アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第三十一話

 第三十一話 幕間(まくあい)加速世界

 

 

 ゴウが大悟と心意修得の修行をした翌日。六月二十日、木曜日の夜。

 

「くそっ……なんでこんな、こんなはずじゃ……!」

 

 くすんだオレンジ色の装甲をしたデュエルアバターが、《魔都》ステージの街を駆ける。これは彼の本意ではない。彼はいま追われているのだ。この無制限中立フィールドで遭遇した、一人のバーストリンカーに。

 共に行動していた二人の仲間はすでに倒され、自身も右腕を失っていた。間違いなく敗走と捉えていいだろう。

 まさか今の自分達が負けるとは、戦闘直前までは露ほども思ってはいなかった。何故なら数日前に自分達は、途轍もない力を持った強化外装を手に入れたからだ。

 ISSキット。自分に譲渡した、知り合いのバーストリンカーはそう呼んでいた。

 これを着装すると凄まじい威力を誇る二つの攻撃技を、しかも必殺技ゲージを消費せずに使用することができるのだが、それだけではない。

 この装備は使うほど、日に日に時間が経つほど威力が高まり、更には装備自体が自己増殖する機能を持っているのだ。手に入れてまだ数日だが、初日と比較すると技の威力の増大は明らかだったし、気付くと自分のストレージ内に二つ目のキットがカード状態で入っていた。それを自分も仲間に譲渡し、その仲間もまた別の仲間に渡して今に至る。

 その原理はさっぱり分からず、装備を手に入れた当初は疑問に思っていたのだが、使う内にそれもどうでも良くなった。そんなことが気にならなくなるくらいにキットの力が強大だったからだ。

 

「はぁ、はぁ……あっ! ──ッグアァ!?」

 

 前方に人影が見えて急停止した直後。脚に激痛が走り、オレンジアバターは硬質な地面を転げる。すぐに立ち上がろうとするが、不可能だった。右脚の膝から下が無くなっていたからだ。厳密には斬り落とされていた、と言った方が正しい。

 

「──よう。随分走ったなぁ」

 

 前方に立っているのは、先程まで戦闘をしていた僧兵のような出で立ちのデュエルアバター。その手にはたった今、自分の右脚を斬り落とした薙刀が握られている。

 

「あ、ああ……」

 

 親しげな口調で話しかけてくる僧兵アバターは、オレンジアバターにとっては恐怖の対象でしかなかった。そもそも完全に撒いたつもりだったのに、目の前に現れていること自体が意味不明だ。

 その時、弱気になる自分の胸に付いている眼球型のオブジェクトが、かっと見開いた。同時にゴーグル奥のアイレンズが、本来の色とは異なる赤色に輝く。

 すると、目の前の僧兵アバターに対する憎悪などの負の感情が一気に爆発し、数秒前までの恐れの感情は霧散していた。

 

「俺の腕と脚をよくも……殺す。絶対許さねえ! 《ダーク・ショット》!!」

 

 オレンジアバターは片膝立ちになり、残された左腕の掌から(ほとばし)った暗黒のビームが、一直線に僧兵アバターへと迫り──僧兵アバターは持っていた薙刀を高速で回転させることで、盾のようにこれを弾いた。

 棒状の物体を回転させただけで、どうして光線が弾かれるのか。第一、盾の強化外装も簡単に破壊する技なのに。

 

「はぁ!? どういう──がっ……!?」

「……手間ぁ取らせるな。用があるのはお前さん自体じゃないんだよ」

 

 思わず叫ぶオレンジアバターの体は、気付くと鳩尾を境に両断されていた。何が起きたか分からない内に仰向けに倒れると、近付いてきた僧兵アバターが青紫の輝きを帯びた手で、胸に埋め込まれた眼球を鷲掴みにする。

 

「ひっ!? や、やめ……ギャアアアアァァ!!」

 

 絶叫するオレンジアバターに呼応するように、握られている血走った目玉が飛び出さんばかりに、更に大きく見開かれる。

 そんな叫びを意にも介さない僧兵アバターの握り込んだ手が、より深く装甲にめり込み、ついに目玉がオレンジアバターから完全に離れる。その時にはすでに、結果的に胸を抉られる形となったオレンジアバターの体力はゼロになり、幽霊状態であることを示す死亡マーカーだけが残された。

 

 

 

「──おいおい……」

 

 オレンジアバターから眼球型の強化外装を抉り取った大悟は、嫌悪に満ちた独り言を呟いた。

 所有者から離れた眼球から、血管のような部分が伸びて寄り合わさり、その鋭く尖った先端で大悟の胸部を突き刺そうとしたのだ。

 その寸前、大悟は心意システムを発生させている手で眼球を握り潰した。気持ちの悪い感触に加え、見たところ発声器官など無いのにもかかわらず、眼球が金属音のような断末魔を発する。

 顔をしかめるが、不快な思いをした成果はあったらしく、眼球が破壊されると、そこから赤い光が空へと打ち上がり、南西の方角へと飛んでいった。

 

「よしよし……」

 

 大悟は見失わないように、全速力で赤い光を追いかけ始める。

 この数日間、大悟は個人でISSキットについて調べ回っていた。

 前の土曜日に《子》であるゴウと、ISSキット所有者から被害を受けたムーン・フォックスから話を聞いて、その存在を警戒したからだ。

 システム外の力である心意技を使用可能にさせる強化外装など、今まで聞いたこともなかったし、ゴウの話やフォックスの傷跡を見なければ、到底信じられるものではなかった。

 そこで仲間であるメモリーを始めとした、他の情報屋達から聞いて回っていると、似たようなケースは自分が主立って活動している世田谷エリアの他にも、隣接する大田、同じく二十三区の端に位置する江戸川、足立、江東などのエリアでも見られ、その範囲は徐々に拡大しているという。

 その動きに、大悟は何らかの策謀めいたものを感じ取った。

 明らかに月初めに起きた《ヘルメス・コード縦走レース》において、大衆の面前で心意技を発生させたラスト・ジグソーの一件を皮切りに、心意技の存在が急速に露見し始めている。

 それによって利を得る誰かが、というよりも規模からして集団がいると、大悟は勘ぐった。

 そんな中、今日は江東エリアの一角で、情報収集中に大悟は三人のISS キット所有者を発見。体のいずこかに眼球オブジェクトを付け、虚ろながら血走ったアイレンズがその証拠であった。

 一体の小獣(レッサー)級エネミーを負の心意技であっという間に倒した三人の前に、大悟は自ら姿を見せた。三人は、そんな大悟を格好の獲物としか見ていなかったようだ。むしろ、自分達の方が標的であるとも知らずに。

 結果的には一時的にオレンジ色のアバターに逃走を許したものの、その後は事も無げに倒すことができた。安易な力に溺れる者達に、始めから負ける気など微塵もなかったが。

 大悟はキットを所有者本体から分離させて破壊した場合は、どうなるかと推測しながら戦闘をしていた。単純に所有者を倒しても、そのままキットも諸共に幽霊状態になるだけだろうが、寄生先がいなくなった場合は違った反応があるかもしれないと考えたのだ。

 先の二人は分離する前に倒してしまったが、最後の一人で上手く(力技で)分離させ、キットに直接ダメージを与え続けることに成功した。

 こうしてキットから発生した光を追っている現在に至る。

 高速で飛び続ける光を万が一にも逃さないように、大悟は心意技《天部(デーヴァ)風天(ヴァーユ)》を発動させ、ビル群に視界を遮られないように、屋上や傾斜のある壁などを足場にしながら、一陣の風のように疾走と跳躍を繰り返していた。

 真紅の光が進む先には、何かがあると大悟は確信する。そうでなければこうして追いかけているキットから発生した光が、意思を持っているかのように飛ぶことはないはずだ。

 やがて現実の江東区から中央区を抜け、とうとう港区へと入る。一体どこまで進むのかと思い始めたその時。

 前方の空に緑色に輝き、上空の一角を覆い隠す長大な光の壁が出現した。

 

「あれは……! まさか、奴が来ているのか?」

 

 驚く大悟には光の壁に、厳密にはその色に見覚えがあった。鮮やかなエメラルドを思わせる緑色をした防御系の心意技。それはとあるバーストリンカーのものだ。

 意図せぬ状況ではあったが、大悟は追っていた赤い光を見失うことはしなかった。

 赤い光は、どうも減速をし始めている。目的地が近いのだろうか。

 高層ビルの屋上で足を止めた大悟は、深呼吸をしてから両のアイレンズを閉じる。

 

「──《天部(デーヴァ)水天(ヴァルナ)》」

 

 アイオライト・ボンズの額に位置する《天眼》が通常の発動時よりも、一層強く輝いた。

 これは《射程距離拡張》の心意技だが攻撃技ではなく、自身も持つ《天眼》アビリティよりも広範囲を見通す為のものだ。

 大悟は無制限中立フィールドでの気が遠くなるような長い修行の末に、四種の基本心意技を全て修得するに至った。中でもこの《水天》は特別、修得に苦労したものだ。

 自身を中心とし、存在する物体を円状に感知していく。ビル群を始めとしたオブジェクト、開けた場所に位置するエネミー。これらは今の大悟には必要のない情報だ。

 感知範囲を前方にのみ伸ばしていく。

 赤い光の軌跡を辿っていくと、光は無数に存在するビルの中でも一際大きい建造物に降下していった。

 

「あそこか……────!? 何だこりゃぁ……!」

 

 光の降下したビルは位置と大きさからして、おそらく現実での複合商業施設《東京ミッドタウン・タワー》だろう。そこまではいい。だが、ビルの方へ意識を集中させた大悟は、信じられないものを感知していた。

 屋上に『何か』がいる。透明で巨大な『何か』が、じっとしているのだ。最古参のバーストリンカーである大悟でも、その正体が何であるのか判別しかねた。直接近付けばもっと分かることが出てくるのだろうが、大悟の第六感が警告している。これ以上近付けば死ぬと。

 ともかく、赤い光がミッドタウン・タワー内に入ったことが分かっただけでも収穫としようと、己を納得させる。深入りしすぎて、《無限EK》の類になっては元も子もない。

 続けて、もうすでに消えてしまった、緑の巨壁が発生していた方角へと意識を集中させていく。

 やがて、ミッドタウン・タワーよりおよそ五百メートル離れた高層ビル、《六本木ヒルズ》のメインタワービルに三体のデュエルアバターを感知した。

 

「やっぱりあいつか。それに……」

 

 大悟はそれ以上何も言わずに心意技を止めると、タワービルの方へと移動し始めた。

 

 

 

 しばらくして、大悟はヒルズ・タワービルの内部に存在するポータルのある階層に辿り着いていた。

 変遷によってステージは現在、《魔都》から上位暗黒系の《大罪》ステージへと変貌している。灰色のタイル張りをした建物内部には、濃い赤色をした血液のような液体がそこかしこから滲み出ていて、《煉獄》ステージばりに不気味だ。

 ──推測が正しけりゃ、ここに来るはずだが……。

 やがて、何かが這うようなずるずるという音が聞こえ、遠ざかっていく。先程大悟も使用した、汚れたタイル張りのエレベータが動く音だ。

 しばらくして今度はエレベータの移動音が近付き、止まる。続いて複数、少なくとも二人以上の足音がこちらに向かってくる。

 扉から現れた二つの人影の内の一つが大悟に気付いた瞬間、弾かれたようにもう片方の前へと躍り出て、臨戦態勢を取った。

 そんな顔馴染み達に、大悟は気負いのない調子で挨拶をする。

 

「よぉ、久し振りだな、グランデ。それにパウンド。そう構えるない、何もしやしないよ。知りたいことがいくつかあるだけだ」

「どうして貴様がここにいる、《荒法師》!」

 

 グローブを嵌めたような拳を構えながら大悟を警戒するのは、金属質な装甲のM型アバター、《鉄拳》こと《アイアン・パウンド》。

 緑のレギオン、グレート・ウォールの幹部の一人であり、加速世界でも数少ない、現実でのスキルがデュエルアバターに反映されているバーストリンカー、《完全一致(パーフェクト・マッチ)》として名高いボクサーである。

 現在は右腕の肘から先が失われており、欠損していない左半身を前方に向け、いつでも左の拳を打てるように構えている。

 そんなパウンドの後ろに堂々と立ち、重厚な存在感を醸し出すM型アバターは、グレート・ウォールのレギオンマスターである緑の王《グリーン・グランデ》。

 体の各所に見られる純粋な緑色をした装甲は大変に分厚く、それでいて本体が引き締まっている為に鈍重さは全く感じられない。

 何よりの特徴は左手に持った、グランデ当人の装甲に勝るとも劣らない輝きを放つ十字型の大盾、加速世界最高峰の強化外装である《神器》の一つ《ザ・ストライフ》。おそらく彼以上の防御力を持つデュエルアバターは、現在の加速世界には存在しないだろう。

 それ故に《絶対防御(インバルナラブル)》の二つ名を持つ男だった。

 

「だから、構えるなってば。調べ物の最中にお前さん達を見かけたから、ついでに質問をと思って、ここで待っていたんだよ。──ったく、どいつもこいつもどうして俺を見たら、ここにいるのかと聞くのかね。俺がどこにいようと、俺の勝手だろうが。レイカーはそんなこと言わなかったのに……」

「何故レイカーの名が出てくるかはともかく……質問とは何だ?」

 

 パウンドのアイレンズには警戒の色が宿ったままだが、ひとまず問題ないと判断したのか拳を下ろした。

 それを見てから、大悟はいきさつと、ISSキットについて調べていることを簡潔に説明した。

 更にはパウンドが、とあるバーストリンカーとの戦闘の末に死亡したことを示す光の柱となったのを見たこと。

 そのバーストリンカーとグランデの激突で、ビルが文字通り半壊したが、その後の変遷によって修復。

 そして、変遷によって復活したパウンドのロケットのように放たれた右腕が、東京ミッドタウン・タワーへと向かう中、タワー屋上から発生した光の柱とも形容できる極大のレーザーに消滅させられたのを見届けてから、このビルのポータル前で二人を待っていたことを、洗いざらい話した。

 

「いやぁ、お前さんのロケットパンチはいつ見てもカッコイイよなぁ。浪漫があって良い。うちのキルンもあれを元に考案した──」

「《爆推拳(ロケット・ストレート)》だ、覚えておけ。アンタがここに来た理由は一応分かった。それで結局何が知りたい?」

 

 パウンドは世間話をするつもりは全くないようで、大悟の雑談をにべも無く遮った。

 ちなみにこの間、グランデは一言も喋らず、身じろぎさえしていない。そういう男であることは大悟も知っているので、特に気にはしていない。

 

「それじゃあ、まずはお前さん達が戦闘していたデュエルアバター、あれはクロム──シルバー・クロウなのか?」

 

 大悟は先程までこのビルの屋上に、三人のバーストリンカーがいたことを確認している。

 ここにいるパウンドとグランデ。そして黒のレギオンに属するシルバー・クロウだ。

 そのクロウの姿は、本来の銀の光沢を帯びた流線型の細身である体型とは大きく異なっていた。

 ヘルメス・コードの一件で《災禍の鎧》を着装した時よりも、更に禍々しいフォルムの黒銀の鎧を纏う姿に変貌していたのだ。

 ヘルメス・コードでのレース終了後、ログアウトする前に残ったギャラリー達は『今回《鎧》を装備したシルバー・クロウを責めない』というある種の協定を結んだ。

 方法はどうあれ、クロウがレースイベントを破壊しようとしたラスト・ジグソーを倒して、これを阻止してくれた事実は変わらないからだ。誰が言い出したかも分からないこの協定は満場一致で決定し、自分達アウトローもこれに同意した。

 だがしかし、クロウは再び《鎧》を纏っていた。これを放っておいて良いものだろうかと大悟は迷っている。

 

「ああ、間違いなくシルバー・クロウは《鎧》と融合して、クロム・ディザスターとなっている。俺も最初はここで消してしまおうと考えた。だが奴は……これまでの歴代ディザスターのような、ただの狂戦士じゃなかった。一応はまだ自我を保っていた」

「自我を……? なるほどな。レースでも侵食に抗っていたし、やはり只者じゃなかったわけか」

「いずれにせよ、日曜日の午後一時までに《鎧》を消さなければ賞金首さ。そうなったら真っ先に俺が奴の首を獲りにいく。やられた借りもあることだしな」

 

 パウンドの言葉にはクロウに対する敵意はあったが、同時にどこか彼を認めているような感情が含まれていた。屋上の一戦で何か思うところがあったのだろうか。

 なるほど、と大悟は頷くと同時に納得する。

 

「まぁ、そういうことなら黒のレギオンが、クロウをみすみすディザスターにはしないだろ。……もしかしたら《巫女》の嬢ちゃんを呼び戻すつもりかもな」

「《緋色弾頭(テスタロッサ)》を? 二年半前のレギオン崩壊で《四元素(エレメンツ)》も解散したはずだろ?」

「俺も直接は見ていないが、噂じゃたまに世田谷エリアで対戦をしているとか。副長だったレイカーも復帰したわけだし、全く有り得ない話じゃない」

 

 大悟にも定かではないのだが、旧ネガ・ネビュラスは加速世界の開闢(かいびゃく)から攻略した者はいないと言われる、現実世界における皇居《帝城》に挑んだらしい。

 結局は門を守る《四神》に敵わず、メンバーは散り散りになったが、約二ヶ月前に復帰した《鉄腕》スカイ・レイカーのように、今もポイント全損による退場をせずに、バーストリンカーとして生きているレギオンメンバーもいる。

 そのレイカーのプレイヤーホームで時々ご相伴に預かっていたことは、ここで言い出しても話が脱線しそうなので、さすがに空気を読んで大悟は黙っておくことにした。

 

「まぁ、それはともかく……次。あのミッドタウン・タワーの屋上……あそこにいるのは、あのメタトロンで間違いないな? それとタワー内部にISSキットに関する『何か』がある」

 

 当初、《水天》で感知した時は何なのか分からなかったが、透明な体からかすかに見られた翼を広げた巨体、その中心部分から放たれた、パウンドの飛来する拳を蒸発させた超強力レーザーから、大悟は一つの存在を導き出していた。

 神獣(レジェンド)級エネミー《大天使メタトロン》。四大ダンジョンが一つ《芝公園地下大迷宮》、通称《コントラリー・カセドラル》のラスボスだ。だが、何故それがあんな所に陣取っているのかまでは分からなかった。

 

「……そうだ。俺達はあそこにISSキットの本体、もしくはそれに関する重要なものがあると睨んでいる。ところが、攻略しようにも今から現実時間で約一週間前に、誰かが調教(テイム)したであろうメタトロンがあの塔にいるのが発見された。おかげで誰一人として近付くことのできない不可侵領域になっちまったってわけだ。おそらくは今ISSキットをばら撒いている集団……《加速研究会》の仕業だ」

 

 苦々しげに言い放つパウンド。

 メタトロンを番人にしたという、信じられないことを成し遂げた集団の名前に大悟は聞き覚えがなかったが、推測通りISSキットに関する場所であることは正しかったようだ。

 

「加速研究会ね……。神獣(レジェンド)級を調教(テイム)できる奴らか……。それで、アテはあるのか?」

「フィールドがメタトロンの力が弱まり、攻撃も当てられるようになる《地獄》ステージになるまで三ヶ月間待ったが……この《大罪》ステージ以上のものにはならなかった。今日はログアウトして策を練り直す。今週末の《七王会議》でも議題に挙げるつもりだ」

 

 本来、基本属性が最高峰の神聖属性である、《天界》ステージに固定されているコントラリー・カセドラル内では、ギミックによって最上級の暗黒属性である《地獄》ステージに反転させられるので、ダンジョンのボスであるメタトロン攻略は不可能ではないらしいのだが、それ以外のステージでのメタトロンは、不可視、即死攻撃、全属性ダメージ透過の三拍子が揃った、全く手の付けられない存在なのだという。

 それ故にこのビルの屋上でパウンド達は、こちらの攻撃が通るステージになるまで、ひたすら待ち続けたということになる。

 何とも大変な作業だと、大悟も内心同情をしていた。

 

「もしも、《理論鏡面(セオレティカル・ミラー)》アビリティなら、あるいは……とも考えたんがな」

「理論────おいおい、そりゃちょっと虫の良すぎる話だな。シルバー・クロウが《鎧》を解呪できたら頼むつもりか? 賞金首にするとまで言っておいてよ」

 

 パウンドの言う《理論鏡面(セオレティカル・ミラー)》とは、光線系の技を無効にするという破格のアビリティのことだ。使い手であるデュエルアバターはもう何年も姿を見せず、加速世界を去ったとされているが、それを会得する可能性のある者が一人だけいる。

 それが金属の中で最大の光反射率を誇る、銀の装甲の性質を持ったデュエルアバター、現在クロム・ディザスター状態のシルバー・クロウを指しているのだと、大悟は悟った。

 

「そんなことは分かっている! だが、今の加速世界を蝕んでいる、ISSキットなんてふざけた物をばら撒いた加速研究会の奴らを追い詰める手がかりがそこにあるのに、手をこまねいているわけにはいかないんだ!」

 

 大悟の批判に、パウンドが苛立たしげに声を荒げた。それでもさすがに図々しいことを言っている自覚はあるようで、大悟から顔を背ける。

 

「加速世界の為ってか? あんまり好きじゃないな、そういう考え」

「…………貴様みたいな根無し草に分かってたまるか。我々、いや、我が王がどれだけ身を粉にしてこの世界を維持してきたのかを……」

 

 大悟の言葉が逆鱗に触れ、パウンドから剣呑な雰囲気が醸し出される。

 それでも大悟は構わずに続けた。

 

「そこにいる、お前さんの大将がリスクを犯して、単身エネミー狩りを頑張っているのは知っている。ずっと昔に一度だけ付き合ったこともあるからな。だが、それがどうした」

「どうした、だと? この──」

「いいから聞け。確かにお前さん達が加速世界のことを考えて行動しているのは分かる。だがな、少なくともグランデはそれに対して見返りなんざ、求めちゃいないだろうよ。結果的に他のバーストリンカーの利益になっているだけであって、グランデ自身の目的の副産物でしかないからだ」

「…………」

 

 大悟の言葉を受けて、パウンドは押し黙る。

 今にも戦闘が始まりそうなほどの緊迫した雰囲気の中で、尚もグランデは沈黙を保ったままだ。

 大悟は知っている。彼は単独でエネミーを狩り続け、得たポイントをカードアイテムに変換し、そのカードを更に低レベルのエネミーに喰わせることを、遥か昔から続けていた。

 これによりカードを喰った比較的弱いエネミーを倒した中小パーティーが、通常よりも高いポイントを得ることが可能になる。つまりグランデは、見ず知らずのバーストリンカー達に無償の奉仕をしていることになるのだ。

 この一見して意味の分からない行為に、かつて一度だけ成り行きで付き合うことになった大悟は、狩りの終了後に何故こんなことをしているのかを聞いたことがある。

 だんまりを決め込まれると思ったが、口を開いたグランデはこのブレイン・バーストという、一つの世界の可能性が発現する日を待ち望み、維持しているのだという。

 正直なところ、完璧に理解したわけではなかったが、この寡黙な男が自分の信念によって活動をしているのであれば、大悟には止める理由も否定する理由もなかった。

 

「……まぁ、好き勝手言ったが、立場が変われば都合も変わるわな。別にお前さん達の行動を邪魔したりするつもりはない。だから拳を下げな、《鉄拳》の。こんな所で戦っても不毛でしかないことは分かっているだろ」

 

 この《大罪》ステージは特性として、直接物理攻撃で敵に与えたダメージの半分が自分に返ってくるという、近接主体の大悟にもパウンドにも最悪に近い相性のステージである。

 何よりポータルの目の前で戦闘をしたところで、不利になればポータルに飛び込めば済む話だということは、パウンドとて当然承知の上だろう。

 大悟の言葉を受けた鉄の拳士は、それでもしばらく握った拳を構えたままだったが、やがて不服そうに腕を下ろした。

 

「……フン。説教めいたことを言うのは変わらないな、《首刈り坊主》」

 

 その後。この際だから聞けるだけ聞いておこうと、更にISSキットについての情報をあれこれパウンドから聞き出してから、大悟は話題を変えた。

 

「──それじゃあ最後に。お前さん達、エピュラシオンってレギオンを聞いたことはないか? それか、プランバム・ウェイトってデュエルアバターは?」

 

 これこそが大悟がいま一番情報を欲している懸念事項の一つだった。

 先週末に遭遇したプランバム・ウェイトがその頭目、つまりレギオンマスターと名乗った、大悟も知らなかったレギオン、エピュラシオン。

 構成員も不明なところから、徹底して極秘に活動しているのか、それともレギオン自体が本当は存在しないのか。何人かの情報屋をあたってみても、結果は全て空振りに終わった。

 

「エピュラシオン……プランバム……知らないな。ボス、聞いたことは?」

「………………」

 

 パウンドの問いかけに、グランデはしばらくしてから小さく首を横に振り、否定の意を示した。

 

「……だそうだ。そいつがどうかしたのか?」

「先週末に無制限フィールド(こっち)で初めて見た奴だ。ISSキットの噂を聞いて、見て回っているとかなんとか……。ただ引っかかるのは、それが加速世界の為と言っていたことだ」

「何だそりゃ? 夢想家気取りの物好きか?」

 

 呆れたようなパウンドと同様に、大悟も普通なら、そんなことをのたまう者がいても気にも止めないだろう。

 だが、直接目にしたプランバムからは口では言い表せない、何かを感じ取った。

 

「それならそれでも良いんだが……俺の見立てじゃ、おそらくはレベル8、間違いなくハイランカークラスの力量はあったし、一緒にいた二人の付き人も相当の手練だった。ISSキットにも、それ自体に興味を示している感じじゃなかった。何というか、今の加速世界の現状を確認しているような……。どうも不気味だ、引っかかってしょうがない」

「アンタがそこまで言う奴なのか……」

「ともかく、アウトローの連中にも相談しながら、もう少し調べてみるつもりだ。──さて、帰るとしようかね。邪魔したな」

 

 大悟は二人に背を向けてポータルへと向かい始める。

 ISSキットについては、現状メタトロンを突破する手立てを持たないので、七王達に任せることにした。

 それよりもエピュラシオンだ。ゴウが言うには『歪みを正す』とも話していたらしい。大悟の勘が、あのまま放っておくと、何か取り返しの付かないことになると警告している。ISSキットとはまた違う脅威になるような──。

 

「《荒法師》」

 

 フロア全体に朗々と響き渡る声に、後一歩でポータルに入るところだった大悟は足を止めて振り向いた。

 

「……………………武運を祈る」

 

 

 数年振りに聞く同期(オリジネーター)である男の声に少しだけ驚いてから、大悟はひらひらと片手を振った。

 

「お前さんもな、《絶対防御(インバルナラブル)》。偶然だったが、古い馴染みに会えて良かった。それと、背中で語るのがお前さんのスタンスなんだろうが、たまには五層(ファイブ)──じゃない、今は《六層装甲(シックス・アーマー)》だったか。側近の面々ぐらいには、たまにでも良いから言葉で(ねぎら)ってやりな。俺も人のことは言えないが、お前さんは言葉が足りん、昔からな」

 

 そう言ってからポータルに足を踏み入れ、今度こそ大悟は現実世界へと帰還した。

 

 

 

「相変わらず、好き放題言いやがる……。ボス、我々も帰りましょうか。…………ボス?」

 

 去ったボンズに悪態をつきながらポータルへと向かうパウンドは、後ろに控えていたグランデが動いていないことに気付いて足を止めた。

 

「……………………………………常日頃、苦労をかける」

「ボス!?」

 

 いつも以上に間を空けてから発せられたグランデの言葉に、パウンドは思わず声を上げる。

 驚く側近をよそに、大樹の化身のような王はそれ以上何も言わずに、堂々とした歩みでポータルへと入っていくのだった。

 

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