アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第二十九話

 第二十九話 力を求めるその理由

 

 

 ゴウが心意修得の修行を無制限中立フィールドで開始してから、変化が起きたのは一週間後のことだった。

 大悟の心意システムを付与された殴る蹴るを食らいながらも、ゴウは『何物にも砕けない自分』を強くイメージし続けていた。そして何度かの死亡を経て、薄く瞬く程度だが、ついに全身から白い光を発し始めることに成功した。

 以前のように装甲が黒くなったり、増大したわけでもないものの、大悟の蹴りを受け止めた腕の装甲はヒビさえ入りはしなかった。

 そんなゴウの姿に大悟が頷く。

 

「キリも良いし、一息入れるか」

 

 数日前に無制限中立フィールドが《煉獄》ステージから、雪や霰がしんしんと降り積もる《氷雪》ステージに変わったことで、現在寺院は雪と氷で形作った一つの巨大な作品のようになっている。

《氷雪》ステージは建物内には侵入できないので、雪を凌げる屋根がある本堂の入口で二人は腰を降ろした。

 

「ほれ、飯だ。それと茶」

「ありがとうございます」

 

 デュエルアバターは食事や排泄といった生理活動を必要としない。それでも加速世界で長時間活動していれば、精神が磨り減ることは否めなかった。

 それもあってかゴウは、一日の内に数度の休憩と数時間の睡眠、そして一回の食事としてオニギリ一個(具はランダム)と緑茶を与えられていた。大悟が長期の修行を見越して、事前に《ショップ》から購入していたらしい。こういった飲食物はブレイン・バーストでは嗜好品に過ぎないと分かっていても、それでもゴウにとっては腹が満たされることで、今回の修行でのモチベーションを維持するのに一役買っていた。

 

「ん、おかかだ。お前さんの具は何だった?」

「梅干です。あの師匠、もう一週間経ってようやく過剰光(オーバーレイ)が出た程度ですけど、本当に一ヶ月で心意技を覚えられるんでしょうか?」

「ふぅー……大丈夫。今のところ予定通りだ。さっきの過剰光(オーバーレイ)からしても正の心意技であることは間違いないしな」

 

 オニギリを食べつつ、胸中の不安を打ち明けたゴウに対し、急須から湯呑みに注いだ緑茶を流し込んだ大悟は、間を置いてからのんびりと答える。ほとんど進歩が見られなかった為にゴウは今まで話題に出さなかったのだが、どうやら大悟の予定する進行具合としては、支障なく進んでいるらしい。

 

「始めに言っただろ? 心意技なんてそんなホイホイと覚えられるものじゃないんだって」

「それは確かに言ってましたけど。ちなみにリキュールさんとキューブさんはどうだったんですか? そもそも、アウトローでは僕以外は全員心意使いだってことですよね?」

「あくまで自衛の手段としてだが、まぁそうなるな。リキュールとキューブは原理を説明してから大体一週間で基本技を発動させて、後は自身で鍛錬するように言った。今なら実戦に使える程度にはなっているかもな──そうしょげるない、レベルも経験も当時のあいつらの方が上なんだから。大体、今回みたいな状況じゃなけりゃ、まだ教えてもいなかったはずなんだ」

「それも最初に聞きましたけど……」

 

 分かってはいるのだが、理由はどうあれゴウには、かれこれアウトローのメンバーになってから九ヶ月近くなっているというのに、自分だけが蚊帳の外だった秘密があったというのはやはり寂しいものがあった。

 

「それよりも勢いで心意を発動させるお前さんの方が凄いと思うがね。よほどの感情の爆発だったんだろうよ。──褒められはしないが」

「はい……最初の時はスコーピオンに煽られたことだけが理由じゃなくて、何もできなかった自分に対して怒りが湧いてどうしようもなくて……」

 

 怒りや絶望などのマイナスの感情から発動されたものを《負の心意》。勇気、希望などのプラスの感情からなる《正の心意》と呼ぶと、修行の中でゴウは大悟に教えられていた。

 正の心意と比較すると負の心意は発動しやすいらしく、その理由は正の心意のように《心の傷》に対して克服したり、受け入れたりするプロセスが必要ないからだそうだ。

 

「偶発的に発動させた最初はともかくとしてだ。俺との対戦で使ったのは焦っていたからだろ?」

「…………そうです」

 

 大悟の言う通り、ゴウも感覚的にあれが危険だとは理解していた。それでも大悟との直結対戦で意図的に発動させたのは、その力が手の届く所にあったからだ。

 そこでゴウはダイブ初日に、《災禍の鎧》が負の心意によって誕生したと説明されたことを思い出した。

 

「師匠は……初代クロム・ディザスターとは面識があったんですか? なんだか師匠は《災禍の鎧》の話が出ると悲しそうな顔をするから……何となくそう思ったんですけど」

「また随分と唐突だな。ただ……まぁ、そうだ、一応はな。そこまで親しくはなかった。奴の……いや、奴らが拠点にしていたのはお台場辺りだったし、当時の俺はあまり世田谷から出なかったしな」

「奴ら?」

「クロム・ディザスターの本来の名前は《黒銀の(はやぶさ)》と呼ばれたメタルカラーのデュエルアバター、《クロム・ファルコン》。ファルコンはパートナーである《咲耶姫(サクヤヒメ)》こと《サフラン・ブロッサム》と行動していたんだ。コンビネーションは元より、そりゃあ仲睦まじくてなぁ。見ているこっちが微笑ましくなるくらいだった」

 

 ゴウはディザスターの真の名前やそのパートナーの存在に驚きつつ、大悟の懐かしむ声が印象に残った。それでも古い友を思い出す表情には、やはり(かげ)りが見える。

 

「だが、ファルコンはある一件で友人と信じていたリンカー達に嵌められてサフランを失い、その憤怒から《災禍の鎧》を創り出してクロム・ディザスターと呼ばれるようになった。俺はその現場にいなかったし、いろいろと聞き回ってようやく事情を知ったのは、随分後になってからのことだった。詳しい経緯は機会があればその内に話すが、ともかく俺が危惧したのは、お前さんがファルコンとはケースは違えど、負の心意によってバーストリンカーとしても、人としても間違った道に進むことだった」

 

 どうやら先程(体感では一週間を越えてはいるが)の対戦で、大悟が今まで見せなかった強化外装を出してまでゴウを叩き潰したのは、ゴウが負の心意使いとなって暗黒面に堕ちるのを阻止する為でもあったらしい。

 

「──さて、休憩は終わりだ。次は実戦の中で心意技を鍛えていく。まずは移動だ」

 

 話をかなり雑に締めた大悟が、残っていたオニギリと緑茶を口の中に詰めて立ち上がったので、ゴウも急いで食事を済ませ、二人は氷の寺院を後にするのだった。

 

 

 

 寺を出てから約一週間後。

 

「ゴルルルルアアッ!」

「ぐっ!」

 

 ゴウは野獣(ワイルド)級に分類される雪男型エネミーと戦闘を繰り広げていた。

 体躯は四メートル近く、《氷雪》ステージに適応した剛毛がびっしりと生えた太い腕には、氷塊を削り出して作ったような棍棒を握り締め、容赦なくゴウに叩き付けてくる。

 

「気合入れろ! 真っ向からじゃ、心意技を維持しないと潰されるぞ!」

 

 大悟がゴウに向かって声を張る。

 そもそも最弱の小獣(レッサー)級に分類されるエネミーでさえ、レベル7のバーストリンカーと同等の力を持つといわれているのに、一段上の野獣(ワイルド)級に現在レベル5のゴウが単体で挑むこと自体が、かなり無茶な話だ。

 ちなみに大悟はもう一体の雪男の攻撃をいなしつつ、ゴウの方へと向かわないように、度々心意攻撃を繰り出していた。

 心意技は強力になればなるほど、周囲のエネミーを引き寄せてしまうと、ゴウは以前にスコーピオンからも、今回の修行で大悟からも聞いていた。

 今のゴウが薄く発動している心意技はかなり弱い部類であるものの、それでも近くにいればエネミーは心意技使用者を優先して襲おうとする。

 つまり大悟はゴウの援護をしてくれている形になるのだが、それでも目の前の雪男は一体だけでもゴウの手に余る存在だった。

 

「ゴオオオオッ!」

 

 鬱陶しい光を放ちながら、尚も目の前に立つゴウが目障りなのか、エネミーは苛立たしげに棍棒をぶつけ続ける。

 ゴウはこの数日フィールドを歩き回っては、エネミーを見つけて心意技を用いて戦うという修行をし続けることで、始めの頃は十秒そこそこしか持たなかったが心意技も、今ではかなり長く維持し続けられるようになっていた。

 しかし、雪男型エネミーはゴウが今まで相手にしていた小獣(レッサー)級よりも格上で、加えてその腕力から振るわれる打撃技は、強い衝撃が加わる角度如何(いかん)によっては、割と簡単に砕けてしまうダイヤモンド装甲を持つゴウにとっては鬼門の存在だった。

 

「く……そ……っ」

 

 とうとう心意技を発動しているのにもかかわらず、腕の装甲にヒビが入り始める。ダイヤモンドの特性上、断面に衝撃が加えられると裂け目に沿って砕けやすくなるので、状況は非常にまずい。

 このまま死亡してしまうかもしれないと、片膝を着いたゴウの頭に弱気な考えがよぎった、その時だった。

 

「限界の中でもイメージを絶やすな! 見えてくるものを逃さずに掴め!」

 

 大悟の一喝が耳を打ち、満身創痍のゴウははっとする。

 ゴウがイメージしているものは『硬さ』。何物にも砕けない鎧だ。しかし、それとは少し違う別の考えがふと頭に浮かぶ。

 そもそも心意を修得する理由は何なのか。

 強くなる為。間違ってはいないが、それは過程だ。では何故強くなりたいのか。

 眼前の雪男がゴウにとどめを刺そうと棍棒を両手で握って、大きく腕を振り上げる。その動作がゴウには随分と緩慢に見えた。

 ──イメージするものは……『硬さ』。でもそれだけじゃ足りない。

 ゴウの頭を粉々にすると言わんばかりの勢いで棍棒が迫る。そして──。

 

「──イメージするものは、『硬さ』。それは……自分の意志を貫き通し、守る為!!」

 

 宣言するように言い放ち、ゴウはヒビの入った両腕の装甲を頭上に交差させた。先程まで発していた過剰光(オーバーレイ)よりも更に強い純白の光がゴウの全身から放たれる。

 

 バッギャアアアアン!! 

 

 音を立てて砕け散ったのは、ゴウの装甲──ではなく、エネミーの振り下ろした氷の棍棒の方だった。

 棍棒を砕いた張本人であるゴウの姿は、白い光を放ちながらも装甲は漆黒という、何とも矛盾した状態になっていた。腕のヒビは消えていて、装甲の形態も以前の暴走状態とは異なっている。

 装甲の厚みが増大したのは変わらないが、以前は鋭利だった装甲の端々は丸みを帯びた流線型のフォルムで輝いていた。よく目を凝らすと細かくカットされたような処理が施されていて、ダイヤを宝石としてより際立たせる、ブリリアントカットを彷彿とさせる。

 ゴウは両手を見つめながら強く握り締め、全身に満ちている力をゆっくりと感じ取った。その心は以前のように力に酔うこともない。

 

「これが、僕の心意技……」

「グルル……グルアアアアッ!!」

 

 エネミーの雄叫びにゴウは前を向いた。

 棍棒を失った雪男は状況が飲み込めずにしばらく呆然としていたが、今や自身の得物を破壊した相手に怒り狂い、その豪腕でゴウを殴りにかかる。

 そんなエネミーの雄叫びも大きな拳も、今のゴウの心を揺らすことはできない。エネミーの拳を左腕だけで真っ向から受け止めても、装甲はビクともしなかった。それどころかダメージを受けたのはエネミーの方。骨より硬い岩を拳骨で殴れば、傷付くのは拳の方であるのが道理だ。

 エネミーが怯んでいる間に、ゴウはすでに右腕を腰元まで引いていた。

 

「《アダマント・ナックル》!」

 

 黒い弾丸となった拳がエネミーの腹に直撃する。一瞬の静止の後、ゴウの三倍以上あるエネミーの巨体が、雪が降り続ける空に向かって飛んでいった。

 エネミーは運悪くも、そのままクレバスのような割れ目の奥底にでも落ちてしまったのか、ゴウの元へ戻ることはなかった。

 

「──その感覚を忘れるなよ」

 

 エネミーの体力ゲージがゼロになる前に視界の表示から消えたゴウの元へ、大悟が駆け寄る。

 返事をしようとしたゴウだったが、大悟が相手をしていたエネミーはどうなったのかと大悟が来た方向を見やると、もう一体の雪男は傷付いてはいるものの未だ健在で、こちらに向かってきている。

 

「師匠、ここは僕に……」

「いや、それには及ばない。すぐに済ませるからその状態を維持し続けていろ」

 

 この事態にも慌てずに対応しようとするゴウの前に、大悟が一歩前に進んでから大きく深呼吸をする。

 

「──《天部(デーヴァ)火天(アグニ)》」

 

 

 聞き慣れない単語を大悟が唱えた瞬間、大悟の全身からは以前見せた青紫の光ではなく、深い青色を揺らめかせる炎が噴き出した。

 これにはゴウも、さすがに驚いて後ろに退く。

 大悟から放たれている炎はこの距離でも熱を感じない上に、よく見ると周りの雪や氷も溶けてはいない。どうやらこれは炎のように見える過剰光(オーバーレイ)のようだ。

 それから大悟は心意システムによって威力の増大した連撃で、エネミーを一分足らずで倒してしまった。

 

「これが俺の《攻撃威力拡張》の心意技だ。──第二段階は終了した、仕上げに入るぞ。これからお前さんの心意技の威力を確かめる為に、お互いの心意技を発動したまま拳をぶつけ合う。構えろ」

「……はい」

 

 ゴウは質問せずに大悟の意を汲んで、右腕に力を込めた。大悟も同様に右拳を握り締める。

 両者が対峙したまま動きを止めてから数秒後。

 降り続いていた雪が一時(いっとき)止んだ。それを合図に、両者が弾かれたように走り出す。

 白い光を放つ黒の拳と蒼い炎を纏う拳がぶつかり合い、その余波が轟音と衝撃を、周囲へと一気に拡散させた。

 周囲のオブジェクトを破壊し尽くした衝撃が収まっても、二体のデュエルアバターは拳を合わせた状態で静止し続けていたが、その静寂も長くは続かなかった。

 

「ぅあっ……」

 

 先に動いたのはゴウ。黒い装甲が通常の透明な装甲に戻り、右腕から右胸部にかけての装甲が一気に砕け散った。

 

「やっぱり……師匠は強いですね」

 

 両膝を着き、右半身を左腕で押さえながら、ゴウは心意の炎を放ち続ける師に対して、潔く己の敗北を認めた。

 

「まぁな。だがお前さんも──」

 

 大悟から心意の炎が消え、始めに着物型の装甲の袖が、続けて右腕全体が粉々に砕けて氷の地面へと落ちた。

 今まで大悟に対して部位欠損ダメージを与えたことのなかったゴウは、光を散らして消えていく大悟の右腕だった破片に目を剥く。

 

「見事だ。お前さんの魂の一撃、しかと届いたぞ」

 

 

 

「────ぁぁぁぁああああああああ!!」

 

 数分後。ゴウは風になっていた。

 

「しっ、しょっ、師匠! もういいです! もう充分に分かりましたから!」

 

 現在ゴウは猛スピードで走る大悟におぶさっている状態なのだが、その理由は心意技の打ち合いから間もなくに時間が巻き戻る。

 互いの心意技をぶつけ合ってからしばらくして。

 鳴り響く鐘のような、はたまた砕け散る薄い硝子(ガラス)のような音を響かせながら、七色に揺らめくオーロラが猛スピードでこちらに近付いてきていた。《変遷》だ。

 変遷は無制限中立フィールドの内部時間でおおよそ三日から十日の内に発生し、ステージ属性を変えていく現象である。つまり現在の《氷雪》ステージから異なるステージに変更されるのだが、変遷の効果はそれだけではない。

 

「おっ、丁度良い。着装、《インディケイト》。──オーガー、動くなよ?」

「師匠、何で強化が──」

 

 変遷の光を視認した大悟がいきなり薙刀型の強化外装を実体化させる。全長二メートルを優に超す武器を、大悟は残った左腕だけで軽々振るうと、質問を言い終えていないゴウの首を刎ねた。

 まるで最初から打ち合わせをしていたかのような自然な動作に、気を抜いていたゴウは避けることも受け止めることもできなかった。

 ゴウが混乱からすぐに我に返ると、幽霊状態特有のモノクロの視界の中、大悟が自身の持っている薙刀で、今度は己の首を何の躊躇もなく切断していた。

 初めて見る師の死亡が『自殺』という全く理解が追いつかない状況で、すぐに変遷の光がステージと一緒に、幽霊状態のゴウと大悟も包み込む。

 すると、たったいま死亡したばかりなのに、ゴウは体力が全快の状態で、木々生い茂る《原始林》ステージに立っていた。

 これも変遷による影響の一つで、変遷は変わる前のステージで破壊されたオブジェクトの完全修復や倒されたエネミーの再湧出(リポップ)の他に、幽霊状態のバーストリンカーを六十分の死亡待機時間を待たずして、蘇生させる効果があるのだ。

 

「いやぁ、ベストタイミングだったな」

「……ベストタイミング、じゃないでしょう。いきなり斬首って……」

「そう怒るな。わざわざポータルからダイブしないで体力を全回復させる小技の一つだよ。当然ポイントは減るが。こういったテクニックも覚えておくといい。それにあんまりここでチンタラはしていられないぞ?」

 

 何もなかったかのように平然とした様子の大悟を、じろりと睨むゴウだったが、大悟が指差した方向から唸り声が聞こえ、振り向くと先程倒したエネミーもゴウ達と同様に復活していた。ステージが変わったからなのか、雪男は茶色い毛皮の大猿へと変化している。

 

「心意技も無事修得できたことだし、ここのエネミーにはもう用はない。逃げるぞ、ほれ」

「いや、ほれって……」

 

 大悟がその場にしゃがみ込み、背中をポンポンと叩いている。どうやら自分の背中に乗れと言っているらしい。

 エネミーが迫っているのに、大悟はしゃがんだ体勢のまま起き上がらないので、ゴウは止むを得ず大悟の背中におぶさった。

 

「よっこいしょ、っとと……。お前さん、意外と重いな。さて、せっかくだからもう一つの心意技を見せてやろう。しっかり掴まっていろよ。──《天部(デーヴァ)風天(ヴァーユ)》」

 

 立ち上がった大悟が先程とはまた違った技名を発すると、大悟の足下から蒼い光を放たれ、風が吹き上がった。同時に、地面に接地している大悟の下駄の歯が、通常の二本のものから、やや高くなった一本下駄へと変わる。次の瞬間、大悟が疾風のようなスピードで急発進からのダッシュを開始した。

 こうして今の状況に至るのだが、あまりの走る速度に再び首が取れそうなゴウの必死の嘆願に、大悟はようやく足を止めてくれた。当然エネミーなど全く追いつかず、影も形も見えない。

 

「ふぅ。ここまで走ればあのエネミーの縄張りからも抜けただろ」

「は──っ、は──っ……」

 

 全く走っていない自分の方が疲れた気がするゴウは何とか息を整えようとしていた。

 

「これが《移動能力拡張》の心意技だ。中々のもんだろ?」

「ええ……充分体感しました。じゃあ……僕のあの心意技は《装甲強度拡張》に分類されるんですかね?」

 

 ゴウは心意技が《攻撃威力拡張》、《装甲強度拡張》、《移動能力拡張》、《射程距離拡張》の四種類の基本技術に分けられると、修行の合間に大悟から説明を受けていたので、自分が発動した心意技の分類を推測すると、大悟が首肯する。

 

「ダイヤモンド・オーガーの性質にも合致しているし、間違いないだろうな。攻撃にも利用できる良い技だと思うぞ。それで名前はどうするんだ?」

「名前?」

「技名だよ。心意技はイメージが(キモ)だから、技名を発声することでイメージを練り上げる速度が上がるんだ。黙って発動することもできなくはないが、発動速度が少し遅れるし。どうだ? 何かないか?」

 

 大悟に促され、ゴウは頭を捻る。

 ――ダイヤモンド……黒い……硬い……。

 特徴を連想する中で、以前ダイヤモンドについて調べた中で見つけた単語を思い出した。

 

「……カーボナード、《黒金剛(カーボナード)》にします」

「ふーん。しかし思ったより会得が早かったな。もっとかかると踏んでいたが」

「…………」

 

 即興にしてはなかなか良いんじゃないかと思った技名は、大悟にあっさりと流されてしまう。

 それはともかくと気持ちを切り替え、ゴウは一ヶ月の設定期限にかなり猶予を残した今、何をするのかが気になった。

 

「これからどうするんですか? まだ半月近くリミットを残していますけど」

「それならそれで都合が良い。これからはあちこちに移動しつつ、心意技の発動スピードと維持時間を上げていく。一つの所で完全な心意技を出し続けていると、すぐにエネミーが寄ってくるからな。その他にも諸々教えようと思う。渡したい物もあるし……」

 

 どうやら大悟は状況に応じて対応できるように、いくつかプランを考えていたようだ。

 

「それと……ログアウトしたら、お前さんに俺のバーストリンカーとしての成り立ちを話そうと思う」

「………………え?」

 

 大悟の唐突な一言は、いきなり首を刎ね飛ばされた時よりもゴウを驚愕させた。

 ゴウは今から体感時間でおおよそ半月後、現実の時間で約二十分後。出会ってから一年と二ヶ月の間、謎に包まれていた如月大悟の過去。そして、バーストリンカーとしての正体を知ることになる。

 


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