アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第三十話

 第三十話 仲直りの条件

 

 ──……まずは一ヶ月間のダイブ、お疲れさん。きっとお前さんにとって実のあるものになったと俺は思う。

 ──あぁ、そうだな。分かっているよ、ちゃんと話す。

 何で急にって? いや、お前さんが自分の過去まで打ち明けてくれたのに、こっちは何も教えないなんてフェアじゃないだろ? だから……腹を割って話そうと思う。まだ時間もあるしな。

 まず初めに俺は《親》を持たないバーストリンカー、最初に謎のアプリ《ブレイン・バースト2039》を入手した最初の百人、《オリジネーター》の一人だ。

 ──おかしいって? まぁそうだよな。アウトローでオリジネーターの話も出たこともあったしそう思うだろうが、順に話していく。

 俺と弟の経典が未熟児だったって話はしただろ? 俺が生まれた当時二〇三二年の二月には、すでに乳幼児対応型のニューロリンカーが発売されていたから、生まれた直後からバイタルチェックの為に、俺達はニューロリンカーを装着させられていたんだ。

 それから七年後の二〇三九年四月、ブレイン・バーストプログラムが都内の小学一年生百人に追跡不能の発信元からクライアント・パッケージで配布された──つまりこれには二〇三二年四月から二〇三三年三月生まれの子供、今の中学三年生が該当するわけだ。

 オリジネーターの年齢が最高齢のバーストリンカーと何故一致しないのか。それは乳幼児対応型ニューロリンカーの発売日が二〇三一年の九月だから、今の高校一年生だと九月以前に生まれた子供がバーストリンカーの資格を持たないから……って説が有力だ。該当者が少なすぎたのかもしれないな。

 ──そう、だから今が高一の俺はオリジネーターには含まれないはずだよな? ここがややこしくなるんだが、当時の俺は入退院を繰り返していた虚弱体質、おまけにひどい喘息(ぜんそく)持ちでな、幼稚園にもまともに通えていなかった。

 小学校に上がって、俺は同年齢の子供達と一緒の教室では授業を受けられずに、《特殊学級》の枠でクラスには籍だけ置いて自宅学習をしていた。それまで以前にも急な発作が起きて、大事になりかけたこともあったからな。

 特殊学級は超の付く現代の少子高齢化社会の中、子供は宝ってことで色んな配慮だの政策だのから、院内学級や特別支援学校の制度を参考に作られた政策の一つらしい。そういうの聞いたことないか? 

 ──そう、それは弟も同じだった。体が弱い子供を二人も養ってくれていた父には心底感謝しているよ。母も蓮美が小学校に上がる頃には元々勤めていた会社に戻った。二人ともバリバリのやり手でな。それからは伯母や祖母が、俺達の面倒をほとんど見てくれていた。

 ……っと、話が大分逸れたな。そんな小学一年生とも二年生とも少し違う七歳の時、俺と弟にブレイン・バーストプログラムがニューロリンカー経由で送られてきた。適正が他の子供よりあったのか、他に理由があるのか、それは今でも分からない。

 ──おいおい、驚きすぎだろ……。まぁ、無理もないか、双子でしかも年齢のズレたオリジネーターなんて多分俺達しかいなかっただろうしな。自分で言うのも何だが、俺達は相当に特殊な存在だった。……そう言うとオリジネーターは凄い存在に聞こえるが、結局は次世代の《子》達と権限において何も変わりはなかったんだけどな。

 当然、通院以外で外出なんぞほとんどしなかった俺達は夢中になったよ。英語を辞書アプリとにらめっこしながら翻訳して、週末には大人達に適当な理由と無理を言って対戦が盛んな地区に連れていってもらって……。──もちろん体調が悪い時は無理だったが、それでも割と順調にバーストリンカーとして成長していった。

 当時のバーストリンカー、昔は《BBプレイヤー》なんて呼ばれていたんだが、俺達にとってこのゲームは未開拓で、教えてくれる存在もいなくて、自力で解明していくしかない、先は全く見えない状態だった。レベル2になれたオリジネーターは三割、配布から一年後には二割もいなかったと聞く。今はどれだけ残っているのやら……。

 それでもバーストリンカーの数は、コピーインストールの回数に制限が存在しなかったり、インストール可能かを調べられる適性チェッカーなんかが搭載されていて、配布開始から一年で五百人を超えていた。それらも配布から二年も経つと、仕様が変更されて今と同様にインストール権は一回、それに確証がない中でやる形になったけどな。

 ──そうだな。バーストリンカーの数を運営が制御できる約千人に達したからだとも言われているが、これも推測でしかない。性根の悪い奴が事情の知らない適正のある相手に好き勝手にコピーしてから、初期ポイントを根こそぎ奪っていたなんて噂も聞いたから、その配慮もあったかもしれないな。

 当時の俺は正直なところ《子》を作る気なんぞ、さらさらなかった。現実で弟以外の知り合いの子供はほぼいなかったし、友達なんて作れる環境じゃなかったからだ。それよりもレベルを上げて、もっと強くなりたかった。

 だが、弟は俺とは違う考えでな、配布から大体一年が経ったある日、一人の《子》を作った。俺達が通う病院に、長期入院している父親のお見舞いに来ていた子供だ。

 ──もう分かったんじゃないか? そう、俺と弟とそいつ、そしてコングとメディックを加えた五人が《アウトロー》と名付けたホームを手に入れて、そこを拠点としたんだ。

 エネミー狩りの他にもあちこちを巡ったり、内部時間で何日もダイブし続けたりしてな、楽しかった。毎日が黄金のような日々だった。──誤解するなよ? 今のアウトローだってもちろん好きだ。…………だが、それも長くは続かなかった。少なくとも俺にとっては短すぎた。

 弟が八歳の秋に肺ガンを患った。医療は日々進歩していても万能じゃない、ガンが発見された頃には体力の少ない弟じゃ、もう進行を遅らせるぐらいしか手がなかった。

 もちろん本人に直接は言えない。でも……何となく分かっちまうんだろうな。とうとう病院でずっと入院するようになって……。加速世界の関係者でこの事情を知っていたのは、弟と現実で面識がある俺と弟の《子》だけだった。

 ──そうだ。コングもメディックも知らなかった。俺達が弟に口止めされていたからだ。余計な気遣いをしないで対等に扱ってほしかったんだろうよ。

 年が明けて、その年の誕生日まで持ち堪えた。それで……翌月には咽頭ガンまで併発して、もうほとんど肉声を発することもできなくなった。

 そんなある日、親が席を外していて、部屋には見舞い中の俺しかいなかった時だった。直結で思考発声の会話をしていた弟が、無制限フィールドに行きたいと言い出したんだ。そして、ダイブしてすぐにこう言った。『サドンデス・ルールで対戦をしてほしい』と。

 いつ手に入れていたのかも知らない、一度の対戦で互いのポイントを全て賭ける《サドンデス・デュエル・カード》を手にして立つ弟に、俺は首を横に振った。でも本当は、その時にはもう分かっていた。あいつに……経典にもう時間がないことが……。だから、もう一度同じ台詞を言う弟に今度は頷いた。

 ──サドンデスを申し込んだのはきっと、俺に本気で戦ってほしかったんだと思う。今までにない気迫を見せる弟を、俺は全力で迎え撃った。

 レベルは同じでも近接型の俺と間接型の弟、真っ向勝負じゃ、紙一重で俺の方が上だった。残り体力を一割以下まで削られた俺の目の前で、体力がゼロになった弟はサドンデス・デュエルのルールによってポイント全損し、ブレイン・バーストから永久退場した。

 ──……ポータルから現実に戻ると、弟はもうブレイン・バーストに関する記憶が消えていた。当時からそのことを噂で聞いてはいても半信半疑だったんだが、実際に目の当たりにしたら事実を受け入れるしかなかった。

 ──前にそんな話をしたっけか。で、この時に間が悪いことに弟の《子》が、弟の見舞いに部屋に来たんだ。そいつは自分を不思議そうに眺める弟から何か違和感を覚えたのか、すぐにマッチングリストを確認した。

 それから……治療の関係で病院のローカルネットに、必ず接続しているはずの弟のアバターネームが載っていないことから、弟の永久退場を理解したらしいあいつは部屋を飛び出していった。

 連絡も繋がらなくなって……後に分かったことだが、入院していたそいつの父親が同じ日に亡くなって、すぐに引越ししたらしい。結局あいつとはそれ以来、現実でも加速世界でも会うことはなかった。

 そして、最後の対戦から数日後に弟が……亡くなった…………。

 ──……いや、大丈夫だ。当時は胸にぽっかりと穴が空いた気がしてな……。俺は常に何かをせずにはいられなくて、現実じゃ勉強の他にも、体力づくりの運動や可能な限りの療法をがむしゃらに試した。その内のどれかに効果があったのか分からなかったな、半年もすると喘息は軽い発作も出なくなって、医者からも普通の学級に入って通学して良いと許可も下りた。今じゃ見ての通り、健康赤マル優良児だよ。

 ──いいや。転校生ともまた違う俺の存在を、クラスメイトはほとんど腫れ物扱いして、あんまり受け入られなかった。俺自身、生身で家族以外の人間と関わることがほぼなかったから、どうしていいか分からずに最後までギクシャクした感じが拭えないまま、小学校は卒業した。環境が変わって、中学じゃ友達もできたけどな。

 一方、バーストリンカーとしては──お前さんは前に聞いたんだったか、二人がいなくなった俺はアウトローに寄り付かずに、二十三区中を巡って対戦と、無制限フィールドでの修行に明け暮れていた。なんせ時間は有り余るほどにあったからな。随分と無茶もやった。

 それから半年後、とうとうコングとメディックに捕まっちまって、物凄い剣幕で迫られながらアウトローに帰ってこいと言われて、戻ることになった。

 ──ん? どうしてすんなり帰ったのかって? それはだな……その……そうだよ。本当は嬉しかったんだよ。碌に説明もしないで消えたのに、二人が俺をずっと捜してくれていたことが。放ったらかしにした分、ボコボコにされたけどな。特にメディックに。

 ──ともかく事情を打ち明けた俺はアウトローに戻り、それから仲間が少しずつ増えていった。キルン、メモリー、ちなみにこの二人とは以前から面識だけはあった。それからリキュール、キューブ。そしてゴウ、お前さんだ。……あれからもう一年以上経つなんて、時が経つのは早いな。

 ──そうそう、実は例の不良共について教えてくれたのは蓮美でな。何とかしてくれないかって頼まれたんだが、何とかって……無茶を言う。

 そして、俺は不良共のカモになっていた、自分と同じ学校の制服を着た男子中学生の眼を見た時、直感的に《子》にしようと、そう思った。月並みに言えば……そう、あの時に運命を感じたんだ。

 

 

 

 話し疲れたのか、一際大きな息を吐いてから大悟が黙る。

 太陽がほとんど沈み、薄暗くなった道場をしばしの静寂が包んだ。

 

「大悟さんは……過去のいろんな出来事を、その……乗り越えたんですか?」

 

 ゴウは壮絶な過去を過ごしてきた大悟に失礼かと思いながらも、この状況を良い機会と判断して質問した。これを逃せば次に聞く機会がいつあるか分からなかったからだ。

 

「乗り越えたと言うよりは、時の流れが緩やかに受け入れさせたって表現の方が正しい。……向こうで累計五十年を過ごしたあたりでログインの年数を数えるのを止めた。小学生の頃は精神年齢と実年齢の差に苦労したもんだ」

 

 大悟はかなり軽く言っているが、ゴウにはそれが並大抵の苦しさにはとても思えなかった。

 生まれた時から一緒だった双子の弟と、現実で対面した唯一の友人をほぼ同時に失い、病弱な自分を必死の努力で変えても、当時のクラスメイトには受け入れてもらえなかったのだから。

 

「いずれにせよ、過去については俺の中でそれなりに決着している。お前さんはどうだ? 一ヶ月間だけでも、加速世界で過ごして現実の、生身の肉体を懐かしく感じているはずだ。今回体感したものを踏まえて、ブレイン・バーストにまだ関わりたいと思えるか?」

 

 確かにゴウはログアウト直後、ほんの一瞬だったがデュエルアバターではない生身の体に違和感を覚えるほどだった。

 ブレイン・バーストがゲームの領分を大きく超えていることを改めて実感する。大悟のように更に長期間過ごしたら、と考えて恐怖しないと言えば嘘になる。だが──。

 

「……僕は、今回のダイブに後悔はありません。多分これからも後悔はしないと思います」

 

 大きく息を吸ってからゴウは続けた。

 

「僕はまだ大悟さんみたいに、実年齢より長く加速世界で過ごしてはいません。でも大悟さんが教えてくれたように、それによって発生する弊害もまた一つ自分の糧にしていけると、そう考えています。……それにアウトローの皆もいますし、一人じゃ無理でも、皆となら何だって乗り越えていけると信じていますから」

 

 幼い頃の出来事をずっと引き摺り、それが無意識に今の自分の性格まで作り上げていた。そんな抱え込んでいたものを成り行きとは言え、今日初めて他人に明かした。

 目の前にいる別の世界で数十年以上を生きた少年が、『それさえも己の一部』と受け入れる方法を教えてくれた。ならば自分はこれからも生きていけると、この一ヶ月間の修行の末にゴウは自分なりの答えを見つけたのだ。

 

「……………………」

 

 ゴウの答えを受け、大悟が沈黙したことで道場内を再び静寂が包もうとしたその時。

 

「……っく、ははっ、はははははははははは!! ──そうか。いやぁ……なんだか今日はお前さんに驚かされっぱなしだな」

「えぇーっと……それって褒めてますか?」

 

 今まで思い詰めていた雰囲気だった大悟が、手を叩きながら爆笑した。

 呆気に取られていたゴウはあまりにも大悟が笑うので、少しむくれたような口調で問う。

 

「もちろんだ。バーストリンカー歴一年少しで、そこまでの考えに実際に至れる奴はそうはいないだろうよ。……俺、昔は自分のアバターが嫌いでな。さすがに愛着が湧いたから、とっくにそんなことないが」

「? アイオライト・ボンズがですか?」

 

 急な話題の変化に何事かと思うゴウだったが、初耳の話に食いついた。

 

「そうだ。お前さんも知っての通り、アイオライト・ボンズは必殺技を持たず、新米(ニュービー)時代は特に決定打や劣勢から逆転する為の一打がなかった。俺の内面を読み取ったシステムが、坊さんが『必殺』の技を持っちゃいけない、とでも判断したのか知らんが迷惑な話だ、なんて昔はよく思ったもんだ」

 

 アウトロー内では周知の事実だが、大悟はレベル8にまで上り詰めたにもかかわらず、必殺技を一つとして持っていなかった。

 レベル1の時点ならデュエルアバターが必殺技を持たないことは珍しい話ではない。その分のポテンシャルを強化外装やアビリティに割り振られていることで《同レベル同ポテンシャル》の原則は、俗説としてある程度成り立ち、周知されているのだ。

 だが、大悟曰く、今までのレベルアップ・ボーナスの際にも、一度として必殺技の選択肢が出現しなかったそうだ。もっとも《天眼》を始めとした、相手による妨害に影響されない為の複数の補助的なアビリティや、薙刀の強化外装である《インディケイト》を所持している大悟は、レベル8に恥じない実力を持っている。

 

「ただ、最近はこうも考えるようになった。──名前に冠されているアイオライトは、パワーストーンとしては将来を指し示す石なんだそうだ」

「将来を……?」

「昔、航海中のバイキングがアイオライトを太陽にかざしては、青色が鮮明に輝く方向に進路を進めたとかいう逸話もあるらしい……そんな迷信めいた話はともかくとしてだ。アイオライトのように道を指し示す存在になる為に、このデュエルアバターは生み出されたんじゃないかと……そう考えるようになったんだよ」

 

 ゴウは大悟が『誰の』道を指し示す存在になると考えたのかは、敢えて追求しなかった。言葉にしなくても言わんとしていることは分かったからだ。

 

「……なんだか大悟さんってたまに詩的と言うか、ロマンチックなこと言いますよね。ヘルメス・コードの時とか、今とか」

「な、何ぃ!? いや、別にそんなんじゃ……む、むぅ……」

 

 珍しく困惑する大悟を見て、今度はゴウが笑う方に立場が逆転した。

 

「──さて、もう時間だ。そろそろ出るか」

 

 ひとしきりゴウが笑った後に、壁掛けのアナログ時計が六時を指しているのを確認した大悟が立ち上がり、付け足すように言った。

 

「それと最後に一つ。いま話した弟とその《子》、二人のバーストリンカーがアウトローに存在していたってことを、頭の隅にでも憶えておいてくれ。弟のアバターネームは──」

 

 

 

「あっ……」

「よぉ、お帰り」

「え? なんで……」

 

『夕飯食ってけよ。腹減っただろ? 伯母さんもお前さんの分まで用意しているし』とゴウは大悟に夕食に誘われた。

 遠慮しようとするゴウだったが、自分の分まで用意されている上に、駄目押しで胃が空腹を訴えたことで、結局ご相伴に預かることになり、大悟に連れられ母屋に向かっていた、その道中。

 部活帰りの蓮美にばったり出会ってしまった。もっとも、大悟がここに来るように連絡していたのだから、当然と言えば当然だ。

 昨日の放課後に意気消沈の自分を心配してくれた蓮美を邪険に扱ってしまったことは、ゴウにとっては体感的には一ヶ月前であっても、すぐに記憶が鮮明に甦った。謝らなければとは思っていても、さすがに急すぎて心の準備ができていない。

 

「道で久々にゴウと会ってな。成り行きで一緒に飯を食うことになったんだ」

「へ、へぇー……そうなの……」

 

 元々は通学路で待ち伏せしていたのに、さも偶然会ったかのように話す大悟。

 蓮美はゴウをちらちらと見ながら、ぎこちなく返事をする。

 謝ろうとするゴウだったが、上手く言葉が出てこない。

 

「如月さん、あの、ええと、その──いっ!? っとと……」

 

 見かねた大悟に後ろから背中をバンと叩かれ、ゴウは勢いで前につんのめりながら蓮美の前に立つ。後ろを振り向くと、大悟が早くわだかまりを解けと訴えるように顎をクイと突き出している。やり方は荒くとも、助け舟を出されたことでゴウは腹を括った。

 

「如月さん、昨日はごめん。せっかく心配してくれたのにあんな態度取っちゃって……。今日も学校で謝らなくちゃ、って思ってたんだけどその……中々言い出せなくて、本当にごめんなさい」

「……!! ううん。あれはあたしの方が──本当に悪いと思ってる?」

 

 一瞬顔を明るくさせた蓮美は急に口を噤み、そっぽを向いてしまった。その態度にゴウはどうしていいか分からず、再び困惑してしまう。

 

「え? う、うん、もちろん」

「じゃあ……許してあげるからこれからは名字じゃなくて名前で呼んで? あたしも御堂君のこと名前で呼ぶから」

 

 突拍子もないことを言う蓮美に、ゴウはポカンと口を開けてしまう。

 再び助け舟を求めて大悟の方に首を動かすが、当の大悟は明後日の方向を向いて、口に手を当てながら必死で笑いを堪えていた。

 ──完全に面白がってるな、この人……。

 

「えーっと……。なんでまた急にそんな……」

「だって大兄ぃのことは大悟さんって名前で呼んでるでしょ? じゃああたしも友達なんだから名前で呼んでよ。じゃなきゃ、えっと……うん、許してあげない」

 

 見る限り蓮美は怒ってはいないようだし、ゴウには正直なところ意味不明な理屈だが、それで許してくれるというなら安いものだ。

 

「じゃあ、蓮美……さん、昨日のことは許してくれる?」

 

「そこは呼び捨てで良いだろ」と後ろから聞こえた小声をゴウは無視した。

 

「さん付け……。うーん、まぁ、いっか。許したげる。じゃあ早く家に入ろうよ。はぁー、もうお腹ペコペコ!」

 

 ゴウが如月兄妹と一緒に母屋の食卓へと向かうと、そこは広い畳部屋だった。左右五人分は余裕で座れるスペースがある長いテーブルは、所狭しと和洋様々な料理が置かれ、加速世界で一ヶ月間オニギリ生活だったゴウの食欲を掻き立てる。

 それからゴウは大悟、蓮美、大悟達の伯母さんの他にも大悟達の祖父母と共に食事をした。

 伯母さんと共に料理を作ったというお祖母さんは、ゴウに「二人とこれからも仲良くしてあげてね」と笑顔を見せてくれた。

 この寺の前住職であるお祖父さんも、お祖母さん同様に気の良い人物で、あれこれゴウに話しかけてくれるのだが、その合間にも大皿から料理を、次々と自分の皿によそっては口に運んでいた。

 そのペースは部活帰りの蓮美と変わらない。一体あの細い体のどこに入っているのだろうか、とゴウは不思議でしょうがなかった。しかも、普通に唐揚げなどの肉料理もガツガツ食べていた。

 食事の最中に、僧服を着た大悟達の伯父さんも仕事の合間に一度だけ顔を見せてくれた。現住職と数人の門下生は、基本的に別棟で食事を摂る決まりらしいので、テーブルの料理を少し羨ましそうに見ていたが。

 一時間経つと綺麗に料理は平らげられ、いつも以上に食べたことで満腹の胃が少し苦しいゴウは、二十時前には大悟の家族達にお礼を言って、大悟と蓮美と共に寺を後にした。

 

「じゃあゴウ君、また明日ねー!」

「また今度な」

 

 バスを降りてからしばらく歩いた分かれ道で、すっかり普段のように明るい笑顔を見せる蓮美と軽く挨拶する大悟に手を振ってから、ゴウは兄妹達と別れる。

 帰り道をゴウは、何か重いものを抱えていた朝の登校時と違い、晴々とした心境で歩いていた。

 ISSキットもエピュラシオンについても何が解決したわけではない。だが、それらもきっと何とかなると、今のゴウには確かな自信が満ちている。

 心意の修行と、大悟と互いに過去を打ち明けたことは、自分をまた一つ成長させてくれていた。たとえどんな困難も、仲間と一緒なら乗り越えられるのだと。

 何となく夜空を見上げると頭上に雲は無く、かすかに星が輝いている。

 どうやら明日はよく晴れそうだ。

 


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