アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第二十七話

 第二十七話 金剛石と菫青石(きんせいせき)

 

 

 ブレイン・バーストプログラムが創造するデュエルアバターには、カラーサークル上の色の名が冠されており、一人として同色の者はいないとゴウは聞いている。

 また、《メタルカラー》という金属の名が冠された希少なデュエルアバター達は、カラーサークルとはまた異なるカラーチャートでカテゴライズされ、その他にもアバターの中には色ではなく、鉱石や植物、果ては食べ物の名を持つ者が存在する。ゴウの分身であるダイヤモンド・オーガーや大悟のアバター、アイオライト・ボンズも、これらの一例として挙げられる。

 これら鉱石系のアバターにはそれぞれの鉱石に由来する色に加え、その性質を持つ場合があり、ゴウの場合なら硬く透明な(厳密には一点の曇りも無い透明ではないのだが)ダイヤモンドの装甲だ。

 では大悟の場合はどうなのかを、ゴウは新米(ニュービー)の頃に聞いたことがある。渋々ながら教えてくれた大悟が言うには、アイオライトとは流通する宝石としての名称で、和名を菫青石、英名をコーディエライト(発見した学者の名が由来)と呼ぶ、多色性の性質を持つ鉱石だそうだ。

 光に透かして見る角度によって、沈んだ青、鮮やかな紫、暗い黄色など様々な色に変化し、これをカラーサークルに当てはめると、《近接の青》、《中距離の紫》、《間接の黄》の三色の特性を備えていると考えられるが、そう推測したゴウに大悟は明確な肯定はしなかった。

 

 ──『ゴウよ、これは俺の持論だけどな。人間ってのは、そう簡単に人に自分の底を見せるものじゃない。要は奥の手はとっておくものだってこと。もしも俺のアバターについて知りたいなら、対戦の中で暴いていくんだな』

 

 これに対して、バーストリンカーとしてまだまだ駆け出しだったゴウは威勢良く、すぐに引き出してみせると返した。

 

 ──『そうかい。期待しないで待っているよ』

 

 そんな自分を見て、大悟がどこか嬉しそうに笑っていたのをゴウは憶えている。

 

 

 

「着装、《インディケイト》」

 

 そう唱えた大悟の右手に青紫色の光が集まり、一つの武器を形成していく。強化外装の召喚コマンドで現れたそれは、柄だけでアイオライト・ボンズの背丈と変わらない、長大な薙刀だった。

 ボンズのアイレンズや各所に巻かれた、数珠型の装甲と同様の青みの強い菫色に、柄の両端にはこちらもアバターと同じく数珠が巻かれたような装飾が施されている。八十センチ近い刀身は、いかにも断ち切ることを目的としている、大きく反り返った段平(だんびら)

 よくよく考えれば、ゴウが様々な媒体で目にしたことのある僧兵も、当然のように槍や刀、薙刀を装備していた。それに則れば、アイオライト・ボンズが何らかの強化外装を所持しているのは、別段おかしなことでもないのだが、それを不思議に思わなかったのは、無手でも十二分に大悟が強かったからで──。

 

「……強化外装、持っていたんですか? なんで今まで使わなかったんですか。僕との対戦だけでなく、他のメンバーとの手合わせでもエネミー狩りでも」

「武器とは必要なときにのみ振るうものだからだ」

 

 顔左半分をゴウに斬り付けられて、左目のアイレンズが潰れた大悟が、中段に構えた薙刀の切っ先を向ける。自身の身長を優に越す長物を持っているにもかかわらず、腕は小揺るぎもしない。

 ゴウも心意の装甲から形成された両腕の刃を構える。強化外装の出現には確かに驚いたが、心意による攻撃に勝りはしないと確信があった。以前ISSキットを使用したシトロン・フロッグの《ダーク・ブロウ》は、ゴウの持つ強度が自慢の金砕棒型強化外装、《アンブレイカブル》でさえ一撃で砕いてみせたからだ。

 ──こっちが片腕でも受け止めれば、向こうの刀身の方が砕ける、それからもう片方の腕で柄を断つ。そうすれば使い物にはならないはずだ。何も焦る必要なんてない……。

 そう判断した直後。大悟が前方へと踏み込み、薙刀を突き出した。体幹部分を狙った閃光のような一撃を、ゴウは漆黒の刃で防ぐ。

 

 キィ──────ン!! 

 

 互いの刃がぶつかり合い、高音を周囲に響かせる。薙刀の刀身はゴウの刃に阻まれたが、砕けることはなく、驚愕がゴウの口から漏れ出す。

 

「なっ……!?」

「……砕けるとでも思ったか?」

 

 困惑するゴウの隙を大悟は逃さず、薙刀の切っ先を軽く下げてから、刃を上に向けて斬り上げることで、あっさりとゴウの片腕を頭上へ上げた。そして間髪入れずに持ち手を変えて横に薙いだ石突(いしづき)の部分を、無防備なゴウの脇腹へと打ち込む。

 

「ぐおぁっ……!」

 

 遠心力を利用した長い柄の、見た目を遥かに超える威力の一撃に、たまらずゴウは息を詰まらせながら吹き飛ばされた。先程自らが破壊した白塗りの壁の反対側に激突させられ、視界に星がちかちかと飛び散る。

 瓦礫の中から立ち上がったゴウは、右脇腹に鈍い痛みを感じて目を向けると、薄く覆われていた黒い装甲が砕かれ、アバターの素体部分が露出していた。

 目を見開いて自分の装甲を砕いた大悟とその武器を見据えると、大悟の全身から薄く輝く青紫の光が放出されていることに気が付いた。光は大悟の握る薙刀にも伝導するように届いている。

 

「その光は……」

「ようやく気付いたか。装甲が黒くなってからの打ち合いでも、ずっと発していたというのに。腕が砕かれない程度の最低限ものだったが。やはり目が曇りすぎている」

「そ、そんなこと……」

「いずれにせよ、制御し切れていない暴走と変わらぬ力など、恐れるに足らんと知れ」

 

 常よりも厳格な声が、ゴウに一切の言い訳を許さないとばかりに浴びせられた。

 再び大悟が迫り来る中、ゴウは悔しさと怒りから思いきり奥歯を噛み締める。

 一時は勝てるとさえ確信した相手が、更なる力で自分を圧倒してくる。成長したはずなのに、まるで追い付いていない。差が縮まらない。自分は弱い。また譲れない戦いがあったとき、敗北してしまうのか。

 ──いやだ……。そんなの、認めない。認められるか! 

 

「グ……ウオオオオオオオオァ──────ッ!!」

 

 獣のような雄叫びを上げて、ゴウは大悟に迫る。黒い火花を全身に散らせるその姿は悪鬼か、はたまた羅刹か夜叉か。

 先の乱打戦よりも、激しい勢いで剣戟を開始する両者。体力が減るのはゴウだけだった。

 小回りが利いて手数に勝るゴウの両腕から伸びた刃を、大悟の薙刀はリーチで勝る分、手数で劣るはずなのに寄せ付けない。そうして、確実に体力を削らせていく。

 打ち合いの中で石突の打突が、突き刺し振るわれる刃が、ゴウの装甲を削り取って、黒く染まったダイヤを辺りに散らせては、欠片がポリゴン片となって消失する。

 ゴウは今までも長物を武器としたバーストリンカーと対戦した経験は幾度もあったが、この一連の動きだけでも、大悟の薙刀捌きがその中でも群を抜いているのが分かった。

 刃を持った強化外装は、扱う技術が打撃武器に比べて数段難しい。また、大きくなればなるに連れ、その分取り回しも困難になる。遥か昔から数多くのバーストリンカーがショップやボーナスで取得しては、扱い切れずに消えていったと聞く。それは逆に言えば、使いこなせればこの上ない戦力になるということだ。

 それでもゴウは目の前の相手を倒すことしか頭にはなく、一切退くことはなかった。ついに左手で薙刀の刀身を握り締め、傷付きながらも大悟の眼前に迫り、刃を形成した右腕を振るう。

 

「オオ……オオオオオオオオォォ────ッ!!」

 

 そんな鬼気迫る鬼を前にして尚、歴戦の僧兵は一切の動揺を見せなかった。

 

「~~~~──喝!!」

 

 聞き取れない呟きの後、大悟は握っていた薙刀をあっさり手放し、右手に眩い光を一瞬で凝集させる。そして裂帛の気合と共に、石畳の地面を陥没させるほどに踏み込み、ゴウに向けて右腕を突き出すと、青紫の光が巨大な掌を形作った。

 

「ッグ……!? グアアアアアア────ァァッ!!」

 

 心意の掌底は向こう側が透けて見えるにもかかわらず、ゴウは食らった瞬間、まるで鋼鉄の柱にぶつかったような錯覚を抱きながら宙を舞う。

 吹き飛びながら目に映る、澄み切った青空がやけに印象的に感じられた。

 

 

 

 気付くとゴウの視界には、再び《平安》ステージの爽やかな秋空が広がっていた。数秒間気絶していたらしい。

 体は動かない。感覚的にだが、腕の刃を含めた体の前面の装甲が砕け散り、残った背面の装甲も心意で形作った黒い鎧ではなく、元の透明なダイヤモンド装甲に戻っていることを悟った。残っている体力は数ドット、敗北はほぼ確定したと言っていい。

 足音が聞こえ、誰かが近付いているのが分かった。該当する者は一人しかいない。

 

「……頭は冷えたか?」

「…………」

 

 こちらを覗き込む隻眼状態の大悟からは、突き刺すような威圧感も、心意の光もすでに消えていた。

 

「……とどめを刺さないんですか?」

「それでも構わないが、お前さんが俺に何か言いたいことがあると思ってな」

 

 こちらへの気遣いとも勝者の余裕とも取れる態度に、ゴウは渋面を作る。

 

「…………どうして」

「ん?」

「どうして師匠は……大悟さんは……僕を《子》に選んだんですか?」

 

 間違っても口を滑らせないように、ブレイン・バーストのプレイ中は直結対戦であってもリアルネームで呼ばないように教えられていたゴウは、敢えて大悟を本名で呼んだ。どうしてそうしたのか、ゴウ自身にも理解できなかった。

 答えてはくれないと思ったが、しばし間を空けてから、大悟は口を開いた。

 

「…………バーストリンカーがブレイン・バーストプログラムをコピー・インストールして、《子》を作ろうとする場合──前提条件は省くとして、基本的に自分と親しい者が対象になるが……その他に自分と同じ雰囲気、匂いと表現してもいい。何かを感じ取って選ぶことがある」

「それが、僕だったんですか?」

 

 大悟が首肯する。

 ゴウは昨日蓮美に、大悟と同じ感じがした、と言われたことを思い出す。だが、やはりそうとは思えなかった。この程度で大悟が、自分と同じように落ち込むなどとは、とても考えられない。

 

「……僕は、僕は大悟さんとは違う」

 

 気付けば、言葉は口を突いて出ていた。

 

「僕は大悟さんみたいに強くない。……だって救えなかった。勝てなかった。何もできなかった。あの時いたのが僕じゃなくて大悟さんだったら、フロッグは説得できていた。いきなり現れたあの三人だって倒せた。でも僕は弱くて……」

 

 歯止めが利かないまま、ほとんど涙声で内心を吐露するゴウを、大悟は止めずに黙って聞いていた。

 

「さっきもあの時のことを思い出して……心意システムで装甲を強化したのに、それでも結局勝てなくて……。変われたと思った。ブレイン・バーストと出会って、少しずつ良い方向に変わっていたと思っていたのに。やっぱり僕は、昔と何も変わってなんかいなかった。大切な時に誰も守れない……」

「ゴウ」

 

 大悟がゴウに向かって右手を伸ばす。やがてゴウの額の上で指を動かし──。

 

 びしっ。

 

「うっ!?」

 

 フェイスマスクが砕かれている、むき出しのゴウの頭部にデコピンを食らわせた。体力ゲージが更に数ドット削れるが、それよりも困惑の方が遥かに勝る。

 

「だ、大悟さん? 何を……」

「どうもお前さんは俺を過大評価しているな」

 

 目を白黒させるゴウに、大悟は呆れるように溜め息を吐いた。

 

「まずフロッグについてだが、半分正気を失った状態じゃ、対戦をしたことのない俺が説得してISSキットを解除させるなんてのは土台無理な話だ。何度も戦ったお前さんだからこそ、耳を傾けたんだろうよ」

「そ、それは……」

「次にあの三人について。見ない顔だったが、全員ハイランカーなのは一目で分かった。特にあの──のっぺら坊マスクのメタルカラーは、一対一でも絶対に勝てるとは断言できない。まして三人相手じゃあな。こっちにもコングがいたが、それでも分が悪すぎた。一当てして撤退するつもりだったし、あの場じゃ向こうから退いて助かったくらいだ」

「……!!」

 

 確かに仮面アバター、プランバム・ウェイトからは凄まじい威圧感を感じていたものの、大悟がここまで言うとは思わず、ゴウは息を呑む。

 

「最後に……少なくとも俺から見てゴウ、お前さんは変わったよ。成長した。デュエルアバターだけの話じゃない。もう最初に出会った時のカツアゲに怯える中学一年生じゃないはずだ。別にお前さんが学生生活をどう送っているかをよく見たわけじゃない。それでも対戦を重ね、アウトローでも過ごしたお前さんは、実際に対面する度に少しずつ顔つきが精悍に、逞しくなっていた。──最初に会った時、金をせびっていた不良共相手に、どうしてすぐ金を渡さなかったのか。俺がお前さんにそう聞いたのを憶えているか?」

 

 忘れるはずがない。あの時の偶然の遭遇を自分は一生忘れない、とゴウは今でも確信している。

 自分より年上であろう不良学生四人に絡まれていたゴウを、大悟はカツアゲ現場の録画に加え、自分のニューロリンカーを握り潰すことで脅し、追い払った。その後に退散しようとするゴウに声をかけ質問をした。

 その時にゴウは自分の変なところで頑固になる性格を、初対面の大悟に語った。

 

「……自分が絶対にしてはいけないと決めたこと、絶対にやると決めたこと、それらを自分の中で線引きして意地でも実行する──だったか」

「はい……。あの時ISSキットを使うフロッグの姿を見て、思ったんです。あの力は間違っている。使い続けていたら、使用者は取り返しが付かない目に遭うって。だから必ず目を覚まさせるって決めたんです。必死で戦って、言葉で伝えて、フロッグにも迷いが出ていた。でももう少しで説得できるってところでアメジスト・スコーピオンが現れて、フロッグが倒されて……。結局、僕はフロッグも自分の決めたことも守れなかった」

 

 そんな自分に対する強い怒りが、心意システムで自身を強化させたのだと、大悟に話したゴウは迷ってから一度目を閉じる。それから深呼吸をし、誰にも話さなかった過去について語った。

 今は亡き祖母の家で窃盗事件に居合わせ、対面した犯人をみすみす逃がしたこと、そして祖母の心を、意図せずとも傷付けてしまったことを。

 

「──まだ五歳だったし、大人の犯人に対してできることなんてなかった、むしろ変に刺激しなくて正解だったと、警察も両親もそんなようなことを言ってくれました。そもそも僕の家族が無用心だったことも、頭では分かっているんです。他にどうしようもなかったって。それでも僕は……おばあちゃんに謝りたかった……。でも事件の半年後には死んじゃって、最期まで僕を危ない目に遭わせたのを気に病んでいたって聞いて……。連絡手段はいくらでもあったのに……そうしなかった。僕は……僕は自分が許せない。どうしても。だから、決めることにしたんです。自分の中でこうするって誓えば、それを実行し通せば、今度はきっと間違えないんだって」

「……そして今回それを守れず、自分は変わっていなかったと、そう実感したと……」

 

 ゴウは今日に至るまで、ずっと抱えていたものを聞かせた大悟に頷いた。

 こんな訳の分からない理屈を、いきなり聞かされた大悟はどう思ったのだろうか。ゴウの過去に同情し哀れむのか、くだらない出来事をずっと引き摺っていると呆れるのか。

 勢いで話し始めたことを後悔し始めたゴウに対する大悟の第一声は、まるで予想しないものだった。

 

「……それがお前さんの《心の傷》か」

「傷……?」

「そう。それこそが、自身の分身たるデュエルアバターの鋳型(いがた)であり、心意システムを扱う為に向き合うものでもある」

 

 その時、【TIME UP!!】の文字が視界の中央に表示され、対戦時間の終了を告げた。

 《平安》ステージの紅葉散る青空が消え、リザルト画面の表示後、ゴウは環状の放射光をくぐりながら現実世界へと帰還していった。

 

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