アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第三十三話 時計の針が再び進む
「──始めに皆も知っているだろうが、巷を騒がしているISSキットとかいう感染型強化外装について、俺から話しておきたいことがある」
フォックスへの挨拶も終え、各々がソファーや椅子に腰かけると、カウンターのスツールに座る大悟が話を切り出した。
「ゲストを待たせるのも悪いんだが、
「もちろん。この場に招いてくれただけでも感謝しているし、キットについては私だっていろいろと知っておきたいもの」
ゴウの隣の椅子に座るフォックスが頷くと、大悟がカウンターに置かれたドリンクを一口飲んでから口を開いた。
「ヘルメス・コードの一件を皮切りに、心意システムの存在が明るみに出始めている。とはいえ、それを隠蔽するのか、公表するのか、なんてことは俺らにゃ関係のない話。──それに関して頭を働かすのは王共の仕事だからな。ただ、ゲームバランスを崩壊させる力のある心意システムをそこかしこにばら撒かれたとあっちゃ、無視はできない。俺はそう考えて、あちこちで情報を集めていた」
負の心意技使用者が大量に発生するという異例の事例は、メンバー達の表情からゴウにも事態の重さが窺えた。
「で、調べ回った結果、港区エリアの東京ミッドタウン・タワーの上層階にキットの本体に関する何かがある、とまでは掴めた。ただし……タワーの屋上には
「何だそりゃ!?」
「ダンジョンのラスボスを
「研究会……聞いたことがないな」
一同がどよめき始める。
「ねぇ、メタトロンって?」
「いや、僕も知らないです……」
「あぁ、メタトロンは──」
ゴウはフォックスと一緒に、近くに座っていたメモリーからメタトロンについて簡単に解説され、相当に有り得ない話なのだと理解する。
「俺だって信じられなかった。でも実際に見たからには信じないわけにはいかない。見たっつうか、感知したってのが正しいか。ほぼ透明だったし」
「君のアビリティか心意技で、タワー内部は見られなかったのかい?」
メモリーが訊ねると、大悟は首を振った。
「遠すぎたし、俺の《天眼》は一定範囲内の物体の動きの流れを読み取るものだからな、若干の透視はあくまで副産物。ただ、心意技で感知して、何か嫌なものをタワーの内部から感じ取れたのは確かだ。それが何なのかまでは結局分からなんだが」
「でもさ、無限EKにならなくて良かったよねー。メタトロンって透明で見えないんでしょ? 攻撃範囲に入ったらレーザーで即死なんて、どうにもならないじゃん」
キューブの率直な意見に大悟が苦笑する。
「まぁな。実際手詰まりだったし、どうしようかと思っていたらとある奴らを見つけてな。諸々の詳細はそいつらから聞いた。誰だったと思う? ──グレート・ウォールの幹部、アイアン・パウンドと緑の王その人だよ」
これにはゴウだけでなく、大悟以外の全員が驚きの声を上げた。
無制限中立フィールドで示し合わせてもいないのに、他のバーストリンカーに出遭うこと自体が稀、まして王ともなれば尚更だ。
「無敵状態のメタトロンに攻撃できるようになる《地獄》ステージに変化するのを待っていたらしい」
「でも師匠。《地獄》って、凄くレアなステージですよね? そうそう巡り合えるものじゃ……」
ゴウはかつて《地獄》ステージについて耳にしたことがある。
元々妨害ギミックの多い暗黒系ステージの極致である《地獄》ステージは、数多くの妨害ギミックが存在し、例としては屋外が鋼鉄の棘を始めとした、毒沼や溶岩などのダメージ地帯で埋め尽くされているので、歩くどころかそこに立っているだけでダメージを受けるという。
「その通り。俺だって《地獄》ステージに出くわした回数なんて指の数で足りる。しかも、
メディックを始めとしたコングやメモリー、キルンらベテラン勢が同情するように、そうだろうなと頷いている。
「じゃ、じゃあ、どうやってメタトロンを突破してミッドタウン・タワーに入るんですか? 現状どうしようもないんじゃ……」
「……そのあたりは七大レギオンの連中に頑張ってもらう。もっと言うと、俺達にはISSキットに関しては現状、様子見しかできないと考えている」
「そんな! どうしてですか!?」
リキュールの遠慮がちの発言に対する大悟の返答に、ゴウは真っ先に反応し、勢い良く座っていた椅子から立ち上がる。
「こうしている間にも、その研究会とかいう奴らのせいでISSキットの使用者が、フロッグと同じようになった人達が増え続けているのに、それに対して何もしないで見ているだけなんですか!?」
ゴウが初めて確認したISSキット所有者であるシトロン・フロッグ。彼は先週以来、今も行方が分からないままだ。
時折マッチングリストを確認しても名前は見られず、グローバル接続をしていないのか、あるいは別のエリアで、他のバーストリンカーを狩っているのかもしれない。
そう考えると、いてもたってもいられなくなるが、二十三区中を闇雲に探すには広すぎるので、止む無く断念した。仮に見つけたとしても、キットを解除させる術をゴウは持っていないし、対戦で勝ったとしても、やはりキット自体が消えるわけではないからだ。
熱くなるゴウを、大悟が片手を向けて制する。
「気持ちは分かるが、落ち着け。ここにいる全員が束になっても、今の状態のメタトロンには手も足も出ないし、加速研究会については目的も拠点も正体も不明だ。それにパウンドの話じゃ今週末、明日には七王や幹部格達が集まって会議をするそうだ。その時に議題に挙げるつもりらしいし、わざわざ会議をするってことは多分……対抗策もいくつか考えているんだろうよ」
「う……。すみません、大きい声出して……」
大悟のもっともな言い分に、ゴウは反論できずに椅子へ座り直す。
加速世界の最大勢力達が出張っている時点で、もう自分達がどうこうできる問題ではないのだろう。それでも内心で己の無力さに歯噛みすることは止められない。そんな時だった。
「──だから俺はもう一つの問題を解決していきたいと考えている。正体不明のレギオン、エピュラシオンについてだ」
「エピュラシオン……!!」
ゴウにとって忘れようもない名称は一瞬だけだが、ISSキットのこと頭の隅に追いやった。
大悟が話を進める中、ゴウは先週の無制限中立フィールドに突如として現れた、アメジスト・スコーピオン、チタン・コロッサル、そしてプランバム・ウェイトを思い出す。プランバムは自身をエピュラシオンの頭目、つまりはレギオンマスターだと名乗っていた。
彼らはISSキットの存在を聞きつけ、各エリアを巡っているという。そして、こんなことを言っていたのを、ゴウは満身創痍の状態で耳にした。
──『やはり我々がこの歪みを正さねばならない』
「──どうも奴らには目的があって、キット自体というよりも、キットによる加速世界に対する影響力を見ているような感じがした。オーガーの話じゃ、その現状を憂いていたらしい。そうだろ、オーガー? ……オーガー?」
「え? はっ、はい……」
大悟に呼びかけられて現実に引き戻される。
確かに彼らが何者なのかは気にはなるが、すでに実害が出ているISSキットよりも優先度が高いものかは、ゴウには微妙なところだった。
「そのエピュラシオンについては僕もボンズに聞いてから調べてみたけど、今のところそれに関する情報が掴めないね。本当にレギオンとして存在しているのかも怪しい」
「相当秘密裏に活動しているってことなのかしら?」
メモリーが口を開き、メディックが首を捻る。
ブレイン・バーストは閉鎖的な環境であるが故に、噂や伝聞が非常に伝わりやすい一面がある。どこかのエリアで何か大きな出来事があれば、翌日にはそのエリアのほぼ全てのバーストリンカーが知っていても不思議ではない。
プランバム達は噂にもならないほどに、水面下で活動しているということになるのだろうか。
「そいつら、ただの変人なんじゃねえのか? 千人のバーストリンカーがいりゃあ、訳の分からん奴らもいるだろ?」
「いや……ただの変人で済むような奴らには見えなかったぜ」
キルンの意見にコングが口を挟む。直接彼らと対面したからか、その口調はいつもよりも真剣味を帯びていた。
「無制限フィールド内じゃ名前もレベルも表示されないから確信はねえけど、俺が直に見た限りじゃ、あいつら相当のハイランカーに見えた。今まで噂にも聞かなかったのが不思議なくらいのな」
「コングの言う通り、まさにそこだ。ただ革命家を気取っている、口だけの奴らだったらまだ良い。そうじゃなくて実力がハイランカークラス、その上パウンドやグランデが……王やその幹部さえ知らないとなれば話は違ってくる。……ここからは俺の勘になるんだが、奴らを野放しにしておくと、ISSキットとはまた別の脅威になりそうな気がしてならない」
最古参のバーストリンカー、オリジネーターである大悟がここまで懸念を示したことで、ホーム内が水を打ったかのように静まり返る。
これらは以前に大悟から聞かされていたことではあったが、ゴウも一度ISSキットのことは念頭から外し、脳内でエピュラシオンの優先順位を繰り上げた。
「話を纏めるとISSキットについては七王達に任せて──任せるなんて偉そうなこと言える立場でもないが。俺達はエピュラシオンについての調査をしていきたい……んだが、今更説明するまでもなく、このアウトローは『自由』がモットー。俺個人の、しかも曖昧な判断を皆に強制はできない。だから無理に手伝えとは言わん」
ゴウは当然、大悟と共にエピュラシオンについて調べるつもりだ。
しかし、他の皆はどうなのだろうか。
アウトローはレギオンではないし、大悟がレギオンマスターなわけでもない。敢えて冷たい言い方をするなら、何の手がかりもないレギオンを探す義理はどこにも──。
「……ボンズよぉ。お前って奴は、昔からいつまで経っても水くせえよなー」
始めに口を開いたのはコングだった。これ見よがしに露骨な溜め息を吐いて首を振る。
「普段は一番好き勝手やってるくせに、根っこの部分は生真面目というか……。何年もここを拠点にして一緒にいるってのに、『そうか頑張れ、応援してるぜ』なんて言うとでも思ってんのか? まぁ、昔は相談もしなかったから、少しはマシにはなったけど。なぁ、メディック」
「本当にそうよ! 今の話を聞かされたら尚更放っておけるわけないじゃない! 大体ボンズちゃんはいつもいつも──」
この中でも大悟との付き合いが長い二人を皮切りに他のメンバーが続く。
「『俺達』とまで言っといて、そりゃあねえよな。何よりおめえの勘はよく当たる」
「もちろん協力しますよ、ボンズさん!」
「王クラスが知らないハイランカーの情報が知れる機会なんて、こっちから協力したいくらいだよ」
「皆でやれば、すぐに解決するよ、オーガーもそう思うでしょー?」
キューブに促され、ゴウも同意を口にする。
「はい! 師匠、アウトローの皆でやりましょうよ。エピュラシオンを放置していたら良くないことが起こるかもしれないのなら、それは皆にとっても看過できない、僕達は自分の為に動くんです。それなら師匠が気兼ねする必要もないでしょう?」
皆の総意を聞いた大悟はそっぽを向いてから、ガリガリと頭を掻いた。明らかに照れ隠しだ。
「随分と口がまわるようになったもんだな……」
──大悟さんもだけど、僕は馬鹿だな。ここにいる皆、レギオンみたいにシステム的な繋がりが無くても仲間だっていうのに、協力を渋るはずがないじゃないか。
ゴウは自分の愚かさを反省しつつ、改めて仲間達の大切さを噛み締めた。
「……あのー。話が纏まってキリの良いところで、そろそろ私の用件を話し始めてもいい?」
これまで事の成り行きを黙って見ていた(ほとんど蚊帳の外だったと言ってもいい)、ゴウの隣に座るフォックスが挙手をすることで注目を集めた。
確かにここで口を開かないと更に話が進んでしまうので、フォックスとしては先に自分の要件を済ませおきたいのだろう、とゴウは立ち上がったフォックスを見やる。
フォックスは先週のゴウとの対戦で、クローズド・モードにしてまでアウトローに連れていってほしい、と頼み込んできた。それがフォックスの大切な人の助けになるかもしれないとのことだったが、今日フォックスとこのホームに向かっている時に訊ねても、「後で話す」の一点張りだった。
──フォックスさんといい大悟さんといい、何だってこう、話を勿体つけるのかなー……。
「お、おお、悪かったな。オーガーの話じゃ、ここがどういう場所なのか見たかったらしいな。それで? 腹は決まったか?」
「ええ。オーガーが話していたように、あなた達がとても良い人達なのが、ほとんど初対面であっても実際に会話を聞いて、直接目にして分かった」
いやいや、それほどでも、と褒められたメンバー達が嬉しそうに謙遜し、ゴウも顔が熱くなる。身内を褒めたことを当人達の目の前で話される、というより晒されるのはかなり気恥ずかしい。
「──それじゃあ単刀直入に聞くけど、この中で《クリスタル・ジャッジ》ってバーストリンカーについて誰か知っている人はいる?」
その名前を聞いて、ゴウの感情が羞恥から驚愕に変わる。
つい数日前の大悟との心意修行後、大悟の父方の実家に当たる寺の敷地内にある道場で、大悟に聞かされたことがフラッシュバックする。
──『それと最後に一つ。今話した弟とその《子》、二人のバーストリンカーがアウトローに存在していたってことを、頭の隅にでも憶えておいてくれ。弟のアバターネームは《カナリア・コンダクター》。そして、《子》の名前は……《クリスタル・ジャッジ》だ』
ゴウは停止していた一つ物事の時間が動き出すような、そんな予兆を感じ取った。