アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第三十二話
第三十二話 一名様ご案内
「この前は本当にごめんなさい!」
「ちょっ……待っ……!」
六月二十二日、土曜日。開口一番、謝罪と共に頭を下げるムーン・フォックスに、ゴウは困惑してしまう。
先週のアクシデントでふいになってしまった、『アウトローに連れていく』という約束を果たす為に、ゴウは無制限中立フィールドにダイブし、再度フォックスと待ち合わせをしていた。
フォックスはもうアウトローの場所は知っているので、本来こうしてゴウが案内する必要はないのだが、大悟との心意修行の翌日に、久々に登校中にグローバル接続をすると、ゴウはすぐにフォックスから乱入をされた。
対戦ステージでフォックスはゴウを発見してから、「土曜日、先週と同じ時間、同じ場所に待ち合わせ」とだけ言ってから、すぐにドロー申請をすると、それ以上は何も言わずに腕組みをして立つだけだった。
その有無を言わせない迫力にゴウはドローに同意し、数日振りの街中での対戦は、わずか数分で終わってしまった。
その後、大悟に相談のメールを送ると、返信には【いいからエスコートしてやれ】とだけ書かれていた。
そうして、エスコートも何もないだろうと、ゴウが若干腑に落ちないまま無制限中立フィールドの二子玉川駅に辿り着くと、すでにフォックスは到着していて、ゴウを見つけるや否や、いきなり謝ってきたのだった。
「フォ、フォックスさん、頭を上げてください。どうしたんですか、いきなり……」
「……だって、オーガーがあんなにボロボロになっていたのに、私、あの後すぐに帰っちゃって……」
──あぁ、そういうことか……。
頭を上げて遠慮がちに説明するフォックスに、ゴウはようやく合点がいった。
フォックスはISSキットなる装備をしたシトロン・フロッグとの戦いに巻き込み、デュエルアバターとはいえ重傷の身にさせてしまったことを悔いているのだろう。
それをアウトローの皆の前で謝罪するのが気恥ずかしかったから、わざわざ二人になれるように待ち合わせを指定したのだ。
「そんなに気に病まないでくださいよ。確かに大変だったけど、あの経験から学ぶこともありましたし、むしろ……良かった気がするんです」
結果的に心意システム修得のきっかけにもなったあの出来事は、間違いなく自分を成長させたのだと、今のゴウには胸を張って答えられる自信があった。
「……なんだかオーガー、雰囲気変わった? ちょっと大きくなったというか、頼もしくなった気がする」
「え? そ、そうですか?」
不思議そうにこちらを眺めるフォックスの視線に、ゴウは何ともむず痒い気持ちが湧き上がる。
「じゃ、じゃあ歩きながら話しますから、そろそろ行きましょうか」
岩々が立ち並ぶ《荒野》ステージをフォックスと一緒にゴウは歩いていく。大きな幹線道路には巨大なエネミーが出るので注意を払いつつも、遠回りにならないようにアウトローへと向かいながら、ゴウはフォックスに心意システム修得の経緯について説明をしていた。
大悟には心意システムは秘匿される存在なので、他のバーストリンカーに気軽に話さないように言われていたが、すでに身を以ってその一端を知ってしまったフォックスに隠しておいても仕方ないだろうと、ゴウは判断したのだ。
「そんな力がね……。実際に技を受けた身としては信じるしかないけどさ。オーガーはその心意技を、これからの対戦で使っていくの?」
「まさか、使いませんよ。心意技は相手が使用した場合の自衛手段として以外は、使わないように師匠から言われていますから」
心意システムが《心の傷》、そこから発生する穴に引き込まれてしまうという特性がある以上、無闇に使うものではないと、ゴウは一ヶ月間に渡る無制限中立フィールドでの修行生活の最後に、大悟からきつく教えられていた。
実際、ゴウ自身も暴走を引き起こした身である為、原理について教えられた今、それに対して否定することはない。
「自衛ね……。でも、その手段を持たない私は、あのISSキットの所有者からは逃げることしかできないんだよね……」
「フォックスさん……」
「オーガーが気にすることじゃないよ。私の《親》もしばらくは過疎エリアでの対戦は控えた方がいいって言っていたし、自分の実力は分かっているつもりだから」
何気なさそうに言いながらも、どこか沈んだ調子で答えるフォックス。
着装すれば負の心意技を使えるようになる、ISSキットをゴウが確認して一週間。その所有者は続々と増えている。
生物のような質感を持つ眼球型のキットは、一定の条件下でコピーを増やすことができるらしく、過疎エリアとも呼ばれている各エリアで、その所有者が増加しているそうだ。それはこの世田谷エリアも例外ではなかった。
新宿や渋谷と比較してメジャースポットがほとんど存在しない世田谷は、昔からバーストリンカーが他のエリアと比べて増え辛く、土地面積は他のエリアよりも広大であるにもかかわらず、過疎エリアと呼ばれるようになったそうだ。
当の大悟もバーストリンカーになりたての頃から色んな対戦相手を求め、理由をつけては大人達に対戦のメッカである場所に連れていってもらっていたのだという。
今はそんな過疎エリアでさえ、ISSキットの増加速度がこの調子なのだとすると、一定の閾値に到達すれば、あたかも
ゴウも何かできることはないかと考えてはみたものの、仮にキット所有者を全損に追い込んだとしても、コピーが増え続けるのであればキリが無い。
ゴウもこれまで一度だけ、世田谷エリアでの通常対戦でISSキット所有者に遭遇した。開始早々から逃げ回り、何とか引き分けに持ち込んだが、以来世田谷での対戦を避けるようにしている。
「……ISSキットについては今日のアウトローの集会でも話に挙がるだろうし、きっと何とかなりますよ。それにフォックスさんは強いです。僕が保証します」
──って……何言ってんだ、僕は。それこそ要らない気遣いだろうに、ええっと、どうしよう……。
根拠もない慰めをしてしまったと、すぐに内心で慌て始めるゴウだったが、フォックスからの反論はなかった。ちらりと隣を歩くフォックスの方を見やる。
「……そう。ありがと」
前を向く狐型の頭部をしたフォックスの口元は、口角が少しだけ上がっていて、ゴウには薄くだが微笑んでいるようにも見えた。
それから更に歩くこと十数分。木造建築の平屋が見えてきた。プレイヤーホーム《アウトロー》である。
「前回はゆっくり見られるような状況じゃなかったけど、こうして見ると、何だか西部劇に出てくる酒場みたいだね」
「あはは、ですよね。僕も最初はそう思いました」
フォックスの感想に同意するゴウが初めてここに来た時も、今と同じく《荒野》ステージだった。
赤茶けた風景に溶け込むようにして、ぽつんと建つ一軒の平屋は煙突からではなく、その裏手から煙が──。
そこでゴウは幾度も訪れたこの場所の、普段と違う所に気が付いた。
煙も、金属を叩く規則的な音もしない。これはメンバーの一人であるクレイ・キルンが作業をしていないということになる。
《暴風雨》や《霧雨》などの雨が降るステージ以外では、キルンはいつもホームの裏手にアビリティによって窯を生成し、そこで鍛冶師のように金槌を振るって、とあるものを製造していた。
恒例のエネミー狩りの際に調整も兼ねて、それを用いて戦闘をすることが稀にあるが、その姿は圧巻の一言に尽きる。
ゴウの記憶でこれまで彼が集会に参加しなかった日はほとんどなかったが、今回の集会には参加しないのだろうか。
「おう? よぉ、オーガー、元気そうだな」
「キ、キルンさん!」
声をかけられ振り向いたゴウの後ろには、レンガを重ねて作り出されたかのような、小柄な体格のデュエルアバター、クレイ・キルンその人が立っていた。
「め、珍しいですね。いつもは僕が来る頃には煙が上がっているから、てっきり今日は来ないのかと……」
「あぁ、そのことか……」
途端にキルンが不機嫌そうに声のトーンを落とす。
「例のISSキット所有者共がよ、狩場を求めて通常対戦フィールドからこっちに移動してるらしくてよ。いくらここが過疎エリアつっても、窯の煙も金槌の音も周りから注目されるからな。今日は自重したんだ。……ったく迷惑な話だよ」
フンと鼻を鳴らすキルン。
どうやらISSキット勢力拡大は、すでにアウトローメンバーそれぞれの耳にも届いているようだ。
「んで、その連れは先週来たムーン・フォックス……だったか? まだ名乗ってもいなかったな、ワシはクレイ・キルン。よろしくな」
「ええ、よろしく。こちらこそ、前はろくに挨拶もできずにごめんなさい」
フォックスとの挨拶を済ませたキルンから「早く入ろうぜ」と促されて、ゴウ達はホームへと入っていった。
バーが備え付けられた屋内は、ゴウにはたった一週間来ないだけでも、随分懐かしく感じられた。もっとも、それまでに一ヶ月間加速世界で過ごしているので当然といえば当然だが。
入口の扉が開いたことで、すでに到着していた面々が顔を一斉にこちらに向ける。
「オーガーちゃん!」
その内の一人、エッグ・メディックが声を上げると、急いでゴウの元へと駆け寄ってきた。このアウトローのマスターキーを持つ、言わば管理人とも言える存在である世話焼きな彼女は、ゴウの両手をがっしり掴みながら、心配そうに見つめる。
「事のあらましはボンズちゃんから聞いたわ。大変だったわねえ……。でも無事に心意技をマスターできたんですってね。良かった……ううん、生半可なことじゃなかったと思うわ。でも、心なしか雰囲気が頼もしくなった気がする。男の子って少し見ない内に成長しちゃうのよねぇ。ええと、それから……」
「メディック、息くらいつかせてやんなよー」
間延びした口調でアイス・キューブがメディックを宥めながら、立方体の氷に包まれた頭部をゴウに向けた。
「やっほー、オーガー。元気だったー?」
「心意を暴走させたって聞いた時はさすがにヒヤヒヤしたけど、大丈夫そうだね」
「でもオーガー君、レベル5で心意技を発動させるなんて凄いですね!」
キューブに続き、万年筆を片手に持ったインク・メモリー、バーテンダーのような格好が特徴のワイン・リキュールもゴウの元へと集まってくる。
「いやいや、俺はオーガーはやる奴だと思ってたよ」
一同の中でも一際大柄なアバター、フォレスト・ゴリラことコングが、自信たっぷりに頷いた。
「普段俺達と一緒にいて、道を踏み外すわけないだろ?」
「よく言うわよー! コングちゃんだって、先週ここに戻ってきた時は『オーガーの奴、大丈夫かな……』なんて不安そうにしてたくせに」
「ちょっ、それ言うなよメディック!」
ホーム内に暖かな笑い声が響き、ゴウも皆と一緒に笑った。
──ああ、ここに帰って来られたんだな……。
自分のことを案じて、仲間と認めてくれている人達がこんなにもいる。それがとても幸福なことだとゴウは思わずにはいられなかった。
「はいはい、皆。オーガーも問題なかったわけだし、そろそろお客さんの方も放ったらかしてないで挨拶してやりな」
バーカウンターのスツールから立ち上がった大悟が、パンパンと手を打って皆を注目させると、ゴウを取り囲むように集まっていたメンバー達が、入口でやり取りを眺めていたフォックスの方を向く。
「おお、そりゃそうだ」
「改めてアウトローにようこそ! 先週はそれどころじゃなかったものね」
メンバー達が今度はフォックスを取り囲み、挨拶を始める。
注目の矛先が自分に変わり、目を白黒させるフォックスを見て、いつぞやの想像と一致している光景にゴウは密かに笑うのだった。