のままでいいのかって」

 

 こんな説得じみたことを人にするのは初めてのゴウだが、自分の本音を言ったことに対する後悔はなかった。

 心意を用いたISSキットという仮初めの力では、本来のデュエルアバターの特色を殺すだけだ。

《練習キット》というからには、信じたくはないが量産されている可能性もある。仮にキットの使用者が増え続けてしまっては、もう《対戦》する意味がなくなってしまうかもしれない。ゴウは目の前のフロッグを、その加担者かつ犠牲者の一人にしたくはなかった。

 そんなゴウの言葉を受けて、フロッグにはためらいが見え始める。胸の眼球も半分以上が黒い瞼に閉じられ、纏うオーラも消えていった。どうやらISSキットとは、使用者の感情に強く結び付いているようだ。

 フロッグにこのまま着装した眼球を解除させて、ポータルまで連れて一度ログアウトさせれば、考えを変える時間も出てくるだろうとゴウは期待していた。

 とうとう眼球が完全に閉じられ、赤黒く光っていたアイレンズが本来の色を取り戻したフロッグが、言い辛そうに口を開いた。

 

「……オーガー、俺──」

 

 ドッ。

 

「「……………………え?」」

 

 不意に発生した鈍い音に、ゴウとフロッグは間も完璧にシンクロした呟き声を上げる。

 眼球型のISSキットが付いていたフロッグの胸の中心に、鮮やかな紫色をした何かが突き刺さっていた。

 ゴウはそれが自分の右肩越しから伸びていることに気付いたが、考えがまるでまとまらない。

 ごぼっ、と音を立ててそれが引き抜かれると、フロッグの胸には装甲どころか背中まで貫通した風穴ができていた。

 フロッグは何が起きたか理解できないといった様子のまま、声も出さずに目の前のゴウに向かって倒れ始める。その頭がゴウに届くか届かないかの距離で爆散し、後には黄緑色の死亡マーカーだけが残された。

 

 

 

「いやぁ、危なかったですねぇ」

 

 ゴウは背後からの声に反応して振り向くのに体が思うように動かず、随分と時間がかかった。

 振り向いた先には細身のデュエルアバターが一体。装甲色は紫色だが、ダイヤモンド・オーガーのダイヤモンド装甲と同様に透過していて、《霧雨》ステージの雨雲の下でも、鮮やかに輝いている。両腕には先が鋭く二つに分かれた形状の篭手が装着され、胴体部の装甲は節足動物の脚が絡み付いたような意匠をしていた。

 何より特徴的なのは、後頭部より伸びている、何個もの関節が連なった長い物体だ。その先端には根元が膨れた鉤爪状の針が付いていて、それがたった今フロッグを刺し貫いたことは疑いようもない。

 

「なんで……」

「うん? あぁ、まだ名前も名乗っていませんでしたね。私は《アメジスト・スコーピオン》です。以後お見知りおきを」

 

 ゴウの掠れ声に首を傾げて反応するアバターは、細身なので性別が判り辛いが、声からして男性のようだった。

 スコーピオンは丁寧な口調ではあるものの、縦線のスリットが何本も入ったフェイスマスクの中から覗く細長いアイレンズには、こちらを値踏みするような視線が含まれている。

 直感的に好きになれないと感じたが、そんなことは今のゴウにはどうでもよかった。

 

「なんで、フロッグを……」

「はい? ──あぁ、確かに貴方が追い詰めていたところに横槍を入れる形になったのは申し訳ありませんでした。しかしですね、彼は負の心意技をやたらと使う危険な相手だったのですよ? ここに駆けつける前、心意技に反応して寄って来たエネミーの群れに出くわしたのですが、私の、あー……仲間が引き受けている間に、私はその元凶がいるここに辿り着いたというわけですね。自分で言うのもなんですが、感謝の一つぐらいはしてもらいたいものです」

「フロッグはもう少しで正気を取り戻すところだった! なのに、どうして……!」

 

 ゴウの出した大声に、一瞬目を丸くしたスコーピオンだったが、すぐに表情は戻り、鬱陶しげに溜め息を吐くだけだった。

 

「……心意と聞いても疑問を持っていないようなので、分かっているものだと思いましたがね。いいですか? あの眼球のような強化外装はここ数日、過疎エリアでちらほら見られるようになっています。危険な代物ですよ、ばら撒いている犯人が何者かは分かりませんが。……まぁ、私に言わせれば、渡されて使用する者の器などタカが知れます」

「なんだと……?」

 

 あからさまな嘲りを含んだ口調に対し、明確な怒りを持ち始めるゴウだったが、スコーピオンはそんなゴウの感情など意にも介していないようだった。

 

「装着すれば心意技を簡単に使えるようになるらしいですが、そんな付け焼き刃に頼る時点で愚か者です。大方、対戦に行き詰って安易な誘惑に飛び付いた、といったところでしょうね」

「────まれ」

「貴方だってその傷は彼に付けられたのでしょう? それにこの辺りの荒れようときたら! 散々暴れた挙句、それでも結局勝てないなんて、もはや哀れとしか──」

「黙れぇ!!」

 

 未だかつて経験したことのない怒りが、ゴウの思考を支配する。

 目の前で倒されたのがフロッグだったから、という話ではない。他の誰であっても関係ない。

 自らに誓ったのだ、必ず救うのだと。救わなければいけないのだと。にもかかわらず守れなかった。

 結局のところ、自分の本質はブレイン・バーストと出会う前と何ら変わってはいないのだと。そう、思い知らされているようで。

 溢れ出て尽きそうもないゴウの怒りと後悔が、アバターの姿さえ変容させ始めていく。

 全身のダイヤモンド装甲の各所が、二回り以上厚くなると同時に端々は鋭く尖り、装甲の芯から徐々に色が変わってゆく。やがて透明だった装甲は全て漆黒に染まり、同色の光が体から漏れ出始めている。またゴウ本人には見えないが、アイレンズの色も本来の黄色から、鮮血のような赤に変わっていた。

 

「許さない…………絶対に……!!」

 

 己の口から漏れ出た声に、歪んだエフェクトが混じっていることさえも、ゴウは気付いていなかった。

 

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